2008年05月21日

石積みの表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-25)

石積みの表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-18)の12世紀の古い建物別景。
入り口の紋章は施療院を示すのか封建領主の家紋か。

5 21, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月20日

家造りの伝統(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-24)

フランス・リモージュ(Limoges)の旧市街。
この地方独特の、一階は石造り、二階以上が木を組んだ漆喰造りの家々。

30年ほどで立て替えている今の日本とは違い、何世紀にもわたって住み続けていることの重み。

5 20, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月15日

サッカー少年(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-23)

友人のパトリックとシャンタルの次男、10歳になるとても可愛いウーグ(Hugues)はサッカーに熱中。

広々とした丘陵にある小学校のサッカーグランドで、名を呼んでカメラを向けると生意気にポーズをとる。
前の晩、日本のサッカーチームや有名選手についていろいろ聞かれたのだが、私はほとんど知らず、彼の方が詳しい。

東京錦糸町の高層ホテルの上から見下ろした、屋上の狭いコンクリート運動場しかない小学校が記憶によみがえり、ニッポン、これからを担う子どもたちの環境がこれでいいのか、と思う。


ヨーロッパ行・考から
広々と…
幼稚園

5 15, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月13日

瓦の表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-22)

住居などの屋根をどう葺くかは村々によって異なる。
そこの気候と産するものと伝統的な作り方などによる。

La Roche-l'Abeileの旧瓦作りの小屋で。

5 13, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月11日

包み焼きピザ(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-21)

サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)のイタリアン・レストランでパトリックの友人、ヴェネチア出身のロナウド、彼の弟子、カンボジア移民2世のキムくんと。

おそらくは1975年のポル・ポトの大虐殺から旧宗主国フランスに逃れた両親のもとでフランスで生まれた(フランスは属地主義だから両親の国籍がどこであれ、フランスで生まれた者は「フランス人」)キムくんは向上心の強い働き者で料理の腕もどんどん上達しているという。
ロナウドさんの腹も安心してふくれるわけ。

生地で包んだ窯焼きピザは中味が熱々で冷めなくて旨い。
残念ながら私には半分の量で充分だが。

5 11, 2008 19.食と農、健康と病, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月10日

池塘(ちとう)に映る雲(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-20)

La Roche-l'Abeileで。

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草刈り器、荷車…(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-19)

パトリックの工房、アトリエ・チューリピエ(L'atelier du Tulipier)の前にオブジェのように置いてある古い農機具。

5 10, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

石積みの表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-18)

シャンタルの店の大家さんの敷地にある古い石造りの建物。

前に来たときも外からは見ているのだが、中に入れさせてもらう。

どのくらい古いかというと12世紀の建造(日本では平安時代末期、保元・平治の乱とか『平家物語』の時代ですね)。

当時は施療院として使われていたという。

こちらではこの程度の古いものはごく普通に何気なく残されている。
もし日本で言う「歴史的建造物」指定などをあてはめたらそこら中該当する。

鎌倉時代のものなどろくに残ってもおらず、復元や常時公開の努力もほとんどしていないのに「鎌倉を世界遺産に」なんてちゃんちゃらおかしい。

5 10, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

クレープも所変われば(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-17)

サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)のカフェレストランでのクレープ。
中味はさまざまな季節野菜炒め、まわりには半熟玉子。

こちらは果物のクレープ。

食後のコーヒー、アイスクリーム、ミニパンケーキのセット。

5 10, 2008 19.食と農、健康と病, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月09日

古城(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-16)

安野光雅『旅の絵本』シリーズに出てきそうな中世の古城。
尖塔の上の飾りがひとつずつ違う。

パトリックが何も説明せず、いたずらっぽい表情で城の裏手に案内する。

斜面になにかベンチのようなものがたくさんあるな、と思ったら鹿が草を喰んでいるのだった。

5 9, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月08日

小さな村で暮らす(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-15)

リモージュ大学学長との会見で通訳を努めてもらった西口菜穂子さんのお宅におじゃまさせていただく。
リモージュとサン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)の中間ほどにある小さな村に住む。

