百苑(ももぞの・鎌倉大町)-2
「百苑(ももぞの)」の春の味わいは書いたが、これは夏の「氷きしめん」。
暑さで食欲が無いときもするする食べられる。
1cm巾ほどのきしめんは冷やし用に薄く打たれる。たっぷりの氷で締められ、歯ごたえ、喉越しとも絶品。
葉山の筍、富士山麓の地鶏、地場の海老。
6 30, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
「百苑(ももぞの)」の春の味わいは書いたが、これは夏の「氷きしめん」。
暑さで食欲が無いときもするする食べられる。
1cm巾ほどのきしめんは冷やし用に薄く打たれる。たっぷりの氷で締められ、歯ごたえ、喉越しとも絶品。
葉山の筍、富士山麓の地鶏、地場の海老。
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前の日、何も食べなかったので夜中1時過ぎにDaisy's Cafeで挽肉とレタスたっぷりのアジアンタコライス。
Micと同じ今月1歳になったばかりのニーマちゃんと深夜のランデヴー。
ニーマちゃんはブルドックテリアとフレンチブルドックという闘犬の血を引いているので、先祖が兎を追いかけていたぐらいのMicの相手ではないのだが、果てしなくじゃれあっている。
おいおいもう2時半だぞ。
6 30, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(1)
カフェ「鎌倉物語」(鎌倉小町)で、松崎義男さんの朗読と松尾慧(けい)さんの横笛のライブ。
群ようこさんは高校の「国語」の教科書で中島敦『山月記』に出会ったときの印象を下記のように記している(『中島敦全集2』ちくま文庫・解説)
「私は冒頭の『隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった』という文章をみ、頭がくらくらしてきた。…私たちの間では、中島敦という作家は『とっても難しい中国の話しを書いて、若くして亡くなった、眼鏡をかけた人』で終わってしまった」
私は中学のとき、そのころ刊行されていた筑摩書房の現代日本文学大系を読みふけっていて中島敦(1909-42)に出会い、連綿と続く陰気な日本私小説群とは隔絶し屹立している彼が描き出す古代中国やペルシャの世界と文章がとても好きになった。
中学で出会った「漢文」の授業がきっかけにもなった。孔孟の儒教的説教は大嫌いだったが、いろいろ声に出して読んだ中国歴史物や唐詩の数々の「漢文読み下し」の言葉とリズムと響きは私の身体のなかに入っている。
ついでだから中島敦の代表作の出だしをもうちょっと紹介する。
「くらくら」するか「わくわく」するか。
「趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、天下第一の弓の名人になろうと志を立てた」(『名人伝』)
「漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉・李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜鄣を発して北へ向かった」(『李陵』)
「魯の卞の游俠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱めて呉れようものと思い立った」(『弟子』)
松崎さんの『山月記』の朗読に接して、耳からことば、話しを聴くことの力を改めて思い知った。難しい漢語や名前は確かに混じる。しかし字面を追って読んでいくのに比べると、おそらく中学生でも理解できるだろう。
文庫本でわずか10ページ分だが、およそ20分にわたって朗読され、松尾さんの明澄で哀切な横笛が時に呼応して作り出される世界は味わい深い。
「虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再び其の姿を見なかった」
という結尾を聴き終えて涙した。
6 29, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(1)
私の大学のある世田谷上野毛の「さくら庵」に何年ぶりかで寄ったら韃靼そばの実(雲南の高地産)とペットボトルに入った発芽韃靼そば茶(モンゴル高原産)があったので購入。
