部分ハゲMic
1 31, 2009 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
韓国のSeung-Bin Cho社から出ているiPhone/iPod touch用アプリの歴史地図シリーズ「History: Maps of 〜」が私にはとてもおもしろい。
古地図、歴史地図は若い頃から大好きで、海外に行くときは常に世界史地図図録を携行しているが、今後はiPhoneで見ることができる。
現在、ヨーロッパ、U.S.、アメリカ、アフリカ、アジア、中東、オセアニアが次々にリリースされている。
各600円だが、ヨーロッパなどは400にもおよぶ高精細地図が収録されている。
写真は「History: Maps of Middle East(中東)」の部。
左上は1849年に刊行された古代パレスチナの地図。Gaza(ガザ)の名が見える。
左下は、1915年(第一次世界大戦中)にロンドンで刊行されたエルサレムの地図。
当時イギリスはオスマン帝国の支配下にあったパレスチナの地をアラブ人を焚き付けて反抗させ、戦後の支配権を狙っていた(「アラビアのロレンス」の時代)。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が隣り合う。
右は「イスラエル」の「建国」と占領拡大の歴史変遷地図。
日本の古地図・歴史地図もどこか作ってほしい。
1 30, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
Partnerともども風邪が治らない。もう3週間か。
ずいぶん久しぶりにナディア(鎌倉長谷)。
右側はワインバー「ボータン」。
相変わらず混んでいるが、シェフの原優子さんが丁寧に好みやワインの相談に乗ってくれる。
うずら豆、レンズ豆、白インゲン豆、スペルト小麦のスープ。
シコイワシのマリネ、キャベツの煮付け添え。
スパゲッティ、アラビアータ、トマト味。
ナディア過去記事:
1 29, 2009 05.私の好きな鎌倉の店・洋食 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
1 28, 2009 06.私の好きな鎌倉の店・その他, 10.美術工芸, 17.衣・ファッション, 25.My Ex Partner | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学教養人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学教養人文学部英語学科) 岡真理さんによる翻訳を転載:
ガザ市内の学校が再開されました。
学校再開は子どもたちにとって、喜びよりも、むしろ、級友たちを見舞った新たな悲しい物語に触れる機会になってしまいました。
2002年4月、イスラエル軍の一大侵攻を受け、徹底的に破壊されたジェニン難民キャンプで、数日前に再開されたばかりの国連の学校を訪れました。多くの子どもたちが、家を破壊され、肉親や友人や隣人が殺されるのをその目で見てしまっていました。
教科書はまだ、瓦礫の下です。
ジェニンの街の青年たちの有志のグループが、学校再開初日に、子どもたちにお芝居を見せに学校に行ったという話をそこで聞きました。
「今、子どもたちにいちばん必要なのは、笑いだと思ったから」と青年団の団長のサーミーは言いました。
いま、ガザの子どもたちが必要としているのも、傷ついた心を癒す「笑い」なのかもしれません。
ガザの子どもたちが笑顔を取り戻せるようにすることこそ、私たちの責務なのかもしれません。
(岡真理:京都大学大学院人間・環境学研究科准教授)
【メールその39】
日時: 2009年1月21日 (水) 14:14
件名: ガザのアル=クドゥス病院、イスラエル軍によって焼かれる
イスラエル軍によって焼かれたタル・エル=ハワー[地区]のアル=クドゥス病院(自宅から 2ブロック先)!
[10数枚の写真が添付されている。(予定):
以下から閲覧できる
ガザ侵攻第25日 (2009年1月21日 水曜)
皮肉なことだ。侵攻が終わったのだという。
イスラエルの戦車が持ち場から引き揚げていった。
言っておくが、侵攻は終わってなどいない。侵略者は今なおガザ地区の中にいるのだから。
再配備は撤退を意味しない! 続いて、取り決めのため、首脳会談が三つ開かれた! しかし、いったい何を取り決めるというのだ? 政治的な意味ではなく、人道的な意味でどうか、と問うているのだが。
私がとにかく気にかかっているのは民間人犠牲者であり、人命の損失だ!
あいにくどの国王も、大統領も、首長も、スルタン[イスラム教国の君主]も、国家の代表使節も、誰一人としてイスラエルによる人権侵害を敢えて口にしようとしない。民間人や住宅に対してイスラエルが白燐弾を無差別に用いたことも「見えなかった」のだ!
最大の損害のひとつが農業の営みが破壊されたことだ!
イスラエルは実に広範に農業地帯を破壊した。ガザ地区全域に比して、それは広大だ。軍事用ブルドーザーで木々を根こそぎにし、温室、作物、収穫物、井戸、灌漑網、電線、そして農地にあるほかのありとあらゆるものを破壊した。文字通り、その周りにあるありとあらゆるものだ! 奴らは家畜、食肉用動物に、鶏まで殺した! 土地の姿が変わってしまった! 小さな土地を仕切る垣根さえ破壊された! 農家の家までも粉々にされた! 農地は、私の掌のようにまっさらになってしまった!
イスラエルはガザ地区で暮らすパレスチナ人ことごとくを罰したのだ!
全体の損害のうち、およそ 50%が農地におけるものだと推定されている。
ありていに言えば、イスラエルの対ガザ戦争は、ガザ地区のありとあらゆる人々に対する無差別懲罰であったことがはっきりした!
それは、来るべき世代を殺害する措置だった。
何百人もの幼児や子どもたちが殺されて瓦礫の下に埋まった。
また、何百人もの女性が民家への狂気の爆撃で殺された!
イスラエルによる正当化や弁解はまったくもってばかげている。
国連[事務]総長がガザを訪問した。総長は UNRWAの学校で罪もない市民が非人道的な生活をしている状況を視察し、ジャバリーヤ[難民キャンプ]にある
アル=ファフーラの学校へも足を運んだ。イスラエルの戦車からの砲撃によって、避難していたパレスチナ人 67名が殺され、何十人もが負傷した場所だ! 事務総長は、自身の言葉でもってイスラエルを非難したか? だから何だ? ——私は本気で言っている。国連事務総長の訪問が何だという? 三つの首脳会談が中東地域で開かれたが、イスラエルによる人権侵害と戦争犯罪を非難する言葉は一言も口にされなかった!
ガザでは、今なお、同胞の死者を見つけようとする努力が続いている。
停戦後の最初の日、103体の遺体が瓦礫の下から発見された。その翌日にはさらに 26体。捜索はなお継続中だ。全家族が、人間性の地図から一掃されてしまったのだ! 一方、どうにか助かって生き残った人々に目を向ければ、保護を必要とする孤児が何十人もいることに気付かないわけにはいかない。いったいこれらの子どもたちを誰が面倒みるのか? 使える設備が何もなく、孤児のための正式な計画社会も何一つないというのに? ガザ地区には孤児院が一つだけあるが、寄付と善意の人に依存する貧乏な施設だ!
侵攻後 25日が過ぎ、戦闘行為が中断され停戦になったというのに、イスラエルの戦車がガザ地区の中央部に進攻し、2名を殺害した!
一方、昨日と今朝、イスラエルの軍艦から砲撃があった!
言うまでもないことだが、イスラエルの偵察機が複数、依然、頭上を低空飛行していて苛立たしい。そしてイスラエルの戦車も依然、ガザ地区の境界の内側で展開している!
【メールその40】
日時: 2009年1月24日 (土) 18:38
件名: 学校再開初日
ガザ市内の学校が再開された初日、生徒たちの負った精神的な傷跡が明るみに出てくることになった!
たとえば私の末の息子は学校に行きたがらなかった。イスラエルが新たに攻撃を仕掛けてくるかもしれないと言って恐がっているのだ。息子は、かって
治安警察があった複合ビルに対する F16の最初の奇襲攻撃を目撃した。そこで 5人の民間人(通りがかりの人だった)が即死した。うち 3人は、息子がスクールバスを待って立っていた場所からほんの数メートルのところで死んだのだった! 大丈夫だからと、学校側は今日一日まるまる遊びや演劇や生徒が純粋に楽しめるようなことだけに費やすつもりなのだからと、言ってはみたものの、息子を納得させるのは無理な相談だった。
ところで、12歳になる息子のカリームは、クラスの優秀者名簿の筆頭で、学校や先生たちのことが大好きだ!
その息子が学校から帰って、侵攻によって被害を受けた他の人々の話をいろいろ聞かせてくれた。どの生徒にもそれぞれの恐怖の話がある——誰もが
心に傷を負っている!
長男のハルドゥーンは 16歳で、アメリカ国籍も持っている。
ハルドゥーンによれば、生徒の一人が空襲で殺され、別の一人は手を負傷して病院に担ぎ込まれた、という。その男の子は病院に着くやいなや、手を切断された。学校はぞっとするような話で満ち、悲しみに沈んでいた。
17歳になる娘ソムードもアメリカ国籍を持っている。
ソムードは私と長い時間話し合った後、学校に行った。学校の再開初日のようすを行って見てくればどうか、大丈夫だから、と私は娘を説得したものだ。ところが学校で、娘は、イスラエル兵による拷問についての微にいり細を穿った話の数々を聞くことになったのだった! 娘が下校の道すがら歩いているとき、同級生が地面を強く蹴ったところ、砂が燃え上がった。爆弾の破片があったのだ。
イスラエル軍が撤退して 8日たった今でも、白燐弾が残っていて、ある条件のもとで発火するのだ!
