百苑(ももぞの・鎌倉大町)-2
「百苑(ももぞの)」の春の味わいは書いたが、これは夏の「氷きしめん」。
暑さで食欲が無いときもするする食べられる。
1cm巾ほどのきしめんは冷やし用に薄く打たれる。たっぷりの氷で締められ、歯ごたえ、喉越しとも絶品。
葉山の筍、富士山麓の地鶏、地場の海老。
6 30, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
「百苑(ももぞの)」の春の味わいは書いたが、これは夏の「氷きしめん」。
暑さで食欲が無いときもするする食べられる。
1cm巾ほどのきしめんは冷やし用に薄く打たれる。たっぷりの氷で締められ、歯ごたえ、喉越しとも絶品。
葉山の筍、富士山麓の地鶏、地場の海老。
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前の日、何も食べなかったので夜中1時過ぎにDaisy's Cafeで挽肉とレタスたっぷりのアジアンタコライス。
Micと同じ今月1歳になったばかりのニーマちゃんと深夜のランデヴー。
ニーマちゃんはブルドックテリアとフレンチブルドックという闘犬の血を引いているので、先祖が兎を追いかけていたぐらいのMicの相手ではないのだが、果てしなくじゃれあっている。
おいおいもう2時半だぞ。
6 30, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(1)
カフェ「鎌倉物語」(鎌倉小町)で、松崎義男さんの朗読と松尾慧(けい)さんの横笛のライブ。
群ようこさんは高校の「国語」の教科書で中島敦『山月記』に出会ったときの印象を下記のように記している(『中島敦全集2』ちくま文庫・解説)
「私は冒頭の『隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった』という文章をみ、頭がくらくらしてきた。…私たちの間では、中島敦という作家は『とっても難しい中国の話しを書いて、若くして亡くなった、眼鏡をかけた人』で終わってしまった」
私は中学のとき、そのころ刊行されていた筑摩書房の現代日本文学大系を読みふけっていて中島敦(1909-42)に出会い、連綿と続く陰気な日本私小説群とは隔絶し屹立している彼が描き出す古代中国やペルシャの世界と文章がとても好きになった。
中学で出会った「漢文」の授業がきっかけにもなった。孔孟の儒教的説教は大嫌いだったが、いろいろ声に出して読んだ中国歴史物や唐詩の数々の「漢文読み下し」の言葉とリズムと響きは私の身体のなかに入っている。
ついでだから中島敦の代表作の出だしをもうちょっと紹介する。
「くらくら」するか「わくわく」するか。
「趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、天下第一の弓の名人になろうと志を立てた」(『名人伝』)
「漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉・李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜鄣を発して北へ向かった」(『李陵』)
「魯の卞の游俠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱めて呉れようものと思い立った」(『弟子』)
松崎さんの『山月記』の朗読に接して、耳からことば、話しを聴くことの力を改めて思い知った。難しい漢語や名前は確かに混じる。しかし字面を追って読んでいくのに比べると、おそらく中学生でも理解できるだろう。
文庫本でわずか10ページ分だが、およそ20分にわたって朗読され、松尾さんの明澄で哀切な横笛が時に呼応して作り出される世界は味わい深い。
「虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再び其の姿を見なかった」
という結尾を聴き終えて涙した。
6 29, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(1)
私の大学のある世田谷上野毛の「さくら庵」に何年ぶりかで寄ったら韃靼そばの実(雲南の高地産)とペットボトルに入った発芽韃靼そば茶(モンゴル高原産)があったので購入。
メニューにはないが注文を受けて韃靼そばも打つという。
『蕎麦処 竹扇』(鎌倉御成)のところで書いたように、そばには韃靼そばと普通そば(日本そばもこちら)の2種があり、韃靼そばにはルチンというフラボノイドの一種が普通そばの100倍も含まれていて、毛細血管の働きに良いといわれる。
お茶の作り方もご主人に教わり、それで焼酎割りにするとおいしいですよと言われたのだが、私はロックでしか飲まない。しかし画期的な摂取法を思いついたのだ。韃靼そばの実はすでに煎ってある。ならばと焼酎のロックに直に実を振り込んでみた。
焼酎をすすると実が同時に口に含まれる、噛むとポリポリと心地よく香ばしさが口中にひろがる。おお、酒とつまみが労せずして一緒に味わえるではないか。
6 29, 2005 21.酒と…の日々 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
今日は鎌倉の「海開き」。
海なんていつだって「開かれている」のだが、要するにこの日から8月31日までの昼間は、指定された、由比ガ浜、材木座、腰越の海浜は「海水浴場」とされ、さまざまな市の管理下になるのだ。
今まで気ままに波に乗っていたサーファーたちは、「遊泳区域」に一歩でも(?)立ち入るとたちまち監視員からスピーカー越しに叱りつけられる(浜自体にボードを持ち込むことも禁止)。
「海水浴場」に犬を連れ込んではいけないという法律はないようなのだが、愛犬家たちは午後5時まではなるべく立ち入らないようにしている。
鶴岡八幡宮の神官の祝詞、浄めのお祓いや巫女による舞の奉納。
「神事」と自治体がどういう関係にあるかはよくわからない。
ビーグル(Micではありません)がワンワン吠えながら砂浜を一心に掘っている。なにか目的があるのか単に面白いだけなのかは不明。
夏〜!