メニューにはないが注文を受けて韃靼そばも打つという。
『蕎麦処 竹扇』(鎌倉御成)のところで書いたように、そばには韃靼そばと普通そば(日本そばもこちら)の2種があり、韃靼そばにはルチンというフラボノイドの一種が普通そばの100倍も含まれていて、毛細血管の働きに良いといわれる。
お茶の作り方もご主人に教わり、それで焼酎割りにするとおいしいですよと言われたのだが、私はロックでしか飲まない。しかし画期的な摂取法を思いついたのだ。韃靼そばの実はすでに煎ってある。ならばと焼酎のロックに直に実を振り込んでみた。
焼酎をすすると実が同時に口に含まれる、噛むとポリポリと心地よく香ばしさが口中にひろがる。おお、酒とつまみが労せずして一緒に味わえるではないか。
6 29, 2005 21.酒と…の日々 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
今日は鎌倉の「海開き」。
海なんていつだって「開かれている」のだが、要するにこの日から8月31日までの昼間は、指定された、由比ガ浜、材木座、腰越の海浜は「海水浴場」とされ、さまざまな市の管理下になるのだ。
今まで気ままに波に乗っていたサーファーたちは、「遊泳区域」に一歩でも(?)立ち入るとたちまち監視員からスピーカー越しに叱りつけられる(浜自体にボードを持ち込むことも禁止)。
「海水浴場」に犬を連れ込んではいけないという法律はないようなのだが、愛犬家たちは午後5時まではなるべく立ち入らないようにしている。
鶴岡八幡宮の神官の祝詞、浄めのお祓いや巫女による舞の奉納。
「神事」と自治体がどういう関係にあるかはよくわからない。
ビーグル(Micではありません)がワンワン吠えながら砂浜を一心に掘っている。なにか目的があるのか単に面白いだけなのかは不明。
夏〜!
6 28, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
戦後のドイツは復興のための労働力を補うために、アフリカの旧植民地をはじめ広く移民、出稼ぎを受け入れてきた。現統一ドイツの人口は今約8200万だが、そのうちの800万が「外国人」(うち400万がトルコ系)だ。日本にその割合を当てはめると、東京の人口くらいの割合の「外国人」がいることになる。
高校の同窓会で、ドイツからおもちゃを買い付け、幼稚園や保育園に卸している同級生と話した。
ドイツ(北ヨーロッパ)は中世の頃からおもちゃや人形の製造が盛んで、エストニアには「犬にはソーセージ、こどもにはおもちゃ」という諺があるとか。
で、ニュルンベルク(南部バイエルン第2の都市・ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』・デューラーの生地・戦後の「ニュルンベルク裁判」等で有名)で毎年開かれる「おもちゃメッセ」に彼が行ったときの見聞。
ニュルンベルクの地下鉄に乗ってみると、乗客の1/3は黒人、アジア系なのだそうだ。
メッセの人形のブースにも、黒人の人形、茶褐色で目も黒い人形がかなりの割合で当然のように展示されている。
人形は、憧れや愛玩だけでなく自分の分身でもあるだろう。
黒人やアジア、日本の幼い少女がブロンドで碧い目の人形しか選択できず、あてがわれることがいいとはあまり思えない(売上げ至上主義の日本の人形メーカーがこうしたことをきちんと考えているともまったく思えないが)。
写真はサンプルとして見せてくれたドイツの人形。まぶたは開き閉じする。
6 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
6月1日の写真のトマトのひとつが真っ赤に熟したので今年の初収穫。
冷やしてちょっと岩塩を付けて。
6 27, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
若宮大路二の鳥居そばの古い雑居ピルは、チープな階段を2階に上って突き当たりまで行くと雰囲気が変わり「もり崎」の扉に格調がただよう。
鎌倉には和風ということになると有名な懐石料理や旨い小料理・酒菜の店はいくつかある。
しかし、永く日本料理の路を歩み、6年半前にここを開いたご主人は言う。
