今朝のおはよう-346 福寿草
12 31, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
12 30, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
iPhoneのカメラは3GSで300万画素(2048×1536ピクセル)になり、オートフォーカスが付いた。
このオートフォーカスはちょっと優れていて、半押しなどの操作はなく、iPhoneの重力センサーを利用し、カメラを向けて静止したときを撮影時として中央にしばらくの間枠が表示されてフォーカスさせる。向けたまま画面の他のところをタップするとそちらにフォーカスがあう。
で、これは iPhone用光学8倍アダプターレンズ。
ズームではなく単焦点。3mから無限大までフォーカスが調節できる。
iPhoneに三脚ネジ穴はないので専用のケース(普段も使える)にアタッチメントを付け、三脚に付ける。
レンズは長さ7cm、わずか48gなので付属の簡易三脚(ちゃんとした三脚ももちろん使える)をいれても120g。
自宅の上階に上がって近所の鎌倉文学館を撮ってみる。
直線距離で450m。
画質が、露出がなどシビアなことは関係なく、4,000円弱で iPhoneのカメラをおもちゃのように遊べるのが楽しい。
12 28, 2009 33. iPhoneの愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
この間あまり庭をじっくり見て回れなかった。
目薬をさして滲んだ視界でぼんやり眺めていると白いものが目に入ってくる。
よく見ると侘助の花が咲き始め。
冬花で一番好きなもの。
侘助の過去記事:
今朝のおはよう-177 侘助(2008年12月24日)
今朝のおはよう-203 侘助(2009年04月05日)
12 26, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
母の四十九日(七七忌)法要と納骨を腰越満福寺で。
仏教では宗派によっていろいろバリエーションはあるが、人は死ぬとその霊は四十九日間現世とあの世(幽界)との間をさまよっているとされる。
つまりまだ「来世」は決まらず「成仏」はできない。
どこへでも行けるようだが、たいていは家の中とか近くに留まっているらしい。
Micが天井の方の一点を凝視したりしていたのは老母の霊を見ていたのだろう。
しかし七日ごとに閻魔庁の取り調べが七回もあり、現世での行いが裁かれ、罪が重ければ地獄に落とされる。
ただし人々による法要の声が聞き届けられると罪は許される。
この間、さまよっていた霊魂も徐々に己の死を受け入れる(残された人々も)。
七日に一度、七回の審判を経た霊は家を離れ成仏する。
何年か前に母が植えた庭の水仙が今冬も次々に咲いている。
冬 花 を 懐 し む ら む 七 七 忌
12 20, 2009 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
メタボだなんだ健康に気を付けなくっちゃ、などと一億総強迫観念に陥っているうちに、かつて「成人病」と呼ばれていたものは、いかにも個人の自己責任の生活態度のせいだというような「生活習慣病」と名を変えられ、この国はいつの間にかナチスばりの「健康ファッショ帝国」になった。
なにしろ今では「健康は国民の義務」などという憲法違反の法律(「健康増進法」)がまかり通っている。
たばこ増税も「国民の健康増進のため」になされる。
ざけんじゃないよ、
公共福祉としての医療費の削減のため、取りやすい所から取るという志の低さは見え見えではないか。
国家が個人の「健康」だのに干渉、管理しようとするときにろくなことはない。
そもそもヒトは誰でもなんらかの「病」とともに生きている存在だ。
「健康」と「病」を法律で判別しうるような境界などない。
参考:
『健康帝国ナチス』(ロバート・N・プロクター / 宮崎尊訳 / 草思社)
『タバコの歴史』(上野堅實 / 大修館書店)
『麻薬の文化史―女神の贈り物』(D.C.A.ヒルマン / 森夏樹訳 / 青土社)
『現代たばこ戦争』(伊佐山芳郎 / 岩波新書)
『健康不安社会を生きる』(飯島裕一・編著 / 岩波新書)
『禁煙ファシズムと戦う』(小谷野敦・編 / ベスト新書)
12 13, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
「日米同盟の重要さ」など民主党政府もTV・新聞もうるさい。
