松原庵(鎌倉由比ガ浜)-6
7 31, 2007 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
遊びにきた女優の近藤佑子ちゃんが買ってきてくれた「ポタジエ(Potager)」のケーキ。
「ポタジエ」はフランス語で「家庭菜園」。
2003年に宇都宮でオーガニック野菜がメインの店を開いた柿沢安耶さんが、デザートに野菜を使ったスイーツを出して評判になり、2006年に中目黒に「パティスリー ポタジエ」をオープン。
左から、グリーンショートトマト、ゴボーショコラ、トウモロコシのミルフィーユ、ベジロール・ジャガイモ、アボガドレアチーズ。
7 30, 2007 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代選書)よりー
「海辺の砂浜を歩くと足元に無数の、生物と無生物が散在していることを知る。…ふと気がつくと、その隣には、小石とほとんど同じ色使いの小さな貝殻がある。そこにはすでに生命は失われているけれど、私たちは確実にそれが生命の営みによってもたらされたものであることを見る。小さな貝殻に、小石とは決定的に違う一体何を私たちはみているというのだろうか。
『生命とは自己複製するシステムである』
生命の根幹をなす遺伝子の本体、DNA分子の発見とその構造の解明は、生命をそう定義づけた。
貝殻は確かに貝のDNAがもたらした結果ではある。しかし、今、私たちが貝殻を見てそこに感得する質感は、『複製』とはまた異なった何物かである。小石も貝殻も、原子が集合して作り出された自然の造形だ。どちらも美しい。けれども小さな貝殻が放っている硬質な光には、小石には存在しない美の形式がある。それは秩序がもたらす美であり、動的なものだけが発することのできる美である。
動的な秩序。おそらくここに、生命を定義しうるもうひとつの基準(クライテリア)がある」
写真は由比ガ浜で。
7 25, 2007 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代選書)に、自然界のなかでの生命とはどのようなものなのか、についての素晴らしい比喩の記述部分がある。
要旨ー
遠浅の海辺に作られた砂の城。
ときに波が砂粒を奪い、風は乾いた砂を削る。
しかし時間が経過しても城は姿を変えない。いや変えていないように見える。
目に見えない小さな海の精霊たちが、削られた壁に新しい砂を積み、穴を埋め、崩れた場所を直しているのだ。
それだけではない。海の精霊たちは、波や風の先回りをして、壊れそうな場所をあえて壊し、修復と補強を行っている(秩序は守られるために絶え間なく壊されなくてはならない)。
しかし重要なことは、今この城の内部には数日前、同じ城を形作っていた砂粒はたった一つとして留まってはいないということだ。砂粒はすっかり入れ替わっている。そして砂粒の流れは動き続けている。
にもかかわらず砂の城は確かに存在している。
実体としてではなく、流れが作り出した「効果」としてそこにあるように見えているだけの動的な何かなのだ。
砂粒を、自然界を大循環する水素、炭素、酸素、窒素などの主要元素、海の精霊を、生体反応をつかさどる酵素や基質に置き換えると、砂の城は生命というもののありようを正確に記述していることになる。
生命とは要素が集合してできた構成物などではなく、「動的平衡(Dynamic Equilibrium)にある流れ」なのだ。
近代西欧の哲学や諸科学の機械論的生命観から、こうしたまったく新しい生命観への路はまだわずか70年ほど前から始まったにすぎない。
20世紀の分子生物学が切り拓いてきた地平と最新の知見にとどまらず、社会、組織、プロジェクトやネットワーク、コミュニケーションについてもさまざまな示唆を与えてくれる実に刺激的な、そしてなにより「生命」の神秘に対する敬虔な探求の念に満ちあふれた書。
7 24, 2007 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
上野毛オープンキャンパスでアーロン・マーカス氏の講演を聴く。といっても前半だけで後半は聴いていない。
「異文化コミュニケーション」うんぬんと題されていたが、けっきょくグローバル企業が異文化に入り込んでグローバリゼーションを貫徹するためにはこういう文化的背景を考慮してアピールしなければなりませんよ、ということをデザイン面からコンサルティングしていることのプレゼン。
ひらたく言えば、このボトルの形状や色のままではここには進出できませんよ、こういう歴史的社会的文化的背景を考えてここではこうしなさい。
さらに、いわゆる「ユーザビリティ(使い勝手)」という「フィジカルな(身体的な)」面だけでなく、「User-Experience Design(ユーザーの経験のデザイン)」という「スピリチュアルな」ことまでも考えなさい(そこまで影響・支配しなさい)。
異文化をできるかぎり理解するということは当然必要であり、その上で人々にアピールすることに資するのがデザインだ。
この人の華々しい業績から、狭い意味での「デザイン」面で学ぶことは多々あるだろう。
しかし「何を」「誰のために」アピールするのか?
