今朝のおはよう-398 ボリジ
4 30, 2010 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
Washington Post のコラムニスト、Al Kamenの "In The Loop" というコラムで書いた一部が引き起こしている騒ぎは、ことばとコミュニケーション、外国語と日本語の相互理解、またマスコミによる「洗脳」、ミスリーディングや、最近ではTwitterなどで(意図的であれ無自覚的であれ)あっという間に増幅される大衆的な感情醸成(容易に扇動や特定の対象への”バッシング”になる)等の問題に関心を持っているものとして見過ごせない。
彼は、4月14日付(ネット版)の "Among leaders at summit, Hu's first(サミットのリーダーたちのなかで胡錦涛が第一)"と題するコラムで、鳩山首相は「核サミット」での「"the biggest loser"(最大の敗者)」であり、"hapless(不運な)" 人で、何人かのオバマ政権当局者の意見によると、increasingly(ますます、いっそう)"loopy" だ、と書いた。
まず問題は "loopy" ということばの意味。
「Longman 現代英英辞典」には、「crazy or strange」、
「Cambridge Dictionary」では「strange, unusual or silly」、
「ランダムハウス英和大辞典第2版」には、「輪(loop)の多い」というもともとの意の他に俗語として、「常軌を逸した、変わった、頭がおかしい」、「(酔って)正体のない、ぼうっとしている、ふらふらの」、
「ジーニアス英和大辞典」にも俗語として、「狂気の、ばかな」、
と載っている。
日本のマスコミは、この意味の「馬鹿な、愚かな」とアメリカの新聞が言っていると煽り、鳩山自身もワシントン・ポスト紙がいうようにたしかに私は愚かかもしれませんが、などと言わなくてもいいことを言い、「常軌を逸した、変わった」あたりは当たらずとも遠からずなので、大多数は納得し、ネットで「ルーピー夫妻」などというTシャツやグッズを売り出すものも出てきた。
それ以前というレベルの問題は、「鳩山は、ますますloopyだ」と言ったのは、オバマ政権の当局者であり、このコラムニストはそれを紹介しただけという事実をそもそも鳩山や官房長官でさえ認識していないこと。
元記事を確認もせず、「米有力紙が”鳩山首相は”最大の敗北者”、"愚か”と報道」などという日本のマスメディアの報道を鵜呑みにしている「愚かしさ」。
「不快感」を表明するならオバマ政権にするべきなのだ。
Al Kamen は、4月28日付の「 'Loopy' takes Japan by storm ("Loopy"という言葉が日本を席捲)」で、"Loopy"が、語釈は疑わしいが日本の新語になりつつある騒ぎについて書き、その中で、過日、言語学者である山田正義・島根大学名誉教授からメールをもらったことに触れている。
山田教授は、日本のマスメディアは "loopy"にふたつの異なった訳をあてており、ひとつはstupidにあたる「愚かな」、もうひとつはcrazyにあたる「狂った」。アメリカのスラング辞典には「stupid(愚かな)、silly(馬鹿な)、eccentric(一風変わった、常軌を逸した)」とあるが、これでは自分にも学生たちにも助けにならない。あなたは正確にはどのような意味で使ったのか?と聞いてきた。
Al Kamenは山田教授への返信でいう。
”loopy"はまずもって "in the loop" の対極的意味。
(※高味訳注:彼のコラム欄の名称ー「天声人語」にあたるようなー自体が "in the loop” )
At the outset, we must emphasize that "loopy" is the exact polar opposite of "in the loop," which means plugged in or very well informed about things, especially the internal decision-making at the top levels of organizations.
"in the loop" とは、組織の中枢にきちんと位置しており、十分に情報や内部的意思決定に携わっていること。
だからその対極である "loopy" を「愚かな」とか「馬鹿な」とか訳すのは意味を掴んでいない。
After discussion with several experts -- actually, reporter colleagues who sit within a 30-foot radius -- the consensus is that the term essentially refers to someone oddly detached from reality.
