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2005年07月31日

『パッチギ!』

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「パッチギ!」のDVDが発売されたので購入。

2月に封切りで観ていたが、すぐにはなにも書けなかった。
すでに友人の編集者が映画史的な視点からとても興味深い記事『パッチギ!』はプログラムピクチャーの味を書いてもいる。

若い学生たちは痛快な青春活劇・恋愛モノだと思って観ていたようだが、当時まだ根強かった朝鮮・韓国人蔑視と差別を知っており、軍事クーデターで政権を握った開発独裁・朴正熙(パク・チョンヒ)との一面的な日韓条約により経済援助で歴史を免罪することに反対運動し、朝鮮の歴史と文化を少しでも知ろうと自覚していた60年代後半の私は今の私のなかにも確実にある。
だからこの物語を青春にありがちな不条理な喧嘩やエネルギー発散「一般」ととらえることは私には絶対にできない。

「ロミオとジュリエット」ならせいぜいイギリス貴族内部の勢力争いで敵対する家系の若者どうしの悲恋物語ですむかもしれない。しかし20世紀後半の「ロミオとジュリエット」である「ウエストサイド物語」(1961)のニューヨークのスラムでのシャーク団とジェット団の抗争は、アメリカに流入するプェルトリコなどの貧民とやはり少数派であり疎外されているイタリア系移民の子どもたちというアメリカ社会の問題を反映していたし、1968年京都を舞台とするこの「ロミオとジュリエット」も、在日韓国・朝鮮人への差別とそれに対する反発、複雑な鬱屈とねじれが基底にある。

彼らの子ども時代や68年以降をもシリーズ化したいと井筒和幸監督は言っているそうだ。
「河があるなら、橋を架けよう! 誰かが線を引いたなら、俺らが消してやる!」の精神を表現してくれるよう期待します。

この件は引き続き書きます。

7 31, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(2)

鎌倉白朋(鎌倉長谷)

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夏季食欲減退対策第4弾。

長谷大仏通り「鎌倉白朋」の豆腐づくし。
冬場は京都「たる源」の炭火入り桶で湯豆腐だが、夏期は冷や奴。扇ガ谷・増田屋の昔ながらの手作りの味。
空也豆富(茶碗蒸し)、ゆず味噌豆富、かけ正油豆富、煮物。

この通り沿い長谷駅南の粂豆腐店の裏宅に、母は何回か避暑で滞在したという。昭和十年頃の話しだ。その頃のわんぱく坊主がいいお爺さんになって今も豆腐を作っている。

7 31, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月30日

ラ・ジュルネ(鎌倉由比ガ浜)-2

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夏季食欲減退対策第3弾。
「ラ・ジュルネ」のタイ風ピリ辛スープ。

小海老、イカ、蛸、オクラ、ミニトウモロコシ、サヤエンドウ、ネギ、春雨、卵白身、椎茸、エノキダケなどなど実に具沢山。あ、もちろん香菜(シャンツァイ)も。
テラス席の足下でMicが催促するがこれはやれない。汗が吹き出すが食べられてしまう。

7 30, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月29日

花火大会

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今晩は逗子海岸花火大会。家の前からも見えた。
8月2日(火)江ノ島花火大会、8月9日(火)鎌倉花火大会、
と続く。

7 29, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

きしめん・むつ富(鎌倉長谷)-2

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夏季食欲減退対策第2弾。

暑くて食欲がないときの切り札、素麺。
これだけは不思議と食べられる。

7 29, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(0) | トラックバック(0)

PaPa Noel (鎌倉由比ガ浜)-2

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しばらくちゃんと食事してないなあという気分だったのでパパ・ノエル。
Micは外で待て。手伝いの犬塚ちゃんがときどき見てくれる。
海老のカクテル、皮ぱりぱりのメバルと蛤の味が染みたスープ。鴨胸肉、鴨の胸ってこんなに肉があるのか。ブルーベリーのシャーベットと杏のジュース。