昔はこちらが人の住居。

牛舎を改築して家族4人の住宅に。

裏には緑地が拡がり、隣の柵まで牛がやってくる。

5 8, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

黒い村(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-14)

Turenne(チュレンヌ)は黒っぽい村。

車で中には入れない。
今回は観られなかったが丘陵頂上のシャトーからの眺めが素晴らしいそう。

5 8, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ライラックの香り(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-13)

あちこちのライラックの花の香りが弱い雨のなかでも香ってくる。
Collonges-La-Rouge(コロンジュ・ラ・ルージュ)で。

5 8, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月07日

カナッペ(canapé)

フランス人はカナッペ(canapé)が大好き。
ちょっとしたレセプションや軽い家庭訪問時等では必ず出る。

WIF2008のプレス発表の後で。

5 7, 2008 19.食と農、健康と病, 27.ヨーロッパ行・考, 33. WIF(Webdesign International Festival) 2008 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月06日

フランスの最も美しい村-Collonges-La-Rouge(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-12)

フランスの最も美しい村といわれる「コロンジュ・ラ・ルージュ(Collonges-La-Rouge)」。
8世紀ころに集落をなし、今の家々は15,16世紀頃に元の形を作る。
近郊の赤い砂岩で作られた家々が美しい。

小さな小さな村。
普通に歩いたら10分ほどでひとめぐりできるほど。

リムーザン、オーヴェルヌ地方は手工業が盛んで、さまざまな手工芸品の店が並ぶ。

St.Jack(サン・チャゴ・デ・コンポステラ)への巡礼路であることを示すホタテ貝の印。

5 6, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(1) | トラックバック(0)

リモージュ大学学長と

WIF2008のクロージング・セレモニーで、国立リモージュ大学の学長(Jacques Fontanille)と同席できるようスタッフが手配してくれて話し、後日あらためて大学を訪れる。

リモージュ大学(Université de Limoges)は国立の総合大学で、人文関係から人間工学、ケミカル、ITの最先端科学技術まで、リモージュ市内を中心に多くのキャンパスを持っている。

学生数は5200名。フランス語圏だけでなく海外からの留学生も多く集めている。
日本からも10名ほどの留学生がいるそう。
特に明治学院大学は毎年4~5名の短期(1年間)留学生を送っている。

学長のJacques Fontanille教授(中央)は「意味論(Semiotics)」の国際的権威。
副学長のMichel Théra教授(左)は数学者。

リモージュ大学が「e-Pole」と進めているウェブデザインのプログラムとの交流を手始めに進めたいむね話し、担当責任者を紹介してもらう。

5 6, 2008 09.ネットワーク・コミュニケーション, 27.ヨーロッパ行・考, 33. WIF(Webdesign International Festival) 2008 | | コメント(0) | トラックバック(0)

小さな村で暮らす(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-11)

サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)近郊の人口200人ほどの小さな村で静かに暮らすシャンタル(Chantal-右端)の両親宅を訪ねる。
お父さん78歳、お母さんは68歳。

家の裏にはずっと先まで緑地が拡がり、池があり、桜などの花木やさまざまな果樹。
大きく立派な雄鶏(フランスの象徴でもある)が偉そうに胸をはって歩き回り、雌鶏たちがくつろぐ。
野菜畑も自分たちで食べる分には充分すぎるほど。

そりゃ手入れや世話はハードだよ。
けれど楽しいものさ。

5 6, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

1968年「パリ5月革命」

パリ、ソルボンヌ広場(Pl.de la Sorbonne)での路上写真展。
1968年5月、この場所、カルチェラタンでパリが燃えたときのドキュメント写真。

もう40年になるのか。

遠く東京で学生運動に関わっていた私の、ベトナム反戦とエスタブリッシュメントへの異議申し立ての世界共時的なうねりに熱く共感し連帯した二十歳の頃の日々をパリで想い起こす。

