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2012年01月31日

Naturalia ナチュラリア(鎌倉長谷)

昨夏だったか、鎌倉文学館前信号のそばにオープンしたときは入り口が狭くて、ブロックに頭をしたたか打った。
久しぶりに寄ってみたらオーガニック食品の陳列も整備され、3脚ほどだがカウンター席もあるのでベジタブルバーガーを。

これから2階もちょっとした集まりに使えるようにするそう。

甲府が本社で、由比ガ浜通りの近くにできているノーザンライトストーブの店も。


Naturalia(ナチュラリア)
ノーザンライトストーブ鎌倉
  

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ミック、前立腺肥大と脊髄疾患で要一週間安静

一昨晩、ミックはいつものようにベッドに上がってこず、下で寝ていたので変だなと思った。
朝の散歩はまあ普通の様子だったのだが、午後出がけに姿が見えないので探すと洗面所の床に寝そべっている。

夜中に帰宅すると、跳びついてはこず、パソコンのセッティングだのやっているうちにどこかにいなくなった。
あれ、と思って見ると玄関の三和土にうずくまり、身体が小刻みに震えている。呼んでもあまり反応が無い。

これはまずいのでは、と夜中でも診てもらえる「おおいし動物病院」へ。

体重11.1kg。昨夏から1kgほど増。体温正常。血液検査すべての値が正常。
しかし、X線検査で腰椎のひとつが間隔が狭くなっており腰痛が出ているよう。
超音波検査で前立腺が肥大し膀胱が通常の位置より押し出されていることが分かる。
前立腺肥大は人間同様さまざまな原因と症状があり、すぐには判別できない。
ただ総合的に見てすぐ命にかかわるような兆候はないとのこと。なにか心底ほっとする。

痛み止めの注射を打ち、消炎鎮痛剤などが処方される。
一週間ほどは外出散歩禁止で安静を保ち様子を見ること。
  

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2012年01月30日

自家焙煎コーヒーの店「Cafetier(カフェティエ)葉山」

以前、印刷物の統合システムの開発に携わっていた頃、販促を担当していた水牧孝郎くん。
フェイスブックで、地元葉山に戻り自家焙煎コーヒー店をやっていることは知っていた。
神奈川県立近代美術館葉山館での「ベン・シャーン展」を再見した後で、配達からちょうど帰ってきた水谷くんと同じ会社に勤めていた奥さん。

吟味して仕入れた豆を少量ずつ丁寧に焙煎する。少量新鮮なのですぐ売り切れるそう。
ちょうど豆を切らしていたので、苦みの強い深煎りグァテマラ・ブルーレイクを購入。

昔の友人が、まったく違う路を拓き、楽しそうにやっているのを見るのは嬉しい。


Cafetier(カフェティエ)/葉山
  

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夕三景

地元を離れたとき、どこで夕景を見るか、は私にとってけっこう重要。

下北半島大間からの津軽海峡フェリーで函館港に入る船中から。

北海道岩内町、雷電国道から。日本海に沈む。

葉山公園で。伊豆半島へ日没。
  

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2012年01月29日

「かなざわ」(函館湯ノ川)で

函館ではまだまだ旨いものを食べたのだった。
藤田くんの行きつけ湯ノ川の居酒屋「かなざわ」で。
くりくりのナマコ。

ソイ刺し。

醤油、味醂、酒に漬けたマダラの子。
  

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2012年01月28日

函館で旨い鮨

函館最後の夜、藤田夫妻と鮨処「美な味」へ。
ローカルな鮨は、新鮮さに頼るだけのものが多く、それはそれで旨いのだが、私はやはり江戸前。

函館の自由魚市場ではけっこう全国の魚が入ってくるそう。
吟味して選び下ごしらえ、仕上げも入念。


  
すっかり世話になり有意義な旅ができたのは藤田英晴くんと奥さん、多恵子さんのおかげ。
ありがとう。
しかし、キミ顔でかすぎ。
  

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氷結の大沼で

大沼へ藤田夫妻と愛犬の黒ラブ「グリ」と。

最近のカンジキはこんなふうになっているのか。
沼は氷結した上に10cmほど雪が積もっている。

ま、犬は放せばどこかへすっ飛んでいく。
ミックも遊ばせたい。
  

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函館五稜郭

1964年に五稜郭築工100年を記念して建てられた旧タワーを解体し、06年にオープンした五稜郭タワー。
展望台2階の高さは90m。

ヨーロッパでは大砲の発達に対応して16世紀頃から「稜堡式城郭」が各地で作られた。オランダのウイレムスタット、フランスのカレー、ドイツのミュンスターなど。そして最適として五芒星の形がとられている。

幕末、横浜とともに開港した函館で、フランスの海軍士官からこのことを学び、蝦夷地経営の拠点として作られたのが函館五稜郭。

蝦夷地の植民地化の拠点として設置された箱館奉行所の復元建屋。

午後5時から稜に沿ってライトアップされる。
  

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函館家庭料理のご馳走

函館湯ノ川の藤田英晴くん宅で多恵子さんの手料理。

覚えきれないほどなので、多恵子さんが準備のために書いたメモをもらってくる。


  

