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2009年09月06日

『写真集 土門拳の早稲田1937』

写真家・土門拳(1909-90)の初めての写真集とよばれるものの復刊(講談社)。

土門は横浜の高校卒業後、倉庫人夫をしたり住み込み書生をしたり夜学に通ったり農民運動に加わったりと24歳まで青春の彷徨を続ける。

写真館の門下生となるが決まり切った撮影に飽きたらず、1935(昭和10)年、26歳のとき、名取洋之助が主宰する「日本工房」を訪ね採用される。
日本工房は対外グラフ誌『NIPPON』を中心に制作していた。

ここで図案家(デザイナー)であった熊田五郎(のちの画家・千佳慕)と意気投合し、早稲田の学生アルバム委員の、ありきたりなものは作りたくないという意向も受け、いつもダメ出しされ泣かされていた師の名取がベルリンオリンピックのため長期外遊していた間に、熊田がやっちゃえ、これを拳ちゃんの最初の写真集にしよう、といって作られたのが土門拳28歳のときのこのアルバム。

撮影はすべて「ライカIII型」で行われた(レンズはエルマア5cm、ズマアル5cm、ヘクトオル7.3cm、エルマア3.5cm、エルマア13.5cmの5種)

元のものの奥付には、制作:日本工房、編輯・撮影:土門拳、装幀・構成:熊田五郎、マネージメント:信田富夫とある。
戦後、熊田は熊田千佳慕として画家になり、『昆虫記』等をあらわして先月没した。信田富夫はライトパブリシテイを起こす。


このアルバムは今見ても卒業アルバムあるいは写真集として秀逸であり、関係ない人が見ても楽しい。

教授陣はさすがに重厚な表情だが、いわゆる肖像画のようではない。詰め襟、学帽の学生たちがキャンパスや街を颯爽と闊歩し、また学業にはげむ姿、街に繰り出しての愉しみ、撞球(ビリヤード)、麻雀、スポーツの躍動、由比ガ浜でのスナップ、下宿での語らい、弦楽五重奏を奏でる姿、なにかお金持ちの学生の書斎の電蓄でベエトーヴェンに聴き入る学生たち…

1ページ1枚を基本としてホワイトスペースをバランスよくとった熊田のシンプルなレイアウトも好ましい。

新宿「碇萬年」の云わずと知れた呑んべえグループ、とある。

早稲田「山書店」(左)、早稲田「丸善」(右)

キャプションに「読書 坂井君」(左)「論文 内野君」(右)
「この二頁は学生生活の中心課題であるべき "学問する" と云うことの集中的場面として特に両君に撮らせて戴いたものである。そして両君を選んだことについては何人も異議のないところと信ずる」

坂井君とは矢内原忠雄遺稿集を編纂し、またベトナム戦争初期にこれは反共の戦いではなく、帝国主義に対する民族解放闘争だと喝破したジャーナリストでもあった坂井基始良(きしろう)。

内野君は、内野茂樹(1911-63)。アメリカ新聞史、マスコミ論を研究し、早稲田に新聞学科ができると教授として教鞭をとった。


このアルバムが作られた1937(昭和12)年は、7月7日、日本軍が盧溝橋事件をでっちあげ、中国への全面侵略戦争を始めた年でもあった。

9 6, 2009 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 |

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