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2011年07月31日

閉校校舎をアートスペースに

北海道新十津川町にある旧吉野小学校校舎。
2009(平成21)年閉校。

1889(明治22)年夏、奈良県最南部の吉野郡十津川村を豪雨が襲い、死者168名と村が壊滅するほどの被害を受けました。家屋、田畑を失い、残された約600戸2500の人々が北海道のこの地に移住し「新十津川」として生活の場を切り拓いてきました。「吉野」という地名にもその想いが残されています。

閉校後、取り壊す姿は見たくない、とさまざまな人々が尽力し、隣町滝川の五十嵐威暢先生の作品の展示とアートワークスペース「かぜのび」として生まれ変わりつつあります。

「かぜのび」へのエントランスから。

過去記事:
五十嵐威暢「かぜのび」のテラコッタ作品(2011年07月23日)
  
かぜのび kazenobi
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7 31, 2011 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

ヤマ跡の幼稚園

美唄・旧栄小学校校舎の1階は栄幼稚園として使われています。

過去記事:
北海道近代史と石炭6-炭鉱町の廃校の再生(美唄・栄小学校)(2011年07月29日)

戸を開けると日曜で園児はいないのですが、なにか暖かい雰囲気が拡がっていました。
入り口に置かれた安田侃氏の小さな大理石彫刻を子どもたちは毎朝撫でていくそうです。

イギリスのコッツウォルズで見かけた保育園のことをふっと思い出しました。
過去記事:
幼稚園(2007年04月04日)
  

7 31, 2011 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月30日

ビワの生葉湿布

一昨日から喉が痛み、鼻水が出、昨夜は38度前後の発熱、咳がひどく、横にはなってもほとんどずっとうつらうつら程度。

今日また診察してもらったが、気管支炎や肺炎の兆候はなく、咳は喉から、とのこと。

東城百合子さんの『薬草の自然療法』(池田書店)をひっくり返してみると、やはりビワの葉による湿布が効くよう。
なにしろ三千年の昔、涅槃経などの古いインド仏典でも万病を治す植物とされている。奈良天平の時代の施薬院でもビワの葉療法が行われていた。

咳には胸と背中に貼るとあるが、とりあえず庭から1枚採ってきて喉に。

昨日は声が原田芳雄のようになったので好きな台詞を喋ってみる。
「わしゃのう、おまいの胸のときめきから、おまいの熱(あちー)いためいきから、おまいのかすかなねがいから現れよった存在なんじゃ」(『父と暮らせば』)

今日はさらに渋味が進んで『紅の豚』の森山周一郎。
「徹夜はするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに…美容にもよくねえ」
(ね、良いパイロットの第一条件を教えて…経験?)「…いや、インスピレーションだな」
  

7 30, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月29日

美唄「中村のとりめし」

アルテピアッツァ、ストゥディオアルテでの昼食「中村のとりめし」。

明治期の北海道への「入植」期、美唄中村の地を拓いた中村豊次郎が始めたそう。
農家のかまどで炊かれるふるまい料理でしたが、中村の主婦たち「えぷろん倶楽部」によって郷土の味として継承されています。炊きたてを釜ごと配達する「釜宅」も。

肉は少ししか入っていないのですが、鶏の旨味が米に沁み渡っていて豊潤な味わい。
  

7 29, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

MacOS X Lion のスクロール設定

Mac OS Xが Lionになって、トラックパッドでの二本指による画面スクロールのデフォルトがこれまでと逆になった。

[システム環境設定]の[トラックバック]ー[スクロールとズーム]に「スクロールの方向:ナチュラル/指を動かす方向にコンテンツが移動」とあり、デフォルトではチェックされている。
どう表示されるか、が問題なのに「コンテンツが移動」などというこの日本語表記はまったくわかりにくい。

要するに iPhone、iPad のスクロールと同じやり方がデフォルトになった。
iPhone、iPadでは画面にタッチし、上にドラッグすれば下が見えてくる。下にドラッグすれば上が(トイレットペーパーをじかに引っ張っているのと同じ)。
画面にタッチしての操作ではこれは「ナチュラル」。

しかしトラックパッド(マウスでも同じ)という、画面モニターと離れたいわば操作レバーのような間接的なインターフェイス装置を使用する場合、これは単に前のOSに慣れているということを考慮した上でも違和感が残る。

上を表示させたければ上にドラッグ、下なら下への方が「ナチュラル」だろう(チェックを外せばそうなる)。
現に、iPhone、iPadとMacOS X SnowLeopardはスクロール方向が違うなどと意識することなく自然に使い分けられてきていたはず(少なくとも私には)。

この時点で統一しようとしたLionのデフォルト設定は過渡期的な無理があると思う。
  

7 29, 2011 07.デザインの世界 | | コメント(0) | トラックバック(0)

北海道近代史と石炭6-炭鉱町の廃校の再生(美唄・栄小学校)

美唄市に残されている旧・栄小学校校舎。

1950(昭和25)年開校、59(昭和34)年には30学級1250名の生徒を擁した。
72(昭和47)年の三菱美唄炭鉱閉山で児童数は急減、81(昭和56)年に閉校。
前進である国民学校時代からの卒業生は約3100名。

今、この一帯はこの地出身の彫刻家、安田侃(かん)さんの作品が広大な緑の敷地のなかに約40点置かれる「アルテビアッツァ(Arte Piazza=芸術広場)美唄」となっている。

校舎の前にもイタリアから運んだ大理石が敷き詰められた池。
現在一階は現役の保育園に、二階は教室を使ったアート展示スペースに生まれ変わっている。
  

7 29, 2011 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月28日

『コクリコ坂から』と『天国と地獄』

『コクリコ坂から』の時代背景1963年の横浜はまさに「高度成長」まっただ中にありました。「豊かさへの渇望」に飢えていたような時代であり、同時にそれは「公害」が誰の目にも明らかになった頃です。

