2008年09月07日

用後請沖水

北海道の美瑛、富良野あたりは中国からの観光客の人気スポット。

美瑛の展望台にいたら、大型バスが乗り付け、わらわらと降りて来て私のまわりに人がいっぱいになったのだが、大声でかわす言葉はすべて中国語で、一瞬「ここはどこ?」状態になった。

美瑛の観光案内所(「觀光指南所」)のトイレ内の表示。

中国の普通の人が水洗トイレに接したのはごく最近のことに過ぎない。
流す方法がちょっと解りにくければそのままにしてしまうそう。
団体ツアー客がほとんどなのだから旅行会社に徹底すればいいとは思うのだが。

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2008年09月06日

ひまわり畑

美瑛、北西の丘展望台下のひまわり畑。

9 6, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年09月05日

美瑛の雲

美瑛の空はほんとうに大きく、雲の表情も楽しい。

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親子の木

丘の上の右手、小さな木を真ん中に両側に大きな木があり「親子の木」と呼ばれている。

「で、左の方にぽつんと立っているのは?」
「はは、姑(しゅうとめ)の木」
「……」

9 5, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

美瑛のCMの樹たち

美瑛(びえい)は、背後に大雪山山系、十勝連峰が連なり、前田真三氏の写真集で有名な美しい丘が拡がる。

CMやロケにもよく使われる。
これは1972(昭和47)年、日産「ケンとメリーのスカイライン」CMに登場するポプラの木。

セブンスターのパッケージやポスターに使われたナラの木。

マイルドセブンの丘と呼ばれる丘のカラ松。
手前は収穫の終わったジャガイモ畑。

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飛んで旭川

9月6日に北海道滝川市で行われる第二回・太郎吉蔵デザイン会議のため北海道へ。

先月札幌に行ったばかりなので、今回は旭川経由で行こうと考えていたのだが、ぐずぐずしているうちに6日の午前便が埋まってしまった。
で、今日の便に。
美瑛の町を見ながら着陸態勢に。

旭川もまだ暑い。午前9時前に25度を超えている。

今晩どこに泊まるかはっきり決めていない。
まあ、美瑛に寄って、富良野に泊まるか、と旭川駅から美瑛行き普通列車に乗る。
かわいい1両編成(ん?1両だと「編成」とは言わないかもしれない。「列車」も変だな)。

単線で無人駅も多いから「前乗り、前降り」で、無人駅で乗った人はバスのように整理券を取り、下車時に運転手に払う。

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2008年08月14日

貫ぬく光(八木重吉)

写真は札幌・北大植物園の桂の葉。葉がハート型。


歳を重ねると、青春期に繰り返し読んだ詩をとつぜん想い出したりする。

友人が八木重吉の詩を引用していたので、高校生の頃よく読んでいた彼の詩を思い起こす。
その詩集はとっくに手元には無いが、たぶん緑色の函入りの『定本八木重吉詩集』(弥生書房/1958)だっただろうと思う。


貫ぬく 光

はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀しかつたのです

ひかりは
ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 息を あたへました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 祝福れ(いわわれ)ながら


『八木重吉全詩集1』(ちくま文庫)より


現在の東京都町田市1898年生まれ。キリスト教の洗礼を受けた後の詩作はわずか5年間。結核で1927年、29歳で夭逝。
故郷町田市に八木重吉記念館がある。

8 14, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月11日

札幌・北大植物園

札幌・北大植物園は真夏でも気持ちいい。
リラ(ライラック)の並木道。

ニレ(楡)の木陰で。

先住民アイヌの人たちがいかに植物を活用していたかがわかる一角。

この他、バラ園や、「開拓」前の札幌の林をそのまま残し、台風で樹が倒されてもそのままにして植生の変化を観察している自然林や、気候が似ているカナダのロックガーデン等も。

8 11, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月08日

樺太犬「タロ」

札幌・北大植物園博物館のタロの剥製。


樺太犬タロは1955(昭和30)年稚内でジロなどと生まれた。

56年、日本から初の第一次南極観測隊が南極観測船「宗谷」で出発し「犬ぞり」用として22頭の樺太犬が選抜されタロ、ジロも入っていた。
58年、第二次越冬隊が天候の悪化で昭和基地に到達できずに引き返し、交替を待っていた第一次隊員たちは重量が限られた小型機で宗谷に帰還できたが、15頭の犬たちは首輪でつながれたまま残された。