私は微力ながらグローバル企業のためではない違う(反対な)方向に資することを目指します。
この問題の背景を考えるうえでのとりあえずの参考文献:
『グローバリゼーションとは何かー液状化する世界を読み解く』伊豫谷登士翁
『グローバリゼーション・スタディーズ 入門編』
『グローバリゼーション・新自由主義批判事典』
『グローバリゼーション(知の攻略 思想読本)』伊豫谷登士翁
『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』
『オルター・グローバリゼーション宣言ーもうひとつの世界は可能だ!もし…』スーザン・ジョージ
『グローバリゼーション・スタディーズ1 総力戦からグローバリゼーションへ』山之内靖・酒井直樹
『グローバリゼーション・スタディーズ2 グローバリゼーションの文化政治』テッサ・モーリス=スズキ他
『グローバリゼーションのなかのアジアーカルチュラル・スタディーズの現在』編集=伊豫谷登士翁・テッサ・モーリス=スズキ・酒井直樹
7 19, 2007 07.デザインの世界, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
え〜、今日は写真はありません。
小雨の由比ガ浜をMicを散歩させていて異様な犬の散歩集団?に出会いました。写真は撮れませんでした。
ゴールデンレトリーバーをゆったり引いているのはアロハシャツを着た恰幅のいい中年男。後ろから別の男が傘をさしかけている。
前方十歩ほどのところを同じく左右十歩ほどの間隔に散開した剣呑な目つきの男二人があたりを睥睨しながら先導する。
犬を引いている男の後ろを包み込むように五名。
十歩ほど後方に別の男。やはり傘がさしかけられ、同じく包み込むように五名。
さらに十歩ほど遅れてしんがりの二名。
昨日の千葉真一の俳優引退表明とタイアップしているのだろうが、ここ数日WOWOWで中島貞夫『沖縄やくざ戦争』(この舞台の1972年復帰前後の、沖縄那覇、コザには当時住んでいたのでこれはこれでおもしろかった)など千葉真一特集を放映しており、深夜仕事をしながら横目でながめていたが、そのなかで親分が愛犬を散歩させている最中に対立組織の鉄砲玉(昔懐かしい尾藤イサオ)に射殺される場面があった。
滑川までの行き帰りに二度も行き会ってしまう。
毎日のように由比ガ浜を散歩しているが初めてのこと。
7 17, 2007 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
明日16日(月)から18日(水)まで私のところ(多摩美術大学造形表現学部)の。オープンキャンパス。
キャンパス、授業やプレゼンテーションの公開、特別講演会、進学相談などさまざま。
明日はデザイン学科専任教員によるトークショー『不都合な真実をデザインする』がPM2から。
趣旨(文責:高味)
アル・ゴアは著作『不都合な真実』のなかで、学生のころから30年以上取り組んできた地球温暖化の問題がもうのっぴきならないところまできていることに警鐘をならし、しかしまだ私たちには解決の方向があることを示しました。
ゴアのスライド講演に接して感銘を受けた映画プロデューサーたちは、講演では数百人にしか伝えられない、この問題は何百万という人々に伝えたいと映画『不都合な真実』を作りました。
私たち多摩美術大学(上野毛)デザイン学科の教員たちは、これらの問題の解決に私たちや学生たちが身に付けつつある「デザインの力」を活用したいと考えています。
私たちが「デザインの力」を使ってとりあげるべき『不都合な真実』は地球温暖化の問題にかぎりません。
わかってはいても便利さや効率や安価さを優先してしまう生活スタイル、
科学技術が発達すれば解決できるのではという楽観、
誰か専門家が取り組んでくれるだろうという非当事者意識、
どうせひとりでは何もできないという諦め、
明日やればいい、と次の世代にツケを先送りする無責任、
これに類するすべてのことがらがデザインの対象となる『不都合な真実』です。
20世紀のデザインは、大衆社会化・工業社会化のなかで、大量生産・大量消費・大量廃棄、利潤追求に寄り添うかたちで進展し、世界のさまざまな否定的側面にはなるべく関わらないようにしてきたといっていいでしょう。
もし「デザイン」ということの目的が人々のほんとうの意味での幸せを実現することであるならば、21世紀、これからのデザインを担う若い人々には、これらの問題に正面から向き合い、クリエイティブな力を発揮してほしいと願います。
