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2005年07月31日

『パッチギ!』

050731pachigi

「パッチギ!」のDVDが発売されたので購入。

2月に封切りで観ていたが、すぐにはなにも書けなかった。
すでに友人の編集者が映画史的な視点からとても興味深い記事『パッチギ!』はプログラムピクチャーの味を書いてもいる。

若い学生たちは痛快な青春活劇・恋愛モノだと思って観ていたようだが、当時まだ根強かった朝鮮・韓国人蔑視と差別を知っており、軍事クーデターで政権を握った開発独裁・朴正熙(パク・チョンヒ)との一面的な日韓条約により経済援助で歴史を免罪することに反対運動し、朝鮮の歴史と文化を少しでも知ろうと自覚していた60年代後半の私は今の私のなかにも確実にある。
だからこの物語を青春にありがちな不条理な喧嘩やエネルギー発散「一般」ととらえることは私には絶対にできない。

「ロミオとジュリエット」ならせいぜいイギリス貴族内部の勢力争いで敵対する家系の若者どうしの悲恋物語ですむかもしれない。しかし20世紀後半の「ロミオとジュリエット」である「ウエストサイド物語」(1961)のニューヨークのスラムでのシャーク団とジェット団の抗争は、アメリカに流入するプェルトリコなどの貧民とやはり少数派であり疎外されているイタリア系移民の子どもたちというアメリカ社会の問題を反映していたし、1968年京都を舞台とするこの「ロミオとジュリエット」も、在日韓国・朝鮮人への差別とそれに対する反発、複雑な鬱屈とねじれが基底にある。

彼らの子ども時代や68年以降をもシリーズ化したいと井筒和幸監督は言っているそうだ。
「河があるなら、橋を架けよう! 誰かが線を引いたなら、俺らが消してやる!」の精神を表現してくれるよう期待します。

この件は引き続き書きます。

7 31, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 |

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