昨夜は、この 30日以上のあいだで初めてよく眠れた。だが、子どもたちのことが今も心配だ。子どもたちのうち2人は依然、自分のベッドで眠ることができない。子どもたちがふつうの生活に戻れるよう、ケアし続けなければ。
1 28, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ウェブの気象情報サイトではウェザーニューズ社のサイトが圧倒的に優れていて、私も有料登録しているが、19日にiPhone3G/iPod touch用のアプリ「ウェザーニュース タッチ」がリリースされた(無料)。
ウェザーニューズ社は日本に本社を置き、世界15カ国・地域、32都市に展開する世界最大の気象情報会社。
iPhoneがまだFlashに対応していないため、コマ送りになるが、天気予報、雨雲レーダー、衛星の3つのチャンネルを持ち、ピンポイント設定も可(ただしこれが最初に出て来てほしい)。
サイトでは花粉情報もサポートしているのでこれからが楽しみ。
1 27, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
2月13日(金)〜15日(日)に開催される多摩美術大学上野毛デザイン展サイトがオープン。
詳細、展示作品などの情報は下記で:
1 25, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
日本のマスコミを含む外国メディアもガザ地区に入りこんだため、ガザの惨状とイスラエルの蛮行=戦争犯罪もようやく具体的に明らかになりつつある。
殺された人たちの数ではなく、一人ひとり名前と顔と人格と家族、親族と生活を持った人々の苦しみとして想像し続けよう。
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学教養人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学教養人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メールその38】
日時: 2009年1月19日 (月) 13:51
件名: 破壊されたガザから、ハロー!
2009年1月18日 (日) 侵攻23日目
ガザ停戦! これが停戦か? 疑わしいものだ!
今朝(2009年1月18日 日曜)、イスラエルは一方的停戦を発表した。
だが、実際には、イスラエルは衝突の前線で銃撃を続けている。
塀の反対側では何時間かたって、パレスチナの諸組織が停戦を宣言した。
その間も無人飛行機はガザ上空を立ち去ることなく、またF16はイスラエルによる停戦発表の 12時間後になってさえいくつかの建物を攻撃目標にした。
ほかのところでは救助作業が続いている。
今日になって、瓦礫の下、農地やゼイトゥーン地区の裏道、ガザ地区の北部、そしてイスラエル軍が攻撃し破壊した場所場所から、新たに100体を超える遺体が見つかった!
瓦礫や破壊された家の下から子どもをふくむ一家全員[の遺体]が発見された例もたくさんあった。
医療関係筋によると、今日、発見された死者の2割が身元不明だという!
発見された遺体のうち、17体は[身元の判別が不可能なほど]完全に腐乱が進んでいたため、ひとつの墓に埋葬された!
ゼイトゥーン地区の東部に住んでいたアル=サンモーニー家の一族も遺族になった。
攻撃の初期の頃、イスラエル人たちはこの一族の13人を殺した!
民間人の彼らは、白旗を掲げてその場を通過したかっただけなのに、撃たれ、殺されたのだ。
イスラエル兵たちはさらに、自宅にいた同じ一族の15人を殺害した!
今日、停戦が発効し、救助隊はまたも同じ一族の 21体の遺体を発見した!
この一族の50〜60人が侵攻のあいだにイスラエル兵に撃ち殺されたそうだ。
死者のなかには子どもも女性も老人もいる。
死者の数は1300を超えた。
こんなことをどうやって信じれば、理解すればいいと言うのか。ただただ呆然とするばかりだ! 何の罪もない市民が最大の代償を支払わされた、つまりその命で償わされたのだ!
これはジェノサイドだ!
ガザの社会全体が打ちひしがれている。
喪われた命の数々、圧倒的な破壊、荒廃、残骸、死傷者、壊滅のさまに!
農作地、農家やそのまわりのすべても甚大な被害に見舞われた!
欝になったり精神的外傷を負った人、あるいは激しく動揺したり悲しみに沈む市民はそこらじゅうにいる! まわりの[人々の]心理的状況に私の心はうち震える!
イスラエル兵が建物内部にまで侵入した住宅は、どこもかしこもめちゃくちゃにされた!
兵士はヘブライ語で「死ね」とか罵倒の言葉やダヴィデの星[*]を壁に落書きし、さらには聖なるコーランにまで落書きしていった。
[訳注*: ユダヤ教のシンボルでイスラエルの国旗にも用いられている六芒星形]
イスラエル人たちは今なおパレスチナ人の家庭に電話をかけ、お前たちに新たな罰を与えてやるぞと脅している!
午後にはイスラエルの航空機が反ハマースのビラをガザの西部に撒いた。
ばかげた行為だ。ガザの誰もが、イスラエルの有無を言わせぬテロリズム、つまり個人の政治的な帰属などおかまいなしにパレスチナ人を無差別に攻撃してくるテロリズムを体験してきたのだから。
これは、パレスチナ人という存在に対する全面的戦争にほかならない!
ビラを撒くなんて愚かな行為だ! ガザ地区のありとあらゆるところで市民を情け容赦なく攻撃し、膨大な数の負傷者を残し、途方もない数の命を奪ったそのあとで、こんなばかげたビラを撒いたところで心動かされる者は誰ひとりいなかった。
F16戦闘爆撃機で爆撃された市民に対して、こんな1枚の紙切れで何ができるというのだ。冗談もいい加減にしろ!
今晩のガザは、みなが息をひそめ、沈黙と予感のなかで時が過ぎている!
状況全体が、いつなんどき燃え上がり爆発しても不思議ではない!
イスラエルの戦車部隊が何か作戦を展開するのではないかという恐れもある。今まさに頭上で偵察機の飛ぶ音がする。
奴らは何もかも監視している! イスラエルはこれ以上何を攻撃目標にするというのだ? 純粋な疑問なのだが! ガザのいたるところに、いまだ語られていない恐怖の物語、破壊の物語、死の物語がある。ガザ市の 80%が依然、電気なしの状態で生活している。
侵攻24日目:
停戦が発効した翌日。イスラエルのF16が頭上を舞っている!
戦車部隊は今もガザ地区内部に。今朝、イスラエルの軍艦がガザ市のどこかを砲撃した。その音がはっきりと聞こえた!
ガザのインフラは無惨に破壊されている。
幸運なるかな、電気や水が手に入る者は。
ガザ市のへりに住む人々は電話が不通になっている。
瓦礫の山、不毛で荒れた土地に変わり果てた地域がいくつもある。
今日、アル=サンモーニー一族から遺体がさらに見つかった。
また、パレスチナ人医師の妻でウクライナ人のエリナ・エル=ジャルーの遺体も見つかった。その傍らにはエリナさんの子どもの一人も遺体で見つかった。一方、エリナさんの幼い娘さんはシファー病院の集中治療室にいるのが分かった。
報道によれば、この侵攻で5人の外国人が殺されたという。
1 25, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
これは2006年5月21日にアップした写真。
過日、テレビ東京「世界を変える100人の日本人」という番組の中で虹発生装置を発明した人たちを紹介するのだが、ブログの写真を使わせてほしいと制作会社からメールがあった。
いいですよ、といったが、昨夜8時から放映されることを忘れて観ていない。
1 24, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
葉山の南、秋谷にある五十嵐威暢先生のアトリエでの打ち合わせの帰り、葉山まで歩く。
途中にある「立石」。
波際近くに屹立する高さ12mほどの大岩。
初代安藤広重の版画「 相州三浦秋屋の里 」に描かれている。
『高野聖』『歌行燈』などを著わした泉鏡花が逗子に住んでいたときに書いた『草迷宮』という小説にもこの立石が描写されている。
大崩壊(おおくずれ)の巌(いわお)の膚(はだ)は、
春は紫に、夏は緑、
秋紅(くれない)に、冬は黄に、
藤を編み、蔦(つた)を絡(まと)い、
鼓子花(ひるがお)も咲き、
竜胆(りんどう)も咲き、
尾花が靡(なび)けば月も射す。
ただし、海際に迫っている山からの崩落ではなく、約2500万年前に海底に積み重なってできた地層が 固まり長い間波に削られ続けてこのような形になったもの、らしい。
晴れていれば富士を見渡せるのだが今日は見えない。
1 23, 2009 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
2月13日(金)〜15日(日)に、第17回多摩美術大学上野毛デザイン展が開催されます。
今年度の卒業制作作品、3年生の進級制作、コミュニケーションデザイン領域大学院生作品がいっせいに展示されるもの。
写真はデザイン展のDM。
黒板を模した図に描かれた今年のテーマタイトルは「E=Designの4乗」。
アインシュタインの特殊相対性原理の有名な関係式「E=mc2乗」(Eはエネルギー、mは質量、cは光速度)のもじり。
なぜ4乗かというと、現在の4年生は、ビジュアル、デジタル、プロダクト、スペースの4つのコミュニケーションデザイン専攻分野を持つため(現在の2年生からは「映像デザイン」分野が加わり5つになっている)。
4乗になった(?)作品の数々の「エネルギー」をぜひご覧になってください。
1 22, 2009 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
昨年11月に発売された『オバマ演説集』のCD(40万部も売れているという)をiPhoneに入れてずいぶん聴いた。
自己の出自から始め、たたみかけるようなレトリックを駆使した、よく通るバリトンの滑らかなアメリカンイングリッシュの、「One America」のスピーチ(演説)は、だみ声で妙な節回し、漢字もろくに読めない日本の首相の演説に比べればたしかに格調があり説得力があった。
しかし、今日の就任演説は過大な期待への牽制のようでインパクトにまったく欠ける。
「Change !」「Hope !」ー「Yes We Can !」は影をひそめ、いかにアメリカが危機のなかにあるかをひたすら訴える。
リンカーンを気取るオバマの「歴史的な就任演説」を求めていた数百万の人々には肩すかしだったろう。
注目すべきは、あげた外国の名前は「イラク」「アフガニスタン」であり、「過酷なパトロール任務」についている兵士たちへの賞賛だ。
かねてから「対テロ戦争」の主戦場はアフガニスタンであり、兵力を増強するというオバマとネオコンの戦略そのもの。
1 21, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラエルが「一方的停戦」を表明し、ハマスも「停戦」を発表。
盟友オバマの就任式に間に合うようイスラエルは軍の撤退を始めた。
ガザ地区の徹底的なインフラ破壊と子ども約400名を含む1300名以上のパレスチナ人の虐殺の後、いつでも再攻撃できる「権利」と封鎖と抑圧を維持したままの「停戦」であり、「一件落着」などでは断じてない。
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メールその32】
日時: 2009年1月12日 (月) 14:29
件名: 12日のガザ最新情報
みなさんの努力と支援に感謝している。
家族も私も無事だ。
昨夜、攻撃目標になった小児病院は、ガザ市東部にあるムハンマド・アル=ドゥッラ病院だ。またひとつ UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の学校が昨日、ハーン・ユーニスの町で、攻撃目標にされた。民間人こそ最大の被害者だ。
友人一家から今しがた聞いた話だ。引退した年配の元UNRWA職員の夫婦、アフメド・オスルフ(73歳)と妻のサミーラ(66歳)、そして娘のアリージュ(25歳)の一家で、あるアパートの8階に住んでいる。隣の建物からの激しい爆風で気付いた時には皆、床に叩きつけられていて、瓦礫がアパートのなかに散乱していたという!おかげで家はゆがむし、安全でもなくなった。
自分たちのアパートが安全でなくなってしまったので、彼らは家を出て隣のブロックの友人家族のところに泊まっている! ガザ市内の親戚や友人をたよって自宅アパートを出た家族があまりにも多い。
報道によれば、今日、7人が死亡した! 死者の数は 900人を超えた。
おおやけの報道やメディアでは触れられていないことだが、ガザの郊外に死体が何体も残されている。しかし、イスラエル軍支配下の地域にあるため誰もそこにたどりつけないのだ!