6 28, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
戦後のドイツは復興のための労働力を補うために、アフリカの旧植民地をはじめ広く移民、出稼ぎを受け入れてきた。現統一ドイツの人口は今約8200万だが、そのうちの800万が「外国人」(うち400万がトルコ系)だ。日本にその割合を当てはめると、東京の人口くらいの割合の「外国人」がいることになる。
高校の同窓会で、ドイツからおもちゃを買い付け、幼稚園や保育園に卸している同級生と話した。
ドイツ(北ヨーロッパ)は中世の頃からおもちゃや人形の製造が盛んで、エストニアには「犬にはソーセージ、こどもにはおもちゃ」という諺があるとか。
で、ニュルンベルク(南部バイエルン第2の都市・ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』・デューラーの生地・戦後の「ニュルンベルク裁判」等で有名)で毎年開かれる「おもちゃメッセ」に彼が行ったときの見聞。
ニュルンベルクの地下鉄に乗ってみると、乗客の1/3は黒人、アジア系なのだそうだ。
メッセの人形のブースにも、黒人の人形、茶褐色で目も黒い人形がかなりの割合で当然のように展示されている。
人形は、憧れや愛玩だけでなく自分の分身でもあるだろう。
黒人やアジア、日本の幼い少女がブロンドで碧い目の人形しか選択できず、あてがわれることがいいとはあまり思えない(売上げ至上主義の日本の人形メーカーがこうしたことをきちんと考えているともまったく思えないが)。
写真はサンプルとして見せてくれたドイツの人形。まぶたは開き閉じする。
6 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
6月1日の写真のトマトのひとつが真っ赤に熟したので今年の初収穫。
冷やしてちょっと岩塩を付けて。
6 27, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
若宮大路二の鳥居そばの古い雑居ピルは、チープな階段を2階に上って突き当たりまで行くと雰囲気が変わり「もり崎」の扉に格調がただよう。
鎌倉には和風ということになると有名な懐石料理や旨い小料理・酒菜の店はいくつかある。
しかし、永く日本料理の路を歩み、6年半前にここを開いたご主人は言う。
鎌倉には、奇をてらわず季節の食材を生かす本来の料理を追究している店ってほとんど無いんですよね。私は始めからそれをめざしています。
それと、友だちどうしで飲みに行くような店は他にいろいろありますが、ちょっと大切なお客を呼んで料理を味わってほしい、というときに来て頂ければ。
鎌倉の農家から入手する野菜は、築地の市場のものに比べて味が濃いんですよ。だから濃い味付けをする必要がない。ちょっと塩茹でしただけで十分においしい。
写真は4種ある昼膳のうちの「四季彩膳」。
手付き籠に3種の小鉢。鎌倉沖の生しらすやめじ鮪が旨い。
二段重に四季の食材十種。季節御飯、汁、青果、水果。
小鉢は「うるか」なのだが、鮎の白子、卵にさらに白海老を加えてあるため、柔らかな舌触りに卵のプチプチした食感が加わる。柚子を芯にした干し柿の巻きもの。蟹脚。作ったなかで7割ほどしかいいものはできないという見事な煮梅…。
新潟から仕入れる米は自ら精米する。
ビール、というわけにはいかない。昼だが新潟の特別純米・鶴亀と。
6 26, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
ドイツ語でWurst(ヴルスト)がソーセージだが、小さいソーセージを意味するWurstchen(ヴルスヒェン)ということばは「わんぱく小僧」を指すのにも使われるという。代々、それぞれの家庭でソーセージが作られていた頃からの親しみを込めた呼び方なのだろう。
由比ガ浜海岸沿いに4年前から開業している「腸詰屋」由比ガ浜店(清里・軽井沢に別店舗)はドイツのマイスター仕込みの伝統的製法にもとづく手作りハム・ソーセージの店。S.P.F(清浄)豚を用いもちろん無添加。体験教室も開く。
1階には40種を超えるさまざまなソーセージが並んで壮観だ。
2階で、目の前の由比ガ浜の海を眺めながらこれらを食べられる。
写真はソーセージセット。私の食事一日分終わり。
6 24, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・洋食 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
パートナーが仲良しの担当美容師さんから二人で楽しんでとお祝いにいただいた L'OCCITANE(ロクシタン)のローズセンティド・キャンドル。
永持ちさせるには、芯を1/4インチ(約6ミリ)になるようトリムする、溶けたロウを表面全体に拡がるようにする、使わないときはケースにしまう、とある。
ほのかな薔薇の香り。
6 24, 2005 25.My Partner | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
duex mille deux(ドゥミルドゥ)にコート・ド・ローニュを買いに寄ったらご主人が珍しいものが入っていますよと言う。
イタリア・カラブリア産のイチジクのログ(Dried Baked Figs)。カラブリア(Calabria)というのは、靴に見立てたイタリアのちょうどつま先の地方。
イチジクを天日干しした後、オーブンで焼き上げる。トーストしたアーモンドとウォールナッツ、ビターココア、ラムとアニスで香り付けしたものをミックスしてロール状にし、イチジクの葉で巻いて1年ほど寝かせるという。
どこからそんな複雑なことを考えついたのかよく分からないが、カットして(写真下のもの)味わうと「KIBIYAベーカリー」のカンパーニュとワインに実によく合う。
一緒に入手したイチジクのロースト(写真右)も甘さを抑えたウェットタイプでおいしい。どちらも刻んでヨーグルトに混ぜてもいい。
イチジクは中の粒がじつは花で、外からは見えないため「無花果」の字があてられる。
原産地はアラビア南部、古代エジプト、アッシリアで栽培され、地中海沿岸に拡がった。
禁断の実を食べて裸身に羞恥心を抱いたアダムとイヴが腰に巻いたのがイチジクの葉(写真左のロールを巻いているもの)を綴ったものであり、ローマの始祖とされるロムスルとレムスがローマに流れ着いたとき、イチジクの根に引っかかって止まった、とされている。
6 23, 2005 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
※『鎌倉洋館スケッチ帖』(はりがいみちこ・かまくら春秋社)より
以前近くに住んでおり、毎日傍を通って眺めていた針谷産科婦人科医院の建屋がさっぱりと無くなって更地になっている。取り壊されたことは聞いていたがやはり寂しい。ちゃんと写真を撮っておけばよかった。
建てられたのは関東大震災の5年後の1928(昭和3)年。その頃の日本家屋にはない一部三角に尖った屋根、趣のある出窓になった踊り場、モダンなサーモンピンクの外壁。
かつて母国にゆかりのあるものと思ってドアをノックしたロシア人もいたという。
77年の間にここでどのような人生模様が展開されたのだろう。
6 22, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
