どっちがMic?!
5 31, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
THE BANKの開店時間内(午前1時まで)に帰れるのは幸せだ。
定番、鎌倉野菜の盛り合わせに合わせて頼むのが、特製メンチカツバーガー。
せっかくきれいに写真を撮ろうとしたのに、厨房担当ミキちゃんのBBの焼き印が今日はぐじゃぐじゃ。でもおいしい。
5 30, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

この間教えていた新入生に『現代デザイン事典 2005年版』(平凡社╱3,200円税別)の「通読」を勧めている。
私が若い頃には、あるテーマを研究しようというなら関連文献を本棚一段分くらいはまず読むこと、などと言われてその通りにしたものだが、今の美大生にそんなことを言っても「ありえねえ」「圏外」と反応されるのがオチだ。
で、最低限上記くらい。
興味があってもなくても、好きでも嫌いでも、理解できてもできなくても、とにかく最初から最後まで目を通す。
すべてを理解することも、知識として覚え込む必要もない。
デザインということにはこんな世界と歴史と考え方と作品があったのか、そして、現代のデザインはこんな問題に突き当たっているのか、ということが「なんとなく」わかれば視野と裾野を拡げるべき現時点ではいいのだ。
この事典は1986年から毎年刊行されているからすでに20年になる。
「デザイン」のジャンル分け、項目立てなどを含め、どのように編集されたかの軌跡を分析すると、おそらく現代デザインの様相と問題点が浮かび上がるだろう。
どなたかやっていただけないか。
5 28, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
ヤマノイモ、とろろ汁が大好きだ。
以前、長野県の根羽村で自然薯(じねんじょ)掘りの名人に同行させてもらったことがあった。歩き回り植生を観察し蔓を見つけ出す。傷つけないよう注意深く丹念に1メートルほどのものを掘り出す作業は小一時間はかかっただろうか。一般的な商業ベースにのるものではない。
写真は「鎌倉とろろ茶屋」(91年オープン)の「とろろづくし膳」。
茨城の自然薯のとろろ汁、鰹と昆布の出汁でのばす。麦飯。千葉の大和芋での湯葉巻き揚とろ、磯辺巻揚とろ、まぐろ山かけ、青森の長芋での梅千本。にんじんや大豆と合わせたひじき、茶碗蒸し、味噌汁、香の物。
芥川龍之介は、『今昔物語集』(平安後期)のヤマノイモ(自然薯)の粥をもとに『芋粥』(1916/大正5)を書いた。
5 28, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(1)
4月11日から月・火・木と18回やってきた1年生の授業「画像」が26日に一応終了した。
最終日は、自分が作った課題作品(印刷作品とモニター用作品)をひとり2分間でプレゼンテーションし、私が講評を加える。40名いるので6時ちょっと過ぎから始めて10時近くまでかかる。
25日の記事「1年生の授業クロージングへ」で、学生たちに苦言を呈したが、コメントで小笠原さんが心配されたように「見限ったり」しているわけではむろんなく、入学したてのときこそ、デザイン以前の大学での学習のしかたやコミュニケーションマナーについては要求水準を厳しく設定し、姿勢・態度として身につけてほしいということなのだ。
デザインの力などはこれからいくらでも伸ばせられる。この最初のセッションで完成度の高い作品を求めたりはしていない。デザインするということはどういうことなのか、そのためには何をどういうふうに自覚的に身につけていかなければならないか、ということさえ理解し学んでくれればいい。
学生たちの制作経過と作品はすべて「画像」授業ブログの学生サイトリストから見ることができます。
どうぞご覧になってコメントを付けてやってください。励みになると思います。
5 27, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
珈琲は家ではドリップで入れるのだが、サイフォンも心惹かれる。
フラスコに湯がそそがれ、アルコールランプでさらに熱せられる。
珈琲粉が入れられた上のロートに管(サイフォン)を通して熱湯が上がっていき、珈琲粉が舞い混じる。
期を見て竹ベラで攪拌し、しばし待つ。湯が無くなるのを見計らってランプは消される。
濾過された珈琲がフラスコに降りてきて出来上がり。
エスプレッソマシンも本場イタリアもの。
鎌倉裏駅(西口)から始まる御成通りすぐにある。1967年(昭和42年)のオープン。
地元の人が新聞を拡げ、観光客が軽食をとりながらガイドブックをチェックする。
60〜70年代の「喫茶店」の雰囲気をそのまま残し想い起こす。
5 27, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(1)
4月の新学期からやっている1年「画像」の授業が、26日でクロージング。
今晩はサーバーへの課題データアップ締め切り。なのにサーバーは2度もダウンし、学生たちは指示通りになかなかやらず正直かなり苛つく。
