米アカデミー賞で思い起こす
中学生の映画少年の頃、アメリカのアカデミー賞などはハリウッドの仲間内のお祭りとハナから馬鹿にしていた(まあ今でも同じ)。映画賞として権威があるのはまずはカンヌであり、そしてヴェネチアとベルリンだった(今はどうかは別)。
50年代の子どもの頃TVホームドラマで豊かさに単純にあこがれたアメリカも、キューバ「危機」での身勝手さとヴェトナムへの理不尽な侵略を見、違った目でみるようになり、アメリカの世界でのあり方とそれを支えている文化には批判的たらざるをえなくなった。
J.F.ケネディの「国家が何をしてくれるかではなく、それぞれが国家に何をできるかだ」などという演説にはヴェトナム侵略を本格化させながらと猛烈に反発し、史上最年少の大統領をもてはやす大人たちとマスコミには徹底的に不信と侮蔑の念を抱いた。
今年の米アカデミー賞受賞作「ハート・ロッカー」はまだ観ていないが、なぜアメリカの軍隊がそんなところにおり、そんなことをやっているのか、という根底的な大前提に自覚的であるとは、イラクとアフガン駐留のアメリカ軍兵士に感謝する受賞挨拶からして絶対にありえず、軍事・心理サスペンス映画として限定して見れば秀逸であろうと、歴史的に見れば駄作であるだろうことは想像できる。
あ、アメリカ軍は世界中でいったい何をしてきたか、そしてそれが兵士たちにどのような心理的影響をもたらしたか、のドキュメンタリーとして観れば意義があるかも。
米アカデミーは今年もいかにも彼らににふさわしい作品に回帰し選んだ。
マイケル・ムーアの吠え声はもう聞かれない。
和歌山大地のイルカ漁を批判的に描いた『The Cove(入り江)』を含め長編ドキュメンタリーと外国語映画賞の受賞・候補作だけはすべて観たい。
3 9, 2010 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク
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