いつでもチャンスがあればまた書き送ります。
【メールその33】
日時: 2009年1月13日 (火) 11:14
件名: ガザ恐怖の夜
血まみれの夜だった!
昨晩またイスラエルの地上攻撃があった。
午前1時半頃に始まり、午前6時45分まで続いた。またもうちの地区だった。戦車やヘリコプターに加えて奴らは白リン弾も使用し、地区全体が煌々と照らし出された!
イスラエルは大工[の工房?]と家1軒のつごう2箇所を焼き、ほかの複数の場所に被害を与えた。昨晩の攻撃は、3日前に行われた最初の攻撃にもまして強烈だった! 救急車と消防車がようやく戦闘地域にたどり着けたのは午前7時、すべて終わってからだった!
人々は脅え、この地区全体からさらに多くの家族がガザ市内の別の地区へ避難していった。だが、結局のところ、どこに行くというのだ。どこもみな狙われ、爆撃されるのだ。昨晩、ガザ市北部では複数の軍艦が爆弾を発射、15階建てのビルを破壊した!アル=アンダルス・タワーというビルだ。
連中はガザ海岸にある夏のリゾート施設も攻撃し、焼き落とした!
アル=ジャジーラというところだった! どんなに控えめに言っても、地獄のような夜だったことは確かだ。夕べ、ガザで眠れた人間がいたとは思えない! 昨晩の死傷者数規模についてはまだ分からない! 恐ろしい状況だ!
【メールその34】
日時: 2009年1月13日 (火) 12:10
件名: どうやって世界にメール発信しているのか
ヨーロッパにいる友人の一人からメールで質問があった。こんな状況、絶えまない戦闘の只中で、どうやって電子メールを送っているのかと。
まず、かれこれ 15日間、電気がなく、飲み水もほとんどない状況におかれている。
携帯電話は壊れていて、わずかにショートメッセージを送れるくらいだ。電話線はずっと大丈夫だが、時折、不通になることはある。
この15日間、小さな発電機を使ってノートパソコンを動かしている。
3日前、電力会社が変圧器と電線を修繕したので、ふたたび電気が使えるようになった。私たちは階上の貯水槽に水を汲み上げられた! とはいえ、依然、よく繰り返し停電になる。2〜3時間、電気が使えるときもあれば、10時間かそれ以上、電気が通じることもある。このようにして電子メールを送っている。普段ならまったく考えられないことだが、とにかくあらゆる機会を見つけては世界に向けて発信することが、私にとって最優先事項となっている。
【メールその35】
日時: 2009年1月14日 (水) 01:16
件名: 今夜のガザ
ガザはたった今、午前 1時15分。今日は比較的静穏だったように思う! そう感じるというだけで、実際は、F16によるガザ市への空襲が複数回あり、またラファの国境地帯に対しても集中的な空襲があったのだが! まさに今、イスラエルの攻撃用ヘリがガザ市の南地区に照明弾を投下している! 人道面の状況は最悪に向かっている! 毎日、新たな日が訪れるたびに、死者の数も負傷者の数も、破壊被害の数々も都市部、農村部の両方で増加の一途をたどっている。
環境については言うまでもない。軍事作戦がやむと、間をおかず環境の危機が宣言されるだろう。また、農業はめちゃくちゃにされてしまった。何百台もの戦車や軍用車が畑を走り回り、イスラエル軍が作戦展開したいところは好き放題、どこもかしこも軍事用ブルドーザーが植物を踏み潰し木々を根こそぎにしている!
先のメールで、複数の UNRWAの学校が、家を失ったり戦闘を恐れて家を逃げ出したパレスチナ人の避難所になっていると伝えた。
今日、その文章を訂正したい。現在、パレスチナ人が暮らしている UNRWAの学校は33校。どの学校にも120家族がいる(先のメールでは 120人と書いたが、そうではなく)。UNRWAが毛布と一日3度の食事をこれらの避難家族に提供している。地元の NGOも複数、寄付をしている。
今日はまた、さらに何人かの外科医が病院で支援するためにガザに入ることを許された。一方、シファー病院の外科で何日も働いていたノルウェーの医療チーム(外科医2名)はガザを去った。
エジプト、ヨルダン、アルジェリア、サウジアラビア、スーダンからも医師が駆けつけている。スーダンのチームはスーダンの人々が献血してくれた血液バッグをもってガザに向かっている途中だ。
死者はおおよそ1000の命になり、負傷者は 4300人以上に達している!
死者のうち 331人が子ども、99人が女性だ。
遺体がいまだ瓦礫の下や戸外に残されている者たちは含まれていない。
たとえば今日、医療チームは攻撃初日に亡くなった人の遺体にようやくたどり着くことができた! ガザ市北部にあるジャバリーヤ難民キャンプ出身の 92歳の老人の遺体だ。老人は白旗を掲げていた!
家族全員の行方が知れない例、あるいは、行方不明、負傷、死亡と家族がばらばらになってしまった例がたくさんある。爆撃で身体に障害を負った子どもたちや女性の話にも事欠かない!
精神的ショックやトラウマで心理治療を必要とする者の話にも事欠かない!
通りの一本一本にたくさんの物語があり、どの家族にもいくつもの物語があるのだ!
【メールその36】
日時: 2009年1月14日 (水) 09:48
件名: ガザからグッド・モーニング
昨晩もヘリコプターと戦闘爆撃機 F16による監視行動と爆撃に何の変化も見られず、狙われたのは主に民間人の住居だった!
たとえば、アル=ナーセル地区では夕べ、少なくとも5軒の家がF16に攻撃された! そのうちの一軒は、ガザ・イスラーム大学(IUG)の渉外部職員の家だった。ゼイトゥーン地区でも住宅が攻撃目標にされた! 昨晩、F16のミサイルがシュイフ・ラドワーン墓地に着弾した! 奴らはあと、どこを破壊するつもりなんだ!
ある医者から聞いたのだが、何百人もの負傷者は二度と回復することもなければ、ふつうの暮らしに戻ることもないという!
私が見た一本のヴィデオに写っていたのは、両脚をひざの上から切断された15歳の少女、片脚しか残っていない少女、そしてほかの少女たち……。[病院の]外科手術室の数は限られ、使える設備も貧弱な中、保健衛生状況はどんどん悪化している。パレスチナ人の外科医を支援しにアラブ諸国といくつかのヨーロッパの国々から駆けつけた60〜70人の医師が助けになってくれているが、しかし、それでもなお、ガザにはいかなる治療も受けることができないでいる負傷者がいる……。また、13人の救急医療隊員が、勤務中に命を落とした。何台もの救急車が、負傷者を救出し遺体を運ぼうとしている最中に撃たれているのだ! ぜんぶ感嘆符つきだ!
【メールその37】
日時: 2009年1月15日 (木) 15:09
件名: ?
