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2005年09月29日

庭の秋色ー赤とんぼ

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7月に入って咲き始めた庭のメドゥーセージはまだまだ花盛りだが、赤トンボに秋の気配。
それほど赤色が濃くないのでたぶん秋茜の雌。

トンボは日本では一般に親しみやすく縁起が良いもの、精霊の姿や送迎するものなどとして殺すことを忌む風習があるが、ヨーロッパでは、世の中に災いを起こすために魔王から送られてきた悪魔的なものとされ「悪魔の縫い針」とも呼ばれ、嘘をつくとトンボに口を縫われると子供たちは聞かされるというから驚く。
まあはかなげでやさしい「蜻蛉(とんぼ)」などという語感と「Dragonfly(飛ぶ竜)」では違うよなあ。

生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉 夏目漱石
人ゐても人ゐなくても赤とんぼ 深見けん二
八十にやたらしたしき赤とんぼ 保津操

9 29, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち, 23.日々のなかで | | コメント(2) | トラックバック(0)

ラ・ジュルネ(鎌倉由比ガ浜)-5 アジアンチャーハン

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さまざまなシーフードや野菜と米をナンプラー味で炒めたアジアンチャーハン。

ナンプラーはタイの代表的な調味料。タイ語のナーン(水)+プラー(魚)。小魚を食塩水で発酵させ、上澄みを熟成させて作る「魚醤」の一種。
魚醤にはヴェトナムのニョクマムや日本での秋田しょっつる、香川のいかなご醤油、北海道・石川のイカ醤油などがあるが、別にアジアに限らずアンチョビーソースやオイスターソースも作り方の原理としては同じ仲間だ。

Micが欲しがるが、少し手のひらにとってやってもフンフン嗅いだ末食べなかった。

9 29, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月27日

『久田大吉の中国料理馳走録』(柴田書店)

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上野毛の私の大学キャンパス隣の四川料理「吉華」は久田大吉さんの店として有名だ。

久田さんは1944年長崎県生まれ。高卒後中国料理人を志し、四川料理の雄、故陳建民のもとで修行、85年世田谷上野毛に店を開く。個人的には麻婆豆腐はここが一番。上野毛「ミキ」でもよくご一緒する。

この『久田大吉の中国料理馳走録』(柴田書店)は、前菜、魚介類、肉・内臓類、野菜、豆腐とその他、スープ、麺と飯、点心、醃菜(漬物)に分け、レシピと調理プロセスを写真とともに丁寧に掲載してある。

ひとつひとつの料理はもちろんおもしろいのだが、一番最後に「中国料理をおいしくつくるこつを考えてみました」というわずか1ページに記されたことが印象深い。

簡単にまとめると、

1. 素材の切り方と調味のバランスをとる
調理は刀工技術(包丁の使い方、切り方)と鍋(加熱、味つけ)のバランスが最も大切。素材に適した切り方、調理法や味つけに合った切り方をしなければ素材の持ち味を生かすことはできない。

2. 材料に応じた調理をする
新鮮な材料は材料本来の味を生かし調味料の味で殺してはならない。
生臭みのあるものはさまざまな調味料で生臭さを取る。
素材そのものに味のないものは旨味を補う。

3. 味付けは状況に応じて臨機応変に
ビジネス街のランチなら御飯のおかずになるよう少し濃いめに、年配のお客には薄味に、若い人にはボリュームを。
またその土地の気候や季節にも関係する。
料理は決まりきったものではない。時と場合によって臨機応変に対応する想像力が必要なのだ。

以前触れたフレンチの巨匠アラン・シャペルは『ルセットを超えるもの』(柴田書店・音羽和紀訳ー現在絶版 ※「ルセット」は「レシピ」)で「ルセットは、その時々の気分や素材から即興的になされるものを考慮に入れずに、ただ書いてある通りにコピーするよう、ひとに要求する。想像の自由を成り立たせるもの、変化、革新、驚きといったさまざまな喜びのうちに創り出されるものを完全にないがしろにする。てこでも動かぬ焼網(鉄格子)がいっしょだと、ルセットも監獄に似てくる」と述べた。

極めた人たちは洋の東西を問わず結局同じことを言っている。

9 27, 2005 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

チメルフの見返り美人猫

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扱っているポーランドの磁器フィギィア・チメルフの「座る猫」(高さ16.5cm)

ミェチスワフ・ナルシェビッチ(M.Naruszewicz)の1956年の作品。
前脚をすっと立て後ろを振り返る、見返り美人猫。
眼はもう一方の眼に抜けて穿たれている。グレーの斑点のミニマムな色付け。
ミッドセンチュリーの優美な曲面デザインとバランスの妙。

猫好きな友人カップルの新生活を祝して贈る。

9 27, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月26日

写真集『犬と親父』(増田浩之)

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上野毛「ミキ」でたまにご一緒する、まだ若い写真家・増田浩之さんの写真集『犬と親父』(新風舎)

「親父」さんは静岡で曾我漬の店を営む55歳。
もともと動物嫌いだったのがなぜか2年前にとつぜん犬を飼い始める。この雄のラブラドル・レトリーバー2歳はしつけが行き届かなかったためか、落ち着きが無く常に興奮気味。

ある雨の日の散歩中、親父さんは犬に引っ張られて転倒。右手首を逆について骨折、全治3ヶ月と診断される。

で、右手はギブスがはめられ肩からつるした姿で「それでも散歩に行く」からこの写真集は始まる。

親父さんは何事もなかったように左手だけで引き綱を引き、いつもの街を歩き、信号待ちし、田んぼ際に何かを見つけた犬を待ち、水場で遊ばせる。

「一ヶ月後 ギブス(副子固定)外れる」。包帯はまだ巻いているが右手の指も使えるようになる。道ばたにした糞を拾い、一緒に墓参りをし、公園に憩う。

どこにもドラマティックなところは無いし、なにも奇をてらったり思い入れを意識させるような撮り方もしていない。
しかし全治三ヶ月という時間的プロセスのなかに置くことで、犬と親父さんの淡々とした日常が人生のなかでの限りなく愛しい三ヶ月として記録され表現されていると私は思う。

