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2005年02月28日

スマトラ津波復興チャリティーイベント(麻心)

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※写真下、左からSatokoさん、「タブラ クワイエサ」のケイさん、話しているのが岡庭妙子さん、右奥が井上アンナさん

一昨晩アラブ音楽ライヴをやったカフェ&バー「麻心」(鎌倉長谷)で、昨晩「スマトラ津波復興チャリティーイベント」が行われた。津波の被災者たちのために何かできないか、と考えた別々の3人の女性の思いをひとつのイベントとして実現したものだ。

Satokoさんは、モロッコ人ダンサーについてベリーダンスをやっている。ショーをして義捐金を集められないだろうかと麻心のシンさんに相談した。シンさんはそれならと南インドで子どもたちに造形美術を教えていた岡庭妙子さん(『バクシーシ通信』)を紹介し、チャージ・寄付金はどこにどのようにいくか分からない形ではなく、岡庭さんが教えていたポンディチェリー地区援助に内容も具体的に分かるように使われることになった。
鎌倉の小学校で英語を教え、津波被災の子どもたちのためのチャリティーフェスティバルを鎌倉由比ガ浜のかいひん公園で5月5日に開くことを企画している井上アンナさんの活動とも連携された。
アンナさんが語った、「援助」とは要らないものをあげるのではなく、自分にも必要だが分けられるものを分けるのであり、それは自分の「成長」にもつながるのだ、という話は印象的だ。
ボランティアでアラビアン・パーカッションユニット「タブラ クワイエサ」の3名も参加して演奏を披露した。

麻心はライヴやワークショップを行う一方、さまざまな人の出会いを提供し媒介しカタチにしていく「コーディネーション・センター」でもあるのだ。この上にネットの力を増幅させたい。

2 28, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(5) | トラックバック(1)

2005年02月27日

「麻心」(鎌倉長谷)でのアラブ音楽ライヴ

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企画したカフェ&バー「麻心」(鎌倉長谷)でのル・クラブ・バシュラフのアラブ音楽ライヴは、補助椅子も出すほどのお客さんが集まり、しかもアラブ音楽の奥深さ、彼女たちの音楽性に感嘆し、心から楽しんでいる様が伝わってきてとても嬉しかった。

写真上は私の家でリハするメンバー。MicはTVやオーディオの音はまったく気にしないのだが、初めて聴くウード、ナイ、レク、ダルブッカの生の音にハッ、ハッ、ハッと興奮している。高音用のナイでは段ボールの箱に頭を埋めてしまった。
下は「麻心」でのライヴ。窓外に逗子、葉山、10秒に1回の城ヶ島灯台の灯り。

2 27, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 13.音楽の楽しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月25日

ひとつのアイディア(概念)に500の展示

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昨日引いたアラン・ケイのインタビューのなかで、サンフランシスコのエクスプロラトリウムが1969年にオープンしたとき、たったひとつのアイデア(概念)を教えるために500の展示物が並べられたという話が出てくる。「どの展示物も、普段こうだと思っている物事が突然違って見えるように設計」されていた。

飛行機の格納庫ほどもあるエクスプロラトリウム(直訳すると「探検館」)には一度に2000人の子どもが入れ、それぞれがそれぞれの興味と関心のもとに目をキラキラさせながら触り体験し、お気に入りを見つけただろう。

そして、世界は同じではないこと、いろいろな角度、視点から見るべきこと、さまざまなアプローチがあることを自然に学んだに違いない。

私たちはあるテーマ、概念、物事を500とは言わない、5でも10でもの観点から見ているだろうか。見るよう努力をしているだろうか。


エクスプロラトリウムは、いわゆる体験型ミュージアムの先駆けでその後世界中のミュージアムに影響を与えている。
サイトもシンプルで楽しく、かつ膨大な画像データも備えていて見応えがある。ショップも充実。
exploratorium
the museum of science, art and human perception

2 25, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月24日

アラン・ケイの夢は続く

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増田真樹さんの『Maskinのデジタル最前線』—「アラン・ケイのインタビュー」『ewoman』のインタビュー記事があることを知り読みにいく。

アラン・ケイ(1940-)といっても今の若い人は知らないかもしれないが、文字通り「パーソナルコンピュータの父」だ。40年近くも前の1960年代後半、ほとんどの人が「パーソナルな」コンピュータなど夢想もしなかった頃、樹の下で少女がノートのようなコンピュータで自由に絵を描いたり、日記を付けたり、文章を読んだり、プログラミングする「ダイナブック」(今の東芝製ノートパソコンなどではない)の概念を構想し、その後伝説となったゼロックスのパロアルト研究所でAltoとして実際に試作した。今私たちが当たり前のように使っているビットマップディスプレイ、マウス、グラフィカルインターフェイス、インターネットの原型などはここから生まれた。それらはアップルのLisaに受け継がれ、Macintoshを誕生させた。WindowsはもちろんMacOSをその後まねしたもの。

