台風一過、盛況「鎌人いち場」
10 31, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
先日、鎌倉市内の由比ガ浜通り、若宮大路などで、そこら中に警察官が立ち、車がなんだなんだと、とまどっていました。
今朝のニュースで、11月13日、横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議のため来日するオバマ米大統領が、広島、長崎訪問は日程的余裕が無いとし、子ども時代に訪れたことがある鎌倉大仏をまた見たい、と言っていると報じられています。
なるほど、警備の予行演習でしたか。
過去記事:
オバマ少年を魅了した鎌倉の抹茶アイス(2009年11月15日)
10 29, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
鎌倉にはコミュニティのつながり、拡がりの契機となるようなフリーマーケットが無い、無いなら作ろう、と「麻心」(鎌倉長谷)の真司さんが呼びかけ、もう第4回目になる「鎌人(かまんど)いち場」が10月31日(日)に開催されます。
由比ガ浜に面した気持ちいい公園でお子さん連れでもたっぷり楽しめます。
テーマは「あなたの平和」。
気になるのは天候。
台風14号が行き過ぎて台風一過となるか、余波が残るか、まだ分かりません。
場所、内容、開催の可否などはこちら。
10 29, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
昨晩も外からiCamを覗くと、ソファの上でMicがクォーンと寂しげに鳴いていました。
こういうとき、家にいるMicに「FaceTime」で話しかけられないかと実験。
「FaceTime」は iPhone4(新しいiPod touchを含む)に組み込まれているいわゆるビデオ電話機能です。
当初はiPhone4どうしか、と思っていたのですが、Mac用の「FaceTime for Mac(ベータ版)」が出て、これを入れたMac(iSightなど要カメラ機能)ともやりとりできます(相手がMacの場合はFaceTimeでメールアドレスを選ぶ)。
で、結果としてはー
自宅のMacBook Proの「FaceTime」が起動して、私の顔の映像は出ますが、「受け付ける」ボタンをクリックしないと音声は通じないので、Micには無理でした。
留守録機能が付けばいいのでしょう。
写真は、iPhone4サイドのFaceTime画面(カメラが前面と背面にあるので切り替え可)
10 26, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
手元に置きときどき使う、イギリス・コッツウォルズの骨董店で求めたもの。
拡大レンズ(magnifying glass)あるいはいわゆる「虫眼鏡」。
私の祖父はこういうものを「天眼鏡(てんがんきょう)」と呼んでいました。
街角の「人相見」が持っていて運命まで見透すとされたものでもあります。
いつ頃作られたものかは分かりませんが、木目の美しい柄から金属部分、レンズまで実によくできています。
どうやってひとつのレンズに組み込んでいるのかこれもよく分からないのですが、普通の拡大だけではなく、2つの小さなさらなる拡大視部分があり、"i" なのか "l" なのかなどの判別に便利です。
「ルーペ」などという無機質な言い方ではなく、「天眼鏡」というような人びとの文化に根ざした呼び名はいいな、と私は思います。
10 25, 2010 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
NHK-BS『キッチンが走る』-「いざ鎌倉」を見ていたら、由比ガ浜(坂ノ下)の顔見知りの女性漁師(奥田有子さん)が出てきました。
まったく知らなかったのですが、この5月に同じ漁師であるご主人を病気で亡くされ、子ども3人をひとりで育てながら漁に出ているそうです。
船の名は長男「新(あらた)」くんと同じ「第三新丸」。