学生に理解力や記憶力や制作力が無いとは思わない。大事なことを理解したり覚えて実践しようという熱意や集中力が足りないのだ。メモやノートする習慣も薄い。
だいたい人の話をあまり聴いていない。話したそばから今話したことそのものを質問される。これは重要だよと言ったことを全然学習しておらず翌日は覚えていない。
4月12日に書いたように、今回の授業も授業ブログを立て、40名の各学生にブログを持たせて、すべてのステップをトラックバックを付けさせアップさせながら行った。
課題の条件、チェック項目、アップの仕方等も必要なことは口頭で言うだけでなくブログで詳細に指示した。だからそれを順を追ってやりチェックすれば、デザイン内容の良し悪しは別にして必ずできるはずなのにその通りになっておらず、6回も再アップする者がいる。サイズも解像度もカラーモードも違ったまま帰ってしまうものさえいる。
デザイン作業は決められた条件のなかで進められる。特に今はコンピュータを使い、デザイナーの守備範囲は広く、昔のように他の工程のベテランが補ってくれるわけではないのだから、少しでもサイズや解像度やカラーモードやファイル形式の設定などが異なれば、もし実際の仕事だったら多大な時間と費用のロスになるし、他工程に迷惑がかかる。決められた期日に納品ができなければ次は仕事はこない。
だからずぼらで細部に注意力が払えないものにデザインの仕事はできないのだ。
もうひとつ問題なのはコミュニケーションの基本的なマナーと能力の欠如。
人が説明しているときに別の質問をしようとするもの(話し聴いてんの?)、誰かと話しているのに割り込んでくるもの(友だちどうしで雑談してるわけじゃないんだよ)、自分から私のところに来るのが当然だろうに遠くの席から横着に呼ぶもの、自分がやりたいことや何が問題なのかを的確なことばで説明できないもの(今の時点では用語・タームをあまり知らないせいもあるにはあるが、基本的には伝えたいという熱意の問題)…。
デザインするということがどういうことか、そのために必要な考え方、知識、技法やコンピュータ・リテラシーなどはこれからいくらでも学べる。しかしそれ以前のこれらのことをまず入学して初めの授業で姿勢・態度としてきちんと学んで欲しいと願う。
5 25, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
東京クァルテットが来日し、ロイヤルチェンバーオーケストラ(堤俊作指揮)の定期演奏会(紀尾井ホール)に出演した。
プログラム構成がなかなかおもしろい。
フーゴー・ヴォルフの弦楽四重奏版「イタリアン・セレナーデ」をまず東京クァルテットだけで演奏。北ヨーロッパ人のイタリアへのあこがれの想いが叙情的に表現されて美しい小品。
次はオケで、「マーラーの交響曲第5番」の第4楽章アダジェット。これもハープと弦楽器だけで演奏される穏やかでかつ情熱的な楽章。ルキノ・ヴィスコンティ『ベニスに死す』(1971)に使われて有名。
3曲目はモーツァルト「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調」で東京クァルテットの第2ヴァイオリン・池田菊衛とヴィオラの磯村和英がオケと協奏。
最後がブラームス「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調」。第1ヴァイオリンのマーティン・ビーバーとチェロのクライヴ・グリーンスミスがオケと競演。
写真は演奏会後ロビーで開かれたちょっとしたパーティーでドヴォルザーク「アメリカ」の1章を弾く東京クァルテット。実にしみじみとした演奏で涙が出た。
カメラのバッテリーが上がる寸前でモノクロ状態。
池田くん、作曲家の淡海悟郎、私のパートナーと下北沢で痛飲。
5 24, 2005 13.音楽の楽しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
研究室で学生の名簿をチェックしていた先生のひとりが、そういえば園まりっていましたよね、と言うので、いましたいました、可愛かったねえ、などとすっかりオヤジ会話になる。
1962年、私が坊主頭(私の中学は5分刈り以下の坊主頭が校則・今は撤廃)の中学生の頃デビュー、伊東ゆかり、中尾ミエとともに渡辺プロ三人娘として一世を風靡した。今は60歳くらいになるのか。
検索をかけてみると園まりオフィシャルサイトがあるではないか。ということはまだ現役なのか?アクセスすると昔懐かしいイントロとともに「逢いたくて逢いたくて」(だったか)のとろけるような歌声が研究室に流れ出す。
いかん、授業前なのに、このまま〜飲みに行ってしまいたい〜、という気分になってしまうではないか。
5 20, 2005 13.音楽の楽しみ | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
自宅で仕事をしていると、さまざまな勧誘電話がかかってくる。
不動産、先物取引、株、名簿広告、化粧品、出会い系…なんでもあり。
録音をそのまま流すやつ。手抜くなよな。ガチャ。
奥様をお願いします。独身だよ、ガチャ。
一番不愉快なのがなかなか正体や用件を明かさず話しを引っ張ろうとするもの。忙しい、あなたは誰〜れ?用件はなに?