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北海道駒ヶ岳

蝦夷駒ヶ岳、渡島(おしま)駒ヶ岳とも呼ばれる北海道駒ヶ岳は名山だ。
もともと富士型の山容だったが、寛永(1640)の大噴火で山頂部が崩壊し、馬蹄形カルデラと呼ばれる凹地ができ、現在のような二つの峰(剣ヶ峰、砂原岳)ができた。
2000年の小噴火以降は小康状態が続いているが、登山は山頂部などいろいろ規制されている。

見る方角によってまるで表情が違うのが興趣豊か。
これは大沼の東から。

大沼、小沼の中間から。

駒ヶ岳駅近くの道から。
夏には農道が駒ヶ岳に向かって一直線に伸びる風景だそう。

森町石倉から。

んなもの作るなって。
が、皆写真を撮っているので…。
  

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函館「いろは」

藤田英晴くんは函館を拠点に雑貨販売の会社を経営している。
末広町の彼の直営店「いろは」。
この辺りは倉庫街をひかえ、古くから海産物商などが軒をつらねた。
一階が和風、二階が洋風の建物が並ぶ。

器、籠、手拭い、和風雑貨など、所狭しと小物が置いてあり楽しい。

葉山町に窯を持つ陶芸家つちやまりさんの作品も。
  

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北海道 そばの楽しみ

函館「かね久 山田」
大正の創業。水ではなく大豆を水に浸し磨り潰した「呉汁」を使う伝統的な津軽そば。道南蕎麦粉の手打ちはしっとりとして煮干しダシつゆに旨い。

岩内町「和吉(わきち)」
国道からちょっと入ったところにあるので普通はわからないが藤田くんの行きつけ。
身体が冷えていたので暖かい山かけ二八蕎麦がうれしい。
  

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ほくでん原子力PRセンター・とまりん館

泊村、泊原発の近くに人口1900人、世帯数1000を切る過疎の村にまったく不釣り合いな建物。
「ほくでん原子力PRセンター・とまりん館」

例にたがわずつまらないキャラクター。
どこかの誰かがデザインしている。
藤田英晴くん(右)、佐沢一馬くん(左)

遠くから見ると薄いペパーミントグリーンのように見える原子炉上部ドームは、モンドリアン風のけっこう複雑なモザイク模様。
どこかの誰か(有名かも)がデザインしている。

このパネルは左側から見ると現状、右側から見ると建築前が見られる。
断崖が海へ落ち込む地を抉って作ったことが分かる、当時の道は海浜沿い、現在は背後にトンネル。

実物大のタービン・発電機とか蒸気発生器とかのイミテーション。
中央制御室を模したところではゲーム仕様。
「さあ、核分裂を起こしてみよう!中性子をうまく当てるんだよ」

フクシマ以前であれば、科学技術の「進歩」の粋として崇高なモノリスのように眺める人もいたかもしれない。

とっくに破綻している核燃サイクルとか窮余のプルサーマルとかの概念図。
安全のための五重の壁だのいかに格納容器の壁が厚いか、などの展示の空疎さ。核廃棄物は言うもがな……。
  

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2012年01月27日

Cocomo(鎌倉長谷)で牡蠣

小雪がちらつくなかミックと散歩。
Cocomoで、広島産(右)志摩産(左)牡蠣で白ワイン。
  

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泊村泊原発

北海道(蝦夷地)の日本海沿岸の港や町はどこも似たような歴史を持つ。
江戸時代初期前後から「和人(シャモ)」たちが進出し、「土人(先住アイヌ)」を使役してニシン漁などを行い、土地を私有するという観念のないアイヌの人たちから生活圏と自然の恵みを奪い、富を「本州」に持ち去る。

明治維新後、蝦夷地は「北海道」として公的国際的に「日本国」に組み込まれ、台湾、朝鮮、満州のような「外地」ではないが「本土(内地)」でもない「国内植民地」とされた。

泊村は積丹(しゃこたん)半島の南付け根に位置する。
北上する対馬暖流がこの半島にぶちあたり、スケトウダラの一大産卵場でありウニの宝庫でもあった。
海とともに充分に生きていくことができたはずだった。

明治になる直前、漁師が発見した「燃える石」(石炭)は北海道初の炭鉱「茅沼炭鉱」として開発され、函館奉行所所管、明治政府官営炭鉱としての歴史をたどる。
アジア太平洋戦争末期、他の炭鉱と同様に炭鉱労働者の3/4は強制、自発的であるにかかわらず朝鮮人でありもっとも過酷な労働に従事した。

60年代、高度成長が始まり、国のエネルギー政策が石炭から石油、そして原子力へと変換するなかで、64年茅沼炭鉱は閉山する。
一万人を数えた泊村の人口は一挙に半減した(2011年現在、人口1911人、955世帯)。