もし由比ガ浜で見かけたらぜひ応援してあげてください。
過去記事:
浜の赤信号(2009年02月19日)
10 23, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
NHKハイビジョン『いのちドラマチック「シリーズ主食(1)トウモロコシ 驚異の繁栄」』がとてもおもしろく、これから後の他の「主食」についても期待できます。
以前、アメリカの青年二人が、ファストフードなどが好きな自分たちの身体はほとんどトウモロコシでできているのだということを知り、農場を借りて一年間トウモロコシを作ってみるというドキュメンタリーを見たことがあります。
種子は大手種苗会社が「開発」した遺伝子組み換え種子しか選択肢はなく、肥料、農機具も徹底的に管理下にあります。そして収穫したものはとても食べられたものではない「デントコーン」と呼ばれる飼料用です。それがめぐりめぐって自分たちの身体を成り立たせているという仕組みに気づいていく。
年間8億トン生産されるトウモロコシは単純にカロリーベースで計算すれば、55億の人(昨日の国連人口基金発表によれば2010年世界の人口は69億人・うち飢餓人口約10億人)を一年間養うことができるほどですが、大部分が家畜の飼料と加工材料等にまわされます。
その結果、私たちはトウモロコシを直接はたいして食べてはいないのに、ほとんどありとあらゆる食べものにトウモロコシ由来の成分が含まれることになっています。
アメリカ・バージニア大学環境科学の研究者が、髪の毛の炭素分析でトウモロコシ由来の炭素の割合を測定しています。
髪の毛は新陳代謝が早いので、1cmほどの髪の毛があれば過去2週間の摂取炭素(つまり炭水化物)を分析できます。
その結果はアメリカ人は平均で50〜60%、多い人は80%もがトウモロコシ由来。
日本人はそんなことはない?
ところが「アメリカ人はトウモロコシ人だね。ボクは米食べてるんだから70%くらいはコメなんじゃないの」と分析を依頼した「劇団ひとり(川島省吾)」の分析結果はアメリカ人より少しは低いとはいえ40%。
現代日本、トウモロコシ由来の成分は、私たちのふつうの食事のなかに例えば画面の図解のように含まれています。
肉類から乳製品、揚げ物、養殖の魚からワサビの香り付け、ビールから清涼飲料水、加工食品の甘味まで。
40%も当然です。
なぜ日本の食はこんなことになったのか?
戦後日本がアメリカの政治的経済的従属下にあるからとしかいいようがありません。
1950年代、戦争による荒廃を免れたアメリカは未曾有の繁栄を享受します。
かつて高価だった牛肉に対する需要は高まり、畜産業者は生後1年の仔牛をできるだけ早く出荷できるようにするため、トウモロコシを飼料にし始めます。
従来の牧草で育てた牛が出荷まで2年を要したのに比べ、半年で急激に成長させ出荷できるようにしました。
飼料用トウモロコシ栽培の上で、大規模収穫・効率一辺倒の「改良」、防虫や収穫しやすさなど考えうるあらゆる効果を求めた遺伝子組み換えが進められました。
一方、1959年のキューバ危機による砂糖輸入の途絶を契機に、トウモロコシからのコーンシロップ製造が加速します。砂糖の甘味の1.5倍、コストは2/3以下。
以降、コーラや各種清涼飲料水、加工食品の甘味にほぼ100%使われています。
これらをすべて日本は受容し輸入し自らも適用してきました。
解説役の福岡伸一先生は警告します。
生物は柔軟だから、インフルエンザウィルスの遺伝子を種子に打ち込まれたりしても、しばらくは持ちこたえるかもしれない。しかし、長い時間でみれば、必ずその生物自体からの揺り戻しや、こういう変異につけこもうとする想定外の昆虫やカビや細菌などが出てくる。
その時、こういう単一種は弱く、一気に全滅に向かう可能性がある。
ある日、一匹の変異種バッタが広大なアメリカの遺伝子組み換えトウモロコシ畑の一本のトウモロコシに卵を産み付け、その破壊的な結果がなすすべもなく拡がることをイマジンしよう。
アメリカのトウモロコシが崩壊すれば、アメリカはもちろん日本の現在の食も崩壊するのです。
