三国干渉に匹敵する国難?
『増訂改版新選詳図・帝國の部』(昭和9年9月12日発行・帝國書院)ー帝国書院の復刻版地図帳より
「尖閣諸島」沖での「日本海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件」と中国との軋轢をきっかけに「政権交替」した民主党の内部からも、国家主義的な動きが表面化してきました。
民主党の有志議員数十名は「建白書」を政府に提出し悲憤慷慨しています。
「建白書」…ですか。「太政官(だじょうかん)」とかに結びついて連想される大時代なことばですね。
「稟議書(りんぎしょ)」「陳情」「請願」とか、ついでに言えば「大臣(だいじん=おおおみ)」などとともに「御上(おかみ)と下々の者」を前提にしたようなこれらの言葉は、早くこれからの時代にあったものに変えていかねばなりません(「大臣」を単に「長官」にするだけでもずいぶん「大臣病」に効くのでは)。
で、彼ら曰く「三国干渉に匹敵する国難」「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の思い」。
民主党という政党を構成する人びとが、いかに「政権」をとるための野合にすぎず、歴史観や世界認識において旧来の自民党となにも変わりがない人びとが多いことが如実に顕われています。
しかし彼らの言い分にも反面教師的な意義があります。
「我が国固有の領土」などという日本にとっても中国にとってもいかがわしいショービニスト(熱狂的愛国主義)的言説に歴史の光を与える役割を「はからずも」果たしてくれているからです。
そう、「三国干渉」だの「臥薪嘗胆」だのを持ち出してくれたおかげで、この問題が、明治日本が欧米に倣って「近代国家」になる過程でどう「国家」と「主権」、およびそれが及ぶ「領土」という概念を獲得し実施してきたか、それをどう「国民」に「宣撫」してきたかの歴史に関わることであることを明らかにしてくれたのです。
今回の「事件」とその後の事態は、そのことをさまざまな角度から検証する絶好の機会だろうと思います。
いっぺんには書けないので少しずつ記します。
特に、「三国干渉」「臥薪嘗胆」とか、すでに表現を替えて出てきている「暴支膺懲(ぼうしようちょう=排日抗日の乱暴な行動をする支那を懲らしめる)」「爾後(じご)国民政府を対手とせず」とか、なんのことやらまったく知らない分からないまま「嫌中国」に陥るような若い世代になんとか考えるきっかけにしてほしいと思っています。
9 29, 2010 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