7 29, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年07月27日

台風一過の鎌倉由比ガ浜

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台風一過。波はまだ荒いが海遊びには最適の天気。

7 27, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

ミニトマト

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庭のミニトマトが青い実をたくさん付けている。
さあ、これから赤くなるんだよ。
なぜか若い学生たちを見守っているような心持ちになる。

7 27, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月25日

箸(鎌倉大町)-2

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夏季食欲減退対策第1弾。

韓国・朝鮮では家の数だけキムチの味があるのだろう。
「箸」のキムチは「箸」のキムチだ。和風出汁を使って味が奥深く旨い。大根、胡瓜の歯ごたえ、本命白菜の辛さのなかの甘み。これだけあれば他はいらない。

とばかりも言ってられないので夏場限定の「冷麺(ネンミョン)」。
冷麺はそば粉とデンプンをあわせて練り、型枠で細長く押し出し熱湯に落としてゆで麺にする。これを冷水でさらすと、コシのある麺になる。デンプンの割合が高いほどコシが強くなるという。もともとは暖かいオンドル部屋で涼感を味わう12月の食であったそうだ。

左下はマッコリ。蒸し米と小麦麹をあわせて一段で仕込む速醸の大衆的な濁り酒。
かすかな甘みと酸味が喉越し良く、つまみがなくともいくらでも飲めてしまい、あとでけっこう酔っていることに気付く。

7 25, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月24日

レストラン カロ CARO(鎌倉長谷)-2

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こじゃれたフレンチやイタリアンレストランではない、日本の「洋食屋」。
2週間かけてつくるデミグラスソースの素晴らしいビーフシチューについてはすでに述べた。

きょうは「有頭海老フライ」。海老味噌も味わえる。たっぷりの温野菜やコーン、生野菜と。

7 24, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月23日

ジョージ&レイ(鎌倉雪ノ下)

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ポロ ラルフローレン鎌倉の前で新婚夫婦が記念撮影している。
3階の「ジョージ&レイ」でパーティーし、途中、式にでかけるところ、らしい。

重厚な内装となかなかの本場イタリアンを食べさせた「ジョージ&レイ」も9月末でクローズ。

【追記】
9月末ではなく、7月31日でクローズでした。
この写真のカップルもこの店で秋にやりたかったのに、クローズの予定を聞いて早めたそうです。

7 23, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | | コメント(0) | トラックバック(0)

露伴と文(あや)とことば

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※1910(明治43)年。露伴44歳、文6歳 向島蝸牛庵

露伴の文(あや)に対する躾けには厳しさのなかにユーモアがある。広く思いやるなかでの優しさであるのだろう。

幸田文のさまざまな随筆のなかで記されるこの父娘のやりとりのなかで、ことばに関することが私はことのほか好きだ。

露伴邸には様々な客が訪れる。文は小学校にも行かぬうちから客の取り次ぎ役を命じられる。まっさきに「はい」「いいえ」がしっかりできなくちゃだめだ。短くものを言え。長いと間違っちゃうから。
むろん、はい、いいえだけで用件が処理できるわけがない。少々お待ち下さい、と書斎に急ぎ「あのォ」となる。露伴がビシリと言う。それは要らない、用だけ言え。おまえの話しは長くていけないから短くしろ。なんでもピタリと一言で意志が通じるようにしろ。
「甘ったれた口をきくな」と言われたので「あのォ」は甘ったれることなんだと文は子ども心に刻みつける。

慶応生まれ、江戸武家の家系の露伴は「です」も気に入らない。「です」などというのは田舎上がりの下級武士が「でぇーす」と伸ばして使った品の悪い言葉だ(※現代に復活しているのは笑ってしまうが)。したがって「おります」「ございます」(※山の手言葉として揶揄的にあげられる「ざあます」などはもってのほか)。