全国のほとんどの原発立地と同様に、こういうところが目を付けられる。

村の有力者を籠絡して「誘致期成会」を作らせ、調査費をばらまき、69年立地決定する。
反対していた泊、岩内の漁協などには「海象調査」などの名目の「トロイの木馬」委員会などを作り、じわじわと「条件付き賛成」にしていく(74年泊漁協、81年岩内漁協、条件付き賛成へ)。

そこまでいけば後はいずこも同じ札束、札束……。

泊村の財政収入の8割は原発がらみの金。
金がなくなれば「風評被害」をたてに「振興金」をたかる、さらなる増設でもっと金をという自治、自立の精神そのものの荒廃、崩壊、喪失……。

写真は泊原発正門。
左を先端まで行けば原子炉が見えるかと雪路に乗り入れてみたが、見えないよう崖地がふさいでいた。
監視カメラとガードの視線が執拗についてくる。

この正門のすぐ下に拡がる浜は夏は海水浴場。
「♪人気(ひとけ)のないとこで泳いだら、原子力発電所が建っていた」
親会社が原発メーカー東芝(泊原発もそう)の東芝EMIから発売中止にされた清志郎の「サマータイム・ブルース」(1988)の世界。
  
RCサクセション/サマータイム・ブルース
  

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元祖「いかめし」

全国駅弁で人気「いかめし」の元祖、函館本線森駅前の「いかめし阿部商店」。

小振りのスルメイカに餅米、うるち米を詰め、醤油味で煮込む。戦時中の食料統制下に工夫した産物。

デパートなどで売られているものはここの指導を受けて作られているそう。
  

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岩内から泊原発遠望

暗くなってから決めて泊まったいわない温泉のホテル。
朝、窓から見ると泊原発が真正面に。ホテルのフロントマンにあれは原発?と訊くと「あ、そっすよ」

手前は人口1万5千人の岩内の街並み。
岩内町はかつてニシンの豊漁とともに栄えたが、今はスケトウダラとタラコの産地として有名。
そして泊原発に大きく依存している。
原発作業員は岩内の旅館などに分宿し、買い物し、飲み食いし、専用バスで通う。
北電社員は家族達をもっとずっと離れた南の方に住まわせている。

GoogleMapでこの突堤からだったら一番近い、と目星をつけていたところに我々が上ると、密漁やおそらくは原発へのテロを監視している巡視艇が向きを変える。

GoogleEarthでチェックすると、この岩内港の突堤からわずか3.7Km。
一番右がプルサーマル発電の稼働中3号基(4月に定検入り)。
  

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ニシン御殿(北海道寿都町)

北海道日本海側で最盛期1897(明治30)年には漁獲高が100万トンにのぼったニシン(現在はわずか100トンほど)。
食用、肥料として貴重で、これで財をなした者の「ニシン御殿」が立ち並んだ。

寿都(すっつ)町の現存するニシン御殿。1879(明治12)年築。当時の豪邸20軒分以上の金を注ぎ込んだ。
一本の釘も使わない和建築やオランダから取り寄せたガラスは見事だが、財の成し方はあこぎなブローカー。「仕込屋」といい、網元や漁師に資金、機材を貸しつけ、代金を数の子、身欠き鰊、鰊粕などで安く買いたたき、本州で高く売る。

北原ミレイ「石狩挽歌」
  

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2012年01月26日

風の町、北海道寿都町

日本海からの荒風は考えようによって恵み。
風力発電の町、北海道寿都(すっつ)町。
  
タワー高さ64m。ローターのブレード(羽)1枚の長さ35m。
  

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トラピスチヌ修道院のチョコレート

鎌倉美学へ、函館のトラピスチヌ修道院のチョコレート。

余計なものを一切加えないビターな味。
みゆきちゃん、味わう。
  

水曜日限定、繪梨子ちゃん。
  

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石井秀卓さんと(鎌倉美学)

LA在住のウェブデザイナー岡野祥子さんの多摩美グラフィック時代の同級生で、鎌倉大船で幼稚園を経営している石井秀卓さんと鎌倉美学でご一緒。
  

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Comme chez vous(函館)

函館宝来町でさわやか若夫婦がやっているワインと小皿料理の店「Comme shez vous」(コム・シェ・ヴー=くつろいで)。

シェフの加藤秀一さんは、鎌倉丸山亭で2000年頃修行していた。
この11種の野菜のポタージュは、その頃学んだレシピ。
  

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2012年01月25日

函館塩ラーメン(滋養軒)