このインタビューで佐々木かをりさんはあえて技術の話にもっていかず、アラン・ケイの奥深い教育哲学を引き出していて感動的だ。

「ダイナブック」のコンセプトから分かるように、彼は始めから子どもたちが使えることを想定してすべてを考えていた。「目的」を持ちそれを解決するためのビジネスの「道具」としてコンピュータを考える「大人たち」には期待していないのだ。
だから彼のメインの関心は大人たちより自由な発想ができる子どもたちへの教育であり、また発展途上国でも製造でき普通に買うことができるようなまったく斬新なコンピュータのアイデアと実現への努力である。

「よく”コンピュータによるカリキュラム”という表現をする人がいますが、私はいいフレーズだと思いません。それは、”紙によるカリキュラム”と言っているのと同じです。カリキュラムというのは、本来、学習する人のアイデアや心理を構築する環境のことであって、それが紙かコンピュータかは関係がないのです」

「毎年、私は”他にすべきことがあるのではないか”と考えてみるんです。でも、この仕事よりもっと大事なことを思いつくことができません。子どもたちが私たちよりもさらにうまく物事を追求するようになる手助けをすることです」

「コンピュータ革命は、子どもたちがみな自分のコンピュータを持てるようになって、いつでも学んだアイデアや考えているアイデアを探求できなければ、完全とは言えません」

「私は、アーティストというのは人を愛するのと同様にアイデアを愛することができる人々だと思います。これは、子供たちが文明の作り手になるのを助けるというアイデアです。次世代の子供たちが文明を改良していくのを助けるという活動でもあります。こうした考えに、私自身ワクワクしているんですよ」

彼がもともと開発したオブジェクト指向言語「Smalltalk-80」をもとに作り直した「Squeak(スクイーク)」の素晴らしさと可能性に遅まきながら気づいたがまた改めて書きます。私のところ(美大のデザイン学科)で学生たちにぜひ使わせたい。

『Viewpoint Research.Org』
『スクイークランド』

2 24, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(4) | トラックバック(1)

2005年02月22日

囲炉裏の愉しみ-8

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息子が大学受験に合格したのでとりあえずお祝いの囲炉裏パーティー。工学部材料工学科という私にはよくわからないところ。しかしこの方面のことをやりたいと言うのだからいいだろう。浪人されて予備校に150万円も払いたくないのでまあまあ。

同僚の先生にもらった朴葉に同じく同僚の先生が作った焼き味噌を塗る。根室産の毛蟹のミソ入り甲羅に酒を注ぎ甲羅酒。磯の香り。

2 22, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | | コメント(4) | トラックバック(0)

2005年02月21日

ブログ関連本に学ぶ—特に『ビジネス ブログ ブック』(毎日コミュニケーションズ)

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昨年は「ブログ元年」と呼ばれ、日本におけるブログは04年12月で50万人を超えたと見られていたが、増田真樹さんの05年2月中旬の調査によればなんと概算200万のブログが開設されているという。こうした状況を背景に昨年末から今年にかけてブログ関連本の出版が引き続いている。

当初のいわゆるハウツー本から、ブログの社会的・コミュニケーション的な意味を考えた上でブログの勧めを説く本(たとえば既に紹介した『超簡単!ブログ入門』(増田真樹・角川oneテーマ21)が出始めた。

04年11月刊の『ブログの力—Blogの可能性に気づいたユーザーたち』(GEODESIC編著・九天社)では、ブログに関する入門的な情報知識もまとめてあるが、ブログを有意義に維持するにはどういうことが必要か、ということに重点をおいてある。特に強調されているのは「継続」と「テーマ」だ。豊富に適例のブログが載っている。

『ウケるブログ—Webで文章を”読ませる”ための100のコツ』(高瀬賢一・技術評論社)は「1からわかるおもしろ日記書き方講座」というサイトから書籍化されたもので、他人に文章を(特にウェブ上で)読んでもらうためのポイントをまとめてある。
文章の書き方の本は星の数ほどあるが、これまでのものはほとんどすべて書籍印刷媒体を前提としていた。ある本を読むと決めて読み始めるときと、ウェブ上で跳んできてテキストを読むときは「読まれ方」が当然違うだろう。
移り気で時間の無い読者はざっとスキャンして読むべきかどうか決めるかも知れない。であればスキャンしやすいような書き方、見せ方が必要だ。
一見かっこいいグラフィカルなサイトがすたれ、ブログによってウェブにおけるテキストとそれによるコミュニケーションの重要性が再認識されている状況でとても大事なテーマだろう。