次の第三次越冬隊の派遣までは1年間あり、犬たちの命は絶望的というしかなかった。

ところが翌59年1月、昭和基地に到達した第三次越冬隊がタロとジロが生存していることを発見する。
おそらくはアザラシの糞やペンギンを捕獲して生きのびたと推測されている。

ジロは60年に昭和基地で病死。
タロは61年に帰国、北大植物園で愛されて飼われ、70年老衰で死亡。享年14。

1983年、高倉健、渡瀬恒彦、夏目雅子など出演の映画『南極物語』が公開。
2006年にはディズニーが『Eight Below(邦題・南極物語)』としてリメイク。

いずれも人間にとっての美談仕立てだが、星新一は、ペンギンの立場から見たらどうかという観点から『探検隊』というショートショートを書いている(『ようこそ地球さん』収録)。

現在、生態系保護のため、南極に外来生物は持ち込めない。

8 8, 2008 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

『山河風光』(五十嵐威暢・作ー札幌市JRタワー)

札幌駅JRタワー展望室に昇ったのは札幌の東京と変わらないビルだらけの風景を眺めるためではなく、五十嵐威暢先生の『山河風光』(2003)と名付けられた壁面作品を実際に目にし、触ってみたかったからだ。

高さ3メートル、幅約12メートルにわたり、T38(展望室・高さ160m)の西側壁面にしつらえられた(観光客はみなエレベーターを降りると外の景観に目を奪われてなかなか気付かないが)テラコッタの作品は、太古からの自然の営みのなかの多様さと雄大さと暖かさとが見事に表現されていて感動する。

そっと指でなぞってみると、テラコッタの自然なぬくもりと、まだ文字を持たなかった時代の人々の表現に通じるものが伝わってくるような気がする。

8 8, 2008 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

札幌駅「星時計」

7年ぶりの札幌駅はすっかり変わり複合商業施設の集積となっている。

五十嵐威暢先生のデザインによるJR駅の星時計。

天空の星は(地球から見れば)北極星を中心に逆時計回りで24時間まわっている。

8 8, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月07日

エゾオオカミ

札幌・北大植物園(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園)の博物館で、エゾオオカミの剥製と向き合う(世界でここにしかない)。

エゾオオカミはシベリアオオカミの亜種と考えられニホンオオカミよりはるかに大きい。

写真では大きさがなかなか分からないだろうが、奥の雄は体長129cm、手前の雌が120cmで、大型シェパードをさらにひとまわり大きくしたぐらいで体重も60Kgを優に超えるだろう。顔(頭骨)も大きい。

エゾジカを基本的な食糧とし、先住民アイヌの人々は「狩りをする神」「鹿を捕る神」として畏敬の念を抱き、共存していた。

しかし、明治政府になり「松前蝦夷地」から「北海道」と名付け変え「開拓」を進め、毛皮と肉を求めてエゾジカを激減させた結果、彼ら(エゾオオカミ)は、開拓民が持ち込んだ牛馬を襲わざるをえず、それに対し徹底駆除方針のもと、お抱え外国人エドウィン・ダンが劇薬ストリキリーネを罠生肉にしこんだり、懸賞金までかけ、犬とともに持ち込まれたジステンバーの流行もあいまって1900年頃には絶滅する。

宮崎駿『もののけ姫』の巨大な白狼という設定もおそらくはそれらを念頭に置いている。

8 7, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

札幌人の自転車スピード

札幌は7年ぶりくらいだが、以前までは感じた覚えがないのが、歩道を走る自転車のスピード。

歩道が広いせいもあるが皆かなりのスピードを出す。
見通しがきけばいいが正面でも人の陰から急にとびだしてきたり、後ろからぎりぎりな距離で通り抜けられたりするとひやっとする。

今の日本の交通法規では、自転車は車道を走るのが原則で、歩道での運転は限られた場合のみ。
いうまでもなく、歩道は歩行者が最優先で、ベルを鳴らして押しのけたり、恐怖感を与えるようなことはもちろんだめ、のはずだが…。