近くにいた色々な記者たちと議論した結果同意にいたったのは、この言葉は、本質的には、oddly detached from reality(奇妙に現実から離れた)というような人に使うということ。
________________________________________
「奇妙に現実から離れた」と「普通の人」や「世間の常識」から見なされる人は、「一風変わっている」「常軌を逸した」から果ては「馬鹿な」「愚かな」「狂った」人とされるだろう。
ことばの「本質的な」原義から派生した具体的な使用意味だけが普通は辞書に載る。
だから辞書で色々ある語義のうちどれかということを第一にしてことばを分かったつもりになってはならない、ということに関わるかなり深いことをこの人は言っているのだ。
日本のマスコミは彼があわてて真意はこうだと弁明したかのように報じているが、自分の都合のいいように勝手に解釈して浅薄に報道しておいて、相手のその後の言い分を言い訳であるかのように報じるのはいつものやり方。
もっとも、鳩山首相に関して言えば、これらを通じたすべての語義が当てはまりそうに思えるので問題が不明瞭になるのだが…。
4 29, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
唐辛子が好きで、庭でも、鷹のツメ、沖縄の島トウガラシ、ハバネロなどを栽培して楽しんでいる。
Micとの散歩の途中、坂ノ下の三留商店で求めたペペロンチーノ(唐辛子)4種。
イタリア南トスカーナ、マレンマのベネディクト会修道院で作られているもの。
ヨーロッパのカトリック修道院というのは、自給自足が原則で、どこでもワインや薬草、薬用酒作り、ビール醸造などの伝統がある。
三留商店店主の三留一男さんが、雑誌『四季の味』の「ここに美味あり33」に「修道院のペペロンチーノ」として紹介している。
それによると、これらはもともと5人の修道士たちによって作られている。
この5人は「俗世」では、建築家とか銀行員などとして猛烈に働き、やがて静かに祈り暮らす生活を求めて「リタイア」や「脱サラ」して修道士を志した人たちらしい。
しかし、若い頃からの熱烈な信仰や求道を元にしている他の修道士たちとはなかなか馴染めず、5人が自ずと集まるようになった。
やがて5人はこれまでの仕事の経験やネットワークを生かして修道院でペペロンチーノ作りを始める。
一般に出回っているような大量生産の唐辛子は、出荷を早めるために無理な急速乾燥を行うが、彼らは厳選した品種を集めて栽培し、丁寧に手摘みし、味や香りが逃げないよう棚でゆっくり乾燥させる。
使ってみた地元のレストランで、これほどピュアなものはないと評判になり、トスカーナ中から注文が舞い込む。
今ではイタリア・ペペロンチーノ協会の推薦品にもなっている。
もちろんEU認定の無農薬有機栽培製品(Agricoltura Biologica)。
商標とした「SILOE」(シロエ / シロアム)は、エルサレム南の池の名で、ヨハネによる福音書に、イエスが盲人の目を治した地として出てくる。「遣わされた者」という意味を持つ。
左から
赤(Terre Mediterranee):地中海原産のパチーノ種、メディテラーノ種を使用。中辛で肉や根菜の料理に。
緑(Verde di Siloe):八種類をミックス。中辛。クリーム系のスープや魚料理に最適。
四色(Colori di Siloe):赤、緑、黄、茶色をミックス。中辛で肉料理からパスタまで幅広く。
黄色(Giallo di Siloe):ハンガリーとベトナム、ラオス原産種をミックス。辛口で野菜のグリルなどに。
鎌倉 三留商店サイト
4 26, 2010 06.私の好きな鎌倉の店・その他, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今日(4月24日)から5月1日(土)まで、2006年以来もう5回目になる「鎌倉路地フェスタ」。