10 21, 2010 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
三越フランス展に招聘されていたフランス・リモージュの磁器絵付けの匠、ジャン・ピエール・ラポーさんが、すべての日程を終えたので慰労。
顔は『シャイニング』のジャック・ニコルソン系で怖いのですが、実は気さくなアルチザン。
徹底的に「職人=Artisan」を自負していて、描くことに無常の喜びと生き甲斐を持つ。
私ももともと職人ですから通じあうところが多々あります。
再会を約して。
上:根津美術館を案内。
中:池田まゆみさん(美術工芸史家・日大芸術学部非常勤講師)と(銀座ライオンビアホール)。
過去記事:
磁器絵付けアーティスト、ラポーさんを訪ねて -1(2010年06月19日)
磁器絵付けアーティスト、ラポーさんを訪ねて -2(2010年06月19日)
ラポーさん絵付けのシャンパン・リモージュボックス(2010年06月19日)
10 20, 2010 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
『まど・みちお詩集 うちゅうの目』(写真/奈良美智・川内倫子・長野陽一・梶井照陰ー/有限会社フォイル)より
いわずに おれなくなる
いわずに おれなくなる
ことばでしか いえないからだ
いわずに おれなくなる
ことばでは いいきれないからだ
いわずに おれなくなる
ひとりでは 生きられないからだ
いわずに おれなくなる
ひとりでしか 生きられないからだ
これはしかし以下のように順序を逆転することもできます。
ことばでは いいきれない
(しかし)
ことばでしか いえない
ひとりでしか 生きられない
(しかし)
ひとりでは 生きられない
この相互循環、あるいは矛盾のなかで人は生きざるをえないのでしょう。
高校生から大学生の若い頃、聖書とマルクスを同時に読んでいました。
聖書は信仰や心の安らぎを求めてではなく、文化史的な書として読んでいました。「信じなさい、そうすれば救われます」的な気色悪い当時の「口語訳」は日本語の文章として大嫌いだったので、「文語訳」をずっと読みました。
「ヨハネ傳福音書」第一章の冒頭、
「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。
この言は太初に神とともに在り、萬(よろず)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし」(『舊新約聖書』/日本聖書協会)
は、「ことば」について自覚的に考える大きなきっかけのひとつでした(ここでいう「言(ことば)」は「ロゴス」なので、ことば、いわれたこと、だけでなく理性、論証なども含む深い概念です)。
一方、26歳の若きマルクスが、それまでの観念論哲学を「資本と労働」を解明する経済学で撃ち、それまでの経済学を哲学で批判した『経済学・哲学草稿』(当時「ケーテツソーコー」あるいは単に「ケーテツ」と呼んでいた)での、人間は意欲や自由を感じる「類的存在」であり、資本制社会はそれを「疎外」している、この社会を根底的に作り直さないかぎりそこからの解放には至らないという主張に若い血がたぎりました。
労賃から資本の利潤、疎外された労働から貨幣まで、資本制社会の「転倒」した姿を描き出した上での最終第三草稿の末尾にマルクスは記します(『マルクス・コレクション I』筑摩書房ー所収『経済学・哲学草稿』より)ー
人間であるかぎりでの人間と、人間的な関係であるかぎりでの人間の世界にたいする関係とを前提すれば、
君がたとえば愛を交換できるのは愛とだけであり、信頼を交換できるのは信頼とだけである。…
他人に影響をおよぼしたいなら、じっさいに励まし援助することで彼らに働きかける人間にならなければならない。
人間と自然にたいする君のあらゆる態度は、君の現実的で個性的な生のある特定の表出、しかも君の意思の対象にふさわしい表出でなければならない。