「三ヶ月後 包帯外れ、完治する」と記され、二人(いや犬と親父さん)の2枚の遠景で終わる。

親父さんはこの写真集のなかで、終始謹厳実直そうな顔つきをしている(ほんの少し笑いかけくらいのが水場で遊ばせているところとシャワーを浴びせている2枚のみ)がミキさんの話しだと豪快に笑う磊落な人だそう。

9 26, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年09月25日

囲炉裏の愉しみ-10 秋の夜長の独り宴会

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出かける予定が無く、台風が近づいて雨も降っているので、酒、タバコといくらか食材を購入して引きこもり態勢。

夜中、囲炉裏に火を入れ、銀杏、ミョウガを焼く。ミョウガは焼いても旨いのだ。
揚げ出し豆腐は炭火で焼くとそのままよりずっとおいしい。ネギはすぐ、椎茸は傘の裏に醤油と酒を入れ、染み込んで焼けたら裏返す。
北海道イカ一夜干しを味わう。
ニンニク丸焼き、男爵イモはじっくりと、まだこれから…
あ、最後に焼きおにぎり。

9 25, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | | コメント(3) | トラックバック(0)

2005年09月24日

棚田(千枚田)

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NHKBShiの再放送で『金色輝く千枚田ー長野県姨捨』を見る。

稲作文化圏では、人々は古来から山腹傾斜地でも米を作れないかと工夫を重ねてきた。面積が小さくとも水平地を少しずつ棚のように作り稲を植えた。
棚のように見えるので「棚田」と呼ばれ、たくさん連なるので「千枚田」とも称される。
現在でもフィリピン、台湾や東南アジア各地に多く、中国雲南省の高地では大規模に行われている。

田の畦は等高線に沿い、なだらかな曲線を描き美しい風景を生み出す。
しかし平地とは違い農機具の運搬も大変で機械化は難しく、ほとんど手作業となる。
また用水も田ごとに手を入れなければならない。

長野県千曲市姨捨(おばすて)の山腹に拡がる千枚田は最も多かった時に比べると三分の一になったというがまだ2000枚ある。小さいものは畳1畳分ほどしかない。しかし土が粘土質で水持ちが良いためとても旨い米ができる。
人々は重労働に耐え、秋の収穫に「田毎(たごと)観音」に感謝をささげる。

20世紀の生産性・効率至上主義、市場原理からはさっさと放棄・リストラクチャリングさるべきものとされるだろう。
21世紀のこれから私たちはどう考える?

棚田保全のための都会人との連携がいろいろ企画され、収穫には東京などから300名が参加したという。

『日本の棚田—保全への取組み』(中島峰広・古今書院)
『百選の棚田を歩く』(中島峰広・古今書院)

中島峰広(元早稲田大学教授)は日本における棚田研究の第一人者。私の中学時代の恩師。

9 24, 2005 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-19 なかひがし-3 手前どものメインディッシュでございます

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夏の終わりの野菜の花と冬の訪れの始まりの間引き菜と鯉の造り。大根のシャーベットとともに。
琵琶湖畔の地下水で育てられた鯉は一点の泥臭さもなく清涼で、実山椒の後味と溶け合う。

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ハモは関東では馴染みが薄いが関西より西ではよく食される。錦市場にもたくさん並べられていた。白身だが脂分は多く旨味が強い。小骨が多いので丁寧に骨切りする。
蕎麦掻きをハモで巻いて奥深い味わいになっている椀。

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さまざまな逸品を楽しんだ後「手前どものメインディッシュでございます」と出されるのがお寵(くど)さんで土鍋で炊きあげられた御飯と炭火で炙られた目刺し、京の漬け物。

「なかひがし」で食した後は自分がこれまでの人生で抱いていた「食」の観念が確実に変わる。

9 24, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年09月23日

リモージュのエマイユ(七宝焼き)

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上はパトリックにプレゼントされた見事なエマイユの小皿と制作したアーティストのカード。
下はギャラリーのカード。

リモージュの磁器製造は250年を数えるが、エマイユ(email/英語ではエナメル/enamel)造りの歴史は1000年におよぶ。市のマークには赤い炎があしらわれており、エマイユと磁器を焼く炉の炎を表している。
ローマ、イエルサレムと並ぶキリスト教三大聖地のひとつスペインのサンティアゴへ向かう巡礼路(サンティアゴ・デ・コンポステラ)の要所でもあったリモージュのエマイユは、巡礼者の手でヨーロッパ中に拡がった。

日本でも平安時代からみられるが、幕末天保年間に尾張の梶常吉という人がオランダのエマイユを研究して発展させたという。七宝(しっぽう)焼きと呼ばれるのは仏典で七種の金属、宝石類を七宝と呼んだところから。

9 23, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月22日

パトリックのミニチュア・コーヒーカップ

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パトリック・オドゥヴァール(アトリエ・チューリピエ)のミニチュア・コーヒーカップ。
カップの径は45mm。

上野毛「ミキ」の8周年に贈る。
内側に名入れと花をパトリックに描いてもらった。

9 22, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

パトリック・オドゥヴァール-日本橋三越

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これまでに何度も紹介した友人、リモージュの「絵付けの魔術師」パトリック・オドゥヴァールが来日した。
日本橋三越本店(5F趣味雑貨倶楽部)で26日(月)まで制作実演している。

通りがかった興味津々だがとてもシャイな女の子のためにDMの裏に美しい花を描いている。
2分足らずでできあがった瀟洒な花の絵を貰った女の子が小さな声で、しかし本当に嬉しそうにありがとうと頭を下げた。

