学外授業
28日の4限目は二子玉川に場所を移して学外授業(多摩美デザイン学科1年「画像」)(まあ要するに親睦飲み会。クラスの40名中37名出席)。
店長「お見受けするところお若い方が多いようですが、未成年の方にはお酒はお出しできませんので…」「はいはい、飲ませません、一気飲みもさせません」
が、ご覧の通り後半はもうキャバクラ状態。
4 29, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
28日の4限目は二子玉川に場所を移して学外授業(多摩美デザイン学科1年「画像」)(まあ要するに親睦飲み会。クラスの40名中37名出席)。
店長「お見受けするところお若い方が多いようですが、未成年の方にはお酒はお出しできませんので…」「はいはい、飲ませません、一気飲みもさせません」
が、ご覧の通り後半はもうキャバクラ状態。
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5月5日(こどもの日)に鎌倉かいひん公園で行われる「国際こどもチャリティ・フェスティバル」で販売されるTシャツ。インドの子どもが描いた「One People(人々はひとつ)」の絵がプリントされている。
で、私は今日中にA3ポスターをデザイン制作して50枚プリントしなくてはならない。ふぅ。
4 27, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
朝、表に出てみると刑事や鑑識らしき人たちやTVクルーがわさわさ。
夕べ警官が立っていたすぐ後ろが死体が埋められていた現場だった。青い幕に「立入り禁止 KEEP OUT 警察 POLICE」のテープ。
この家は更地になって売り出されていたところに昨秋建てられたばかり。
私からなにか聞き出せないかと話しかけてきたTVの男によると、殺人・死体遺棄容疑の男は妻子等6人でこの家に住み、不倫相手の女性が妊娠、結婚を迫られ…の結果の犯行のよう、という。藤沢で昨年末殺害し、ここに運んで埋め、コンクリートを敷いて上に物置を建てていた。まるで週刊新潮「黒の事件簿」。
鎌倉でこんな事件は記憶にない。
古いお屋敷が相続できずに取り壊されて次々と更地になり、細かく分筆されて家々が狭苦しく建てられる。普通の街化が進んだ結果でもあるのだろう。
4 26, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
夜中2時過ぎに帰ったら、自宅前に藤沢署の警官が立っている。
何があったの?ある程度は知っていますが私からは話せません。
3時過ぎ、藤沢署の発表があり、藤沢市在住の交際相手を殺して町内の敷地に埋めた疑いで男性を逮捕の見込みとAsahi.com。
4 26, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
尊敬する友人である高山広さんの独り芝居バーライブを武蔵小山の「GEKKO」で。
彼が演ずると、舞台がバーの片隅のわずか半畳ほどのスペースであるにもかかわらず、さまざまな人間(モノ)模様と世界が目前に次々と現出する。
みんなそれぞれの悩みや苦しみを抱えている。でも、でも、挫けないで生きていってほしい、という全体を通したメッセージが、恒星からの光をただ弱々しく照らし返すだけで世界の苦しみに対して何もできない星屑に託して語りかけるオーラスの「星が願いを」でいちだんと鮮やか。あちこちで鼻をすする気配。
自堕落に寝たまま点けられるよう、蛍光灯のスイッチひもにさらに追加してくくりつけられた「ひも」のキモチを演ずる芝居を観るのは初めてだが可笑しい。
向田邦子さんも「ひとりでつつしむ(慎む)」といっているぞ、というくだりはそうだったよな、とにやり。
高山さんのプロモーション会社「SCHOP」の社長で、GEKKOのマスターでもある渡辺秀也さんがシャンペンを抜いて、高山さん、近藤佑子ちゃんや居合わせた客たちとともに、私たちを祝ってくれる。
4 25, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
朝起きてコンピュータに向かうとモニター画面がよく見えない。左目だけで見ると近いところの視力がまったく落ちている。
そのままなんとか仕事をしていたのだが、だんだんゴロゴロした感じがし、まあ普通に見える右目もつられるようにシバシバし始めた。左目はそのうちに開けていられず自然に閉じてしまうようになる。
土曜午後なので町の眼科医や行きつけの病院の眼科もやっておらず、山崎の湘南鎌倉総合病院に行く。午後は眼科医はいないが診てはもらえる。
ゴミ、傷は無し。眼底も異常はないよう。ただまぶたの内側は充血しており炎症を起こしているそうだ。
猛烈なスピードで所見だの病歴だのをキーボードで打ち込みながら(最近のこういう病院ではカルテに万年筆で書き込んだりしない。ネットワーク化された医療用システムが完備されている)、医者は「こちらではどう言うか知らないが関西では『メバチコ』あるいは『メボ』というな」と不思議なことを言う。はぁ?
