上野毛のオアシス再生
7 31, 2010 21.酒と…の日々, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
財布というものはある程度定期的になくすものなのかもしれない。
キャンパスの中庭で煙草を吸おうとしたらベンチに財布が残されていた。しばらく待ったが誰も来ない。
事務部に持っていき、持ち主の学生も判明、まあよかった。
7年ほど前、電車内で財布を紛失し、このときは奇跡的に遺失物係に届けられていた。
その後、銀行のATM脇に忘れ、5分後に戻ってみたらもう無かった。防犯カメラに素早く財布を取る男の後ろ姿が映っていた。
4年前、ヴェネチアの混雑する船内でおそらくは擦られた。
現金もカードもない状態で、ホテルの支払いから緊急の現金支給と苦労した。
なにより気に入っていたPoloの財布自体が惜しかった。
昨晩帰宅途中の電車内で財布を紛失。
鉄道会社には遺失物届けがないことを確認して、各種カードをストップ。
クレジットカードで今朝8時に、誰かがキャッシング残高照会をし、暗証番号エラーになった記録があることがわかる。
紛失の経緯はもうどうでもよく、悪意のもとにあることを確認。
入っていた現金やカード再発行の煩わしさより、ヴェネチアでPoloの財布をなくした後、ドレスデンのAigner(アイグナー)ショップで求めた赤茶革の愛着のある財布が惜しい。
7 30, 2010 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
踏み荒らされる前にとハーブや野草を刈っていたら、昨年秋に植えたままにしていた小さなタマネギがコロコロと現れた。
苗を植えたときの名前の記録が見当たらないのだが、4種類あるはず。
ほとんどケアもせず、繁茂するイタリアンパセリなどに埋もれていたので10ヶ月もたつのにこんなに小さいままなのだろう。
ごめんな、チーズも入れたオニオンスープにして大事に食べるよ。
過去記事:
今朝のおはよう-364 玉葱(2010年02月24日)
7 28, 2010 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
郵便物のなかにエリザベス女王の切手を貼ったものがあったので開けてみると、先日ウェブで入会した「The Cloud Appreciation Soceity(雲を愛でる会)」の会員証。
ここに貴殿がこのソサエティの正規会員であることを証する。
以降、雲の不思議と美に耳を傾けようとするすべての人々への説得に努めるであろう。
会員番号22504。
大真面目さに思わずニヤリとして、一日が少し楽しい気分になる。
過去記事:
Cloud Appreciation Society(雲を愛でる会) サイト(2010年07月19日)
7 27, 2010 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
相撲界の暴力団がらみ野球賭博問題を契機に、突然「反社会勢力」という言葉がマスコミを通じて氾濫している。TVで「識者」がしたり顔で使っていたりする。
「反社会」とはどういうことを意味して使っているのか?
イコール「暴力団」であるのならばなぜ直接「暴力団」と言わないのか? いわゆる「指定暴力団」に該当しない「勢力」がからんだ場合に備えているのか?
「社会にとってよくない」という意味なら、強欲ハゲタカファンドも貧困層を食い物にする悪徳ビジネスも金権政治屋たちも「反社会勢力」だろう。
今の社会のあり方に反対したり異議を申し立てたりする運動・組織体は「反社会勢力」なのか?
そうではないというならなぜ「反社会」などという中国国営通信なみの言葉を使うのか?
