2005年01月30日
『みんなのなやみ』(重松清)

『みんなのなやみ』(重松清╱よりみちパン!セ╱理論社)を読んでいたら「順接」「逆接」ということばが出てきた。中学校あたりで習った懐かしい文法用語だ。
この『みんなのなやみ』は、理論社のホームページの「10代の悩み相談室」のコーナーにメールで寄せられた質問・相談に作家の重松清が答えたものをまとめたもので2月には続刊も出る。
重松清の著作は50冊ほどほとんどすべて読んできたが、10代の悩みにこれだけ真摯に向き合い、悩みを安直に消し去ったり、解決したりする「答え」を出すのではなく、「それでいいんだよ」「でもこうも考えられるんじゃないか」と悩みに沿って一緒に考え、「ポンと肩を軽く押してくれる」ように相談に乗ってくれる適任の人は他にはそうそういない。
で、「順接」と「逆接」だ。
「今日は雨だ。だから、外では遊べない」—これが順接
「今日は雨だ。でも、外で遊びたい」—これが逆接
順接は順当な理由、原因の論理であり、逆接は矛盾、対立を内包する。
おとなの社会の発想と論理は基本的に順接だ。いわゆる「常識」であり、支配的な体制の論理でもある。ついでながら「常識」が正しかったためしは歴史的にみてない。だから「哲学」は「常識」を疑うところから始まる。
「いい学校に入れないと将来苦労する。だから、一所懸命に勉強しなさい」
正しいように思える。しかし親や先生がそう言っているからとそれを丸飲みして受け入れていいのか。
青春とは「逆接の時代」だ。「でも」のない青春ってツルンとして寂しいよ。「でも」のストックがないままおとなになってしまうと、上から与えられた順接をすぐに鵜呑みにしてしまう。一度は「でも」と疑う「批評」「批判」精神を持つべきだと重松は言う。
しかし逆接にはパワーと覚悟がいる。AだからBの「一所懸命に勉強しなさい」のところだけに反発していたら、それは単なる感情的な反発や駄々をこねているだけに終わる。
重松は二つの方法を提案する。
「AだからB」のAの部分—「いい学校に入れないと将来苦労する」に踏み込んでみること。たとえば「いい学校とは何か」「偏差値が高い学校がいい学校か」「苦労するとはどういう意味か。お金が稼げないことが苦労か」…。
おとなが子どもの口答えを嫌うのは、自分が無自覚に受け入れ鵜呑みにしている「常識」が揺るがせられるのが怖いせいなのだ。
もうひとつは、「AだからB」をひっくり返す「でも」に続く「C」を鍛えること。
たとえば「でも、勉強よりも大切なものが私にはあるんだ」「私は勉強よりも体を動かすほうが好きなんだ」
そこから「AだからB、でもC、だからD」まで行けばそれは強い。ただの否定ではなく前に進んでいるんだから。
「香織さん、きみはぜんぜん間違ってない。いまのきみの苦しさは、自分自身にとっての夢や希望と現実との関係を安易な”だから”に頼らずに懸命に探している苦しさで、それは絶対に—今は気づく余裕はないかもしれないけど、きみという人間を豊かにしてくれるはずなんだ」
「どんどん湧いてくる”でも”の中から、ほんとうに大切な”でも”を見つけて、おとなから与えられたのではない自分自身の”だから”を育てていってください」
1 30, 2005 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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麻心(鎌倉長谷)でのアラブ音楽ライヴ

※「ル・クラブ・バシュラフ」メンバー。左から竹間ジュンさん(ナイ・レク)、松田嘉子さん(ウード)、のみやたかこさん(ダルブッカ)。写真はバハレーン王国公演(03)より
近所のCAFE&BAR「麻心」(鎌倉長谷)は、いろいろなライヴやワークショップをやっている。2月も毎週水曜のKAZZというグループのアコースティックギターとジャンべ、民族楽器によるライヴ、ジャンべのワークショップ、手作りアロマやカラーセラピーのワークショップ、バックギャモン・パーティーなど盛りだくさん。
私の友人たちのアラブ音楽演奏家グループ「ル・クラブ・バシュラフ」のライヴをここでできないかな、と考えてマスターのシンさんと何回か話し、2月26日に実現することになった。
「ル・クラブ・バシュラフ(Le Club Bachraf)」は、チュニジアで学んだ竹間ジュンさん(ナイ・レク奏者・作曲家)と松田嘉子さん(ウード奏者・アラブ音楽研究家・多摩美術大学教授)によって1994年に結成され、03年にのみやたかこさん(ダルブッカ奏者)が加わった。
国内ではもちろん、チュニジア(2回)、フランス、エジプト、バハレーン王国など海外公演も多く、アラブ音楽の本場でもその音楽性と技術が絶賛されている。
アラブ音楽は、古代ギリシャの音楽理論とペルシャの楽器の影響を受けてアラブ人が創り上げた古い歴史を持つ。アラブ世界の拡がりとオスマン・トルコ帝国の庇護のもとで発展、洗練され、トルコ、中東から北アフリカまで広範に展開する。
多彩な旋法とリズム、四分の一音やさらに微細な音程の使い分け、ナイ、ウードの魅惑的な即興演奏など、いわゆる西洋音楽とはまったく違う音楽体験を、逗子、葉山から城ヶ島灯台の灯りまで窓外に広がる由比ガ浜の夜景とともに堪能できるだろう。
日時: 2005年2月26日(土) Open 7:30pm Live 8:00pm
場所: CAFE&BAR 麻心(まごころ)
住所: 鎌倉市長谷2-8-11(江ノ電長谷駅より徒歩5分)