すでに04年5月刊の『1日5分の口コミプロモーションブログ』(長野弘子・増田真樹╱英治出版)が、ブログの持つビジネス・プロモーション力の可能性について述べていたが、この間一気に関心が高まってきたのがブログのビジネスあるいは組織内コミュニケーションへの展開だ。

『時代はブログる!』(須田伸・アメーバブックス)、『ブログ・ビジネス—ビジネスで活かせるブログの始めかた』(元木一朗・ラトルズ)と続いたが、今月出た『ビジネス ブログ ブック』(小川浩・四家正紀・上田一吉╱毎日コミュニケーションズ)は、この方面での現時点での最良の参考書だろう。そもそもブログという環境はどのような技術に支えられており、それはどんな働きと意義を持っていて今後どういう方向に進むのか、ということもとても分かりやすく書かれているので、ビジネスなんて関係ないよというブロガーも読むべきだ。またビジネスとうたってはいるが、別に営利ビジネスの領域だけではなく、あらゆる組織(たとえばNPOや市民組織)やプロジェクトのネットワークコミュニケーションに活用できる。

私は昨年、大学の授業にブログを組み込んでいろいろやってみてコミュニケーション環境としての新しい可能性を確信した。
今年はいくつもの授業や卒業制作に使うだけでなく、学科全体のブログ環境を作りたいと考えているのだがこの本はとても参考になる。

2 21, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(0) | トラックバック(2)

2005年02月17日

「Pin-Up-Girl.com(ピンナップガール・ドットコム)」オープン

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フランスの磁器工芸品「リモージュ・ボックス」、ポーランドの磁器フィギア「チメルフ」に加えて、オランダのフィギアの輸入販売を始めており(「オランダの”ピンナップ・ガールズ」フィギア-2004.10.8参照)、ウェブ通販のサイト「Pin-Up-Girl.com(ピンナップガール・ドットコム)」をオープンした。さっそく注文が入っている。

「ピンナップ」は文字通り、壁にピンで留めておきたくなるようなセクシーな女性の印刷物のことで、アメリカにおける1920年代の写真印刷技術の高度化と普及、大衆社会の到来とともに拡がり、30年代の雑誌ブームに乗り、40年代には世界中に散らばる若い兵士たちの友となった。今では高級誌として知られる『Esquire(エスクァイア)』も第二次大戦下には毎号ピンナップを掲載して飛躍的に部数を伸ばした。50年代朝鮮戦争下では『Playboy』を始めとするメンズマガジンが黄金時代を誇り、ジェーン・マンスフィールド、ジェーン・ラッセル、マリリン・モンローが人気を獲得したのもピンナップからだった。

『プレイボーイ』誌が自社の予約購読担当オフィスレディの日常とプライベートを掲載して「Playmate」というシステムを始め、爆発的に部数を上げたのは1955年のことだ。
それまではピンナップのモデルになるのはプロのモデル・女優やその予備軍に限られていた。ヒュー・ヘフナーは、そこらへんに普通にいる「うぶ」で愛くるしく健康的でヌード写真を撮られるのは初めてというような秘書や銀行員やスチュワーデスなどを起用し、読者に彼女たちが別世界の住人ではなく「プレイメイト(遊び友達)」になる可能性もあるかのようなファンタジーを提供して成功した。

ピンナップガール・ドットコムで扱っているフィギアは2シリーズあるが、そのひとつの「The Girl Next Door」(隣のお姉さんですね)はこのあたりをモデルに作られている。
独立記念日パレードのバトンガール、西部の牧場の娘、行きつけの病院の看護婦、いかにもいそうなガスステーションガール…。

もうひとつのシリーズ「Pin-up & Design」は1962年スペイン生まれのアニメーター、Stephan Saint Emett氏のアニメーション作品(近くDVDで送ってもらうことになっている)に登場するキャラクターをデザインしたハンドペイントフィギアだ。すべて50〜70年代デザイナーズ・チェアに座っている。

全14点ともウェブ上で360度回して見ることができる。

2 17, 2005 10.美術工芸 | | コメント(0) | トラックバック(1)

2005年02月16日

世界の壊れ-4

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※"Not edging(研ぐな), It's EDGE !"

