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2008年06月30日

上野毛デザイン誌2008発行

多摩美術大学上野毛デザイン学科の広報誌2008年版が発行。

A3版8ページ。
学科の概要、カリキュラム、在校生インタビュー、卒業生インタビュー、就職先、受験に関するQ&A等々。

送付ご希望の方は私にメールをください。

6 30, 2008 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月29日

韓国どじょうスープ「チュオタン」

同じく在日韓国人の卒業生が持ってきてくれたテグの実家のどじょうスープ「チュオタン」。

農耕地域で田や川にいるどじょうは栄養たっぷりで昔から貴重なタンパク源だった。

チュオタンは生きたどじょうをそのまま煮込むソウル式と、煮込んだどじょうをすりつぶして使う南部式があり、慶尚道(キョンサンド)のテグでは南部式。

長ねぎ、ズイキなどの野菜がたっぷり入り、粉山椒をかけて食べる。

清涼感のある山椒がきいてスープの滋味が身体に染み渡る。

6 29, 2008 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

『深海のYrr(イール)』

人類は何億キロも先の木星に探査機を飛ばせるようになったが、わずか1万メートル(10キロ)ほどの深さの海の中のことを知らない。

海はたった100mから150mも潜れば、ヒトの目には漆黒の世界になる。

日本の誇る深海艇「しんかい」も深度1万メートル以上に達することができるが、単にあるスポットに降りることができるだけで、自由に動き回って探査することなどできない。

深海にはたいした生物はいない不毛な世界だとひと頃は考えられていた。
しかし、近年の研究では実に豊穣な太古からの生が息づいていることが少しずつ分かってきた。

魚やイルカなどに電子タグをつけて生態を把握することはある程度はできている。
しかし、そこらへんにいるクラゲでさえ、その真の生の実態はわかっていない。

人類は、ここ100年をみても、ありとあらゆるゴミを海に垂れ流し、PCBなどの有害物質を魚や鯨などに蓄積させ、核廃棄物を野放しで海中に放棄し、街から川へそして海へ分解不可能なプラスティックを流し込んできた。

海が、海の生きものたちが、ある日、ヒトに逆襲を始めたとしておかしいことがあるか?


中東の石油に依存したくないノルウェーの国営石油会社が大陸棚のメタン層を調査中、メタンを覆う氷層を食い破る新種のゴカイを発見する。氷層がもしなくなれば大陸棚は崩壊し、メタンガスの放出と壊滅的な津波とに帰結する。
記録映像に一瞬とらえられた巨大な発光生物。
カナダ、バンクーバーではホエールウォッチングの船にありえないことに鯨が襲いかかる。
南米、オーストラリアで、カツオノエボシ、ハブクラゲといった猛毒のクラゲがあちこちの海岸でヒトを集中的に刺し死に至らしめる。
無数の貝が船底にへばりつき座礁する船が続出する。
パリの三つ星レストランではシェフが市場で選び抜いたロブスターが爆発し、病原体が拡がる。

ばらばらな現象は、なにか海が、海の生物がある意思を持ってヒトに敵対してきているように見えてくる。


エイリアンが攻めてきて、大統領の決断と補佐する役回りが活躍して大団円というハリウッドのパニック映画を思い浮かべるかもしれない(現にすでにハリウッドで映画化が決まっているらしいが)。
常として原作と比べたらまったく期待できない。どうせすべて英語で通すだろうし。

原作の小説『深海のYrr(イール)』(フランク・シェッツィング/ハヤカワ文庫/原著2004年刊)は、その類のものではない。

1957年ドイツ・ケルン生まれの著者は大学でコミュニケーション学を専攻し、大手広告会社でクリエイターとして活躍した後、広告代理店と音楽プロダクションを設立、かたわら小説を書いている。

かたわらといっても4年間をかけた最新の地球科学、生命科学・哲学に基づいた構成とストーリーテリングは素晴らしい。

6 29, 2008 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

テグ(大邱)の家庭キムチ

里帰りした在日韓国人の卒業生が、テグ(大邱)の実家で母親が作ったキムチを持ち帰って急に訪ねてきた。

右からペチュ(白菜)キムチ、
中はチョンガーキムチ(小型のチョンガー大根を使う)。
「チョンガーというのは独身の男の人のことです」というので、日本でもそのまま同じ意味で使うんだよというと驚いている。
左は韓国シソを漬けたもの。日本のシソとは少し味が違うらしい。やや甘辛い。
手前は魚の肝とニンニクのキムチ。