料金: ¥2,500
問い合わせ・予約: 麻心 Tel: 0467-25-1414
1 30, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 13.音楽の楽しみ | 固定リンク
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2005年01月28日
囲炉裏の愉しみ-6(牡蠣・鱈鍋)

囲炉裏の楽しみは「焼く」だけではない。鍋もあるさ、ということで南部鉄鍋を戸棚の奥から引き出す。
手入れはして仕舞ったが、今年初めてなのでいちおうサラダオイルをひき野菜くずを炒めてから洗う。
北海道南かやべ産根昆布を敷いて水を張り、ぐつぐつしたところで焼津産の鰹節を少し、鷹の爪も一本。
きょうは函館の鱈と岩手の牡蠣。エノキ茸、椎茸、下仁田葱、白菜、京水菜、春菊、三つ葉。
タレはすだちポン酢にもみじおろしと浅葱。
酒は石垣島古酒泡盛「黒真珠」43度。
囲炉裏での鍋のいいところは、焼くときとも共通するが、少しずつ入れて、それぞれの素材の一番煮具合のいいときに食べられることだ。きょうの仕上げは世田谷上野毛の仁藤さんのおぼろ豆腐をたっぷり。
しかし、夜中の2時に囲炉裏を囲んで(といっても囲んでるのは私だけでその周りをMicが走り回っているのだが)こんな独り宴会をしている人は他にはいないだろうなあ。
1 28, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月27日
Micの血統書

Micを入手したブリーダーから「国際公認血統証明書(Certified Pedigree)」が届いた。社団法人ジャパンケネルクラブが発行するものだ。犬種(Breed)はビーグルで、国際登録番号があり、「血統登録台帳」上でのMicの名前は「インパクト オブ キヨスミソー ジェイピー(Impact of Kiyosumisow JP)」。
「キヨスミソー」というのは、ブリーダーの人が好きな房総の清澄山からとって犬舎の名として国際登録してあるもの。母犬の系列にすべて付いている。
そうかそうか、お前の本当の名前は「インパクト オブ キヨスミソー ジェイピー」という大層なものだったのか、と呼びかけるがソファーの上で解体寸前のスリッパを囓るのに忙しいMicはキョトッとこちらを見ただけだ。
血統証明書には父(Lanbur's Super Sport)、母(Nancy of Kiyosumisow JP)はもちろん、それぞれについての父母(祖父母)、さらにそれぞれについてのそのまた父母(曾祖父母)、計14犬の名や毛色などが登録番号とともに記されている。
う〜ん、私は、父方母方の祖父母、あと父方の曾祖父は蕉門の俳人で多少資料が残っているから知っているが、それ以外の曾祖父母などの名などまったく知らないなあ。
さて、少しまじめな話。
ここでいう「血統(Pedigree)」は単に誰それの父母はという意味での「家系図」のようなものではない。「犬種(Breed)」とそれに基づく「純血種」という概念を前提としている。
だからこそ「血統書」をありがたがる人がいるわけだ。
古代エジプトの絵画に今日われわれがグレイハウンドと呼んでいる犬に似たものが描かれているからといって、あるいは唐代の后妃が今日われわれが狆と呼んでいる犬に似たものを抱いているところが描かれているからといって、あなたのグレイハウンドや狆がその子孫などではまったくない。今「犬種」とされているどのものも、他の犬種と違う独自の祖先がいたわけではないことは、ミトコンドリアDNAによる分析研究ですでに明白になっている。
「犬の遺伝子プールは、何万年もの進化の過程で、世界中でよく混ぜ合わさって、均質な大海のようなものになっている。たがいに離れ離れの別々の地域の狼集団が、いくつかの段階で混ざり合い、遺伝子が地球の一方の端から反対の端まで漂っては、また戻ったりしてきたのだ」『犬の科学—ほんとうの性格・行動・歴史を知る』(スティーブン・ブディアンスキー著・渡植貞一郎訳・築地書館)
わずか200年前でも犬は機能別(牧羊犬・狐狩り犬・軍用犬など)に分類されているだけで、特定の「犬種」という概念は存在しなかった。
1848年になっても、イギリスのあるブラッドハウンド愛好家は、交配に際して「犬種を維持する原則」を守る仲間がほとんどいないことを嘆いている。
1870年に初めてケネル・クラブが設立され、80種の犬を分類して登録した。それまで犬の交雑を防ぐようなものはなにもなかった。
「『犬の血統』は古くさい言葉であるようだが、実は最近の概念である。犬の十万年におよぶ歴史を通じ、およそ95%の期間は、犬の交配はほとんど無作為なもので、地球規模で遺伝子は混合されていた。残りの5000年のうち98%の期間は、大まかな目的のための大まかなタイプの犬を作出するような繁殖計画が立てられはしたが、交雑と異系支配の形で遺伝子の混合が継続的に進行した。最近の1、2世紀になって初めて、純粋性を目的にして純粋なものを繁殖するという考えが定着したのである」(同上書)
近代になって「人種」という概念が作り出された後を追い「犬種」という概念が作られた。
そして「人種」という概念が、生物学的なものではなく、社会的・イデオロギー的なものであり「人種差別」と必然的に表裏の関係にあるように、「犬種」「純血種」「血統」などという概念は同じ「差別」のイデオロギー構造のなかにある。
なお、現代の遺伝学の知見によれば、いわゆる「純血種」は先天的な虚弱体質になりやすく、高い活力を示すのはハイブリッド(交雑種)である。
1 27, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク
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2005年01月26日
加藤晴之さんデザインの自転車

