今朝のおはよう-218 桜桃(サクランボ)
4 30, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
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4日ほど前から、Micが鼻をブヒブヒさせる症状がだんだん頻繁になってきた。
夜中にもおき、とても苦しそうでよく眠れない様子。
ご近所、おおいし動物病院に連れていき、行く直前に撮った発作を LEICA D-LUX 4 で撮ったムービーで見てもらう。
肺や喉に聴診でも異常なく、鼻に異物が入っていないかレントゲンを撮る。
右は健康なビーグルのもの。左がMic。
サンプルよりきれい。
Micのもの。
右の写真真ん中に鼻骨があり、左右が鼻孔で、なにか石のようなものがつまっていたりすると白く写るが、黒くて何も異常無し。
大石医師によると、犬には普通のクシャミのほかに、吸い込んでしまう「逆クシャミ」というのがみられ、逆クシャミの場合、鼻をブーブーさせることになってしまうという。
しかし、これは生理現象なので心配はなく、経過を見守ることに。
4 30, 2009 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今回の豚インフルエンザは、ヒトからヒトへ感染することが確認され、WHO新型インフルエンザ流行段階区分で、流行危険期「フェイズ4」になった。
ウイルスとはなにか、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)から要約ー
科学者に限らず、普通の人々も、細胞や病原体というものは、なにか柔らかくウエットで、とりとめもない形をし、ひとつひとつが微妙に異なり、何かを摂り込んだり出したり、分裂して増殖したりするものとしてイメージしている。
しかし電子顕微鏡で捉えられたウイルスの像はこうしたものとはまったく違っていた。
「それはちょうどエッシャーの描く造形のように、優れて幾何学的な美しさをもっていた。あるものは正二十面体の如き多角立方体、あるものは繭状のユニットがらせん状に積み重なった構造体、またあるものは無人火星探査機のようなメカニカルな構成。そして同じ種類のウイルスはまったく同じ形をしていた」。
ウイルスは、栄養を摂取することはない。呼吸もしないし、老廃物を出すこともない。つまり生命の根幹であるはずの代謝活動をいっさいしない。
精製、濃縮すると「結晶」化さえする、鉱物と同じ「物質」なのだ。
しかしウイルスは単なる物質と異なる唯一かつ最大の特性を持っている。
ウイルスは自己複製能力を有しているのだ。この能力は核酸(DNAもしくはRNAのどちらか)という分子の力による。
自己を複製するといってもウイルスは単独では何もできない。
他の細胞に寄生することを通じてのみ複製できる。
ウイルスの複製の過程は、まるでハリウッドのエイリアン来襲パニック映画のようだ。
感染者の咳やくしゃみ、手で触って付着するなど、なんらかのプロセスで寄生体、たとえばヒトの気管支、咽喉、鼻粘膜などの細胞の表面に付着したウイルスは、それまでのメカニカルな鉱物的様相を替え、細胞の内部に向かって自身のDNAを注入する。
「そのDNAには、ウイルスを構築するのに必要な情報が書き込まれている。宿主細胞は何も知らず、その外来DNAを自分の一部だと勘違いして複製を行なう一方、DNA情報をもとにせっせとウイルスの部材を作り出す。細胞内でそれらが再構成されて次々とウイルスが生産される」。
やがて(潜伏期間を経て)……
細胞内で増殖したウイルスは、細胞膜を破壊してなだれをうって外へ飛び出し別の細胞に取り付く……
写真はA型インフルエンザウイルスの電子顕微鏡画像(Wikipediaより)
4 28, 2009 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
豚インフルエンザ患者の発生マップ niman(Biomedical Research、Pittsburgh)がGoogleMapを使って作成
鳥を遠源として豚にうつり、豚からヒトへ、そしてヒトからヒトへ感染するようになった「豚インフルエンザ」が世界的な大流行(パンデミック)になる危険を強めている。
これはウイルスの一種が原因となる。
ウイルスとはなんなのだろうか、その発見史を福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)から要約ー
19世紀、タバコモザイク病と呼ばれる病害が各地のタバコ栽培農家を襲った。
タバコの葉に黒いモザイク状の斑点ができ、商品にならなくなる。
この病気にかかった葉をすりつぶして健康な葉に塗ると、やがてその葉にもモザイク病が発生した。
ということは、病気を伝染する何らかの病原体が存在するはずだ。
しかし当時の光学顕微鏡でいくら調べても、赤痢菌や大腸菌に類するような微生物はまったく発見できなかった。