「専門医で精密検査をしないとはっきりは言えないが、まあ眼精疲労の上に結膜炎の可能性もある。しばらく安静にして仕事は休んだ方がいいね」と今度は無理なことを言う。
他の医者への「診療情報提供書(紹介状)」を出してもらう。
先ほどから打ち込んでいたことから必要事項が自動的にピックアップされ、PDF化され、プリントされて出て終わり。
病院横の「紫花美姫」と札がつけられている、横に10メートルはある古木の花(フジ?)が見事。近寄るとあたりに香りが満ちている。
4 23, 2005 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
桜が散っても街に花はいっぱい。花屋の店先も日ごとに華やぎを増す。
モデルさんだろう外人女性が思いっきり春らしいかっこうでさっそうと行く。
で、今やっている「画像」の授業の画像合成のサンプルとしてタイトルバナーにしてみた。
4 22, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
湘南鎌倉メーリングリストというのに入っているのだが、そのメンバーである骨董を商うhanaさんのご主人が近所(由比ガ浜通り・長谷東町バス停そば)にラーメン屋を開店したので開店日に行ってみる。
MLの方ですね、と手伝っているhanaさんがにこやかに迎えてくれる。結婚して1年のハンサムなご主人はカウンターの中で緊張気味で固い表情。
MLで場所探しから味作りの苦労のプロセスをだいたい知っている。
トッピングの選択はいろいろあるが、まずは基本となる普通のラーメン。
鰹と煮干しをベースにしたけっこう濃厚なスープ、奥で作る自家製の細麺はなかなか。チャーシューはかなり大きくとろとろと柔らかい。
私はふだんはあっさり系醤油味が好きなので、以前書いた鎌倉赤坂飯店のラーメンが一番好きなのだが、疲れ気味、脂っ気抜けのときはこういうのもいい。
壁にちょっと小物が展示できるようになっていて、期間限定で展示物を販売する。今回は1940〜70年代にアメリカで作られたアンカーホッキング社の耐熱ガラスマグ。
日本のレトロガラスや明治の印判小皿などが予定されていて楽しみ。
4 21, 2005 04.私の好きな鎌倉の店・中華・エスニック | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(2)
私のところのデザイン学科には助手と副手が10名おり、さまざまな仕事をこなしている。
私は教務主任という役まわりをしているので、彼らへの指導も職務のひとつ。
皆を集めて新年度初めてのミーティングをし、新しい人も入ったので、あらためて基本的なことを述べた。他の仕事の上でも多少の参考になるかもしれないのでちょっと記しておきます。
助手、副手の仕事というのは秘書の仕事にかなり似ている。ただ対象が会長とか社長とかの個人でなく、50名近い専任・非常勤の教員、480名の学生たちの秘書的な役割なのだ。以下箇条書き。
●人とのコミュニケーション能力
教員、学生に加え、事務だの総務など大学当局の人とのやりとり、外部やときには父兄とのやりとりなどを日常的にこなさねばならないから、きちんとしたコミュニケーション能力が要求される。
●情報の収集—処理—伝達能力
授業・設備を運営していく上で必要な情報をすみやかに必要なところから収集し、判断・整理・加工処理して、適切なタイミングと内容で適切な人に正確に伝達しなければならない。
処理のためにはいろいろな事務処理ソフトも使いこなさねばならないし、文書作成能力も必要だ。
メールでのやりとりも多いから的確なメール作法を身につけ、たくさんあるメーリングリストの選択などもちゃんと判断しなくてはならない。
●勤務規律を含めた自己管理能力
あまり説明の必要がないだろう。
●判断すべきことの範囲の判断
これは一般の会社で職務権限あるいは範囲(アメリカなどでは厳正)というようなことに関わる。