自転車を新調した。
昨春に買ったシヴォレーの20インチ折り畳み(一度も折り畳んだことは無いが)は、とても気に入っていたのだが、海の傍に越したら7ヶ月ほどでサビだらけになり、ついには後輪のギアが取れてしまった。修理に出す気力も萎えてしまったので、同僚の先生に錆びにくい自転車は何がいいだろうかと相談したら、加藤晴之さんに話をつないでくれたのだ。
加藤さんはお目にかかったこともあるが、ソニーのモニターディスプレイ(プロフィール)をデザインしたり、蕎麦打ちを修行して出前蕎麦打ちをしたり、紙筒・段ボールスピーカーなどを作ったり、ジプリの森美術館シアターの音響を手がけたり、と実に多彩なことをされている方で、手練れの自転車乗りでもあり、自転車もデザインしているのだ。
で、その同僚の先生ともども同時購入したのが加藤さんが基本デザインしたこれ。
20インチ。できうるかぎりの部品に錆びにくいステンレスを使っている。前後のバスケットは感動的だ。荷物が本当にいっぱい積める。しかも低重心かつロングホイールなのでたくさん積んでもまったく安定している。
今まで5段変速でほとんどトップギアで走ってきたので、ノーギアでギアでいえば1段から2段ほどの軽い感じのこの自転車は脚の回転がたくさん必要だが運動にはいい。多少の登り坂はらくらく。
長距離ロードには向かないしスピードは出ないが鎌倉の街中で乗るには実に楽しい。鎌倉農協連や丸七への買い出しも心おきなく。これはもうママチャリの極致。
写真では黒く見えるがフレームの色はダークグリーン。
1 26, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク
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2005年01月25日
『荒蝦夷』(熊谷達也╱平凡社)

『荒蝦夷』(熊谷達也╱平凡社╱2004)は私にとって実に刺激的な小説だった。
8世紀後半の陸奥。
舞台は大和の東北支配拡大の拠点であった多賀城(現宮城県多賀城市)、主役ともいえる伊治公呰麻呂(これはりのきみ・あざまろ)が構える伊治城(現・宮城県栗原郡築館町字城生野)、攻防が続く胆沢城(現岩手県胆沢町)。
「日本史」では「奈良時代」と呼ばれるが、大和朝廷の支配はまだ「東北(うしとらのかた)」には十全に及んではいない。この地方に住む人々は「蝦夷(えみし)」という蔑称で一括されていたが、7世紀後半以降の律令国家の支配の拡大は彼らの抵抗を引き起こす。服従した蝦夷は「俘囚」として朝貢と引き替えに便宜が計られ「熟蝦夷(にきえみし)」と呼ばれた。そして「服(まつろ)わざる」者たちは「荒蝦夷(あらえみし)」として征討の対象となった。
しかし構図はそれほど単純ではない。「夷をもって夷を制す」こともあれば、「熟蝦夷」もいつ「荒蝦夷」に豹変するかもしれない。蝦夷から成り上がった者たちや大和人の間の権謀術数もからむ。
物語は、後の蝦夷の英雄、阿弖流為(アテルイ)を呰麻呂の息子とする設定で、これも後の「征夷大将軍」坂上田村麻呂の若き日とも交錯させながら、史実にある780年の呰麻呂の蜂起になだれこむ。
「おれたちもそろそろ本気で腹を括ってみるか」—
大和(日本国)とは別の「蝦夷の国」のイメージが立ち昇る瞬間だ。
アイヌと沖縄という「辺境」の歴史とその持つ意味についてはこれまでいろいろ読み考えてきたが、「東北」は私の中ではほとんど抜け落ちていた。あらためて「東北学」を学びたいと思う。また南九州の「熊襲」「隼人」についても見直したい。
1 25, 2005 14.読書三昧 | 固定リンク
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2005年01月24日
囲炉裏の愉しみ-5(牡蠣・サザエ・蛤…)

同じ町内に住む息子とその母親を呼んで囲炉裏を囲む。
魚介は若宮大路・丸七で仕入れた葉山であがったばかりの牡蠣、サザエ、金目鯛、かわはぎ、蛤、ウニに、スマトラ沖地震直前に獲られた(今後しばらくは手に入らない)インドネシア産赤脚海老。
野菜は鎌倉農協直売所で仕入れた小ぶりのじゃがいも、トマト、タラの芽、銀杏、椎茸、空豆、ニンニク、ミョウガ、ナス。
酒は石垣島の古酒泡盛「黒真珠」。
締めはいつものように焼きおにぎり。
なんにも「仕事」をしていないのにこのおいしさ。炭火の威力。
Micはうるさいからサークルの中。
1 24, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月22日
囲炉裏の愉しみ-4(銀杏・タラの芽・柳カレイ)