誰がどこでなぜこんなことばを使うことを決めたのか、責任者をはっきりさせてほしい。
マスコミはなぜ無批判に追随して垂れ流しているのか、あるいは積極的に敷延させようとしているのかきちんと説明する義務がある。
日本という「異物排除」社会、そしてある種のことば(たとえば「大麻」)を聞くとすぐ「思考停止」状態に陥る社会を象徴する新しいことば。
写真は、もともと隣家から「侵入」し、今ではほどよく塀の目隠しと目の保養と防風になっている庭の竹。
7 27, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
住んでいるマンションの大規模修繕工事の説明会に出る。
足場の図面などをあらかじめ見て、影響を受けるのは軒下から70〜80cmくらいの範囲かと思っていたら、図面はアバウトで実は庭の3/4ほどもが足場と作業域として使われることが判明する。
七年間でミミズはたくさん増え土がふかふかになったハーブ、山野草、野菜などのスペースと老母のために花を育てていたところはほぼ全部作業靴に踏み固められることになる。
50cmくらいの苗木から2.5mほどに成長したローレル(月桂樹)の木も、やはり苗木から育ち、数は少なくとも花から果実まで毎年楽しませてくれてきたレモンの木も、ずいぶん前に長谷寺の市で求めて育てた紅葉が美しい山もみじも、掘り上げて3ヶ月半もの間養生して預かってくれるところでも見つけない限り刈り倒さねばならない。
8月中旬から12月までガラス戸の外はシートで覆われるので、緑で目を休めることも「今朝のおはよう」もままならなくなる。
チョロリーたちは生き延びて戻ってきてくれるだろうか。
7 24, 2010 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
この間の授業で制作の共通テーマを「食」としていることもあり、食に関する本をいろいろ読み直す。
最近出版されたなかでは文化人類学者、西江雅之『食べる』(青土社)がとてもおもしろく学生にも薦めている。
西江雅之(1937〜)氏は、半世紀にわたって世界各地を訪れ、文化人類学、言語学的研究を続けてきた。
まだ二十代の頃、アフリカのスワヒリ語の文法と辞典を日本で初めて発表、その後もアフリカ、南アメリカなどの辺境、僻地にも分け入り、それに伴ってさまざまな生活と「食」に接してきている。
この書の、「食」は文化であり、人間は「文化」を食べる生き物だ、という主張は、だからそれらの経験に裏打ちされた思考結果だ。
食が文化であることは、「食べられるもの」と「食べ物」の違いを考えることからまずは明らかになってくる。
ヒトが「食べられる」かどうか、という観点からだけいったら、私たちの周りには草木から虫、小動物などいくらでもあり(ここで具体例を出すとおぞましく感じられるだろうから出さないが)、自然界には食べると命に関わるような毒物はほんのわずかしかない。
しかし人間は、その膨大な「食べられるもの」のなかから何かを「食べ物」として選択し、入手(栽培・飼育)し、保存し、調理し、食べている。
文化によって何を食べ物とするかの例をあげたらきりがない。
ムスリム(イスラム教徒)にとって豚は不浄なものであって「食べ物」としての対象ではない。ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖なものであって「食べ物」ではない。海草海藻類は日本や韓半島、中国沿岸部の一部などでは「食用」であり、昆布のように日本では味付けの基本の一部になっているが、いくらでも採れる地中海沿岸の人々にとっては漁の邪魔ものでしかない。魚は世界中で食されるが、生のまま食べるということはほとんど日本以外にはなかった。ある地の人々にとってイモムシは貴重なタンパク源だが他の人々にとっては食べ物とは見なされない。
それはその地で採れる(栽培できる、飼育できる)かどうか、ということや宗教的な問題、交易やそれに伴う政治的経済的関係からくる問題、調理の工夫などさまざまな要因から歴史的にでき上がってきている。
そして地域だけにはとどまらない。たとえば世界中に散らばったユダヤ教徒や移動するロマの人々、二十世紀以降一気に増大した移民、亡命者や難民たちが受け継いでいるものもあるだろう。
つまり「食」は素材の選択から食べ方にいたるまで「文化」そのものだ。
そしてこの食に関するさまざまな考察から学ぶべき一番重要なことは、自分たちの食文化を自明あるいは最高のものとし、異なる食文化とそれを有する人々への偏見や差別に陥らないようにすること(逆に無定見な憧憬になる場合もある)、他の食文化を理解して尊重し、自らの食文化を客観的に捉えて豊かにしていくこと。
もうひとつ、自然界のものはほとんどが「食べられる」ものであることをあらためて考え直すこと。
7 24, 2010 14.読書三昧, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
二十四節気の「大暑」に入る。
毎年8月10日が恒例の花火が終わるとああ夏も盛りを過ぎたなと思うのだが、今年は早々と済んでしまい、ちょっと気持ちの座りが悪い。