もし君が愛しながら片思いに終わるなら、つまり君の愛が愛として相手の愛を生みださず、愛する人間としてみずからの生の表出をとおして、みずからを愛されている人間としないなら、君の愛は無力であり、不幸である。
かつて読んだまどみちおのこの詩を読み直してみて、この双方を今の時代あらためて考え直さねばならないと思います。
10 18, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
材木座の浜でナルトくん(♂・2歳半)と。
首の後ろに渦のようなつむじがあるのでこの名前とか。
夏場にはまったくできなかったずいぶん久しぶりの本格バトル(私が勝手に「バトル」と呼んでいるだけで基本は喧嘩や闘争ではなくじゃれあいですが、本当に闘わねばならないときのためのトレーニングでもあり、私たちにはまだ推し量れないいろいろな意味あいがたぶんあるのでしょう)。
Micよかったね。
浜の友好犬Mic(2010年02月26日)
善隣友好犬Mic(2009年08月04日)
犬とヒトの歳コンバータ/iPhone(2008年09月24日)
リュウくんと(2008年01月24日)
波打ち際のバトル(2007年12月24日)
由比ガ浜疾走(2007年12月23日)
今朝のおはよう-110 由比ガ浜バトル(2007年11月26日)
北斗くんとムックくん(2006年04月22日)
決闘由比ガ浜(2006年03月14日)
10 16, 2010 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『まど・みちお詩集 うちゅうの目』(写真/奈良美智・川内倫子・長野陽一・梶井照陰ー/有限会社フォイル)より
れんしゅう
今日も死を見送っている
生まれては立去っていく今日の死を
自転公転をつづけるこの地球上の
すべての生き物が 生まれたばかりの
今日の死を毎日見送りつづけている
なぜなのだろう
「今日」の「死」という
とりかえしのつかない大事がまるで
なんでもない「当り前事」のように毎日
毎日くりかえされるのは つまりそれは
ボクらがボクらじしんの死をむかえる日に
あわてふためかないようにとあの
やさしい天がそのれんしゅうをつづけて
くださっているのだと気づかぬバカは
まあこのよにはいないだろうということか
臨終
神さま
私という耳かきに
海を
一どだけ掬わせてくださいまして
ありがとうございました
海
きれいでした
この一滴の
夕焼けを
だいじにだいじに
お届けにまいります
10 16, 2010 14.読書三昧, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
10 15, 2010 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
「煮干し」と「解剖」ということばが一瞬結びつかず、読んでみて、う〜んこれもありかと「目からウロコ」の本(いわゆる「目ウロコ本」)です。
著者の小林眞理子さんは中学校の理科の先生。
2002年の「青少年のための科学の祭典」で浜松の高校の先生がやっていた「煮干しの解剖」を見て自分の授業に取り入れます。
その授業の長い経験をもとに、泉田謙さんの写真とこばやしちひろさんの絵とともに、広く学校でも家庭でもこれを見れば「分かる」「できる」本にまとめられています。
生き物の解剖というのは、今の学習指導要綱でどうなっているのかよく知りませんが、カエルの解剖はやりました。高校の生物の時間に50cmほどの鮫の解剖の授業がありましたが、強烈なアンモニア臭に辟易し、身体の割に大きなペニスに皆が笑ったことぐらいしか覚えていません。
いずれにしても、生々しい生き物の解剖が好きという子どもはそれほどいなかったと思います。
その点、煮干しというのは手で普通に触れ、メスなどの特別の器具も必要なく「解剖」して観察することができます。
この「解剖」を通して子どもたちが感じるのは、わずか10cmほどの一匹の煮干しが、かつて(場合によっては今朝まで)生きて海を泳いでいた、ひとつの完璧な全体物であるということでしょう。