銀杏を煎って皮を剥くのはけっこうたいへんなのだが、岐阜産のむきみのものが鎌倉東急で売っていたので購入。塩をふり竹串に刺して焼くだけ。
タラの芽が入荷していたのでこれも焼いてみる。上質な醤油をほんの少し付ける。天ぷらとは柔らかみは違うが春の苦みが引き立つ。
島根産の一夜干し柳カレイをじっくり焼く。縁側がかりかりと美味。身を食べた後、頭と骨を再度焼き食べ尽くす。
1 22, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月20日
グリーン グローブ ガーデン(鎌倉由比ガ浜)

冬場でも、うらうらと晴れて風も無い日のランチには、御成通りから由比ガ浜通りに出たところにある『グリーン グローブ ガーデン(Green Globe Garden)』にMicと行く。2階屋上のテラスが気持ちいいのだ。犬のための水も用意されている。脇下では江ノ電が時折ゴトゴトと行き来する。
ところでMicの今のところの苦手なもののひとつに「下が開いている階段」がある。普通の階段はまったく平気なのだが、ここの階段のように下が開いていると脚がすくんで昇れない。まあ考えてみると人間は足下のステップだけを気にしているのだが、犬の目線からすると目の前は得体の知れない高さのある空間が拡がっているのだろう。

きょうのランチは自家製フォッカチオ(オリーブ油を練り込んで焼き上げたパンでここのはとてもおいしい)の全粒粉のものにツナのペーストを塗り、ハム、野菜、チーズをはさんで食べるサンド、野菜スープ、オーガニックコーヒー。お手ふきはケナフ製だ。
この店は東電環境エンジニアリングが運営する「環境デザインショップ」で、オーガニックカフェの他、自然食品、季節の植物、インテリア小物グリーン、エコレンガ風ブロック、犬グッズなどいろいろ扱っていて楽しい。またガーデンデザイナーの谷田部淳子さんが庭造りの提案も行う。
1 20, 2005 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar | 固定リンク
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ようやく光環境に

ようやく自宅が光(Bフレッツ)環境になった。
鎌倉地域にBフレッツが対応したのが昨春、それからマンションの自治会に申し入れ、会議で決済されたのが夏、理事会で承認されたのが秋、という具合だ。
工事の人が帰った後つなごうとしたのだが、どうしても認証が拒否される。設定に誤りはないはずだ。プロバイダーの電話サービスもすでに時間外。
1時間くらい苦闘した後、接続はしていないがADSLモデムにまだ電源が入っていたことに気づき、消して無事接続。
今まで50MのADSLだったのだが、体感的にはたしかに速くなって気持ちいい。
いくつかの通信速度測定サイトで測ったら、だいたい29〜36Mくらい(もちろん時間帯等によっても違う)。以前は15〜20Mほどだったから倍速に近いか。
ブロードバンドスピードテスト
gooスピードテスト
BNRスピードテスト
1 20, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク
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2005年01月19日
囲炉裏の愉しみ-3(空豆・小エビ芋・万願寺唐辛子・スイートコーン他)

炭火料理を少しずつ探求したいと思っている。
私のところには囲炉裏があるのだが、骨董屋や古道具屋でけっこう安く入手できる火鉢を使っても同じだろう。
前回、「はたはた」と日干し「でびらがれい」を取り上げたが、これはもう炙るだけで旨い。
今晩は、まず定番「ししゃも」。北海道産のたっぷり腹のふくらんだ子持ち。これも単に炙るだけ。ただ囲炉裏でいいところは、食べてみてもうちょっと焼きたいとか思ったときすぐに網に戻せばいいことだ。
きょうは早ものの鹿児島産「サヤ付き空豆」、京・上賀茂の「小エビ芋」と「万願寺唐辛子」、沖縄の「スイートコーン」を試してみる。
「サヤ付き空豆」はサヤが焦げるほど焼く。火傷しないよう気をつけながらサヤをほぐすと湯気を上げた空豆が姿を現す。空豆自体の皮はもうそのまま食べられる。アルペンザルツの岩塩を少量付けて、一足早い春の味わい。
「小エビ芋」はちょっと細長い里芋という姿で、皮付きのまま焼いてみる。焼き芋と似た程度に焦げ上がった時にそのまま囓る。皮はぱりっとし、皮と身との間に1ミリほど茶色の部分ができていて香ばしい(焼き芋を思い出してください)。身は里芋に似た粘りがある。
「万願寺唐辛子」はちょっと大きなシシトウという感じ。唐辛子とはいうけれど辛くは無い。シシトウより肉厚でピーマンのように種を除く必要もなく中が柔らかい。金山寺味噌を付けてみたのだがほどよく合った。もう少し辛めの味噌でもいいかもしれない。
沖縄産の「スイートコーン」は皮付きのまま焼く。これは同僚の先生から教わった。皮が焦げるほど焼いていい。剥いたとうもろこしを焼いてももちろんそれはそれで旨いのだが、皮付きで焼いたものは「焼く」と「蒸す」を併せ持ったような仕上がりでみずみずしい。私は好みで北海道バターを付ける。
仕上げは「焼きおにぎり」。一度焼き上がってから醤油を塗り再度炙り、これもちょっとあぶった海苔で巻いて。
1 19, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月18日
学生たちへの願い