鎌倉駅周辺から二階堂にかけての路地にある店舗、ギャラリー、施設、個人宅などでさまざまな催しや展示が開催されます。
第5回 鎌倉路地フェスタ 公式サイト
第5回 鎌倉路地フェスタ ポスター
コミュニケーションカフェ 鎌倉美学 も楽しい催しで参加。
4 24, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『世界的な有名デザーナーたちのアイディア・スケッチ』(ティモシー・オドネル / グラフィック社)に出てくるNYのSam Potts / Sam Potts Inc.の作品例とアイディア・スケッチの一部。
Aixというレストラン・バーの看板サインのデザイン。
できあがったものをただ見ただけでは、なかなか洒落ていて、色使いも渋くていいね、くらいに感じたりするだけだろう。
しかし、その背後にどのような「デザインの営為」があるのだろうか。
新入生たちに「デザインするとはどういうことなのか」「どういうプロセスが必要なのか」を考えてもらうために例として使った。
レストラン・バーから依頼を受けたデザイナーは何をしなければならないか。
放っておくと、学生たちは自分の感性のおもむくままのビジュアルイメージで作ればいいのだと思ってしまう。
デザインは自分の個性や美的センスを発現する場だと思っている学生もいる。
そういうことではないのだ、と私が言っても権威がないから、恩師である五十嵐威暢先生のことばをお借りすれば、「デザイナーの役割はクライアントからの注文に対して、問題の本質を探し出し、最適解を提示すること」(『デザインすること 考えること』(五十嵐威暢 / 朝日出版社)。
さあ、では「問題の本質」とは何か、そしてどうやって「探し出す」か。
これが難しい。
「本質とはなにか」ということは、古代ギリシャ以来の哲学的大問題でもあるのだ。
このことを私は学生たちにどうやって理解してもらうか、ずっと悩み考え試行し続けてきている。
井上ひさしさんのように「難しいことをやさしく」が、私にはまだできない。ましてその先の「やさしいことを深く」「深いことを愉快に」は遠い。
「問題の本質を探し出す」以下に関して、私が今ことばで説明できるようになったのはまだわずかに次のようなこと ー
1.
対象とするテーマ、モノ、コトの「本質」というのは、たとえば桃の果実の皮を剥き食べていったら種が残ったというような、いろいろ雑多なことを除いていったら固い核のように残る固定的な実体のようなモノではない。
2.
「本質を探し出す」ということは、そのテーマ、モノ、コトが持っている、そして不断に変化しているさまざまな「関係」「コミュニケーション」のあり方を掴むこと。
このレストラン・バーの場合、
この店は料理や酒やインテリアや接客などどんな特長を持っているのだろうか。
オーナーはどんな考え、ポリシーを持っているのか。
シェフやバーテンダーはどんなことを考えているのか。
どのような店と客の歴史があったのか。
店はどのような街のどのような文化のなかにあるのか。
これからどうありたいと考えているのか。
等々、人と時間と空間のなかでの「関係」「コミュニケーション」の問題としてとらえていくこと。
3.
そのような視点から、対象とするテーマ、モノ、コトについて、できるかぎり観察し、調べ、考えること。
店の人や客や隣人たちや通りすがりの観光客などさまざまな人の話を聞く、その店で色々な曜日、時間帯で過ごしてみる、街の変化のなかでどうだったかの資料を探して読む、それらを様々な角度から考える…。
4.
同じく五十嵐先生は、デザイナーにとって必要な三つのこととして「情熱」「挑戦」を前提として一番重要なコトとして「発見」を挙げている。
「最適解」を得るために、これらのなかから、どういうことに着目し、どういう角度、視点、アプローチから扱ったら、求められていることにとって最適かのなにかを「発見」すること。
5.
