映画『Helvetica(ヘルベチカ)』ーひとつの書体をめぐって
活字をめぐるさまざまなデザイン的営為のことを「Typography(タイポグラフィ)」というのだが、美大のデザイン学科に入学してくる学生も、デッサンや色彩や平面構成の勉強はしていても、文字に関してはあまり、というかほとんど知らないことが多い。
しかしデザインのなかでは文字は死活的な役割を果たす。
タイポグラフィに興味関心を持たせ、重要さに気付かせるために、ドキュメンタリー映画『Helvetica(ヘルベチカ)』(監督:ゲイリー・ハストウィット /英)を新入生たちに観せて話す。
「ヘルベチカ」という欧文書体のことを知っているか観せる前に聞くと各クラスとも数名のみ。
ひとつの「書体(Typeface)」をテーマに据えた映画というのは、たぶん他にはないと思う("Universe"という書体を制作したフルティガーの映像はあるがこれは彼の業績の紹介がメインの限定的な映画)。
ラテン語で「スイス書体」という意味の "Helvetica" という一書体がなぜ映画のテーマとなりえたか。
1957年にスイスの活字鋳造所で生み出されたこの書体は、瞬く間に世界中に広まり、街中も新聞雑誌広告もこの書体で埋まった。
ヨーロッパも日本も第二次世界大戦の傷がようやく癒え、一人勝ちのアメリカは「アメリカンドリーム」を謳歌していた。
グラフィックデザインの歴史では1960年を中心とする「モダンデザイン」の最盛期にかかるところで、ビクトリア朝的装飾性や古めかしい書体から、シンプルで明瞭で合理的でニュートラルな書体が求められていた。
ヘルベチカという書体はそうした要求に応えるべくして出てきた完璧なバランスと美しさを持ったタイプフェイスだった。
映画は、街に「ユビキタス=それがなんであるかを意識させず、いつでもどこでも誰でも見ている」としてあまねく「偏在」するヘルベチカの表情を撮り、この書体に関するさまざまな世代のデザイナーや批評家のインタビューやその作品で編集構成されている。
モダン・デザインの長老マッシモ・ヴィネリは、NY地下鉄路線図や駅のサイン、AmericanAirlineのロゴにこれ以外にはないと使い、書体デザイナー、マシュー・カーターはヘルベチカを「改良」することなどできないと言う(事実ヘルベチカは半世紀にわたって変わっていない。書体に関する著作権法は1973年に施行されたが、ほんの少し変更を加えたヘルベチカもどきはたくさん出た。Macにはデフォルトで正規のヘルベチカが入っているが、Windowsに搭載されているArialはそのクローン)。
より若い世代になると、あまりのヘルベチカの氾濫に、ヘルベチカ以外のサンセリフ書体を使えと言われてデザイナー生活を始めたものもいる。
逆にオランダ・ロッテルダム出身のデザイナーは街中から地図、電話帳、切手に至るまでヘルベチカに囲まれて育った。「Mother Tongue(母語)のようなもの」。
しかし、どれだけ「究極の書体」と呼ばれ、完璧なバランスと美しさを兼ね備えた「ニュートラル(中立)」に見える書体といえどもその「歴史性」からは逃れられない。
60年代、政府や大企業はこぞって社名ロゴタイプやブランド表記をヘルベチカに変えた。
権威的、威圧的な印象をなくし、モダンで有能で機能的、理知的、親しみやすい外観に変貌したのだ(たとえ実態は暴力と差別、強欲と収奪を秘めていたとしても)。
街中の清潔で整頓されたヘルベチカサインは、心配はない、迷うことはない、君は現代社会の一員なのだ、何も問題などはない、とひそかに魔法をかける。
しかし60年代は、同時にベトナム戦争の激化とそれに対する抗議、公民権運動、ブラックパワー、カウンターカルチャー、世界的な異議申し立ての時代でもあった。
タイプデザイナー、エリック・シュピーカーマンはヘルベチカを過去形で語り、ファシズムの臭いを嗅ぎつけている。
「すべての者が同じヘルメットを被っているかのような印象、個性・個人主義の発動を抑える傾向」。
大企業のための視覚言語文化とカウンターカルチャーのただ中でデザインを始め、後者の立場に組したポーラ・シェアにとって、ベトナム戦争に加担した大企業がこぞって受け入れたヘルベチカを使うのはあの戦争に賛同すること、「打倒あるのみ」。
「今のイラク戦争は?」
彼女は笑って言う。
「同じよ、ヘルベチカ。まだ同じ時代だもの」。
ひとつの書体をめぐって論点とドラマはつきない。
5 18, 2010 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク
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