世界の壊れ—3
19世紀以降のアートの最大の特徴のひとつに、神話、伝承、宗教などの「説話」から解き放たれた「抽象」の獲得があげられるだろう。
カンディンスキーは点・線・面でスピリチュアルなものも表わせるとし、モンドリアンは自然からステップを追ってシンプルな色彩と造形を抽出した。
もう一方、造形物自体ではなく、既成のモノをある文脈に置くことで、見る人との関係、プロセス、場そのものが産み出す「概念」を変えてしまうことそのものをアートとして提起するマルセル・デュシャンのような方向もあった。
Micと呼ばれる年若いアーティストの作品が、現代美術のなかでどのように位置づけられるのかは私には荷が余るので識者にまかせたい。しかし、現代美術史のどの流れにも属してはいないように思えるのは私だけだろうか。
小笠原さんが以前指摘してくださったように、造形的に「塑像」は足し算で「彫像」は引き算だとすれば、これはまぎれもなく「引き算」としての「彫像」である。
元素材は直径55mm、長さ153mmの円筒形であった。作品の長さはわずか70mmである。
なお缶をゴミとして出しやすいようにするためにつぶすような堕落した器具は「引き算」はしないし、このような美しい有機的(あるいは不条理な)フォルムを生み出さないことは言うまでもない。
また、彼はいかなる道具の類の使用も潔しとせずに一切用いない。自分の身体(主として歯のみ)で造形している、ということにはあらためて注意を促しておきたい。

コメント