横浜はもうのどかな港町などではなく、浜で潮干狩りができるようなところでももちろんなく、海沿いの工場群の煙突から傍若無人にさまざまな有害物質を含んだ煙が吐き出されている様がここでも描かれています。

黒澤明『天国と地獄』は同じ63年に公開、同じ年の横浜が舞台。
エド・マクベイン『87分署』シリーズの「キングの身代金」を原案とした警察映画でもあるのですが、黒澤映画でこれだけ時代相と地域を描き出したものも珍しい。

山の手の白亜の邸宅を、うだる暑さの安アパート三畳間からじっとりと睨め上げる鬱屈した青年(山崎努)、息子と間違われて運転手の息子を誘拐され身代金を要求され苦悩する靴職人上がりの成功者ではあるが破綻に瀕してもいる男(三船敏郎)。確実に捜査を指揮する警部(仲代達矢)。

ごみごみした下町を捜査する刑事たちが見上げる豪邸、カメラがダウンするとゴミとヘドロだらけの川。
歓楽街と阿片窟さながらの麻薬中毒者たち…。

『コクリコ坂から』と『天国と地獄』はセットで観られるべきだと思います。
  

過去記事:
『コクリコ坂から』の喋り方(2011年07月24日)
  

7 28, 2011 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(0)

さらばドッグフード

ミックの体重は9.5Kg。私の1/6。
いかにもセシウムが溜まっていそうな草むらが大好きで首を突っ込み思い切り匂いを吸い込んだりしているのだが、汚染されたものを食べたら単純にいって私の6倍影響があるだろう。

作り置きがなく、しょうがなくコンビニなどで売っているドッグフードをやることもあるが今後はやめよう。人の食べ物が安心できない今、ペットフードなど何がどう混入されているかなど金輪際分からない。

結局、私と同じ玄米と野菜にしよう。

一蓮托生の運命さ、な、ミック。
は、なんスか。
なんか「メシ」とか言ってませんでしたかぁ。
  

7 28, 2011 19.食と農、健康と病, 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月27日

今朝のおはよう-489 サギソウ

おはようではなく夜だけれど、この花は夜になると芳香を発する。
白鷺が羽を拡げた姿から。


過去記事:
今朝のおはよう-295 さぎそう(2009年08月11日)
  

7 27, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

北海道近代史と石炭5-美唄炭鉱メモリアル森林公園で

三菱美唄炭鉱開閉所。この陰鬱な建屋が立て坑巻き揚げやぐらをはじめ炭鉱採掘の電力を管理する司令塔だった。

草木に覆われ山腹に埋め込まれたような鉄筋コンクリートの巨大な建造物、三菱美唄炭鉱原炭ポケット。
立て坑巻き揚げやぐらから引き上げられた石炭からコンベアでここに貯蔵され、選炭工場を経て貨車に積み込まれた。
  

7 27, 2011 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

北海道近代史と石炭4-三菱美唄炭鉱立て坑巻き揚げやぐら

三菱美唄炭鉱は借地であったため、閉山後数千の鉱夫と家族を擁した町はすべて原状復帰のため壊されたが、この立て坑巻き揚げやぐらはあらためて朱色に塗り染められ産業遺産として残された(美唄市東美唄町一の沢)。

高さ20m。この下の炭田までの深さは175m。
第一次大戦後の不況時、合理化策の中心事業として建設された。
  

7 27, 2011 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月26日

食核汚染の拡がりのなかで

スパゲッティ、ラーメン、そば、うどん、素麺など麺類をずいぶん食べているなぁ、と思う(写真は「むつ富(鎌倉長谷)」でのかき揚げきしめん)

基本原材料である小麦も収穫期に入ります。

福島の小麦が核汚染されていることは、そして福島にとどまらないことも当然予測されています。
検査計測はすべてが後手後手になり、「流通しているから大丈夫」などという漠然とした安心感がなにも根拠がないことが明らかになりました。

現時点で福島第一からいまだに放射性物質が大気中に放出し続けているとはいえ、核汚染と被曝は大気中、地表のものから、私たちの生きるための根源である食の汚染、食からの内部被曝に中心が移りつつあります(これ以上の海洋汚染の危険性除去はまだまったく目処無し)。
土壌汚染ー根ー葉や実、それを直接食する人、そしてそれを飼料とする家畜…。
海洋汚染ープランクトンや藻ー底魚、貝類ー小型魚ー大型魚…。
山林・河川汚染ー上水道汚染…。

今の日本の経済流通体制からすると、汚染牛肉が一流ホテルレストランからスーパーから新幹線の駅弁から学校給食まであっという間にほとんど全国に行き渡ったように、そして挽肉やホルモンやレバーなどはトレースすらできないなかで、福島から遠いからなどということはもう何の関係もありません。

とんでもなく緩い「緊急時の暫定規制値」はさらに「生涯100ミリシーベルト」などとはぐらかされ、一時的な高濃度摂取など「生涯でならせば」たいしたことはないということにされそうです。

『食卓にあがった放射能(新装版)』(高木仁三郎・渡辺美紀子/七つ森書館)によれば、チェルノブイリ原発事故後、西ドイツでもっとも強い汚染にさらされたのは南部バイエルン州でした。バイエルンは西ドイツ農産物の80%を生産する農業地帯であり、規制を厳しくすると経済的打撃が大きく、原発推進のキリスト教社会同盟(CSU)キリスト教民主同盟(CDU)の強固な地盤でほとんどなんの対策もとりませんでした。