しかし、先日かかってきた「500円でエアコンをクリーニングします」というのには、画像処理をしながらちょっと聞く気になった。
ちょうどエアコンのクリーニングを頼みたいと思っていたところだ。
レンタルのクリーナーの宣伝のためにやっているという。なにかの契約や販売を強制するものではないことをはっきり確認した上で頼むことにする。
翌日、折り目正しい青年が訪ねてきた。玄関先で訪問販売法に基づいた説明事項、今回のクリーニングが宣伝のためであることを述べる。
なんの宣伝かというと、レンタルの水フィルター・クリーナーがメインなのだ。
エアコンのクリーニング(これもこのクリーナーでやった)後の実演にはまってしまった。
Micの毛がからまりついたソファが毎分4800回転でたたき出すクリーナーで実にきれいになる。
さまざまなハウスダストは約3時間空気中に浮遊して下につもるらしい。クリーナーの吸い口をむき出しにして、約2メートル離れてソファに置いてあったクッションを彼が叩く。部屋は暗くして吸い口の下からライトを当ててある。
30秒後、来ますよという彼の声と同時に、蛍が一カ所に群がるように、ゴミが吸い込まれていくのが見える。
なかなかの見物。
で、月8,500円とけっこう高いのだがレンタルを申し込む。
続きは実物が届き、説明を受ける21日(土)以降にアップします。
5 20, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
前日ほとんど何も食べなかった後(よくある)、鎌倉女学院向かいの「日文(ひふみ)」に行って栄養補給。量ではなく多菜で旨いものを食べたい。
ここは創作和料理とでもいったらいいのか、肴から米、野菜、塩、水など素材もよく吟味され、盛りつけも本当に美しい。
下のように書き出すととんでもなくたくさんに思われるかもしれないが、どれも少食の私でも無理なく食べられてしまう分量。
この日の「馳走」
先附╱蛸とオクラの苺酢
前菜╱寄せ豊月・明日葉の胡麻和え・生順才落し芋
小鉢╱掬い豆腐とふっ子(スズキの子)の酒蒸し・茶線独活・寸葱・針生姜
焼き肴╱甘鯛新緑焼き・蚕豆蜜煮・塩昆布・木の葉新生姜
炊合せ╱敷味噌仕立て・黒皮南京鶏味噌・芝海老白ダツ・ミニアスパラ・茄子麩・油菜心
お好みの一品╱桜鱒の実そば鍋
食事╱生姜御飯・味噌汁・香の物
デザート╱柚子のシャーベット
※写真は桜鱒の実そば鍋
5 18, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
大船は行政区的には鎌倉市なのだが、旧鎌倉地域の市民からはあまり同じ鎌倉とは見なされていない。当の大船住民もどこに住んでると聞かれて鎌倉と答えることは少なく大船と言う。
東海道線と横須賀線の分岐点で、根岸線(大船—横浜)や、湘南モノレール(大船—江ノ島)の起点でもあり交通の便はいい。
もともと軍都・横須賀への交通のために巨額の軍費を使って横須賀線が引かれたときに重要な駅になった。
駅のホームの北半分は横浜市栄区に属する。
大船はたしかにいわゆる「古都鎌倉」のイメージからは遠い。
巨大な大船観音はともかく、東口にひしめく安売りのスーパー、ドラッグストア、ファーストフード、食料品店、飲食店、消費者金融、パチンコ、ゲームセンターなどは東京の私鉄沿線と変わりない。
一方で、大船地区は工場地帯でもあり、鎌倉市の税収のかなりに貢献し、さしたる規制もないので新築マンションの供給地でもある。
駅近くの雑踏をしばらく離れた落ち着いた街路にレストラン「ミカサ」がある。
1936年(昭和11年)の創業。
張りだした窓はレトロな波打ったガラスで光を取り込みながら視線を制御する。壁には泰西名画。いかにもの貫禄のあるウェイターというかコンシェルジェというかが実に似合う。
大船に松竹撮影所があった頃は俳優や監督たちがよく訪れたという。
その中には小津安二郎も木下恵介も田中絹代もいただろう。
写真は炭火焼きサーロインステーキのランチ。
5 17, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
5月14日 PM22:00-23:30(NHK教育TV)
番宣によれば、
小林一茶からイッセー尾形、そして高畑勲とアニメの未来を語る▽日本の若きアニメ作家たちを怒る