これらの観察、調査、考察と並行して(行きつ戻りつしながら)ビジュアル・アイディアのスケッチを描き検討していくこと。
Sam Potts はおそらくこれらを踏まえて、ロゴタイプだけでも30通りのアイディアを練り、それらひとつずつについて12回は描き直し、最終的なひとつのカタチを創り出している。
4 23, 2010 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今週の新入生向けのデザインの授業で、対象とするテーマやモノやコトを観察し、調べ、考えながら、最適なカタチを発見するために、同時にビジュアル的アイディアをスケッチとしてたくさん描くよう話した。
昨年末に出版された『世界的な有名デザイナーたちのアイデア・スケッチ(原題:Sketch Book)』(ティモシー・オドネル / グラフィック社)からデザイン・プロセスのいろいろな例を見せる。
この本には最終的なデザインに至るまでのさまざまなデザイナーのスケッチドローイングやコンセプトメイキングのためのメモなどが載っていてとても面白い。
なかにはそういうためのノートは持たず、その時ある紙をなんでも使う、という人もいるが、やはりメモ帳のようなものではなく、ちゃんとしたノートを持って、いつでもメモやスケッチができるようにと新入生には勧める。
4 23, 2010 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
Apple、Google、Amazonといった、人々が利便を感じ、かつわくわくするような新製品やサービスを提供し、世界的なスタンダードを創っていくような企業は日本では当面期待できない。
しかしTSUTAYAがウェブで展開しているDVD&CDレンタルのシステムは、おそらく世界でも例をみないと思う。
レンタルビデオ屋などないような片田舎であろうと、日本の正確律義な郵便配達システムがバックボーンにある。
サイトを見ると、4/20現在の在庫タイトルは117,789、総枚数3,432,980。
ウェブで予約リストを作っておけば、配布可能なものから郵送される。
料金体系は何種類から選ぶ。
なにより煩わしい返送をとても簡単にした。
送ってきた封筒がそのまま返送用になり、ポストにほうりこめばいい。
音楽CDがネットからのダウンロードに取って替わられつつあるように、映像も近い将来ネット経由になることは確実だが、現時点では私にとって映像資料収集に一番便利。
私はMacなので、借りたDVDを「0SEx」というソフトでハードディスクにリッピングし、「Toast Titanium」で空のDVDに焼き、ライブラリーにしている。
4 20, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
日本大学藝術学部文芸学科の高橋ゼミの3年生の学生が、グローバルメディアコンテンツ研究の一環として作った作品を「Japanese Colorful Data(日本の伝統色)」としてiPhoneアプリ化(無料)したもの。
日本の伝統色に関する書籍はたくさんあり、iPhoneアプリでも「彩」などがある。
まだ39色しかない、RGB等の数値表示がない、検索方法はもっとあるはず、染めや画材としてのもう少し詳しい歴史がほしい、最低英語表示が必要、等々いろいろな評価はあるだろうが、骨組みはできている。
いくらでもチューンナップは(企画制作者以外の協力も含め)可能。
なによりも、iPhoneとこれからのiPadを含めた世界中数千万人が見ることが可能なアプリが、学生発で作られたことの意義は大きいと思う。
私のところの学生たちにも大きな刺激になる。
4 18, 2010 09.ネットワーク・コミュニケーション, 11.教育と学びのデザイン, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4 17, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
「一汁一菜」とはもともとは鎌倉時代の禅寺に発することばと概念らしい。
「一菜」の「菜」はおかずの意で、質素倹約を旨とする食事を指すことば。
特別な「ハレ」の日や来客の際は「一汁三菜」となった。
『和食と日本文化』(原田信男 / 小学館)によれば、千利休(1522-91)の時代に完成をみた茶事の懐石料理は、やはり質素に徹し、一汁三菜を基本とした。
味噌仕立ての汁、膾(なますー今日では刺身)を盛った向付(むこうづけ)、野菜と鳥もしくは魚を炊き合わせた煮物、切り身の魚の焼物、といった三菜。
これに鉢物である強肴(しいざかな)が後に加わる。