NHKをつけっぱなしにしていたりすると、定時のニュースのたびに同じ文言が繰り返される。
「対米従属関係」「沖縄密約」というのはあるだろうが「日米同盟」などというものはそもそも存在しない。
法的にあるのは「日米安全保障条約」という軍事条約。
50年以上に渡る外国軍隊の軍事基地運営、駐留、優遇措置というのは世界の近現代史の主権国家で他に例を見ない。
アメリカ帝国の没落はもう世界史的な必然だ。
オバマはたとえば増派したアフガニスタンであがきながらそれを見届けるだけの存在に過ぎない。
ノーベル平和賞などちゃんちゃらおかしい。
すっかり紅葉を落とした庭のハゼ残葉。
12 13, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
就職活動(シューカツ)の相談と課題制作のために学生が鎌倉に来る。
3年生、21歳、シューカツ中。
最寄り駅には時間通りに来た。
電話でそこからの来方を指示する。「駅を出て左に20m、十字路を右へ」という簡単なこと。
みごとに間違え、十字路を左にずんずん行ってしまっている。「え〜、わかんないですよ〜」
どこが。
面接以前。
2回目は鎌倉駅改札口で待ち合わせ。今度は寒風のなか15分待たされた。
携帯に何度も連絡したんですけど〜。
携帯で連絡すればなんとでもなると思っている(私はわざと携帯を持っていかなかった)。
面接以前にアウト。
いろいろ話していると出てくる言い回し。
「〜って〜じゃないですかぁ」
お前、自分の偏狭な考えを押し付けるようなその言い方は面接での第一の禁句だよ。
こちらが何か言うたびに「そうなんですかぁ?」という。
本人は口癖のようにほとんど無意識に発している。
無知を自己表明するのはいいけれど、こちらがこうだと言っているのにいちいち「そうなんですか?」はやめろよ。
ひょっとしたらこれらは普段仲間うちで使っている「〜じゃん?」「マジ?」などを「丁寧語」にしているつもりか。
いろいろ具体的に指摘すると、
「先生って細かいことを根に持つタイプですかぁ?」
「あのなぁお前………」
写真は笹目の路地で。
12 11, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
白 雲 の 空 行 く 果 や 花 紅 葉
私の父方の曽祖父、高味友三郎の辞世の句。
友三郎は、芭蕉門下、美濃正風俳諧獅子門(美濃派)の第19世宗匠の俳人で出身にちなみ石田宗匠と呼ばれた。
芭蕉の没後、蕉門十哲と呼ばれる門人たちを中心にその俳諧の道が受け継がれる。
※参考:『芭蕉の門人』(堀切実 ・岩波新書)
主として、京、江戸などの都市で風雅をテーマとした都会派と、諸国を行脚して蕉風を伝え、身近な生活に根ざした素朴な句を旨とするローカル派に分かれた。
ローカル派では美濃出身の各務支考(かがみしこう)を祖とする一派がもっとも精力的で美濃派と呼ばれる。
友三郎は幕末、慶応3(1864)年に、木曽川と揖斐川、長良川が合流する洲にある美濃国中島郡石田村(現・岐阜県羽島市下中町石田)というところの農家の一人息子として生まれた。
ここは、私が小学生の頃、祖父に連れられて毎夏滞在し、木曽川で泳ぎ、堤の蛍やザリガニ、鮒釣りを楽しんだ。
友三郎は腕白小僧だったが、幼少時から書を好み、在の願照寺という寺の、東本願寺でも高名だった和尚に可愛いがわれ、漢書素読等を早くから学び、16歳で村の学校の塾頭を務める。
その後、鉄道技師としての仕事をしながら、近隣初めての青年団を組織したり、請われて村長を務めたり、俳諧、書画、篆刻、弓道、舞踊等に勤しんだようだ。
大正8(1919)年、美濃派第19世宗匠を継承(芭蕉を一世、支考を二世とする)。
昭和14(1939)年に没したから私は直接は知らない。
長い白顎髭に宗匠頭巾と杖、まるで芭蕉の旅姿のような写真がどこかに残っている。
12 10, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
デザインはすでに頭のなかで明解であり、一日で済むと思っていた印刷データ作成がもたれにもたれ、4日間も断続的な仮眠しかとれない状態が続いた。
もう半年になる角膜の患いはまだ治っておらず、これまでで最悪の状況に。
明日眼医者の診察予定なのだが、急にずいぶん悪化しましたね、といわれるのが目に浮かぶ。
あれ「目に浮かぶ」はこの場合おかしいな。「目に見えている」もか。
私は四六時中コンピュータに向かっているが、別に作業をしているわけではなく、考え、メモり、まとめ、文章を書いているので、目を酷使しているわけではない。