1890年代、ロシアの科学者ディミトリ・イワノフスキーは、この病原体の大きさを調べてみようと思い立つ。
彼が使ったのは素焼きの陶板。つまり植木鉢のかけらのようなもの。陶板には編目状に微小な穴が入り組んだ形で無数にあいている。だから日常経験的にわかるように、水をたらすと、水はこの細かい穴に滲み通り、やがて反対側に滲み出てくる。
大腸菌や赤痢菌のような単細胞微生物のサイズは、どんなに小さくても直径1〜数マイクロメートル(1マイクロメートルは1/1000ミリ)。素焼きの陶板の穴はこの1/5から1/10以下でずっと小さいし、しかも複雑に入り組んでいる。
それまで発見されていたような単細胞微生物(病原体)がくぐりぬけることは絶対に不可能なはず。
イワノフスキーはタバコモザイク病にかかった葉の抽出液を陶板で濾過してみた。
反対側から滲み出てきた液には病原体は存在しえないともちろん予測している。
ところが、信じがたいことに、滲み出てきた病原体を濾過したに違いないと予想した液を塗った葉はモザイク病を発症したのだ。
つまり、単細胞微生物の十分の一以下の、当時の光学顕微鏡ではとても見ることのできないような極小の病原体が世界には存在しているということの証明だった。
オランダのマルティヌス・ベイエリンクもタバコモザイク病を研究し、細菌とは異なる微小な感染粒子の存在を提言した。
ウイルスの発見だった。
ウイルスは単細胞生物よりずっと小さい。
どのくらい小さいかというと、大腸菌をラグビーボールとすれば、ウイルスはピンポン球かパチンコ玉程度。
ウイルスを「見る」ことができるようになったのは、光学式顕微鏡より10倍から100倍の倍率を実現した電子顕微鏡が開発された1930年代を待たねばならない。
関連過去記事:
強毒性新型インフルエンザの脅威『H5N1』(岡田晴恵)
4 28, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
料理家であり随筆家である辰巳芳子さんは、ずっと「人はなぜ食さねばならぬのか」を考え続けてきた。
そして、食するということは「呼吸と等しく生命の仕組みに組み込まれている」と考えるようになる。
しかしそれ以上の「生命の仕組み」については「一歩も迫ることは不可能」だった。
辰巳さんは、食に携わりながら、その根源について何にもわかっていない、と自戒する。
BSEやアメリカからの牛肉輸入問題のなかで、分子生物学者、福岡伸一さんが著した『もう牛を食べても安心か』(2004/文春新書)の 「私たちはなぜ食べ続けるのか」で述べられているルドルフ・シェーンハイマーが1937年に打ち出した「身体の動的平衡」という学説とそれを継承発展させた解説を読んだときのことを辰巳さんは「この解明に出あったときの感動は、人は年齢を超えて、高揚する実感であった」と記している。
「自戒は大切にした。大切にしていないと答えを見逃すから」という「積年の緊張」でもあったこころの姿勢が、必然的にこの深い出会いにつながったのだろう。
この書の中の「食べることは、他のいのちとつながること〜福岡伸一先生との対談から〜」の章は、「食」と「いのち」と「世界」の関係についてのもっとも平明かつ美しく感動的な解き明かし。
この間、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)『生命と食』(岩波ブックレット)『動的平衡』(木楽舎)などで私も深く啓発され続けている福岡さんと、尊敬する辰巳さんとの出会いと共鳴が本当にうれしい。
過去記事:
砂の城ー『生物と無生物のあいだ』
小石と貝殻ー『生物と無生物のあいだ』
玄米スープ
辰巳芳子『あなたのためにーいのちを支えるスープ』
辰巳芳子さん考案の「スーパーミール」
今朝のおはよう-71 大豆の発芽
4 25, 2009 14.読書三昧, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
3月の初めに急性胃腸炎と診断され、ほぼ断食状態を経て、玄米、菜食中心に食生活を切り替えて2ヶ月近くなる。
主として食べるのは、玄米雑穀、全粒粉パン、豆腐、豆乳など大豆製品、豆・芋・根菜類、野菜、昆布、わかめなどの海藻、梅干し番茶など。
油はオリーブオイル、ごま油、サラダオイル。
動物性というと、魚と、卵とバターを少しくらい。
チーズは食べるが、牛乳は受け付けなくなり、もっぱら豆乳。
特に肉類を食べたいとはあまり思わない。
しかし一日に食べる量は、たぶん以前に比べて5割増ほど。
麻心のシンさんによると、そういう食生活を続けると、体重も一度落ちるところまで落ち、それから回復していくという。
たしかに、1ヶ月ほどで、56Kgあった体重が、高校時代以来最低の53Kgまでになり、体脂肪率などは、12%から5%(超アスリート並み?)まで下がった(今では55Kg、6.5%)。