江戸時代、たびたび「倹約令」が出され、「一汁一菜」が奨励された。
だが、圧倒的多数の普通の庶民(農民や都市下層民)にはそもそもそれさえ贅沢であり、雑穀飯と漬物程度が普通だった。
発芽玄米が主の十穀(大麦、もちきび、はとむぎ、もちあわ、黒米、赤米、うるちひえ等)ご飯、由比ガ浜で採ってきたワカメと庭の三つ葉の吸いもの、庭の菜の芽の湯がき辛子醤油かけ、昔ながらに作られた梅干し、とまあ一汁一菜の夕食。
4 16, 2010 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
佐野藤右衛門さんは、さまざまな種類の桜の育苗、各地の桜のケア、桜図譜作りなどとともに、京都の名陶工・小松華功さんと協力して桜意匠の器も作っている。
桜灰を上釉に調合した香合。
これらの器づくりに込められた思いをこめて編纂された『さくらにほへと』(講談社)。
序文で佐野さんは述べる。
「昔の日本人は山で薪をとり、下草を刈って生活の燃料にした。家々から出た灰は、灰屋が集めて回って染色や田畑の肥料などに使い、上手に暮らしてきた。しかし灰汁を抜いた残りの灰をやきものの上釉に使うという循環を知り、彼(小松華功)との縁を、あぁなるほどと納得したことであった。
それにしても先人の理に適った工夫と知恵には驚くばかりで、やはり自然のなせる技か、その灰のぬくもりと味わい深さは格別である。
いまの世の中は、人がコツコツとその想いを積み重ね、技を磨いてものを作る職人の手仕事が十分に評価されず、難しい残念な時代になってしまった。
しかし、誰かが何かのカタチで後世に伝えなければならず、この度、一冊の本にまとめる機会を得、その一助となることを確信し、心強く嬉しい限りである」
いずれも佐野さんから同行したパトリック・オドゥヴァールに寄贈された。
4 16, 2010 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
信楽(しがらき)の山中に広がる滋賀県立「陶芸の森」。
「陶芸館(美術館)」、「信楽産業展示館」などとともに、国内外の陶芸作家が一定期間滞在して作品を創るための「創作研修館」、登り窯、穴窯などがあり、一般向けのワークショップも常時開催されている。
Artist in Residency Programで創られた「風の門 -宙-」(川上力三ーH17年度ゲスト・アーティスト)
「狂った森」(アーニー・ジマーマン Arnold Zimmerman /USA - H12年度ゲスト・アーティスト)
アーティスト・イン・レジデンス(Artist in Residence)というのは、期間を決め、アーティストに、ベッドと創作する場や環境と、作品を発表する場を提供し、創作活動を支援する取り組み。
まあ、レオナルド・ダ・ヴィンチもミケランジェロも皆パトロンに呼ばれ、創作したから昔からあるあり方。
欧米では、1960年代から70年代にあらためて盛んになり、日本でも80年代後半くらいから自治体や企業が取り組むようになった。
もちろん個人がやっているものもある。
バルセロナ近郊の高名な陶芸家アルティガス(Artigas)邸を訪れた際、工房や窯とともに、快適そうな部屋が3つか4つ、滞在して作品を創る人のために用意されているのを見た。
AIR JAPAN(国際交流基金)サイトに日本のアーティスト・イン・レジデンスのデータベースや海外のリンク集がある。
4 16, 2010 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
Miho Museum は、世界救世教から別れ神慈秀明会を起こした小山美秀子のコレクションを展示するため、1997年に開館した。
古代エジプト、ギリシャ、ローマ、中国など数百億円をかけたといわれる文化財が展示されている。
初代館長が梅原猛、現在の館長は辻惟雄(東京大学名誉教授・多摩美術大学元学長)。
神慈秀明会の宗教施設を含め、30万坪という山中の広大な敷地にある。
建築設計は、ルーブルのガラスのピラミッド(1989)、ワシントンのナショナル・ギャラリー東館(1978)などで有名なイオ・ミン・ペイ(Ieoh Ming Peu 1917〜)。
前出トンネルもそうなのだろう。
どう見ても「神殿」なミュージアム中央正面。
これを中心に南北(写真では左右)に建物は拡がっているのだが、建築容積の80%は地中に埋まっている。
しかし、ガラスのピラミッド状の屋根が太陽の光をなかに注ぐ。
4 15, 2010 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4 15, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