自宅上階から長谷寺を望む。まだ朝七時だがすでに暑気に煙っている。黄金色がさらに熱気を上げるよう。
わ が 細 胞 全 個 大 暑 と な り に け り 小 澤 實
念 力 の ゆ る め ば 死 ぬ る 大 暑 か な 村 上 鬼 城
蓋 あ け し 如 く 極 暑 の 来 り け り 星 野 立 子
鬱 の 字 に 毛 ほ ど の 隙 間 む し 暑 し 安 済 久 美 子
鉄 棒 と い ふ 直 線 の 灼 け て を り 永 野 佐 和
う〜む、書き写しているだけで暑苦しくなる。
涼 し さ を 裸 に し た り 座 禅 堂 正 岡 子 規
7 23, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
住んでいるマンションの初めての大規模修繕工事のため、8月から私のところの庭にも足場が築かれる。
12月初旬まで4ヶ月間設置されるという。
幕もかけられたりするのだろう。
必要なこととはいえ憂鬱……
週末に説明があるのだが、庭の草木がどうなるのかまだ分からない。
直接の足場以外にも資材を置いたり作業の出入りなどで踏み荒らされることはたぶん避けられない。
とくに私のところの庭は園芸花樹がきれいに植えられたりしているわけではなく、「雑草」も含めてさまざまなものが入り混じり、伸び放題にさせているものもあり、普通の感覚からすると手入れが行き届いていない荒れた庭のように見えるだろうから、放っておけばぞんざいに扱われるのは目に見えている。
庭のムクゲ(木槿)の花。
蕾をたくさんつけているのだが、お隣との通路口に枝を拡げているので、これもどうなることか……
7 21, 2010 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『雲の模様』(HABU /ピエ・ブックス)より
10種類ある雲のうち「巻雲」はとりわけ美しく好きだ。
きのう触れた「彩雲」も巻雲がオプティカル効果をもったもの。
『雲の楽しみ方』(ギャビン・プレイター = ピニー)よりー
英語名「Sirrus(シラス)」は「髪の房」を意味するラテン語に由来。
かつてソングライター、ジョニー・ミッチェルは1969年の曲「青春の光と影」でこの雲を「天使の髪」に喩えた。
ギャビンは娘にこの名を付けている。
『世界の神話百科』(アーサー・コットレル/原書房)より
北欧神話、大気の女神Frigg(フリッグ)は糸車をまわし長い雲の織物を作る。
これも巻雲に違いない。
『「雲」のコレクターズ・ガイド』より
彩雲の写真を見るとわりと近くに浮かんでいるように見えるが実は違う。
巻雲は雲のなかで最も高いところ、5,000mから13,000m にできる。
そして地上からはほとんど動いてはいないように見えても、このあたり対流圏上層は常に毎時160〜240Kmもの強風が吹いているのだ。
落ちていく雲粒(氷の結晶)がこれにさらされ、刷毛(はけ)でさっとなでられたような「落下すじ」をつくる。
落日時にこの雲があると、残照が長く夕景がひときわ美しい。
7 20, 2010 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(0)
Cloud Appreciation Society(雲を愛でる会) サイト
は、シンプルな構成だが情報量も豊富でとても楽しい。
トップページの画像はアクセスのたびにランダムに替わる。
会のマニフェスト(ユーモアを込めて)、会員のアートや音楽や詩(なかなか)、ショップ(Tシャツがかわいい)、今月の雲写真大賞(さすが)…。
メインのフォトギャラリーのひとつひとつの写真には世界中からコメントが付く。
カテゴリー別に見ることができ、雲の基本10分類の他に、何かに似ている雲、とかさまざまなオプティカル効果などから選べる。
昨18日の読売オンラインニュースに、横浜で見られた珍しい虹色の雲「彩雲」の写真が載っていた。
撮った人は暑さにうんざりしてたまたま空を見上げたら…という。
※日本の新聞社のウェブニュースはすぐリンクが切れるし、画像に著作権が設定されているので引用掲載はしません。
これはカテゴリーのオプティカル効果から調べることもできるし、このような形状の雲が「巻雲」であることを知っていれば「Cirrus(シラス=巻雲)」を選んでみる。
たとえば見つけた米西海岸ワシントン州ポートタウンゼントで撮影されたもの。
横浜で見られたものとまったく同じ。
太平洋を隔てていても大気は同じ表情を見せてくれることがあるのだなと思う。
2004年にギャビン・プレイター = ピニーが始めた「Cloud Appreciation Society」は、一年後には会員は25カ国1,800名になり、現在では83カ国22,450名になっている。
私も入会した日本は現在64名。
『「雲」の楽しみ方(The Cloudspotter's Guide)』(桃井緑美子訳 /河出書房新社)で彼は述べるー
雲を愛する気持ちは国の違いや文化の違いを超えて、ヨーロッパの人々からオーストラリアやニュージーランドの人々、アフリカの人々を、そしてアメリカとイラクの人々を結びつけるようだ。