文のことは「おまえ」とも「あやこ」とも呼ぶが、小言、説教その他特別なことを言うときは「おまえさんは」となる。自分のことは「おれ」「わたし」「わたくし」「あたし」などなど変幻自在。

「すんません」はもちろん「すいません」もだめ。「すみません」の「み」の字はそこになくちゃいけない。

「文子ッ」と呼ばれたら「はいッ」と答える。「文子ォーッ」と言われたら「はァーイ」でいいんだ。

長じて19の花盛り、たった一度代を払って買ってくれた格子の八丈。精一杯気どってみせてはみても「折角のこしらえもせりふづけがいけない、もちっときりきりしゃべってもらいたい。ああですこうですいやだわよじゃ著物(※着物)が泣く」。

7 23, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(1) | トラックバック(0)

2005年07月21日

薊(あざみ・鎌倉材木座)

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九品寺から材木座海岸にかけての昔からの庶民的な商店が立ち並ぶ通り沿いにある。街の普通の中華料理屋の風情だが、ラーメン専門誌にも紹介される有名店。壁の数々の色紙のなかに高倉健さん来店時のカラー写真。
昼時は近所の家族連れ、サーファー、ガテン系の人たちなどがひっきりなしに訪れる。

鶏足、豚足、タマネギ、昆布でとったスープとストレートな中細麺が基本。
写真のサンマーメン(¥600)は、モヤシ、キャベツ、ニンジン、キクラゲ、豚小間切りなどを炒め、片栗粉でとろみを付けた餡とともに醤油味ラーメンにかけたもの。餡の塩味とスープの醤油味が麺にからみあう。

「サンマーメン」は「生馬麺」の広東語発音、「生」は新鮮な野菜のシャキシャキした音をいうらしい。横浜が発祥といわれ、多摩川から大井川にかけての海沿いに一般的なメニュー。
東京ではモヤシ以外はあまり使わないモヤシソバがふつうで学生の頃はよく食べた。熱々の餡のためにスープも冷めにくく、特に冬場は懐は寒いが身体は温まった。

7 21, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

『古本道場』(角田光代・岡崎武志╱ポプラ社)

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新刊書店業界が苦しんでいるのに比べると古本屋の方はさまざまなニューウェイブも出てきて元気なようだ。古本のオンラインショッピングが飛躍的に拡大したことで販売・流通の可能性が拡がり、老舗の二代目、三代目も旧態依然のやり方を改革し始めたこと。また個性的な品揃えや斬新な店構えや意外なロケーションや古本販売以外のプロデュースなどが「トレンディ」(死語か?)として取り上げられたりしている。

先日書いた古本をめぐる「勝負」(『古本買い十八番勝負』)に続いて(といってもこちらの方が発行は少し早いが)今度は「道場」(『古本道場』角田光代・岡崎武志╱ポプラ社)。

『対岸の彼女』(直木賞)『まどろむ夜のUFO』(野間文芸新人賞)などの作家・角田光代が、『古本病のかかり方』『古本でお散歩』『古本生活読本』など古本と古本屋に造詣が深い岡崎武志道場主の指南のもと古本道にわけいるという趣向。

児童書を中心とする出版社ポプラ社のウェブマガジン企画として04年4月から05年3月まで掲載されたものがもとだ。
ウェブマガジンのこういう記事の集積から書籍へという流れは、ブログ記事を出版するのに比べてとても自然な感じがする。
ブログの場合、紙に印刷され本になったたとたんに何かライブ感、共時感が失われ、またモニターで読んでいた文章から受けるリズムとの違和を生じさせてしまう。