助手、副手としてある案件をどこまで自分の判断で処理・実行すべきか、教務主任や関係する教員等(会社で言えば上司)に報告し、指示を仰ぐべきなのかを判断できる能力。
これが実はけっこう難しい。
本来報告して判断を仰ぐべきところを勝手に処理して後で問題になったり、自分で決める必要もないことを抱え込んで、悩まなくともいいことに悩んだりすることにもなる。ある程度経験が必要。
●提起・提案能力
しかし、指示されたことをやるだけでも勤まらない。改善点や新しい提案を考える積極性と意識が必要。
これらを通した基本が昔から言われている「ホウ・レン・ソウ」。
つまり報告・連絡・相談を常に行うこと。
仕事というのは自分の中だけでするものではなく、人と人との関係の中でやるものだ。
4 20, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今まで同じ町内(長谷)に住んでいた息子とその母親(前のカミさん)が、息子の通学の都合(今のままでは往復5時間以上かかる)や母親の仕事の関係もあって都内に今週引っ越しする。
今までのようには頻繁に会えなくなるので、別にお別れではないが会食。
梶原口から北鎌倉に抜ける山腹の住宅地にある一軒家邸宅のフレンチレストラン「プランデルブ」でフレンチのフルコース。
前菜の前のアミューズや口直しや、デザートの前の旬のデザートとかけっこう遊び心たっぷり。
『Pleins d' Herbes』(フランス語で「ハーブでいっぱい」というような意味)の店名通りハーブの使い方がうまい。
ワインの品揃えもいい。この晩はシャトー・ヌフ・デュ・パブ・ガルディーヌ(注文するとき発音しにくい)。
軽井沢にも店がある。
4 19, 2005 03.私の好きな鎌倉の店・洋食 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
3月に京都に行ったとき、銀閣寺近くの白川通から今出川通にさしかかったところで、行ったことのある友人が、ひなびた木造の店を指して、これが「なかひがし」と教えてくれた。
のれんの脇に板があり「お寵はんの ご飯に 炭火の肴と 山野草を添えて」と筆文字で書かれている。
京都生まれの同僚の先生からお祝いにいただいた『草(そう)菜(さい)根(こん)-そしてご飯で、ごちそうさん』(文化出版局)がこの「なかひがし」のご主人である中東久雄さんが書かれたものだった。「なかひがし」の上には「草じき(そうじき)」(草を食べさせる御馳走人)とあるのだが「じき」の字がコンピュータでは出なかった。「口」が上にあり下に「食」。
中東さんは大悲山峰定寺にある有名な日本料理屋「美山荘」の先代の弟。
毎日北山の山野をめぐり、床にいける花や、料理に飾る葉っぱ、山菜摘みをして、大原や上賀茂のお百姓さんから野菜を分けてもらい、店に入る。
この本にはその季節の料理のレシピが載っている。写真入りなのだが料理の名前の字面を見ていくだけでもうおいしそうでぜひとも食べたくなる。
いくよ。
「かきの殻焼き・ふきのとうもろみのせ」「つくしとたんぽぽの鴨すき」「さよりと芽かんぞうの酢の物」「こごみとかつおの酒盗あえ」「わらびの牛肉八幡巻き・柚子こしょう酢添え」「さわらびと葉たけのこと湯葉の炊合せ」「氷魚の木の芽煮」「あわびと花山椒の炒め煮」「塩漬けいたどりのいり煮」「じゅん菜・岩梨添え」「モロッコ豆と秋みょうがのごまみそあえ」「田ぜりと氷魚のうま煮」「たことのびるのあえ物」「野あさつきと鯉のてっぱえ」「日本たんぽぽのおひたし」「よもぎ豆腐」「野三つ葉とこのこのおひたし」「若鮎のたで煮」「山ぶきと鯉の煮物椀」「しのごぼうのごまびたし」「白ずいきとかんぞうの花と岩たけのおひたし」「干し山椒葉と生節のうま煮」「干しずいきと身欠きにしんの炊いたん」「水菜のからしあえ」「鯖と壬生菜の雪鍋」「たにしの実山椒煮」「地生えきゅうりの葛煮」「白うりのもろみそあえ」「賀茂なすとはもの煮物椀」「榧の実の塩いり」「栃餅とせりのみそ汁」「椿かぶら」「焼きぶりのみぞれ椀」「のびる粥」「嫁菜ご飯」…