いずれも唐辛子の他に10種以上の素材やダシが漬け込まれて味わいが奥深く、乳酸発酵につれてまた少しずつ変わってくる。

「私は今日には持ってきたかったです」

6 29, 2008 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月28日

由比ガ浜の夜光虫

鎌倉由比ガ浜から坂ノ下にかけて、今晩は夜光虫が見られた。
発光性の植物プランクトン。青白く光る。

私が行った頃は残念ながらかなり少なくなっている。

めったに見られないが初夏に多く現れる。

6 28, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち | | コメント(0) | トラックバック(0)

鎌倉海開き

きょうから鎌倉の由比ガ浜、材木座、腰越の海浜が「海水浴場」として海開き。
LifeGuardも仕事始め。

6 28, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月27日

今朝のおはよう-153 名残りアジサイ

庭に8種ほどあるアジサイの最後の2種、額アジサイと青テマリの名残り咲き。

雌雄シンの鮮やかなブルーが美しい。

6 27, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月26日

ビワの葉風呂

Partnerが、一年ほど前から腕や足の湿疹に悩まされている。
医者はステロイド薬をすすめるが、やはり自然療法で治したいと調べ、ビワの葉が効くことを知る。

ビワは「大薬王樹木」と呼ばれ古代からさまざまな薬用に使われてきている。
庭に一本あるといいだろうと、ちょうど由比ガ浜通りの植木屋さんにあった2mほどのものを購入した。
実はもうそろそろ終わりだがすばらしく旨い。

葉を入れてビワの葉風呂。

出てずいぶんしても温泉に入った後のように身体が温かい。

6 26, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月23日

ルナちゃんに『にほんご』を使って教える

安野光雅、大岡信、谷川俊太郎、松居直が編集にあたった『にほんご』(福音館書店)という名著がある。
1979年に刊行され、何度も手元からなくし、今持っているのは2007年3月の第49刷。

小学校で初めて学ぶ言葉の教科書の試案として編まれたが、これまでの国語教科書にはない特長がある。

谷川俊太郎が代表してあとがきに書いてあることをまとめると、

1.
文部省学習指導要領にとらわれない小学校一年生のための国語教科書を想定したものであり、現代日本の学校教育制度、教科書をなかだちとする教師と生徒の関係を無条件では前提としていない。

2.
「読み」「書く」よりも「話す」「聞く」ことを先行させている。
まだ読み書きがよくできない子どもでも、すでにかなり複雑な言語経験は持っているからだ。

3.
言語を知識としてではなく「自分と他人との間の関係をつくる行動のひとつ」としてとらえていること。
「ことばは口先だけのものでも、文字づらだけのものでもなく、全身心をあげてかかわるものだ」ということを知ってほしいこと。

4.
「ことばには心だけではなく、それと切り離せぬものとして体、つまり文体と呼ばれるものがある」ということを暗誦を想定した文例で示すこと。

5.
日本語を、世界にあるたくさんの言語のひとつとしてとらえること。
いわゆる共通語を基本とするが、地域語の持つ共通語にはない働きにも関心をうながすこと。

6,
日本語に関して、子どもたちに教え込む知識と総量があるとは想定しない。
母語である日本語を通して、子どもたちにことばと、ことばを通しての人間のあり方にめざめてほしい。
基本は教える者と教わる者との間の人間関係。
この「教科書」はもとより絶対的なものではなく、これをどう生かすかは個々の教師の工夫次第。


で、ルナちゃんの日本語レッスンのなかにこの本を使っての勉強を取り入れる。

まず、読み上げさせる。
ひらがなの字面をおってたどたどしく読み上げることはできる。
次に意味を理解させる(例によってスペイン語への翻訳ソフトも横で併用して見せる)。
私たちが日本語としての自然なイントネーションや区切りをつけて読んできかせる。
それにあわせてまた読んでもらう。
ノートにその通り書かせる。
というサイクルを基本としてときどき関連するような横道にそれる。