鎌倉には、奇をてらわず季節の食材を生かす本来の料理を追究している店ってほとんど無いんですよね。私は始めからそれをめざしています。
それと、友だちどうしで飲みに行くような店は他にいろいろありますが、ちょっと大切なお客を呼んで料理を味わってほしい、というときに来て頂ければ。
鎌倉の農家から入手する野菜は、築地の市場のものに比べて味が濃いんですよ。だから濃い味付けをする必要がない。ちょっと塩茹でしただけで十分においしい。
写真は4種ある昼膳のうちの「四季彩膳」。
手付き籠に3種の小鉢。鎌倉沖の生しらすやめじ鮪が旨い。
二段重に四季の食材十種。季節御飯、汁、青果、水果。
小鉢は「うるか」なのだが、鮎の白子、卵にさらに白海老を加えてあるため、柔らかな舌触りに卵のプチプチした食感が加わる。柚子を芯にした干し柿の巻きもの。蟹脚。作ったなかで7割ほどしかいいものはできないという見事な煮梅…。
新潟から仕入れる米は自ら精米する。
ビール、というわけにはいかない。昼だが新潟の特別純米・鶴亀と。
6 26, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
ドイツ語でWurst(ヴルスト)がソーセージだが、小さいソーセージを意味するWurstchen(ヴルスヒェン)ということばは「わんぱく小僧」を指すのにも使われるという。代々、それぞれの家庭でソーセージが作られていた頃からの親しみを込めた呼び方なのだろう。
由比ガ浜海岸沿いに4年前から開業している「腸詰屋」由比ガ浜店(清里・軽井沢に別店舗)はドイツのマイスター仕込みの伝統的製法にもとづく手作りハム・ソーセージの店。S.P.F(清浄)豚を用いもちろん無添加。体験教室も開く。
1階には40種を超えるさまざまなソーセージが並んで壮観だ。
2階で、目の前の由比ガ浜の海を眺めながらこれらを食べられる。
写真はソーセージセット。私の食事一日分終わり。
6 24, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
パートナーが仲良しの担当美容師さんから二人で楽しんでとお祝いにいただいた L'OCCITANE(ロクシタン)のローズセンティド・キャンドル。
永持ちさせるには、芯を1/4インチ(約6ミリ)になるようトリムする、溶けたロウを表面全体に拡がるようにする、使わないときはケースにしまう、とある。
ほのかな薔薇の香り。
6 24, 2005 25.My Partner | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
duex mille deux(ドゥミルドゥ)にコート・ド・ローニュを買いに寄ったらご主人が珍しいものが入っていますよと言う。
イタリア・カラブリア産のイチジクのログ(Dried Baked Figs)。カラブリア(Calabria)というのは、靴に見立てたイタリアのちょうどつま先の地方。
イチジクを天日干しした後、オーブンで焼き上げる。トーストしたアーモンドとウォールナッツ、ビターココア、ラムとアニスで香り付けしたものをミックスしてロール状にし、イチジクの葉で巻いて1年ほど寝かせるという。
どこからそんな複雑なことを考えついたのかよく分からないが、カットして(写真下のもの)味わうと「KIBIYAベーカリー」のカンパーニュとワインに実によく合う。
一緒に入手したイチジクのロースト(写真右)も甘さを抑えたウェットタイプでおいしい。どちらも刻んでヨーグルトに混ぜてもいい。
イチジクは中の粒がじつは花で、外からは見えないため「無花果」の字があてられる。
原産地はアラビア南部、古代エジプト、アッシリアで栽培され、地中海沿岸に拡がった。
禁断の実を食べて裸身に羞恥心を抱いたアダムとイヴが腰に巻いたのがイチジクの葉(写真左のロールを巻いているもの)を綴ったものであり、ローマの始祖とされるロムスルとレムスがローマに流れ着いたとき、イチジクの根に引っかかって止まった、とされている。
6 23, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
※『鎌倉洋館スケッチ帖』(はりがいみちこ・かまくら春秋社)より