それほど汚染レベルが高くはなかった中部エッセン州は当時社会民主党(SPD)と緑の党が連合政権を形成している唯一の州であり、即座に牛の放牧を控えること、牛乳の制限値20ベクレル/ℓ、制限値以上の食品の販売禁止措置をとっています。

連邦政府が無策で各州政府の対応がまちまちだったので人々は自衛し始めました。
ベルリン、ミュンヘン、ケルン、キールなどで、事故以前から警鐘を鳴らしていた科学者や研究所と協力し、市民が共同出資して測定装置を購入、自分たちで食品の核汚染を測定する活動を始め、パンフレットやニューズレターで情報を広めました。
ペーター・ヤコブという肉屋さんは、測定器を購入して仕入れた肉を測定し、測定値を明示して販売しました。基準値をキロあたり70ベクレルと独自に低く設定してこれを超えるものは産地に送り返す。入荷の無い日は測定器を近所の市民に開放しました。

私たちも今、こういうことを自主的にやらざるをえないのではないか、と強く思います。
  

7 26, 2011 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

北海道近代史と石炭3-美唄鉄道東明駅跡

1915(大正4)年の美唄鉄道発足から、1972(昭和47)年の三菱美唄炭鉱閉山まで、美唄〜常磐台間約10Kmを、石炭を、そして炭鉱の人々を運んだ美唄鉄道の旧東明駅。
たまたま保存会の催しがあり中に入れる。

駅舎内に残されている「自動券売機」。
自動といっても10円硬貨を入れて、ハンドルを下に押す。

急傾斜の美唄の地形から、ドイツから輸入したものを原型に三菱造船神戸造船所に特注した「4110形式十輪連結タンク機関車2号」。美唄市指定文化財として保存されている。

機関室から。

運転手がひととき腰をおろすための椅子。
  

7 26, 2011 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月25日

「イマジン 原発のない未来」鎌倉行燈パレード

大船観音寺の灯篭に灯る広島平和の火から分火し2回のワークショップ手作り行燈(あんどん)に灯しての「イマジン 原発のない未来 鎌倉パレード」第4回目。

パレードには参加できませんでしたが、解散後の材木座・海の家「ほしのや」で。

8/6ヒロシマの日にも行われます。
  
イマジン 原発のない未来
  

7 25, 2011 01.私の好きな鎌倉の風景, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

ミック回復

10日ほど前、私が北海道に行っている間に2、3日血尿が出たそうなのだが、その後は正常に戻っている。ただ投薬効果かもしれないので薬が切れたらまた検査。

足下の足踏み竹をあご枕にまどろむミック。
  

7 25, 2011 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月24日

『コクリコ坂から』の喋り方

『コクリコ坂から』はたぶん観る人の年代や体験環境によってずいぶん感じ方が違ってくるのではないかと思います。
スタジオジブリ/企画・脚本は宮崎駿、監督は息子の宮崎吾朗。

小津安二郎の映画に出てくる原節子の喋り方は私の故母とほとんど同じなので私には違和感はありません。けれど今の若い世代には何か別の世界の人が喋っているかのように感じられるかもしれません。

『コクリコ坂から』の時代背景は1963(昭和38)年、東京オリンピック前年の横浜。
ミナトミライなどむろん無く、丘陵地帯も今ののべたに宅地化された状況以前。

主人公の女の子「海」は高校2年生「俊」は3年生なので、年齢的には当時高校1年生だった私より1つ2つ年上です。

で、「海」のしゃべり方です。
「さよなら」「おはよう」などの挨拶ひとつとっても、今とは明らかに違う。
いくらでも例はあげられるのですが、高校部室の建物「カルチェ・ラタン」の存続を訴え理事長に直談判しに行った際の受け答え方は圧巻。

「海」の声を担当した長澤まさみ(1987生まれ)は、宮崎吾朗監督(1967年生まれ)から「この時代の人は裏表なく生きているから、喋る時に含みのある喋り方はしない。すごく誠実で、思ったことを言葉にして、それ以外の邪念はないので、そこを大切に演じてください」と言われ、今の人からみると「無愛想」と思えるような、しかし彼女にとって自然な表現に達します。

相手を傷つけたくない、自分も傷つきたくない、ということが「異常に発達」した今とは異なる人と人との関係の真摯さがひととき輝いた時代であっただろうことが「せりふ」の演出のなかに表れていると思います。

どの時代のどこの話かはわからないような従来のスタジオジブリ作品の「普遍性」からすると、この作品は時代も場所も特定されています。
けれど個人的にはスタジオジブリ作品のなかで『紅の豚』とともに一番好きな作品になるかもしれません。
  

7 24, 2011 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

北の大地を旅して

一面に拡がるさまざまな大地の恵み。
知床ウトロから斜里へのパスから。

サトウキビと並ぶ砂糖の主要原材料となるテンサイ畑、防風に植えられたエゾカラマツ、秋蒔き小麦の黄金色、ニンジン畑、ジャガイモ畑…

函館ー小樽ー美唄ー滝川ー旭川ー北見ー網走ー知床、と豊かな自然とそこからの恵みを眺めてきて、なにかどうしようもない焦燥感をずっと感じ続けました。

経産省出身の高橋はるみ道知事は泊原発(北電)3号機のプルサーマル発電を認可し、何の緊急的必要性もないのに再稼働を容認要請する。
狭い津軽海峡をへだてすぐの下北半島には大間(電源開発)、東通(東北電・東電)が、そしてもし事故が起きればほとんど世界が壊滅する危険を秘めている六カ所村核燃料再処理施設(日本原燃)…