4 16, 2005 19.食と農、健康と病 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
身体の中からなにか脂っ気が抜けてしまったように感じるとき、突然とんかつが食べたくなったりする。
鎌倉で私が行くのは、小町通りの「小満ち(こまち)」か、裏駅側・御成の「勝烈庵」。
小満ちはヒレカツが旨いが、勝烈庵はロースカツ。
本店は横浜馬車道。昭和2年、外国人コックが居留地関内にもたらしたカツレツを、特製の生パン粉や、野菜と果物を2日間煮込んで1日寝かせるというソースで和風に仕上げた初代以来の味という。
まあ私は食べたいと思うときしか食べないから満足している。
4 15, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
5月5日(こどもの日)に鎌倉かいひん公園で行われる「国際こどもチャリティ・フェスティバル」をボランティアで手伝っている。
デザイン制作したチラシはたくさんの人の手に渡った。
あと私がやるのはウェブとポスター。
短期の勝負だからウェブはブログでやるしかない。
実行委員もライターに設定してとにかくサイトオープン。どんどんアップして、走りながら考えるというスタイル。
応援してください!
4 14, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
友人の女優、近藤佑子ちゃんのリーディングプレイ「お兄ちゃんの樹」(作・演出╱高山広)を明大前のキッド・アイラック・アート・ホールで観る。
佑子ちゃんは早稲田大学を卒業後、「メトロに乗って」「ミュージカル はだしのゲン」「ダニーと紺碧の海」などに出演。2003年から演じている「お兄ちゃんの樹」は、このホールで隔月公演されることが決まった。
すでに一度書いた(近藤佑子「お兄ちゃんの樹」)が、今回で観るのは4回目。この間、彼女にとって師であり、作・演出の高山広さんとの厳しい特訓が続いていた。
身のおきどころのない自死したいと願う絶望から、他者によって「生かされている」ことの自省へ。生きてきたことに意味はあったことの喜びへ。生ははかなく、現実の世の中の未来は暗い。けれど時代がそう「だから」ではなく「にもかかわらず生きること」への強い決意へ。
佑子ちゃんの目に大粒の涙が盛り上がり、頬を伝って流れ落ちる。
鳥たちや風の吹き込む悪意あるだろううわさ話に「お兄ちゃんの」樹と呼ばれるようになった今は動じない。
「それがどうした!」
次回は6月29日(水) 16時╱20時
キッド・アイラック・アート・ホール
Tel: 03-3322-5564
4 14, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
マコト健在。もちろん氷のようにクールの極致のGボーイズの王様もサルも吉岡刑事も、そして調子のはずれたたお袋さんも。
スーフリをもっと悪質にしたような学生崩れ風俗スカウトを叩きのめし、土地詐欺を駆け抜けるミュージシャンに脱帽、スウェットショップを背景にする日本企業を中国娘と追いつめ、集団自殺をネットを通じてプロデュースする暗部をうんざりしながらえぐり出す。
今回は、中国の過酷な低賃金労働を背景にした超人気人形製造企業をGガールズがコケにする「死に至る玩具」が秀逸。
ホルストの「惑星」はともかく、マコトがアルバン・ベルクの「ヴォツェック」を聴いているのがなんともいえない。
高校生の頃、徹夜して並んでベルリンドイツオペラの「ヴォツェック」の券を買って舞台を観たことを想い出す。
4 13, 2005 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期の授業が始まる。