アーティストMicは素材にはなんのこだわりも持たない。普通なら吟味するであろう材料の良し悪しやそれが高価か廉価かにもまったく無頓着だ。

「世界の壊れ」シリーズ今回の新作は、思いもよらないモノが対象に選ばれた。自宅と大学以外での私のモバイルネットワーキングの必需品であるAir Edgeだ。

栄華を誇った花が朽ちていく瞬間をとらえたかのような電子機器の壊れの美を通して、Micは現代の科学テクノロジー万能主義がいかに脆いものであり、世界は身体性に基づいた地平から再考、再構築さるべきことを主張したかったのだろう、と私は少し気を取り直してから考えた。

しかしソファーの後ろに目立たぬようひっそりと陳列されていたこの作品を見たときの私の感想は「あ〜、もうっ」(「あ」には濁点が付く)であった。

本来のUSBポートに差してやり、葬送写真を撮った。

2 16, 2005 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月14日

多摩美上野毛デザイン展ご来場ありがとうございました

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たくさんの方々のご来場ほんとうにありがとうございました。
日頃、課題作品を作れば終わりとなりがちな学生たちも、デザインは対象とする人々に伝わってはじめてデザインなのだという基本をあらためて実感した3日間だったと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

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2 14, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月13日

多摩美上野毛デザイン展最終日へ

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多摩美上野毛デザイン展(デザイン学科卒制・3年修了作品展)は初日、2日目と終え、きょう13日が最終日だ。

いろいろなお客さんが来校される。産学協同プロジェクトに関係する企業の方が遠いところをこられたりする。求人のお話を持ってきてくださるデザイン会社の方もいる。学生たちの友人、知人、家族。久しぶりの卒業生や昔の副手たちの顔もある。社会人入試に合格したばかりの新入学予定者が熱心に2日間見に来ている。デザイン学科では3月に一般入試があるのだが高校生らしい若い人々もいる。

このデザイン展は大学の公式行事で補助金も出、教員も多少のアドバイスやコーディネイトはするが、運営はほぼいっさい学生たち自身が行う。

4年生の卒業制作作品、3年生の進級制作作品が、約230名分、31にのぼる大小の教室、コンピュータルーム、スタジオに展示されている。
作品はグラフィックからウェブ、インタラクティブ、映像、家具などのプロダクト、インスタレーション、空間設計等々、多岐にわたる。
ぱっと見てよく分かる作品もあれば、じっくり向き合わないとおもしろさが伝わらないものもあり、一通り見るだけでも容易ではない。

しかし、たとえ十分に見て回れなくとも、デザイン表現を通して何かを伝えたいという学生たちの熱意と息吹は確実に感じてもらえるだろう。

最終日13日(日) AM10〜PM5:30

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科
多摩美上野毛デザイン展

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2 13, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(4) | トラックバック(0)

2005年02月10日

『我われは犬である』(エリオット・アーウィット)

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エリオット・アーウィット(1928-)の『我われは犬である』は私の大好きな写真集だ。
フレンド版宝島社文庫版を含め4種類版がある。

彼は犬をテーマに写真を撮っていたわけではない。人間を撮っていたのにいつのまにか犬が写っている写真がたまってしまったのだ、と言う。
1946年のセーターを着たチワワの有名な写真(ニューヨークの街中で、地面すれすれのアングルから飼い主の女性の足下とチワワを撮ったもの)から1991年のものまで、場所は彼の拠点であるニューヨークはもちろん、世界中にわたる。

アメリカでは犬はとても身近なフレンドリーな存在として写っている。別にカレンダーが写り込んでいるわけではないが、犬も入った家族写真(実は保険会社の広告写真として撮られた)が1960年代の中西部であることが見て取れたりするのはおもしろい。

ヨーロッパでは犬はもっとフォーマルな存在だ。
フランスでは犬はアメリカでより数段高度な存在として遇されている。犬はしばしば事務所に連れていかれ、そこで交わされる重要な会話に聞き入り大変に行儀良く振る舞う。彼らはきちんと分をわきまえているはずだという信頼を勝ち取っていてレストランや店に入るのも許されている。実際に彼らは行儀がよい。パリの犬はきちんとした挨拶をかわしていない相手には警戒的だ。フランスの犬が少しでも寛大だったりする様子を見たこともないし、彼らにはユーモアのセンスが欠けている、そうだ。
イギリスの犬信仰はキリスト教上位10の宗派と張り合うほど。人間の子供ほどには厳しく扱われないが、よく訓練され教え通りに振る舞う完璧さを期待される。

メキシコや南米、シベリアなどで撮られた犬は、毛羽立ち、なにかうらぶれている。しかし繋がれてもおらず自由ではあるのだろう。

大事な約束があるので時間に遅れないよう歩いているのだ、としか思えないような犬。主人を見上げるいくつかのショットは場所も年代も犬もまったく違うのに本質は同じだ。シシリーの神殿遺跡前の犬は紀元前にもし写真という技術があれば同じように写っていたのだろうと思わせる。反対側のページに中国で撮られた犬がいるがなんだ変わらないではないか。