たまにトンカツが食べたくなる。
鎌倉で私が食べるのはこの「小満ち(こまち)」(小町通り)のヒレカツか、以前書いた「勝烈庵」(西口)のロースカツ。
獅子文六は『トンカツ談義』というエッセイで、
「ポーク・コットレットなんていうと、どうしても気分が出ない。あれは、どうしても、とんかつであり、カツでなければならない。トンカツは純然たる現代日本料理である…世界中でトンカツが一番うまいのは、わが国である。」と息巻き、いかなるポーションをいかにして揚げるかについて、一流のトンカツ屋はずいぶんな研究と精進をしているだろう、と記す。
老舗「小満ち」のヒレカツも、あらためて見ると、高座豚ヒレ肉をこの大きさや厚みに切るについてはおそらくたどりついた必然性があり、衣は薄くさっぱりした揚げ上がりも、自家製の辛口ソースも、永年の精進、研究の結果なのだろうとたしかに思わせる。
6 22, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
由比ガ浜通り長谷観音前交差点近くの「宮代肉店」のコロッケは有名だ。
TVで鎌倉の店特集などをやるとほとんど必ず登場する。桑田佳祐だとか私の知らないTVタレントたちが来たときの写真があって、休日は観光客で混み合う。
ビーフポテト、カニクリーム、ホタテグラタン、肉クリーム、カレーポテトなどたくさんの種類があり、その場で揚げてくれ、もちろん持ち帰りできるが、店のまわりに用意されている椅子に座って食べることもできる。
写真左は定番のビーフポテト(二つに割ったところ)、子どもの頃食べたコロッケの味。右はクリームコーン。これは揚げたてにいきなりかぶりつくとクリームで火傷する。十分に味付けされているのでソースは不要。
6 21, 2005 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

http://so-net.image.goo.ne.jp/image.jsp?&MT=%A5%AC%A5%F3%A5%B8%A1%BC&type=RNWより
またお役人(今回は環境省)が造った妙な英語もどき「クールビズ」とかいうのが「下達」されているそうだ。「お上」がこんなことを言ったって、民間の会社では上着とネクタイは会社に用意し、しかるべき時は着用するように、とかなる。
それは別として、率先して範を示そうという閣僚や国会議員たちのなんともおさまりのつかず冴えない「クールビズ」姿(羽田のサファリもどきも笑止だったが)をTVで見ていて、田中優子さんが『きもの草子』(淡交社)のあとがきで最後に記した一節を思いだした(『きもの草子』については友人の編集者が記事を載せているので見てください)。
「私の『衣』の理想は、究極ともいえるガンジーの衣だ。ガンジーは弁護士時代に着ていたスーツを脱ぎ、運動家時代に着ていた衣装も脱ぎ、最後は自分で紡いで、手織機で織った一枚の白い綿布を巻いた。それが抵抗と思想の表明であった。思想と衣食住が一致する - とても難しいことだが、私はそれをめざしたい」
「衣」は見てくれを着飾る単なるファッションではなく、生き方も信条も品性も現れる。
それはたとえ「着の身着のまま」の状況でも最低限の矜恃として意識されるだろう。
閣僚や国会議員たちの「クールビズ」姿は、彼らの生き方も信条も品性もがいかに低レベルかがみられて興味深い。
6 20, 2005 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
鎚起(ついき)という鍛金技術がある。
一枚の金属素材(金・銀・銅など)を必要な形で用意し、様々な鎚(つち)を使って焼鈍(しょうとん)を繰り返しながら打延し、打縮めて継ぎ目のない製品に仕上げる(写真の鎚起工程は左から右へ、さらに下の左から右へ)。
由比ガ浜通りにある「鎌倉清雅堂」は新潟弥彦山麓に工房を持ち、皿、盃、花瓶、茶筒、急須などさまざまな鎚起製品を揃えている。
明和(1764〜1771)年間のころ、弥彦山麓に銅山があり、燕で精錬が行われていた。そこへ仙台からきた藤七という職人が鍋や薬罐などの製造技術を伝えた、という。今、燕周辺はテーブルウェア、ホームウェアの一大産地だが、この越後鎚起がそのルーツになっている。
ここで買ったチロリに酒を入れ、しばらく冷蔵庫に入れておくと、チロリごとキーンと冷える。同じく冷やしておいた銀盃で楽しむ。
6 19, 2005 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
由比ガ浜通り、鎌倉文学館前。
もしかしたら日本一小さいパン屋さんかも。なにしろ「小花寿司」が入っている建屋の家主さんの個人玄関先が売り場なのだ。畳1畳分ほどしかないスペースに十数種のパンが並びいい匂い(販売は火木土のみ)。
安定剤、防腐剤などの添加物はいっさい使わず、藤沢ですべて手作りする。季節の旬のものをよく使うのも特長。
写真のものは「パン・バジリコ」。バジルとセミドライトマトを細かく刻んで練り込み、表面にはオリーブオイルが塗られて焼き上げる。カットするとバジルの香りが拡がり、トーストするとさらに引き立つ。
6 18, 2005 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
愛用しているケメックス(CHEMEX)のコーヒーメーカー。
フラスコと漏斗を一体化させた実験器具のようなデザイン。くびれた部分は木で覆われており持っても熱さを伝えない。革ひもがまかれていてすべるのを防いでいる。適正量を示す小さな突起もある。
専用のフィルターは大きな半月形に小さな半月形が付いたような形で、半分に折り小さな方を折りこんだ後もう一度二つ折りにして拡げる。普通のフィルターより紙を潤沢に使うことになり、渋みの原因となる酸味と脂肪分を適度に取り除く、らしい。
これを考案して売り出したピーター・シュラムボーム(Schlumbohm)という人はドイツの化学者で、面倒くさがりの実験室の仲間たちはもともとフラスコをコーヒーメーカーとして使っていたそうだ。アメリカに移住後1941年特許を取り、売り出して大成功する。同年MOMAのパーマネントコレクションに選定。
日本の民芸運動の始祖である柳宗悦は、戦後まもなくの頃チャールズ・イームズ邸を訪れ、このケメックスでコーヒーをふるまわれて注目し(このときイームズ夫妻が砂糖入れとして実験用の蒸発皿を使っていることにも驚いている)、買い求めて持ち帰った。息子の柳宗理に受け継がれ愛用されているという。
6 18, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(1)
東京方面から鎌倉に遊びに来て、目一杯楽しんでぎりぎり帰ろうとすると、23:19東京行き(0:12着)、23:39品川行き(0:27着)が終電。
逆に鎌倉に帰ってくる人の終電は0:49鎌倉着(私はほとんどいつもこれ)。
いずれにしても鎌倉の店は夜が早いので、夜遅くに飲むだけでなく食事もしたいというレストラン・バーは鎌倉駅周辺では「SPIRAL」とここに限られる。
「match point」は、2000年に逗子にオープンし、03年12月に鎌倉にも開いた。終電で帰ってきても、駅から2〜3分なので、食事ラストオーダー深夜1時に間に合う。
三浦半島佐島港直送の鮮魚を始めとする本日のお薦め、多彩な一品料理から焼きうどん、チャーハンまでメニューは実に豊富。