それはともかく、まずは古本道心得、同感。若い人に知ってほしい。

●其の一 わたしはわたしの風邪をひく
他人や古書業界のではなく、あくまで自分自身の価値基準を第一に置くべし。
●其の二 古本屋と新刊書店は別業種
おんなじ本屋じゃん?ー違う。新刊書店に置かれている本はほとんどが売れなければ返品可能な委託品。対するに古本屋の本はすべて身銭を切って仕入れた店主の所有物。扱いのマナーに気を付けよ。
●其の三 買いたいと思ったときに本はなし
いずれ、後で、で後悔したことは私も数え切れない。
●其の四 古本ファッション
これもマナー。濡れ傘、大きな硬いバッグなど本を傷めるおそれのあるものは持ち込まない。
●其の五 万札は避けよ、小銭を用意
コンビニ、ファミレスならいいだろう。街の古本屋で100円の古本に万札を出したりするな。売る側、買う側の本来のコミュニケーション、気遣いのあり方の問題。

さて、道場主が古本道初心者・角田光代に与える試練の指令が以下。

1. まずは王道の神保町で、子ども時代に愛読した本を探せ!
2. 古本屋の未来形、代官山、渋谷で本の見せ方を学べ!
3. まさかの東京駅・銀座で古本屋を味わい尽くせ!
4. 早稲田古本街で青春時代の本を探せ!
5. オシャレな町・青山と日本随一の高級住宅地・田園調布で昭和初年の本を探せ!
6. いま一番元気のいい西荻窪で均一棚を狙え!
7. ちょっと遠出した鎌倉で、地元作家の本を探せ!

指令にはそれぞれ現在の古本屋と古本を探す上でのさまざまなノウハウ、コツを習得し、またその街の人々の歴史と生活にいかに結びついているかを発見する狙いが隠され、角田光代もよく応える。
角田のレポートと岡崎の講評というスタイルも楽しい。

昭和初期の文学本の雰囲気を感じさせる表紙のタイトル文字や写真の扱いがいいな、と思って装幀者の名前を見たら、私のところの卒業生のセキユリヲだった。なかなかうれしい。

7 21, 2005 07.デザインの世界, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月20日

Portrait of my partner-4

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ディスプレイ用マヌカンからこのシャツを外して見せてもらっても、私にはこのシャツの構造と着方がよく理解できなかった。

単純化していうとバスト以下のボディのための円筒形部分があり、その両脇部から巾20数センチほどの「∩」となった帯が、あたかも首からかけるかのように付いている。しかしそれにしては長いし、マヌカンは首からは下げていなかった。

ポロ ラルフローレン鎌倉の私の女性ものアドバイザー埋橋ちゃんから着方を教えてもらって唖然とした。

着方を記すと、ボディのための円筒形部分をまずすっぽりかぶり、バスト位置を合わせる。
次に両脇から「∩」のようについている帯状の部分を一回クロスさせ、その上の部分に首を通す。こうすると、よくある首を巻いて胸で交差するような形になる。

ところがここからが手品のよう。
柔らかく伸縮性のある首に巻き付いていた帯を両肩から二の腕まで引き下げてしまうのだ。首の後ろで巻いているのではなく、肩(というより上腕部)で着ている感じになる。だから、ボディ部とこの帯で作った部分との間の背中は開いている。
写真はかなり肩で着ているが、マヌカンはもっと肩を出し完全に上腕部で着ていた。

気が付いたのだが、この「∩」の帯は「メビウスの輪」となってボディ部とつながっている。
19世紀ドイツの数学者メビウスが考えた「メビウスの輪(帯)」は帯(矩形)の短辺と短辺とを一度ねじって付けることによって「表裏のない曲面」という立体認識の新たな地平を切り拓いたものだ。

この「∩」の部分の布地は胸から肩にかけて「表となり裏となり」ドレープの陰影を作り出している。
「表裏のない布帯」として「メビウスの輪」をシャツに応用するというデザインをどういうアイディアとプロセスで考案したのだろう、聞いてみたい。

7 20, 2005 17.衣・ファッション, 25.My Partner | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年07月19日

