ラ・ジュルネ(鎌倉由比ガ浜)-23
10 31, 2006 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
パトリック・オドゥヴァールからもらった9cmほどのオブジェ。
リモージュの磁器であり、パトリックの特徴ある絵付けがなされているのは見て取れるのだが、何なのか説明されるまでわからなかった。
パトリックは18世紀から続く由緒ある工房でディレクターを務めていたのだが、この工房は2002年にひそやかに倒産した。
彼は倒産前の工房で、磁土材料をモールド(型)に流し込み型通り乾燥させるプロセスで職人たちが握りつぶし脇に捨て置いたいわゆる「オシャカ」の山の中から300点ほども集めて焼き、絵付けして「Le Silence(沈黙)」という展覧会を開いた。これはその時展示されたもののひとつ。
彼はこれらを「手の遺跡」だという。
ここで言う「手」は連綿と受け継がれてきた職人の技を生み出す「手」であり、それへのオマージュだ。
ぎゅっと握りつぶした職人の手の跡が、苦々しさと、より良いものへの希求を込めてそのまま残っている。
10 25, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
何度も観ている『テルマ&ルイーズ』(1991年/監督リドリー・スコット)をWOWOWでやっていたので観てしまう。
アーカンソーの田舎町のウェイトレス、ルイーズが上司の空いているコティジに二日間息抜きに行くつもりで親友の主婦テルマを誘い車の旅に出る。
テルマは酒場で知り合った男に駐車場でレイプされそうになるが、おそらくは過去にレイプされた経験のあるルイーズは謝ろうとしない男をどうにも許せず射殺してしまう。
言い逃れはできないと観念した二人は中南部の広漠とした道をメキシコを目指し逃避行を始める。
事情はたぶんわかっていながら二人をかばう酒場の女の柔らかい啖呵がいい。
あまりうまくいっていないが危機に金を持ってかけつけたルイーズの恋人が、二度と会えないだろうことは察しながら「じゃ、またな」と別れを告げるシーンもいい。
指名手配されどんどん泥沼のような抜き差しならない状況になっていくにもかかわらず、逆に二人が生き生きと解放感を得ていくプロセスを演ずるスーザン・サランドンとジーナ・デイビスが素晴らしい。
自由に生きることの初めての実感。
囚われの身になるくらいならこの自由のなかで死ぬ。
「たとえどうなろうとこの旅は最高よ」
「悔いはないわ」「前向きな人ね」ー
大峡谷に全速で突っ込み飛翔していくラストシーンは心に焼き付く。
10 24, 2006 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(5) | トラックバック(0)
私の一番大きな「根っこ」は「職人」だ。
大学を中退した後、印刷物を作る世界に入った。
モノクロの印刷物を作る技能を仕事としてやりながら習得し、次はカラーの印刷物を作ることに挑戦しようと決め、ツテをたどり熟練職人ばかりほんの十数名ほどでやっている写真製版の小さな町工場に「弟子入り」した。70年代前半のことだから戦前の徒弟修業とはむろん違うが心構えとしては同じ。
「レタッチ」と呼ばれるカラーの印刷物を作る上で一番トータルに品質から仕上げまで司る職種。
一人前になるには最低5年から7〜8年と言われたが、私は3年でやると決めていた。
料理人の世界でいう「追いまわし」(先輩職人たちにさまざま言いつけられる雑用に追いまわされるさまから)と同じようなところから始め、別の「根っこ」である「研究的方法」は曲がりなりにも大学時代身につけていたので、色彩理論や製版印刷技術、印刷の歴史等については色々な本やメーカーのパンフレットなどを読み独学した。
一方で、職人の知恵や工場労働の技能と技術革新によるその変化に関することもずっと関心を持ってきた。
で、小関智弘さんが1975年に著した『粋な旋盤工』以降の著作はすべて共感とともに今まで読んできている。
『職人ことばの「技と粋」』(小関智弘・東京書籍)は小関さんの50年にわたる旋盤工としての経験や、さまざまな熟練職人たちの話を聞いたり関連した本を読んだりした中から選りすぐった「職人ことば」にひっかけての職人の叡智集大成。
私の経験も含めて若い世代にいっぱい伝えたい。
なにからいこうか。
上に「追いまわし」に触れたのでまずはそれに関連して。
帝国ホテルの料理長として名高かった故村上信夫さんは「追いまわし」時代、先輩が調理を終えた鍋や、客が食べ終えた皿を洗う前に、鍋や皿にこびりついたソースや汁を指でこそいでは舐め、その味の作り方を舌で憶えたものだという。
皿洗い鍋洗いひとつ、単なる「雑用労働」で終わらせるか、志を持って「修業」にするかが後の人生を変える。
10 19, 2006 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今年3月に私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)を卒業した深田美千代さん(富士ゼロックス株式会社・HID開発部)が制作したマニュアル『ApeosPortとDocuCentre用 スキャンの本』が、「日本マニュアルコンテスト2006」(テクニカルコミュニケーター協会主催)で最高賞である「マニュアルオブザイヤー2006」を受賞した(「オフィス用機器部門部門最優秀賞も同時に受賞)。
私も昔、新規導入した機器の初心者オペレーター向け手順書や企画開発したソフトウェアシステムのマニュアルなどテクニカルライティングはさまざまやっていたので、この制作がいかにたいへんかは身にしみて知っている。
開発技術者の「設計仕様書」などをボンと渡されてユーザーマニュアルを作らねばならない(しかも販売開始ぎりぎりまで仕様変更が続いたりする)彼女のような立場ではその苦しさが倍加する。
深田さんは今の職場に勤めながら3年次編入でデザイン学科に入学し、私のゼミに参加した。彼女の明るく前向きな姿勢はとても好ましく、応援した。
卒業制作でも人と人のつながりをさがす「なまえのトリセツ」というユニークな作品を作り優秀賞に輝く。
卒業制作と平行して、仕事で作っていたのがこの「スキャンの本」。
A4で40ページほどなのだが、「取り扱い説明書」いわゆる「トリセツ」とは違い表紙タイトルの横に[特別編集]などとあって、なにかフリーペーパーのような親しみを感じさせる。
表紙右下のコピーが彼女のポリシーを宣言していていい。
「この本は、例えば『FTPやSMBプロトコルを使ってネットワーク上のサーバーやクライアントを直接指定し、スキャンデータを転送することが可能』と説明するところを、『スキャンした画像をPCのフォルダーに送れます』と書いています。どうぞよろしく」
深田さんは編入学での2年間を振り返って言う。
「すばらしい時間を過ごさせていただきました。あの2年間なくして、今の自分は絶対に存在しません。もし入学していなかったら…と思うと、恐ろしいです。多摩美に通えて、心から良かったと思います。」
卒業式の後、教員がそれぞれはなむけの言葉を述べるが、普通そんなことはすぐ忘れてしまう。
が、彼女は違う。
私が「学ぶ方法さえ身につければ、卒業後も、歳をとっても学び続けることはできる」という趣旨のことを話したのをきちんと覚えていてくれ、「目の前がパッと明るくなった気がし、心から救われたのです、あのとき。生涯忘れられない瞬間です」とメールしてくれた。
「日本のマニュアル界を変えてみせます」という深田美千代さんの心意気に拍手と応援を!
富士ゼロックス関連ページ
「スキャンの本」をクリック。このウェブページも彼女が制作。
10 13, 2006 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック(0)
由比ヶ浜秋景-2と同じ鎌倉かいひん荘横で秋空を見上げて。
ほんとうはもっともっと空と雲はずっと広いです。
うつくしき世をとりもどすうろこ雲 鷹羽狩行
やはらかく心耕せいわし雲 中嶋秀子
しんがりの子に風の吹く鰯雲 長谷川双魚
群れるにはすこし幼き鰯雲 秋野百合子
空はいま大魚となりぬうろこ雲 斎藤ツギ子
生涯のいま午後何時鰯雲 行方克巳
10 11, 2006 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
日本の地方を高速道路ではなく地方都市をつなぐ国道やバイパスを車で走っている(私は運転はしないのでいつも周りを見ている)と、ロードサイドの景観のあまりの醜悪さに暗澹たる気分になる。
物理的に荒廃しているわけでも環境衛生的に不潔なわけでもない。
しかし田んぼの中にも突然出現する大型ショッピングセンターや町そのものといっていいショッピングモール、ファミレス、安売り紳士服店、けばけばしいパチンコ店、家電量販店、カラオケボックス、中古車販売、無数のコンビニ……。しばらく走ればまたこのワンセットが次々に現れる。
遠景になにか特徴のある山並みでもあれば多少区別はつくが、北関東だろうと、上越だろうと、東海だろうと、ここ20年ほどで今ではまったく地域の風土の歴史や個性も矜恃も無い留めない画一化された風景となってしまった。
安倍晋三は先週の国会で「ナショナリズム」についての見解を求められ「自分が生まれ育ち、慣れ親しんだ自然や祖先、家族、地域のコミュニティーへの帰属意識だ」などと答えていた。「近代国家」におけるナショナリズムをまったく理解していない、あるいは明治以降のナショナリズム形成の上でのこうしたすり替えを踏襲する人物を私たちはまた首相としていただく。
安倍のいうような牧歌的な「ふるさと」や「地域コミュニティー」を日本中で壊してきたのは君たちではないか。
90年代以降、グローバリゼーションによって「総フランチャイズド化」が世界的にも押し進められ、日本の地方は過疎山間部以外は「総郊外化」され「消費社会化」し「ファスト風土化」している。
若い世代がこれらの変化を所与の現実としてさして疑問も抱かず受けとめていることに胸が痛む。
大都市圏に現在住んでいる人間にとっても自分の住んでいるところだけでなく、地方地域を創り直すこと(単に「シャッター街」と化したかつての商業中心地を活性化させるというレベルではなく)を考えることはこれからの日本社会と生活にとって欠かせない。
調べ考えるきっかけとしてー
『儲かれば、それでいいのか—グローバリズムの本質と地域の力』(「環境・持続社会」研究センター発行・コモンズ販売)
『ファスト風土化する日本ー郊外化とその病理』(三浦展・洋泉社新書y)
『失われた景観ー戦後日本が築いたもの』(松原隆一郎・PHP新書)
『<景観>を再考する』(松原隆一郎他・青弓社)
『品格なくして地域なし』(晶文社)
10 9, 2006 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
以前、飼っていた愛犬の首輪が外れ、行方がわからなくなったことがある。
放していると谷戸の尾根筋に遊びに行き反対側に降りていったりしていたので、2日ほど探したのだが見あたらない。3日目に平塚の動物保護センターにそれらしい犬が収容されていることがようやくわかり引き取りにいった。
今は期限が8日間になっているらしいが、この頃は収容5日間で「殺処分」にされた。
犬はここに連れてこられると本能的に「死」を予感するらしく、檻(「抑留室」)に雑多に放り込まれた犬たちは助けを求める絶望的な眼をしており、私の小柄な犬はそのなかでひときわおびえきって隅でうずくまり震えていた。このとき「ご主人」を認めて弱々しく立ち上がった姿と輝いた眼差しを私はおそらく生涯忘れない。
日本の犬猫は推計1700万匹。
「ペットブーム」「ペット産業」はますます隆盛だが、一方で、年間40万匹にものぼる見捨てられた犬猫が「ドリームボックス」と呼ばれる(!)「殺処分」装置で毎日殺されていく。
『ドリームボックス-殺されていくペットたち』(小林照幸・毎日新聞社)は、動物愛護センターに勤務する公務員獣医師の眼を通して、あまり知られていない動物愛護(保護)センターの業務と、そしてなにより「可愛い!」と衝動買いし「飽きたから」「言うことをきかないから」「世話が大変だから」捨てる「おもちゃ感覚」で犬猫に接する人間たちの身勝手さを淡々とドキュメンタリーのように記した小説。
写真右ページ:「ドリームボックス」に通じる「自動追い込み通路」
写真左ページ:「プッシュ」と呼ぶ壁が動き「期限」のきた犬たちはドリームボックスに押し込まれていく。
密閉されたボックスに炭酸ガス(二酸化炭素)が注入され、犬たちの感覚は麻痺し死にいたる。
動物愛護管理法第二十七条より
犬や猫などの愛護動物を遺棄した者は、三十万円以下の罰金に処する。愛護動物をみだりに殺し、または傷つけた者は、百万円以下の罰金に処する。
10 6, 2006 14.読書三昧, 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
南米コロンビア出身の友人エクトル・シエラによれば、コロンビアは自然に恵まれた美しい国で、資源も豊か、多様な生物にあふれ、人々は素朴であたたか、陽気で楽天的。
一方でコロンビアは第二次大戦後から長く「内戦状態」といっていい状況にあり、政府軍、地方有力者が囲う民兵、左翼ゲリラなどの抗争がずっと続いている。
人口1000万の首都ボゴダでは毎晩30名が殺され、数十人が暴徒に襲われ、約100人が強盗に遭う。年間の誘拐は2000件、テロ攻撃は850件。
コロンビア人は母国を皮肉って「ロコンビア」と呼ぶ。「Loco」はスペイン語で「クレイジー」の意。
この映画もコロンビアではほとんど撮れなかった。
そしてさらに「麻薬民主主義社会(Narcodemocracy)」と呼ばれるほど麻薬カルテルが強大な力を政界にまで及ぼしている。
『そして、ひと粒のひかり』(原題『Maria Full of Grace』)-米&コロンビア/監督-ジョシュア・マーストン/2004
コロンビアの地方の町で薔薇のトゲ取りで一家の生計をしょっていた17歳の娘が、尊厳も品位(Grace)もない扱いの仕事と自分に依存する家族にどうにも我慢ができなくなる。
特に愛してもいなかった男との子を宿しながら、首都ボゴダに行き、5000ドルという(コロンビアでは家も買えるだろう)報酬につられ(「つられ」というのは正確ではない、彼女は自覚的に選択している)、麻薬の運び屋を引き受け、ヘロインを詰めた親指大ほどのゴム袋を62個も飲み込んでニューヨークに飛びたつ。
揺れ動く手持ち撮影を徹底しドキュメンタリーフィルムの味わいを通した脚本・監督のジョシュア・マーストンと凛とした(Full of Grace)主演のカタリーナ・サンディノ・モレノ(米アカデミー賞主演女優賞ノミネート他受賞多数)が素晴らしい。
『Collins Cobuild English Dictionary』の「Grace」の項、1と2。
1. If someone moves with grace, they move in a smooth, controled, and attractive way.
2. If someone behaves with grace, they behave in a pleasant, polite, and dignified way, even when they upset or being treated unfairly.
10 5, 2006 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
10 4, 2006 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
中学2年のクラス会。尾崎康先生(写真中)を囲んで。
尾崎先生にとって専任としてクラスを受け持つのは初めてにして最後(つまり私たちだけ)だった。
当時慶應義塾大学の博士課程院生の26歳。そんな兼任ができた時代。東洋史が専門だが日本史を受け持つ。
毎回、教科書とは別に自分でガリ版を切りレジュメを用意された。
小学生の頃から歴史は好きだったが、尾崎先生の授業で、歴史、歴史学への関心の土壌が確実に拡がった。
私たちを教えた後、慶應に戻って研究を進め、中国古書誌学、版本(印刷された書籍)研究の世界的第一人者になられる。
戦乱で四散する大陸より、留学僧などが持ち帰った書籍資料は日本の方に残っていたりする。
今年72歳で大学からは離れ、2.4トンにおよぶ永年集めた貴重な蔵書を中国の大学に寄贈された。
私にもまさる大の酒好き。司牡丹に相好を崩す。
どうぞご自愛ください。ずっとお元気で。
新宿野村ビル・土佐料理「祢保希(ねぼけ)」で。
10 3, 2006 11.教育と学びのデザイン, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)