9 22, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月21日

京都行-18 なかひがし-2

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芋の葉を折敷とし薄を添えた初秋の八寸。芋名月と名付けられている。
中東久雄さんが丁寧に説明してくれるがとても覚えきれない。
ゆっくりと野山の恵みを味わう。

9 21, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

『理想の女(ひと)』(監督マイク・バーガー)

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原作がオスカー・ワイルドの劇『ウィンダミア卿夫人の扇』(1892年)、もともとはヴィクトリア朝世紀末ロンドンの社交界の室内劇だが、時代と舞台は世界の貴族、富豪たちが避暑に集まっていた頃の1930年、陽光眩しいイタリア・アマルフィにするという絶妙の設定。

「魅了的な人には2種類ある。全てを知り尽くした人と、何も知らない人と」(ワイルド)。全てを知り尽くした女に『恋愛小説家』のオスカー女優ヘレン・ハント、何も知らないウィンダミア夫人に『真珠の耳飾りの少女』『ロスト・イン・トランスレーション』のスカーレット・ヨハンソンとくれば、観ないわけにはいかない。監督は『完全犯罪』のマイク・バーガー。

ワイルド特有の洒脱で逆説的な警句、風刺がセリフにちりばめられ、30年頃のファッション、ブティック、アンティークショップ、別荘の豪華なインテリア、古き良きジャズっぽい音楽など、こうであったのだろうと思わせる。

最後の二人の会話は胸に染みる。
原題を『A Good Woman』とした意味が了解されるラスト。

9 21, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(3)

2005年09月20日

「ダノイ アルトリ」の壁面装飾

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パートナーがデザインした、高輪東武ホテルのトラットリア「ダノイ アルトリ」の壁面装飾。
トスカーナのイタリア人家族がやっているリビングの雰囲気を。
トマシェフスキのチメルフを置いてみたい。

9 20, 2005 07.デザインの世界, 25.My Ex Partner | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月19日

中秋の名月

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「月白く風清し。此の良夜を如何せん」(蘇東坡「後赤壁賦」)

月に兎の姿を認めるのは日本独自のことではない。インド、内陸アジア、中国、中央アメリカでもみられる。
古代中国では月の精は蝦蟇(ガマ)とされていた。不死の薬を飲んで月に昇った美女が蝦蟇になったという。時代が下って唐代の銅鏡には、中央に桂の樹、左右に蝦蟇と兎と美女を配したものがある。兎は不老不死の薬をついている。
これが日本には兎の餅つきとして伝わったのかどうかは定かでない。
北方ユーラシア、沖縄、北アメリカ北西海岸の諸民族の間では、水をくむ人を表すととらえられている。
インドネシアからポリネシアにかけては機織り女や樹皮布をたたく女に見立てられる。

名月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉
こんなよい月を一人で見て寝る 尾崎放哉
門を出て五十歩月に近づけり 細見綾子

9 19, 2005 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月18日

ラ・ジュルネ(鎌倉由比ガ浜)-4

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「ラ・ジュルネ」の「キムチうどん鍋」。
きざみネギいっぱい、豚肉いっぱい、キムチいっぱいで熱々の鉄鍋。

9 18, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-17 なかひがし-1

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『草菜根』で触れた中東久雄さんの店「草喰(そうじき) なかひがし」に運良く予約が取れた。あるガイドブックによれば今京都でもっとも予約を取れない店だそう。「通」は「なかひがし」の予約が取れてから宿と足を手配するという。
※使っている「じき」の漢字は口が食の上にくるが変換できない

銀閣寺近く、表はごく普通の民家店のたたずまい。店の女性が静かに水を打つ。

カウンターの中、中央に紅色のどっしりした「お寵(くど)さん」。昔はこれを作る「くど師」というのがいたそうだ。
信楽「雲井窯」中川一志郎さんの緑釉土鍋2つ分のかまどと炭火焼きのための火床が客を迎える。

9 18, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年09月17日

八咲潮の鎌倉風景画 at Daisy's Cafe

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Micと深夜のDaysy's Cafe

鎌倉の風景写真が並べられている、と思ってよく見たら写真ではなくイラスト画だった。
八咲潮さんという人の作品。
見慣れた風景がファインダーを通して絵になったよう。

9 17, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月16日

Bergfeld(鎌倉長谷)-2

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ベルグフェルド(Bergfeld)でブラックフォレストサンドとかぼちゃの冷製スープ。
ドイツはやはり黒パンがおいしい。
ブンバニッケルパンにスモークハム、カマンベール、トマト、クレソン。

9 16, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(1)

『デザイナーズ ブログブック』(MdN)

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今週から始めた私の授業はMovable Typeというブログ環境を全面的に使って行っている。
授業用のブログを立て、各学生(デジタルコミュニケーションデザインクラス3年生30名)はそれぞれ自分のブログを持ち、トラックバックを付けて課題への回答、進行状況をアップする。

それぞれテーマを設定してウェブサイトを作るのだが、テーマに応じてすべてをMovable Typeで作ってもいいし、DreamWeaver等で作ってもいい。ただしその場合も必ずブログ環境を組み込むのが条件。
サイトをデザイン制作すること自体が最終目的ではなく、運営し、更新し、そのなかでどのようなコミュニケーションがデザインされ拡がっていくか、がより重要な授業目的だ。

ちょうど『デザイナーズ ブログブック』(MdN)というなかなかおもしろい本が発売されたので全員に購入させた。
ブログをデザインコンセプト別(シンプル系・ポップ系・写真系・イラスト カラフル系・ロック系・デジタル クール系)に分けて、ウェブデザイナー6名(境祐司・佐藤好彦・田中クミコ・ドルバッキーヨウコ・ハヤシアキコ・ハラヒロシ)がそれぞれサンプルを作り、デザイン上のアイデアヒントやチップスを書いている。