上野毛オープンキャンパス初日

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上野毛オープンキャンパス初日。公開トークショー「美大って何?」。デザイン学科の佐藤直樹先生を司会に、卒業生の千原航さん、しまおまほさんなどが美大受験、大学生活などを語り合う。

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それぞれの授業が最終日なので学生が制作した作品のプレゼンテーション、講評。

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ん?明日がプレゼンの教室もなぜか公開中。おそるおそる覗いてすぐ首を引っ込める人がいる。

19日、20日はPM5:30〜9:10の間公開。

7 19, 2005 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月18日

今日から3日間上野毛オープンキャンパス

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私のところ(多摩美術大学造形表現学部ー世田谷区上野毛)では今日から3日間「オープン・キャンパス」として授業などを一般に公開し、また進学相談も行います(18日ーPM2:00〜9:10、19日・20日ーPM5:30〜9:10 ※時間中の出入りは自由)。

デザイン学科では各日とも前期後半のさまざまな授業の最終日にあたり、学生がそれぞれの制作作品を発表・プレゼンテーションし講評が行われる様子を見ることができます。

進学相談は教員が個別に応対するため、それぞれの要望や事情に応じた相談ができます。

本日4時から6時までは、卒業生で活躍中のデザイナー、イラストレーターなどによるトークショー「美大って何?」も開催。

オープンキャンパス案内

7 18, 2005 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

『古本買い十八番勝負』(嵐山光三郎・集英社新書)

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育ったところが東大本郷キャンパス前の古本屋の並びの近くだったし、神保町もたいした距離ではなかったから小学生の頃から古本屋には親しんでいた。もちろん単に安いということもあるが、新刊本屋にはない品揃えの未知の本の世界が面白かった。古本屋めぐりはその後永らく私の趣味というか通りがかって古本屋があればとにかく入って一渡りは見るという習性となった。

紀伊国屋がオンラインショッピングを始め、アマゾンその他が続き、古本サイトも充実してきた90年代後半から、本はもっぱらネットで購入するようになり、古本屋をのぞく習慣から遠ざかっていたが、この本は久しぶりに以前の楽しみを想い起こさせ刺激する。

なぜ「勝負」などとタイトルされているかというと、これはもともと『小説すばる』の連載企画で、嵐山光三郎氏を中心とした5名ほどの仲間たち(ときどきゲストも加わる)が18カ所の古本屋街をめぐって一日買い漁り(1回で18キロぐらいになったりするが近頃ではコンビニで自宅宛に宅配すればいいのだ)、互いの目利き度を競うという趣向だからだ。場所は世界一の古書店街「隠れた世界遺産」である神保町界隈はもちろん、銀座、青山、上野、高田馬場、高円寺、吉祥寺などなど18カ所にわたり私が馴染んだ古本屋もたくさん登場して懐かしい。

稀覯本とか初版、著者サイン入り限定本とか、本を骨董品として収集するようなことはこの人たちはしない。いずれも雑誌・出版の企画・編集の手練れたちだから目の付け所が実にいい。見つけ出す本の数々の面白そうなこと。一店につき15分と決めてはいるのだが、装丁、目次、書き出しから組版、奥付までどうしても確かめてしまうから長引く、というところは激しくうなずいてしまう。

古本買い散歩は「これぞ、活字愛好者がいくつくはての、最終の快楽的な散歩である」。

7 18, 2005 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月16日

Nature et Sens ナチュール エ サンス(鎌倉雪ノ下)-1

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Nature et Sens、自然・ナチュラルでしかもセンス良く、とでもいう名にポリシーがにじんでいる。
雪ノ下の夜などはほんとうに静かな住宅街の、元はギャラリーだったところに2年前にオープンしたフレンチ・レストラン。淡いベージュの壁紙とシンプルなウッドチェア、真っ白なテーブルクロスととても清潔感に満ちた店内は気持ちいい。

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人参のムースとコンソメのジュレーに函館のウニを添えて。人参の甘みとウニの潮の香りが口の中で混じり合う。