以前近くに住んでおり、毎日傍を通って眺めていた針谷産科婦人科医院の建屋がさっぱりと無くなって更地になっている。取り壊されたことは聞いていたがやはり寂しい。ちゃんと写真を撮っておけばよかった。
建てられたのは関東大震災の5年後の1928(昭和3)年。その頃の日本家屋にはない一部三角に尖った屋根、趣のある出窓になった踊り場、モダンなサーモンピンクの外壁。
かつて母国にゆかりのあるものと思ってドアをノックしたロシア人もいたという。
77年の間にここでどのような人生模様が展開されたのだろう。
6 22, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
たまにトンカツが食べたくなる。
鎌倉で私が食べるのはこの「小満ち(こまち)」(小町通り)のヒレカツか、以前書いた「勝烈庵」(西口)のロースカツ。
獅子文六は『トンカツ談義』というエッセイで、
「ポーク・コットレットなんていうと、どうしても気分が出ない。あれは、どうしても、とんかつであり、カツでなければならない。トンカツは純然たる現代日本料理である…世界中でトンカツが一番うまいのは、わが国である。」と息巻き、いかなるポーションをいかにして揚げるかについて、一流のトンカツ屋はずいぶんな研究と精進をしているだろう、と記す。
老舗「小満ち」のヒレカツも、あらためて見ると、高座豚ヒレ肉をこの大きさや厚みに切るについてはおそらくたどりついた必然性があり、衣は薄くさっぱりした揚げ上がりも、自家製の辛口ソースも、永年の精進、研究の結果なのだろうとたしかに思わせる。
6 22, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
由比ガ浜通り長谷観音前交差点近くの「宮代肉店」のコロッケは有名だ。
TVで鎌倉の店特集などをやるとほとんど必ず登場する。桑田佳祐だとか私の知らないTVタレントたちが来たときの写真があって、休日は観光客で混み合う。
ビーフポテト、カニクリーム、ホタテグラタン、肉クリーム、カレーポテトなどたくさんの種類があり、その場で揚げてくれ、もちろん持ち帰りできるが、店のまわりに用意されている椅子に座って食べることもできる。
写真左は定番のビーフポテト(二つに割ったところ)、子どもの頃食べたコロッケの味。右はクリームコーン。これは揚げたてにいきなりかぶりつくとクリームで火傷する。十分に味付けされているのでソースは不要。
6 21, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

http://so-net.image.goo.ne.jp/image.jsp?&MT=%A5%AC%A5%F3%A5%B8%A1%BC&type=RNWより
またお役人(今回は環境省)が造った妙な英語もどき「クールビズ」とかいうのが「下達」されているそうだ。「お上」がこんなことを言ったって、民間の会社では上着とネクタイは会社に用意し、しかるべき時は着用するように、とかなる。
それは別として、率先して範を示そうという閣僚や国会議員たちのなんともおさまりのつかず冴えない「クールビズ」姿(羽田のサファリもどきも笑止だったが)をTVで見ていて、田中優子さんが『きもの草子』(淡交社)のあとがきで最後に記した一節を思いだした(『きもの草子』については友人の編集者が記事を載せているので見てください)。
「私の『衣』の理想は、究極ともいえるガンジーの衣だ。ガンジーは弁護士時代に着ていたスーツを脱ぎ、運動家時代に着ていた衣装も脱ぎ、最後は自分で紡いで、手織機で織った一枚の白い綿布を巻いた。それが抵抗と思想の表明であった。思想と衣食住が一致する - とても難しいことだが、私はそれをめざしたい」
「衣」は見てくれを着飾る単なるファッションではなく、生き方も信条も品性も現れる。
それはたとえ「着の身着のまま」の状況でも最低限の矜恃として意識されるだろう。
閣僚や国会議員たちの「クールビズ」姿は、彼らの生き方も信条も品性もがいかに低レベルかがみられて興味深い。
6 20, 2005 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
鎚起(ついき)という鍛金技術がある。
一枚の金属素材(金・銀・銅など)を必要な形で用意し、様々な鎚(つち)を使って焼鈍(しょうとん)を繰り返しながら打延し、打縮めて継ぎ目のない製品に仕上げる(写真の鎚起工程は左から右へ、さらに下の左から右へ)。