事務の不手際で学生のメールが使えないいきなりのつまづき。Typepadの投稿者登録も誰もできない。
今回の授業は昨年の試みに引き続き全面的にブログを活用し、すべてネット上で公開して行う。
基幹となる授業ブログを中心に、受講する40名の各学生がそれぞれブログサイトを持ち、トラックバックでレポートなども集約、プラニング、ラフスケッチから最終作品まですべてそこにアップし、誰でも見られ、コメントもできる。
新入1年生なのでどこまでできるかわからないが、できるかぎり可能性を追求してみるつもり。どうぞご支援ください。
4 12, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
5月5日の子どもの日、鎌倉かいひん公園で「世界の子どもたちに愛を!」をテーマに「国際こどもチャリティ・フェスティバル」が開かれる。
今回はインド洋大津波で被害を受けた子どもたちへの支援が主目的で、鎌倉のいくつもの小学校で英会話を教えている井上アンナさんが中心となって企画が進められている。
100メートルもの布にみんなで絵を描いたり、ヨーヨー釣り、魚釣り、くじ引きなどの遊びや、外国人の子どもたちとの交流、和太鼓、マジック、ピエロなど色々なパフォーマンスのプログラムが準備中。
鎌倉市、教育委員会、社会福祉協議会が後援し、市内のたくさんの企業、店などが協賛、協力する。
市内小中学校の子どもたちも運営にあたる。
「子どもの日、楽しく遊びながら世界の子どもたちのことを考えよう。きみの参加ですくわれる子どもたちがいる!」などのコピーやチラシのデザイン制作は私のボランティア。
4 11, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期ガイダンスの合間に研究室でせわしなく一服していると、どやどやと去年教えたことのある新2年生たち6、7名が訪ねてきてお祝いのブーケをもらった。このブログやMixi経由で知られてきている。
教えた授業が終わった後、ひとりひとりがカードに感想を書いてくれた子たち(「教師冥利」参照)。
研究室のメインテーブルに飾る。他の人たちにも幸せがいっぱい拡がりますように。
4 10, 2005 25.My Partner | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
「母アンナ・フィアリングとその子供たち」を両国のシアターX(カイ)で観る。
ブレヒト劇を読みふけったのは二十代だったか。
これは千田是也によって『肝っ玉おっ母とその子どもたち』として訳され『三文オペラ』とともによく知られている(昨年岩波文庫から岩淵達治の新訳が出た)。
第二次大戦直前の1939年、ナチスから逃れスウェーデン滞在中、41歳の時に書かれた。軍隊について荷車を引き(天井からつるされたロープに古トランクをたくさんくくりつけて引き回す演出が素晴らしい)酒や雑貨を商う肝っ玉おっ母と次々に失っていく3人の子どもたちの姿を通して、戦争によって生きながら戦争を憎む強烈な反戦メッセージを発する。
私と同じ多摩美造形表現学部の映像演劇学科で教えている気鋭の舞台衣装家である加納豊美さんが衣装を担当し、その関係で2月から3月にかけ上野毛キャンパスで稽古が続けられていた。
17世紀北ヨーロッパのいわゆる30年戦争が背景なのだが、加納さんが選んだベージュ色の作業着のような衣装の数々は、いつの時代ともつかず、いつの時代でもあるようで、この劇の現代性を表して印象的。
肝っ玉おっ母を演じる吉田日出子さんは、六本木自由劇場の時代からの熱烈ファン。『上海バンスキング』『もっと泣いてよフラッパー』は20年来の愛聴盤(今回82年に博品館劇場で観た『もっと泣いてよフラッパー』のDVDを買うことができた)。
「人生はあたしに地を這うことを教えてくれたのさ」
気丈で凛として、しかし子供たちへの情愛深さにあふれたおっ母をたまらない日出子節で熱演。