もしこの広大な大地と海が核汚染されたなら…
この想像もしたくないが想像しなくてはならない可能性の芽を絶対に摘まねばならない責任を私たちは負っています。
  

7 24, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-488 サルビア・グラニチカ

ここ3年ほど花の姿を見なかった。
刈り込んだアジサイの間から伸び出して。
  

7 24, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月23日

北海道近代史と石炭2-美唄炭鉱映画館残影

美唄炭鉱は三菱、三井等が手がけ、1918(大正7)年に57万トン出炭、夕張炭鉱に次ぐ石狩第二の炭鉱となった。アジア太平洋戦争末期1944(昭和19)年には189万トンもの記録を作った(『そらち炭鉱遺産散歩』北海道新聞空知「炭鉱」取材班編著/共同文化社)。

山奥の「ヤマ」(炭鉱町)は人口3万を擁し、最大の娯楽であっただろう映画館は十数もあったといいます。

草に覆われた映写建屋跡。谷に向かってスクリーンが張られたそう。
華々しく上映映画の看板絵が週替わりで飾られただろう旧映画館。今は企業の倉庫がわり。
  
「ヤマ」と日本映画は、昭和三十年代前半(1950年代後半)、最盛期の活気をくしくも共有していました。
  

7 23, 2011 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

浦臼産の牡丹蕎麦粉ブリニ

太郎吉蔵デザイン会議ウェルカムディナーパーティーで。

浦臼産の牡丹蕎麦粉ブリニ(blini・蕎麦粉のパンケーキ)に、十勝産サワークリーム、滝川産のオニオンスライス、スモークサーモン、北海道産イクラ、イタリア・カルペーニャ産プロシュート、滝川産豚と知床鶏のパテなどを載せて。

7 23, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

北のパンとチーズ

太郎吉蔵デザイン会議ウェルカムディナーパーティー(ホテル三浦華園)で。
北海道でこんなおいしく多彩なパンとチーズを食べられるとは思っていなかったので感動。

フードディレクター奥村文絵さんが記してくれているメモをそのまま写します。

<BOULANGERIE/BAKERY>

北の住まい設計社 カフェ&ベーカリー
安心、安全と、素材にこだわるベーカリー。カフェも併設。
北海道上川郡東川町東7号北7線 Tel: 0166-82-4556
www.kitanosumaisekkeisha.com

La Maison du Pain Aigues Vives(エグ・ヴィブ)
海を見下ろす高台のパン屋さん。石窯で焼いたパンの生地と香りが魅力。
北海道小樽市忍路1-195 Tel: 0134-64-2800

天然酵母パン パネトーネ
北海道産小麦「はるゆたか」のほか国産素材を使用し天然酵母で焼き上げる。
北海道滝川市西町5丁目5番59号 Tel: 0125-22-7100

天然酵母&焼き立てパンの店 aroa
天然酵母のパンと、自家製チーズが自慢
北海道滝川市流通団地1丁目2番4号 Tel: 0125-23-7020

<CHEESE>

興部アドナイ
「ヨーロッパの誇るチーズ」を理念とする名工房。オホーツク海を臨む酪農町・興部(おこっぺ)町から。
北海道紋別郡興部914-12 Tel: 01588-2-3133
http://city.hokkai.or.jp/~adonai
  

7 23, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

ペスト・ジェノヴェーゼを作る

昨年ボローニャで求めた種からバジルが繁茂しているのでペスト・ジェノヴェーゼを作ってみる。
本物はジェノヴァのプラー地区で栽培されたバジリコの葉を使用したものが最高と言われるが、ま、ボローニャの種だもの、近いよ。

バジルの葉、松の実、ニンニク、粗塩、ペコリーノ・サルドも使うのだがパルメザンチーズで代用。
ハンドミキサーで砕き、少しずつオリーブオイルを加える。

ベルグフェルドのライ麦パンにトマトと庭のサニーリーフ、できあがったペスト・ジェノヴェーゼを載せて。
  

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「イル・チェロ(il cielo)」(ホテル三浦華園)の朝食

太郎吉蔵デザイン会議のたびに楽しみにしているホテル三浦華園「イル・チェロ(il cielo)」の朝食。
空知の食材をフードディレクター奥村文絵さんが吟味して。
大豆を入れて濾したコーヒーもおいしい。

「Cielo」は空知の「空」。
  
ホテル三浦華園
イル・チェロ
 

7 23, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

北海道近代史と石炭1-北海道最初の鉄道

北海道の近代史の重要な柱は石炭採掘史であり、それを「内地」に送るための鉄道、道路、港湾敷設史でもありました。

明治維新直後「蝦夷地」を「北海道」と命名し直して日本国に組み込み、アメリカの地質学者に資源調査を依頼、良質な石炭資源が各地にあることが把握されます。
北海道最初の鉄道はアメリカの技術と機関車を導入し、幌内と小樽の手宮港を結ぶもの。明治13(1880)年。新橋ー横浜間開通(明治5/1872年)からわずか8年後。石狩、空知の豊富な石炭を効率的に「内地」に回収するためのものでした。

写真は小樽市総合博物館敷地内にある手宮駅の転車台跡。
  

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長万部〜小樽の函館「本線」

函館から長万部(おしゃまんべ)で乗り換え。ワンマン単車両の各駅停車で小樽まで3時間20分。後志(しりべし)と呼ばれる地方の真ん中を通る。
仁木、余市までの途中一番大きな町は羊蹄山、ニセコをひかえる倶知安(くっちゃん)くらいで後は小さな集落だけ、特に何もない。

今回、泊原発を見学しようとも考えたのだが車以外の公共交通機関での旅程のめどがつかず諦めた。

倶知安はアイヌのことばで「クッ・シャン・イ」(管のようなところを流れ出る場所)や「クチャ・アン・ナイ」(狩り小屋のある沢)からとか諸説あるが、かなで「くっちゃん」と書くとかわいい。
羊蹄山は中腹以上は雲のなか。