ソルボンヌ(パリ)大学での政治集会。哲学者ジャン・ポール・サルトルの姿も見える。

5 6, 2008 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月04日

チベットのポシェット

「パリでチベット料理」で触れたオーナーが1979年にオープンしたパリのサン・ジャック通りのチベット雑貨店「La Route du Tibet(ラ・ルート・デュ・チベ)」で購入したポシェット。

もちろん今の中国が支配するチベットから直接輸入などできない。
インド、ネパール、ブータンなどに逃れたチベット人たちに仕事の機会を提供し、パリジャンたちにチベットの文化を伝える。

フランスのデザイナーがコーディネイトし、チベット人が制作することも。

このポシェットはネバールの亡命チベット人が作ったもの。

5 4, 2008 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

プラタナス(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-10)

パリはマロニエだが、ここリムーザン(Limousin)ではプラタナス(鈴掛の木)。

3月は暖かかったのだが4月は寒い日が続き、リモージュ市内でもまだ新葉が出始めたばかり。

プラタナスの並木が古城に向かって続く。
サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)郊外で。

普通の民家に見えるのが村役場。

5 4, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月03日

フランスの自家製果実酒(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-9)

パトリック(Patrick Audevard)のお父さんが作っている自家製果実酒をいただき、ラ・ジュルネに持って行って皆で飲む。

お父さんはサン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)の郊外で暮らし、木を切って林の中の自分の作業場で柵や塀を昔ながらの工具で作り、週末は鹿や兎の猟をしてジビエを作る自由人。

とてもいい香り。
葡萄やプラムなど混じり合っているような味わい。
おそらく15年から20年はたっている。

詰めたボトルの浮き出し模様がレトロでかわいい。

5 3, 2008 19.食と農、健康と病, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月02日

荷重オーバー

Baggageの荷重制限を甘く見ていたのが失敗。

ヨーロッパを3ヶ月まわったときは、荷物はもちろん重かったが、ほとんどすべて鉄道なので、重量数量制限は無く、またあちこちから本、資料など重いものは日本へ郵送していたので最終的な帰国時便に問題はなかった(リスボン〜チュニスの空路でExtra Chargeを150ユーロほど取られたが)。

今回の渡仏の荷物は、フル撮影機材などで行きは24Kg。Air Franceはリミット20Kgなのだがなんとか通る。
しかし帰りは本、資料などが加わりスーツケースは43Kg。
これは見逃してもらえなかった。

搭乗時間が迫っているので、今更なにかバッグを買って23Kg分減らすなど不可能。
まともにExtra Chargeを払うと780ユーロ(12万円)かかるという。
なにか他に方法はないの?

カーゴで別送扱いならもっと安くなるはずですが…。
それでも308ユーロ(48,000円)払うことに。

で、別送品到着の連絡を受け、成田空港まであらためて。
代行を頼むとさらに3〜4万円かかる。
空港ビルから1Kmは離れた、大型トラックやフォークがびんびん行き交う貨物ターミナルで、書類申請、税関届け、審査、受け取りとあちこちのビルに行かされ、いっぱい書類を書かされる。

ほぼ一日がかり、交通費、手数料等で1万円超。

5 2, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月30日

竹を削る少年(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-8)

サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)
の旧市街を歩いていて出会った少年。
なにやらナイフで竹を一生懸命削っている。

翌日、ホテルの近くで後ろから「ムッシュー、ムッシュー!」と呼び止められ、見るとランドセルをしょった昨日の少年が嬉しそうに見上げてくる。

元気に生きな!

