益子行-8 「リス・ブラン」のパースティー
少年のころから陶芸の道を志ざし、東京高等工業学校に進んで巨匠・板谷波山(1872—1963)に学んだ濵田庄司は先輩であり後に民芸運動を共にする河井寬次郎が赴任していた京都の陶磁器試験場に勤め、釉(ゆう・うわぐすり)の試験研究を中心に4年間を過ごす。
1918(大正7)年のリーチ展で初めてバーナード・リーチと話し、終生の友となり、1920年、リーチの帰郷に同行して渡英、関東大震災(1923)で帰国するまでの3年間滞在する。
グレート・ブリテン島西南端ウェールズのコーンウォール地方にあるセント・アイヴスという古い港町。
濱田はこのコーンウォール地方の郷土料理であるパースティを好んだ。
パースティ(Pasty)は、牛肉、ジャガイモ、蕪などを細かく刻み、パイ生地で包んでオーブンで焼いたもの。昔、この地の錫鉱山夫たちの弁当として重宝されたという(泥が手についていても食べやすい)。
帰国して益子に居をかまえた濱田はこの本場のパースティーを思い、地場の新鮮な野菜を使って試行錯誤を重ね(大根を使いよりジューシーに)よく食した。
濱田家に伝わるこのパースティーを、宇都宮「オーベルジュ・デ・マロニエ」の名シェフ音羽和紀氏が取り入れ「フォレスト益子」併設の音羽氏がオーナーである「レストラン リス・ブラン(Lis Blanc)」で定番の一品として味わえる。
9 1, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | 固定リンク
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