が、とっぱなでつまづいてしまった。
書いてある文章はこうだ。

ないたり ほえたり さえずったり、
こえをだす いきものは、
たくさんいるね。
けれど ことばを
はなすことの できるのは、
ひとだけだ。

最初の3行の意味を説明してもルナちゃんはなかなか理解できない。
日本の子どもだったら接続助詞「たり」は自分で使わなくとも「泣いたり笑ったり」「寝たり起きたり」などとしてすぐにわかる。
それは別としても、これをもし英語やスペイン語に翻訳するとしたら、構文の順はまったく異なってくる。

(世界には)声を出す生き物、(例えば)鳴く(猫とか山羊とか虫とか)、吠える(犬とか虎とか)、さえずる(鳥)ものはたくさんいる。

情報内容をプレーンに伝えようとすれば基本的にはこうなる。
(修辞的には他の順もいくらでもありうるだろう)。

私たちは日本語を頭から順に意味を分からせようとしてしまい、おそらくルナちゃんは、この文章の順番の関係がわからなくなってしまったのだ。
しばらくおいといて先へ進もうとすると彼女は釈然としない表情。
どうも納得できるまで理解しないと気が済まない性格なのかもしれない。
それはそれでとてもいい面なのだが、今の日本の学校の中では、どうしてそんなことも分からないの、と困ったちゃん扱いされるのがわかりきっているからちょっと気がかり。

何がどう分からなくて、どういう違った思考回路に入っているかをできるかぎり早く理解してあげること、の重要性にあらためて気が付かされる。


次の3行はまた別の意味で難題だ。

「文字」を使うことのできるのはヒトだけ、だったら分かる。
「ことば」を話すことができるのはヒトだけ?

犬だって犬語で話してるよ、人間のいうこといっぱい分かるし、ことばは違うけれど話してるよ、
とどうも10歳の頭の中で疑問がうずまいているらしい。

こういう子どもの疑問を決して切って捨ててはならない。

これは現代の言語学や生物学でもさまざまな学説がある、けっこう根源的(ラディカル)な疑問なのだ。

「ことば」をもし、他とのコミュニケーションをはかるために発声するものと広くとらえれば、犬も言葉を発している。

Micだって、食事前や親しい人が来たときの喜びのとき、散歩をねだるとき、八つ当たりしているとき、他の犬と遊びたい願望のとき、警戒威嚇のときでは同じ「ワン」でも全然違う。

人間は「言葉」を発声する音韻の複雑さやヒトが聞こえる音域に勝手に限定しているが、イルカや象のヒトになど聞こえない超音波や低周波での高度なコミュニケーションはどうなるのか?

象が2Kmも離れたはぐれた仲間と交信し、群に導くことができるような能力の前で、そんなに「ヒトのことば」は唯一の優越性を持っているのか?


「教える」ということは、何か一方的に知識や考えを授ける、というようなものではまったくない。
教え、教わるものとの関係の中で、互いに何かを発見していき、互いに豊かになっていくプロセスであるだろう。

6 23, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

Day's KAMAKURA(鎌倉長谷)のロコモコ

ロコモコ(LOCO MOCO)。
ハワイで戦後、日系人が食堂で出し、今ではハワイでは身近な定番メニュー。

丼飯の上にハンバーグ、トマト、ふんわりオムレツ(ハワイでは目玉焼きが普通)にデミグラスソースという日米合作のようなもの。

まあ、カロリーは私の一日分くらいはありそう。

6 23, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月22日

教え子たちと

教え子たちと。

6 22, 2008 11.教育と学びのデザイン, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

福岡ハカセの「なぜ私たちは太るのか」講義

「週刊文春」に先月から連載されている「福岡ハカセのパラレルターン パラドクス」がとても面白い。
『生物と無生物の間』『もう牛を食べても安全か』などで有名な分子生物学者、福岡伸一先生だ。

