親父とサシで話したこと、ある?ー『お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!』(加納明弘×加納建太/ポット出版)
かなり過激なタイトルにさらに衝撃的な前フリが付いているー
「肺がんで死にかけている団塊元東大全共闘頑固親父を団塊ジュニア・ハゲタカファンド勤務の息子がとことん聞き倒す!」
親父(加納明弘)は1946(昭和21)年、岐阜県生まれ。
1965(昭和40)年、東京大学文科III類入学。60年代後半の学生運動(ベトナム反戦、全共闘、「新左翼」運動)に関わり、69年中退。その後文筆関連に従事。
息子(加納建太)は1974(昭和49)年、東京生まれ。
ろくに子育てをせず、母子家庭状態に放置した父親にずっと恨みをいだき、中学の反抗期の頃、彼を殴り倒し、それ以来ほとんど家族とは深く関わらずにくる。
高卒後、94年、アメリカの大学に進学、卒業後、日系現地企業などを経て2003年帰国。この「親父へのインタビュー」を行った2008年にはアメリカ系ヘッジファンドに勤務していた。
2008年5月、親父は末期ガンと宣告され、7月10日には頭蓋骨に転移していてもう手術も不可能と言われる。
このインタビュー(というか対談でもある)は、その直後、7月19日と20日に箱根仙石原温泉の旅館で行われた。
親父はその後頭蓋骨の影は転移ではなさそうだと診断されたが平均余命一年。
息子はハゲタカファンドで仕事するなかで停滞、荒廃する社会が見えてくる。
親父が二十歳そこそこ、権力に立ち向かっていった頃より世の中はもっと悪い方向に向かっているだろうになぜ人びとは押し黙ったまま流されていくだけなのだろうか。
親父は自分にとっては常に反面教師のようなものであり、息子である自分は自分の離婚経験ですら子供の頃の家庭環境に責をかぶせたりしていた。
しかし「遺産のようなものはゼロだが、死ぬ前にせめてその知恵、知性、知識等を少しでも吸収しておきたかった」。
息子にとって死に行く親父から、親父が若い頃、自己と社会をどのように認識し、行動したかを聞いておくことは、自分が何者であるか、どこから来てどこへ行くのかを考える上で必須のものとなる。
死を前にし、別に武勇伝ではなく淡々と、しかし深いところで熱く、若い日の自分史を語る親父とそれにくらいつく息子。
その後、息子は身体の免疫力を高めるといわれるアガリクスやチャガ茶等を大量に用意して親父に飲ませたり、マッサージを習い、母にも教えて施術する。
親父も彼なりに考え、高尾山麓に引っ越し、山中で気功を始める。
そして自分の誕生日に手術を受けて成功し「見事に一命をとりとめ、文字通り生まれ変わった」(2010年夏現在、再発転移なく存命中)。
息子もまた生まれ変わる。
「私は親父の不器用な生き方を馬鹿にしていたが、自分の生き方もそれほど彼とは違っていなかったことに気付いた。どんなに権力から圧力がかかっても、決して妥協しない勇気を持つこと。ただの馬鹿である。権力には従ったほうが、圧倒的に生きやすいからだ。だが、このポリシーは、私の人生に現在進行形で影響を与えている。そのことについてはまた別の機会に書くことになるだろう」(息子は現在日系企業欧州法人勤務でドイツ在住)
今日、私もまた歳を重ねた。
この親父は私と同年代。
60年代後半、どこかの集会やデモですれ違っていただろう。
「死ぬ前にしゃべっとけ」と迫られる前に、若い世代にできるかぎり伝えるべきことは伝えておきたいとあらためて思う。
9 12, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 23.日々のなかで | 固定リンク
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