名前は「函館"本線"」なのだが単線でときどき上下すれ違いのため停車。
停車しているのは「銀山」駅。
積丹(しゃこたん)半島南付け根にある泊原発から約18Km。

線路の左右はずっとイタドリが繁茂し、奥の山地に森林が拡がる。
緑のくに、従って水のくにだなと思う。
もし泊原発が事故れば、緑も水も、その先の豊かな農地も、そして積丹のウニやスケトウダラもすべて駄目になる。
  

7 23, 2011 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

五十嵐威暢「かぜのび」のテラコッタ作品

北海道新十津川町の廃校となった吉野小学校校舎を五十嵐威暢先生の作品とディレクションを中心に「かぜのび」というアートスペースとして再生する試みのグランド・オープン、7月17日。

細長い教室跡の壁面にテラコッタによる大作(3m x 21m)


過去記事:
山河風光』(五十嵐威暢・作ー札幌市JRタワー(2008/08/08)

関連サイト:
風の美術館 igarashi artwork hokkaido
facebookページ かぜのび
  

7 23, 2011 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

北の花たち

花の名をご存じの方はどうぞご教示を。

小樽で(7/15)

小樽で(7/15)

小樽で(7/15)

砂川「北菓楼」で(7/17)

美唄で(7/17)

美唄で(7/17)

美唄で(7/17)
  

新十津川、旧吉野小学校校庭で(7/17)

知床五湖で(7/19)
  

7 23, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月22日

北の朝食

太郎吉蔵デザイン会議でフードディレクター・奥村文絵さんが述べているように、おいしい食のあるところ、おいしく食せるという生活のあり方、これは文化の質そのものだろうと思います。
そして、その根本の力はそれぞれの食材を産み出すローカルにあり、単に消費するだけの大都会にはない。

とめどなく拡がる食材核汚染のニュースをひととき忘れ、奥村さんディレクションの空知の豊かな朝食を楽しんで(北海道滝川市・ホテル三浦華園)
 
奥村文絵さんの関連サイト:
foodelco.com
800foreats
 

7 22, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

第4回太郎吉蔵デザイン会議「本当の問題」

北海道滝川市での五十嵐威暢先生(彫刻家・デザイナー・多摩美術大学学長)が中心となって行われた「アートフェスタ空知」の一環、第4回太郎吉蔵デザイン会議2011のテーマは「本当の問題」。

そう、アートもデザインも長らく「本当の問題」に向き合って来なかった。いや向き合っているアーティスト、クリエイターたちももちろんいた。しかしそれらの提起は必ず支配層、体制側メディアによるバイアスをかけられ人々に十分にはあるいは正確には届かなかった。

3.11の大震災と原発震災、核汚染を経て、人々は政治も経済も自治もすべて自分たち自身の生活と人生の問題として自ら関わらなくてはならないことをいやというほど気づかされつつある。

デザインが「社会的問題」「政治的問題」「社会の否定的側面」を扱うと必ず白い目で見られる時代はあまりにも長かった。

今、そこからの文字通りの「脱却」の第一歩。
「本当の問題」にタブーはない。

共感した結語、北海道佐呂間町在住の建築家・五十嵐淳さん
俺たちが生きている間に少しでも世の中良くすることができたと言えるようにしようよ!
  

アートフェスタ空知
  

7 22, 2011 07.デザインの世界, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

松原庵(鎌倉由比ガ浜)でフィレンツェ話

松原庵で、フィレンツェに3ヶ月行っていたEx-Partnerと。
次はもっと長期で行くつもりだそう。
就労、就学、生活費などハードルは高い。

店長は原宿の「鎌倉 松原庵 欅」と掛け持ちで今晩はいない。


  

7 22, 2011 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ある日の麻心(鎌倉長谷)ヘルシーランチ

・大豆テンペの麻衣ソテー、夏野菜づくしのラタトゥユ添え(テンペはジャワ島発祥のテンペ菌による発酵食、味は少し納豆に似ています)
・特性ヘンプグリーンソースのポテトサラダ
・オクラとヒヨコ豆の梅酢マリネ
・キャベツの香草ヘンプスープ
・朝採り鎌倉野菜サラダ、ヘンプ・コールスロードレッシング
・有機胚芽米、古代米ミックス
・スイカのヘンプ・ミントマリネ

小皿のちょっとしたものにも、素材の吟味と調理の工夫、季節の演出の心が込められています。
  

7 22, 2011 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ミックの病い

私が北海道に行っている間、ちょうどイタリアから戻ってきたEx-Partnerが家に泊まりミックを見ていてくれたのだが、血尿が出たという。
大石動物病院で見てもらうと膀胱炎、腎臓疾患の可能性。ストレスが原因かも。

ここ数日血尿は出ていないようだが再度検査してもらう。
単に超音波検査で痛くもなんともないのだが、エリザベスカラーを巻かれて死にそうな表情のミック。
特に膀胱内に顕著な荒れのようなものはないそう。
しばらく薬を与えて様子を見ることに。
  

7 22, 2011 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月21日

知床の樹

オホーツク海から吹き上げる風と羅臼岳、硫黄山から吹き下ろす風雪とに耐え、曲がりながらも生きている姿に感動する。
  

7 21, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

オシンコシンの滝/知床

日本の滝というのは、はっきりいって馬鹿にしていました。だから知床の「オシンコシンの滝」と言われてもちょぼちょぼしたものだろうと思っていたら見事にうれしく裏切られました。堂々とした水しぶきを上げての水量と70mの急速な落下は見事。