7 19, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
雲をテーマにしたフォトグラファーによる写真集はたくさんあり、気象学者による解説本もあまたある。
しかし、この『「雲」のコレクターズ・ガイド』(ギャヴィン・プレイター=ピニー /桃井緑美子訳 /河出書房新社)は、それらとはかなり異なり、「雲を愛する」人による「雲を愛する」人のためのハンドブックなのだ。
いつも見ている雲たち、そしてこんな雲を一度は見てみたいと思わせる「クラウド・ウォッチャー」「クラウド・コレクター」からの写真と、雲という自然のアートへの畏敬と愛を込めた文が掲載されている。
著者のギャヴィン・プレイター=ピニー(Gavin Prector-Pinney)はロンドン在住の雑誌発行者、デザイナー。
彼は雲を眺めるのが子供のころから大好きだった。
自然界で、これほど変化に富み、深いドラマ、荘厳ではかない美しさを感じさせるものは他にないと考える。
しかし世の多くの人は雲になど見向きもしない。それどころか「暗雲が漂う」「気分が晴れない」「顔が曇る」などともっぱらマイナスの比喩として扱われている。
雲を愛する彼は思い立つ。
このままでは雲も浮かばれまい。
誰かが雲のために起ち上がらなければならない。
かくして彼は「青空一辺倒思考主義」に抗し「雲を愛でる会(The Cloud Appreciation Society)」を2004年に設立、そのマニフェストで高らかに宣言する。
雲はこれまで不当に悪意の文脈に置かれてきた。
しかしもし来る日も来る日も一片の雲もない青一色の空の日ばかりだったら、人生はいかに味気なく退屈なものになるだろう。
雲は自然が造り出す万人に分け隔てなく開かれた詩(Poetry)だ。
われわれは、人が表情からその気持ちを汲むように、雲が「大気」の気分を表わしたものであることに気付いてほしいと願う。
雲は夢を追う人々のためのものである。
空を見上げ、あのつかの間の、一瞬の美に驚嘆しよう、雲とともに生きてみよう!
7 18, 2010 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
個人的なことでいろいろあり精神的身体的に最悪の状態に落ち込んでいるなかで、何度も訪れたことのある大好きな小さな教会をなぜか想い起こす。
フランス・リモージュ旧市街にある「Chapelle Saint-Aurelien」(建立15世紀)
過去記事:
小さな教会(2007年04月05日)
7 14, 2010 23.日々のなかで, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
自明のことだったが、開票後すぐ民主党の敗北が明らかになった。
消費税10%増税しないとギリシャのようになる、それでいいんですか皆さん、などとデマゴギーまがいを唐突にふりまき、自民からは変節模倣、他の野党、地方からはいっせいに増税反対の声を浴び、その後のトーンダウンは言い訳としてしか受け止められず支持をさらに下落させた。
鳩山前首相が沖縄の民意を無視して駆け込み的に結んだ普天間基地移転の日米合意は、前首相から引き継いだ、と嬉しげにメモを披露してさっさと既定事実化し、沖縄では公認候補も立てられない状況にした。
そもそもこの問題にきちんと関わるべき「副総理兼国家戦略担当相」だったとき、我関せずを決め込みひたすら次の総理への途に傷を負わないようにした。
1968年を中心とする学生運動、反戦運動を経験した人々にインタビューした『叛逆の時を生きて』(朝日新聞出版)で、学生運動に関わり、卒業後弁理士資格を得た過程を、菅直人は、「すでにある人生のコースに乗るのではなく、自分の一生という舞台で、自分でシナリオを書いて演出したいという気持ちがあった」と述べている。
個人主宰のアングラ演劇ならいくら極私的なシナリオ、演出でもありうるだろう。
しかし一国の総理大臣が独りよがりなシナリオを書き自己演出したら、共演者も周りも困惑し、観客が白けるのは明らか。
参議院選で本来議論し有権者に提示すべきことをすべて渾沌のなかに投げ込み、政治不信と自民党の復調を許した責任は重い。
7 11, 2010 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
あまり好きでないミラノに行ったのは、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(Chiesa di Santa Maria delle Grazie)に併設されたドミニコ会修道院食堂の壁画、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を観るため。
1977年から1999年にかけ20年以上にわたって修復作業が行われオリジナルの線と色彩がある程度よみがえったといわれる。
電話予約し、空調された二重ドアの部屋を通り、規定の25名とともに復元された修道院の食堂へ。見学時間は15分。
幅9m,高さ4mの絵が拡がる。
一点透視はみごとで天井と壁に一体化している。