4 30, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月29日

フランスの犬たち-3

路は分かっています、と首輪もリードも付けず、ご主人の前をスタスタと歩く犬。

リモージュで。

4 29, 2008 24.犬と暮らす, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

フランスの犬たち-2

サン・ティリエ・ラ・ペルシュ(St-Yriex-la-Perche)で泊まっていたホテルの犬。

Daisiy's Cafeの「デュカ」と同じバーニーズマウンテンドッグ。

まだ1歳だがおそらく体重50Kg超。体当たりされて突き倒される。
名前は「麻心」のシャンティと同じシャンティ。

4 29, 2008 24.犬と暮らす, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

フランスの犬たち

美貌のマドモアゼルが連れていた犬たち。
私がしゃがんでおいで、というとバフバフと嬉しそうに駆け寄ってくる。

彼女がポーズというとじっとしている。

サン・ティリエ・ラ・ペルシェ(St-Yriex-la-Perche)で。

4 29, 2008 24.犬と暮らす, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月28日

喫煙

パリのカフェではテラス席はかろうじて喫煙できる。
パンテオン(Pantheon)前のカフェで。

4 28, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

「アドリアン・デュブーシェ国立博物館(Musée National Adri en Dubouché)」

リモージュの「アドリアン・デュブーシェ国立博物館(Musée National Adri en Dubouché)」で、古い「リモージュ・ボックス(Limoges Box)」を数十点撮影させてもらう。

友人の美術工芸史家の池田まゆみさんが原稿を準備しているリモージュ・ボックスの本のためのもの。

ヨーロッパの磁器博物館はずいぶん観たが、世界中の磁器に関してここほど集め、かつ歴史的系統的に展示しているところはない。

だから磁器工芸に関して研究したかったら、まずここを観るのが一番いい。
ルーブルやドレスデンのツヴィンガー宮殿にはたしかに最高のものが集められているが、やはり奢侈にまかせたものが多く、またヨーロッパ各地の産地の美術館はその地のものが中心。

前庭に咲く、花びらの先が尖った日本ではあまり見ないチューリップが美しい。

4 28, 2008 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月27日

夜焼け(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-7)

夕焼けというか、もう午後8時半だから夜焼け。
下は9時半過ぎ。

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池の表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-6)

フランス中部のリムーザン(Limousin)とその東のオーヴェルヌ(Auvergne)地方は「Massif Central(中央山地)」と呼ばれ、フランス国土の1/6を占める。
太古の火山帯が作り出した丘陵が拡がり、渓流や池とあちこちで出会える。

リムーザンのさまざまな池の表情。


4 27, 2008 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月26日

パリでチベット料理

パリは移民の街であり亡命者たちの街。
異質の文化が常に出会い、もちろん摩擦を生み、しかしお互いに受容し、共生してハイブリッドの新しい文化を不断に作り続ける街。

パリにはチベット人が100名以上は暮らしているという。
特にカルチェ・ラタン、パンテオンの丘のあたりは「Little Tibet(リトル・チベ)」とも呼ばれるほど料理、雑貨、アクセサリー、本屋などが集まる。

1959年のダライ・ラマ亡命時、家族に連れられてインドに逃れ、フランス留学の機会を与えられたのを期に26年ほど前からパリに住む女性が、1979年にまず雑貨店を開き、82年にはパリ初のチベット料理店「Tashi Delek(タシ・デレック)」をオープンする。

午後8時、まだ外は明るいが店内は客がいっぱい。
子連れの「普通の」フランス人家族や、パリジェンヌのグループ、独り黙々と食べる初老の男性などなど。

「ツァム・タン(Tsam thang)」(麦焦がしスープ)
チベットは高地で米はとれない。大麦を乾燥させ、軽く焦がして粉にしたものを主材料にしたものが「ツァンパ」料理。
本来は「ヤク」のチーズを入れるのだが、もちろんチベットから輸入などできないので、代用品を工夫している。

歯にあたる具はニンジンの細切りと少しのハーブしかないのだが、とろっとしたスープは倍煎茶のような香りと奥深い滋味に溢れている。
アムド地方のパンと。

チベットの餃子「モモ(Momo)」
パリでも人気のよう。皆注文している。
テーブルに「キッコーマン」も置いてあるのだが、何が原材料かわからないタレととても合う。
私にちょうどいい分量だと思っていたら、下段もあった。

食後の塩とバターの茶が実に旨く、短いが濃密だった12日間の滞仏の疲れを癒す。

静かにかわす "Free Tibet !"

4 26, 2008 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 19.食と農、健康と病, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

リンゴ畑(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-5)

リム