ブログも導入普及期から百花繚乱のステージに入りつつある。

9 16, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(2) | トラックバック(1)

2005年09月14日

京都行-16 パティスリー オ グルニエドール-2

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「アラン・シャペルの想い出」と名付けられたジャスミン・ティーのプリンポッド。

アラン・シャペル(Alain Chapel 1937-90)は「厨房のダ・ヴィンチ」と呼ばれた現代フランス料理の偉大なシェフ。リヨン郊外のミヨネーに店がある。

フランスでの修行の後、神戸ポートピアホテルの「アラン・シャペル」でアルバイトしていた西原金蔵は、来日したシャペルの知遇を得る。フェア用のワゴンデセール(ワゴンに多くの種類のデザートを載せ、客席まで運んで好きなものを選んでもらうサービス)を任せられた西原は二十種ほどのデザートを渾身の力をふりしぼって作る。シャペルは一見しただけで味見もせず「いいだろう」という。
その後シャペルはキンゾーを専属のパティシエとしてミヨネーに呼び寄せる。

あるときシャペルが自分でデザートを作り、ああでもないこうでもないと盛りつけをしていたが、隣で西原が盛りつけた皿を見て「お前が盛ったものがアラン・シャペルだ!」と言ったという。

表面のカラメルは焼き固められ、中は日本でいうプリンというより生クリームの味わい。

9 14, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(1)

京都行-15 パティスリー オ グルニエドール-1

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堺町通錦小路上の「PATISSERIE AU GRENIER D'OR(パティスリー オ グルニエドール)」(オーナーシェフ・西原金蔵さん)のショーケースディスプレイは素晴らしい。
ひとつずつのケーキの個性に合わせた器、空間的な立体感を付け、個数も考え抜いている。

9 14, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

DENPO?

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深夜に帰宅したら「DENPO」と書かれたものが届いていた。

ん?電報と言われても葬式の弔電以外に思い浮かぶことがないし、このネットとメールの時代に電報というのはなんなのだ、と思って開けてみると、なんと麗々しい鶴の舞の図の漆の箱。
中に友人カップルからの誕生日祝いの電報。

サプライズというかこういうのがあったんですね。なにかとても気持ちが伝わってくる。ありがとう!

箱は母が喜びそう。

9 14, 2005 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月13日

バカラのファッショングラス

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上野毛「ミキ」のミキさんからの誕生日プレゼント。例年は1個だが今年はペアで。

9 13, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

歳を重ねる

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歳を重ねた。

昨日見た楢(ナラ)一木の見事な囲炉裏を想い起こした。
葉山の「工房杢」による。厳冬の地旭川の楢の原木を、そぎ落としくり抜き一木のまま焼黒に仕上げた逸品。

若いころはおおらかに、悪季節の年や老いてからは密に刻まれた年輪。死して心を込めて手を入れられ、なお呼吸し、人々を憩わせ楽しませる。

あろうことならばかくありたい。

下は開店以来9年来の馴染み、私にとって上野毛のオアシスであるワインとおばんざいの店「ミキ」で。
シャンパンで祝ってくれる。

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9 13, 2005 21.酒と…の日々 | | コメント(4) | トラックバック(0)

2005年09月11日

異議異見を許さないポピュリズム社会化╱容赦ないグローバリゼーションとナショナリズムの共謀の日本的現れー衆議院選挙の結果とこれから

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世界的に見れば今日は「9.11」の4周年だ。
昨年9.11に書いた状況からさらに世界の流れは人々にとって悪化したが、日本では憲法改悪が一気に政治日程に上るかもしれないほどの自民党の衆議院選挙大勝で棹さすことになった。

バブル崩壊後の十余年にわたる無為無策による閉塞感、将来への「発展」のイメージの霧散、拡がる社会的不平等感、どうせ何も変わらないというシニシズム、アジアを始めとして「世界」ときちんと向かい合えない苛立ち等々が「強い指導者」や「改革」や「否定・拝外対象」を待望し始めている。

「多事争論」すべきところを他には耳をかさず「ぶれない」姿勢だの決断力や断固たる意志があるように見えることがかっこいいことのように写るようになった。わかりやすくかつ「深く」語るべきところを、わかりやすいということ自体が内容や方向性の吟味抜きにいいことであるように人々に思われ始めた。
何かが変わる、とより思わせた方が勝ちだった。変わる中味は抜きにして。
複雑で錯綜する社会事象とそれへの対応は極端にまでワンフレーズに集約され、ゲッペルスの宣伝戦略さながらにこの国を覆った。
「バスに乗り遅れるな」の再来。
言うまでもないがマスコミは批判的な検討分析報道の責務など果たすべくもなく単にそれらを垂れ流した。

公的事業体の民営化、市場原理の導入は、むろん「国民」のために目指されているわけがなく、これまでの公的責任の「放棄」と「払い下げ」による大企業のためのリストラクチャリング利益が当面の実際の目的であり、さらに膨大な「国民の」資産資金のグローバル資本への開放に路を拓けというアメリカの要求が根底にある。小さな政府ー民営化ー地方の充実、などというのはまったくの虚構にすぎない。

グローバリゼーションは日本の旧来からの利権構造、地域土建屋的利益誘導、旧自民党的派閥政治の世界を容赦なく破壊再編する。

これらの再編(「改革」と称される)は、改革=進歩・善 対 反対=守旧・悪などと単純化され、ろくな議論も資料開示もなく、異議異見を許さないかたちで進められている。
表向きは「(多数決)民主主義」、裏では恫喝、利益供与等なんでもあり。
形式を整えもっともらしい大義名分をたてるということにかけては昔から日本社会は「長けて」いる。

「痛みを分かちあおう」などという平成版「臥薪嘗胆」の虚妄鼓舞スローガンが人々にこれから来るだろう増税・福祉切り捨て・権利制約等の理不尽な痛みへの想像力をモルヒネのように麻痺させている。権力者や利益を享受する大企業・グローバル資本が「痛みを分かち合う」はずがあるか?