今週(6月26日号)は「なぜ私たちは太るのか」
青山学院大学での「毒と薬」という講義の一端。


あなたがイチゴのショートケーキを食べるとする。

一個約200g。
このうち水分は50%の100g。
水分は身体の中でバランスが取られるので、余分な水分は尿、汗、呼気として排出され、身にはつかない。

残りの100gの内訳。
小麦粉、クリームなどの炭水化物が60g、タンパク質20g、脂肪20g。

栄養素をカロリー計算する簡単な式
炭水化物  1g=4kcal
タンパク質 1g=4kcal
脂肪    1g=9kcal

そうするとこのケーキは
炭水化物  4×60=240kcal
タンパク質 4×20= 80kcal
脂肪    9×20=180kcal
計500kcalにもなる。

たとえあなたが一日部屋にひきこもり状態だったとしても、心臓と肺を動かし、体温を維持し、細胞を活動させるのに必要なエネルギー量は約2000kcal(もちろんこれは個人差や活動量にもよるので、あくまで平均)。

他に何も食べなかったなら、この500kcalはすべて基礎代謝に必要なエネルギーとして燃やされ、燃えかすは水と二酸化炭素となって排出される。
しかし、食事ですでに2000kcalを摂取していたとしたら、このケーキの500kcal分は、余剰となり、あなたの体重は増加する。

ここまでは小学生でも習うだろうし実感としてわかる(?)人も多いだろう。
さて、ここからがハカセの講義の眼目だ。

「これはある意味でヒトの悲しい性(さが)でもあります」とハカセは述べる。

ヒトの祖先が地球上に出現して以来十数万年の間のほとんどは今日の食糧をどう確保するかがもっとも重要だった。
次にいつ食糧にありつけるか分からないから、大きな動物をしとめることができたらむさぼり食い、余剰のエネルギーをすばやく蓄積する仕組みを発達させた。

わたしたちの遺伝子は、今日のような飽食の時代を全く予想していませんでした。
つまり、私たちの生理的メカニズムは洞窟で飢えていた時代のまんま
。だからこそ余剰のカロリーをちょっとでも摂取すると、それはすぐにでもお腹の周りの脂肪となってためられてしまう。これはほんとに当然のことなのです。
そして驚くべきことは、ケーキならたった四つで一日のエネルギー必要量をあっという間に充足してしまうという事実なのです。甘く見てはいけません」


写真はリモージュ・ボックスの「イチゴのショートケーキ」「イチゴのタルト」

過去記事
砂の城 ー『生物と無生物のあいだ』

6 22, 2008 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月21日

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる。

横で私が「日ー英ー西翻訳ソフト」を使って打ち込み、スペイン語での説明をリアルタイムで示す。

「これは50年前の東京」(Es hace 50 años Tokio)
「東京は今とはまったく違う」(Tokio es ahora totalmente diferente)
「彼女は田舎から働きに来た」(Vino a trabajar del país)
「彼女は仕事が期待と違うのでがっかりした」(Porque era diferente de la expectativa en trabajo, fue defraudada)
「売れない小説家」(El novelista que no es popular)
「ルナと同じ小学校5年生」(Un quinto alumno mismo como Luna)
「彼は、彼女は自動車修理が得意と思いこんだ」(Le convencieron que estaba buena en la reparación del coche)
「彼女は借金をかかえていて、元の踊り子に戻らねばならない」(Tiene una deuda y debe devolverse a una muchacha del baile original)

といった具合。

「ただいま」「お帰り」「やったぁ〜」などと繰り返している。

感想は、muy lindo(かわいい)、interesante(面白い)、gusto mucho(とっても好き)


庭の色づいたミニトマトやワイルドストロベリーを摘ませたり、シソ、レモンバーム、バジル、三ツ葉、アップルミント、ペパーミントなどの葉の香りをかがせたりした後、麻心に連れ帰る。

父親のシンさんに、面白かった、泣きそうになった、と報告している。


写真は、混み合う店で配膳や片付けを手伝うルナちゃん。


讃『ALLWAYS 三丁目の夕日』
『ALWAYS 続・三丁目の夕日

6 21, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月20日

マリー・アントワネットの処刑記事を読む

今月公開されたイギリスの代表的新聞社 "Times" の"Times archive" サイトは実にエキサイティング。
なにしろ1785年から1985年までのTimes紙2000万の記事、紙面が無料で(今のところ)読めるのだ、

