『みんなのなやみ』(重松清)
『みんなのなやみ』(重松清╱よりみちパン!セ╱理論社)を読んでいたら「順接」「逆接」ということばが出てきた。中学校あたりで習った懐かしい文法用語だ。
この『みんなのなやみ』は、理論社のホームページの「10代の悩み相談室」のコーナーにメールで寄せられた質問・相談に作家の重松清が答えたものをまとめたもので2月には続刊も出る。
重松清の著作は50冊ほどほとんどすべて読んできたが、10代の悩みにこれだけ真摯に向き合い、悩みを安直に消し去ったり、解決したりする「答え」を出すのではなく、「それでいいんだよ」「でもこうも考えられるんじゃないか」と悩みに沿って一緒に考え、「ポンと肩を軽く押してくれる」ように相談に乗ってくれる適任の人は他にはそうそういない。
で、「順接」と「逆接」だ。
「今日は雨だ。だから、外では遊べない」—これが順接
「今日は雨だ。でも、外で遊びたい」—これが逆接
順接は順当な理由、原因の論理であり、逆接は矛盾、対立を内包する。
おとなの社会の発想と論理は基本的に順接だ。いわゆる「常識」であり、支配的な体制の論理でもある。ついでながら「常識」が正しかったためしは歴史的にみてない。だから「哲学」は「常識」を疑うところから始まる。
「いい学校に入れないと将来苦労する。だから、一所懸命に勉強しなさい」
正しいように思える。しかし親や先生がそう言っているからとそれを丸飲みして受け入れていいのか。
青春とは「逆接の時代」だ。「でも」のない青春ってツルンとして寂しいよ。「でも」のストックがないままおとなになってしまうと、上から与えられた順接をすぐに鵜呑みにしてしまう。一度は「でも」と疑う「批評」「批判」精神を持つべきだと重松は言う。
しかし逆接にはパワーと覚悟がいる。AだからBの「一所懸命に勉強しなさい」のところだけに反発していたら、それは単なる感情的な反発や駄々をこねているだけに終わる。
重松は二つの方法を提案する。
「AだからB」のAの部分—「いい学校に入れないと将来苦労する」に踏み込んでみること。たとえば「いい学校とは何か」「偏差値が高い学校がいい学校か」「苦労するとはどういう意味か。お金が稼げないことが苦労か」…。
おとなが子どもの口答えを嫌うのは、自分が無自覚に受け入れ鵜呑みにしている「常識」が揺るがせられるのが怖いせいなのだ。
もうひとつは、「AだからB」をひっくり返す「でも」に続く「C」を鍛えること。
たとえば「でも、勉強よりも大切なものが私にはあるんだ」「私は勉強よりも体を動かすほうが好きなんだ」
そこから「AだからB、でもC、だからD」まで行けばそれは強い。ただの否定ではなく前に進んでいるんだから。
「香織さん、きみはぜんぜん間違ってない。いまのきみの苦しさは、自分自身にとっての夢や希望と現実との関係を安易な”だから”に頼らずに懸命に探している苦しさで、それは絶対に—今は気づく余裕はないかもしれないけど、きみという人間を豊かにしてくれるはずなんだ」
「どんどん湧いてくる”でも”の中から、ほんとうに大切な”でも”を見つけて、おとなから与えられたのではない自分自身の”だから”を育てていってください」
1 30, 2005 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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コメント
先生、授業ではお世話になってます。竹下未規です。重松さんの「みんなのなやみ」、絶対読みます!!
最後の香織さんへの言葉にとても感動しました。
みんな何かに悩んで、進んでるこの道さえ正しいのかわからなくなっていく事ありますよね。
みんな誰かに「大丈夫、君は間違ってない。」と言ってほしいのです。
また面白い本を教えてください。
20680072 みきちゃん | 2006年04月29日 17:53