一番好きなのが1977年におそらくセントラルパークで撮られたもの。
男がベンチで公園の緑をみつめている。犬はその横に同じように座り男と同じ方向を見つめている。
さまざまな想念や悩みが去来しているのかもしれない。けれども愛犬と並んで緑を眺めているこの時間が彼にとって一日のうちで一番の和みの時間であることはこの上なく明瞭に伝わってくる。

2 10, 2005 12.写真・映像・映画・演劇, 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月09日

多摩美上野毛デザイン展(2/11-13)

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2月11日(金)〜13日(日)に私が教えている多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の卒業制作展(3年生の作品も展示される)である「多摩美上野毛デザイン展」が開かれる。
学生たちは今その準備で血眼だ。

私のところ(デザイン学科)の特徴のひとつは、名前の通り間口が広いことだ。他の美大はもっと細分化というか限定された分野ごとに募集している。
2年の後期に専門分野を選択する。それまでは授業を自由に選べる(人数的な調整はあるが)。やりたいフィールドがはっきりしている人はそのことに関係ある授業をとればいいし、逆に自分の知らない経験していないジャンルに接して裾野を拡げるという方向もある。
だから専門分野を選ぶとき、入学時の志望と異なってくることはいくらでもある。
デザインということがいかに幅広く深いものかがだんだん分かってくるからだ。
2年の後期からビジュアル、デジタル、プロダクト、スペースの4つの専門分野に分かれて学ぶ。
卒業要件は普通の大学なら「卒業論文」や「卒業研究」だが、ここでは「卒業制作」だ。「デザイン作品」を作らねばならない。基礎、専門と学びトレーニングした上で、社会的になにか貢献する(かもしれない)提案をなんらかのカタチとして提示するのだ。

117名の苦闘(苦悩?)の成果をぜひ見てやって欲しい。

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科
第13回多摩美術大学上野毛デザイン展

2 9, 2005 07.デザインの世界 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月07日

プレゼンテーションのポイント

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※写真は卒業制作の審査会プレゼンテーション

連日入試(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)だった。昨日は3年次への編入学試験。書類審査と自分のデザイン作品5点とともに5分間のプレゼンテーション、5分間の質疑応答がなされる。
受験者のほとんどが「プレゼンテーション」ということを理解していないようだった。そういう言葉を聞いたことも無い人も多かっただろう。「どうしたらいいですか?」と聞く人さえいた。

世の中では、デザインに限らず、無数のプレゼンテーションが(プレゼンテーションという言葉で意識されているかどうかに関係なく)様々な場で日々行われている。
プロジェクトチーム内で、上司に対して、クライアントに対して、オーディションで、消費者向けの発表会で、就職試験で、また今述べているような入試で etc.
「プレゼンテーション」という言葉がアメリカから日本に入ってきたのは多分1980年前後で、広告・マーケティング業界で使われ始めたのだろう。
今ではAmazonで「プレゼンテーション」という語を含むタイトルの書籍を検索すると264冊、略された「プレゼン」でも100冊出てくる。

プレゼンテーションは、自分の企画・プランや作品を他の人に向けて「発表」し「説得」する行為だ。
「発表」だけなら簡単だ。作りました、見てください、で済む。 「説得」は、納得してもらう、共感してもらう、ということを含む営為である。
したがって、単に「見れば分かる」ということではすまない(もちろん稀には見ただけで喝采を浴びるようなものも無いわけではないがそれは例外)。

私の属するデザイン学科では、プレゼンテーション能力をとても重視している。1年生の初めから卒業制作の発表まで、4年間を通じてそのトレーニングをする。
なぜそうするかというと、デザイナー・クリエイターは、求められていることを単に一方的に表現・制作すればいいのではなく、それを求めている人とのコミュニケーションの上で作らねばならないからだ。そのための訓練。