※『戦争のグラフィズム 回想の「FRONT」』(多川精一╱平凡社)より
私のところの今年卒業する学生たちがつくっている卒業制作図録にコメントを求められた。300字だからほんの30字で10行ほどだ。何を書こうかと思ったがやはり「戦争」に触れざるをえなかった。彼ら彼女らがどれだけ意識していたかに関わらず、世界史的に見れば入学したのは9.11の年であり、アフガニスタン、イラク侵略、自衛隊派兵、占領と続く時代に学生時代を過ごしたのだ。そして学生たちを送り出すべき社会と時代の状況は確実に悪くなった。
第二次大戦中、『FRONT』(「前線」「戦線」を意味する)という名の大判グラフ雑誌が、東方社という国策会社で十数カ国語(英独仏露中はもちろんビルマ語、安南語、蒙古語、インドバーリ語などにまでいたる)で創られ、アジア各地に送られていた。今で言うグラフィック・デザイン、エディトリアル・デザイン、写真、整版印刷の錚々たる先達たちが制作に参画した。
大日本帝国陸海軍の威容を示すための「目を撃つ」ような写真表現とデザイン処理がなされた。ロシアアヴァンギャルドに触発された、クローズアップの多用、誇張した遠近法、意味を誘導するレイアウト等は今見てもある種「あざやか」だ(大きな図書館では復刻版をおいてあるのでぜひ一覧することを勧めます)。
数台の戦車や航空機をモンタージュ(もちろんアナログで)して、大戦車団、大航空機群に見せたり、はるかな落下傘兵群と近景の突撃兵を合成したりすることが、彼らの高度なデザイン技術でなされた。
私も教えているPhotoshopを使えば今ではこのような作業は容易にできるだろう。
この大学で学び身につけたクリエイティビティ、デザインの力と技術を、戦争プロパガンダのためにだけは断じて使わないでほしい、という意味のことを短く書いてはなむけとした。
1 18, 2005 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク
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2005年01月15日
田楽や(鎌倉小町)-1

鎌倉で私が一番好きな店だ。
今の所に越してくるとき囲炉裏をしつらえたのもこの店の影響だ。
なぜ好きか。旨い?もちろん!
それだけではまったくなく女将に惚れ込んでいるからだ。
秋田出身の女将が小町に店を開いて来年で40年になる。女将が焼き、美人の娘さんが奥で下ごしらえする。
坂ノ下のパークホテルで開いた35周年記念パーティーのときには数百名の馴染み客が集まって祝った。
小さな古い建屋の一角で、囲炉裏三方あわせて十名しか座れないし、皆必ず腰を落ち着かせてしまうので入るのは容易ではない。
基本は田楽(でんがく)。京の田楽は味噌を付けず、それはそれで洗練されているのだが、ここの田楽は野菜、魚に味噌(味噌・柚子味噌・山椒味噌)を付けて囲炉裏の炭火脇に串を立てて焼く。里芋、椎茸、豆腐、ネギ、ピーマン、茄子、銀杏、鶏、鶏レバー等々。椎茸のタレなどは絶品だ。魚の場合は魚田(ぎょでん)という。季節にあわせ、かます、かれい、えぼだい、やりいかなど日々替わる。味噌が炭火にじりじりと炙られることで風味が増し、魚の身はほくほくとしてこの上なく美味。
冬場はボリュームたっぷりのきりたんぽ鍋がメニューに加わる。
女将は人生の練達であり、特に若い人への伝統的な食の伝道者であり、客の観察家であり、相談者であり、ときに辛辣な批評家だ。
食と食物にいい加減な態度をとる客、横柄な態度をとる客に穏やかななかにも厳しく応対するさまをこれまでずいぶん見てきた。
繰り返すが私の中でもっとも大切にしている店。
1 15, 2005 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | 固定リンク
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2005年01月14日
世界の壊れ—3

19世紀以降のアートの最大の特徴のひとつに、神話、伝承、宗教などの「説話」から解き放たれた「抽象」の獲得があげられるだろう。
カンディンスキーは点・線・面でスピリチュアルなものも表わせるとし、モンドリアンは自然からステップを追ってシンプルな色彩と造形を抽出した。
もう一方、造形物自体ではなく、既成のモノをある文脈に置くことで、見る人との関係、プロセス、場そのものが産み出す「概念」を変えてしまうことそのものをアートとして提起するマルセル・デュシャンのような方向もあった。
Micと呼ばれる年若いアーティストの作品が、現代美術のなかでどのように位置づけられるのかは私には荷が余るので識者にまかせたい。しかし、現代美術史のどの流れにも属してはいないように思えるのは私だけだろうか。
小笠原さんが以前指摘してくださったように、造形的に「塑像」は足し算で「彫像」は引き算だとすれば、これはまぎれもなく「引き算」としての「彫像」である。
元素材は直径55mm、長さ153mmの円筒形であった。作品の長さはわずか70mmである。
なお缶をゴミとして出しやすいようにするためにつぶすような堕落した器具は「引き算」はしないし、このような美しい有機的(あるいは不条理な)フォルムを生み出さないことは言うまでもない。
また、彼はいかなる道具の類の使用も潔しとせずに一切用いない。自分の身体(主として歯のみ)で造形している、ということにはあらためて注意を促しておきたい。
1 14, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク
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2005年01月13日
『いのちの食べかた』(森達也)

