『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー6
写真は『BLACK PANTHER - The Revolutionary Art of EMORY DOUGLAS』より
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。…万物は言によって成った。成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった。言のうちに命があった。」(ヨハネ福音書)
ことばの重要性
「デザイン学科に入ってくる若い人のなかで、ことばと文字の表現の重要性に気づいている人は少ない、というかほとんどいないね。」
ー 具体的にどんなことでしょう?
「高校の美術部や美大向け予備校では、どうしても色彩構成とかイラストレーションとかデッサンが中心になり、グラフィックデザインやビジュアルデザインのなかでは、ほんの少しの例外を除いて、ことばと文字表現(タイポグラフィ)がいかに死活的な役割を果たしているかは学ばない。」
「ロートレックの絵が、文字情報を含むことによって、それまでの絵画ではなく近代のデザインポスターになったことの歴史的意義やデザイン史的意味はちゃんと教えて欲しいね。」
ー ふむふむ。
「だから私がずっと新入生向けに受け持っている、今は《イメージと文字》と呼んでいる授業ではそのことを少しでも分かってほしいというのがかなり中心。
ポスター一枚にしても、ビジュアル、グラフィック面で九十パーセント成功していても、ことばと文字・タイポグラフィが適切でなければデザイン的に失敗なのだということを徹底的に指摘する。」
ー ああ、確かに美大に来る前に石膏とか静物デッサンを山ほどやってきた学生はいても、そういう文字の扱い方には慣れていないかもしれませんね。
「しかし、タイポグラフィ以前の《ことば》の問題は、単にことばについてのセンスやボキャブラリーというレベルの話ではなく、テーマについての思考、考察がどこまで深く届いているか、に関わるのでもっと難しい。」
「単に気の利いたキャッチフレーズを思いつくというような問題ではなく、対象やコンセプトとの関係に基づいた言語的営為だからね。」
ー 視覚化だけじゃなく言語化も必要なんですね。
「《ことばでのプレゼンテーション》を重視する向きも、あれこれ能書きを言わず制作物で勝負すべきという向きもあるよね。」
ー はい。
「それは場合によるだろうけれど、私は、一流のデザイナー、クリエイターは、自分の制作作品を、必要であればきちんとことばで説明、プレゼンテーションでき、また他の人の作品もことばで批評することができる、ということの方に組するね。」
ー 私はあまりイメージを言葉にするのは得意ではないですが、本当に理解するということは言葉にして言えることなのだと聞いたことがあります。
「そこで述べられるのは《好き》とか《嫌い》とかいうレベルの話ではなく、またビジュアル的・イメージ的な話だけではなく、ことば(われわれの多くの場合日本語)で考え抜いているからそれが可能だろうと思う。 」
ー インプットした情報を言葉にせよイメージにせよ、アウトプットするという行為自体、デザインなのかもしれませんね。そうおっしゃっている高味先生の言葉には説得力があります。私も精進します(笑)
ありがとうざいました。
2 20, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク
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