ETV特集◇世界最高峰のアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテインの最新作「外套」の制作現場を織り交ぜ、彼のアート・アニメーションの世界を紹介する。また、アニメーションを志す日本の若者たちと交流するノルシュテインに密着し、彼と日本のアニメーション作家たちとの対話を軸にアニメーションの可能性を探る。
ユーリー・ノルシュテイン(1941〜)は、ロシアが生んだ偉大なアニメーション作家。一作ずつ長い年月をかけて、繊細かつ緻密、詩情豊かな作品群を作り出してきた。
一貫して「切り紙アニメーション」の技法を追求し「奥義を極めた」とでも言うしかない工夫がこらされている。
たとえばハリネズミは手足、目鼻口はもとより、表情を表現するためのたくさんのパーツから成り立っており、これらの構成・解体・再構成をコマ撮りして動きが映像化される。
しかし、ノルシュテインの作品は、決してそうした技法そのものは表に感じさせない。
代表作「霧につつまれたハリネズミ」「話の話」に顕著だが、空気感、陰影、深い感情、存在への洞察、といったことを強く印象づける映像体験となる。
ノルシュテインはしばしば来日し、若いクリエイター向けのワークショップや、氏が審査委員長を務める「ユーリ・ノルシュテイン大賞」が毎年行われている。
5 14, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
こどもの日に鎌倉かいひん公園で開催された「国際こどもチャリティ・フェスティバル」の実行委員やボランティアたちの打ち上げがありました。
たくさんの子どもたちが思い思いに描いた100メートル近い布を部屋にぐるりとひろげ、次々にボランティアたちが顔を出し、手作りの料理やおにぎりとともに話しを咲かせます。
実行委員長の井上アンナさん(ポーランド出身・在日10年・鎌倉のいくつもの小学校でEnglish Conversationを教えている)が、今回の津波で心の傷を負ったこどもたちが大きくなるまでまだいっぱい時間がかかります、これからも見守り支えていきましょう、と挨拶。
4時間のフェスティバルで100万円を越す義捐金(イベント、ワークショップ、食べ物のためのチケット代、Tシャツの売り上げなど)となったようです。
5 14, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
おいしいパンに恵まれるというのはとても幸せだ。
天然酵母パン工房「KIBIYAベーカリー」は、無農薬国産小麦、石臼挽き全粒粉、ライ麦粉、天塩を使い、添加物ももちろん無使用。
私の好きなのはカンパーニュだが、発酵時間をたっぷりとったバゲットや四つ葉バターを折り込んだクロワッサン、乾燥バジルを入れて焼き上げたものもいい(トーストすると香り立つ)。
電話して取り置きしてもらう常連でにぎわう。
御成通りのちょっと見過ごすような狭い横路地を入ったところにある。以前は2階がカフェのようになっていて買ったものを食べられたのだが今はやっていないのが残念。
段葛店ともども、西鎌倉の老舗イタリアレストラン吉備屋の経営。
5 14, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新宿ゴールデン街を久しぶりに飲み歩く。
若い頃、安酒とともに夜を徹して青臭い議論をし、明け方の新宿をふらついていたことはけっこうあるが、それ以降たまにしか来る機会はなく、この街について特別な思い入れはなかった。
この晩は、ゴールデン街に店を持ち、組合の理事もしている人と一緒なので、けっこうある一見さんお断り、会員制のところにもずんずん入れる。
最初に入った店が「ナベサン」。
狭い木戸から急な階段を登りカウンターへ。黄ばんだメニューの貼り紙、青線(非合法の売春)時代の名残を残す造り。60年代後半の昔懐かしい評論家たちの名前が客の会話に普通に入りタイムスリップ。
『週刊読書人』を経た渡辺英綱さんが71年にオープン。店は奥さんの菜穂子さんが切り盛りする。
『新編・新宿ゴールデン街』(ラピュタ新書)は、渡辺さんが86年に上梓(晶文社)し、長らく入手不能だったがラピュタBOOKSシリーズで復刊された。
新編へのあとがきを書き、本が店頭に出た2003年、渡辺さんは食道ガンで亡くなった。享年56。私と同じ47年生まれ。