理論社から刊行されている「中学生以上すべての人の」新書シリーズ『よりみちパン!セ』がとても素晴らしい。2004年10月から今1月まで、重松清『みんなのなやみ』、白川静監修『神さまがくれた漢字たち』、みうらじゅん『新しい保健体育』など7冊が出た。2月には小熊英二の『日本という国』がラインナップされていてわくわくする。
「学校でも家でも学べないリアルな知恵満載!」というキャッチフレーズはたとえば11月刊の『いのちの食べかた』(森達也)についてみても嘘ではない。
私たちはいうまでもなく動物、植物の「いのち」を毎日食べて生存している。
日本では1年間に約130万頭の牛と1600万匹の豚が「食べらている」。牛は牧場で育つ。豚は飼育場だろう。それは見たこともあるし想像もつく。私たちはスーパーでパックされた切り身だの挽肉を買って食べる。
で、「あいだ」はどうなっている?
どこかで誰かが牛や豚を殺し、解体し、最終的に人間が食する「肉」となる。どこで、誰が、どういうふうに?
学校で教えてくれるか?父親は教えてくれるか?誰も教えてくれない。TVでも放映されない。
森は芝浦と(屠)場をTVドキュメンタリーとして撮ろうとしたことがあった。それはさまざまな軋轢と反対に遭って実現しなかった。
なぜか?
話は牛などの渡来史から「不浄」という観念、部落差別の歴史と現状の問題につながる。
「肉だけじゃない。僕たちはいろんなものから、気づかぬうちに無意識に目をそらしている。見つめよう。そして知ろう。」
1 13, 2005 14.読書三昧, 19.食と農、健康と病 | 固定リンク
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2005年01月12日
囲炉裏の愉しみ-2(はたはた・でべらかれい)

夜中にめずらしく少し腹がすき、囲炉裏に炭火を起こす。
常陸のはたはたと尾道の出平(でべら)かれいをあぶる。
はたはたから落ちる油がじゅっと音を立てる。
酒が進むばかりじゃないかって…まあそうなんですけど。
1 12, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月11日
『超簡単!ブログ入門』(増田真樹)

※クリックすると拡大表示します
ジャーナリストでありコンサルタントである増田真樹さんによる『超簡単!ブログ入門』(角川oneテーマ21)が出版された。
ブログのハウツー本は昨年からだいぶ出た。この本はもちろんやり方・始め方なども書いてあるが、それ以上にブログというネットワーク環境が持っている意味や意義をさまざまな例をあげてわかりやすく述べている。
普通の人々が情報を簡単に発信できること、そしてそれを積み重ねることによってその人の「顔」も「人格」も浮き彫りになってくる。今までの人生では思いもよらなかったような「邂逅」があり、共感を抱く人との「つながり」が生まれ、新しい「気づき」があり、人との「縁」を深くより魅力的なものにしていく。今現在でも日本で数十万人いるブロガーたちがもし10年続けたら、どれだけ豊かな世界が拡がるだろうか。
個人ブログを始めて半年ほどの私の経験からもとてもよく分かる。
実は、この本のなかで、私が昨年5月から7月にかけてやった多摩美術大学での授業「ネットワーク」の話を紹介していただいている。
このとき、授業にブログを初めて組み込み(左サイドLINKSにあります)、各学生にブログを作らせて、レポートを出させたり、制作経過を公開したりする試みをした。そのなかで、ブログがどういうものかのひとつのサンプルとして増田さんの『メタミX』をあげて研究するよう課題を出したのだった。三十数名が何度も同じ多摩美のコンピュータルームからアクセスするのだから増田さんはすぐに気づき、授業ブログの学生の拙いコメントを超多忙だろうにもかかわらず丹念に読んでくださり、的確なコメントや個別のトラックバックまでしてくださった。言われたからと漫然と見て書いていた学生たちは驚き、再度真剣に考察し書くようになった。
物理的な教室だとか、教員—学生の枠など一気に突き破って、社会の第一線と授業が切り結んでしまうブログの可能性を肌で感じた。
私にとって、授業にも、キャンパスの活性化のためにも、また個人的にも、ブログ環境はもう無くてはならないものになっている。
1 11, 2005 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク
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2005年01月10日
Mic風邪をひく

Micが風邪(?)をひいてちょっと心配した。あいにく行きつけの動物医院も3連休なのだ。
一昨日から元気がなく、いつもは5秒ほどで文字通り「犬喰い」で食べてしまうドッグフードもあまり食べず好きなミルクも半分ほどでやめて、ずっと寝ており、クシュンクシュンなどと時々している。昨日は3度ほど白い泡を吐いた。
サークルで寝ている様子を夜中に見ると、身体を小刻みに震わせている。
床暖房も付け、ソファーで一緒に寝る。
この仔を喪ったりしたらほんとうに悲しいだろうなあ、という想いがなにか急にこみ上げてきて抱きしめる。
けれど今朝はいつものやんちゃでうるさいMicに戻っていた。
※写真は、荷物の緩衝材(空気が入っているので噛んだり爪を立てたりするとパンッとつぶれる)で遊ぶMic
1 10, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク
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2005年01月09日
『物は言いよう』(斎藤美奈子)