私たちヒトと同じ脊椎動物であり、目、耳(耳石)、脳、心臓、脊髄、肝臓、胃、腸、卵巣と精巣などがこの小さな身体のなかに有機的なトータリティーを持って存在しているということを目の当たりにするのは感動的です。
今の都会暮らしの若い人たちで「煮干しダシ」をとるために煮干しを買うという人はまずいないでしょう。
しかし、昆布、鰹節、干し椎茸とともに煮干しは日本の味の基本です。
私は最近「出汁」を勉強しようと思い、辰巳芳子さんが薦める瀬戸内伊吹島付近で獲れたいりこを入手したところなので、この本に沿って「解剖」してみるつもりです(もちろん解剖した後はそのまま食べるか出汁に)。
10 11, 2010 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ノーベル平和賞というのは他のノーベル賞部門とは異なり、きわめて政治的な性格を持ちます。
ここ50年の受賞者を見ても、マーティン・ルーサー・キング(1964)、アンドレイ・サハロフ(1975)、アムネスティ・インターナショナル(1977)、マザー・テレサ(1979)、ダライ・ラマ14世(1989)、アウン・サン・スーチー(1991)、ネルソン・マンデラ(1993)、国境なき医師団(1999)など受賞して当然と国際的に認められるものもありますが、佐藤栄作(1974)、ジミー・カーター(2002)などは失笑ものですし、昨年のオバマも受賞時にアフガン増派を決定したところでした。
しかし、今回の劉暁波(リュウ・シァオボー)氏への中国からの圧力をはねのけての授賞は、政治的タイミングとして画期的な意義を持つだろうと思います。
中国は、鄧小平の「改革開放」による経済発展の30年を経て、今年はGDPだけ見れば日本を抜いて世界第2位の経済大国となりました。
その30年は、国内では、経済格差、拝金主義、汚職、チベット・ウイグルなどに対する弾圧、党政府批判の徹底的抑圧の歴史でもありました。
同時に国際外交的には「安定」「和諧(調和)」はかなぐり捨て、経済力と飛躍的に増強された軍事力を背景にした大国覇権主義としかいいようのない路線を明確にしてきていますが、2年後の指導部交替をひかえています。
すでに中国への経済依存を深めてきた欧米諸国は、中国の人権、民主問題に関わる主張には及び腰となり(日本政府の場合は批判、抗議の類いをしたことはまったくない)、13億の市場の魅力に勝てるわけがないと中国共産党政府を増長させてきました。
ノルウェーのノーベル賞委員会の「もし我々が皆、経済など自己の利害から沈黙してしまえば、国際社会に受け入れられてきた人権の基準を下げてしまうだろう」という見解を賞賛したいと思います。
いち早く劉暁波氏の釈放を訴えたオバマや、この授賞を歓迎したフランス、ドイツ、EU委員会に比べ、菅首相の「普遍的な価値である人権についてノルウェーのノーベル賞委員会が評価された、とそんな風に受けとめています」というコメントはいったい何でしょうか?
これを例えば英語に訳すとよりはっきりしますが、現時点で劉暁波氏に授賞したということの意義に対するコメントとしてまるで意味をなしていません。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」(日本国憲法・前文より)
その志のかけらも感じられないと思わざるをえません。
参考サイト:
劉暁波氏が「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年・政治権利剥奪2年を受けた元となっているインターネットで発表された「08憲章」は下記サイトで日本語に訳されています。ぜひ広く読まれてほしい。
アムネスティ・インターナショナル日本支部サイト
一貫して劉暁波氏をはじめとする「政治犯」の釈放を訴えています
参考文献:
『天安門事件から「08憲章」へ―中国民主化のための闘いと希望』(劉暁波/藤原書店)
10 9, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
博多からの車窓から見る筑後平野の稲穂は、少し暑いほどの秋空の陽を浴びてまぶしく黄金色に輝やいていました。