由比ガ浜通りにある「鎌倉清雅堂」は新潟弥彦山麓に工房を持ち、皿、盃、花瓶、茶筒、急須などさまざまな鎚起製品を揃えている。
明和(1764〜1771)年間のころ、弥彦山麓に銅山があり、燕で精錬が行われていた。そこへ仙台からきた藤七という職人が鍋や薬罐などの製造技術を伝えた、という。今、燕周辺はテーブルウェア、ホームウェアの一大産地だが、この越後鎚起がそのルーツになっている。
ここで買ったチロリに酒を入れ、しばらく冷蔵庫に入れておくと、チロリごとキーンと冷える。同じく冷やしておいた銀盃で楽しむ。
6 19, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
由比ガ浜通り、鎌倉文学館前。
もしかしたら日本一小さいパン屋さんかも。なにしろ「小花寿司」が入っている建屋の家主さんの個人玄関先が売り場なのだ。畳1畳分ほどしかないスペースに十数種のパンが並びいい匂い(販売は火木土のみ)。
安定剤、防腐剤などの添加物はいっさい使わず、藤沢ですべて手作りする。季節の旬のものをよく使うのも特長。
写真のものは「パン・バジリコ」。バジルとセミドライトマトを細かく刻んで練り込み、表面にはオリーブオイルが塗られて焼き上げる。カットするとバジルの香りが拡がり、トーストするとさらに引き立つ。
6 18, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
愛用しているケメックス(CHEMEX)のコーヒーメーカー。
フラスコと漏斗を一体化させた実験器具のようなデザイン。くびれた部分は木で覆われており持っても熱さを伝えない。革ひもがまかれていてすべるのを防いでいる。適正量を示す小さな突起もある。
専用のフィルターは大きな半月形に小さな半月形が付いたような形で、半分に折り小さな方を折りこんだ後もう一度二つ折りにして拡げる。普通のフィルターより紙を潤沢に使うことになり、渋みの原因となる酸味と脂肪分を適度に取り除く、らしい。
これを考案して売り出したピーター・シュラムボーム(Schlumbohm)という人はドイツの化学者で、面倒くさがりの実験室の仲間たちはもともとフラスコをコーヒーメーカーとして使っていたそうだ。アメリカに移住後1941年特許を取り、売り出して大成功する。同年MOMAのパーマネントコレクションに選定。
日本の民芸運動の始祖である柳宗悦は、戦後まもなくの頃チャールズ・イームズ邸を訪れ、このケメックスでコーヒーをふるまわれて注目し(このときイームズ夫妻が砂糖入れとして実験用の蒸発皿を使っていることにも驚いている)、買い求めて持ち帰った。息子の柳宗理に受け継がれ愛用されているという。
6 18, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(1)
東京方面から鎌倉に遊びに来て、目一杯楽しんでぎりぎり帰ろうとすると、23:19東京行き(0:12着)、23:39品川行き(0:27着)が終電。
逆に鎌倉に帰ってくる人の終電は0:49鎌倉着(私はほとんどいつもこれ)。
いずれにしても鎌倉の店は夜が早いので、夜遅くに飲むだけでなく食事もしたいというレストラン・バーは鎌倉駅周辺では「SPIRAL」とここに限られる。
「match point」は、2000年に逗子にオープンし、03年12月に鎌倉にも開いた。終電で帰ってきても、駅から2〜3分なので、食事ラストオーダー深夜1時に間に合う。
三浦半島佐島港直送の鮮魚を始めとする本日のお薦め、多彩な一品料理から焼きうどん、チャーハンまでメニューは実に豊富。
今晩はまずヒューガルデン・ホワイトのドラフト。ベルギー産のこのビールはコリアンダーやオレンジピールが入り、とてもフレッシュ感があって食前にいい。
鹿児島芋焼酎「黒甕」に変え、能登の絹もずくを味わってなにか生き返る気分。
写真左は小ぶりに造ってもらった「本日の鮮魚のカルパッチョ」。今日は佐島港からのカンパチとアカイカ。
写真右は御殿場二の岡フーヅのボロニア・ソーセージ。
昼は11種ほどもあるカレーが食べられる(夜も素材を複合したカレーがある)。
穴蔵的なテーブル席もしっくりと居心地良く女性客の割合も多い。