国際政治から生活経済にいたる「社会的」問題を、したがって政治的社会的に対応しなければならない問題を、家族だの美徳だのの個人的心構えの問題にすり替えて誤魔化すのも日本社会の昔からの得意芸だ。

権力者にすり寄りおもねる浅ましい輩ばかりが跋扈する。
しかしこれは「小泉独裁」などという特種個人的なものでも、広告代理店レベルの選挙戦術的勝利などでもなく、上記のような世界的動きの体現だ。
だから、「戦後民主主義」の枠内にある社民、共産や、たかが旧田中派や松下政経塾出あたりの寄せ集め民主党に根底的な対抗ビジョンや政治戦略が出せるはずもなく敗退するのは当然だった。

総選挙や国会の議席配分などというのは歴史の流れのなかでは「政治」や「社会」のごく一部に過ぎない。

しかし、今度の総選挙結果によって、世界の近代史に類を見ない半世紀以上にわたる二国間軍事同盟を軸に、アメリカのグローバリゼーションの要請を背後に隠し、その方向に沿った旧構造の再編(これは確実に中間層以下の多数の「国民」に犠牲を強いる)を「痛みを共有して改革に邁進しよう」として「多事争論」を許さず押し進める、ますます風通しの悪い社会へのステージに入ったことは確実だ。

かつてのファシズムは国民国家的、一国的な発現だったが、21世紀ではグローバリゼーションがベースにあり、その上でナショナルな形をとる。
それは、彼らが国家アイデンティティとしたがっている靖国、歴史修正主義、正規な日本軍化と海外派兵、憲法改悪等々として、この選挙で白紙委任したわけでもないのに今後強力に進められるだろう。

けれどもこれらは「彼ら」の問題ではなく「私たち」いや「私」はどう考えどうするかの問題だ。

どこかで人々は踏みとどまるかもしれないし、そうしなければならない。しかしあきらかに21世紀の新しいニッポン・ファシズムの苗床は整ってきた。

9 11, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(5)

トマシェフスキのチメルフ新作

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扱っているポーランドの磁器フィギィア・チメルフの代表的デザイナーであるトマシェフスキの新作。

トマシェフスキはすでに86歳になるが、アメリカ・コネチカットに在住して創作活動をしている。
大胆な女性像の大作など近いうちに詳しく紹介します。

※写真は「三越 秋の逸品会」(ホテルニューオータニ)で

9 11, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ルイジ・コラーニのボールペン

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ルイジ・コラーニデザインのボールペン。

20年以上愛用したコラーニの眼鏡フレームは、鼻当てと耳掛けの3点による重量バランスが絶妙だったが、このボールペンも握って書く態勢になったときの手の中でのバランスと質感が気持ちいい。
こんな生き物が海にはいるかもしれないと思わせるコラーニ独特のオーガニックフォルム。

9 11, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月10日

はま善(鎌倉由比ガ浜)-5 顎無

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横須賀で揚がったギンメダイ、通称「顎無(アゴナシ)」。
たしかに顎が無い。

かまぼこの原料ともされるが干物にすると美味。
きょうは塩焼きで。

9 10, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(0) | トラックバック(0)

囲炉裏の愉しみ-9 白甘鯛開き干し

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夜中に腹が空き、夏の間は起こす気になれなかった炭火を囲炉裏に。

母が冷蔵庫に溜め込んでいる食料品を物色して、シロアマダイの開き干し。
皮の側はじっくり炙り、身の側は火を通す程度。頭も尻尾も骨もさらに焼いて食べ尽くす。

9 10, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-14 ルイジ・コラーニ / バック・イン・ジャパン展

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レイモンド・ローウィ(1893-1986)はラッキーストライクのパッケージデザインからペンシルヴァニア鉄道の大陸横断列車まで幅広い分野にかかわり、20世紀デザインの楽観的未来像を流線型(ストリームライン)デザインで表現し『口紅から機関車まで』という有名な書を著した。

ルイジ・コラーニ(1928- )のデザインの領域を同じように言うならば「エステピン(毛抜き)からスペースシャトルまで」ということになるだろうか。

ローウィは完璧に機能主義の結果として流線型を取り入れたが、コラーニの有機的デザインは、たしかにパリ大学でハイドロダイナミクスを学んだ上での空気力学や流体力学の知見をもとにしていて、有機体からの単純な造形的発想ではないが、なにかちょっと「ぶっ飛んだ」ものを感じる。

「ルイジ・コラーニ/バック・イン・ジャパン展」(京都工芸繊維大学美術工芸資料館ー9月19日まで)に展示されているものも、「スタディ」「プロトタイプ」「モックアップ」「スケッチ」がほとんどで実際に製品化されたものは少ない。
でもそれはいい。1000人を載せる鮫のようなフォルムの旅客機などはモックアップを見るだけでわくわくする。胎児のスケッチは、ここから何が産まれるだろうかと思わせる。

モダンデザインを越えるオーガニックデザインをあらゆる対象に極限まで試しているという功績はまずもってコラーニにあるだろう。

9 10, 2005 07.デザインの世界, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月09日

京都行-13 京都工芸繊維大学

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洛北松ヶ崎の京都工芸繊維大学に「ルイジ・コラーニ╱バック・イン・ジャパン展」を観に行く。

京都工芸繊維大学は1899(明治32)年開設の京都蚕業講習所や京都高等工芸学校を沿革とし、戦後国立大学となった。
京都はもちろん歴史的に織物や工芸の洗練された生産・流通の中心地であり、それらと深く結びついている。

現在では工芸学部と繊維学部で構成され、伝統的な工芸、繊維だけでなく、バイオ、高分子などの先端科学から造形、デザインまでものづくりを基盤とした「実学」を目指しているなかなかユニークな工科大学。