腸をはじめ長年の老廃物が出されて動きが活発になり、肝臓や腎臓などへの負担も減っているのだろう。
辰巳芳子さんが注釈を付けて復刊した、お母さんの辰巳浜子さんが書かれた『娘につたえる私の味』(文藝春秋刊)を読むと、日本という風土のなかで、在の旬の素材を食べて生きて来た人々の食の工夫の積み重ねは、戦後わずか六十数年のアメリカナイズなどよりはるかに強く重く、合理的でもあり、持続的な力を持っているものだとあらためて感嘆する。
今後もこの方向を目指したい。
4 25, 2009 14.読書三昧, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
きょうから3日間、第4回目になる「鎌倉路地フェスタ」。
市内25カ所で、地元のアーティスト、クラフツマンたちの展示やワークショップ、フード関連の催し、パフォーマンスなどなど盛りだくさん。
Partnerも「鎌倉美学 ワークショップサロン」というのを手伝っていて、この間なにやらいろいろ試作し、料理を作っている。
4 24, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 25.My Ex Partner | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4 24, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
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レモンバームのこんもりした大きな葉の上がお気に入りな場所なのだが、今日はちょっと冒険してパセリの森に登って。
もう7センチほどになったので、ぼくベイビィちゃう。
わかったよ。
で、チョロリージュニアに改名。
4 23, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新入生向けの授業「イメージと文字」は、コンピュータで写真やイラストと文字をどのように扱うかの基礎を教えるのだが、デザインするということはどういうことかを学んでもらうものでもあり、また、学ぶ方法を学ぶという授業でもあり、さらに共通のテーマとして設定した「食」ということを考える授業でもある。
今日は、ドキュメンタリー映画『いのちの食べかた』(原題:OUR DAILY BREAD・監督:ニコラウス・ゲイハルダー / 2005)を見せる。
過去記事:
『いのちの食べかた』を観る
『いのちの食べかた』(森達也)
感想を書かせる課題を出しているのだが、どのように受けとめてくれたか。
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4 22, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
白線のギャラリーに展示されていた白線のロゴも制作した長井健太郎さんの世界地図による十二支。
縮尺比は同じまま、配置や角度を変えて制作。
長井さんには同じように世界地図を使ってドクロを描いた「WAR SKULL」という作品もありTシャツになっている。
Japanese Designers Project Tshirts Store
グラフレックス ディレクションズ
4 20, 2009 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
卒業生どうしカップルと生後一ヶ月の女の子。
もみじの若葉のような手と母似のぱっちりした目が可愛い。
「存」という字で「ある」ちゃん。
「存」という漢字には「ある」という読みがちゃんとあり、存在、生存、共存に通じていい名だ。
最近授業の出欠をとるとき、漢字だけ見ていたのでは読みや性別がわからない名前が多い。
今の私の授業クラスにも、たとえば「樹生」で「みのり」(男)、「思夢」で「ことむ」(女)など。
漢字で覚えると読みが思い出せず、読みから覚えると漢字が浮かばない。
週刊文春に「先生が名前を呼べない子供たち」という記事が出ていた。小中学校や小児科医などに取材している。
最近多くなった読めない名前の傾向はー
音の響きやイメージに無理に当て字をする。しかも元の漢字の音、訓の慣用とはかけ離れている。
「愛声」で「あのん」(女)、「心望音」で「みくり」(男)…。
育児情報誌「たまひよ」などが「国際的に通用するような名を」とか「できるだけ個性的で目立つ名を」などとあおる。
女子の名としてナベ、カマやスエ、トメ(これで子供は終わり)などが普通だった明治時代に、ドイツ留学帰りの森林太郎(鷗外)は娘に茉莉、息子に於菟や類など、マリー、オットー、ルイなどに通じる西洋風な名を付けた。
しかし、聖書に出てくる「ルカ」や「ノア」はむろん男子名だが、日本では女子名に使われ、女子名「ケイト」が男に使われたりする滅茶苦茶さで「国際的に通用」するか?
