« 『パッチギ!』 | トップページ | 誕生パーティー>ラブホ »

2005年08月01日

「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」

050801futaro

今晩やっていたNHK-BSハイビジョン「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」が若い頃からの愛読者として面白かった。

『戦中派虫けら日記ー減失への青春(昭和17年〜昭和19年)』『戦中派不戦日記(昭和20年)』『戦中派焼け跡日記(昭和21年)』『戦中派闇市日記(昭和22年・昭和23年)』までは出版されているが、93年(平成5年)まで実は日記は書き継がれていたのだ。

戦時中山田風太郎(1922-2001)は召集令状を受けるが前月の肋膜炎のために不合格となり、医科大学で医者の道をめざしていて23歳で敗戦を迎える。
戦後、忍法帖ものなどで人気作家となっても風太郎は小学校の同窓生34名中14名が戦死し、自分は「不戦」であり「傍観者」であったあの戦争がなんであったのか、をずっと考え続ける。いわゆる戦記を千数百冊も読みふけるが合点できない。「皇国青年」であった戦時中の自分をさらけ出す日記をあえて出版した意図の中には、この番組で紹介されていた戦後日本と日本人、そしてこれからに対する深い憂慮があっただろう。

60年の政治の季節を過ぎ、64年の東京オリンピックへむけてひたすら経済発展と土木工事に狂奔するさまを「これは戦争である。国内戦争である。戦争中アジア・太平洋にあふれ出たエネルギーが国内に沸騰している。これは国内に封じ込められるものではない。なんとか昇華させないと必ず国外に出て行く」と評し、75年のオイルショックに「いずれ欧米諸国は十字軍を組織し、石油の確保に向かうだろう。座視しているものに報酬はない。そのとき日本はどうする?」と書き記す。

30年前の風太郎の憂慮は今現実となっている。
写真は最後の日記の終節。「雨中散歩 終日水底にいる如し。」

8 1, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://radical-imagination.net/mt/mt-tb.cgi/2320

この記事へのトラックバック一覧です 「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」:

» BShi「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」好評 臨糸冬図巻
昨晩放映のあったNHK-BShi「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」は概ね好評だった模様。ああ見てえなあ。 ・Radical Imagination - from 鎌倉 with LOVE: 「山田風太郎が見た日本・未公開日記が語る戦後60年」 ・[日誌]NHKハイビジョン「山田風太郎が見......

2005年08月02日 12:24

コメント

コメントを書く