画面を注視するのは、瞬間的、短時間しかしておらず、指はそれとは関係なく自動的に動いているというのが普通。
私は若い頃から意識的に訓練してきたので、A4、1枚くらいの分量のテキストだったら、文章など追わず、2,3秒で内容、脈絡が「わかる」。
それだけで80字に要約せよといわれても、ぴったりの文字数ですぐ記せる。
「速読法」などというしゃらくさいものではない。
イメージ人間ではなく、文字ことば人間だから、画面を瞬間的に写真のように頭の中にコピーして理解しているわけではなく、3つから10くらいのキーワードとその文脈、論旨の脈絡・コンテクストを一瞥で読み取っている。
といっても、そのテーマに関して関心と知識、考えを持っていないとこういうことはできない。
なにか引っかかるものでもないかぎりそれ以上「読む」ということはない。
で、コンピュータ画面を見ているといってもふだんは目が疲れるというほどのことはない。
ところが印刷データの制作ということになると、ずっと注意を払って見ていないといけない。
ミスはもちろん、誤字脱字から組版、画像、ファイル処理、コンピュータが自動的に処理したものの補正とか色々あるので気は抜けない。
最近のMacOSやソフトバージョンアップは、より便利なよう快適なよう、と求めるあまり勝手なふるまいが多く、ふだんは気にならないが作業的なことに集中していると苛立つ。
ウインドウ内の表示位置を勝手に変えたり、ツールが切り替わったり、やたらメニューや吹き出しが出たり、ポインターをちょっと動かしただけでビットまで見えるところまで拡大などするなよ(やりたい人向けにはオプション設定にすればいいじゃないか)。
私のような人間は、ルーチンをなぞっているわけではまったくなく、ある目的意識(これはプロの将棋の指し手と同じで、その先何を意図しているかは多様に分かれる)を持って対しているのだ。
ある目的を持って操作する、そうしたらそれに対してコンピュータはきちんとシンプルに応えるだけでいい。
Apple、Macでさえ、ユーザーインターフェイスの基本を忘れた方向にどんどんいっている。
全部揃ったというのでうっかり安心していたら、たった400字ほどの訂正テキストを送ってくるのに、Excelデータが添付され、あろうことかこちらの知らないパスワードで保護されている。
はい、あたしゃ吠えましたよ、深夜の部屋で狼のように。
Micが驚いて飛び出してきたけれど。
おかげで、使う予定の期日に間にあるようには入稿できなくなった。
入稿間際のデスパレートな状況は数えきれないほど経験してきたが、こんなのは初めてだ。
こうした後味の悪いボランティア仕事はもうやらない。
写真は佐助の小道で。
紅 葉 に 白 壁 ま ぶ し 患 い 目
12 9, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
Surfstyle Cafe、Day's Kamakura、そして Il Birraio になっても、Micはこのテラスが大好き。
12 4, 2009 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
朝NHK-BSでオバマのアフガン増派の弁を聴く。チェンジといいながら相変わらずのアメリカ流対テロ戦争の論理。
NHK受信料の公正のためうんぬんとかいうじゃまな表示が出っぱなしになる。
表記されている番号に電話。
てっきり音声ガイダンスだと思っていたらいきなり生身の応答。
B-CASカード番号まではいいとして、郵便番号、住所、建物名、氏名、などくどくど聞き始める。
豊川悦司モードになる。
「タカミのタカは高い低いの高でよろしかったでしょうか?」
「今だってそうさ」
「は?」
「世帯主さまでいらっしゃいますか?」
「NHKにいう筋合いはないよ」
「は……、しばらくお待ちくださいませ…」
「契約しているのになぜこんなことをやらなくちゃならないわけ?」
「あ、さようでございますか。いつもありがとうございます。ただ今表示を消す作業をいたしますので」
なにこれ。たとえやるとしても、始めに契約の有無を確認するのが順序だろうが。
1,500万世帯のNHK-BS契約者+未契約視聴者がこれからこの手のやりとりをしなくてはならない(画面5分の1ほどの表示をがまんすれば別だが)。
この膨大な応対の人件費、通信費はいったいいくらかかってどこから出るのよ、NHKさん?
こんなことを始めた責任者は誰?
蓮舫呼ぶか。
12 2, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)