今晩はまずヒューガルデン・ホワイトのドラフト。ベルギー産のこのビールはコリアンダーやオレンジピールが入り、とてもフレッシュ感があって食前にいい。
鹿児島芋焼酎「黒甕」に変え、能登の絹もずくを味わってなにか生き返る気分。
写真左は小ぶりに造ってもらった「本日の鮮魚のカルパッチョ」。今日は佐島港からのカンパチとアカイカ。
写真右は御殿場二の岡フーヅのボロニア・ソーセージ。
昼は11種ほどもあるカレーが食べられる(夜も素材を複合したカレーがある)。
穴蔵的なテーブル席もしっくりと居心地良く女性客の割合も多い。
6 18, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
子どもの頃、信州に遊びに連れて行ってもらうときに食べる信越本線・横川駅の峠の釜飯が大好きだった(特に山ごぼうの漬け物)。使われたという覚えはないが、家の食器戸棚には持ち帰った陶製の釜がいつもいくつか置いてあった。
小料理屋や居酒屋が釜飯をメニューに取り入れるようになったのはずいぶん後だと思う。
長谷駅前通りの「まつもと」は常に7種の釜飯(秋には松茸、栗も加わる)が食べられる。
炊きあがるまで15〜20分はかかるが、出汁とからんだふっくら炊きたて飯は旨いのでボリュームもあるのだが少食の私でも全部食べてしまう。
写真は五目釜飯。といっても具は7種(海老・鶏肉・筍・椎茸・銀杏・人参・サヤエンドウ)。
6 17, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『僕の見た「大日本帝国」』(西牟田靖・情報センター出版局)という思わせぶりに400ページも費やしながら、猛烈に無内容な本を読んで苛つく。最後にまとめるかと思えば、靖国神社の本殿に参拝し、狛犬にサハリンで見た狛犬を想い出して「高揚感」に包まれるなどという有様。
行ってみればいいってもんじゃないよ。そりゃ帰国するたびに図書館で現地の当時の状況などを調べたかもしれない。しかしそれらが少しも「歴史認識」「歴史観」として思想の深化がはかられない。
だいたい「教わらなかった歴史と出会う旅」などというサブタイトル(おそらく編集者が提案したのだろうが)を高校生じゃあるまいし三十代の「物書き」が受け入れるなんて恥ずかしくないか。
正しく言うなら「学ぼうとしなかった歴史」だろうが。
彼が見てまわった「大日本帝国」の領土(統治領、傀儡国家「満州」、占領地、各種権益などを含む)を日清、日露戦争以来「獲得」するために戦死した皇軍兵士(あくまで軍人・軍属)を「顕彰(けんしょう)」(隠蔽のために普通言われる「追悼」では断じてない)し、次の戦争につつがなく兵士を補充するための鼓舞装置である靖国神社について、わずか238ページで実に簡潔・明晰かつ歴史的・論理的に分析した『靖国問題』(高橋哲哉・ちくま新書)を読んで口直し。
6 16, 2005 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
今週でこの個人ブログを始めて1年になるので少し感想。
始めるにあたって特に方針や原則や目標は立てなかった。
ただとにかくやってみる、続けてみるというだけ。
1年で記事数は335本。「ほぼ日」と言っていいかな。
テーマを絞ることが重要と説く人もいたが、私は好きなことを好きなように書く、やっているうちに何か見えてくる拓けてくるだろうというスタンスだった。
だから書き散らかしてきたことは、結果としてカテゴリー分けを先日あらためてやったら25にもなってしまった。
別にその日のできごとをその日に書いているというわけではないので日記ともいえない。
質を棚上げしてあえて分類すれば「エッセイ」系ブログということになるだろうか。
ただひとつはビジュアル(自分の撮った写真画像)と組み合わせたいということだった。
椎名誠のフォトエッセイなどは大好きで、ああいうことを自由にやってみたいなとは前々から思っていたのだ。ブログはそのためには最適な環境だった。
また私が住んでいる鎌倉という土地のことは大きい。鎌倉は16年住み、それ以前からを含めると愛着が深い。その間さまざまな情景や店などを知った。これらも紹介したい。しかし別に観光客向けにレストラン紹介や評価のようなことをしているわけではない。これらの私の好きな店や料理のことを書くことはそれを通して私自身のことを書いているにすぎない。だからあえて情報的なことはほとんど載せていない。それは他所であたってほしい(あ、ダイレクトメールしていただければいろいろお知らせします)。
私は「プライバシー保護」とか「個人情報保護」に関しては「普通の人」とずいぶん見解を異にしている。
実名、顔写真を出しているのに加え、住まいも記事からたぶん特定できる。その他の「個人情報」もかなりな程度さらけだしている。「危険」はもちろんあるだろう。覚悟の上です。
私はできるかぎり風通しのいい社会にしたいと望んでいるだけなのだ。
だから会ったこともない人たちとのネット上のたくさんの出会いはとてもうれしく、これからも大切にしたい。
このブログを1年間やってみて感じた最大のことは「私は、私の意志でいつでもどうにでもできる、パーソナルな、しかし世界に向かって開かれた自由なメディアを持っている」という「感覚」だ。
若い頃「ミニコミ」の編集発行などをやって自分(たち)のメディアを持った経験はたくさんある。
私のこの個人ブログは今1日平均1,000アクセス以上あるが、1,000部のミニコミ紙を作って配布あるいは販売するというのは制作から流通までたいへんなことであり、数ヶ月かかることもあった。「ブログ環境」はこれらが抱えていたアポリアを軽々と越える。
今後も私は好きなことを好きなように書いていきますが、興味の有る方はどうぞおつきあいください。よろしくお願いいたします。
6 15, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック(0)
長谷寺山門前の老舗喫茶店。チェーン店ではないが同じ名の店が全国に8店舗ある。
囲炉裏や土間もある古民家の造り。「普蘭西」「維納」「土耳古」(若い人読める?)などというレトロなメニュー表記と不思議に合う。ご主人はお坊さん。
『邪宗門』は北原白秋の第一詩集(1909・明治42)。
上田敏訳『海潮音』(1905・明治38)を通してボードレールやベルレーヌなどの影響を受け、世紀末の耽美的官能を歌い日本の近代詩に象徴詩の世界を確立した。
テーブルの上に第一詩「邪宗門秘曲」の冒頭の一連がカードにして置いてある。
われは思ふ、末世(まつせ)の邪宗、切支丹でうすの魔法。
黒船の加比丹(かひたん)を、紅毛の不可思議国を、
色赤きびいどろを、匂鋭(にほひと)きあんじやべいいる、
南蛮の桟留縞(さんとめじま)を、はた、阿剌吉(あらき)、珍酡(ちんた)の酒を。
う〜ん、詩を読み耽り自分でも書き散らしていた高校生の頃を想い出す。
6 15, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
らーめんHANABIで「昔ながらのあっさりラーメン」というのを始めたというので食べに行く(つけめんも始めた)。
若い頃はこってり系もけっこう食べたが、だんだんあっさり系を好むようになる。ただラーメンというのはその日の体調によっても食べたい傾向が違ってくる。選択肢が拡がるのはいい。