「天使」を「ミカエル」と読ませるのはあんまりだ(これじゃガブリエルという読みだってできる)。
万葉仮名風の一音一漢字のものも多い。
「樹里亜菜(ジュリアナ)」はお立ち台世代がママ? 「阿羅紫(あらし)」は元暴走族か格闘技好き系?
キャラクター、アニメ系も増えている。
「剣」で「ぶれいど」、「清文」で「セブン」、「宙夢」で「ラム」、「星鈴」で「きらり」、「美衣」で「ミニー」だそうで唖然とする。
ひらがな、カタカナの名は問題ない。
しかし、漢字がからんだとたんに無秩序になる。
人名に使える漢字は、たびたび問題になるが制限されている。しかし読み方に関する戸籍法の規定がないので、なんでもありになる状況なのだ。
なんでもありはいいだろう。しかし、名前は生涯にわたってその人に付いてまわる社会的なアイデンティファイの記し。
かわいい、個性的、目立てばいい、話の種になる、などと付けられた名前のおかげで、自己紹介するたびに説明責任を一生負わされる子どもの立場も考えた方がいい。
「英雄(ひいろ)」「強音(ふぉるて)」「美海(まりん)」「沙風(さあふぁ)」「強運(らっきぃ)」などという名をそのうち出欠でとらなくてはならないのか。
4 19, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
私は「右手に『朝日ジャーナル』、左手に『少年マガジン』」の世代。
創刊から50年。
1959年創刊時(『少年マガジン』『少年サンデー』の創刊年でもある)は小学生だから知らなかったが、高校生時代から1992年終巻号まで30年近く毎号読んでいた(最後の下村満子編集長時代は辟易していたが)。
丸山眞男、加藤周一、竹内好、吉本隆明、鶴見俊輔、小田実、開高健、等戦後日本を代表する知識人たちが論陣をはり、報道的にも60年代後半のベトナム反戦、若者たちの異議申し立てなどの世界共時の動きをよく伝えた。
週刊朝日を編集しながらこの緊急増刊として発刊された『朝日ジャーナル 4.30』への想いは、巻頭、週刊朝日編集長、山口一臣の「風速計」にある通り、「この国への強い危機感」だ。
政治の機能不全はいうまでもないが、経済だけでなく社会システムとしての崩壊、そしてなにより若い世代がこの国の将来に希望を見いだせないこと。
「怒りの復活」「知の復権」が今のジャーナリスト精神不在の時代、なんとか足場を築くことを願う。
4 19, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
教え子であり、私の仕事の上や授業のアシストでのパートナーである斉藤慎次郎くんが、ウェブデザイン、音楽関係映像クリエイティブを中心業務とする会社を設立した。
(右・代表取締役斉藤慎次郎くん、左・同じく卒業生で取締役クリエイティブディレクター歸山(かえりやま)幸輔くん)
阿佐ヶ谷のパールセンター商店街からちょっと入ったところ。
スタイリッシュな内装を、学生たちも手伝いながらすべて自分たちで仕上げた。
スペースの8割ほどはレンタルギャラリー。
学生、卒業生たちの自主制作展示にもいい。
どうぞ使ってやって。
4 19, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4 18, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
旧鎌倉は相模湾に面し、後ろ三方を山に囲まれている。
城は築かなかったが頼朝はこの地形そのものを城塞化した。
三方の尾根道の一部は今ではガイドブックにも載っているハイキングコース(大仏・天園・祇園山)になっていて、ハイカーも多い。
二十年ほど前、佐助の尾根際に越して来て、裏の尾根に登ってみて思い立ち、ハイキングコースになっているところだけでなく、すべての支尾根を歩く計画を立てた。
明細地図や一万分の一地形図をもとに、二年がかりで、休みの日は旧鎌倉の尾根を歩いた。
歩くといってもある程度の路らしきものがあるところも、ほとんど獣路かというようなところもある。
しかし測量の人は必ず定期的に入っていて、各尾根の最高度地点には印が埋められている。
だからどこかに登り口はあるのでまず地形図上でアタリをつけそれを探す。
若い頃登山をずいぶんやっていたので、地形図の読み、ルートの見極め、急傾斜地の登降横断や迂回、薮こぎなどは慣れている。