1785年(18世紀末)! からだよ。

日本でいえば江戸時代後期、天明5年。将軍は家治の時代。
朝鮮,琉球,蝦夷,小笠原諸島を記述した林子平『三国通覧図説』が成った頃。

この年、イギリス産業革命のメルクマールとなったカートライトの「力織機」が発明された。
フランス革命、人権宣言はまだこの4年後だ。

歴史書からしか知ることができなかった、フランス革命も、ナポレオンの盛衰も、ラッダイト運動も、パリコンミューンも、その当時どう新聞記事として伝えられたかが見られる。

マリー・アントワネットがギロチンの露と消えたことを記した1793年10月23日の記事。

案内ツアーページ "Take our Interactive Tour"

アメリカの代表的新聞社 "New York Times" の
"TimesMachine"サイト
は、1851年から1922年までの紙面がPDF化され個々の記事にパーマリンクが貼られ、各種検索、テキストをコピーすることもできる。

こちらは同紙の宅配購読者にはすべて無料。その他はサンプルを見ることができる。
1916年4月16日付けのタイタニック号沈没ニュースの紙面。


いずれも新聞における情報編集、メディア史、紙面デザイン、タイポグラフィ、印刷史などの観点からも貴重。


将来的に通信・ネットワークに飲み込まれることを相変わらず理解できず、TVとの連携などで生き残ろうとあがく日本の大新聞社たち、考え直した方がいいよ。

という前に「新s(あらたにす)」なんてつまらないことをやっていないで、これに匹敵するくらいのことをしたらどうよ、世界一の発行部数だの良識の砦を誇る日本の新聞社。

6 20, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月19日

今朝のおはよう-152 アジサイと「モミジ」

庭のアジサイの葉の上で「モミジ」がひなたぼっこ。

6 19, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月18日

日本語レッスン初回

ルナちゃんの日本語レッスンを始める。

きょうは初めてだから私の家やお互いに慣れ、彼女がどのくらい日本語を理解しはじめているか、どういうことに興味を持ち、意欲をもっているかを知る段階。

日本語とスペイン語が交互に出てくるCDをかけてみるが、日本語の表現がどうにも大人のもので10歳の少女のものではないのでやめる。

ひらがなは読めるがカタカナはまだまだ。
書く方もこれから。
五十音順はなんとかわかるので小学生向けの国語辞典の引き方も少し教える。

かなは基が漢字であるにせよ表音文字だから性格は理解できるが、表意文字である漢字は難しい。
一文字で意味を持ち、かつ複数漢字の組み合わせで多様な意味を表す言葉をなす。
さらに漢字一文字は漢語(「中国語」)では一音だが、日本で使われる漢字は複数の音と訓があることをアルファベット圏で育った子どもに分からせるのは少しずつしかできない。

旅の指さし会話帳を使ってもスペイン語の質問が分からないと、西ー英ー日の翻訳ソフトに彼女が打ち込み(キーボード操作はけっこうできる)それをみて答える。

「10歳の子どもは漢字を覚えなくてはなりませんか」と出てきた。
小学国語辞典の後ろに小学校で学年別に学習する漢字表があるのでそれを理解させる。
9月から5年生に編入するのでここまではと教える。

互いに、ふぅ。

6 18, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月17日

今朝のおはよう-151 キュウリベイビー

朝陽まぶしくキュウリベイビー。

6 17, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月16日

今朝のおはよう-150 マローの花

次々に咲くマローの花を摘んでティー作りの準備。

6 16, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月15日

黄緑色の意思表示

観光客が行き交う由比ガ浜通りのアジサイの鉢植えを付けた街灯、店々に黒ではなく鮮やかな黄緑色の布がさまざまな形で巻き付けられている。

それってどうなの鎌倉-2 商店街に斎場で記した葬儀場建設反対の意思表示。

6 15, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

麻心の新しい看板

「麻心」(鎌倉長谷)の新しい看板。

お客のみっちゃんのダイナミックな絵と、増山理人くんが丁寧に木を削り出した力作看板。

今週の土日は階段下まで待ち客があふれ、入れない。

6 15, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月14日

今朝のおはよう-149 茄子の一番果

庭の茄子の一番果を収穫。
ほんとうは一番果はもう少し小さいうちに採るべき。
皮がぷりぷりしている。

西洋ほうれん草も少し刈り一緒に。
黒米入りご飯と。

6 14, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月13日

『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠/岩波新書)