で、鰹、煮干しの濃厚な方と違って、これは豚と鶏ガラからスープをとる。私のスタンダードである鎌倉赤坂飯店よりかは濃いがこれはこれで旨い。
付けてもらう岩手地鶏の玉子は、半熟の加減と出汁のしみ具合がいつも絶妙。
6 15, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
カテゴリーの不具合の問題がなんとか分かりました。
このブログは今ココログ(TypePadベース)を利用しているのですが、カテゴリー別の記事数を表示させる機能はありません。
それでカテゴリー名の後に(20)のように入れてみたのです。
が、通常の日本語でのカテゴリー名だと、そのカテゴリーページのURLには「cat3598014」というようなものになって区別されるのですが、日本語に半角数字が混じると、その数字だけになってしまいます。したがって記事数が同じ(20)のカテゴリーが他にある場合は同じURLになって混同が起きるようです。
また、最初の5〜6文字を読んでいるようなので、「私の好きな鎌倉の店・和食」「私の好きな鎌倉の店・洋食」などが区別されません。
で、頭に01〜25まで付けてやってみました。今度はだいじょうぶなので、これから記事数も後ろに付けます。
ご迷惑をおかけしました。
6 15, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
先日一度カテゴリーを全部はずして設定し直したのですがちゃんと機能していません。
一部のカテゴリーで別のカテゴリーのものの一覧になってしまっています。
申し訳ありません。今しばらくご不便をおかけします。
6 14, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
6月の鎌倉といえば紫陽花。種類がたくさんあって時期が異なるが、だいたい今週が見頃であるようだ。
「あじさい寺」と呼ばれる明月院(北鎌倉山之内)、成就院(極楽寺)、長谷寺(長谷)が有名だが、むろん鎌倉時代から連綿とあるわけではない(元の品種として考えられている額紫陽花、山紫陽花は自生していたかもしれないが)。
明月院にしても、住職が垣根代わりに紫陽花を植え始めたのは戦後の話しで、どんどん株が増えて今では2500株にまでなった次第。
「古都」というイメージから簡単に感心してはいけない。
名所に行かなくとも、鎌倉の路地や街中はあちこちに紫陽花が咲いていてこの時期楽しめる。
もし鎌倉に来られる予定があるのなら、もう店頭にはないかもしれないが、『散歩の達人』6月号(特集 - 鎌倉・江ノ電)がとても充実していておすすめ。
6 14, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(2)

パートナーが着付けを友だちに習っている。着物は母親のもの。
これは「銀座結び」というのだそうだ。どこからそういう名が付いたのか。
胸の下で絞める紐が少しきつく苦しくて貧血みたいにクラクラしてきたよぉ、とか、暑くて苦しくてスポーツジムで一汗かいたような感じだったよ、とかいろいろ泣き言を言っている。
日本の女は厳しい世界を生きてきたのだ。
〔追記〕
教えてくれている人のコメントによると、「銀座結び」というのは、銀座の粋なおねーさん達が、名古屋帯を使って角出しを締めたいというと事からできたそうだ。
〔追記・本人による反省点〕
・襟の長襦袢と着物がそろってないといけない。(白い長襦袢が見えているのが×)
・腰紐が見えては行けないのに見えてしまっている
・結んだ帯がキレイに角が立ち整っていない
・袖の長襦袢が見え過ぎ
6 13, 2005 17.衣・ファッション, 25.My Partner | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
KIBIYAベーカリーのカンパーニュ。
この存在感。直径18cm。ずっしり。1/2でも購入可。
自家製天然酵母、天塩、石臼で挽いた全粒粉にライ麦粉を配合して焼き上げられる。
外側はばりっと固く香ばしい。中はもっちりして噛みしめると味わいが拡がる。
由比ガ浜通り「アジア商会」で入手できるカルピスバターと、deux mille deuxのコート・デュ・ローニュでいぶし銀トリオ。紀伊国屋のパロマ生ハムを加えれば黄金クァルテット。
6 13, 2005 06.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
梅雨入りした明け方の庭。
朝顔が一輪濡れそぼって咲き始める。
撫子(なでしこ)は元気よく拡がる。花言葉はと。「思慕」「いつも愛して」。ん?なんか歌謡曲だな。英名の「Pink」というのもピンと来ない。万葉集、清少納言、紫式部、和泉式部にも登場するが「大和撫子」はむろんもう死語。
百合は1年前にもアップした。
そうか、来週でこのブログを始めて1年になる。
6 11, 2005 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
その日の刺身、焼物、揚げもの、酢のもの、煮物など、地元オーガニック素材を使った一品一品がとてもリーズナブルな価格で供される。
鎌倉駅小町踏切傍に春木屋の後を受けて8年前オープンした心地よい空間。
この店ではメニューに「●」印しが付いているものは、一人用の小皿・小盛が用意されている。旨いものを少しずつ食べたい少食の私にはとてもうれしい。
この晩は、芋焼酎「島黒」、エシャーレットの突き出し、鎌倉産茹で空豆、ゴーヤのおひたしポン酢かけ、ひらめの昆布〆、玄米と野菜とチーズのサラダ・トマト添え(写真のもの)。
パプリカ、ズッキーニ、タマネギなどが玄米と良く合い、ゴーヤチャンプルー、地鶏スープの雑炊など魅力的なメニューもあるのだが、私には今晩はじゅうぶん。
6 11, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
浅野忠信主演の『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999)を製作した奥山和由が再び一ノ瀬泰造をテーマに製作した映画『TAIZO』(監督・中島多圭子)と、高山広さんが泰造を演ずる一人芝居を観る(ニッポン放送ビル・ファンタスティックシアター)。
一ノ瀬泰造は私と同じ1947年生まれ。佐賀武雄市育ち。70年日大芸術学部写真学科卒業。72年1月、印パ戦争下のバングラデッシュ収容所で食べ物もなくただ死を待つだけの子どもたちの姿に衝撃を受け、以後動乱のカンボジャ、ベトナムで戦火、戦禍、と子どもたちを撮る。
73年11月、当時「西側」の者は誰も近づけなかったアンコール・ワットへの潜入を図り、クメール・ルージュ軍に捕捉される。1週間後に処刑。26歳になったばかりだった。
映画には、書簡、日記と写真を中心に編まれた『地雷を踏んだらサヨウナラ』(講談社文庫)に描かれている泰造が世話になったカンボジャの町のマダムや子どもたちや、結婚式を撮った親友の先生(ロン・ノル派により処刑)の奥さんや、2万コマのネガを焼き続け
『もうみんな家に帰ろー!—26歳という写真家・一ノ瀬泰造』(窓社)も出版させた母信子さんの息子へのひたむきな愛が描かれる。