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色々な夏野菜(15種)のコンポート サフラン風味、活〆スズキのマリネとともに。

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使っている見事な鎌倉野菜を説明してくれる。

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本日の魚料理。カサゴの蒸し焼き、ドライトマト、ケッパーソース、あさり風味で。淡泊なカサゴの身にあさりのエキスが染み込む。

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メインディッシュ。山形産牛ロース肉の備長炭焼き、赤ワインソース。

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息子の誕生日祝いで食事していたのだが、店の人には何も言っていないのにすぐ気づき、デザートにHappy Birthdayのプレートが出てくる。透明な皿にチョコレートしてあるので文字のシャドーの演出も心にくい。

7 16, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | | コメント(0) | トラックバック(1)

ダ・ヴィンチのシステム手帳

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上の写真は手帳が欲しいという息子の19歳の誕生日プレゼント。
生後6ヶ月ほどの仔牛の皮(カーフスキン)を使ったバイブルサイズのシステム手帳。タンニンなめしされ、動物脂などで表面仕上げされていて、肌触り、風合いがいい。ステッチもしっかり職人仕事だ。ペンホルダーが太さに応じて変えられるのもなかなか。

「能率手帳」以降のシステム手帳の時代、Filofax、Sazaby、Ashfordなどそれなりに愛着を持って使ったが、PowerBookを四六時中持ち歩くようになってからは手帳というものをまったく使わなくなってしまった。
メモは時によって有効だし必要なのだがシステム手帳を使うほどではない。

下の写真は引き出しにしまってあった使い込んだAshfordのシステム手帳。かさばらず重宝し、それなりの歴史の想い出がある。

息子は何を刻むのか。

7 16, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月15日

メドゥーセージ

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昨年植えたメドゥーセージ。常緑のはずなのに冬の間ほとんど葉を落としていたが、夏場にかけてぐんぐん繁り、今年も群青色の鮮やかな花を咲かせた。

7 15, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月14日

Local Brand(鎌倉長谷)-1

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すぐ近所に4月にオープンした、ハワイアンジュエリーの店。

観光客などはまったく通らない住宅地にあるが、とても楽しくセンスのいい品揃えで価格も安いので場所を記します。ぜひ行ってみてください。
由比ガ浜通りからだったら、鎌倉文学館前の信号の傍に明治時代から続く「柴崎牛乳店」(看板には右から左に書いてある)があるのだが、そこの脇の路地を入る。江ノ電の踏切を越え駐車場を左に入ったところの右側。由比ガ浜駅からかいひん荘を通る路だったら、由比ガ浜4丁目の信号が見えるあたりの白い木柵の家のところを右に、マンションを過ぎ同じく駐車場(光岡のカエルみたいな車が置いてある)を右へ。

鎌倉市長谷2-2-34 
平日10:30-17:30 土日10:30-18:00 定休:火・水 
Tel: 0467-22-8797

7 14, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | | コメント(1) | トラックバック(0)

倉ら(鎌倉小町)

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昨年大晦日に小町通りにオープン。ご主人はもともと横浜中華街で仕事していた。
なかなか入手が難しいという韃靼(だったん)ラーメンが食べられる。
やや緑がかった色。普通のラーメンより硬めなのでごく細く打たれていて汁とよくからみあう。写真のものは塩味だが醤油味もある。
この店の餃子も焼き具合が良くなかなか旨い。

7 14, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月13日

以ず美(鎌倉長谷)-2

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淡路のアジ。脂がなんというか「のりわたって」いる。
外国人がよく誤解するが、魚の身を綺麗に切っただけなどではもちろんない。塩洗いした上で酒酢で締め、旨味を封じ込めるという江戸前鮨の仕事が入っている。

利尻のウニ。さきほど手袋を付けてさばいたばかりなのでまだ針が動いている。

7 13, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月12日

THE BANK(鎌倉由比ガ浜)-6

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若い頃、カクテルに興味を持ったことがあった。シェーカーや関連本などを買ってきて、いろいろ試してみた。