江戸の開府とともに甲州街道の新しい宿場として造られた内藤新宿の頃からの歴史、戦後の闇市マーケットを追い出された人々が茅の茫々と繁る何もなかった今の土地に小さな飲食店を軒を連ねてゴールデン街を造っていく経過、青線時代を経て、小説家、評論家、映画演劇人、漫画家、ジャーナリストなどがあちこちにたむろする独特の匂いを放つ飲みや街へ。背景にある親に身売りに出され帰る故郷も喪った女性たちの悲惨な歴史。
差別的な態度に鋭く反応し、普通なら都市化の進展によって失われていく互助や生活の一体感に逆に磨きをかけるかのような人々の姿が、古い写真や地図イラスト、店名、訪れていた著名人などの資料とともに活写される。
2軒目の「しの」のいかにも年季の入った名物ママに「若いのにきれいな白髪だねえ」と言われる。
3軒目はまだ開店半年目の会員制の店。木の内装が美しく瀟洒で、ゴールデン街にもこんな店があるのかと驚く。DVDまであり、たまたまPowerBookに入れていたローリング・ストーンズ『ブリッジズ・トゥ・バビロン・ツアー』をかけてもらう。『悪魔を憐れむ歌』もこの街には合う。
5軒目の店では70年頃のフォークソングや初期のあがた森魚などをいい年のおじさんたちがギターをかきならしながら唄っていた。
5 13, 2005 21.酒と…の日々 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(2)
鎌倉には農家が意外とある。
「京野菜」のように独自の種類や地名を冠したものがあるというわけではないが「鎌倉野菜」という呼び方もずいぶん広まり、訪れた高名シェフも瞠目した。
若宮大路にある「鎌倉市農協連野菜直売所」(通称「レンバイ」)には30戸の農家が登録し、4グループに分かれて毎日交替する。売り場の割り当て場所も順番に変わる。4日ごとに出品でき、1週間後に訪れると同じ農家が同じ場所で商っているという具合だ。
自家栽培のものに限られ、他から仕入れたものを売ることはできない。
トマトやキュウリなどオフシーズン時のハウスものもあるが、旬の露地栽培ものが中心。
色カタチ大きさの選別、洗浄、遠距離の搬送や仕分け包装、ラベリングなどを経た上で販売されるスーパーのものに比べたらなにしろ朝獲りがすぐ並んでなにより新鮮。そのかわり泥付き、不揃いはもちろん当たり前。
生産者の名前や写真を記して売るのがはやりだが、どこかしゃらくさい。ここでは販売している人イコール作っている人だから、顔が見えるどころか、買おうとする野菜や野菜作りについてじかに話がはずむ。
市内の有名どころのレストランも野菜はほとんどここで仕入れる。
5 11, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
THE BANKについては一度書いたが、土日は午後3時から開いている。
夜更けのTHE BANKもいいが、まだ明るいうちの1杯もまた別の雰囲気で楽しい。
両サイドの窓と開け放した入り口からのやわらかい光がグラスの酒を彩り、また高い天井まで回り込んで、壁高くにある喇叭を吹き鳴らす天使のレリーフも78年の歳月を経て鮮やかだ。
5 11, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
こちらへどうぞ、と案内され、黒いカーテンで仕切られた10ほどもあるブースのひとつに入る。女性が内側から入り口を閉めると中は薄暗くベッドがある。
服を脱いで仰向けに寝てくださ〜い。
頭の後ろに15インチほどのモニターとそれにつなげられた器具が一瞬見えたのだが、もう寝てしまったのでそれ以上は分からない。
女性がベッドの端に横座りし、器具にジェリーのようなものを塗って私の胸のあちこちにそれをあてる。隣のブースとごっちゃにならないようにするためか、ややひそめた声で「そちらを向いてくださ〜い」「私に寄りかかってくださ〜い」などと耳元で指示する。
表の看板には20分〜40分と書いてあったのだが、私の場合、相方が途中で交代してたっぷり1時間。延長料金はいいのか。
あ、心臓超音波エコー検査のはなしです。
一昨日、動悸がして検査入院し、昨日再びさまざまな検査・診察を受けたのですが、診断結果はどこも異常なしでした。
※写真はこの記事内容とは関係ありません。
5 10, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック(0)
店名のduex mille deux(ドゥミルドゥ)は2002を意味するが、オープンしたのは2003年。
御成通り五差路と若宮大路を結ぶ路にある。