高山さんの20分の一人芝居は、「命を賭けてでも撮りたいものがある。たとえ命を落としても私は幸せだ」というある意味無鉄砲でがむしゃらに進み散っていった一ノ瀬泰造という存在がわれわれにどういう意味を持っているのかを問うものだった。
この現実を、知らない人々に伝えたい、伝えたい……そして子どもたち、俺みたいになりたいなんて言ってはいけない、おまえはおまえだ、たくましくそして誠実に生きろ……
6/14-15-16にまだあり、7/31-8/27には渋谷のUpling Factoryで公開。
「TAIZO」オフィシャルサイト
終演後有楽町ガード下で。
6 10, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
カテゴリー・アーカイブを再構築中なので、カテゴリー別の閲覧はしばらくお待ちください。申し訳ありません。
〔06/09AM3:53追記〕終わりました。新しいカテゴリーからご覧になれます。
6 8, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
鎌倉裏駅側、今小路の「竹扇(ちくせん)」は、見た目気取ったところの少しもない、ごく普通の街のお蕎麦やさんという店構えで、メニューもそば、うどん、丼ものひとわたり揃っている。
が、侮ってはいけない。ここは創業80年を越す、三代にわたって味を守ってきた老舗だ。
毎朝打つそばはコシは強め。日高昆布、宗田鰹などで丁寧に出汁をとったつゆがいい。
たっぷりの練り白胡麻タレで食べる胡麻せいろが私は大好き。この日の写真はそばだが、細うどん、太うどんにすることもできる。
ソバ(タデ科の一年草)が栽培された起源地は、近年の研究では現中国の雲南地域であるようだ。
栽培ソバには日本のものも含め世界中広く栽培されている「普通ソバ」(別名甘ソバともいう)と「ダッタンソバ」の2種がある(同じ野生種から分化)。ダッタンソバは普通ソバに比べ苦みがあるのでニガソバとも呼ばれる。モンゴル系の遊牧民である韃靼(だったん=タタールの音訳)人が中世ヨーロッパに伝えたのでこう名付けられた。
ダッタンソバは現在は中国雲南省、四川省、チベット、モンゴルの山岳地帯で多く栽培されている。日本そばよりビタミンPの一種であるルチンという成分を多く含み、まあよくわからないが、毛細血管を強くして脳機能の衰えを防ぎ、高血圧、心臓病、動脈硬化予防などに効くそうなのだ。
で、食後に「ダッタンそば茶」(写真下)もポットで頼み、脳機能が衰えないようありがたくいただく。
6 8, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

『PLAYBOY』(日本版・7月号╱集英社)に創刊30周年記念として「PB日本版創刊号ミニチュア復刻版」というのが付いているので思わず買ってしまった。
本来は240ページあるのだが広告も含め140ページを抜粋。折り込みヌードもちゃんと入っている。キヤノンF1やサンスイのアンプなど懐かしい商品の広告などもある。約13x10cmに縮小してあるのだが文字は充分読める。
1975年5月21日の発売。
前月、サイゴンが陥落しアメリカは建国以来初めて戦争に敗北したことを認めざるをえなかった(ベトナム戦争)。
発売日当日、3時間ほどであらゆる本屋で延べ45万8千部が売り切れ、予約客の手に渡らず増刷したという伝説となっている。
当時まだ20代の私は、カラー写真製版の徒弟修行中で、会社が神田駿河台下の本屋街のそばだったので、抜け出して入手した。
「全ページオールカラー」の大判グラビア雑誌は当時なかったと思う。
初代のアートディレクターは田名網敬一氏。
使う写植フォントも、主流の写研・石井細明朝ではなく、モリサワのリュウミンで活字書体らしい力強さを出した。タイトルなどはもちろんバラ打ちを手作業の切り貼りで詰め、見やすさと緊張感を出す。
誌面の流れもダイナミックだった。テキスト記事を読んだ後めくると、見開き大の大胆なスーパーリアリズムのイラストレーション(もちろんコンピュータ以前)が目に飛び込んできたり、続きが何ページへとなっていたり、ふっとカートゥーンページがはさまれていたり、ワクワク感に満ちていた。
雑誌のインタビュー記事などはせいぜい4ページくらいというのが常識だったころ、20ページにのぼる突っ込んだインタビューを載せて「ロングインタビュー」という概念を作った。
もちろんプレイメイトたちのヌードグラビアも売りなのだが、それは実際はごく一部だ。彼女たちの写真は適度にソフトフォーカスでフォトジェニックで明るくまぶしく美しかった。
ノーマン・メイラーがアリとフォアマンの世紀の一戦をザイールに取材した『ザ・ファイト』を生島治郎が、ジョン・コリアの短編を池澤夏樹が訳し、吉行淳之介が短編を寄せる。
いい意味でもやゆす意味でもハイブラウな雑誌だった。
6 7, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(1)
鶴岡八幡宮で蛍が見られる。
静の舞が奉納される舞殿の右手にある柳原神池(やないはらしんち、通称ひょうたん池)。
行ってみると行列ができている。行列は大嫌いなのだが今晩は並ぶ。
鎌倉にはもともと蛍は多い。滑川(なめりがわ)沿いでは昔はずいぶん見られた。今でも二階堂あたりへ行けばいる。さまざまな有志の人たちが保護と孵化、「放生(ほうじょう)」に努め、この池でも昨年から楽しめるようになった。
闇のなかでひとつかと思った蛍の光がスーッと三つに分かれるさまなどたまらなくいい。
三脚不可なので、写真はまず無理。
見頃は今週いっぱいぐらい。時間的には7時半から9時(境内は9時で閉まる)。
6 6, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(1)
鎌倉とろろ茶屋でも書いたがとろろが大好きだ。
で、鎌倉でももっとも老舗だろう麦とろの店がここ。三十余年になる。
ガイドブックにも載らないし表の無愛想な看板(deux mille deuxの写真に写っています)だけ。急な階段を登らねばならず、観光客がふらっと立ち寄るようなところではない。地元御成の旦那衆がごひいき。
けれど入れば気さくな店。
大きなすり鉢で深みのある出汁とともに摺り下ろされるとろろと麦めしは至福。素朴な味わいの目刺し焼きと一緒に。
下は出汁が切れて麦とろを食べられなかったときに注文した鰺フライ。実にサックリとした食感の揚げ具合が絶妙。
6 5, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
鎌倉市農協連野菜直売所のだだっ広い建屋(昭和初頭のもの)には、農家の即売所の他にも、乾物屋、中華料理屋、花屋、ハーブとアロマの店などいろいろ入っているのだが、若宮大路側、乾物屋と焼鳥屋の間から入る通路(Alleyですね)に、今年1月からオープンしたパンとスープの店。パンだけ買うこともできる。
よくいえばひと頃のNYソーホーのたまり場、下手をするとそこらへんの大学のサークル部室、という雰囲気。
オープンや商品の仕込み時間もけっこう気まぐれアバウト。
獲れ立て野菜のスープ(なにしろすぐ隣に並べられる朝獲り野菜を使う)は実に滋味。
フォッカチオ(写真下)も作っているが、きょうはプレーンパンと。
6 4, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

19:18 夫君が代理書き込み。入院11時間後、無事男の子出産!
おめでとう!