いくらでも印刷物やTVなどで観てはきたが、印象はそれよりずっと色彩は淡く輪郭もぼんやりとしている。
描かれたときにこうだったわけではもちろんないだろう。
この絵が現存しているだけでほとんど奇蹟としかいいようがないから、それはもうどうしようもない。
イエスの左はヨハネとされているが「ヨハネによる福音書」に「イエスの愛しておられた弟子」と記されているように、マグダラのマリアに見える。
ユダの左後ろから突き出されたナイフを持った手はやはり誰だかわからない。
7 10, 2010 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ボローニャの旧市街は、ミラノやローマのような大都会と違って、私にはとても気分がいいサイズ、なにか「身の丈+アルファ」といった感覚がする。
鎌倉の旧市街がせいぜい3キロ四方ほどで、ボローニャのチェントロ(歴史街区)2キロ四方と似ているせいもあるかもしれない。
住民数も鎌倉旧市街地区、チェントロ地区とも同じ約5万。
しかし、古いものや街の景観を徹底して残し補修・修復し、さらに単なる歴史的遺物とはせず、現代の市民的要請にあうように内部と使い方は作り替えてしまう、というボローニャ方式を生み出し守っている住民の自治意識と文化環境への情熱は、安易な観光収入に寄り掛かり、どんどん新建材の住居とあふれる車とパーキングの街と化している今の鎌倉とは比べものにならない。
マッジョーレ広場に面するアックルシオ宮殿は現在市庁舎として使われているが、その一部に19世紀末パリ証券取引所を模して鉄とガラスでサラ・ボルサ(証券取引所)が造られた。
それを外観、現状はできうるかぎり保存、修復させた上で、ウンベルト・エーコ教授の監修で、2001年に新しい図書館に生まれ変わった。
徹底してIT化され、ネットワークにリンクされた900以上の座席やゆったりした革のソファー、各種マルチメディア機器の利用、絨毯敷きでベビーベッドもある幼児室、役者が読み聞かせをする部屋…。
学生たちも熱心に勉強している。
中央吹き抜けのガラス張り床の下には、修復時に発掘された紀元前2世紀古代ローマの住居跡が残され、さらに下にはエトルリア時代の層もあり、見学もできる。
ボローニャには図書館は80以上、本屋もまたたくさんある。
映画館が50、劇場は41、美術・博物館が50。
どれも日本のハコモノ行政で造られたような半端なもの、生き生きと活用されていないものなどはない。
そして圧倒的な数の修道院と教会。
鎌倉市内には中央図書館ほか図書館は5つしかないし、内容が充実しているとはとてもいえない。映画館は最盛期、由比ガ浜通りだけで4〜5軒あったようだが今はひとつもない。小演劇もコンサートも皆場所に苦労する。
ボローニャをつぶさに観た井上ひさしさんも今の鎌倉を嘆いているだろう。
しかし私たちが後を考え続けねばならない。
この間参考にしてきている書籍:
・井上ひさし『ボローニャ紀行 - イタリアの街から世界の在りかたを考える』(文藝春秋)
・星野まりこ『ボローニャの大実験 - 都市を創る市民力』(三推社 /講談社)
・梅原浩次郎『イタリア社会と自治体の挑戦 - ボローニャ再生に向けて』(かもがわ出版)
・佐野敬彦『ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか』(平凡社)
・八木宏美『違和感のイタリア - 人文学的観察記』(新曜社)
・ファビオ・ランベッリ『イタリア的考え方 - 日本人のためのイタリア入門』
7 9, 2010 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
鎌倉ゆかりの画家が毎年描く納涼うちわ。
今年は鎌倉建長寺法堂天井画「雲龍図」や京都建仁寺天井画「双龍図」などで高名な日本画家、小泉淳作画伯。
おお、紅葉葵(モミジアオイ)の大ちゃんではないか。
過去記事:
今朝のおはよう-289 大ちゃん(2009年07月30日)
7 9, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
柳宗民は『日本の花』で、ハマユウをココヤシなどとともに「航海をする植物」と呼んでいる。
ハマユウはヒガンバナ科クリヌム属。
このクリヌム属の祖先は氷河時代を生き延び、アフリカ大陸に生き残った。
果実はコルク質におおわれて水によく浮き漂流に耐える。
アフリカからインド洋に流されたあるものはオーストラリアに辿り着き、更に北に流されたものは、東南アジアからハワイなどの太平洋諸島、また黒潮に乗って小笠原諸島や日本列島太平洋岸に打ち上げられ、それぞれの土地で分化をとげながら居着いていった。
この由比ガ浜134号沿いに咲くハマユウ(浜木綿)の祖先も、気の遠くなるような遠い昔、こうしてやってきたのだろう。
過去記事:
今朝のおはよう-319 はまゆう・待ち宵草(2009年09月24日)
今朝のおはよう-309 浜木綿(2009年09月12日)
浜の植物を守り育てる(2009年05月31日)
7 2, 2010 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)