AUTOUR DE LA TABLE ET VINS(食卓とワインをめぐって)と記されているように、ワイングラスやカラフェ、ソムリエナイフや、フランスから直輸入したテーブルウェア、パスタやミオジャムやブルゴーニュ・ゲランドの塩などとてもセンス良くセレクトされていて楽しい。
フランス製籐のワインクーラーが素敵だったので贈答用に購入。
販売免許が下りて、先月からワインを売れるようになった。
高価なものは扱わず、私の好きなコート・デュ・ローヌやラングドックなど南フランスの飲み頃ワインを中心にしたデイリーワインのところがいい。
「まるでパリの裏町にある店みたいですね」と店主の柴本博さんに言うと、嬉しそうに「そうなんです。実は外装はパリのマレ地区のある店が大好きでそっくり真似したんです」とのこと。道理で。
5 8, 2005 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
5日こどもの日の「国際こどもチャリティ・フェスティバル」(鎌倉かいひん公園)は、天気にも恵まれ、たくさんの子どもたちが訪れにぎわいました。
実行委員長・井上アンナさんのバイタリティと実行委員の方々、大勢のボランティアの人たち、後援・協賛・協力していただいた企業、組織、お店、個人の方々にほんとうに感謝したいと思います。
苦しんでいるこどもたちが世界から消えることは当分ないでしょう。毎年のイベントになることを願っています。微力ながら協力させていただきます。
5 6, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
鎌倉の旧市街地で鯉のぼりには最近ついぞお目にかからない。これは山崎(大船の近く)の民家で見かけたもの。
家より一段上の丘に一族のものだろう墓があり、なにか信州あたりで見る風景のよう。
今日はいよいよ「国際こどもチャリティ・フェスティバル」(鎌倉かいひん公園 10:30〜2:30)開催。
実行委員やボランティアの人たちは、後援や協賛・協力の取り付け、プログラムの手配、各学校への協力依頼、会場設営の準備、各種広報などなど連日走り回っていた。
楽しく成功し、いっぱい交流してつながりが生まれ、有意義な成果をあげられますように。
5 5, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
ミルクホールというのは、明治末から大正、昭和初期にかけて流行した今で言うカフェ。牛乳、清涼飲料、パン、ケーキなどを供し、新聞雑誌なども置いて、当時のモガ、モボ(モダンガール・ボーイ)や学生たちの憩いと交流の場となった。
雑踏の小町通りに平行する静かな裏小路にある「ミルクホール」は古い民家を改装したカフェバーと骨董の店。もう30年以上の歴史がある。
テーブル、椅子、ランプシェード、窓枠とガラス、使われる食器などなど調度のすべてが往時を偲ばせ、座ると時に椅子がぎしぎししたりするのも興趣。
手回し金銭登録機、六球スーパー、扇風機、蓄音機、柱時計…。
写真は定番のカレーパン。といっても揚げてあるものではなく、パン生地でカレーを包み焼き上げた焼きたて。小腹がすいたときにちょうどいい。自家製ピクルスと。
骨董のコーナーは、高価な趣味品ではなく、明治・大正の日常食器、雑器などが中心で値段も手頃。
5 4, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
半年もたたないうちに、またキヤノンEOS20DとEFS10-22mmレンズ、2Gのコンパクトフラッシュを買い直すはめになった。
横須賀線の千葉行きに夕方乗り、品川で降りるとき空いていた座席に忘れた。肩から下げていたのだが、疲れてうとうとしてずり落ちていたのに気づかず。10分後くらいに別の駅で問い合わせてもらったがすでに無い。
3日間待って東京駅の遺失物係に問い合わせたが該当無し。
撮影データは吸い上げてあるので、まあこの間ろくにバックアップを取っていないPowerBookをなくすよりかはまし、とアキラメた。
撮影時以外は必ずバッグに入れることにすると肝に銘じよう。
Micの作品素材にされるのはもっと怖いが…。
写真バックは大谷記念美術館(鎌倉・佐助)のエントランス。
う〜む、こんなことをして遊んでいる暇はないのだ。
5 3, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)