6 18, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
子どもの頃、信州に遊びに連れて行ってもらうときに食べる信越本線・横川駅の峠の釜飯が大好きだった(特に山ごぼうの漬け物)。使われたという覚えはないが、家の食器戸棚には持ち帰った陶製の釜がいつもいくつか置いてあった。
小料理屋や居酒屋が釜飯をメニューに取り入れるようになったのはずいぶん後だと思う。
長谷駅前通りの「まつもと」は常に7種の釜飯(秋には松茸、栗も加わる)が食べられる。
炊きあがるまで15〜20分はかかるが、出汁とからんだふっくら炊きたて飯は旨いのでボリュームもあるのだが少食の私でも全部食べてしまう。
写真は五目釜飯。といっても具は7種(海老・鶏肉・筍・椎茸・銀杏・人参・サヤエンドウ)。
6 17, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『僕の見た「大日本帝国」』(西牟田靖・情報センター出版局)という思わせぶりに400ページも費やしながら、猛烈に無内容な本を読んで苛つく。最後にまとめるかと思えば、靖国神社の本殿に参拝し、狛犬にサハリンで見た狛犬を想い出して「高揚感」に包まれるなどという有様。
行ってみればいいってもんじゃないよ。そりゃ帰国するたびに図書館で現地の当時の状況などを調べたかもしれない。しかしそれらが少しも「歴史認識」「歴史観」として思想の深化がはかられない。
だいたい「教わらなかった歴史と出会う旅」などというサブタイトル(おそらく編集者が提案したのだろうが)を高校生じゃあるまいし三十代の「物書き」が受け入れるなんて恥ずかしくないか。
正しく言うなら「学ぼうとしなかった歴史」だろうが。
彼が見てまわった「大日本帝国」の領土(統治領、傀儡国家「満州」、占領地、各種権益などを含む)を日清、日露戦争以来「獲得」するために戦死した皇軍兵士(あくまで軍人・軍属)を「顕彰(けんしょう)」(隠蔽のために普通言われる「追悼」では断じてない)し、次の戦争につつがなく兵士を補充するための鼓舞装置である靖国神社について、わずか238ページで実に簡潔・明晰かつ歴史的・論理的に分析した『靖国問題』(高橋哲哉・ちくま新書)を読んで口直し。
6 16, 2005 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
今週でこの個人ブログを始めて1年になるので少し感想。
始めるにあたって特に方針や原則や目標は立てなかった。
ただとにかくやってみる、続けてみるというだけ。
1年で記事数は335本。「ほぼ日」と言っていいかな。
テーマを絞ることが重要と説く人もいたが、私は好きなことを好きなように書く、やっているうちに何か見えてくる拓けてくるだろうというスタンスだった。
だから書き散らかしてきたことは、結果としてカテゴリー分けを先日あらためてやったら25にもなってしまった。
別にその日のできごとをその日に書いているというわけではないので日記ともいえない。
質を棚上げしてあえて分類すれば「エッセイ」系ブログということになるだろうか。
ただひとつはビジュアル(自分の撮った写真画像)と組み合わせたいということだった。
椎名誠のフォトエッセイなどは大好きで、ああいうことを自由にやってみたいなとは前々から思っていたのだ。ブログはそのためには最適な環境だった。
また私が住んでいる鎌倉という土地のことは大きい。鎌倉は16年住み、それ以前からを含めると愛着が深い。その間さまざまな情景や店などを知った。これらも紹介したい。しかし別に観光客向けにレストラン紹介や評価のようなことをしているわけではない。これらの私の好きな店や料理のことを書くことはそれを通して私自身のことを書いているにすぎない。だからあえて情報的なことはほとんど載せていない。それは他所であたってほしい(あ、ダイレクトメールしていただければいろいろお知らせします)。
私は「プライバシー保護」とか「個人情報保護」に関しては「普通の人」とずいぶん見解を異にしている。
実名、顔写真を出しているのに加え、住まいも記事からたぶん特定できる。その他の「個人情報」もかなりな程度さらけだしている。「危険」はもちろんあるだろう。覚悟の上です。