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札幌夕景

札幌JRタワー・T38(スリーエイト・38階展望フロア=160m)からの夕景。

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2008年08月06日

夜のピクニック

札幌は夜になると駅前も旧道庁池前も、あちこちビアガーデン。
大通り公園で。

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進学相談会・札幌

多摩美、武蔵美、女子美、東京造形、桑沢デザインが札幌グランドパレスで会場を分け、進学相談会。

昨日の予備校での顔もたくさん見る。
北の果て、稚内からバス6時間をかけて来た社会人もいる。

われわれにとってはどうってことなくとも、一人一人にとって人生の転機になるかもしれない相談…。

8 6, 2008 11.教育と学びのデザイン, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月05日

札幌予備校めぐり

札幌市内の美大向け予備校をまわり、生徒たちに話しをしたり、作品を講評したり。
多摩美の他にも、武蔵美、東京造形、女子美が時間差で訪れる。

最初に全体的な話しをし、その後ファインアート系とデザイン系に分かれて話す。
皆、絵を描くのは好きなのだが、そこから先デザインとなるとまだあいまいな理解しかない。

美術学部グラフィックデザインの澤田泰廣先生、プロダクトデザインの安次富隆先生と私がそれぞれ話しを補いながら進め、質疑応答する。
皆、真剣だが総じておとなしく、気分をほぐさせ、こちらからしむけないとなかなか質問する勇気がない。
明日ももう一校。

8 5, 2008 11.教育と学びのデザイン, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

この観光馬車の主がこの馬をどう思い、どう扱っているかは知らない。

炎天下の車が行き交うアスファルト路で20人を優に超える人を乗せた馬車を引っ張るのが彼(馬)にとってどれほどのものかも彼(馬)のひたすら静かな表情からはうかがえない。

無邪気に記念撮影する観光客の脇で、私はしかし彼(馬)の気持ちをどうしても想像し続けざるをえない。

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池辺の憩い

ホテルのチェックインを待って、「赤レンガ庁舎」(北海道庁旧本庁舎)前の池で。
湿度が低いので木陰はほんとうに涼しくて気持ちいい(東京の人たちには悪いが)。

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札幌市時計台とちいさいおうち

1881(明治14)年に完成した現存する振り子時計としては日本最古のもの。

札幌のシンボルであるのだろうが、今ではビルに囲まれ車と観光客の群が押し寄せる札幌市時計台を観るたびに、「ちいさいおうち」(バージニア・リー・バートン/いしいももこ訳/岩波書店)を思い起こし、もっと見晴らしのいい、風が気持ちよく吹き渡る丘にでも移築してやったらと想う。

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2008年08月04日

飛んで札幌

朝6時でも羽田空港はけっこうな混雑。
早朝便で札幌へ。

陽射しはカッとしていて暑いが東京都心のようなむあっとした感じではなく木陰は涼しい。

各地でやっている進学相談会。
さて、これから予備校へ「営業」活動。

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2006年05月17日

「あかるい娘ら」(奈良)

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奈良公園の鹿のほっそりとした脚を眺めていて、中野重治(1902-79)の詩「あかるい娘ら」を思い起した。

わたしの心はかなしいのに
ひろい運動場には白い線がひかれ
あかるい娘たちがとびはねている
わたしの心はかなしいのに
娘たちはみなふつくらと肥えていて
手足の色は
白くあるいはあわあわしい栗色をしている
そのきやしやな踵(かかと)なぞは
ちようど鹿のようだ

『中野重治詩集』(岩波文庫)より

1931(昭和6)年に編まれた中野の最初の詩集(戦旗社版)はほとんど製本まで終わったところで発禁処分を受け押収された。前年には「治安維持法」違反容疑で逮捕。35年のナウカ社版は何十ページも削られた。36(昭和11)年「思想犯保護観察法」により、45年の敗戦まで「保護観察処分」。戦後の47年、小山書店からはじめてほぼすべての詩作を収めた『中野重治詩集』が刊行され、56年岩波文庫にもなった。

5 17, 2006 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(1)

2006年05月15日

宇都宮餃子館

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宇都宮といえば餃子でしょ、と東口駅前の宇都宮餃子館へ。

列ごとに野菜、椎茸、シソ、海老、栃木のニラ、よくわからないスタミナ健太。
店頭のマスコット、スタミナ健太くんと、左からテキスタイルの佐竹邦子先生、企画広報部の米山建壱くん、池田愛子さん。