アメリカの主導する「グローバリゼーション」と「新自由主義」は、属国日本では小泉の「構造改革」として、さまざまな「規制緩和」「民営化」があたかも政治経済を革新し、新しい活力を生み出すかのような幻想をまき散らして蔓延した。

19世紀末以来の資本主義が掲げる「自由主義」は経済的な市場原理とセットで社会的な公正、モラル、福祉保障などとまがりなりにも共にあった。

平等な機会などかなぐり捨て、公的責任の大幅な削減、市場競争原理、経済効率一辺倒の「新自由主義(構造改革)」が生み出した現在の結果は何か。

年金、医療などの社会保障費、法人税を軽減され地方地場のこれまでの取り分まで吸収した大企業は利益を上げているが、稼ぎ出したなかの労働分配率は著しく下がった。

専門分野に限定されていた「派遣法」が1999年に改悪され、2004年には製造業まで「規制緩和」された。
派遣・請負業があらゆる業種・職種に浸透し、労働雇用条件は不安定化、細切れ化、切り下げられ続けている。

1998年から2005年までのわずかな間に、正規従業員は450万人消え、非正規労働者が500万人増えた。
戦争や革命が起きたわけではない。国民が何かのかたちで「同意」したわけでもないうちに、今や日本の働き手の3人に1人はパート、アルバイト、契約社員、派遣社員などの「非正規」になってしまい、今後もその割合は増え続ける。

かつて「一億総中流」などといわれた「中流」はもちろん幻想で崩壊し、さまざまな生活面でのセイフティーネット(雇用・社会保障・公的扶助の三段構えで「有る」はずだった)が機能しなくなり、日本の相対的貧困度は先進国中アメリカについで一気に2位になった。
アメリカにならって「貧困ビジネス」が跋扈する。

「うっかり足を滑らせたら、どこにも引っかかることなく、最後まで滑り落ちてしまう『すべり台社会』化」『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』湯浅誠/岩波新書)が猛烈な勢いで進んでいる。

給与所得年収200万円以下の人は2006年に1000万人を超えた。
300万円以下では1740万人。
日本の労働者の3割近くにのぼる。

「勝ち組ー負け組」「希望格差社会」「下流社会」などの懸念、警鐘の段階を超え、「貧困」が日本社会の中でおそらく明治・大正以来あらためて真正面から直視せざるをえなくなっている。

これは為政者や経営層がいうような「自己責任」の問題では断じてなく「政治」「社会」の問題だ。

「自己責任論」は「他の選択肢を等しく選べたはず」ということを「前提」として成り立つ。しかし「貧困」とは「他の選択肢を等しくは選べない」からなるのだ。


反貧困「もやい」の活動をすすめている湯浅誠氏は『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』のなかで、貧困状態に至る背景として「五重の排除」があると述べている。

1. 教育課程からの排除
福沢諭吉以来、貧しくとも刻苦勉励すれば立身出世は可能と希望を持たされてきた。現在、親の貧困は子どもを教育の平等な出発点にはとても立たせられない。

2. 企業福祉からの排除
非正規雇用が典型だが、単に低賃金、不安定雇用というだけではなく、各種の社会保険に入れず(従って失業時の保障もなく、職業訓練も受けられない)、正社員が受けているさまざまな福祉からも無縁だ。
派遣社員は派遣先企業に対して労働者としての基本的権利さえ持てない。
彼らの労働費用は「人件費」ではなく「資材調達費」扱いであり不断の「在庫調整」の対象にすぎず、派遣会社の入札すら行われる。
派遣会社の借り上げアパートなどで暮らしていた場合、首を切られれば即路頭にまよわざるをえない。

3. 家族福祉からの排除
貧困は世代間に連鎖し、親や子どもに頼れない。

4. 公的福祉からの排除
生活保護制度は、「水際作戦」と呼ばれる追い返す技法ばかりが肥大し、本当に必要な人々に手を差し伸べていない。

5. 自分自身からの排除
1から4までの排除を受け続け、しかもそれが「あんたのせい」と「自己責任論」で片付けられ、さらにそれが本人まで内面化して「自分のせい」と考えるようになってしまうと、何のために働くのか、生きるのか。それに何の意味があるのか、どんな意義があるのか。そうした「あたりまえ」のことが見えなくなってしまう。