上にさぞや大きな川がと思うがそんなものはないのが素晴らしい。今時は雪解け水も混じっている。
  

7 21, 2011 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月20日

旭川らぅめん 青葉

三代にわたって引き継がれている昆布出汁、煮干しも加わったスープの味わいは、たぶん厳しい冬場にもっといいだろうな。
  

7 20, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

網走湖残照

滝川から旭川、北見へ乗り継ぎ、網走、さらに知床斜里へ。
単車両鈍行の車窓から。
網走で花火大会があるらしく、近くの駅から浴衣姿の女の子も。
  

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知床、エゾジカ

知床のエゾジカはいま60万頭だそう。どこにでもいる、という感じ。
国立公園かつ世界自然遺産だから駆除はできないが、樹木への被害も相当なもの。
どう共生できるだろう。
  

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知床、キタキツネ

知床ウトロへの帰路、自動車道の脇をひょこひょこ歩いていたキタキツネが森の中に消えていきました。
  

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知床でヒグマを見る

知床五湖の近くのウトロへの道で車が何台か止まっています。
なにかと見ればヒグマがのっそりと徘徊し草を食む。
たぶんまだ一歳かそこら。しかし肩の肉の盛り上がりはすごい。
近くにいたエゾ鹿が気がついてぴょんぴょん跳ねて逃げていきますがヒグマはまったく無視。
車を降りて写真を撮ろうとしている人がいるけれど、そりゃ危ないよ。ヒグマが本気だと時速30キロで走る。

鮭遡上時はよく川辺で、秋の冬眠前の栄養補給時もあちこちで。
写真はもちろんバスの中からです。
  

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2011年07月16日

小樽寿司「蔵寿司」

宿から近い「蔵寿司(運河通り店)」
蔵を改装して奥は広いが、カウンターを空けてくれる。
私には程よい「石蔵握り」10貫。小樽のガラス作家の容器に盛りつけ。
写真を撮って見せると喜んでくれる。

ご主人や地元客と色々話し、ウニについて教わっていたら、せっかくだからと生け簀から2種のウニを取り出し、出刃で割って供してくれる。
どちらも、まだトゲがもやもやと動いている。

右の身が黄色いのがムラサキウニ、こちらでは「のな」と呼ぶ。
左のオレンジ色がエゾバフンウニ、「がや」と呼ぶ。こちらの方が甘みが強く高級とされる。
細いさじですくって口に入れると自然にとろけていく。

ご主人、蔵本孝行さん(61)。地元のお客さんによると実は天ぷらを始めさまざまな和食にも通じているそう。
  

7 16, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月15日

小樽運河夜景

小樽運河は、もともとは大正年間、増大する海運物資の艀(はしけ)作業と保管のために造られた。
しかしその後港湾整備で大型船が直に接岸できるようになって役割が減り、縮小され、現在は観光用に一部が残されたもの。
  

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「小樽ビール 小樽倉庫No.1」

運河沿いの倉庫を改造したブリュアリー・パブ「小樽ビール 小樽倉庫No.1」。つまり第一倉庫跡ですね。
水、麦芽、ホップのみの正統製法でピルスナー、ドンケル、ヴァイスの3タイプ。
シュナップスと呼ぶ、ドイツではビールの合間によくちびちび飲むアルコール度の高い食前酒もあるのでそれも。
つまみに頼んだフライドポテトが、さすが産地芋の味、揚げ具合、スパイシーな味付けも絶品。
  

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クルーズ船の汽笛、海猫の鳴き声

窓から運河と倉庫を眺めていたら、視界上方の石狩湾に左手からぬっと現れた大型フェリー。
汽笛を鳴らして出港。

画像を拡大してみると「Venus Cruise」と船尾にあるのでネットで検索。
小樽発着:利尻島・礼文島の3泊4日のクルーズ
全長183m、27000トン。定員644名。すごいねロイヤルスイート¥507,000。

海猫がにゃぁみゃぁ鳴きながら飛んでいく。
  

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小樽運河と倉庫に臨む部屋から

泊まっている「運河の宿『小樽ふる川』」の部屋は6階で運河に面しており、見ていて飽きない。
上写真右はブルワリーパブ「小樽ビール小樽倉庫No.1」、中写真は左右とも炭火焼き。
ときどき運河クルーズの舟も。
  

7 15, 2011 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

運河の宿「小樽ふる川」で

北海道の食材でのとても正しい朝食をとってしまった「小樽ふる川」の朝。ご飯がご飯がすすむくん…
  

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函館金森赤レンガ倉庫夜景

港湾沿いの倉庫群というのは、物流の中軸が海運であった時代の名残りであり、赤煉瓦造りは20世紀モダン建築、コンクリートと鉄筋、ガラスの時代の前史。

壊して立て直すなどの余裕がなかった、戦災を免れたなど様々な条件が重なって、運良く残されたものは、カフェ、レストラン、ギャラリー、資料館などとしてあちこちで活用されています。
  

7 15, 2011 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月14日

函館八幡坂夜景

幕末、開国を迫って開港させた函館(当時は箱館)、横浜、神戸などどこでも港を望む高台の一等地を列強は居留地として獲得し治外法権の地としました。
この坂の上一帯も各種キリスト教教会などが名残を留めています。

函館湾にイルミネーションされて係留されているのは最後の青函連絡船「摩周丸」。
1988年青函トンネルの開通により役目を終え、現在は補修されて一般見学用、サロンなどに。
  

7 14, 2011 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

函館山からの夜景

日本の都会の夜景というのは昼間の無秩序で安っぽい風景を知っているので私は嫌いです。高層ビルやタワーから眺めてわぁ綺麗などという人の気が知れません。
夜景の美しさはあくまで昼間の美しさとセットであるべきです(ナポリ湾から望むナポリの街とその夜景のように)。