火葬場の都合で、私が着いたときはすでに彼女は荼毘に付され、お骨と位牌になっていました。
納棺では、それはそれは綺麗な振り袖を母と姉が着せてあげ、ほんとうに心から安らかに眠っているような顔姿だったそうです。
彼女が私にも話してくれましたが、少し型が古くなったウェディングドレスを無料で試着できるという催しが先月あって母と出かけ、そのとき結婚前の方はと難色を示されたのに、これがいいといって着た純白のドレス姿の写真が、鮮やかなバックライトのもとに段上に飾られていました。
結婚もしたいです、とときどき言っていました。
お姉さんと話しをしていて、その表情のなかに、生前の彼女の面影を色濃く認めて少しうろたえました。
懐かしむというにはまだあまりに急過ぎます。
たくさんのお花の横に、今は遺品となってしまったカメラが置いてありました。
二年前に入手した「Olympus E520」というデジタル一眼レフカメラです。
昨日、ブログに再録した鎌倉文学館での写真で彼女が手に持っているものです。
これで熱心に紅葉や薔薇や建物を撮っていました。
絞りやどこで露出を決めるかによってどのように撮れ方が違うか、マニュアルの設定はどうするか、とかそのとき教えたりしました。
分かりましたとでもいうように、読経を聴いている私の方にレンズが向いていると思いました。
帰路、まっすぐ帰る気にならず、太宰府に寄りました。
土産物屋と茶屋がひしめき、修学旅行生や団体観光客が溢れる参道と天満宮は避け、ほとんど人が来ない横路を歩き、誠心館前の樹齢千年とも千五百年ともいわれる大楠や、光明禅寺の塗り壁の漆喰の剥げや汚れの文様と背後の山の樹などを、座り込んで何十分もただぼんやりと眺めました。
空を見上げると、夏の名残り雲を秋のうろこ雲が少し押さえるように拡がっています。
こんないい季節、来月は誕生日だよね、とつい先頃笑いあった彼女はそれを迎えることなく26歳で逝きました。
悔しさと理不尽さ、しかしそれはもう振り払い、彼女はこの秋の雲の美しい一片のように浄化されたのだと思うほかありません。
心より合掌
10 8, 2010 11.教育と学びのデザイン, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
10 5, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 12.写真・映像・映画・演劇, 24.犬と暮らす, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
Micを置いた外出時に、部屋の様子をモニタリングできるものを探していたのだが、とりあえず自宅に置いてあるMacBookProのiSightカメラで写し、外でもiPadとiPhoneで見ることができることがわかった。
iCam - Webcam Video Streaming というアプリ。
MacにiCam Sourceというアプリを入れ、iPad、iPhoneにiCamアプリをインストールする。
共通のID、パスワードを設定して立ち上げればMac側が写している映像をiPad、iPhoneで外出先から見ることができる。少しタイムラグがあるが、音声も捉えている。
動きがあったとき静止画を自動的に記録しておく機能もある。
4カメラ(画面)まで設定できるようなので、使っていないMacBookProを別の部屋に置いて写せるはず。
ふふ、お前の隠された生活があばかれるのだ。
おもしろそ〜
10 4, 2010 24.犬と暮らす, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
1894年11月、日清戦争、旅順占領時の日本軍による無差別虐殺を同行したイギリス人画家が描いたもの(『日本の歴史14 「いのち」と帝国日本』小松裕・小学館より)
「尖閣沖」の漁船衝突事件を機とした中国との関係をめぐり、粗暴粗雑な言説がメディアを飛びかい溢れています。