※クリックすると拡大表示されます
斎藤美奈子『物は言いよう』(平凡社・2004)について多少書こうと思っていたのだが、友人の編集者がすでに私が言いたいことをかなり書いている(ブック・ナビ)のでそちらを読んでください。
「性差別やセクシュアル・ハラスメントに怒っている人は多数いるにもかかわらず、これについていったり書いたりすることは、いまやタブーに近い」(同書あとがきより)。
70年代から80年代に上野千鶴子や小倉千加子らを始めとするフェミニズム・ジェンダー論者が切り拓いてきた地平はバッシングとバックラッシュ(Backlash=反動・揺れ戻し)の波に洗われている。
「頼みの綱のフェミニズムはといえば、学問的な精度を上げていく一方で、一般の生活者に届く言葉をかなり以前から失っている」
斎藤美奈子はこうした状況で『噂の眞相』を舞台に5年間(99.5〜04.4)遊撃狙撃戦を展開した。本書はそれを全面改稿したもの。
フェミニズム・ジェンダーの数少ない成果(?)のひとつが「セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)」という概念の一般化であり、ある種の言動をすれば社会的にかなり高く付くのだと思わせるようになったことかもしれない。
しかし「セクハラ」や「差別」という言葉や概念ではキツ過ぎたりフォローできないけれどおかしな言動は世の中にあふれている。
斎藤が提出する基準は「フェミコード(FC)」=「性や性別にまつわる『あきらかにおかしな言動』『おかしいかもしれない言動』に対する、イエローカード」だ。
「あなたが自室で何をいおうと、何をしようと勝手だが、社会的な場では社会的なルールがあるのだ」
「フェミコードがなぜ必要かといえば、ひとつは人を不快にさせない(または苦笑させない)ため、もうひとつは自分自身の品位を下げない(または嘲笑されない)ためである」
後退しているように見せての巧妙で胸のすくボディブローの連打!
1 9, 2005 14.読書三昧 | 固定リンク
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2005年01月08日
『西武王国 鎌倉』(山本節子)

鎌倉を観光で訪れる人々はほとんど知らないだろうが、鎌倉の土地の最大の地権者あるいは土地売買による利益・利権を享受してきたのはコクド・西武鉄道グループ(以下西武)である。
上図の赤い部分はすべて西武が手がけた、あるいは所管している土地だ。
鎌倉在住の行政ウォッチャー・調査報道ジャーナリストである山本節子さんの『西武王国 鎌倉』(三一書房・1997)は、さまざまな資料を渉猟し取材し、この実態の歴史と問題点を初めて明らかにしたものだ。
「土地が99%だ。土地さえ押さえておけばすべてはそこから派生する」というのが「政商」堤の哲学だった。すでに戦前の1930年代から西武による鎌倉の土地取得は始められ、40年には七里ガ浜周辺が買収された。戦後54年ころからの宅地造成ブーム時には「…主な山谷はほとんど西武によって土地が変形され、自然と風致は跡形もなく破壊され『西武の鎌倉か、鎌倉の西武か』といわれる状態を生み出している」と鎌倉市議会史に記されるほどとなる。
単純化していうと以下の手法をとる。
首相の座をうかがうほどの権勢を誇った堤の権力と財力で、歴代の市長、市政はすでに西武の薬籠中だ。市議会の多少の反対などものともしない。
進入路・道路など無いためとてもそのままでは宅地にならないような山林を二束三文で買収する。その後で自治体に道路を造らせて「開発」し、高値で売りさばく。
後に住民の環境意識が高まってくると、緑を守れという住民運動を逆手にとり、これも高値で売り抜ける。
七里ガ浜の美しい浜辺を分断するように、コンクリートで固めた西武の有料駐車場とファーストキッチンの建物があるが、これは、60年ごろ現七里ガ浜宅地の造成残土を勝手に海浜(むろん当時国有地)に捨て、そうしておいた上で、残土で埋まった砂浜はもはや海浜地ではないから、と国から払い下げを受ける、というとんでもないことがまかり通って造られたものだ。
その後も、海上を大規模に埋め立て一大海洋レジャーセンターを作る計画が密かに進められた(これは後に挫折)。
西武にとって土地は利益と利権のためのものであり、土地と人々と生活の歴史や環境などは、彼らの「町づくり」には無関係なのだ。
この企業がやってきた歴史の闇は深い。
1 8, 2005 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2005年01月07日
娘とMic

娘が訪ねて来た。顔を合わせるのは1年ぶりほどか。出迎えついでに浜に出る。
今日は風が強く砂が舞う。Micは7ヶ月になったが、一丁前に後ろ脚をやや拡げて踏ん張り、目を細め、もっともらしい顔をして海を眺める。何を考えているのやら…って何も考えてはいないだろうけど。
1 7, 2005 24.犬と暮らす | 固定リンク
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大庭明子さんの「ねこかるた」

友人の版画家・大庭明子さんが自作の「ねこかるた」を持ってきてくれた。
大庭さんのものは大好きでリビングに3枚飾っているが、最近のものはとみにポップ感に溢れたものになってきている。
右から「あこーでおん猫」「せんすい猫」「しびれ猫」「ん猫」。
この他「えくれあ猫」「おかりな猫」「きんがん猫」「るーずそっくす猫」等々あやしくおかしな猫が全46枚。
1月10日まで鎌倉大町のGENBAGEN(ゲンバゲン)で「KARUTA展のポスター展」というのをやっており、そこで見られる。
1 7, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年01月06日
メサージュ・ド・ローズのチョコレート