函館の街も同じ。つまらないビルと新建材の組み立てボックスのような家々、それ以前の時代のコンクリートブロックの住まいやバラック倉庫…。

しかしここでは地形の妙が幸いしています。

函館山は太古の昔火山島で独立した小島でした。
わずか4000年ほど前に、東側津軽海峡からと西側函館湾からの砂が堆積して細くつながりました(地学的には「陸繋島(りくけいとう)」と呼ぶ)。
今の市役所はこのもっとも地盤が軟弱な砂州にでんと建っています。
繋がった陸地の方は「海岸段丘」をなして住宅が広がり、背後に山脈が連なります。

この特異な地形に拡がった街の明かりが、夜景の構図と奥行きの美しさをなしているのだろうと思います。
写りこんでいませんが、東側にはイカ漁船の漁り火が、西側には出入りする船の灯りも望めます。
  

7 14, 2011 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

函館ラーメン

函館のラーメンはあっさりした塩味のラーメンが中心のようで私も好き。

老舗「エビス軒」でバターコーンラーメン。
豚と鶏ガラで丁寧にとった塩味スープ。

先代が昭和4(1929)年に店を始め、このいかにも仲が良く人のいい老夫婦が後を継いだのが昭和38(1963)年というからもう48年前。
  

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函館朝市で

獲れたての鮮魚類から海産加工品、地元野菜など、およそ400店、朝5時から所狭しと並ぶ。

こういう市場の食堂は旨いに決まっています。
ウニ、イクラ、鮭、蟹、ホタテ、エビなどから選べる丼物(これはミニ丼)。
わさび醤油をたらし、炭火かまどで炊いたご飯もアラ出汁の味噌汁もおいしい。
  

7 14, 2011 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月11日

小笠原加純さんの「BOOT」譲渡セレモニー

鍛金作家・小笠原加純さんが10年前大学1年の時、何かに憑かれたように情熱をかたむけて造った銅のブーツ。
実際の靴を解体し、その通りに銅版を鍛造して制作したもの。 

すっかり気に入って譲ってもらうことにしてありました。
鎌倉美学でその譲渡セレモニー。
その頃の情熱とともに受け取りました。

過去記事:
鍛金作家・小笠原加純さんの「BOOT」 2011年07月01日
ゴッホの「古靴」(1986) 2011年07月02日
ゴッホの「一足のブーツ」(1987) 2011年07月07日
  

7 11, 2011 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

鎌倉美学で卒業生とばったり

鎌倉に遊びに来てたまたま鎌倉美学に立ち寄った、デザイン学科ビジュアルクラスの08年卒業生・白川明香さんが、え〜高味先生!
メーカーのパッケージデザインをやりながら今秋はコミュニケーション・デザイン展を開くそう。
  

7 11, 2011 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(0)

ムルレンミョン(鎌倉韓国館)

夏の昼、突然食べたくなるネンミョン(冷麺)。
今日は胃が疲れているので、辛くて噛み切れないほどのビビンネンミョン(ビビン冷麺)ではなく柔らかめで辛くないムルレンミョン(水冷麺)。

7 11, 2011 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月09日

「遺失物」ミック

昨夜酔っ払って帰宅したとき開けたドアからミックが逃げてしまった。マンションの敷地内だからじきに戻ってくるだろうと思い、半ドアにしてそのまま寝てしまった。が、表玄関の自動ドアから外へ出てしまったよう。出たらキーがないから戻れない。

朝、二日酔いのところへ警察官来宅。
長谷交番に届けられたが、鎌倉警察署に「移送」された、そう。

朝っぱらから警察に行き、「遺失物届け」「遺失物受領書」などに記入。
裏の駐車場奥にある檻に「保管」されたミック。私の顔を見てウァォンと吠える。

写真は帰りに寄ったラ・ジュルネで。
う〜、なかなか楽しい自由な小冒険だったな。
お前なぁ「遺失物」だったんだぞ。
  

7 9, 2011 24.犬と暮らす | | コメント(2) | トラックバック(0)

2011年07月08日

イマジン原発のない未来「行灯(あんどん)」パレード鎌倉 7/25 & 8/6

7/25(月)8/6(土)に「イマジン原発のない未来」(鎌倉)、行灯(あんどん)パレード。
主催:イマジン原発のない未来 実行委員会
問い合わせ先:一花屋(いちげや)0467-24-9232 ミドルズ 0467-25-5255

そのための行灯づくりワークショップ:

7/13(水)7/20(水)PM1〜4
一花屋(鎌倉市坂ノ下18-5)0467-24-9232
7/23(土)7/24(日)PM1〜4
moWa2Fわいわいハウス(鎌倉市由比ガ浜1-1-10)

予約不要・参加費¥200
持ち物:絵を描くもの&原発いらんという気持ち!
  

7 8, 2011 01.私の好きな鎌倉の風景, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

田舎ぱん/わかなぱん(逗子)

木曜の夕に麻心(鎌倉長谷)に入荷する「田舎ぱん」を機会があれば購入する。
キビヤ(鎌倉御成)のカンパーニュとともに好きなパン。
逗子新宿の「わかなぱん」製。

全粒粉と自家酵母によるみっしりしたパンを切るのに重宝しているスイス・ウェンガー社のブレッドナイフ。

わかなぱん
  

7 8, 2011 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月07日

ゴッホの「一足のブーツ」(1987)

ゴッホの「古靴」(1986)2011年07月02日 の翌1987年の作「A Pair of Boots」。
描いた靴は同じだと思われます。

Baltimore Museum of Art 所蔵


長らく介護活動に携わってきた坂本美智子さんの小説『ゴッホの靴』(新風舎)。
雪山で相棒を死なせてしまったと自己を責め、ホームレスになって身体を壊し入院してきた男が遺品の登山靴にこだわる様を描く。