以下、順不同でプレゼンテーションのポイントを記す。

・プレゼンテーションは「共感」を勝ち取る勝負だ。単なる「説明」ではないし、作業経過報告ではむろんない。見せればいいというものではない。そしてプレゼンする「人」そのものもプレゼンテーションされる。
・リハーサルを必ずすること。許されている時間内でもっとも効果的にプレゼンしなくてはならない。原稿を準備し、時間を計りながら実際に話してみてみてチェックする。
・原稿を見ながら読んでもかまわない。人前で原稿無しに話すことが不得手な人もいる。ただし、棒読みではなく感情を込めてメリハリをつけ、聴き手の反応を確かめながら話す。
・落ちついて、しっかりと、はっきりとしゃべる。聞き取りにくい小さな声や、早口は不可。
・堂々と自信を持って話す。おどおどした、自信無さげなプレゼンはなにより聞き手の関心をそぎ、心を萎えさる。
・言い訳は言ってはならない。本当はこうしたかったんですが〜、こういうつもりだったんですが〜、は駄目。
・自分の作品の良さを最大限主張する。必ずあるはずの「良さ」から道は開ける。
・けれど、ひとりよがりは最悪。一番気を遣って避けねばならない。伝わって共感されてはじめて意味をなすのだ。
・話す(見せる)順序によって、伝わり方は違うことを考えて臨機応変に構成する(やや高度)。
・聞き手の反応を見て、話し方(見せ方)を変える(高度)。
・失敗に学ぶ。初めからうまくいくはずはない。うまくいかなかったときは、これらのポイントに照らして反省し、次に生かそう。
・いいプレゼンに学ぶ。いいプレゼンにいっぱい接すること。自分がプレゼンするという自覚的な姿勢・立場で聴けば、たくさん学ぶことがある。
・楽しいことは楽しくプレゼンする。自分が好きでたまらない、という「気持ち」が伝わるように。
・適度なユーモアが含められるようになればもっといい(ダジャレで笑いを取るというような意味ではない)。上質のユーモアは、自分と作品と場の状況を客観視できる力と余裕から生まれる。

2 7, 2005 11.教育と学びのデザイン | | コメント(1) | トラックバック(1)

2005年02月06日

面接試験の受け方

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きょうは私の所属する大学(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)の社会人面接入試があった。
私もいわゆる面接する側だ。

就職でも大学入試でも、面接試験は一方が選別するため、他方が売り込むため、と言ってしまえば身も蓋もないが、言い方を変えれば「いい出会い」「いいマッチング」が現出するかどうか、ということでもある。お互いが今後充実し、より豊かな方向に向かえるかどうかなのだ。

私のところのデザイン学科は「コミュニケーションとしてのデザイン」「デザインを通じてのコミュニケーション」を基本コンセプトとしている。
だからモノを作っていればいいというわけではない。コミュニケーションについての基本的な能力を持っているかどうかも重要な判定要素になる。

面接試験は限られた時間のなかで、コミュニケーションがはかられなければならない。友達どうしのとりとめないおしゃべりではむろんないのだ。

で、これこれについて述べてくださいという要望、あるいは質問に対する受け答え、これが適切にできない人が多い。

要諦を記す。

Aですか?と聞かれたら、はいAです。あるいは、いいえBです、と「まず」答える。
それは何ですか?と聞かれたら、(それは)○○です、と「まず」答える。
「なぜならば」とか「そういうふうに至った訳は」だとか「もともと私は○○などで」などの背景や周辺の説明は最小限付け加えれば良く、それ以上はその後聞かれたら言えばいい。

これこれについて述べてください、と言われたら、許容されている時間を判断し、重要な要点から述べる。これも長々と起承転結や時系列をたどってはならない。
まず「結」をいう。そしてそれについての一番大事な理由・背景・周辺を言う。その上で時間が許せば二次的なことを述べる。

これは実は「面接のテクニック」以前の「討論」「議論」、あるいは業務上の応答の基本的なセオリーにすぎない。
これができない人が多いということは、基礎的な教育のなかで(あるいは社会の中でさえも)こういう討論・議論(単なるテクニカルな「ディベート」などではない)の仕方のトレーニングが十分にされていないことを示している。

求められていることに簡潔に答える、述べるべきことを重要度に従って時間とのかねあいで述べる。これが基本。

もちろん適度なユーモアが混じえられればいうことはない。しかしユーモアというのはどれだけ自分自身と場の状況を客観視できているかという余裕にかかわることだからそれほど簡単ではない。

これから入試や就職で面接試験を受ける際には最低限これらのことを前提に考えておいてほしい。

2 6, 2005 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年02月04日

日本語の辞書には言葉の歴史がない

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私が関心を持っていることのひとつに、今私たちが普通に使っている言葉・語彙(特に抽象的なことば)—「自由」「民主主義」「人権」「美術」他なんでもいい—が、いつ誰によって作られどのように使われてきたのか、ということがある。

明治の近代化時代は徹底した翻訳主義だった。つまり、今のように欧米の言語をカタカナ表記でそのまま移入するなどということはせず、漢語化を手法とした日本語を造語した。先にあげた「自由」も「美術」もそうだ。今わたしたちが特に抽象的なことばを使って何かを考えたり書いたりするときには、この時代に造語されたことばをたくさん使わざるをえない。

加藤周一『日本語を考える』(かもがわブックレット34╱かもがわ出版)を読んでいたら、「日本語の字引には歴史がない」ということが出てきた。
まったくそうなのだ。日本語の辞書には言葉の歴史がない。ある言葉を引いても、こういう意味1,2,3…とは載っているが、いつ頃から使われ、いつそういう意味になり、どのように使われたのか、ということはまったくといっていいほど解らない。古典の用例が載っていることはもちろんある。しかしそれ以前にも用例があるのかないのか、それ以後にも同様な用例があるのか、などとなると不明だ。