長谷寺裏尾根のもうひとつ西のまったく人気の無い極楽寺の尾根を初めて歩く。
Micに「行け、偵察してこい」と命ずると、脱兎のごとくすっ飛んで行き(ビーグルはもともと兎狩りのための犬種だから「脱兎」に追いつかねばならないのだが)、やがて駆け戻って来て、「ウァン、前方異常無し、ヘッ、ヘッ」と報告する。
七里ケ浜から吹き上がり、樹間を通り尾根を越えていく陽春の風が爽やか。
4 17, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期が始まる。
年間を通して授業はあるが、担当している新入生相手の授業「イメージと文字」を私は特に好きで楽しんでやっている。
まだ皆入学したてなので、緊張し、しっかり出席し、私が言うことを聞き漏らすまいとしている。
この時期に、いかに学ぶ方法を学ぶか、と、まあいわゆるしつけ(大学生に対していまさらだが、年々幼稚化しているので)、習慣付け(自分なりにノートをとること、質問のしかた、その他授業を受ける上でのマナー等々)が一番重要。
この授業(4/13〜6/2)は(これに限らず私の授業は5年前からやっているのだが)ウェブ上ですべて公開:
09「イメージと文字」授業
4 14, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
芽キャベツを3株庭で育てていた。
上に陽を浴びて養分を送る本葉が拡がり、下の茎にいわゆる芽キャベツがつく。
Micにあぐあぐ本葉をかじられてしまった芽キャベツはその後どうなったか。
たったひとつ茎に残されていた芽キャベツは、なんと結球を解き、本葉のかわりに葉を広げ花芽を出したのだ。
本葉を少ししかかじられなかったものは、その中から新しい葉を出している。
人に供される芽キャベツの姿を放棄、あるいは拒否し、なんとか次の世代への花を咲かせ種を残そうとする生命の力に感動する。
4 9, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
庭にはニホンカナヘビとニホントカゲが何匹か暮らしている。
カナヘビ(カナヘビ科)という名は褐色でツヤがなく金属の鈍い色合いから。
ヘビといってもモミジのような可愛い足はある。
チョロチョロとけっこう動きが速いので、20cmほどのものを「チョロリーL」、15cmほどのを「チョロリーM」と名付けている(ニホントカゲの方はブルーが鮮やかに光り「ピカリン」と呼んでいる)。
「M」は「L」の後をよくチョロチョロついていく。夫婦のよう。
レモンバームの葉の上で、初めてみるわずか5cmたらずのカナヘビベイビィがひなたぼっこ。
「チョロリーL」と「M」の子どもか。
過去記事:
今朝のおはよう-2 ニホントカゲ 2006年06月30日
トカゲ眼 2006年06月20日
4 8, 2009 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
きのうBSのNHKを付けていたら、「ヒショータイ」などという聞き慣れないことばが耳に入ってきて画面は見ていないので一瞬なんのことかわからない。
NHK政治部員というのが、政府も自治体も万全の体制をとっているので、国民の皆さんは平静を保ち普段と変わらない生活をしてほしい、などということを言っており、ちょっと唖然として仕事の手を止める。
この物言い、立ち位置はもう戦時中の国策報道、大本営発表の垂れ流しと本質的に同じではないか。
その後すぐに今度は「ゴタンチ」などとまた耳で聞いているだけではすぐには分からないことば(戦前からの流れを汲む軍隊用語だろう)を繰り返している(これは後になって探知ミスではなく、情報の確認、判断、伝達ミスとわかる)。
しかし政府や防衛省の失態などとあげつらって、もっとしっかりしろなどと言っているうちに、「ミサイル防衛網」だの海外派兵などがなし崩しに拡大し、国民は慣らされていく。
4 5, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
私が住んでいる鎌倉長谷は、住所的には同じでも海辺から谷戸と尾根まで広がっている。
『鎌倉 海と山のある暮らし』(安西篤子・沢田重隆/絵・草思社)に描かれているような春の楽しみ、尾根筋に自生する山桜の美。
4 2, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)