「仕事はぼくたちにとって、この世界への気もちいい挨拶であるべきだ」(『アキハバラ@DEEP』石田衣良)
十数階の大手販売店から個室トイレ2つ分ほどのパーツショップまでが、わずか0.5平方キロメートルの地区に密集し、あらゆる電気・電子製品やパーツ、違法合法のソフトが露店のトマトやジャガイモのように売られる「地球の他の場所では想像も不可能な」ディープな秋葉原を舞台に、あいかわらず最新のモデルや風潮、風俗を巧みに取り入れた石田衣良の最新刊行作(文藝春秋社)。
『池袋ウエストゲートパーク』シリーズなどでも、ネットを駆使してマコトを助けるコンピュータおたくが登場したが、今度はもっと強烈だ。
優秀な言語能力と該博な知識を持ちながら「音声出力のコマンドが壊れ」ていて複雑なことはキーボード経由でしか伝えられない「ページ」。
看板を見ても「書体はMB101だな。デザインだってユニクロのぱくりじゃん」などとうるさく、1文字も欠けない17字×19行の箱組みを強要したりするグラフィックデザイン専門の「ボックス」は、極度の潔癖症と「女は二次元に限る」という女性恐怖症。
抜群の音感とリズム感を持つデスクトップ・ミュージック専門の「タイコ」は光や音の点滅でフリーズしてしまう原因不明の奇病をかかえている。
後から加わる元法学生の「ダルマ」は10年の引きこもり歴がある。
「イズム」は父親の大学につながったパソコンを5歳からいじり、子どもの頃はパスワードクラッカーやワームを作ったり、ヨーロッパの研究施設に入り込んで遊んでいたマシン語でプログラムを書くまだ16歳の典型的ハッカーだが、生まれつきのアルビノだ。
ひとりひとりで放っておけば「おたくの干もの」になってしまうようなこの面々は「ライフガード」のサイトを通じて知り合い、ウェブ制作やDVD-ROMのオーサリング、ノンリニア編集などそれぞれの得意分野で、そして生きていく上で補いあっている。しかしこうした下層デジタル労働の請け負い仕事にうんざりもしており、秋葉原のコスプレカフェの美少女アイドルにして格闘家の「アキラ」が仲間に加わることによって新しい会社を立ち上げる。社名が「アキハバラ@DEEP」。
ネットの中で一番高価で重要なものは「情報」だ。ところがネットをマーケットとして見た場合、一番高価なものが無料で流通している。こうした中で利益を上げるというアポリア(難題)にネットビジネスは苦しんできた。これまで成功したとされる例はほとんどがネットビジネスそのものではなく、株式上場とか資本提携とかによる。
この若者たちは考える。
「最初から反対の方向へいくんだ。ぼくたちの会社は利益を制限しよう。おおきくなるのも、有名になるのもやめよう。ちいさなまま自分たちが満足のいく暮らしができて、ぼくたちの同類を手助けしてあげられるくらいのぎりぎりの利益で満足しよう」
「いりもしないものを誰かに大量に押しつけて大儲けしようなんていうのは、もうモデルとしては古いんだ。せっかくITバブルがはじけたんだから、ネットはもう一度スタートの気もちを思いだしたほうがいい。」
「仕事はぼくたちにとって、この世界への気もちいい挨拶であるべきだ」
裏秋葉原の築30年を越す木造2階に、G3マックの筐体にインテルのCPUが入っているような東南アジアのどこかで余りものを寄せ集めてつくったパソコンを連ね、AI学習機能を使った画期的なサーチエンジンのプロトタイプを開発する。4つのモジュールは、人の意識の跳躍の模倣、反復と深化、対極への反転、隣接するものへの連想からなり、最適な検索パターンを競い合いながら自己学習する。
「どんなこたえを得るにしても、生きることは探し求めることで、よい人生とはよい検索だ」
たとえば「最初に『イーグルス』で検索をかけたとき。LAのバンドが登場したのは23番目だったが、つぎに『オアシス』をサーチすると最初にイギリスのロックバンドが並んでいた」という具合だ(欲しい)。
ところが評判を呼び始めたときに立ちはだかったのがソフトバンクとライブドアを合わせたような2年前までは世界の7番目の富豪だったワンマン社長が率いる表秋葉原に屹立する巨大IT企業。
すべてを彼らに簒奪された6名は自分たちが産み出した「子どもたち」を奪いかえし「解放」するために戦士と化す。
センスとユーモアと各人の能力を駆使して、さあわくわくする秋葉原の「明るいテロ」の始まりだ。
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