友人から年賀でメサージュ・ド・ローズのチョコレートが贈られてきた。
フランス中南部サン・ティティエンヌのチョコレート原料メーカーとして名高いヴェイス社のものを使っている。
厳選を重ねたカカオ豆を焙煎し、皮を除き、ミルで挽いて液状にし、大きな圧力釜で48時間から72時間じっくり煮込み、さらに50度を保って2日後ようやく「チョコレート」という名を与えられる、という。
あまりに見事でまだ食べる気にならない。
1 6, 2005 19.食と農、健康と病 | 固定リンク
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囲炉裏の愉しみ-1 旧友と

小田原に住む古い友人が訪ねてくれた。会うのはもう10年ぶりか。お互いいかに歳をとったかという話になる。
久しぶりに(今年初めて)囲炉裏に火を入れる。本当は、アゴとか何か気のきいたあぶりものでも用意してあればいいのだがあいにく備えが無い。けれど炭火を見ながら酒を酌み交わしていると不思議と豊かな時が流れる。
藤沢周平『三屋清左衛門残日録』の旧友との酒食の場面を想い起こす。
1 6, 2005 20.囲炉裏の愉しみ | 固定リンク
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2005年01月04日
凧と鳶

由比ガ浜で子供が凧(というよりカイトだろうか)を揚げている。
鳶(トビ・トンビ)が仲間と思うのか敵と思うのかわからないがまとわりついていた。
鎌倉には鳶が多い。周りの山に適度なねぐらが作れ、山の小動物や海の幸のおこぼれにもあずかれるからだろう。観光客がよくファーストフードなどをさらわれる。
羽ばたかず輪を描いて飛ぶさまや、日本語で表記すると「ピーヒョロロ」としか言いようがない鳴き声は美しい。
1 4, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク
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ProAtlas航空写真X

地図も航空写真も大好きなのだが、航空・衛星写真のデジタル画像は、専門の会社のところを調べるとこれまでかなり高価だった。
またMacユーザーである私にとってWindows用の地図ソフトのラインナップはうらやましいかぎりだった(「カシミール3D」だけのためにWindowsマシンを買おうかとさえ思っている)。
アルプス社から出た「ProAtlas航空写真X」は、ようやくMacOSX用のものでうれしい。
政令指定都市(札幌・仙台・さいたま・千葉・東京・川崎・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・広島・北九州・福岡)は小縮尺(4000分の1)の航空・衛星写真が見られ、一軒ずつ見分けられる。都心部はさらに2000分の1でも見られる。
それ以外の地域も10万分の1の写真がカバーされている。
デジタルならではのおもしろさは、通常の地図と0%から100%まで切り替えることができることだ。地形との関係がとてもよく分かる。
また、住所検索、距離の測定や出発地点・経由地点・目的地点の各種ルートや時間検索(車・自転車・徒歩)、ネットと連動しての各種ジャンル情報の表示も可能だ。
これがわずか8000円ほどで入手できるのはすばらしい。
地図のアルプス社
1 4, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク
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2005年01月02日
天城残照


※写真はクリックすると拡大表示されます
昼間の天気の良さ、空気の澄み渡り具合、適度な雲からいって今日の夕景は絶対にきれいだ。
で、いいかげん遊んだMicを家に置き、稲村ヶ崎を抜ける。富士は上の方に雲がかかって裾の方しか見えないが、伊豆半島、伊豆大島が大きい。
天城峠のあたりに線香花火の芯のように陽が落ちる。海面も黄金色に光る。
落日のしばし後、空はこの上なく美しい茜色に染まる。
1 2, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク
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正月の由比ガ浜

※写真はそれぞれクリックすると拡大表示されます
家でごちゃごちゃ仕事だのかたづけなどしていたのだが、あまりに天気が良く、Micが行こうよ、行こうよとうるさいので、由比ガ浜へ連れて行く。
骨折してからのMicの散歩はなかなか苦しい。ふだんは左横を歩かせるために引き綱の元を右手で持ち、左手で動きを制御するのだが、左手を使うと最近とみに力のついたMicの動きは左脇腹にずんずん響く。で、引き綱を身体の後ろにまわして右手一本でなんとかあやつる。
浜に出てすぐのところに美奈能瀬川という名の小さな川が海にそそぎこんでおり、海面も川面もきらきらとまぶしい。左上は伊豆大島、右上は伊豆半島(焦点距離35mmで撮っているので実際はもっと大きく見えます)。

美奈能瀬川は、きょうは楽に人は渡れるのだが、Micはおそれをなして渡れない。無理に流れに入れてやると、すぐに飛び退り、脚先がほんのちょっと濡れただけなのに大仰に全身をブルブルッとさせたりしている。

由比ガ浜の西側の坂ノ下には網元が何軒も残っている。明け方ここに行くと、払暁の漁で獲れた魚を分けてもらえる。舳に松が飾られ、大漁旗がはためく。
1 2, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景, 24.犬と暮らす | 固定リンク
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2005年01月01日
由比ガ浜から初日を望む

※画像はクリックすると拡大表示されます
あけましておめでとうございます。
ブログを始めて半年あまり、いつも読んでくださる方々ありがとうございます。
今年も相変わらず書きたいこと、伝えたいことを好きなように載せますので、よろしかったらおつきあいください。
今朝元旦の初日の出、鎌倉由比ガ浜から撮影。
1 1, 2005 06.私の好きな鎌倉の風景 | 固定リンク
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