今回初めて舞台を観た多摩芸術学園出身の谷川清美さんが口のきけない末娘役だった。太鼓を絶望的に叩きならす最期の演技に息を飲んで感動する。
加納さんも彼女は大女優になると評していた。
楽日なのでロビーで打ち上げ。
あこがれの日出子さんと谷川さんとも話すことができた素晴らしい一夜。
4 9, 2005 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
車は持たず(車社会に批判的でもあり)、ましてスーパーカーになんの縁も関心も無いのだが、昨晩のNHKハイビジョン特集「デザインルームの6ヶ月—イタリア・スーパーカー誕生」はデザイン・プロジェクトの記録としてとても面白かった。うちの学生たちにも見せてやりたい。
世界最高のカーデザイン会社、トリノのピニンファリーナ社のチーフ・クリエイティブ・ディレクターであるケン奥山(奥山清行)氏とそのデザインチームが、今年3月のジュネーブモーターショーに向けて、これまでに無い斬新なスーパーカーを企画、デザインし、発表するまでの6ヶ月間のドキュメンタリーだ。
ケン奥山氏は1959年生まれ、LAのArt Center College of Designでカーデザインを学んだ後、GM、ポルシェを経てピニンファリーナに移る。
この時は1名の募集に対して世界中から500名の錚々たるデザイナーが応募したという。
奥山氏が提出したポートフォリオが映されたが、そこには車のデザイン画はいっさい無い。すべて彼が考え出したアニメやSFの独創的なキャラクタースケッチばかり。副社長がこのオリジナリティを認め他の役員の反対を押し切って奥山氏を採用した。ピニンファリーナのような会社になると、そこそこの才能などいらない、誰も考えないようなことを切り拓ける人がほしい、ということなのだろう。
奥山氏はその後多くの有名なデザインを手がける。2000年のフェラーリRossoは車に疎い私でも知っている。
一時母校Art Centerの工業デザイン学部長になっていたが、昨年ピニンファリーナに復帰した。
奥山氏は選りすぐりの4名のデザイナーに命じる。向こう3年のうちに発売されるようなどんな車にも似ていないもの、10年後にも夢を与え続けるような車を考えろ。基本コンセプトは車の重心を低くタイヤを目一杯大きく見せること。
たくさんのスケッチを元に検討ミーティングが繰り返される。前が何かにぶつかったみたいで洗練されてない、単なる彫刻で動感が無い、寂しげだ、魚みたいで自動車らしくない…。デザイナーたちの渾身のアイディアも容赦なく切り捨てられ描き直しが続く。
自分が感動して作らねば人に感動を与えることなんてできないぞ。
NHKは4名のデザイナーそれぞれをすべて撮っていたのだろう。でないと、これだけは採用の可能性は無いともっともスケッチを酷評され、君には可能性があるとは言われながらも悩んだジェイソンの姿がみごとに描かれているはずがない。最終的に奥山氏の強い薦めでジェイソンが描き直したデザインが採用される。
ここからのモックアップによる評価とブラッシュアップのプロセスも興味深い。
発泡スチロールで原寸大で作られた模型は広い場所で徹底的に検証される。
スケッチや3D画像では気づかなかった欠点や改良点が指摘される。
デザイナーの意を受けて、モックアップを最終完成型に仕上げる職人たちのことをイタリアでは「モデリスタ」と呼ぶはずだ。一人前になるために最低10年の修行を要する。コンピュータも電動工具も使わない。すべて手作業で削り、付け加え、また削り、磨き上げる。
ジェイソンは最後に数ミリの差を迷う。奥山氏は妥協を許さない。自信を持て、これでいいんだ。
下が75回目となるジュネーブモーターショー2005で発表されたその「バードケージ75」。最も美しい車に与えられる賞を獲得した。
4 1, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(54) | トラックバック(6)