函館といえば塩ラーメン。
昨夏は エビス軒のバターコーンラーメン を食べた。

歳を重ねるとこってりギトギト系は合わなくなり、好みはさっぱり系に。
それならと藤田くんが連れていってくれたのが滋養軒。

とても丁寧に手間暇かけて造っただろう澄んでいるが滋味溢れるスープ。
二階で自家製している麺も適度な塩味にとてもバランスがいい。

これまでの人生で最高に旨かった塩ラーメン。
ここは何でもおいしく、夏の冷やし中華もと佐沢一馬くんもいう。
  

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DOG SALON ON THE BEACH で

ミックを迎えに行って。
ずっと仲良く遊んでいた店の看板犬「Nalu」とオーナーの折原弘香さん。
ミックは固まりのポーズ。
  

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函館朝食ー函館湯ノ川温泉湯の浜ホテル

15畳くらいの部屋で佐沢一馬くんとふたりきりで。

一人でしっかり食べる。
  

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函館朝食ーラビスタ函館ベイ

えと、ラビスタ函館ベイの朝食です。
好きなだけ食べていいです。
1.5日分くらい食べました。


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津軽海峡から函館山

函館山は下北半島の大間から見るともっこりと盛り上がり平地がよく見えないのでまるで島のように見える。

近づくと函館山の裏側は夜景を望む側とはまったく異なる峻厳な様相。
  

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津軽海峡、大間から函館

本州最北端、大間と函館をむすぶフェリー「ばあゆ」。古代インド神話のヴァーユ(風の神)の意だそう。
大間ー函館を1時間40分。大間の人にとって治療や買い物は日常。
1500トン、通常旅客定員470名、乗用車60台を運べる。が、この日の旅客は十数名、車2台。
当然赤字だから原発マネーが補助している。

津軽海峡まっただなかのフェリーの上で3Gが入り、GPSで位置がわかるのはちょっと驚いた。

函館のフェリー発着場。
「あんたにあげた夜を返して」と言われても困るが、函館のジャン・レノ、藤田英晴くんが出迎えてくれる。
訳のわからない建屋は単なる土産物売り場。
  

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地熱神社

森町の蒸気生産設備施設の一角に小さな「地熱神社」があった。
これからの繁栄を願って参拝。

天皇制などと無縁な、こういう八百万の神々は好きだ。
  

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北海道森町の地熱発電所

函館の友人、藤田英晴くんに、泊原発を見られるところに行きたい、とだけ言っておいた。
ならばと彼は経路のなかに森町の地熱発電や寿都町の風力発電の見学などもプラニングしてくれた。

彼から送ってきた1/24北海道新聞、森町地熱発電の記事。

地熱の蒸気生産設備。

地熱は近隣農家にも送られ、北海道では普通はありえない年2回の野菜生産などに利用される。
ビニールハウスの周辺は雪が溶けている。

蒸気はタービン建屋に送られる。
途中の路はこの地熱でロードヒーティングされ雪は無い。

発電の建屋。
今のところ実働せいぜい1万KWくらいだが、職員は北電2名、子会社20数名ほどだけ。

冷却塔。

これらの施設がもし事故を起こしても原発と違いそこだけの問題。
火山列島ニッポンはどこでもやろうと思えば地熱発電が可能。
電力独占体制さえぶっ壊せば、その地に根ざしたプラニングがいくらでも可能ではないか。
  

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下北・道南紀行ルート

今回の旅行のおおざっぱなルート図。

羽田から青森県三沢空港に入り、六ヶ所村核燃サイクル基地、東通原発、むつ核燃料中間貯蔵施設、大間原発、大間から津軽海峡フェリーで函館へ。
森町地熱発電所に寄り、寿都町風力発電施設を見学、岩内から泊原発、函館に戻り羽田へ、という7泊8日行。

下北半島のこの地域は公共交通機関はほとんどなく、また寄り道をするのですべてタクシー。
函館からは、在住の友人である藤田英晴くん運転のLand Rover。
  

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2012年01月24日

iPhone用「ガイガーFUKUSHIMA」届く

10月に発注したiPhone専用「ガイガーFUKUSHIMA」(福島県安達郡大玉村の三和製作所製・販売は特定非営利活動法人営業支援隊)がようやく届く。
AppStoreで無料アプリ「ガイガーボット」をダウンロードして起動、マイク端子とつないで計測。

とりあえず私の座っているところでは0.00〜0.01μSv/h。

補)
世田谷区上野毛の研究室で0.08〜0.09μSv/h。
設定を見直して計測したところ鎌倉長谷自宅リビングでも0.08〜0.09μSv/hが平均。瞬間的最高は0.30。

予約再開・2月以降
  

1 24, 2012 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

ただいまミック!

9日間預かってもらった材木座のDogSalon On the Beachへミックを引き取りに。

なんだよう、ボクはパパに見捨てられたんじゃなかったんだぁ……
  

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2012年01月23日

潮騒

函館湯ノ川温泉。早朝の露天風呂ながながと独り占め。
  

1 23, 2012 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月22日

ミック便り

ここ3日ほどのDOGSALON On the Beach〔鎌倉材木座)からの便り。変わらず元気とのこと。
トイプードルのリンちゃんがお気に入り、とか。

う〜い、食った食った。

ガラス越しの穏やかな冬陽を浴びて。

わ〜い、散歩だ、早く行こう!