井上ひさしさんは、もう三十年もボローニャに魅せられ、行ったこともないままずっと机上の研究を続けてきた。
井上さんのことだから集めて読んだ資料と書き出したメモは半端なものではないだろう。
2003年、NHKの誘いで二週間のボローニャの旅へと出かける。
以下『ボローニャ紀行』(井上ひさし / 文藝春秋社)より
「いまでは恋人よりも慕わしい存在となったそのボローニャへいそいそと、恋する街へ敬意を表わすためにボローニャの名産品、秘蔵のテストーニの鞄を肩にかけて颯爽と、わたしは成田を発ちました」
14時間の禁煙時間を経て、ミラノ空港の喫煙所でいい気分で3本ほど吸い、少しぼーとなる。
革ジャンパーを引っかけた中年男がやってきて、イタリア語でなにか言い立てる。
ボローニャ行きの小型バスをチャーターしていたので、その運転手かと思い、「ボローニャ、ボローニャ?」などと聞いていると、これは埒があかないという感じで姿を消す。
ふと手元を見ると、小型トランクの上に載せておいたテストーニの鞄が煙草の煙のように消えている。
「鞄の中身は、帰りの航空券…、1万ドルと百万円の札束が二つ。
そんな大金を現金で持ち歩く奴はバカですが、ボローニャの古地図や古書はクレジットカードでは買えないと聞いて、せっせと貯めてきた虎の子でした。
なにより惜しいのは、布表紙の厚いノートです。出発前の一週間、これまでに書き貯めたボローニャについてのメモ書きをきちんと整理し、その上で清書した、それはいわば三十年にわたる研究(?)の結晶であり、精華です」
空港警察に届けると、一人が囮になって注意を引きつけておき、その隙に盗むというのはよくある手、と軽くいなされる。
悲痛な声で奥さんに電話すると、イタリア暮らしの長かった奥さんは笑って言う。
イタリアを甘くみたわね。
イタリアは職人の国よ。だから泥棒だって職人なんです。
あるときナポリでアメリカの潜水艦が盗まれたことがある。
長い航海の末寄港し、乗組員はわぁーと歓声を上げて上陸、酒だ女だとさんざん遊んで夜明け方、港へ戻ってみると、潜水艦がなかった。
あっという間に解体してどこかへ持っていってしまった。
イタリアの泥棒はそのくらい凄腕なのよ。
これからは緊張した表情で行動することね。
引き締まった顔の持ち主は決して狙われないというから。
4 14, 2010 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
詳しい事情はまだここでは書けませんが、昨年11月末からメインマシーンとして使ってきたMacBook Airが先週9日(金)に盗まれ、警察にシリアルナンバーを含め盗難届けを出しました。
夜盗まれた際、ログインしてスリープ状態でしたが、電源ケーブルは外され残されていたので、4〜5時間でバッテリーが尽きるだろうと思います。
一夜明けてAppleStoreなどでAir専用電源ケーブルを購入してつないでも、立ち上げにはログインID、パスワードが要求されるので、個人情報、その他業務データや、メールのやりとり、アドレスが悪用される可能性はまず無いとは思いますが、私とやりとりされたことがある方で、もしなにかおかしなことに気づかれましたらお知らせください。
なお私のメールアカウントのパスワードはすでに変更してあるので盗んだ者は(万一まだバッテリーがありログイン状態だったとしても)読めません。
よろしくお願いいたします。
4 14, 2010 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
京都の帰途、信楽(しがらき)に寄り、友人が行ってみようというので山中にある「Miho ミュージアム」へ。
昨秋、若仲展をやっていたということ以外なにも予備知識なしだったので行ってみてかなり驚く。
山を登り駐車場で降りて、半弧形の建物へ。
こんな山の中でなかなか洒落たミュージアムだなと思ったら、これはレセプション棟。
そこで9人乗りほどの電気自動車に乗る。
門構えを通り抜けると両側は枝垂れ桜で覆われている。
トンネルに入る。せいぜい200mほどだが、すべてアルミのような銀色の金属で覆われ、間接照明と、弧をなした両方の空き口からの光が中央まで届く設計で、初期の007シリーズかなにかの世界に迷い込んだかのよう。
出口の前方に神社の本殿のようなミュージアムの中央部が厳かに見えてくる。
トンネル出口からミュージアムにかけては吊り橋になっている。
帰りは歩いてみた。
ここのコンセプトは「桃源郷」。
なるほど…