映像もアニメーションもウェブもポスターもパンフレットも絵本もあるでしょう。わかりやすいダイアグラムやエコプロダクツ、警鐘に応える環境デザインも、エコハウスもあるでしょう。
上野毛デザイン学科の私たちは、コミュニケーション・デザインを通して少しでもできることからこれらの動きを主導し、支援します。
7 15, 2007 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ギッシング『ヘンリ・ライクロフトの私記』(岩波文庫/平井正穂訳)より
「やなぎたんぽぽ」属のことで私は多忙をきわめている。つまり、できるだけ多くの「やなぎたんぽぽ」の類を区別し、名前を覚えることを勉強中なのだ。科学的な分類ということには、私はあまり関心はない。そんなことは、私のものの考え方と性が合わないのだ。だが、私は散歩の途中出会うすべての花を一つ一つ名指して呼べるようになりたい。それも特にそのもの固有の名前で呼んでやりたいのだ。……花もその個性を認めてもらうと喜ぶように私には感じられるのだ。ひとつびとつの花にどれほど多くの恩恵を私が負うているかを考えると、せめて私にできることは、一つ一つの花に挨拶するということである」
長谷の小路で。
近所の人に尋ねて「檜扇(ヒオウギ)」と教わる。
7 14, 2007 18.花・木・野菜・生きものたち, 26.今朝のおはよう | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
本は大切に扱えと幼少時にしつけられたので、ていねいにはしてきている。
若い頃はカバーにパラフィン紙をきっちりかぶせたり、何度も読み返すであろう岩波文庫にはドイツ製の半透明カバーを貼ったりした(当時岩波文庫にカバーはなくパラフィン紙がかけられていた)。
今はもうこういうことはしていないが、本を扱う上でのひとつ癖がある。
ノドまでじゅうぶんに開けないとどうも気が落ち着かないのだ。
購入した本はまず真ん中あたりで210度くらいに開く。後ろの方、前の方も同じようにし、それから読み始める。読んでいる最中も何度もそうする。
斎藤美奈子『それってどうなの主義』(白水社)でもそうしていたのだが、読んでいるうちにどんどん製本が崩れ、糸かがりなのでかろうじて折りどうしはつながっているが背と大部分の中味がはがれてしまった。
糊の古びた古本や無線綴じではよくあるが、これは今年出た本。
まあ、ばらばらになっても今はもうさして気にならない。
7 11, 2007 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
それってどうなの鎌倉-6 乗入禁止表示の「許可のない車輌乗り入れは 罰則があります」という腰砕けのような文章を書いたお役人か組合の人は、これは法律的ないし法令的、少なくとも公的なものだからそのように書かねばと無意識のうちに思っていたのだろう。
日本の近代的な法律、「公的」な文体を最初に決定づけたのは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法だった。
「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一条)
「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第三条)
「日本臣民タルノ要件ハ法律の定ムル所ニ依ル(第一八条)
「帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス(第三三条)
各条文のほとんどはいずれも「〜ハ」で始まる。
柳父章『近代日本語の思想』(法政大学出版局)によれば、このような文章はそれまでの日本語の歴史上かつてなかった。今の私たちはかなり慣れてしまっているが、当時の日本人にとってこれは「異常な」文体だった。
この文体は、実は翻訳が元になって出現している。
明治政府は憲法制定にあたり、プロイセンの憲法学説を拠り所にし、お抱えドイツ人学者の作った試案の翻訳を常に参照していた。ヨーロッパの言語においては、名詞を中心とする「主語」がまず文頭にきて述語を支配する。しかしそれまでの日本語にこのような「主語」ー「述語」関係というものはなかった。
「こういう西洋文をモデルとして憲法の文章を書き始めた憲法起草者たちは、大事な言葉を名詞で表現し、それを文の先頭にもってくるという文をつくらねばならない、と思ったに違いない。それは、日本文にとって、かつてないほどのことだった。
そのときに、『〜ハ』という文体が要請されたのである」(同上書)
以降、「〜ハ」は法律文、あるいは民間でも威儀を正したような文章、また難解な学術書でも定型となり、戦後の日本国憲法以下、そこらへんのつまらない公園の禁止事項表示にも受け継がれている。
7 10, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
7 6, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 28.それってどうなの鎌倉 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
某とかのしょうもない大臣が「原爆投下はしょうがない」旨の発言をし、「万死に値する」等々さんざんに批判されて辞任した。
では以下の発言はどうなのか?
1975(昭和50)年、昭和天皇は初めて訪米し、帰国後の記者会見で「戦争終結に際し広島に原子爆弾が投下されたことを、どのように受け止められましたか」という質問にこう答えた(高橋哲哉『国家と犠牲』NHKブックスより)。
「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っております」。
ついでに記しておけば、この記者会見のとき「いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか」という質問に、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えできかねます」と答えて(?)いる。
7 5, 2007 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
日本では「ホームレス」はいても「乞食」「物乞い」というのはもう死語になっているだろう。
しかし現代のヨーロッパでは60ほどの街を訪れたがどの街にも必ず「乞食」「物乞い」がいる。
カシードラル(大聖堂)の入り口にはまずいる。縄張り争いなどもしている。
フィレンチェの教会前では乳飲み子を抱いた乞食をみた。
旧社会主義圏で社会福祉に比較的成功してきており、ここにはいないだろうと思っていたプラハにも、空き缶を前につっぷしている男を街の中心部で見かけた。
実際のところの貧窮度と生きていかれるのかどうかはわからない。
キリスト教的喜捨精神の伝統のなかでそれなりに暮らしていけるのかもしれない。
写真はパリ、ルーブル美術館そばの繁華街で。
小銭を渡し、犬を撮らせてほしいというと、暗い目をして男に寄り添っていた犬がぱっとうれしそうに立ち上がって私の手をなめた。
7 3, 2007 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
鎌倉小町の「ハーツイーズ」で萩尾エリ子『八ヶ岳の食卓ー簡素でおいしいレシピ 美しく愛しい普通の一日』(西海出版)を入手した。
萩尾さんは1976年に蓼科に移住し、ハーブショップ「蓼科ハーバルノート」とオーガニックレストランもやっていた(私も昔行ったことがある)。
その中に出てくる「キュウリの冷たいスープ」を無性に食したくなり、作ってみる。
牛乳とキュウリが合うとは思いがけない発見。
キュウリは身体を冷やすので暑いときにぴったり。
2人分のレシピ:
1. キュウリ2〜3本をフードプロセッサーで刻む(下し金で荒く下ろしてもいい)
2. 牛乳2カップにスープストック(固形スープでも)を加え、下ろしたキュウリを入れて、塩、胡椒し、さっと火を通す
3. 冷蔵庫でよく冷やす
4. きつね色に揚げたニンニク片(クルトンでもいいかも)、ハーブやパセリ、生クリームなどを浮かせて
7 1, 2007 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(1)
法事のときくらいしか会う機会のない親戚の子どもというのは、途中のプロセス抜きで突然大きくなって現れる。
よちよち歩きしていた姿の見覚えがある従兄弟の子が『となりのトトロ』のメイを思い起こさせるような活発で可愛らしい子に成長していた。
叔父三回忌の後、錦糸町のホテルで。
7 1, 2007 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)