英語のオックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリ(OEDと呼ばれる)などでは、この言葉が文献に見られる最初の用例は○○年の○○で、17世紀まではかくかくの意味だ。18世紀ではしかじかの意味も加わり、20世紀になると少し忘れられてあんまり使われなくなった、などときちんと「言葉の歴史」が書かれている。

加藤の『日本語を考える』はもう15年も前の講演記録だが、日本語の辞書界はいっこうにこういう期待に応えてくれない。

2 4, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(2) | トラックバック(1)

2005年02月03日

「臆病な」新聞社ブログにとりあえず拍手

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神奈川の地域ニュースを中心にした神奈川新聞社のウェブサイトが全面的にリニューアルしてブログを基本環境にした。「カナロコ」と称する。神奈川の「カナ」にどういうつながりか知らないがハワイ語で「現地人」を意味する「ロコ」を組み合わせたそうだ。

既存の新聞社がブログを取り入れたものとしては夕刊フジBLOGがあるが「30-50代の男の仕事・健康・生き方…」に限定しており、まあオヤジサラリーマン向けに夕刊フジの中の方にあるような記事を適当に配置したものでニュース性も拡がりもあまりない。

私も住んでいる神奈川県の総人口は870万人 (2004.12)。東京都、大阪府に次ぐ大人口だ。
神奈川新聞の発行部数は22万5千部で、神奈川県内の日刊紙では、読売107万部、朝日100万部、日経27万部に次ぐ。毎日22万部より多く、東京11万部、産経10万部の倍以上(2003.4 日本ABC協会)。
本社は横浜で、県内に6つの支社・総局、その下に15の支局を置き、横浜、川崎、横須賀、湘南、相模原・県央、県西の6つのエリア版を持つ。県外・国際ニュースは共同通信社からのものだ。

「カナロコ」に「住民登録」する必要がある(一部コンテンツは不要)。今のところ無料だ。登録画面の選択からみると別に神奈川県民である必要はない。
ニュースとしては神奈川新聞ニュース(カナガワ事件簿・スポーツニュース・ローカルニュース」)。その他LIVE MARKET(県内のライブハウスの情報・コラム)、MMブログ(みなとみらい線6駅周辺のクチコミ情報を応募参加者がレポート)、またこれは特筆すべきだが、カナロコ編集部ブログもある。
どれもコメント、トラックバックを受け付ける(ニュースへのコメントは4月から)。
駅ごとニッチ情報ブログに市民を参加させるというのは神奈川県内にいくつ鉄道の駅があるのか知らないがいくらでも拡げられる。

けれどたとえばいくら6つの支社・総局、その下に15の支局といっても、19市7郡17町1村の議会の生の動きなどをすべてチェックすることなどできないだろう。どこでいつ誰がどのようなプロセスで決めたのか分からないのが地方政治の日常だ。こういうことにこそ市民参加の「眼」を求めたらどうか。

編集部ブログではかなり正直にこんなことが書かれている。
「現在、このニュースでは"コメント""トラックバック"の機能は閉じています。"お試し版"として検索、カテゴリーなどの機能に訪問者になじんでもらうのがひとつの狙いです。もうひとつ、本音を明かせば、ネットの世界で話題になる"荒らし"や"煽り"があったらどうしようとおびえたからでもあります。 ニュースを会員制コンテンツにしてから、"コメント"機能を生かします。 新聞社って臆病なんです」「臆病に始めたことを皆さんが支持していただいたことで、少なくとも方向は間違ってはいなかったと実感し始めています」

リンクさえ嫌うような、現状分析力、危機意識、将来への洞察力、ジャーナリズムとしての矜恃のかけらもない大新聞のありさまを思えば一地方新聞社サイトのこの「臆病さ」を嗤うつもりはない。

しかしあえて言うが、たかが「荒らし」や「煽り」ごときに「新聞社」「ジャーナリスト」(違うの?)が怯えてどうするんだ。
ポリシーをしっかり立て、毅然と対応すればいいだけではないか。

過去記事が1ヶ月分というのも、「カナガワ事件簿」は「人権上の配慮などにより記事全文の掲載は24時間とし、過去記事は削除しています」というのもまったく納得できない。コメントもトラックバックも消えてしまう。
情報というのは新しさとともに「蓄積」が重要なのではないか?蓄積されなければつながりも拡がりも検証も生まれない。これでは「歴史」は作れないではないか?印刷物としての新聞は縮刷版などの形でずっと残っていくのに何を怖れているのだ。