夏休み日曜のキャンパスに学生の姿はないが、時折の小雨のなか、どの棟もレンガ調で統一されてしっとりと美しく、眼前に比叡山が見守るようにたたずんでいる。

9 9, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

秋祭り

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あちこちで秋祭り。

私の住んでいる鎌倉長谷の鎮守、甘縄神明神社の祭りも始まった。
縁起は古い。和銅3年(710年)行基の創建とも神亀年間(724-739年)とも言われる。はるか「奈良時代」のことだ。
頼朝、政子、実朝らもたびたび参拝し、安達家が守護にあたった。
一説では「甘」は「海人」、「縄」は魚網を意味し、海人の住む集落から生まれたという。

9 9, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(1)

京都行-12 京の宿 石原-2

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「京の宿 石原」のご主人、石原元治さんは、1979年、初めて黒澤明監督が泊まりに来たときに接して、この人にはかっこつけてもだめだ、ありのままでいくしかない、と感得する。

お世辞は通じない、形式張ったことは大嫌い、懐石よりすき焼き、松茸より筍がいいという。戦前は書画を商っていたのでその頃の名残の書画や道具類がさりげなく使われている。黒澤はそれらを見渡し、昔のものはいいねえ、どんな名の無いものでも職人さんがきちんと作っているものはいい、と眼を細める。

長期に滞在するときはこの上賀茂の間に仕事用の机とベッドを持ち込んだ。
仕事中は声もかけられないような緊張感があったが、食事時になると、親父、一緒に飲もうよ、と気さくだったそうだ。

宿にあるアルバム写真左上には、仲代達也、大瀧秀治、根津甚八などの顔が見える。京都在住の宮川一夫もよく宿を訪ねた。

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左は『八月の狂詩曲』の、右は未完の遺稿『雨あがる』(1999年に黒澤組の面々により映画化)の没原稿。いずれも屑籠から石原さんがとっておいたもの。

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京の朝、黒澤も朝食をとっていた間で、塩鮭、胡麻豆腐、賀茂茄子の味噌焼き、目玉焼き、海苔、京の漬け物…

9 9, 2005 12.写真・映像・映画・演劇, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月08日

京都行-11 哲学の道

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夕暮れどき、若王子(にゃくおうじ)神社から疎水分流沿いの「哲学の道」を銀閣寺前まで約2kmゆっくり歩く。
今の季節は、桜や紅葉時と違ってしっとりと静か。
雨上がりでときどきパートナーのヒールが砂利道にくい込む。

哲学者・西田幾多郎(1870-1945)が思索にふけりながら散策したのでこの名が付けられた、というが、西田幾多郎なんていっても今の若い人はほとんど知らない。
大正教養主義は戦後にも連綿として残ったが、『善の研究』や『自覚に於ける直観と反省』などが学生の必読書だったのはせいぜい60年代前半くらいまでだろう。

桜橋際にあるあぶらとり紙屋。角に「恋のかなう」電話ボックス。

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9 8, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月07日

京都行-10 ちりめん山椒と新茗荷漬け

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錦小路に400mに渡って両側に140軒あまりの食材店が軒を連ねる京都の台所、錦市場。
若狭、琵琶湖などの水産物、湯葉、生麩、京野菜、乾物、漬け物…。

帰ってから、ちりめん山椒と新茗荷漬けで御飯を一膳。

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9 7, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(1) | トラックバック(0)

ただいま修復中

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強風と時折の雨の下、庭の軒に作った巣を修復中のナガコガネグモ(たぶん)。

蜘蛛の糸はとても細く軽いが、自然界の繊維の中で最も丈夫で、20世紀にまでなって人間がようやく作り出したナイロンの強度に匹敵する。手袋や靴下も作れるという。むろん大量生産にはむかない。

芥川の『蜘蛛の糸』(1918)。御釈迦様が極楽からたらされた蜘蛛の糸は、地獄の血の池から這い上ろうとする者をほんとうは何百何千と支えられたのだろう。

9 7, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-9 YUYAアトリエ

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YUYA COLLECTIONで紹介した永幡雄哉さんのアトリエ&ギャラリー「YUYA」(壬生相合町)にうかがう。

ギャラリーに並んでいるのは夏物で、これから秋物と取り替えるそうだ。この裏は広い倉庫になっており数万点の着物が収納されている。
いずれも大正から昭和初期の絹麻綿などの素材生産加工、織物工芸、熟練した手織りの職人技など日本の着物の質があらゆる意味で一番高かった時代のものだ。

YUYAのアトリエではこれらの着物のままはもちろん、雄哉さんのパートナーであるスウェーデン出身のマーゴーさんを中心にジャケットやワンピース等に仕立て直し実に魅力的な服に生き返らせている。

12月に日米同時公開の『SAYURI(原題『The Memories of Geisha』』(スティーブン・スピルバーグ総指揮、初作の『シカゴ』でアカデミー賞を取った ロブ・マーシャル監督の第2作、主演のさゆりにチャン・ツィイー他、渡辺謙、役所広司、工藤夕貴、桃井かおり、コン・リー等)。
原作はアーサー・ゴールデンのベストセラー小説「さゆり(Memoirs of a Geisha)」(1997)。
舞台は1920年代(大正後期から昭和初期)の京都(がモデル)とあって、ハリウッドから衣装担当がYUYAさんを訪れ多数のキモノを選んで借りていった。

映像美の点からなかなか楽しみな映画。

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9 7, 2005 10.美術工芸, 22.旅先で | | コメント(3) | トラックバック(1)

2005年09月06日

京都行-8 京の宿 石原-1

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京都には「片泊まり」の宿がいろいろある。片泊まりというのは、泊まり+朝食のみ(欧米で言うB&B=Bed & Breakfast)。3室からせいぜい10室程度の小さなところが多い。夕食は好きなところで食べればいい。

