描かれた大銀杏 5 ー石原正『鎌倉絵図』より
石原正(1937-2005)は手塚治虫にあこがれ、親の反対を押し切って美大に進んだ。グラフィックデザインを学び、大手広告代理店に就職する。
1964年東京オリンピックに向け、日本中高度成長一色になっていく時代、広告の仕事は増え続けプレゼンと徹夜仕事の日々、気がつけば管理職になっていた。
自分はものを作りたい、という気持ちからのむなしさを吹き飛ばしたのが、ニューヨーク万博(1964-65)土産にもらったボルマン(Bollman)のマンハッタン・ストリートマップ。
精緻なアイソメトリック(等測投影図法)で描かれたこの鳥瞰図の技法で日本の街を描きたい、それをやれるのは俺だけだ、と思い定める。
会社を辞めひたすら試行錯誤の繰り返し。
ひとつの絵図に一年以上かかる地味な作業と資金難のなか、独自の工夫を重ね、『千里ニュータウン絵図』『奈良絵図』『京都絵図1-3』などを発表する。
『鎌倉絵図』(1980)より
この絵図は今手元にない。
20年ほど前、まだ書店で買えた頃、買うそばから人にあげてしまい、気がついたら自分のものはなく、そのまま入手不能状態になってしまった。
今もネットで探し続けているが、出物はない。
その頃佐助の谷戸上の築30年くらいの民家に住んでいたのだが、それに通じる小さな石段の一段一段までも描かれていて感動した。
むろん鶴岡八幡の大銀杏はひときわ大きく。
上)『旅-別冊 地図 -夢・謎・愉しみ』(日本交通公社/1994)より
下)『鳥瞰図絵師の眼 Bird's-eye Dream』(INAX出版/2001)より
3 17, 2010 01.私の好きな鎌倉の風景, 07.デザインの世界, 10.美術工芸 | 固定リンク
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