私の結論はこう。リキュール、シロップ、果汁系などが混じるものはもちろん論外。マンハッタンを飲むくらいなら生のウイスキーを、アレキサンダーを飲むくらいならブランデーをそのまま味わった方がいい。ブラディマリーその他推して知るべし。

カクテルというのはもともと18世紀末の味に粗雑なアメリカ人に元を発して世界に拡がったものだ。
ありがたがって明治初期の鹿鳴館で供されたという。
1920年代(大正末〜昭和初期)には東京にカクテルバーが開かれた。

で、その後カクテルといえばドライマティニー以外は私は口にしない。ジンだけはたしかに少量の辛口ホワイトベルモットと相性がいい。それぞれの銘柄、割合、シェイクかステアリングか、等いろいろバーテンダーによって作り方が違うが、丁寧にステアリングされるTHE BANKの杉本さんのキリッとしたマティニーは旨い。

7 12, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月11日

近所の猫(鎌倉長谷)

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鎌倉は犬も多いが猫も多い。
ここは車がぎりぎり通れるような生活路で往来も少ない。路地の真ん中でよく寝そべっている。
しばらく見ていたが3匹ともそれぞれまったくバラバラに関係ない動きをしているのが猫らしくておかしい。

7 11, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月10日

THE BANK(鎌倉由比ガ浜)-5

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厨房の火を落としたところだったが、今日は何も食べていないのでミキちゃんに手を合わせて食事を作ってもらう。今晩は「ハギス」。

ハギス(Haggis)はスコットランドの伝統料理として有名。ただし「スコットランド人以外は絶対に食べない」とも言われる。他所の人に対しては「スコットランドにしかいないハギスという珍獣の肉だ」とジョークを言うのだそうだ。わざわざイラストを描いて見せたりする。土産物屋にぬいぐるみが置いてあるとか。

本場では、羊の屑肉や内臓を刻み、タマネギ、オートミール、香辛料などを混ぜて炒め、羊の胃袋に詰めてボイルする。
かなり脂っこい(greasy)ので必ずマッシュポテトとターニップ(茹でた蕪やそれをすりつぶしたもの)を添える。
食べるときにシングルモルト・スコッチウイスキーをかける。
彼らにとって貴重な羊を徹底的に活用して調理するという知恵の産物であるのだろう。

羊の内臓などは手に入らないからミキちゃんは工夫して豚の内臓を使っている。たぶん本場のものはもっと獣くさいのだろうが、これは日本人向けの仕上げ。柔らかなハンバーグといった感じでおいしい

田中芳樹・土屋守『「イギリス病」のすすめ』(講談社文庫)によれば、大きな丸い塊のまままずテーブルに持ってきて、キルトスカートの下にはく長いソックスに必ず差し込んであるスキンドゥというナイフで、その塊をにっくきイングランド人(スコットランドがグレート・ブリテン王国に統合されたのはわずか300年前にすぎない)の顔に見立てて切る。いったん下げてから各自の皿に取り分けてでてくる、という。

スコットランドを代表する18世紀の詩人、作曲家であるロバート・バーンズ(「蛍の光」の原詩や「故郷の空」で日本でも知られる)の誕生日1月25日には、スコットランド中で、また世界に散らばったスコッツやその子孫たちがハギスを食べ、彼の「ハギスに捧げる詩」が朗誦される。

7 10, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月09日

ラルフ・ローレンの夏シャツ(ポロ ラルフローレン鎌倉)

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ラルフ・ローレンの夏物綿シャツ2種。
左はフィット系ノースリーブ。両肩の結びリボンがポイント。
右はルーズ系。ここでは片肩を出しているが、もっと上で結ぶこともできる。両紐の先端に羽のような飾りが付いている。