こういうプロパガンダやアジテーションに人びとが同調あるいは悲憤慷慨、熱狂し、それがさらにメディア報道をエスカレートさせるというような状況は、日本の近現代史の始まりから何度となく繰り返されてきました。
ファナティシズムのただ中にあるとき、状況をどれだけ冷静に、歴史的、国際的、根底的に考えて発言行動することができるかが政治家、ジャーナリスト、学者、思想家から私たちひとりひとりまで問われるのですが、同時にそれがいかに難しいことであるかの教訓に歴史は満ちています。
民主党の一部議員が持ち出した「三国干渉に匹敵する国難」とか「臥薪嘗胆の思い」とかいうのは日清戦争(1894-95年=明治27-28年)直後の話しです。
南の「琉球処分(琉球王国の廃絶・沖縄県としての編入)」、北の「蝦夷地」の「北海道」としての「辺境」併合を経て、「日清戦争」は、明治「富国強兵」政府による「獲りやすいところ=朝鮮から獲る」ための初めての大規模な対外進出戦争であり、台湾領有の侵略戦争とも一体となったものでした(「尖閣諸島」や「竹島」もこの歴史的地勢的脈絡のなかにあり、単に日本が先に見つけて測量し○○県に編入したから「我が国固有の領土」というような問題ではありません)。
当時の外務大臣、陸奥宗光はこの戦争を「西洋的新文明と東洋的旧文明との衝突」であり、日本にとって「文明列国の仲間に加入する」ための「試験」であると位置づけました(『蹇蹇録』岩波文庫)。
当代随一の知識人、福沢諭吉は、日清戦争は「文明開化の進歩をはかるものとその進歩を妨げようとするものとの戦い」いわば「文明宗と野蛮宗との一種の宗教争い」であり、日本は「文明開化の番兵として」「至当の天職を行うもの」と主張しました。
ハンチントンのキリスト教とイスラム教の『文明の衝突』のアジア版原基であり、「進歩した“法治”の国」と「全体主義の遅れた“人治”の国」というアメリカおよびそれに従属した日本の為政者とメディア、オピニオンリーダーたちが好んで言い立てる今に通じる枠組みでもあります。
当時、尊敬を集めたキリスト者、内村鑑三さえも「新文明を代表する小国」と「旧文明を代表する大国」との戦いであり「東洋における進歩主義の戦士」である日本の勝利を望まない国があるだろうか、と述べました。
むろん、朝鮮、中国への日本の覇権を望まない国が当然「文明列国クラブ」側にもいたわけで、ロシアがドイツ、フランスを引き込んだ「三国干渉」により、「獲得」した遼東半島を返還せざるをえなくなります。
日清戦争は、それまでのそれぞれの「お国(藩)」から解き放たれ「大日本帝国の民衆」となった庶民がすすんで「忠君愛国的臣民」「皇軍兵士」になっていく上での一大契機でもありました。
最大の影響は、今も昔もマスメディア(この頃は「新聞」がメイン)によるものです。
新聞は多数の従軍記者や写真師を派遣し、「連戦連勝」の記事と「死んでもラッパを放しませんでした」のような戦争美談を競って掲載して「好戦意識」をあおり、戦前の総発行部数約1000万部を1500万部にまで急増させます。自由民権の論説などが主体だったものから、報道を中心とした商業マスコミへの転機もこのときのものです。
芝居、歌舞伎なども好んで取り上げ、清国兵に扮した役者を激高した観客が殴りつけるなどの事件が相次いでおきました。
地域社会生活のなかにも戦争協力の体制が網の目のようにつくられ始めます。
子どもたちはもろに影響を受けます。
教員たちは日本の正当さと「支那」の愚昧を熱心に説き、軍歌を教え込み、軍用列車への日の丸旗振りに動員し、戦争ごっこを奨励しました。
のちの社会主義者、山川均は高等小学校時代を振り返って自伝に書いています。
「戦争がはじまっていらい、唱歌の時間には『敵は幾万ありとても』や『海ゆかばみづくかばね』や『撃てやこらせや清国を、清は御国の敵なるぞ』『あなうれし喜ばし、この勝ちいくさ』のようなものばかり歌わされていた。そして私は、わが軍が天に代わって清国を膺懲(ようちょう)していることに、このうえもない民族の誇りを感じていた」
平塚明(のちの女性解放運動家・平塚らいてう)は、学校で担任の先生が黒板に「臥薪嘗胆」と大書した四文字を鮮明に目の底に焼き付けています(『元始、女性は太陽であったー平塚らいてう自伝』)。