13時間におよぶ爆撃と襲撃のあと、自宅付近は完全にイスラエル陸軍の戦車部隊、歩兵部隊その他の完全な支配下におかれている。
狙撃兵たちが我が家の扉の外にいる。
1 20, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
穫り残しの庭のピーマン(今頃までなっていた)をテーブルに置いておいたらMicがパリパリ食べてしまう。
ふだん野菜と肉を煮たものと、おからを混ぜたものを食べさせてはいるが、生のピーマンは初めてのはず。
1 19, 2009 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
昨年末、南イスラエルの町をイスラエル軍ヘリコプターで訪問し、ロケット弾がいつ飛んでくるともわからない状況では、自分も娘たちを守るためなんでもするだろう、などとイスラエル支持の姿勢をあらわにしたオバマ次期米大統領と、シオニスト、ユダヤロビーメンバー、超タカ派が数多く入る新閣僚人事をみて、イスラエルは安心し、かねてからの計画通りガザ攻撃を始めたのだろう。
そしてハマスを「テロリスト集団」として位置づけるイスラエル・アメリカが、ハマスの政治的位置を認めることにつながるような「停戦合意」をするはずがなく、国際社会の批判をかわす体裁を見せながら蛮行と抑圧を継続するだろう。
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メール その29】
日時: 2009年1月6日 (火) 18:06
件名: UNRWAの学校に避難したパレスチナ人
何千人かのパレスチナ人がUNRWAの複数の学校に避難した。
そのうち40人が今日(2009年1月6日)、空からの攻撃で殺された!
【メール その30】
日時: 2009年1月8日 (木) 19:06
件名: ガザ攻撃13日目
30分前、2基のミサイルが自宅近所のアパートを狙い撃ちした!
ぞっとする殺傷攻撃だった。
私の子どもたちは恐怖で泣きわめく。
子どもたちがふつうの生活の雰囲気のなかで過ごせるよう、私はいっしょにトランプ遊びをしていたのだが。この爆発で男性 2人が亡くなったほか 2人が負傷した。初日に、治安警察[*]の一群の建物に対する最初の攻撃で4人が殺されたのと同じ場所だ。
[(*) "the Preventive Security apparatus [または Service]";
パレスチナに特有の警察組織]
昨夜のガザ、ほんとうに身も凍る思いだった。
60回以上の空襲があり、加えて戦車や大砲による砲撃があたり一帯ところかまわず引っきりなしに続いた!
ガザでは一瞬たりとも安全な場所などどこにもない!
このところ私たちが経験している身の毛のよだつ恐怖は言葉では言い尽くせない。
なかでも昨夜は、もっとも苛烈なもののひとつだった。昼間であろうと夜寝ているときであろうと、静かな瞬間などないのだ!
ラファでは80軒の家が複数のヘリコプターによって攻撃された!
ほかにも、ハーン・ユーニス、アル=マガーズィ難民キャンプ、アル=ブレイジュ難民キャンプ、ジャバリーヤ村、ビーチ難民キャンプにも散発的な攻撃があった。
死者の数はうなぎのぼりで今日だけで 30人以上が死んだ。負傷者数は言うまでもない。
死者のひとりは UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)のトラック運転手で、トラックもろとも攻撃に見舞われたものだ。ほかにも UNRWAの職員一人が負傷した。
これまでのところ 10名の救急医が人命救助の奮闘のさなかに命を落としている!
死者の数は一挙に800人に、負傷者は 3100人以上に達した。
貧弱な設備しかないガザの病院では、こんな数の死傷者には対応できない。
【メールその31】
日時: 2009年1月10日 (土) 20:31
件名: ガザ攻撃15日目
どこもかしこも死が覆っている。
昨晩の空襲は70回以上、さらに今日は30回!
これらの空襲で何百人もの子どもたちや女性が死んだ!
このすさまじい破壊のさまは、あなたがたには想像できるまい。人々はこの引続く爆撃にとても耐えられない。いくつもの家族が爆撃された建物の瓦礫の下敷きになって一家全滅した!
複数の戦車が[ガザ]市内に向かってゆっくりと移動している。
夜はただひたすら恐ろしく、暁の光を目にすると子どもたちは歓喜の声を上げる! 子どもたちは何時間も続けて眠ることがほとんどできないでいる。こっちで空襲、あっちで砲撃、遠くで激しい機関銃の音という状況なのだから。今、F16が私たちの頭上を飛んでいる。
ガザ市全体が食糧難に陥っている。当然のことながら果物や野菜などまったくない。電気と水の状況も依然、ひどい。
今日、ガザのいくつかの地域で 2時間、電気が供給された! ガザは人道的・環境的危機の限界にある! 保健衛生状況も、貧弱な病院の数々も、崩壊しつつある!
時折、自分のまわりで起きていることを表現する言葉を失うことがある!
1 18, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
オバマ次期米大統領のOfficial Portraitがネットでも公開された。
歴代米大統領の公式ポートレイトとしては初めてデジタルカメラが使用されたという。
ということは、最近のデジタルカメラの画像には、
Exif(Exchangeable image file format・イグジフもしくはエグジフと呼ぶ)という画像メタデータのフォーマットが組み込まれており、撮影日時、撮影機器メーカー名、撮影機器モデル名、画像全体の解像度、水平・垂直方向の単位あたり解像度、シャッタースピード、絞り(F値)、ISO感度、フラッシュの有無等のデータをExifリーダーや各種画像処理ソフトで見ることができる。
で、このポートレイトjpeg画像をダウンロードしてApple ApertureでExifデータを表示させてみた。
ホワイトハウス付き写真家、Pete Souzaという人が1月13日17時38分に撮影。
カメラは私の現在の愛機のひとつと同じ、Canon EOS 5D MarkII。
焦点距離105mmとあるが、キヤノンEFレンズに単焦点105mmレンズはないから、レンズはたぶんEF24-105mm F4L IS USM。
1 16, 2009 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
MacBook Proをふだん持ち歩いているが、いつもいつもというわけでもない。
Houdah Softwareというところが出しているiPhone/iPodTouchアプリ、「ACTPrinter」というのがiPhoneで手軽にデータを見たいというときなかなか便利。
App StoreからアプリをiPhoneにダウンロードし、さらにサイトから「ActPrinterMac」というアプリケーションをMacにダウンロードして加える(今のところMacにのみ対応)。
そうするとMacでプリントメニューからPDFを選んだとき、PDFメニューから「Print to iPhone」というのが選択できるようになる(同じWIFI環境が必要)。
iPhoneにデータが「プリント」される(PDFデータが送られる)。
iPhoneの「ACTPrinter」を開くと、拡大縮小表示自由のPDFデータが見られる。
イスラエル軍によりガザで殺された人は1000名を超えた。
1 15, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラエルによるガザへの戦争犯罪はますます明らかになりつつある。
かつてゲットーとホロコーストと、絶望的な決起(ワルシャワ・ゲットー蜂起・1943)を経験した民の子孫らが自らナチスと同じ次元のことをし、自らを貶めていることの愚。
電流フェンスと地雷原により強制収容所と同じに封鎖、ゲットー化され、今、地空海からほとんど無差別に攻撃されているガザ150万の人々を想う。
映画『パレスチナ1948 NAKBA(広河隆一)』より
アキバ・オール(ユダヤ人:元マツペン・メンバー)
「私はアラブ人を支持しているわけではない。
私は今までアラブの王たちを支持したことはない。
では誰を支持しているのだと聞かれる。
私は抑圧され苦しんでいる人々を支持する。抑圧者とはいつも闘う。
私は抑圧する者と抑圧される者に分ける。
私はユダヤ人アラブ人など問わず、抑圧された人々を支持するのだ」
とりあえずのリンク集:
パレスチナ情報センター
ガザ情報他、歴史的な背景も。
DAYS JAPAN
ブログに刻々のガザ状況
CARE World
世界の最も貧しいコミュニティにおける個人や家庭を支援することを目的としたケア・インターナショナルの日本サイト。ガザの現地事務所からのブログ報告。
アル・ガド(al-Ghad)
パレスチナ/イスラエル関連を中心としたイベント、テレビ番組、書籍、映画などの情報メモ
ALJAZEERA.NET(アルジャジーラ)
中東カタールからのニュースサイト(英文)
TUP-Bulletin
TUP(Translators United for Peace: 平和をめざす翻訳者たち)によるメール配信
アムネスティ・インターナショナル日本
人権侵害に抗する国際団体
ヒューマンライツ・ナウ
人権擁護の国際団体
1 14, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
1 12, 2009 19.食と農、健康と病, 33. iPhone/iPad の愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
2002年4月、軍事封鎖されたパレスチナ自治区に食料運輸の許可を出すよう求めるデモで、イスラエル兵に対しVサインを長時間かかげて抗議するパレスチナ女性(写真:広河隆一)
パレスチナ生まれの代表的詩人、マフムード・ダルウィーシュ(Mahmud Darwish 1942〜)の詩、『壁に描く』(マフムード・ダルウィーシュ 訳:四方田犬彦 書肆山田)よりー
わたしはある日、なりたいものとなる。
わたしはある日、鳥となって、自分の無から存在を引っ摑む。
…
わたしはある日、なりたいものとなる。
わたしはある日、詩人となる。水はわが眼力しだいだ。
わたしの言語は隠喩となる。
わたしは語らない。場所を仄めかさない。
場所はわが罪、わがアリバイだ。
わたしはそこから来る。
わたしの「ここ」は足取りから想像力へと跳ぶ。
わたしとはわたしであったものだ。わたしがなるものだ。
膨張する無限の空間によって創造され、破壊され。
わたしはある日、なりたいものとなる。
わたしはある日、葡萄の樹となる。
これから先、夏はわたしを絞るがいい。
甘やかな場所のシャンデリアの下をゆく者は、わたしを呑むがいい。
わたしは伝言であり、それを運ぶ使者、
短い住所であり、音信である。
…
われらはある日、なりたいものとなる。
旅はまだ始まっていなかった、道は終わっていなかった。
賢者たちはまだ亡命の地に達していなかった。
亡命した男たちはまだ叡智に達していなかった。
花といえば、われらはアネモネしか知らない。
だから一番高い壁画へ行こう。
…
われらは剣とミズマールのうちに、無花果とサボテンの間に生まれた。
死はゆるやかにして明確だった。
死は河口を渡る者たちの休戦合意だった。
殺す者は殺される者に耳を傾けない。
殉教者は遺言を語らない。
『越境する世界文学』(河出書房新社・1992)より
ー「私たちのまわりで大地は狭まる」
最後の辺境も果てた後に私たちはどこに行けばいいのか、
最後の空も尽きた後に鳥たちはどこを飛べばよいのか。
1 9, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラエル軍によるガザ空爆・地上軍侵攻によるパレスチナ人犠牲者は1月8日までに約760人、うち子供が257人と3分の1に上ると国連事務次長が述べた。
土井幸美さん(すぺーす・どい主宰)が、ガザのアトファルナ聾学校でボランティアをしていた時、美術の授業で「ナクバ」(1948年イスラエル「建国」によりパレスチナ人が難民化させられた「大惨事」)の絵を描くことになった。
これを描いた少女ファティマ(聾者)は、描いたものの「家族が散り散りになるなんて二度とイヤ!」「こんな絵は嫌ね、いらないわ」と破ってゴミ箱に捨ててしまった。
捨てられた絵を土井さんは拾いあげ、くっつけてもらってきた。
2001年、ファティマが中学生のとき。
今、彼女はその聾学校の幼稚部の先生になっている。
ファティマ、そしてガザの子どもたちを想いながら土井さんがその絵をもとに作ったアピールカード(企画:土井幸美 制作:ハルオン楽舎)
Free Gaza ! Free Palestine ! (作画:だるま森 制作:ハルオン楽舎)
セカイジュウノコドモタチガ ゲンキデカケマワレルヒヲユメミテ(作画:だるま森 制作:ハルオン楽舎)
3枚組絵はがきの売り上げの50%が「土井敏邦パレスチナ記録の会」を通してガザ地区のNGOへ直接寄付される。
1 9, 2009 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
広河隆一アーカイブ・パレスチナ1948 NAKBA 完成報告と試写会(2009/1/8/文京シビックホール・小ホール)で試写された「広河隆一アーカイブ・パレスチナ1948 NAKBA 序章」に、パレスチナの村人が丹誠こめて育てて来たオリーブの樹々が、イスラエルのブルドーザーで無惨に根こそぎ破壊されていく映像があった。
会場でチャリティ販売されていたオリーブ石鹸。
イスラエル占領下、ヨルダン川西岸のパレスチナ難民女性たちの経済自立プロジェクトとして作られた「アシーラ女性協同組合」によるもの。
60年にわたるイスラエルの軍事占領下、男たちの職もほとんど無いなか、パレスチナの女性たちは子どもたちの未来のため、自分たちの力で家族を支えようと奮闘している。
無農薬、無添加物の昔からの手作りの石鹸は、使ってみると肌もすべすべとして気持ちいい。
アシーラ石鹸の売り上げは全額パレスチナの作り手たちに送金される。
注文・問合せ(日本国内)
aseela~japan@mbp.nifty.com
Tel/Fax: 045-894-0763
1 9, 2009 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
住宅から退去せよとイスラエル軍は住民を脅し、避難した国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)運営の学校に戦車の砲撃と空爆。
ガザ北部ジャバリヤ難民キャンプの上記学校で女性子どもを含む少なくとも42名の民間人が殺された。
南部ハンユニスの同上学校2校が砲撃されている。
まだ瓦礫に多数の人々が埋まっている。
これが虐殺でなくて何なのか!
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メール その25】
日時:2009年1月5日(月)18:31
件名:2009年1月5日午後6時半
今日、シファー病院の発表によれば、16人の子どもと7人の女性を含む39人の民間人が亡くなった!
公式発表の死者数は540人以上にふくれあがり、加えて負傷者は2600人!
人々の健康をめぐる状態は耐えがたく、酸鼻をきわめる。市民は逃げ場を失い右往左往している!ガザ市内のシュジャイヤ(人口がとくに過密な地区だ)で、妊娠中の女性が4人の娘とともに砲撃で死んだ。
私の子どもたちは、隣の建物が狙い撃ちされてから、ますます緊張と不安を募らせている。私は努めて子どもたちに話しかけ、できるだけ落ち着かせようとしている。
しかし、実際は、航空機、ヘリコプター、無人飛行機が大砲や戦車の砲撃に加わって、私たちは緊張を解いたり和らげたりする暇もないのだ!
【メール その26】
日時:2009年1月5日(月)19:00
件名:ガザ 2009年1月5日
2009年1月5日午後6時。
地上攻撃の今日、イスラエルの戦車部隊はさらに多くの土地を制圧した。
イスラエルの航空機はガザ地区の30の攻撃目標を空襲した。
気がかりなのは、ゼイトゥーン地区の東部であれ他のどこであれ、自宅にとどまることのできない市民たちのことだ。ゼイトゥーンは農業地帯で住んでいるのは農民たちだ。
彼らのうち何百人かは、ゼイトゥーン地区のなかで人口が密集した住宅地の奥に避難することができた。
多くの民間人が、ガザ市の境界地域に対する爆撃で死んだ。
電気と水が、ガザの人間すべてにとって依然、主要な問題となっている。
発電機はまだ動くので、私はこれらのメッセージを大急ぎで書くことができる!
携帯は麻痺し、地上電話はつながらなかったり、聞き取れなかったりすることもあるが、はっきりと聞こえることもある!
数分前、すぐ近くが空襲された。
どこだか特定できないが、恐怖におののいた。近所の建物に着弾したのだ!
ほんの3軒向こうの建物だ。犠牲者もいる!
イスラエルの航空機が照明弾を投下している。あるいは、なにか軍事目的のための光なのかもしれない。イスラエルは何度か、アル=アクサー衛星放送を妨害して、反ハマースの内容を放送した。
また戻ります、そうできるなら!
【メール その27】
日時:2009年1月5日(月)20:13
件名: なし
次から次へとF16による空襲が今。
【メール その28】
日時:2009年1月6日(火)13:36
件名:ガザ 1月6日12:30
昨晩、空襲はますます激しさを増した:30回以上にわたり、ビーチ難民キャンプ東部にある保健センターをはじめ、さまざまな地点が空襲の標的になった。4階建ての建物が1軒、F16に爆撃され、完全に破壊された。
何百人もの人々が次々に、戦闘地帯となっている市の郊外から命からがら脱出した。彼らは市内に住む親戚を頼ったり、UNRWAの学校に避難している。
フセイン・アル=アイディと家族(女たちと子どもたち)はいまだに、水も食糧も電話その他いかなる生命線となる設備もないまま、一部屋に閉じ込められたまま動くことができないでいる。家族のうち5人が何かの爆弾の破片で負傷している。アミラ・ハス記者が、イスラエルのヘブライ語・英語の日刊紙ハアレツで昨日、それを記事にし、今日、内容が更新された!
一方、人権のための医師団が介入して、身動きできないアル=アイディの家族のもとにたどりつけるよう調整に努めている。救急車とおそらくいくらかの食糧を届けようとしている。だが、これまでのところ成功していない!
戦闘のただなかにおかれて人道的〔措置を必要としている〕ケースはほかにもある。さらに多くの市民が戦場で身動きがとれなくなっているのだ。
死傷者の数も増加の一途だ!
1 7, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
1948年「イスラエル建国」とその後の戦争・占領により、それまで永くこの地に暮らしていたパレスチナ人たちは村を追われ難民とならざるをえなかった。
パレスチナ人はこれを「NAKBA(ナクバ)」と呼ぶ。
「大惨事」を意味するアラビア語。
広河隆一さんは1967年大学を卒業してすぐイスラエルに渡り、キブツ(社会主義的な共同体村)研修で農作業に従事する。23歳で新しいコミューン体験に希望に燃えていた。
ある日いつもと違うヒマワリ畑の向こうに白い廃墟のようなものを見る。なにかの遺跡かと思いキブツのメンバーに聞いても答えをにごされる。
第二次世界大戦中のホロコーストを経て、ようやく「約束の地」にユダヤ人のための国家ができたが、パレスチナ・アラブ人の敵意にさらされている、という当時の(今でもほとんど変わりない)常識しか持っていなかった広河さんの心のなかに小さな疑念が起きる。
おりしも勃発した第三次中東戦争(いわゆる六日間戦争)後、戻ってきたキブツの若者たちが、いかにアラブ諸国をやっつけたか、東エルサレム、ゴラン高原、シナイ半島、ガザを手に入れたかを繰り返し酔いしれて語るのを聞き、この戦争後、「イスラエルの安全」のためには何をしても許される熱狂的な軍国主義が育って行くように思えてくる。
自分が働いている美しい畑、豊かな水、これらは本当にユダヤ人移民が「民無き」荒れ地を開墾し作り上げた血と汗の結晶なのだろうか?
「ユダヤ国民基金」(ユダヤ系ロスチャイルド財閥などが負担)が先住していたパレスチナ・アラブ人から正当に買い上げたものなのか?
1年以上後、ユダヤ人の友人が探し出してくれた古い地図で白い廃墟の答えを得る。
それは破壊されたパレスチナ人の村の跡なのだった。
ダリヤトルーハ(香ばしい葡萄の樹)村。
「私は、村の人々が追放され、難民キャンプに押しこめられ、村が廃墟となったあと、その畑で働いていたことになる」(『パレスチナ 新版』(広河隆一/岩波新書)
この衝撃から、後年、世界的なフォトジャーナリストとなる広河さんの40年にのぼるパレスチナへの訪問と交流、観察、取材、記録、撮影が始まる。
映画『パレスチナ1948・NAKBA』(監督・広河隆一)は、膨大な写真と1000時間以上にのぼるビデオ映像をもとに131分に編集したもの。「1コマサポーターズ」などの協力により成った。
池澤夏樹:
「遠い人々の悲劇は抽象的である。
われわれにとってパレスチナは遠い。
彼らの受難を具体的なものとして受け止めるために、われわれはこの映画を見なければならない。
パレスチナの人々の運命を、名前と顔を持つ友だちの身に起こったこととして感じ取らなければならない。
広河隆一と彼らの何十年にも亘る親密なつきあいがそれを可能にしてくれる」
映画『パレスチナ1948 NAKBA』サイト
単行本『パレスチナ1948 NAKBA』(広河隆一/合同出版)
この劇場版とは別に、DVD-BOX「広河隆一アーカイブ・パレスチナ1948 NAKBA」の日本語版全30巻(約45時間)が完成(英語版は2月ころ完成予定)。
パレスティナ難民に関する国際的な第一級史料となる。
2009年1月8日(19時開演/文京シビックホール・小ホール)
広河隆一アーカイブ・パレスチナ1948 NAKBA 完成報告と試写会
1 6, 2009 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メール その22】
日時: 2009/1/4(日)12:12
件名: 緊急!
毎分、爆発音が聞こえる。1回あるいは2回、3回のこともある。
この状態がここ15時間以上続いている。戦車、大砲、戦艦。
UNRWA職員のフサイン・オーダ・アル=アイディ(58歳)が戦闘のまっただ中に釘付け状態にされている。イスラエルの
戦車複数が彼の自宅の周りを直径1キロ以上の円を描くように動いている。
彼は昨晩10時半、砲撃を受けた。家族5人が重傷を負っている。だが、イスラエルの戦車以外、誰も彼に近づけない。
彼の家には電気も水も食糧もない。彼の家族たち、母親と彼の二人の兄弟の家族が一部屋にすし詰めになっている。20人以上だ。
フサインを緊急に援けなければ、そして怪我人を避難させなければ。
【メールその23】
日時 : 2009年1月4日(日)18:15
件名 : フサイン・アル=アイディ、戦闘の只中に釘づけ!
フサイン・アル=アイディが戦闘の只中に釘づけになっている![注1]
フサイン・アル=アイディはガザ市東部在住のパレスチナ人(58歳)。
今の場所に25年以上、住んでいる。自宅は野菜畑の真ん中に位置している。彼はUNRWAの職員だ。彼は今、一部屋に、自分の家族20人と、彼の二人の兄弟の家族たちとともにいる。彼らは、狭い部屋で電気も水も食糧も電話もないまま、すし詰めになっている!
彼の周りには何もない、あるのは戦場だけ。
昨夜10時半、アル=アイディ氏は戦闘の真っ只中におかれ、砲撃が自宅に着弾、家族5人が負傷した!彼は負傷者を救出するため救急車をよこすよう訴え続けているが、叶わない。負傷者を、そして可能ならば家族全員を救出するために、彼のもとに救急車を送ってくれという訴えはこれまでのところ、いずれも聞き入れられるにいたっていない!
周囲1キロ半以上をイスラエル軍が完全にコントロールしており、イスラエル人以外、誰もアル=アイディ氏のもとにたどり着くことができない!
この状況は、どこの国でもいい、人権団体が緊急に人道的行動をおこすことを必要としている!
ガザには電気も水もない。食糧もわずかしかない。
私は発電機がまだ稼動するのを幸いに、世界に発信している。爆弾が雨あられと私たちの上に降り注いでいる。そして不運にも、アル=アイディ氏は戦闘のど真ん中にいるのだ!
[注1]
アル=アイディ氏については、イスラエルのハアレツ紙でアミラ・ハスも報じています。
日本語訳はこちらを。
【メールその24】
日時 : 2009年1月4日(日)19:41
件名 : ミサイルの雨と真っ暗闇のガザ
ガザで、私たちは、雨のように降り注ぐミサイルと砲弾の集中砲火の真っ只中にいる!
今は完全な暗闇だが、その闇を破って無人飛行機やヘリコプターの唸る音が聞こえてくる。
通りは人っ子ひとりいない!
ときどき、救急車と消防隊のサイレンが聞こえる!
ガザ北部の市民は自宅からガザ市西部に逃げ、ゼイトゥーン地区の者たちは西部に逃げている!市民にはなすすべがないというのに、彼らのことなどおかまいなしだ!
彼らを守るものは何もない。
今日、救急医療士3人が死ぬ。ほかの命を救おうとしているさなかだった。
一昨日も、医師1人と救急医療士が殺された。
今夜、携帯の電話網は完全に麻痺している。地上電話は、回線状態は悪いが通話可能だ!
夜明け前、ガザの空のいたるところに黒煙の雲があった!わぁぁぁぁぁ、
今まさに、足元で地面が揺れている!ボーーーーーーン!
1 6, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
軍事占領後も2年におよぶイスラエルによる封鎖で医療物資、食料、水、燃料に窮乏し、他の世界との交流を断たれた上での執拗な空爆、そして地上軍侵攻。
電流の流れる越えられないフェンスと海上封鎖のなかで、退去を「命じ」られてもどこにも逃げ場のない150万のガザの人々。
イスラエルもやり過ぎだがハマスも悪い、というような問題か?
「DEMOCARACY NOW! JAPAN」サイトに、12/29付けの「ガザのゲルニカ」タイトルの動画(37分)が日本語字幕付きで掲載されている。
「デモクラシー・ナウ!(Democracy Now!)」は北米500局以上で放送されている非営利の独立系ニュース番組。 大資本による「マスメディア」とは異なり、各種コミュニティ・ラジオ局や衛星放送、ケーブルのパブリック・アクセスTVチャンネル、インターネットなど、さまざまな形態の非営利の公共放送が協力した全国配信ネットワークのさきがけであり最大のもの。
ニューヨーク市チャイナタウンにある地域メディアセンター、「DCTV(ダウンタウン・コミュニティ・テレビジョン)センター」(元消防署のビル)に間借りして制作、発信している。
米国政府の外交政策の影響を直接的にこうむる世界各地の人々の声や、フリーランス国際ジャーナリストの報告、草の根運動のリーダーや平和活動家、アーティスト、学術関係者や評論家など、企業のスポンサリングを受ける米国メディアではほとんど報道されることのない人々の主張や視点を視聴者に紹介しており、日本の米欧マスコミ、為政者発表垂れ流しなどとはまったく異なる質を持っている。
番組の司会を務めるのは、ジャーナリストとして数々の賞を受賞しているエイミー・グッドマン(Amy Goodman)とフアン・ゴンザレス(Juan Gonzalez)。
今回の番組のゲストは、
・ムーサ・エルハッダート(Dr. Moussa El-Haddad)=ガザ市在住の元外科医
・フィーダ・キシュタ(Fida Qishta)=ジャーナリスト、国際連帯運動(IMS)のガザ地区の世話人
・ムスタファ・バルグーティ(Dr. Mustafa Barghouti)=ラマラ在住のパレスチナ立法評議会議員、ファタハに対抗する民主派の政治家
・ギデオン・レビ(Gideon Levy)=イスラエルのハアレツ紙の記者
・アリー・アブニマー(Ali Abunimah)=米国在住、エレクトロニックインティファーダ(The Electronic Intifada)の共同創設者。"One Country: A Bold Proposal to End the Israeli-Palestinian Impasse" (『一国家解決 出口のないイスラエル=パレスチナ紛争を終結させる大胆な提案』)の著者。29日のガーディアン紙に‘We Have No Words Left’ を寄稿。
字幕翻訳:田中泉/校正・全体監修:中野真紀子
アメリカのマスコミ(特にTV)は日本のような「中立公正」などという「立て前」もへったくれもない、ネオコン、産軍複合体、石油資本、ユダヤ資本、キリスト教原理主義などの圧倒的支配下にあるが、一方でこうしたオルタナティブ(対抗的な、既存のものとは別の価値観を持った)TV放送、ネット配信もなされている。
1 6, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載
岡真理さんによる翻訳を転載:
8日にわたる爆撃に続き地上部隊が侵攻したガザに、なおとどまることを選んだ人権活動家たちがいます。
「私たちの命とパレスチナ人の命といったい何がちがうのですか?」と言って。
彼らの声を報告します。
ガザ発 2009年1月2日
「私たちはここに残る」
外国パスポート保持者、ガザにとどまることを決意
イスラエルは外国のパスポート所持者に対し例外措置として、安全のためガザを離れることを許可しているが、ガザにとどまりパレスチナ人と運命をともにすることを選んだ外国人たちがいる。
アルベルト・アルケ(スペイン)は救急車に同伴して病院から報告を続けてきた。
「イスラエルはガザの人々に対して自分たちがおかしている罪を目撃されたくないのです。国際ジャーナリストや支援団体はここにはいません。ぼくらがガザを去ってしまったら、いったい誰が、ぼくたちが今、目にしているこの戦争犯罪を証言するのですか。
12月28日、ぼくは、ラマとハヤー・ハムダーンの二人の姉妹の瀕死の目を見つめました。ラマは4歳、ハヤーは12歳、二人はイスラエルのミサイルに殺されました。ぼくがそこに認めた彼女たちの人間性は、ぼくたちの人間性と何一つ違ってなどいない。
ぼくたちの命は彼女たちの命より価値があるのですか?」
アルベルト・アルケ——国際連帯運動
パレスチナ系南アフリカ人のハイダル・イード博士は言った。
「これは歴史的瞬間だと思う。ガザのこの大量虐殺は、南アフリカで1960年に起きたシャープヴィルの大量虐殺[1]と類似している。この事件の結果、アパルトヘイトに対するBDS[ボイコット、投資引き上げ、制裁]キャンペーンが始まった。
2009年のガザの大量虐殺は、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSの運動をより激化させるだろう。南アフリカのアパルトヘイトでは、BDSキャンペーンによってついにはネルソン・マンデラを獄から解放することに成功し、のちに彼は、民主的かつ多人種的かつ多文化的な南アフリカ共和国の、初の黒人大統領となった。だから、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSキャンペーンも、すべての市民が平等に遇される一元的国家を生み出すにちがいない」
イード博士は、ガザのアル=アクサー大学の社会・文化研究の教授である。彼はまた、イスラエルに対する学術的・文化的ボイコットのためのパレスチナ・キャンペーン(PACBII)の実行委員会のメンバーであり、「民主的一国家」 One Democratic Stateグループの創設メンバーの一人でもある。
ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)は語った。
「彼らはレバノンでも同じことをしました。でも、レバノンでは、激しく爆撃されたところもあったけれど、安全なところもありました。ガザでは、安全な場所などどこにもない。この人たちをどうして残して行けますか?生きるなら彼らとともに生きます。それができないなら、彼らと死をともにします」
ナタリー・アブー・シャクラ——国際連帯運動
「イスラエルが国際ジャーナリストの[ガザ立ち入りを]禁じているために、ガザの声はさらに押し殺されてきました。この地の現実を外の世界に発信することは、イスラエルによる攻撃の違法性に光を当てるために不可欠です。私たちは最近になって救急車に同伴するようになりました。医療従事者に対する攻撃を報告するためです。これはジュネーヴ協定違反です。苦しむ家族たちの姿を目にし、私もその苦しみを感じてきました。彼らをおいて出て行くことなどできません。すべての市民が、イスラエルの攻撃の前で身を守るすべがないのです。私たちはとどまって、ガザの人々に対するイスラエルの攻撃の本質をあばき続けるつもりです」
ジェニー・リネル——国際連帯運動
「イスラエルは、ガザを離れることができる者を決めているだけではありません。誰が入ることができるかも決めているのです。私は、家やモスクや大学が粉々に破壊されているのをこの目で見ました。市街地でミサイル攻撃がどれほど人々を恐怖に陥れているかも分かりました。死んだ子どもたちの姿も目にしました。家から30メートルのところをイスラエルが爆撃しているのに、家のなかに閉じ込められてしまった家族が叫ぶのも聞きました。ガザの人々、150万の人々すべてが、これらの違法な攻撃から逃れることができないのです。
私たちの命が彼らの命よりも大切であるなどということはありません。
彼らが苦しんでいるかぎり、私たちはとどまります。
彼らと連帯するために、そして、イスラエルが邪魔して外国のジャーナリストに公表させまいとしていることを報告するために」
エヴァ・バートレット——国際連帯運動
「ガザのパレスチナ人は、イスラエルが課している封鎖のせいで世界から孤立しています。今、私たちにはここを離れる機会が与えられましたが、ガザの人々にはそのような選択肢などありません。ガザの家族たちと連帯してここにとどまること、それはイスラエルの暴力がおぞましいまでに増大しているなかで決定的に重要なことです。
私は封鎖の影響をこの目で見ました。民間人に対して現在進行形で振るわれている暴力も見ています。私たちはイスラエルの違法な政策の犠牲者たちの側に立ち続けます」
シャロン・ロック——国際連帯運動
「イスラエルによって犯されている人道に対する罪を耐え忍んでいるガザの人々と連帯して、自分にはここにとどまる責任があると思います。ガザの全住民に対するこの物理的、心理的、政治的戦争を止めるために国際社会が行動しないのなら、国際的監視者、ジャーナリスト、活動家たちがここガザで必要とされています。
私たちはこの目で見て、報告し、止めなければならないのです、イスラエル占領軍がガザの人々に対しておかしている戦争犯罪を、どこであろうと、この目で見て、報告し、止めなければなりません。
イスラエルは人道に対する自分たちの罪を目撃されたくないのです。
でも、ガザの人たちは違います。彼らは言い続けています、「どうか、私たちの身に起きていることを世界に伝えてください、こんなことが起きるなんて信じられません」と。彼らは最悪の事態となることを恐れています。誰もが脅え、恐怖に突き落とされています。私はここを離れません。イスラエル占領軍こそ国際法に従って、パレスチナを去らねばならないのです」
エヴァ・ジャシウィッツ——自由ガザ運動
「エレツ検問所[2]の開放は、私たちを追い出すためではなく、国際監視員や医薬品をガザに入れるために使われるべきです。
私たちは、封鎖およびこの間の爆撃で死ぬ人たちをじかに見てきました。イスラエルの違法な軍事行動によって私は大勢の友人をなくしました。私たちはパレスチナ人と連帯し、この暴虐非道を報告し続けます。国際的監視者である私たちには、イスラエルによるガザ攻撃の現実をきちんと国際社会に知らせる責任があります」
ヴィットリオ・アッリゴーニ——国際連帯運動
国際人権活動家たちは、12月31日、イスラエルのミサイルでインターンのムハンマド・アブー・ハセーラと医師のイハーブ・アル・マスーンが殺害されてから、ガザ地区の救急車に同伴するという活動を続けてきた。国際活動家たちはマスーン医師が亡くなったとき、ベイト・ハヌーンのカマール・アドァーン病院にいた。
ガザにとどまっている人権活動家たち
アルベルト・アルケ(スペイン)
エヴァ・ジャシウィッツ(ポーランド/英国)、
ハイダル・イード博士(南アフリカ)
シャロン・ロック(オーストラリア)、
ヴィットリオ・アッリゴーニ(イタリア)
ジェニー・リネル(英国)、
ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)
エヴァ・バートレット(カナダ)
[1]シャープヴィルの虐殺
1960年3月21日、南アフリカで、PAC主導のもと、パス法に反対して5000人以上の黒人たちがシャープヴィル警察署前でデモを行ったところ、警官隊が発砲、69人が殺され、180人が負傷した。
[2]エレツ検問所
ガザ北部、イスラエルとガザ地区の境界にある検問所。ガザ地区の出入り口は、このエレツ検問所と、エジプトとの境界にあるラファ検問所の2箇所しかない。前者はイスラエルが、後者はエジプトが、出入りを管理している。
1 5, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラエル地上軍がガザに侵攻。
東京都区部の6割ほどの面積に住み、封鎖され、シェルターもないガザ150万人の人々に逃げるところなどない。
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳を転載:
【メール その18】
日時: 2009/1/1 (木) 18:34
件名: 嘆きと悲しみと死と 2009年元日のガザ
2009年元日のガザはどのような姿か?
死がガザを覆い尽くしている。
嘆きと悲しみが2009年という新年の挨拶なのだ。 血と大量の死体の匂いがする!毎分のように悪い知らせが新たに届く。 爆発音、爆撃、ミサイルの飛来音、崩壊、すさまじい破壊、イスラエルの無人機、アパッチその他の軍用ヘリ、F16型戦闘機、足元を揺るがす大地。破壊の跡がいたるところに。
死体、千切れた四肢、泣き叫ぶ子ども、幼子や夫を探し求める母親。 どこに行けばいいのか、どこに隠れればいいのか、 誰にも分からない! イスラエルの攻撃のもとでは、安全な避難場所などどこにもありはしない。
市民社会の施設さえ標的にされた。
法務省、教育省、文化省が破壊された!モスクも手ひどくやられた。うち6つは過去のものになってしまった。これらモスク周辺の何十という家々もすさまじく破壊され、粉砕された。人々は死に、また傷ついた。今日、2009年1月1日までに攻撃で2000人以上が負傷し、420人以上が殺された。
この数字には50人を上回る子どもたちが含まれている。
今日、ガザ市だけで、20回以上の空襲が実行された!
最後の攻撃でジャバリーヤ難民キャンプの4階建ての建物が破壊され、少なくとも15人が殺された! このメッセージを書いているさなかにも、ガザ市北部、シェイフ・ ラドワーンで5階建ての建物が数分前、イスラエルの軍用機によって粉々に破壊されている!
爆撃についてこれ以上、書き続けることができない、たった今、3回目の大爆発が起こった!
【メール その19】
日時: 2009/1/1 (木) 22:45
件名: ガザが再び燃えている
法務省(新築)、教育省(新築)、囚人問題省、立法評議会(新築)、両替所3軒、モスク3つ、民家3軒、移動中の車2台、そしてその他の建物も、空と海から、二度、三度と攻撃された。古い地元の石鹸工場も今朝、攻撃された。無人機とF16が何機か今まさに空を飛行中だ。
朝には20機もの航空機が空にあった。昨晩、ガザの人間は1分たりとも眠れなかった!
イスラーム大学のイスラーム研究の教授でハマースの指導者であるニザール・ライヤーン博士が今日、殺された。F16がジャバリーヤ難民キャンプ中央部にある彼の4階建ての自宅を爆撃したのだ。
彼の4人の妻と9人の子どもたちもいっしょに殺された。これまでの捜索で彼の家族14人が瓦礫の下敷きとなっていることが判明した。
同地区の住居多数が甚大な被害を受けている。いくつかは人間が暮らせる状態ではなくなってしまった。ライヤーン博士は前にイスラエルが侵入したとき、戦闘で息子二人を亡くしていた!
あらゆる形で、毎分のように、ガザが再び燃えている!
【メール その20】
日時: 2009/1/2(金) 1:41
件名: 真夜中のガザ
真夜中のガザの姿とはどのようなものか?
完全な暗闇。ガザ市内の80%以上がすっかり闇に覆われている。
この暗闇のなかでは自分の指すら見えない!一方、家の外では、無人機が頭上で唸り、軍用ヘリが空を徘徊している。家のなかに目を戻せば、子どもたちは就寝時間になっても、床につきたがらない!
悪夢や爆撃、爆発その他もろもろを恐れているのだ!
お決まりのように航空機の音が6日以上にわたり昼夜を問わず続いていたが、それが突然、消えた。
・・・爆発音。・・・継続する爆発音。・・・一連の爆発。・・・ほかにも身の毛のよだつ爆発が複数。・・・爆風・・・ 遠くで燃え盛る炎。
・・・子どもたちがベッドから飛び上がる。恐がって・・・震え上がって・・・不安そうに・・・どうしたら
よいか分からずに!どこかに身を隠したい、でも、行くところなどないのだ。
まるでマットレスの下で爆発音がしているみたい、今度はどうすればいいの?ただ待つしかないんだ!だが、どうしたら子どもに待つことを納得させられるだろう?しかも、何を待つというのだ? 今度は、救急車と消防車のサイレンが聞こえてくる。それで我にかえる。
私はガザにいて、小さな発電機を動かして、2009年新年に世界に向けてメッセージを書いているのだ。
【メール その21】
日時: 2009/1/3 (土)) 10:29
件名: 私は無事です
今のところ私は無事だ。しかし、私の住む地区に対する空襲はこの10分間で9回、最悪の事態を誰もが予期している!
午前3時から4時のあいだに、ガザ市内の複数の目標に対して10回の空襲があった。イスラエルの軍艦からも砲撃があった。
地元の漁船10隻以上がその場で炎上した!
午後、イスラエルのラジオが、攻撃目標になっているガザ地区の36カ所を発表した。
ガザ市東部の南北を結ぶ橋もあったし、ラファのガザ空港もあった。
事態は悪化の一途をたどっている。今にも地上攻撃が始まりそうだ!
もう電気も水もない。ディーゼル[発電機の燃料]もほぼ尽きた。
外出も無理だ。
攻撃初日からずっと家にいる(今日ですでに8日。あと何日この状態が続くのか…)
神の祝福がみなさんすべてにありますように。
1 5, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
由比ガ浜で初日の出を待っている間に見事なセーリンググループが横切っていった。
写真を撮って新春からのタイトルバナーに使ったところ、このセールをしていた方からメールをいただいた。
「Sailing Club Seahopper Zaimokuza Fleet(鎌倉 シーホッパー材木座フリート)」の「初日の出セーリング隊」だったそうだ。
1 2, 2009 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
TUP(Translators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)のメール配信「TUP-Bulletin」に、ガザからのメールが翻訳掲載(続)。
ガザのアル=アズハル大学芸術人文学部英語学科アブデルワーヘド教授が、連日の空爆、砲撃で電気も途切れたなか、ディーゼル自家発電でメール発信しているもの。
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学芸術人文学部英語学科)
岡真理さんによる翻訳・注を転載:
【メール その14】
日時: 2008/12/30 (火) 18:27
件名: 12月30日夜のガザの爆撃
2008年12月30日、ガザは 5分間で20基のミサイルによる爆撃。
同夜、ほかにも20ヶ所が攻撃される! 添付の写真は最初の攻撃のもの!
[同写真はゼネラルユニオンの遠藤礼子さんのご協力でリンク ]
パルテル[パレスチナの電話会社]の録音メッセージが、パレスチナの外から電話や携帯にかかってくるガザ市民に対する脅迫電話に注意するよう顧客に警告している!
分からないが外部の誰かが私に電話をかけてきていた。だが携帯は電気がないため使用不能で、発電機を作動させるのは、外界に発信するためだ。
さまざまなイスラエル無人機が私たちの頭上から立ち去る気配は全くない。
たった今、付近のどこかが攻撃された。爆撃が膨大な回数に及ぶため、どこに着弾したか、もはや見分けることができない。
ガザ市内だけでこの状態だ。ほかの地域は言うまでもない。
地元メディアのニュースによれば、イスラエルの地対地ミサイルがアル=ブレイジュ難民キャンプに、また砲弾が何発かハーン・ユーニス東部に撃ち込まれたという。ガザ・ワーディ東部では(ガザ・ワーディは小さな村)、民家が 1軒、爆撃された。爆発で 2人が亡くなり、ほかは負傷! 公式発表では死者数は 390に達し、負傷者約1800人、うち子どももふくめて民間人の数は膨大だ!
アル=カッサーム旅団が今、記者会見であらためて闘いの誓いを立てている。イスラエル航空機および無人機が空で広範囲にわたり活動しているにも
かかわらず、同旅団は 150発のロケット弾を発射したと発表した。
ハッピー・ニュー・イヤー!
【メール その15】
日時: 2008/12/30 (火) 20:59
件名: 爆撃、再び!!!!!!!!!!!!
今晩の猛爆撃がたった今始まり、民家や政府関連の場所が狙われている。
テル・エル=ハワが標的になるのは 2度目! ベイト・ラヒア、ジャバリーヤ村、ハーン・ユーニス、ラファにも襲撃。
イスラエルはラファ国境地帯のトンネル 200本を破壊と発表した。
ある男性は初日の攻撃のなかで行方不明となり、家族は3日間、喪に服した。今日、その男性が命をとりとめ、シファー病院の集中治療室にいることが判明した。スドゥキ・ハンマードだ!
これ以上、新たな波状攻撃について伝えることができない。
民家一軒が今まさに燃えている! ぞっとする!
【メール その16】
日時: 2008/12/30 (火) 23:56
件名: 爆撃、再び!!!!!!!!!!!!!!
ミリヤム・クック先生(デューク大学)、ご厚意と心からのお気遣い、感謝します。幸いなことに、ほんの 10分前に、この 5日間で初めて電気が復旧した。
ガザは今、午前零時。無人機の唸る音が耳障りとはいえ、ミサイルがそこらじゅう、目と鼻の先からはるか彼方まで雨あられと降り注ぐことに比べれば何でもない。
20分前、付近で軍用ヘリによる攻撃があったが、どこだか場所を特定できない。燃えた家は、近所にある政府関係の建物の近くだ。
私の住むテル・エル=ハワーは政府関係の建物が数多い地域だ。
それらの建物の多くがすでに一度ならず攻撃を受けている!
今やガザの 80%が停電している! 実を言えば、ガザのいたるところでパニックが起きている。数多くの民家が、意図的かどうかは別にして、攻撃を受けたからだ。
ガザに対する今回の軍事攻勢で 42人の子どもが殺された。これらの子どもがハマースの活動家でロケット弾を発射しているというのだろうか!
ハマースのアル=カッサーム旅団の 1万2千人の強者はまだ何の戦闘もしておらず、依然、強固なままのはずだ。
一方、主たる犠牲者は警官隊、民間の労働者、そして子どもや学生をふくめた無辜の人々だ。
イスラエルが攻撃しているのはホテル、スポーツセンター、無人の家、そして政府関係の建物、たとえばパスポート発給事務所、税関や税務に使われている建物などである。イスラエルは庁舎や、ガザではまだながら他の町や村々の役所を攻撃している。また 10のモスクを狙い撃ちし、うち 6つは完全に破壊された。だが、いずれの場合も、モスク周辺は著しい被害を被った。ジャバリーヤ難民キャンプではある家族の姉妹 5人が、モスクの壁が崩れ落ちた時に瓦礫の下敷きになって殺された。
世界じゅうの人々が、ムスリムの国々でさえも、楽しい時を過ごしているはずのクリスマスの時期に何が起きているのか、誰かが伝えねばならないことが多くある。これはそのごく一部である。
みなさんが楽しいクリスマスと良いお年を迎えられますように。
【メール その17】
日時: 2008/12/31 (火) 08:29
件名: 雨のガザで軍事行動!
ガザ地区では何時間も雨が降り続いている。
この新たな状況を受けて、イスラエルの無人機、無人飛行機およびヘリコプターが空から姿を消した。
だが、イスラエルの戦車および大砲から何回にもわたって砲撃がある! とはいえ、私たちは睡眠を中断されずに何時間か眠ることができた!
子どもたちは緊張と恐怖と不安からわずかながら解放された。
ガザは見捨てられた街のようだ!
1 2, 2009 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラエルによる連日の空爆下にあるガザのtigrimpaさんの写真から
もし東京がガザだったら…
パレスチナ情報センター/ガザ地区に関する資料集
過去記事:
ガザからの決死のメール(TUP-Bulletinより転載)(2008/12/31)
ガザの人々のことを想う(2008/12/30)
ガザへの空爆と第三次インティファーダ(民衆蜂起)(2008/12/29)
1 1, 2009 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)