6 3, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
知人の女性が予定日を4日過ぎて、今朝早く陣痛が始まったらしく病院に入った。
病院で、部分麻酔や分娩監視装置につながれ、繰り返す痛みのなかで、携帯からmixi(ミクシイ)の日記に時々刻々と自分の状況を冷静かつ気丈にアップしている(公開は友人まで)。
すでに病院に入って5時間半、13:56「ちょっと涙でちゃうくらい痛い波がさっき来た。…これを書いてるあいだにも痛み3回。『あー』とロングトーンで息を吐くことに専念するのが有効。痛いとか言うと余計いたい。…」
私のパートナーの友人はつい先日、予定日直前で胎内の子は心拍停止した。
無事に産んでほしい。その後のアップはまだない。
〔追記〕
16:00現在、未だにアップはない。
17:00現在、まだ。
18:00現在、まだ。
19:00現在、まだ。
6 3, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
若宮大路と小町通りをつなぐ小路に店を構えて五十余年。酒と地場の肴や野菜の旬の小料理。
今はカウンター9席、2席の小テーブル、8名ほどの小上がり。
かの川端康成や小林秀雄、久米正雄などかつての「鎌倉文士」たちが足繁く通った。
川端は静かに飲んでいそうだが、小林がクダを巻くとどうだったのだろうか。
今週の週刊文春の高島俊男「お言葉ですが…」に小林秀雄の講演テープの話しが出てくる。
「何となく『精緻』という感じを持っていたが、話は正反対で、『粗雑』であった。乱暴で武断的で、時にはほとんど無茶苦茶」なのだそうだ。しかしこれが寝る前は一番で「さあ今夜もオッサンの威勢のいいタンカ売を聞こうか」とふとんに入ってかけるといくらも進まないうちにスーッと寝てしまう。中身は粗雑でも語り口は練達。稲垣足穂が「テキヤの親分だ。夜店のアセチレン灯のにおいがする」と評したのが首肯できるという。
この晩の突き出しは煮こごり。味噌を付けて炙ったミョウガ田楽、新潟碇ヶ関の根曲がり筍焼、冷やしトマト、石鯛茶漬け。酒は熊本芋屋の芋焼酎、名も同じ「長兵衛」。
6 3, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
以下は4月からやっていた新入生クラスの授業のまとめと学生へのアドバイス。参考まで。
____________________________________________
●この授業で伝えたかったこと
この授業で私が皆さんに伝えたかった一番重要なことは、あなた方にとって入学後初めての授業であることを勘案し、「デザインする」ということはどういうことなのか、ということの基礎を少しでも理解してもらい、今後4年間学んでいく上で何が重要なポイントなのかの指針として生かしていってほしいということでした。
ですからPhotoshopのテクニックをがんがん教わりたい、というような要望には直接には応えられなかったでしょう。
Photoshopのテクニックなどは、マニュアル本が山ほどあり、それを見ながらやれば誰だってできるようになります。
それだけの目的なら、あえて言えば、多摩美ではなく、専門学校かパソコン教室に行けばいいのです(たぶんテクニックはずっとうまく教えてくれます)。
私はそういうことにさして興味も無いし、割くべき時間も無いのです。
かくかくしかじかの目的と必然性と表現のために、こういうデザインをしたい、そのためにPhotoshopではなにができるか、というアプローチなら分かります。
そうではなく、漠然とPhotoshopを使いこなせるようになればデザインの力が上達するなどと考えるのはまったくの勘違いです。
したがって基礎的な使い方以上のことはあえてやりませんでした。
多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の授業としてもっと教えたいことがあったからです。
授業のなかでは言い尽くせなかったことを含め、少し長くなりますがまとめておきます(できればプリントして読んでください)。
●「デザインする」ということ
「デザイン」は単なる造形作業でもなければ、素材や色の見てくれをきれいに装うということでもありません。
デザインには「目的」があるのです。
なにかの解決であることも、提案であることも、イメージやイマジネーションの喚起であることもあるでしょう。
いずれにしても、人々の共感を得、幸せや、豊かさや、有意義さや、新しい発見や見方を提供し実現するものなのです。
したがって、デザインは「思いつき」や「感性のおもむくまま」に作られ、できるものではありません。
(「ひらめき」や「直感」はちょっと別の問題で、主として、豊かな経験やデザインアイディアの「引き出し」をたくさん持っている人にとっての「デキゴト」です)
デザインするということは、テーマをできるかぎり調べ観察し、ものごとの本質をつかみ、対象とする人々に的確にコミュニケートするためには何に着目して表現するかを考え、「発見」し、どのようなビジュアルと言葉でアピールするかを構想していくという、なによりも「考察」(調査を含む)や「プラニング」を前提として必要とする営為なのです。
「デザイン」ってこんなに考えなくちゃいけないものなのか、と思ったかもしれません。そう、「デザイン」はまずもって「考える」ことが必要とされるのです。
「テーマ設定」—「コンセプトメイキング」—「デザインコンセプト」—「デザインアイディア」—「ビジュアルアイディア・キャッチコピー」というステップ・プロセスを意識的に踏んでもらって、プラニング・コンセプトワークにかなりの時間配分をおいたのはこのことを理解してもらうためでした。
●テーマが「好きな"コト"」であった意味
今回のテーマは「自分の好きでたまらないコト」「とても関心を持っているコト」「やっていると充実するコト」を、そのことの楽しさ、おもしろさ、充実感、それについての自分の想い、情熱を、他の人々に伝え、共感を得る、ということでした。
商品を売るための広告デザインなどでは、どうしても既存の商業的な表現にとらわれ、デザインの基本を学んでもらう上で幅が狭まってしまうこと、社会的なテーマでは経験の少ない新入生には荷が重いこと、大学に入ってあらためて「自分」を再発見してもらいたいこと、などの理由からこうしています。
ただ、ここで注意してほしいのは、課題は、好きな「モノ」を表現するということではなく、「コト」のデザイン表現であり、その感動や想いや情熱を伝えるということでした。
「コト」というのは、静的・固定的な物(モノ・ブツ)自体ではなく、動的なダイナミックな「関係」であり「シチュエイション」であり「プロセス」であり「ストーリー」です。
モノ自体というものはありません。また「本質」というのはたまねぎの皮をむいていくと最後にある芯のようなものではありません。
モノも本質も「関係」なのです。
このことは、今後、モノ(プロダクト)のデザインや空間のデザインをやる場合にもきわめて重要なポイントです。
●客観的に見る力
何度も繰り返し言ったように、デザインの一番の大敵は「ひとりよがり」「自己満足」です。
対象とする人に、目的に沿って、伝えたいことが伝わって、はじめてデザインです。
「自分としてはこういうつもり」「自分が好きだから」=伝わるはず、というオプティミズムをもっとも警戒する必要があります。
これを避けるには、自分のアイディアや作品を、対象とする受け手の人に見てもらい評価してもらうことをなにより勧めます。
子供が対象だったら子供たちに、若い独身女性が対象だったらそういう人に。
ちゃんと意図が伝わり、共感してもらえるか、常に「検証」しながら制作すること。
自分の主観的な意図と表現を、できる限り客観視することがデザインの重要な側面なのです。
●歴史に学ぶ
ポスターの歴史の本を少し見せました。偉大な先駆者たちのオリジナリティに大いに学んでほしい。
そしてまねてみる(模倣する)トレーニングもしてみてください。