5 15, 2006 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(1) | トラックバック(1)

2006年05月12日

三蔵バー(名古屋・栄)

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Mahoちゃんに連れて行ってもらった名古屋・栄の隠れ家的バー。町屋風のたたずまいで落ち着く。

好きなアイラ・ウィスキーも揃っている。
ボウモア・カスク・ストレングス(56度)、シェリー樽ではなくちょっと珍しいワイン樽で寝かせたダーケスト(50度)が香り高く旨い。

5 12, 2006 21.酒と…の日々, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年05月10日

「鳥勢」(名古屋・錦)

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名古屋に寄り、久しぶりに以前の私のところの助手Mahoちゃん(今は地元名古屋で働いている)と「鳥勢」に。

朝びきの名古屋コーチン霜降り鳥刺しは、柔らかいのに噛みごたえがあり、旨味が拡がる。
Business Partnerの先輩にあたるご主人が備長炭で焼く焼き鳥。

5 10, 2006 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年05月09日

バンビ目ー似てる?

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奈良公園の鹿の目を見ていたらMicを思い出して無性に会いたくなる。

「うるうるバンビ目、色っ子キャット目」などという女性雑誌記事のキャッチコピーがあったが、こう比べてみるとMicはやはり「バンビ目」。

5 9, 2006 22.旅先で, 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年05月02日

ダイちゃん(奈良)

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奈良国立博物館前の売店で買い物をしようとしたパトリックがヒッと飛び上がったので振り返ると、彼が尻ポケットに突っ込んでいたパンフレットを鹿にくわえとられている。

売店のおばちゃんが「ダイちゃん、おやめっ」、近くにいたおじさんも駆けつけてきて「ダメダメ、ダイちゃん」
うっかりしてお札を食べられてしまう人もいるそう。

すっかり食い終わって満足そうなダイちゃん。

5 2, 2006 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年04月30日

お好み焼き(大阪千日前はつせ)

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4日前に大阪から帰京したばかりなのだが、心斎橋大丸での制作実演を終えたパトリックを迎えにまた大阪。

難波「千日前はつせ」でお好み焼き。
心斎橋筋の雑踏、喧噪に、しっとり落ち着いた古都リモージュからきたパトリックは「ラスヴェガスみたいだ」と驚いていたが、お好み焼きには満足。

4 30, 2006 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年04月28日

ボンボン カフェ(京都河原町)

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河原町今出川東入加茂大橋西詰の古い銀行の建物を改装したBrasserie「ボンボン カフェ」。

黒板に店名「BonBon(ボンボン菓子・キャンディー)と「Bon(良い・おいしい・心地よい)をかけた言葉遊び。「ボンボン(カフェ)では良いワインと旨い料理が心地よく結びついている」というような意。

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美しいキャンパス in 京都

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赤レンガに瓦屋根、花と緑のキャンパス。
三十数年前築、殺風景なコンクリート箱の私の大学キャンパスとは大違い。

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パトリック、ゲストレクチャー in 京都

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京都の女子大学で「生活美術」を教えている鵜飼敦子さんの授業でパトリック・オドゥヴァールがゲスト・レクチャー。
リモージュ・ボックスの複雑な工程やローマ以来の古い歴史を持つリモージュの街の紹介。精緻な実物も見せて学生たちも興味津々。

下は左から私のビジネスパートナーでリモージュ・ボックスやチメルフ磁器フィギィアの輸入販売・紹介をしている(有)堂々代表の稲富滋、パトリック、鵜飼敦子さん。

4 28, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年04月27日

朝桜(京都・東寺)

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京九条町、真言宗大本山東寺(とうじ)の朝桜。
四月も末、吉野桜はほぼ名残りだが、八重、枝垂れはまだまだ。京の人の話だと咲き始めても寒い日が続いたので散るのが例年より遅いという。下は寺の人がキクモモと呼んでいるが木肌は桜。

4 27, 2006 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年04月25日

てしごと家本店(名古屋錦)

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1週間ほどでまた名古屋へ。

夜の授業を少しはしょって新横浜から「のぞみ」の最終にとび乗る。
軽い朝食しかとっていないので名古屋に夜中に着いてからホテル近くの「炉端焼きDiningBar てしごと家本店」(名古屋市東区錦2丁目)。

三河地鶏むね正肉焼き・柚子胡椒添え。奥は名古屋あげ葱味噌挟み焼き。赤味噌が味が濃い。いずれも紀州備長炭で焼く。

4 25, 2006 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年04月21日

「ノリタケの森」(名古屋則武新町)

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名古屋駅の北側ほど近く則武の地、1904年創業、今では世界最大級の陶磁器製造会社となった現・ノリタケカンパニーリミテドの敷地に広がる「ノリタケの森」。

別に森ではなく広場とでもいえるようなエリアにクラフトセンター、ミュージアム、レストランなどが配されている。創業頃の煙突が移設され、レンガ造りの初期工場の建物は内部は最新のセラミックショールームに。

特にミュージアムでは戦前欧米で人気を呼び、現在ではコレクターズアイテムとなっている「オールドノリタケ」の数々を観ることができる。

アメリカで、食器として適さずと宣告され、あらためて10年の歳月を費やして輸出の突破口を拓いた初めてのディナーセット、アールデコの饗宴など興味はつきない。

が、工業的生産のため名は残さなかった絵付け画工たちの工夫と苦労は残された数々の画帳や製品からも分かるが、工芸作品的には私には少し辛い。欧米になんとか認められたいというすり寄ったいじましさがどうしてもにじみ出ているように感じられてしまう。

花文様などはロココ風以来のイミテーションだし、泰西名画風に風景を描いても、細部がなにかあいまいだったり、湖畔の樹がどことなく松のようだったり、逆に和風に徹しようとすると、西洋のオリエンタリズム嗜好が逆照射されるのか中国風が混じってきたり。
当時一世を風靡したアール・デコに今の時代それ以上の意義ある展開が可能ともまったく思えない。

工業生産品ー美術工芸ーアート&デザインの難しいバランスおよび世界的な交流・干渉・影響の問題は私にとってもずっと続く研究課題のひとつ。

4 21, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(1)

瀬戸蔵ミュージアム(愛知県瀬戸市)

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「せともの」というのは日本の陶磁器の代名詞のようになっている。明治以降、日常の飲食器として陶磁器製品が普及し、生産量においても随一だったためだ。

尾張の東部丘陵地帯は良質な陶土にめぐまれ、10世紀後半の平安時代には灰釉陶器が作られ始める。1223年、道元に従って宗に渡って学んだ19歳の陶工がのちに瀬戸の陶祖として祀られている加藤四郎左衛門景正(藤四郎)という。鎌倉時代にかけては当時の日本では唯一の施釉陶器「古瀬戸」が生産され全国に流通した。安土桃山の頃、一時美濃に窯場、陶工が流れ衰退したが、江戸後期、窯場の次男に生まれた加藤民吉が肥前で磁器製法を学び、瀬戸にもたらす。こちらは磁祖として祀られている。

瀬戸市の「瀬戸蔵ミュージアム」は、瀬戸焼きの歩みと製造のための道具、器具、材料、各年代の代表的な作品などをよく揃えて展示し、実に見応えがある。

染め付けの作品、技法や道具、工程を興味深そうに見つめるパトリック。

4 21, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

徳川園(名古屋徳川町)

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徳川美術館を観た後、徳川園をぶらつく。

もともと徳川御三家筆頭、尾張徳川家の邸宅。昭和になって名古屋市に寄贈。
高低差がある地形を、清流が滝から渓谷を下って海に見立てた池へと注ぎ込む「池泉回遊式」と称される江戸期大名が好んだ様式の日本庭園。今は山吹、シャガなどが美しい。

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2006年04月20日

ポーランド料理「ポロネーズ」(名古屋栄)

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ポーランドの磁器フィギァ「チメルフ」を輸入販売している関係でポーランド大使館に行った仕事の相方が、名古屋だったら日本で唯一のポーランド料理店がありますよ、という話を聞いてきた。

で、名古屋白川通り、科学館、美術館前のポーランドレストラン「ポロネーズ」へ。

ポロネーズはもともとはポーランドの農民の祝祭、特に結婚式のときの舞曲。3拍子の行進曲風。
ショパンの「軍隊ポロネーズ」「英雄ポロネーズ」「幻想ポロネ