17歳のために、そしていまだに17歳からのやりなおしをしていない大人のためにー『17歳のための世界と日本の見方』(松岡正剛 /春秋社)
セイゴオ先生は、1998年、関西の大学から新設した「人間文化学部」で「人間と文化」についての1年生向け講義を受け持つよう頼まれて応じる。
ところが予備的な講義をしてみて、学生たちがあまりに何も知らないことに驚く。
今、世界の中での日本の立場は、孤立はしていないにしても、必ずしも充実したものではなく、アジアともアメリカともかなり片寄った付き合いをするようになっている。
日中戦争と太平洋戦争で敗れたことによって、アメリカにばかり顔を向け、いつのまにか「世界と日本の相互関係の歴史」を見なくなってしまった。
たとえば、「日米安保条約が何を足枷にどのくらい続くのか、中国がどんな現代史のなかにいるのか、世界中のマグロと日本はどういうふうにつながっているのか、そういうこともよくわからない」
一方で、日本は2000年も前からアジアの諸国とは交流し「百済や新羅の時代は朝鮮半島とつながっていたようなもの」だし「儒教のテキストの四書五経や漢訳された仏教も、アジア人のように学んできた」。
ところが「世界と日本の相互関係の歴史」を見なくなるのとともに、「なぜか日本人は仏教のことも、着物のことも、三味線のことも知らなくなってしまったのです」。
「最初の予備講義のときに、学生たちにブッダのことや帯のことや三味線のことを訊いてみると、みんな何も知らないのです。伊勢神宮も連歌もお手上げでした。当時のみんなが好きなのは“お笑い”と“プリクラ”と“トレンディドラマ”でした。
いや、ドストエフスキーの『罪と罰』も与謝野晶子の歌も、プラトンの理念も溝口健二の『雨月物語』もマルセル・デュシャンも知らないのです。
これでは世界と日本の相互関係といったって、何もわかるはずがありません。もう東京裁判のことやベトナム戦争のことを尋ねる気はなくなりました」
しかしセイゴオ先生は気を取り直し、「せめて“世界と日本をめぐる人間文化”という視点で話してみようと決意」する。
こうして1998年から2004年まで続けた講義を5講(1. 人間と文化の大事な関係 2. 物語のしくみ・宗教のしくみ 3. キリスト教の神の謎 4. 日本について考えてみよう 5. ヨーロッパと日本をつなげる)にまとめたものが本書。
「人間文化を学ぶ」ということはひとつは「世界と日本を歴史観をもって見ること」、もうひとつは「社会と文化はどのように成立しているのかをよく知ること」という基本の上に、タテヨコナナメ、「関係をつかむ」刺激的なレクチャーが展開される。
「17歳のための」としたのは単なるマーケティングフレーズではない。
「大学生に話す前に、高校生の諸君にこそ語りかけたかったという思いをこめて」。もちろん特に年齢にこだわっているわけではない。「でも、17歳というのは象徴的な年齢だと思います。私も、何かを考えたり行動したりするときは、しばしば“精神の17歳”に戻ります」
「いまだに17歳からのやりなおしをしていない“大人”だっていいのです」
続編にあたる近現代を扱った『誰も知らない世界と日本のまちがいー自由と国家と資本主義』(松岡正剛 / 春秋社)も必読。
8 8, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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コメント
Tocoさん、こんにちは。
今日は太陽が照りつけていなくて少しは楽ですね。
『17歳のための〜』では「神」に代表される一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)と「仏」に代表される多神教(原始宗教から道教なども含め)、それらに基づく「生命観」と「自然観」の違いと交差が人間文化の歴史の根本にあるということが最も重要な点として述べられていますね。
基本的に「無宗教」の日本人、特に「宗教になど関心が無い」若い人たちにはこの重要さがなかなか理解できないところです。
近い将来、キリスト教徒の数を凌駕するのが確実なイスラム教とその文化についての理解は、イスラム教徒=テロリストというアメリカ人とさほど変わらないイメージしか抱いていない日本人にとってこれから決定的に必要です。
今後いろいろ紹介していきたいと考えています。
Toshio TAKAMI | 2010年08月08日 11:44
こんにちは。
暑さも人心地でしょうか。
歴史をひも解く話題になり、モゾモゾしておりました。
今日のご紹介の本、登場する場面があるかしら? なかったらどうしよう‥‥。そうです、私もこの2冊でいろいろな事をあらためて知り、読め読め!と貸し出しをし続けている本です。
「一神教は砂漠から生まれ、多神教は自然豊かなところから生まれる」といったようなくだりでは、なんとも近づきがたかった宗教に対し、いとも簡単にその近付き難かった理由を示してもらったような気がして、爽快な気分になりました。
もう一冊、宮本 律 著「現代イスラムの潮流」も私に新しい目を持たせてくれた本です。
世界で起こるいろいろな事に自分としての判断が出来ない時、こういった本はバランス感覚を得るためにとても助けになってくれました。若い方達には是非読んでもらいたいものです。
Toco | 2010年08月08日 11:10