ただし、単にビジュアル的な「表現技法」を模倣するということではありません(それはそれで意味がありますが)。
先人たちは、ある与えられた社会状況や文化のなかで、対象とする人々と目的とに沿って、その表現を最適としたのです。
そのデザイン表現のアイディアプロセスをこそ学び模倣してみてほしいのです。
時代も人々もイメージやことばの持つ意味も変化している「今」においてはなにが適切か、ということを常に考えながら模倣する訓練をしてほしい。
もうひとつ別の意味で歴史に学んでほしいことを述べておきます。
第二次大戦中、日本(大日本帝国)は主として「大東亜共栄圏」向けに十数の言語版で「FRONT」(フロント=前線・戦線)という大判グラフィックの宣伝雑誌を発行していました。
日本のグラフィックデザインや写真表現の錚々たる先達たちが参画しています。
大日本帝国陸海軍の威容を示すための「目を撃つ」ような写真表現とデザイン処理がなされました。
ロシアアヴァンギャルドに触発された、クローズアップの多用、誇張した遠近法、意味を誘導するレイアウト等は今見てもある種「あざやか」です(大きな図書館では復刻版をおいてあるのでぜひ一覧することを勧めます)。
数台の戦車や航空機をモンタージュ(もちろんアナログで)して、大戦車団、大航空機群に見せたり、はるかな落下傘兵群と近景の突撃兵を合成したりすることが、彼らの高度な写真修整・デザイン技術でなされました。
今では、Photoshopでこのような作業は簡単にできるでしょう。
私の切なる希望であり願いです。
あなた方がデザイン学科で学び身につけるデザインの力と技術を、戦争プロパガンダのためにだけは断じて使わないでほしい。
●ことばとタイポグラフィの重要性
「画像」というタイトルの授業でしたが、作品を創るなかで、いかにことばと文字の表現(タイポグラフィ)が重要か、に気付いてくれたと思います。
これは、造形やデッサンを中心にしたこれまでの勉強ではあまり意識しなかったでしょう。
しかしグラフィックデザインのほとんどは、ことばと文字表現を含んでいます。
講評時に言ったように、皆さんの今回の作品も、ことばとタイポグラフィを改善すればずっと良くなるものばかりです。
コピーとの関連で言えば、ことばについてのセンスを磨いてください。ボキャブラリーも増やしてください。
けれどこれは表面的なことではだめで、結局は思考・思想がどこまで深く届いているかに関わります。
一流のデザイナーは、自分の作品をきちんとことばで説明・プレゼンテーションでき、また他の人の作品をことばで批評することができます。
それは「好き」とか「嫌い」とかいうレベルではありません。
なぜそういうことができるかというと、ビジュアル的・イメージ的にだけではなく、ことば(多くの場合日本語)で考え抜いているからです。
タイポグラフィについては今回少ししか言及できませんでしたが、今後徹底的・自覚的に勉強してください。
グラフィック・エディトリアル・書籍装丁はもとより、他の分野のデザインでも死活的な役割と意味を持っています。
●類推力・応用力をつける
ひとつのことを学んだら、多面的に類推し、応用できるようにすることがなにより重要です。
コンピュータ自体やMacあるいはPhotoshopの初心者も、基本的な仕組みを理解した上で、いろいろ試してみて慣れてくれば、今回やったことが、他のソフトウェアを使っても応用がきくことがわかるでしょう。
類推力・応用力で世界は級数的に拡がるのです。
●自主的な、能動的な、開かれた姿勢を
大学では、言われたからやる、という受け身のスタンスではなにより自分にとって損です。
貪欲に学び、創ってください。まわりの学生と切磋琢磨してください。
上野毛デザイン学科の大きな特長として社会人学生がたくさんいます。
高校と予備校しか知らない学生と、「社会」を少しでも経験し、目的意識・問題意識とを持った学生との交流は、他の大学には無い「るつぼ」としての意義とエネルギーを持つでしょう。
そして教員に「くらいついて」ください。
上野毛デザイン学科の教員は、専任であれ非常勤であれ、どんなに忙しい人でも、必ず応えてくれるでしょう。
また、今回の課題制作は基本的に個人作業でしたが、世の中の実際の仕事は、たくさんの人々との協同作業が普通です。
協同作業のためには、自分の作業の位置と範囲とタイミングをきちんと認識し、他の人とのコミュニケーションを円滑にできなくてはなりません。
閉じこもるのではなく、常に開かれた姿勢が求められます。
●「創る」立場で、いろいろなものを見よう
身の回りにはたくさんのデザインがあふれています。
これらをただ漫然と見るのではなく、いいものはどこがいいのか、悪いものはどこが悪いのか、自分だったらどうするか、ということを常に考え感じる接し方をしてください。
特に、表面的なビジュアル面だけではなく、目的に対してどうデザイン表現しているか、それが対象とする人々に伝わり機能し解決になるだろうか、ということに注目して見てください。
こうした意識的な観察・考察の積み重ねがデザインの力を着実にアップさせます。
●スケジューリング・自己管理できる力
世の中の仕事は、締切り(Dead End)の連鎖で成り立っています。
デザインはスケジュールとの勝負でもあります。
Photoshopに初めての人は、何がどこまでどのくらいでできるのかの判断がつかず、なかなか見通しが立たなかったかと思います。
しかしたとえそういう状況でも自分でスケジュールを立て、常に修正しながら、制作することが大事です。
そうした習慣の積み重ねがスケジューリング力・自己管理能力を高めるのです。
●プレゼンテーションのポイント(補)
デザイナー、クリエイターにとってプレゼンテーション能力がいかに重要か、おそらく皆さんは初めて経験し、理解しただろうと思います。
プレゼンテーションのポイントについてはこちらを再度読んでほしいが、ちょっと補足しておきます。
楽しいことは楽しくプレゼンできるようになってください。自分が好きでたまらない、という気持ちが伝わるように。
適度なユーモアが含められるようになればもっといい(ダジャレで笑いを取るというような意味ではありません)。
上質のユーモアは、自分と作品を客観視できる力と余裕から生まれます。
●自己評価できる力
これはすでに述べた客観視できる力とも言えます。
今回の作品はいろいろな人に評価してもらった後、しばらく「寝かせて」ください(つまり見ないでください)。
そして、3ヶ月後、半年後、1年後にあらためて眺めて見てください。
上記のような努力を続けていれば、必ず創ったときとは違った目で評価することができるでしょう。
●自己満足も大敵
今回、いいね、きれいだね、うまいね、等言われた人ほど気をつけてください。
私の好きな詩人・荒川洋治の詩の一節を贈ります。
「じょうずだった人が、へたになり、
でもそのあとに、といっても、ずいぶんあとよ……」
「ええ、ええ」
「そのへたになった人が、
また、じょうずに、なるのよ!」
●デザインする喜び
再度記しておきます。
デザインは考えたりスケッチしたりいろいろレイアウトしてみたり、とにかく試行錯誤の連続のプロセスです。
なんでこんなに考えたり悩んだりしなくてはならないんだろう、と思うかもしれません。
けれど、この過程でどれだけ努力するか、このプロセスをどれだけ自覚的に生きるか、がイマジネーションの力やクリエイティビティ、オリジナリティを鍛え拡げ豊かにするのです。
上野毛デザイン学科の4年間のなかで、与えられた課題をただこなす、というのではなく、デザインする喜びを、そして創ったことの達成感だけでなく、なによりそれが人々に伝わり共感してもらえるうれしさと充実感を少しでも味わってほしいと願っています。
●「明日の自分」に自信を持って
今はまだ経験も少なく、技術も未熟で自分に自信を持てないかもしれない、不出来さに落ち込むかもしれない。
しかし、明日なるだろうこれからの自分に自信を持ってやっていってほしい。
健康と健闘を祈ります。
6 1, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)