投宿したのは「ドゥーズ・グー」の一区画上、柳馬場姉小路の「京の宿 石原」。
築80年ほどの造りをそのまま保つ。
女将の石原弘子さんがあたたかく迎えてくれる。

ここは黒澤明監督(1910-98)が京都で定宿としていたところ。
黒澤がいつも泊まった「上賀茂の間」に。6畳と8畳、窓下に坪庭を望む。

79年「影武者」のロケハンのため訪れて以来、95年にこの部屋で倒れるまで、長いときは一ヶ月滞在してシナリオの執筆等もした。
構想を練った古机もそのままにある。
180cm以上の長身の黒澤はよく鴨居に頭をぶつけていたという。

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9 6, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-7 詩仙堂-3

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有名な「ししおどし」。
もちろん石川丈山が「発明」したわけではなく、猪、鹿、鳥などの田畑への被害に悩んだ農民たちがずっと以前に作りだしたもともと実用的なものだろう。
風雅だ風流だとして庭に取り入れられたのはずっと後に違いない。
しかし、ししおどしは庭に「音」という無形の要素を意識的に取り入れた初めとはいえる。

けっこう20秒に1回くらいは鳴らしている。2枚目の写真にあるようにあたるところは石が穿たれすり減っている。
3枚目は庭に通じる路。

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9 6, 2005 22.旅先で | | コメント(1) | トラックバック(0)

京都行-6 詩仙堂-2

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凹凸の地に作られた庭は奥行きと角度があって素晴らしい。
上部は雑木林、山際に滝をつくり、貫流する渓流を設け、中央は白砂敷き、下部を刈込(かりこみ)物とした。
紅葉の頃はモミジを中心に深みを持った風景が拡がるだろう。

なお、説明には、詩仙堂は「正しくは詩仙堂丈山寺」といい曹洞(そうとう)宗の寺院である(高校生の頃観たときにはなかった仰々しい「仏壇」が暗闇に麗々しくある)、などと初めからそうであったような、あるいはそれを明確にしない(少なくとも観光客に)かたちで「拝観料」500円を徴収しているが、そうなったのは1966(昭和41)年にすぎない。どんな経緯があるのか知らないが(知りたくもないが)これだから仏教宗派も嫌いだ。

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9 6, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月05日

京都行-5 詩仙堂-1

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大神社仏閣を私は基本的に好まない。

漢晋唐宋36歌仙と書詩を静かに愛した文人・石川丈山(1583-1672)隠棲の凹凸の地を生かした庵と庭園には深く共感する。
参道を上りつめたところに立つ小有洞の門。
竹林の石段を経て老梅関の門へ。

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9 5, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-4 井上乳業の牛乳箱

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町屋の板塀の牛乳箱。今でも使われているのだろうか。

「厚生省省令規格牛乳處理場」「井上乳業株式会社」とある。
私の家の近くにある戦前からの柴崎牛乳店のように、右から左へは書いてないので少なくとも戦後のものだが、1949年公布の「当用漢字・同字体表」(藝→芸、當→当などの簡略字体採用)で「處」は「処」になっているだろうから、その間の時代のものかもしれない。

井上乳業さん、まだ元気でやってますか?

9 5, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-3 「ドゥーズ・グー」-2

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サーモンのジェリー寄せ海の幸と野菜の気まぐれオードブル。
福井高浜漁港から直送の蛸、海老、美山の有精卵、契約農家の朝採り野菜などで。

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1階は両サイド壁面の鏡と間接照明がうまく使われ、座っていて拡がり感があり、2階は町屋の高い天井の梁を生かし、簾と障子からの光、箱庭など別の雰囲気。

9 5, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

京都行-2 「ドゥーズ・グー」-1

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京都のほぼ中心、柳馬場(やなぎばんば)通り、三条。
京都の町屋特有の軒を接し、間口の一端を通り門とした前にさりげなく店の案内とメニュー。

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暖簾をくぐると長い路地となり、これに面して4軒あることがわかる。

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突き当たってようやくフレンチレストラン「ドゥーズ・グー(Douze Gout 12+)のエントランスが左側に。

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2005年09月04日

京都行-1 タクシーの和装割引

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京都に一泊行。

3月に来たときもやっていたが、京都のいろいろなタクシーは和装の人が乗車した場合10%料金を割り引くサービスをしている(何人かで乗っても一人でもいればOK)。
きもの・ゆかた、きものと羽織、袴、作務衣・甚平、僧衣、装束、はっぴ(上下)と細かく対象を図解してあるのが楽しい。

「装束」というのがいまいちよく分からない。下駄のみは不可というのが可笑しい。

9 4, 2005 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月03日

ソンベカフェ SONG BE CAFE(鎌倉御成)-3

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70年あまりフランスの植民地支配を受けたベトナムではいわゆるフランスパン風のパンが作られるようになり、米と並んで庶民の常食となった。皮は薄くさっくりして中は柔らかく素朴な味わい。これにハムや野菜などなんでも挟んで食べるのが「バインミー」(ベトナム風バゲットサンド)。

ベトナムのおそらく小学校で使われていた椅子とデスクで、バインミー、ジャスミンプリン&ライムゼリー、めずらしいラオスのビール「Beer lao」。

9 3, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

はま善(鎌倉由比ガ浜)-4 秋刀魚

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はま善の大将に前日声をかけ、秋刀魚を仕入れてもらう。
8月にオホーツク、北海道沖を南下し、9月には東北沖に達する。
青森八戸に揚がった本来は刺身用のものを塩焼きに。

この時期のものは10月の房総沖ものほどはまだ脂がのっていないがやはり秋の訪れの味わい。
はらわたの苦みと塩味が混じり合い、スダチとたっぷりの大根おろしと醤油が引き立てる。
「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」と佐藤春夫は歌った。