4 14, 2010 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4 13, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『ボローニャ紀行』(文藝春秋社)を読んでいる途中で、井上ひさしさんの訃報。享年75。
鎌倉にお住まいだったので、時々街でおみかけした。
裏駅のタクシー乗り場でお急ぎの様子だったので先を譲ったらとても丁寧にお礼のことばを述べられたこともあった。
1964年から69年のNHK『ひょっこりひょうたん島』は高校から大学の頃だが、時間帯が合って見られるときは、主題歌が聞こえてくるだけでけっこうわくわくした。
井上ひさしと作者を認識して読み始めたのは1976年の『新釈遠野物語』あたりからだったと思う。
その後とくに『私家版日本語文法』『ことばを読む』『本の枕草紙』『自家製文章読本』『日本語日記1-2』『本の運命』などなど日本語、ことばと本についてのものはすべて読んできた。
話し言葉は若い人を中心にいくらでも変化しグラグラするが、書き言葉がしっかりとしていればむやみに嘆く必要はない、という主張にはなるほどと思った。
扱っているテーマそのものは、戦争の理不尽さ、原爆の悲惨、国家の不条理、日本の文化のあり方などといった「重い」ものであり、「九条の会」などの反戦平和活動や、言論出版の自由についての敏感な発言を続けてきたが、小説や戯曲のなかでは、座右の銘通り、それらのテーマが普通の人々の生活やコミュニティの問題として「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに書くこと」に徹底していた。
そして、松本清張や司馬遼太郎と同じように、なにかのテーマに取り組むときはそれに関する膨大な資料を渉猟し読み尽くして構想を練った。有名な「遅筆」の一因でもある。
『本の運命』(文藝春秋社)に出てくるエピソード ー
『腹鼓記』(1985)を書くとき、神田の古本屋に頼んで、狸と狐の本を集めてもらう。
「狸の資料ありませんか、ついでに狐の資料、とにかく人を化かすものを全部お願いします」と小宮山書店や八木書店に頼むと、古本屋のネットワークを通じて神田中から本が集まってくる。狸の本場は四国の讃岐と和歌山などなので地誌のようなものもあり、平田篤胤という国学者が狸のことをよく書いているのでその全集もあり、狸を詠んだ和歌の歌仙あり、という具合。
スタジオジブリが『平成狸合戦ぽんぽこ』を作るとき、高畑勲監督が神田で狸の資料を探したが何もない。「みんな井上さんのところに行ってます」。
井上さんの13万冊にもなる蔵書は故郷、山形県川西町に寄贈され「遅筆堂文庫」として立派な図書館の中心となっているが、ジブリのスタッフたちは一週間泊まりがけで狸の資料をここで調べた。
ずいぶん以前、鎌倉でのなにかの講演で、
世界というのは、99%辛いこと悲しいことばかりですが、1%ぐらいは光明がある、と思っているからこそ人間は一生懸命生きているわけですよね
という趣旨のことばを聴いて共感したことをあらためて思い起こす。
合掌
4 12, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
佐野藤右衛門さんが住む昔ながらの茅葺きの家。
京都市街地の北西の端に位置する山越は古く御室仁和寺の御領であり、佐野さんの先祖も早くからここに住み着いて領内の百姓として暮らし、やがて植木や庭を手がけるようになる。
「200年の時間がある家」というのは、築200年ということではない。
『桜のいのち 庭のこころ』(佐野藤右衛門 / 草思社)で藤右衛門さんは語る。
この家にはいつも少なくとも三世代の家族が同居しております。
ここには少なくとも200年の時間があります。
じいさんが孫に話してやるにしても、自分の祖父から聞いた話を伝えるからです。
その話のなかに、すでにもっと先から伝えられた習慣や生活の話が残されておるのです。
子供のころの記憶が大人になっても残ってその人の考えを左右するように、生活のなかにも先人たちの記憶というのがあるように思います。
フランス中南部に育ったパトリックが、子供の頃、お祖母さんから、そのお祖父さんが森で狼に出会ったときの話を聞いたということを思い起こす。
今の日本の核家族化、都市型社会ではもう完全に喪失した人と人の関係、時間、空間。
4 11, 2010 16.都市・住い・インテリア・暮らし | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
京都山越の植藤(うえとう)造園を訪ねる。
「十六夜桜」「一葉」「妹背」「祇園枝垂桜」等々色々な種類の桜が育てられている桜畑。「ドイツ鳥桜」などというのは初めて見た。