人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。ある相談者が言っていた。『死ねないから生きているにすぎない』と。周囲からの排除を受け続け、外堀を埋め尽くされた状態に続くのは、『世の中とは、誰も何もしてくれないものなのだ』『生きていても、どうせいいことは何一つない』という心理状態である。
期待や願望、それに向けた努力を挫かれ、どこにも誰にも受け入れられない経験を繰り返していれば、自分の腑甲斐なさと社会への憤怒が自らのうちに沈殿し、やがては暴発する。精神状態の破綻を避けようとすれば、その感情をコントロールしなければならず、そのためには周囲(社会)と折り合いをつけなければならない。しかし社会は自分を受け入れようとしないのだから、その折り合いのつけ方は一方的なものとなる。その結果が自殺であり、また何もかもを諦めた生を生きることだ。生きることと希望・願望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生きることが可能となるような状態。これを私は『自分自身からの排除』と名づけた


ここ5年間の日本の自殺者が16万人、
私が住んでいる鎌倉市の総住民ほどの数の人々が自ら命を絶つという社会が正常、健全であるはずがあるか?


写真は「反貧困ネットワーク」のシンボルキャラクター「ヒンキー」
ヒンキーはオバケだ。
なぜオバケかというと貧困は「ある」と「ない」の間にあるから。

貧困の最大の特徴は「見えない」こと、
そして貧困の最大の敵は「無関心」

貧困とは常に『再発見』されるべきものである」(『現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護』 岩田正美/ちくま新書)


NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい

反貧困ネットワーク

6 13, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-148 若葉

朝陽にまぶしく輝く庭のトウモロコシの若葉。

6 13, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月12日

今朝のおはよう-147 白アジサイ

濡れそぼつ庭の八重白花アジサイ。

6 12, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月11日

今朝のおはよう-146 キュウリの花

庭に鮮やかな黄色、キュウリの花。

6 11, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月10日

心臓カテーテル検査

心臓カテーテル検査。

「カテーテル」というのは合成樹脂製の細長い管で、肘の内側(大腿の場合もある)の動脈に入れ、血管を通じて心臓まで到達させる。管を通してレントゲンに写る造影剤を流し込み、心臓の働き、血管の具合を診断する。

検査医師はモニター映像を見ながらカテーテルを操作し、必要な検査を行う。

ふつう15分から20分と言われていたのだがなかなか終わらない。
医師が「う〜ん」とかうめきながら別室に消え、別の医師に交替し、なにか重大な欠陥を発見したのかと不安になる。
心音の規則的なピッ、ピッというスピーカー音が早くなったり、突然ピ、ピとなったりしてこれも恐怖。

おそらく30分を過ぎたころ「右の冠状動脈になかなか入れないので別のカテーテルを使います」と言われ、なんというか「引き上げ」「再挿入」。また不安。

カテーテルの挿入は麻酔しているので痛みはないし、心臓自体をいじくりまわされているのだがそれは何も感じない。ただ動脈血管を直にさわられているといったちょっと不快な違和感。

40分ほどかかって終わる。
「何も問題は無いですね」
ふぅ。

止血はけっこうたいへんだ。
挿入口を密封し、血圧以上の空気圧を加え、何時間もかけて徐々に圧を減らしていく。これがなかなか腕が締め付けられ指先が麻痺し痛い。
OKとされて器具を取り外し、絆創膏を貼ってしばらくしたら、みるみる真っ赤になり血がしたたり落ち、また何時間か器具をつける。

造影剤を洗い流すための点滴も同時にずっと行われている。

別の医師からモニター映像を見せられながら説明を受ける。
自分の心臓のなかの映像を見るというのはちょっと不思議なものだ。
血管が、由比ガ浜に打ち上げられている海草のように枝分かれし、釣り針のようなものがひとつずつの血管を点検のためちょっと持ち上げたりする。

もう十年来、ときどきの左胸の不快感に悩まされ、心臓障害に不安を抱き、ずいぶんと検査もしてきたのだがよく判明しないできた。

「心電図、超音波エコーなどを含めて、心臓に関してはなんの問題もありませんね」

ふぅ!