昭和30年ころの東京では、七輪で秋刀魚を焼くもうもうとした煙があちこちの家々から秋の夕暮れの路地に立ち上っていた。

18世紀はじめ刊行された江戸時代の百科事典である『和漢三才図会』には「魚中の下品(げぼん)」と記され、江戸時代には季題にされない。

秋刀魚焼く匂ひの底へ日は落ちぬ 加藤楸邨
秋刀魚黒焦げ工場の飯大盛りに 山崎ひさを
秋刀魚の腸(わた)苦しこの世に男女(なんにょ)あり 窪田佳津子
江戸の空東京の空秋刀魚買ふ 摂津幸彦
嘘一つ握りつぶして秋刀魚焼く 勝田澄子

9 3, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(1) | トラックバック(0)

2005年09月02日

オリヂナルジョーズ-3(鎌倉由比ガ浜)

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オニオンスープ(スープ・ア・ロニョン)。
タマネギを炒めコンソメを加えて煮込む。フランスパンとパルメザンチーズをたっぷり振り、オーブンで焼く。

9 2, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・洋食 | | コメント(0) | トラックバック(0)

『なんでもスープ』(音羽和紀・柴田書店)

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一般的な相関関係があるのかないのか分からないが、酒飲みで少食なのになぜかスープ類は好きだ。別に西洋料理のスープに限らずトムヤンクン、中華の湯、韓国のもの…。

食の歴史によれば、ヨーロッパで、煮込んだ肉、野菜と煮汁とを別々に食するようになったのは18世紀になってからにすぎないらしい。
歴史が浅いからか英語でもフランス語でも同じ「soup」(ただしフランス語ではスープ類の総称は「potage ポタージュ」)。そして「飲む」ではなく「食べる」と表現する。

で、益子「リス・ブラン」でも触れた音羽和紀シェフの『なんでもスープ』(柴田書店)。

音羽シェフはフランスでの修業時代、よく訪ねた農家のおばちゃんに、お腹はすいてないかい?さぁさぁスープを食べなさいといつもふるまわれた。
大きな鍋にたっぷり水を張り、野菜だけ、あるいは骨付きの生ハム、ベーコンの切れ端、残った鶏肉などをばらしてぐつぐつ煮込む。初日は軽い塩味で、翌日はミキサーでポタージュにして。

日本でもスープをしっかり「食べて」ほしいと願う音羽シェフのこの本には、基本となるブイヨン、コンソメの作り方はもちろん、たとえば「日曜のブランチ、あんまりいろいろ作るのはめんどうだからスープとパンだけですませたい」「暑い夏の日、さっぱりとした冷たいスープが飲みたい」「病み上がり、食欲はないけれど栄養はとりたい」「ビールに合うスープがほしい」などなどにぴったりのスープレシピと写真がいっぱい。

調理プロセスはパンフォーカスで、仕上がりはたぶん中望遠マクロレンズで絞りを開けた写真(撮影:高橋栄一)も素晴らしい。

9 2, 2005 19.食と農、健康と病 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年09月01日

益子行-8 「リス・ブラン」のパースティー

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少年のころから陶芸の道を志ざし、東京高等工業学校に進んで巨匠・板谷波山(1872—1963)に学んだ濵田庄司は先輩であり後に民芸運動を共にする河井寬次郎が赴任していた京都の陶磁器試験場に勤め、釉(ゆう・うわぐすり)の試験研究を中心に4年間を過ごす。
1918(大正7)年のリーチ展で初めてバーナード・リーチと話し、終生の友となり、1920年、リーチの帰郷に同行して渡英、関東大震災(1923)で帰国するまでの3年間滞在する。

グレート・ブリテン島西南端ウェールズのコーンウォール地方にあるセント・アイヴスという古い港町。
濱田はこのコーンウォール地方の郷土料理であるパースティを好んだ。
パースティ(Pasty)は、牛肉、ジャガイモ、蕪などを細かく刻み、パイ生地で包んでオーブンで焼いたもの。昔、この地の錫鉱山夫たちの弁当として重宝されたという(泥が手についていても食べやすい)。

帰国して益子に居をかまえた濱田はこの本場のパースティーを思い、地場の新鮮な野菜を使って試行錯誤を重ね(大根を使いよりジューシーに)よく食した。
濱田家に伝わるこのパースティーを、宇都宮「オーベルジュ・デ・マロニエ」の名シェフ音羽和紀氏が取り入れ「フォレスト益子」併設の音羽氏がオーナーである「レストラン リス・ブラン(Lis Blanc)」で定番の一品として味わえる。

9 1, 2005 19.食と農、健康と病, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

秋の蝉と虫の声

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※長時間露光していたので、横に走っている線は通り過ぎた江ノ電の車両。踏切が閉まっているところもかすかに写っている

夕刻、路地を歩いていると思いのほか蝉の声が賑やかだ。ただ夏の盛りと違いどうしても寂し気に聞こえる。

秋蝉のなきしづみたる雲の中 飯田蛇笏
終(つい)に身を啼(なき)破るらん秋の蝉 闌更

深夜、鎌倉駅から家路をたどると路の両側の家々の庭から虫の声が身体を包む。
一番多いのはコオロギの「チリリリ」。それに鈴虫の「リー、リーンリーンリーン」。鳴き方を「振り」といいリーンが三振り、四振りというらしいが大合唱なので区別なんぞつかない。
松虫の「チンチロリン」はまだ聞いていない。

虫鳴いて裏町の闇やはらかし 楠本憲吉
其中(そのなか)に金鈴をふる虫一つ 高浜虚子
茨野や夜はうつくしき虫の声 蕪村
或る闇は蟲の形をして哭(な)けり 河原枇杷男
そんなに鳴けば破れるよ虫の翅(はね) 萩江寿友

9 1, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景, 18.花・木・野菜・生きものたち | | コメント(0) | トラックバック(0)