趣味、草むらを嗅ぎ廻る。

満足のまどろみ。
  

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2012年01月20日

函館朝食

ラビスタ函館ベイでの朝食。

ふだん少食で朝食はほとんどとらないのに慣れている胃が、突然朝っぱらからふだんの1.5日分くらいの闖入に「なんだなんだ、一体どうしたというのだ?」と驚いている。
  

1 20, 2012 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

ミックの微かな不安

DogSalon On the Beachより写真。
今日も楽しく遊んだよう。

が、少しストレスか軟便気味だそう。
始めのうち、楽しくてしょうがなかったが、どうも「自分探し」モードに入ったかも。

ボクはどうしてここにいるのだろう?
パパはどこに行ってしまったのだろう?
これからどうなるのだろう?
……
  

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2012年01月19日

「あさ子ハウス」へーこの国のカタチ

「あさ子ハウス」に着く。
今フェンスでさえぎられているすぐそばの浜へは、かつてもちろん自由に行き来し漁をしてきた。

「あさ子ハウス」
熊谷あさ子さんが亡くなった後、娘の小笠原厚子さん、さらにその娘の奈奈さんが遺志を継ぎ守っている。

風力発電も。

小一時間、小屋の縁側に座って、ここから250mのところに設置されようとしている原子炉や、あさ子さんの、そして彼女が受け継いできたかつての生活を想像する。

若い頃よく歌ったワルシャワ労働歌が思い出され口ずさむ。

暴虐の雲光を覆い 敵の嵐は吹きすさぶ
怯まず進め我らが友よ 敵の鉄鎖をうち砕け

砦の上にわれらが世界 築き固めよ勇ましく

2012年の今、鉄条網フェンスに囲まれたここで、歌詞はけっして大時代的ではない。

訪ね、連帯している旨のメモをメールボックスに入れる。

帰路、坂の上にぽっかり浮かんでいる雲がのどか。

鉄条網を張り巡らせたフェンスのパイプ上部は内側(つまり原発敷地側)に、まるで虜囚の逃亡を防ぐかのように曲がっている。虜囚はどちらか?

司馬遼先生、「坂の上の雲」を目指して突き進んだこの国は今こんなカタチになっています。
  

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「あさ子ハウス」へーフェンスに囲まれた路

「連絡通路」は適当な丸太と針金の柵から小動物も行き来できない金網のフェンスに囲まれたものに変わる。

原発のための港湾整備が進められている。

止まってはいるが巨大なクレーンが現れ、お馴染みのさわやかブルー縞模様建屋。
  

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「あさ子ハウス」へーウサギと狐の足跡

「私有地への連絡通路入口」を少し入ると守衛が詰めているボックスがあるが、別に「お前はどこから来たのか?何者か?どこへ行くのか?」というような人生最大の質問などしないので無視して通る。

雪道に人や車の新しい痕跡はなく、ウサギの足跡だけなので、しばらくは不在にしているのだなと気付く。

たぶん狐が横切った足跡。

入り口付近は丸太に針金を粗く張っただけのフェンスなので、ウサギや狐は自由に行き来できる。
原発建設予定地に向かって続く足跡。
  

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「あさこハウス」へー「私有地への連絡通路入り口」

大間原発建設予定地とされた130ヘクタールの地権者は430人にものぼった。
みな零細な土地で半農半漁の豊かではないが穏やかな生活をしてきた人たち。

原発会社は、まわりはすでにこうだと疑心暗鬼を醸成させ、町民が見たことも無いような文字通り「現生」の札束をちゃぶ台の上に無造作に積み上げ、一方で「国策」なのだから拒否すると強制収容になり元も子もなくなると恫喝する。

まわりが皆土地を手放すなかで、原発予定地のど真ん中に位置する故熊谷あさ子さんだけは拒否し続けた。
長期駐在員をはじめ、さまざまなエイジェントたちが暗躍し、あさ子さんの前に積み上げるはずだった7千万円に目がくらみ、ピストルで脅され奪われたとして着服する狂言強盗もおまけについた。
電源開発の社長まで乗り込んで、私の在任中に一基だけでも作らせてくださいと頭を下げたが、あさ子さんは「一基も二基も三基も同じだべな」と取り合わなかった。

子どもの頃から畑と漁を手伝ってきたあさ子さんの生活に根ざした信念は、
「海があれば生きていける」
「海や畑を売ったら終わりだべさ」
「男たちは権力に弱くてすぐ賛成するからだめ」

上関原発に反対し続けている祝島のおばあたちとまったく同じ。

札束を積めばこれまで問題なかった電源開発にとってまさしく「想定外」で、結局炉心を250m移動させる計画変更をせざるをえなかった。
しかし炉心から250mのところに一般住民の土地があり生活している、というような原発稼働は絶対にありえない。
にもかかわらず工事自体は3.11まで続けられてきた。

あさ子さんは小さなログハウスを建て、太陽光と風力で電気をまかない、抵抗の意思を示し続けた。
それまで自由に行き来できた浜への路も断たれ、国道にも出られなかったら生活権の侵害。
で電源開発は、あさ子さんの土地のまわり中を取得しているなかで、国道からの「連絡通路」を作らざるをえなかった。

写真は国道「大間バイパス」からの「あさ子ハウス」への「連絡通路」入り口。
右側は原発の「研修セミナー」建屋建設のための工事入り口。
  

1 19, 2012 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

大間原発、外から

大間の町から佐井方面にほんの2Kmほど国道を南下すると青い垂れ幕で覆われた一帯が海側にえんえんと続く。
その最南端に工事車両入り口。ここを大間原発の正面玄関にするつもりか。
工事自体は3.11以降ストップしているが、車両の出入りはひんぱん。

国道の反対側に拡がるプレハブの宿舎群。むろん原発労働者用。
日立の子会社。

青い垂れ幕の隙間があったので足首まで雪にもぐりながら覗くと、なにか建屋の基礎工事の途中。
  

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今日のミック

On the Beachから「今日も元気です」と写真。
毎日2回散歩させてくれる。私はそんなにはふだんできない。
う〜む、引き取りにいっても、ボクここんちの子になる、と言うかも。

メシくれい。
  

1 19, 2012 22.旅先で, 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月18日

大間原発 ー 人口6000人の町に500億円

大間町役場

大間町営病院


大間に原発が建設されることになった経緯は六ヶ所村でも東通村でも、またほとんど全国の原発立地どこでも同じなのだが、心底虫酸が走る。

参考:『ルポ 下北核半島ー原発と基地と人々』『原発列島を行く』『核燃マネー/青森からの報告』他

町の商工会が「原発立地の適否検査」を町議会に請願するというところから始まる(1976)。
始まるといってもその前に電力会社、県のボスなどの根回しがされ、町の有力者たちにくさびが打ち込まれている。
環境調査をするだけというので町議会は特に反対もしない。が、後に「立地を条件として」などといつの間にかなっている。

その後「先進地視察」という名目で町議たちに電力会社丸抱えの原発および周辺温泉地などの豪華接待旅行が繰り返される。
8年後の84年、大間町議会は原発誘致を決議する。

漁業の町である大間の漁協(大間漁協・奧戸漁協)は当初は原発建設に反対していた。
しかし原発マフィアにとって僻地のうぶい漁協の籠絡などお手の物。
張り付いた現地駐在員たちの長年にわたる執拗な工作で、漁協は切り崩され、交渉にいたる。議決権のある正会員にこれまで漁業などやったこともないものが水増しされるのもどこでも同じ。

あとはもう金、金、金……。
始めに提示した額を頃合いをみて増額、増額し、最終的に百数十億円という目もくらむような札束で、嫌ならゼロだとほっぺたをひっぱたく。

漁協は漁業権放棄を決議し、漁業補償を受け入れる。
こうなったらもういまさら原発に反対することなどできない。船や漁具の改修に、自宅の新築にと使ってしまった金を返せと言われないかと口を閉ざす。

子どもの頃から大間の漁師で、たった一人の反対派町議だった人は「このあたりは日本でも二つとない漁場、なんでも獲れる」と自覚し自慢していた。
あいなめ、ソイ、平目、ブリ、マグロ、タコ、イカ、アワビ、ウニ、つぶ貝、それに昆布、わかめ、天草……。
根付け漁業といわれる沿岸の漁撈であり、1.5トンほどの船外機をつけた小舟で漁ができる。

しかし、大量に海に放出される温排水(しかも「規定値内」という名の下の放射性物質を含む)が影響を与えないわけがない。

町は、原発ができれば、人口わずか6,000人の町に交付金、固定資産税が500億円という途方もない額になると取らぬ狸の皮算用をする。
プレハブを増築増築したような町役場も他の原発立地の庁舎のような立派なものにできるだろう、みすぼらしい町営病院も建て直し、なにかというと函館やむつの総合病院に行くようなこともなくなるだろう…。
  

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2012年01月17日

大間で

下北半島の西北端、本州の最北端である大間崎から。
はるかに北海道亀田半島の大地を望む。

まぐろの一本釣りで名高い大間漁港で。

もっこりと函館山。
立待岬まで津軽海峡を隔ててわずか17.5Km。
  

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ミックの現状

ミックを預けてある鎌倉材木座の「Dog Salon On the Beach」から写真が送られてきた。
元気で他の犬たちとも仲良くやっているよう。

今日はブログを見て、1年以上会っていない北鎌倉のナナちゃんが遊びに来たそう。


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「核燃料中間貯蔵施設」〔むつ市関根浜)

下北半島北辺手前のバイパスへ大型ダンプが次々と右折していく。
あの後をついてけばいいんですよと運転手。
多少牛を飼っている人もいて夏には放牧地にも少しはなるらしいが、何もない原野をダンプは走る。

やがて、核燃サイクルでお馴染みの白い遮断柵が現れ、工事用入り口に吸い込まれていく。

さてここで何を作っているかというと「原発のゴミ(核燃料)」の「中間」貯蔵施設。
全国の原発の使用済み核燃料等はどんどん増え続けたが、処理するはずの六ヶ所村核燃サイクル基地はまったく思うように稼働せず、各原発敷地内に山積み。
「中間」であるのは「最終」ではないから。にしても50年間単に寝かせて保管する。