「ゴッホって画家、知ってるでしょ。彼の絵でこれとよく似た革靴が、画面の真ん中に一足だけ、でんと置いてある絵があるの。暗い色の背景の中から、その靴だけが迫ってくるのよ。片方がひっくり返って鋲がたくさん打ってある底が見えてる、くたびれた革の靴なんだけど、何か、不思議な存在感があるんだなあ。私の大好きな絵なの、本当にこれとそっくりなんだから」
  

7 7, 2011 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

イタリアントマト玄米リゾットもどき

何の成算もなく野菜を煮込んだのだが、ふふ、今回は「ソル・レオーネ(SOLLEONE)」の「Pomodori Pelati」(イタリアントマトジュース漬け)があることを思い出したのだ。

昨日炊いた玄米の残りを入れて。
  

7 7, 2011 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

再びポトフもどき

また何の最終仕上がりイメージもないまま野菜庫のものを煮込み始め。
ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、タマネギ、カブ、インゲン、椎茸…
  

7 7, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-487 明日葉

アシタバ(明日葉)の一茎が成長し過ぎた自分の重みで倒れてきた。
葉を採ってペスト・ジェノヴェーゼ風のペーストを作るつもり。
  

7 7, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月06日

KAMADOの火入れ

玄米を研いて一晩おいたKAMADOに初火入れ。
蓋はしめず中火で6分ほど。
中蓋と外蓋をし、弱火で30分炊く。
蒸らしに15分。
規則的に穴が開いた仕上がり。
一合では水1.5倍はやや少ないかもしれない。お焦げが少しできる。

初めてにしてはまずまず。これを基準にしてこれからトライ&エラー。
  

7 6, 2011 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 19.食と農、健康と病 | | コメント(3) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-486 白木槿の開花

夏 日 朝 一 日 遅 れ 白 木 槿
  

7 6, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月05日

今朝のおはよう-485 木槿の開花

木 槿 花 紫 透 す 夏 日 射 し


過去記事:
今朝のおはよう-428 ムクゲの花 (2010年08月11日)
今朝のおはよう-267 木槿の咲き始め (2009年07月04日)
今朝のおはよう-166 木槿の花 (2008年07月25日)
  

7 5, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月04日

鋳物琺瑯鍋「KAMADO」

底部は最大10mmあり、重厚、重さ5Kgの鋳物琺瑯鍋「KAMADO」。
これまで玄米・雑穀は炊飯器で炊いてきたが明日からこれで。

一通りの炊飯法は書いてあるが、「ご飯やお粥、玄米の炊き方もさまざまな方法があり、この方法もあくまでも一つのやり方。あなたならではの炊き方を発見してください」とあるのがいい。
  

7 4, 2011 19.食と農、健康と病 | | コメント(4) | トラックバック(0)

2011年07月03日

夜中にポトフもどき

塩、利尻昆布、少しブイヨンを加えて調整。
マイユの種入りマスタードで。
  

7 3, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月02日

ポトフもどき

なんの最終完成イメージもないまま、ありあわせ野菜の煮込みを始めてしまった(う〜ん、うちの学生たちがデザインするときのようだ)。
キャベツ半分、タマネギ、にんじん、ジャガイモ、セロリ、グリーンピース、マッシュルームにミック用の鶏モモ肉。

さて、この後どうしよう?
  

7 2, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ゴッホの「古靴」(1986)

ゴッホは「古靴」あるいは「A Pair of Boots」と題される絵を6点ほど描いており、これは1886年弟テオを頼ってパリに出てきた頃のものといわれ最も古い。
蚤の市で古靴を求め、雨の日に泥だらけになって歩き回ってから描いたという画友の話もあります。

アムステルダムのゴッホ美術館所蔵ですが、4年前私が訪れたときは残念ながら展示されていませんでした。
  

7 2, 2011 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2011年07月01日

鍛金作家・小笠原加純さんの「BOOT」

「靴」についていろいろイメージしています。

なぜかというと、友人の鍛金作家(鎌倉大町在住)小笠原加純さんの富山大学時代の作品を観て感銘を受け、譲り受けることにしたから(7月10日に鎌倉美学で、え〜なんといったらいいのか「譲渡」セレモニーをやります)。

これは革で造る工程そのままを踏襲して銅板を叩き靴を造型したもの。
登山靴とも軍靴とも作業現場用のいわゆる「ドタ靴」とも見えます。

若い頃登山をやっていたので靴の善し悪しの重要さはいやというほど知っています。山に逝った登山家の追憶は『残された山靴』(佐瀬稔/ヤマケイ文庫)として象徴化される。

戦争体験はありませんが、兵士にとって靴がいかに死活的かは、例えばレマルク『西部戦線異常なし』や大岡昇平『靴の話』にみることができます。

靴に関するアンソロジーぐらいありそうなものだと少し調べたが見つかりませんでした。
ご存じの方教えて。


中画像はパク・セジョン『Birthday Boy』から。
1951年、朝鮮戦争のただ中誕生日を迎えた子ども。一日戦争ごっこをしながら家に帰ると軍事郵便。ペンダント、一緒の写真、そして靴。子どもは父からの誕生日のプレゼントだろうと思い、それを履いて行進する。

過去記事:
CGアニメーション『Birthday Boy』パク・セジョン(2004年09月19日)


下画像は桃井和馬『この大地に命与えられし者たちへ』(清流出版)より
人は「3足の異なる靴」の意味をどれだけ想像することができるだろうか?

過去記事:
「世界の戦場から」写真展(2006年09月03日)
  

7 1, 2011 10.美術工芸, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-484 庭も七月へ

七 月 や 既 に た の し き 草 の 丈    日 野 草 城
  

7 1, 2011 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)