私はできるかぎり風通しのいい社会にしたいと望んでいるだけなのだ。
だから会ったこともない人たちとのネット上のたくさんの出会いはとてもうれしく、これからも大切にしたい。
このブログを1年間やってみて感じた最大のことは「私は、私の意志でいつでもどうにでもできる、パーソナルな、しかし世界に向かって開かれた自由なメディアを持っている」という「感覚」だ。
若い頃「ミニコミ」の編集発行などをやって自分(たち)のメディアを持った経験はたくさんある。
私のこの個人ブログは今1日平均1,000アクセス以上あるが、1,000部のミニコミ紙を作って配布あるいは販売するというのは制作から流通までたいへんなことであり、数ヶ月かかることもあった。「ブログ環境」はこれらが抱えていたアポリアを軽々と越える。
今後も私は好きなことを好きなように書いていきますが、興味の有る方はどうぞおつきあいください。よろしくお願いいたします。
6 15, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック(0)
長谷寺山門前の老舗喫茶店。チェーン店ではないが同じ名の店が全国に8店舗ある。
囲炉裏や土間もある古民家の造り。「普蘭西」「維納」「土耳古」(若い人読める?)などというレトロなメニュー表記と不思議に合う。ご主人はお坊さん。
『邪宗門』は北原白秋の第一詩集(1909・明治42)。
上田敏訳『海潮音』(1905・明治38)を通してボードレールやベルレーヌなどの影響を受け、世紀末の耽美的官能を歌い日本の近代詩に象徴詩の世界を確立した。
テーブルの上に第一詩「邪宗門秘曲」の冒頭の一連がカードにして置いてある。
われは思ふ、末世(まつせ)の邪宗、切支丹でうすの魔法。
黒船の加比丹(かひたん)を、紅毛の不可思議国を、
色赤きびいどろを、匂鋭(にほひと)きあんじやべいいる、
南蛮の桟留縞(さんとめじま)を、はた、阿剌吉(あらき)、珍酡(ちんた)の酒を。
う〜ん、詩を読み耽り自分でも書き散らしていた高校生の頃を想い出す。
6 15, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
らーめんHANABIで「昔ながらのあっさりラーメン」というのを始めたというので食べに行く(つけめんも始めた)。
若い頃はこってり系もけっこう食べたが、だんだんあっさり系を好むようになる。ただラーメンというのはその日の体調によっても食べたい傾向が違ってくる。選択肢が拡がるのはいい。
で、鰹、煮干しの濃厚な方と違って、これは豚と鶏ガラからスープをとる。私のスタンダードである鎌倉赤坂飯店よりかは濃いがこれはこれで旨い。
付けてもらう岩手地鶏の玉子は、半熟の加減と出汁のしみ具合がいつも絶妙。
6 15, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
カテゴリーの不具合の問題がなんとか分かりました。
このブログは今ココログ(TypePadベース)を利用しているのですが、カテゴリー別の記事数を表示させる機能はありません。
それでカテゴリー名の後に(20)のように入れてみたのです。
が、通常の日本語でのカテゴリー名だと、そのカテゴリーページのURLには「cat3598014」というようなものになって区別されるのですが、日本語に半角数字が混じると、その数字だけになってしまいます。したがって記事数が同じ(20)のカテゴリーが他にある場合は同じURLになって混同が起きるようです。
また、最初の5〜6文字を読んでいるようなので、「私の好きな鎌倉の店・和食」「私の好きな鎌倉の店・洋食」などが区別されません。
で、頭に01〜25まで付けてやってみました。今度はだいじょうぶなので、これから記事数も後ろに付けます。
ご迷惑をおかけしました。
6 15, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
先日一度カテゴリーを全部はずして設定し直したのですがちゃんと機能していません。
一部のカテゴリーで別のカテゴリーのものの一覧になってしまっています。
申し訳ありません。今しばらくご不便をおかけします。
6 14, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)