用地取得では西松建設が暗躍し、建設(1000億円)では間組、熊谷組が儲ける。

暴力団関係者立入りお断り、というのは語るに落ちるで、建設工事の労働者手配に関わっているから。

こちらが正門。
作っている会社の名は「リサイクル燃料貯蔵株式会社」。
原子力も原発も表に出さず、社会的にポジティブなイメージをこざかしく与えようとしているが、東電80%、日本原子力発電20%出資でそれぞれが持つ原発廃棄物を貯蔵する。

むつ市は合併で下北半島の広大な面積を有するが原発自体はない。
しかし六ヶ所村、東通村、大間町という核燃サイクル、原発(建設中を含む)保有町村と隣接していることによる交付金の上に「中間貯蔵」の中心的役割を担うことによって原発マネーまみれと核汚染の危険な方向にますますのめりこんでいこうとしている。
  

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下北の旅は続く

朝日を浴びる恐山に手を合わせ、今日は下北半島北辺の関根浜に建設中の「核燃料中間貯蔵施設」を見て、大間へ。
  

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田名部の夜は更けて

田名部のあたりには昭和二十、三十年代前半を彷彿させる飲み屋街。

一軒でかれい刺しで地酒関の井生酒。
  

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恐山遠望

六ヶ所村に泊まるつもりだったのだが、一番大きなビジネスホテルに行ってもなんと満室、他も同様。すべて核燃がらみ。

で、東通を通ってむつ市へ。

むつ市は日露戦争以降一貫して軍都であり、戦後は米軍の諸施設、自衛隊が点在し、またひそかに原子力潜水艦の可能性を探った原子力船「むつ」の母港ともくろまれた(「むつ」は最初の実験航海で放射能漏れを起こし二度と航海することなく1500億円をドブに捨てて廃船となった)。
今、核燃料中間貯蔵施設が計画進行中。
ふんだんに原発マネーもばらまかれている。なにしろ市庁舎は撤退したダイエーの店舗を東電と日本原電の寄付金で購入したもの。大間、東通、六ヶ所の隣接としてのおこぼれも。

田名部のホテルの窓から恐山。
宇曽利山湖(太古の噴火口)と外輪山からなる。
冬場は入れない。

恐山奥の院獄大明神が祀られている最高峰の霊山釜伏山(879m)の山頂に、こともあろうに航空自衛隊ミサイル防衛用レーダーがぐさりと刺さっている。
直径18m、高さ40mという。
  

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東通 原発マネー妄想

東通からむつ市に向かう峠に近い砂子又というところを切り拓いてニュータウンのようにしたなかにある村役場(左)体育館(中奥)交流センター(右)。
三角、四角、丸で天地人を表わすってなんのこっちゃ。原発マネー中毒者の妄想の世界。

東京でも見られないとんでもない超豪華小学校。
隣の中学校とともに Google EarthかMapの航空写真を見るとのけぞる。
  

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東通原発(東北電力・東京電力)はどこ?

六ヶ所村を抜け東通(ひがしどおり)村に入る。
東電と東北電力が東通に原発を造ると発表したのは1970年。
当時なんと東電10基、東北電力10基、計20基の建設が目論まれ、実際それに見合う東電450、東北電力358、計808ヘクタールというとんでもなく広大な土地が買い占められた。
東北電力の1号基が営業運転を開始したのは2005年なので35年もたっての操業という普通の企業ではありえないような話。

ところが普通の地図やGマップで見ても正確にどこなのか表記が無いのでなかなか分からない。
今回行ってみて初めて了解できた。
国道338号を北に向かい白糠の街並みを越えると左に折れ、また右折して北上するのだが、その右側一帯がすべてそうだったのだった。

写真は白糠、物見崎手前からの東北電力東通原発1号基。
この右手が東電建設予定地でさらに右の尻屋崎(下北半島の東北端)にかけては自衛隊用地が20Kmも続く。


  
例によってさわやかブルー。
  

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泊港(六ヶ所村)で

六ヶ所村の一番北にある泊港。
もともと半漁半農のけっして貧しくはない生活をする集落だった。そしてむつ小川原開発や核燃に対する反対闘争の拠点でもあった。

港の潮風と雪のなかにつながれている犬。むくむくと寒さには強そう。
ミックも雪大好き
(どうしているかとドッグサロンに後で電話したら、すっかり慣れて他の犬と遊んでいい子ですよ、というので一安心)

港沿いの道で前の車が腹を擦ったまま立ち往生。こちらもズブズブから抜け出せず。
近くにいた除雪車がやってきてようやく脱出。
左の船はこの時期みなイカ釣り仕様。
  

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六ヶ所村の雪

核燃からほんの1Kmしか離れていない六ヶ所村のメインの町並み。
人用の路と左側は国道338号。国道といっても1.5車線くらいしかない状態。
核燃バイパスの方がはるかに国道らしい。朝夕はラッシュになるそうだが。