写真はコンピュータ・グラフィックスの日本における先駆者のひとり出原栄一『樹木』(1983/築地書館)より
※色調加工してあります

6 10, 2008 23.日々のなかで | | コメント(2) | トラックバック(0)

2008年06月09日

病室の夜中

心臓の検査入院。

4名ほどは入っている病室で午後9時消灯。
個人スペースの電気は付けて本を1冊読むが、夜中過ぎまでつけ続けるわけにもいかず、酒も煙草も無しの零時過ぎ、消して横になる。

こんな時間に眠りにつけるわけがなく、聴覚のみ働く。

夜中の病院は静寂につつまれて、などいない。
実にいろいろな音があふれている。

早々と眠り込んだ同室者のいびき、
外の車の音、
総合救急病院なので救急車の出入りのサイレン、
痛〜い、痛~い、という別室の叫び、
意味不明のうなり声、
かあさん、かあさ〜ん、という老人の声、
看護士の押す心電図や血圧計を載せたワゴンの音、
なにかが落ちたガシャンという音、
トイレに行くピタピタとしたスリッパの音…

そして自分の心臓の鼓動…


写真は記事とは関係ありません。稲村ヶ崎の海辺で。

6 9, 2008 23.日々のなかで | | コメント(1) | トラックバック(0)

2008年06月08日

今朝のおはよう-145 明日葉

2、3年前小鉢で購入して植えてあった明日葉(あしたば)が、今では1m50cmほどにがっしりと育った。一年中葉を繁らせ、採っても次の日にはまた若葉が出てくるのでこの名という。

商業用には主として八丈島で生産されている。

ビタミンA、カロチン、カリウムがとても多く、茹でてもビタミンなどがあまりなくならない。


小林カツ代の野菜料理ミニ事典』(小林カツ代&キッチンS/じゃこめてぃ出版)はおいしく旬の野菜を食べるためのちょっとしたポイントが丁寧に書かれていて大好きな料理書だ。

あした葉のところには「あした葉の磯炒め」と「あした葉のおひたし」が載っている。
「磯炒め」に惹かれて読むと、湯がきざっと強火で炒めたあと「火を止めて焼き海苔1枚をもみ入れ、全体にからむように混ぜ、お皿に盛る」とある。
なるほど、それだけで「磯」の香りと楽しめる。

6 8, 2008 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月07日

海辺のふたり(Father and Daughter)

夕方の由比ガ浜で父と娘が遊んでいる、と思ったら麻心のシンさんと娘のルナちゃん。

コロンビアでは海からは遠かったし、こんな風に、しかも父親と遊ぶことはできなかった。

6 7, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月06日

スペイン語圏で育った少女に日本語をどう教えるか

コロンビアから先月やってきたばかりのルナちゃん(10歳)にPartnerと私が日本語を教えることになった。

ルナちゃんは9月から鎌倉の小学校に通う予定だが、スペイン語しかわからない。
こちらはスペイン語はほんのカタコト程度。

先日『旅の指さし会話帳 スペイン』をあげたらとても喜んでいたそう。

さて、どう教えていくか。

安野光雅『あいうえおの本』(福音館書店)、村上勉『あそぼうあそぼう あいうえお』(あかね書房)、五味太郎『ことばのえほん あいうえお』『かずのえほん 123』(絵本館)、『すてきなひらがな』『ステキナカタカナ』を本棚から引っ張り出して眺め、先月出た『素敵な漢字』(講談社インターナショナル)を購入。

どれも文字と言葉とそれを通した世界への想いがこめられた絵本作家の名作。

ルナちゃんにあげることにする。

6 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

今朝のおはよう-144 マローの花

私の身長くらいに育った庭のコモンマロー(Mallow)の花。
和名ウスベニアオイ。

まだ写真に撮ったことはないのだが、花を乾燥させてハーブティーにすると、最初鮮やかなブルー、そしてだんだん淡いブルーへ。
レモンのスライスを一切れ入れ、すぐに取り出すと濃いピンク色に変化、しばらくすると淡いピンク、そして紅茶のような褐色になる。

咳止めに効能。
若葉はおひたし、ソテーに。

6 6, 2008 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | |