『深海のYrr(イール)』
人類は何億キロも先の木星に探査機を飛ばせるようになったが、わずか1万メートル(10キロ)ほどの深さの海の中のことを知らない。
海はたった100mから150mも潜れば、ヒトの目には漆黒の世界になる。
日本の誇る深海艇「しんかい」も深度1万メートル以上に達することができるが、単にあるスポットに降りることができるだけで、自由に動き回って探査することなどできない。
深海にはたいした生物はいない不毛な世界だとひと頃は考えられていた。
しかし、近年の研究では実に豊穣な太古からの生が息づいていることが少しずつ分かってきた。
魚やイルカなどに電子タグをつけて生態を把握することはある程度はできている。
しかし、そこらへんにいるクラゲでさえ、その真の生の実態はわかっていない。
人類は、ここ100年をみても、ありとあらゆるゴミを海に垂れ流し、PCBなどの有害物質を魚や鯨などに蓄積させ、核廃棄物を野放しで海中に放棄し、街から川へそして海へ分解不可能なプラスティックを流し込んできた。
海が、海の生きものたちが、ある日、ヒトに逆襲を始めたとしておかしいことがあるか?
中東の石油に依存したくないノルウェーの国営石油会社が大陸棚のメタン層を調査中、メタンを覆う氷層を食い破る新種のゴカイを発見する。氷層がもしなくなれば大陸棚は崩壊し、メタンガスの放出と壊滅的な津波とに帰結する。
記録映像に一瞬とらえられた巨大な発光生物。
カナダ、バンクーバーではホエールウォッチングの船にありえないことに鯨が襲いかかる。
南米、オーストラリアで、カツオノエボシ、ハブクラゲといった猛毒のクラゲがあちこちの海岸でヒトを集中的に刺し死に至らしめる。
無数の貝が船底にへばりつき座礁する船が続出する。
パリの三つ星レストランではシェフが市場で選び抜いたロブスターが爆発し、病原体が拡がる。
ばらばらな現象は、なにか海が、海の生物がある意思を持ってヒトに敵対してきているように見えてくる。
エイリアンが攻めてきて、大統領の決断と補佐する役回りが活躍して大団円というハリウッドのパニック映画を思い浮かべるかもしれない(現にすでにハリウッドで映画化が決まっているらしいが)。
常として原作と比べたらまったく期待できない。どうせすべて英語で通すだろうし。
原作の小説『深海のYrr(イール)』(フランク・シェッツィング/ハヤカワ文庫/原著2004年刊)は、その類のものではない。
1957年ドイツ・ケルン生まれの著者は大学でコミュニケーション学を専攻し、大手広告会社でクリエイターとして活躍した後、広告代理店と音楽プロダクションを設立、かたわら小説を書いている。
かたわらといっても4年間をかけた最新の地球科学、生命科学・哲学に基づいた構成とストーリーテリングは素晴らしい。
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