メイン道路から入ったところの家は大変。公共交通機関がほぼ無いに等しいから皆クルマで入れるよう除雪しなければならず、雪がまるで塀のよう。
  

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2012年01月16日

六ヶ所村核燃サイクル基地

バイバスが十字路となり核燃サイクル基地が目にとびこんでくる。敷地は広大なので中の方は見えない。
この中に再処理工場、ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター、そしてプルサーマルを支えるためのMOX燃料工場が計画。いずれも事故、故障などで延期延期の連続。すでに3兆円弱が注ぎ込まれている。

ここがもし本格稼働を始めたら通常運転でも通常原発とは桁違いの放射性物質が大気中と海洋に放出される。もし事故を起こしたら日本壊滅どころではない。

ウラン濃縮工場側の正門。カメラを向けると守衛がじっとこちらを見る。

参考)
・鎌田慧氏の渾身の力作『六ヶ所村の記録ー核燃料サイクル基地の素顔』は昨11月に岩波現代文庫上下で再刊。
・下北半島がいかに早くから目をつけられ、原子力と軍事の一大センターとされてきたかは『ルポ 下北核半島 - 原発と基地と人々』(鎌田慧・斉藤光政/岩波書店)に詳しい。
・「六ヶ所村ラプソディー」にも登場した菊川慶子さん(脱原発世界会議でも鎌仲ひとみ監督と対談)の『六ヶ所村 ふるさとを吹く風』(影書房)
  

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六ヶ所村へ

三沢から海沿いの国道へ出て北上。海沿いといっても林が拡がり海は見えない。
六ヶ所村の鷹架沼。本格的に氷結するとテントを張ってワカサギ釣りをするという。

このあたりの峰々には「やませ」と呼ばれる海風を受けて風力発電が盛んで約80基が稼働している。

この辺のバイパスはみな核燃サイクル基地のために造られたもの。
  

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三沢へ

羽田から朝の便で青森県三沢へ。
雲の波がきれい。

三沢空港。小雪、マイナス4℃。
空港といっても戦前戦中の海軍航空基地、戦後の航空自衛隊基地のすみっこを間借りしているようなもの。戦闘機、哨戒機などが頻繁に発着陸している。
また米空軍三沢基地は、24時間以内に世界のどこでも攻撃できるグローバルストライク、長距離先制攻撃の沖縄嘉手納基地と並ぶ最重要要塞。
三沢の街自体が基地のそばに人が集まり形成されてきた歴史を持つ。市財政の2割が基地関連交付金など。

地鶏と鶏ガラスープのそば。
  

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2012年01月15日

ミックを預ける

明日からの下北・道南行のため、ミックを昨3月にオープンした材木座のドッグサロン・オンザビーチに預ける。
9泊の長丁場、これまで他所に預けたことはない。だいじょうぶか。

が、いろいろ友達がいて愉しそう。私が出て行くのも気付かず。

夜自宅で。
常に足元に伏せ、私がキッチンに行くたびにタッタッタとついてきてなんかくれるのか、iPhoneのケースの蓋を閉じただけで散歩か、という視線がないのがなにかおかしい。無意識のなかでさえいかにミックとともに生活しているかをあらためて感じる。
   

1 15, 2012 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月13日

とらふぐづくし(八丁堀・茂助)で

元上野毛「ミキ」のミキさんの息子さんがやっている八丁堀「茂助」で、中学高校来の悪友たちと「とらふぐ」づくしの新年会。
ミキさんも元気で息子を支えている。

愛媛から直送のとらふぐ皮刺し、刺し、唐揚げに続き、本当に新鮮でないと食べられない白子の刺し。口の中でとろける。

具だくさんのてっちり。

さまざまな味わいが染み込んだ雑炊。
  

1 13, 2012 19.食と農、健康と病, 21.酒と…の日々 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月09日

陶器のカップ(ときわ工房)

鎌倉美学の鎌倉アーティストバンク・クリスマスギフト展で入手した豊田麗ちゃん制作の陶器カップ。
持ったときの手触りもとてもナチュラルで、酒にお茶に酔い覚ましの水にと日々愛用。

ときわ工房
鎌倉アーティストバンク
  

1 9, 2012 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月04日

鎌倉長谷夕景

通り過ぎる一群れの雨雲が落陽の上にかぶさり、まるで火山が噴火しているかのよう。
  

1 4, 2012 01.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月02日

しみじみおせち料理

料理をやっている繪梨子ちゃんから手造りおせち料理のお裾分け。

年末の買い出しをしなかったのでろくな食料がなく、元旦から読書にふけっていたりしてほとんど食べていない。
おせちなどは何年ぶりか思い出せないほどで子どもの頃を想い起こし、しみじみ嬉しく味わう。
  

1 2, 2012 19.食と農、健康と病, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

2012年01月01日

鎌倉由比ガ浜初日の出

あけましておめでとうございます。

皆様にとって2012年がよい年でありますように。
福島をはじめとする核汚染下の子どもたちが少しでも守られますように。
すべての原発が廃炉に向かう年でありますように。
人々の声が政治や社会を動かす年でありますように。

いつもは山際から姿を現すのですが、今年は雲間から少し曖昧な初日の出。
  

1 1, 2012 01.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)