歴史とは現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話ー『歴史とは何か』(E.H.カー/岩波新書)
中学から高校の頃読み、英語の原書でも読み1章まるごと暗記したりした。
歴史についての興味はこういうところからもきた。
E.H.カーについてはまた別の機会に(この本は1961年、ケンブリッジ大学での連続講演をまとめたものなのだが、実はいろいろな意味でとても難しい)。
戦争と歴史について私がずっと抱いている最大の問題意識は以下。
なぜ私たち日本人は、いつまでたってもアジア・太平洋戦争を「政府レベル」ではもちろん、「民衆レベル」できちんと総括することをせず(できず)、この戦争で関わった他の人々(主としてアジアの人々、そしてアメリカの人々)と、ほんとうの意味で豊かな関係を築いていく将来的展望を、国際政治レベルでも、そして民衆レベルでも創ることができないでいるのだろうか?
なぜ私たち日本人は、いつまでたっても過去の戦争を受け身で捉え、私たちもまた悲惨な戦争の被害者であり平和を切に願う、今の平和は戦争のなかでの「尊い犠牲」の上にある、というような感情感傷レベルに留まっているのだろうか?
無知が何かを生み出すことはない。
知らないということを知ることから何かが始まる。
若い世代の「無知」に笑うことがある、というより呆然とする。
しかしそれは、とりもなおさず父であり母であり年配者であり人生の先達である私たちの責任ではないか?
そういう私もまた無知だ。
たとえばこんなことを私は最近まで知らなかった。
1944(昭和19)年、日本軍占領下のベトナムの北部は未曾有の凶作に見舞われた。ほんのわずかの収穫や備蓄は日本軍に持ち去られる。南部にはまだ余裕があったが輸送ルートを断たれ米を輸送することはできず、44年末から翌年にかけて大飢饉となる。
200万人のベトナム人が餓死した。
ー『太平洋戦争 日本の敗因1 日米開戦勝算なし』(NHK取材班編/角川文庫)による
8 6, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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