パートナーには右の方が合うはずなので入手。

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2005年07月08日

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今の東京からは考えられないだろうが、私が子どもの1955年(昭和30年)頃の東京では普通の家で鶏がけっこう飼われていた。

私が育った山の手の本郷西片の父方の家でも7、8羽はいて、毎朝卵を産んだ。こうすると卵がうまくなるのだというので貝殻を砕いて餌にまぜるのをけっこうやった。
もちろん明け方ざわめきだし「コケコッコー」と激しく鳴くのだが、隣近所の誰ひとりうるさいなどとは言わなかった。

以降50年、東京は人々が住むのにより幸せな街になったのか?

※写真は母が作った木目込みの鶏(巾12cm)

7 8, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(1) | トラックバック(0)

2005年07月07日

朝顔のある路地(鎌倉長谷)

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大仏通り裏の路地の民家塀越しに毎年作られる朝顔棚。
まだこれからだが今朝も花は咲かせている。

7 7, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | | コメント(0) | トラックバック(0)

deux mille deux(鎌倉御成)-3

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普通見かけるオイル・サーディンは北欧産のものが多いが、duex mille deux(ドゥミルドゥ)で薦められたのが、フランス・ブルターニュのオリーブオイル・サーディン。
ブルターニュで揚がる大西洋の新鮮なイワシを同じくブルターニュの塩田の塩で味付け、上質のオリーブオイルで煮る、昔ながらの手作り。

缶を開けると丸々としたいわしが昔混み合った山小屋で寝たときのようにオリーブオイルの香りのなかに並んでいる。

庭のサニーレタスを2葉ほど掻き取り、タマネギのスライスを少し載せ、私の深夜食。

7 7, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月06日

KUA'AINA鎌倉店(鎌倉由比ガ浜)

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若宮大路を海に向かって歩き、一の鳥居を過ぎたあたりにくると海の気配が漂い、海岸橋までくるとはっきり感じられる。

このロケーションと内装、サーファー客も多いため、南青山、渋谷宮益坂、丸ビルなどにある他店と比べると一番ハレイワの本店に雰囲気が近いという。

オアフ島のノース・ショア、ハレイワというサーフィンの町を発祥の地とする、今風に言えば「リッチ・ハンバーガー&サンドイッチ」の店。
ハンバーガーの一番安いものでも800円以上するし、チェダー、プロポローネなどチーズやエクストラを加えれば1200円くらいにはなるが、材料、味は申し分ない。

写真は全粒粉パンのパストラミ・サンドイッチ。
ハワイアンコナビールは名前も「ファイヤーロックペールエール」「ビッグウェイブゴールデンエール」「ロングボードラガー」といかにも。

KUA'AINAのサイトもなかなか楽しい。

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2005年07月05日

悼・片桐邦郎叔父

母の弟、邦郎叔父が今朝亡くなった。享年79。
3年前に脳梗塞で倒れ、その後はなすすべがなかった。

母の実家、私の生家は本郷西片のとても広い家だった。茶の間、なんというか分からないが別の間、寝室、納戸、女中部屋、邦郎叔父の部屋、澄郎叔父の部屋、また別の間、光子叔母の部屋、玄関の間、客間、専用の御不浄、広い廊下、縁側、広々とした浴室、床下にいろいろ収納できるようになっているこれも広々とした台所。庭には花が咲き乱れ天水桶に金魚が遊ぶ。
ここで産まれ同じ西片に18歳まで住んでいた私はしょっちゅう遊びに行った。

邦郎叔父は私のことをとても可愛がってくれた。抱かれてシャリアピンの「蚤の歌」やルビンシュテインのショパンをSPで聴かせてもらったのは2歳くらいのことか。

永く慶応義塾大学でフランス語、フランス文化を教えた。
安らかに眠ってください。

7 5, 2005 23.日々のなかで | | コメント(2) | トラックバック(0)

ノン、元気で!