虫除けに火が炊かれている。
運良く「桜守」として高名な佐野藤右衛門さんとお会いすることができた。
御室仁和寺に仕えた代々の植木職の16代。
1957年、イサム・ノグチに乞われ、パリのユネスコ日本庭園の施工にも携わった。
日本の有名な桜でこの人の手にかかっていないものはない。
「手入れをするからあきまへんのや。守りをせなあきまへんのやわ。
守りをするというのは、子守りでもそうですけれど、子供の性格がわかるから守りができるんです。手入れというのは散髪するようなものです。きれいに切りそろえたらいいんですから。それはそのときだけよければいいということですやろ。
わしらの仕事はそうじゃない。性格がわかって、こうしたら、こう育っていくやろということを知って、守りをしながらやっていく仕事です」
『桜のいのち 庭のこころ』(佐野藤右衛門 / 草思社)
4 11, 2010 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
写真左から)矢野東洋さん、齊木佳奈さん、QUAさん、村上雄介さん、齊木瞳さん、エクトル・シエラ、稲川瑞穂さん
エクトルに招かれて「100色のココロ ー 国境なきアーティストたちの活動リポートとコンサート」(4月3日/渋谷アコスタジオ)に。
スライドと映像によるエクトルの活動レポート。
コソヴォ、セルビア、チェチェン、アフガニスタン、ニューヨーク、東チモールなどの子どもたちと絵や折り紙を通じた交流…。
昨秋、私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)にも招いて学生たちに見せてもらった。
大阪出身、まだ18歳のシンガー、QUA(クア)さんの歌。
「僕にクレヨンがあれば」など3曲ともエクトルの作詞、矢野東洋さんの作曲。
ハスキーでエモーショナルだがダイナミックな歌声、とても将来性を感じる。
矢野さんがプロデュースされているそう。
ピアニスト齊木佳奈さんが弾いたのは「Adios a Bogota(さようならボゴダ)」ほかコロンビアの音楽家 Luis Antonio Calvo / L.A.カルボ(1882-1945)の曲。
18歳のときに "Adios a Bogota, Adios a Columbia" の生活をしてきたエクトルがとても懐かしい感じがするという。
CDは海外版を探さなくてはならないが、YouTubeで "L.A.Calvo" を検索するといくつか出てきて聴ける。
エクトルの文(もともと絵本にするために書いたのだがまだ実現していない)に矢野東洋さんが作曲した「かぶとむしのお出かけ」。
エクトルの朗読(間にダンスも)に齊木佳奈さん、齊木瞳さん、村上雄介さん、稲川瑞穂さんたちのピアノ。
最後はグランドピアノに3人がかり、ミニチュアピアノに2人の楽しい合奏。
とてもおもしろかった全体のプロデュースは「HOUSE OF TOMORROW」の安斎哲さん。
安斎哲『世界で一番やさしい照明‐110のキーワードで学ぶ』(エクスナレッジムック 世界で一番やさしい建築シリーズ16)
HOUSE OF TOMORROW
鎌倉でも企画したい。
4 4, 2010 13.音楽の楽しみ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

友人の絵本作家・映像作家エクトル・シエラが主催している人道支援グループ「国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)」の「100色のココロ、100色の世界、100色の未来…」と題したイベントが4月3日(土)に開催されます。
活動報告、エクトルの詩の朗読や、さまざまな演奏コラボレーション、まだ高校を出たばかりの歌手デビューなど、子どもの参加も歓迎。
昼の部:14:30〜16:00
夜の部:19:00〜20:30
アコスタジオ
東京都渋谷区神宮前1-23-27 赤星ビル BF
詳しくはこちら
コロンビアCARACOL TVでのエクトルの日本での活動紹介
過去記事:
生まれる国を 選べない 死にたい国だけ 選びたい(2009年10月12日)
くらい たいようは かがやく ように せんそうの いろが なくなる ように(2009年10月12日)
10/14多摩美公開特別講演会「世界のあちこちの"痛み"に芸術の種を蒔く」(2009年10月10日)
「国境なきアーティストたち」(ギャラリーf分の1)(2006年09月04日)
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