※「臥薪嘗胆」(グヮシンシャウタン)
以下「日本国語大辞典」等によるー
仇を報いたり、目的を成し遂げたりするために、艱難辛苦をすること。
中国春秋時代、越に破れた呉王の子が父の仇を忘れないために薪(たきぎ)の中に臥して身を苦しめ、ついに越を降伏させた。越王は許されると、苦い肝を部屋にかけてそれを嘗めては敗戦の恨みを思い、後にその恨みを晴らしたという『十八史略ー春秋戦国・呉』の故事から。
「日清の役終へし後 連戦連勝の喜びと 遼東還付の怒りとは 一時に脳を刺激して 臥薪嘗胆 声高く 唯々感情に走りけり」(田口卯吉『商業史歌』1901)
「臥薪嘗胆といふやうな合い言葉が頻りと言論界には説かれてゐた」(有島武郎『或る女』1919)
後の「東京朝日新聞」のジャーナリスト、生方敏郎は「私たち小学生徒でも先生やお父さんと一緒になって、泣くほどまでに遼東還付を口惜しがった」と記し、大逆事件で処刑される荒畑寒村は「私の燃えやすい心がこのような風潮に刺激されて、熱烈な忠君愛国主義に傾いたことはいうまでもない。私は大きくなったら海軍の軍人となって、憎っくきロシアに必ず報復してやると決心を堅めた」と振り返っています。
こうして「愛国少年・少女」を確実に育てた日本は「文明列国(欧米帝国主義諸国)クラブ」の「卒業資格試験」とでもいうべき日露戦争に突き進んで韓国を併合し、政府、軍部、メディア、知識人、民衆ともどもの「夜郎自大」化とその後の必然的な自滅への路をたどることになります。
今のヒステリックな状況のなかで、世界の中の日本の近現代史の教訓を振り返って考えるために下記の通読を若い世代にぜひ薦めます。従来の通史的日本歴史のシリーズとは大きく異なり、現代の問題意識からの、とりわけ普通の民衆にとってどういう歴史だったかのテーマ性がそれぞれ担当した歴史家により各巻貫かれています。
『日本の歴史12 開国への道ー江戸時代/19世紀』(平川新・小学館)
『日本の歴史13 文明国をめざしてー幕末から明治時代前期』(牧原憲夫・小学館)
『日本の歴史14 「いのち」と帝国日本ー明治時代中期から1920年代』(小松裕・小学館)
『日本の歴史15 戦争と戦後を生きるー1930年代から1955年』(大門正克・小学館)
『日本の歴史16 豊かさへの渇望ー1955年から現在』(荒川章二・小学館)
10 3, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今日から煙草のかつてない大幅値上げ。
はるかマヤ文明の昔、神々が吸っていた煙草、500有余年前ヨーロッパに伝えられ世界に広まった煙草は、まぎれもなくひとつの人間文化です。
これに対する歴史的知見とリスペクト抜きの小役人的「健康帝国化」「禁煙ファッショ」の風潮には、私が喫煙者であるという理由からだけではなく、たとえ吸わなくとも断固として抗する立場に立ちたいと思います。
この「嫌煙」「禁煙」の動きとそのやり方が、他のもろもろの社会的異物排除の論理とプロセスに通底してもいるからです。
ではありますが、それはさておき、喫煙者としては、ばかばかしい値段になった紙巻き煙草をこれまでのように買うつもりはないので、自宅でのメインはパイプ煙草に。
パイプという道具を使う以上、旨い一服のために手間暇がかかります。工夫や手入れが必要です。
自分のパイプと煙草、喫煙に対してそれぞれが「職人」とならざるをえません。
で、もちろんそれが楽しい。
参考文献いくつか:
『タバコの歴史』(上野堅實・大修館書店)
『タバコが語る世界史』(和田光弘・世界史リブレット・山川出版社)
『タバコの世界史』(J.グッドマン・平凡社)
『タバコの歴史』(宇賀田為吉・岩波新書)
『健康帝国ナチス』(ロバート・プロクター・草思社)
『禁煙ファシズムと戦う』(小谷野敦編著・ベスト新書)
『大日本「健康」帝国』(林信吾/葛岡智恭・平凡社新書)
10 1, 2010 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)