しかし、とりあえずこの試みには拍手を贈り、毎日チェックしたい。健闘を祈ります。

2 3, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(3) | トラックバック(1)

2005年02月02日

soroさんの記事を読む

050202soro

『男の自由時間—こだわりいっぱい趣味の部屋拝見!男の趣味は百人百様』—モノを生み出す魔法の空間 趣味名人の部屋はどうなっている?集め集めて家の中 コレクション整理は十人十色 きっと見つかるやりたい趣味と作りたい自分の部屋(技術評論社)という、表紙の文句を書き写すだけでくらくらするというか、ケッという感のムックを購入。
「男の自由時間」という誌名の横の黒地白抜き「定年前から始める」と「きっと見つかる」が響き合い、これから引き続く団塊の世代の大量定年退職問題を背景にやや哀愁をさそう。
などと思わず斎藤美奈子『男性誌探訪』(朝日新聞社)風に(風にですよ、斎藤美奈子さんごめんなさい)書き出してしまったが、なぜふだん買うはずのないこういうムックを買ったかというと、個人的に敬服するsoroさんが載っているからなのだ。

soroさんは以前一度紹介した(No Blog, No Life! ブログの無い人生なんてありえない!-04.12.21)。陳腐な表現を使えば青年の心を持った70歳だ。ブログの小さな写真ではなく印刷物で見るとあらためていい風貌をされていることがわかる。私もかく歳を重ねたい。

教職を定年退職された60代になってから、木工に興味を持ち、木工ろくろ(ウッドターニング)の世界に入る。高速回転するろくろに木材を据え付け、さまざまな形状の刃物(ターニングツール)で形を削り出し、皿、椀、鉢、盆など「挽きもの」と呼ばれるものを作る。

秩父丘陵小川町のご自宅半地下に10平方メートルほどの工房を造り上げ、「毎日午前中は温水プールへ。午後はネットサーフィン、ときにサイクリング。夜は自分で作った半地下工房でウッドターニング。その後夢の世界へ…。」
しかしブログを拝見しているとそんな単純ではなく、多彩な交友、読書、写真、音楽・オーディオ、料理、酒等々、実に豊かで拡がりのある日々を過ごされている。

12日まで坂戸市のギャラリー喫茶で52点ほどの作品を展示されているようだ。時間が許せば見に行ってお会いしたい。

soroさんのブログサイト
No Blog, No Life!

2 2, 2005 23.日々のなかで | | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年02月01日

囲炉裏の愉しみ-7『HOW TO 炭火料理』(炭文化研究所編)

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料理のうち、煮る、ゆでる、揚げる、蒸すなどは、ガスであれ電気であれ熱源の違いは味にはさして影響しない。焼く場合でもフライパンや鉄板を通して焼く場合には同じく熱源による味の差はない(もちろん火力の問題はあるが)。
しかし直火焼きということになると、熱源の性質が焼き上がりに大きくかかわってくる。

炭火焼きは火自体に素材を入れてしまうというのではなく、熱が空気を伝わって食材に達する輻射熱による料理だ。
炭火が放射する遠赤外線は直接食材の表面に達し、そこで吸収されて熱に変わる。ごく浅い部分で熱に変わるため表面に適度な焦げ色が付く。近赤外線も放射されていてこれは内部に浸透する。熱の伝わりが早くムラがない。
これらによって炭火で焼くと、表面には適度な焦げ色がついて香ばしく、中はじんわり、ほくほくと焼け旨いのだ。

きょうは『How to 炭火料理』(炭文化研究所編╱創森社)が届いた。

炭と炭の扱いの基本知識とともに、魚介17種、肉14種、穀菜21種について、材料、下ごしらえ、焼き方、食べ方などがカラー写真をまじえ掲載されている。
載っている食材の8割がたはすでに試しているのだが、いろいろ新しい発見がある。
たとえば椎茸の傘焼き。傘の開ききっていない肉厚の椎茸の傘を下にして焼く。ほどなく中からじわっと水分がにじみ出し光ってくる。傘の内側に酒と合わせた醤油を注ぐ。醤油が煮えてしんなりとし、香ばしい匂いが立ち上ったところをすかさず食べる。
あるいはヒレ肉の塊のステーキ。塩胡椒し、金串を2本ほど。遠火でじっくりと向きを変えながら30〜40分。表面が赤黒くカリカリに焼けたら出来上がり。切り分けると、表面は香ばしく中はレアでかつジューシー。
うん、味噌のへら焼き、焼き味噌、朴葉味噌焼きというのがあるのを忘れていた。
味噌も奥が深いから研究のしがいがあるなあ。

というわけで囲炉裏炭火料理の探究の旅(?)は続く。

2 1, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)