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2004年11月30日

タフな週末

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社会人入試2日間を終え、その足で福岡に行き4泊した。輸入販売しているフランスの磁器工芸品「リモージュ・ボックス」の関係だ(有田・伊万里などとても興味深い経験をしたが少し調べてから書きます)。

1週間、朝起きて3食を摂取するという生活をしたら(?)重度の風邪をひいてしまった。

2年間、仕事や私事にメインに使っていたカメラ(キヤノンPowerShotG3)が故障。カメラ店の見立てだとロジック回路の問題、メーカーに持ち込まないとだめ、いくらかかるかは分からない。
このカメラは接写用のツインライトが使えること(リモージュ・ボックス等の撮影に必須)、ワイドコンバーターを付けると35mm換算で24mm相当になること、などで愛用してきた。これで撮ったのは2万ショットを超える。

1年半酷使してきたPowerBookG4(すでにモニターの蝶つがいは破損し、SuperDriveの入れ口は欠け、水平に見ると歪んでいて蓋はちゃんと閉まらずクリップで留めておくという満身創痍状況だった)が臨終状態になった。
2日間格闘し、その後修理店で4時間作業代2万円を払ってなんとか復旧したが、家に持ち帰ってみるとデータは存在するらしいのだが、操作はできない植物状態。

パソコンとカメラが無いと羽をもがれた虫状態で仕事も生活も立ちゆかない。
で、38度の熱を押して横浜と上大岡に買い出し。

カメラはキヤノンEOS20DボディにEF-S10-22mm、およびEF100mmマクロレンズ。
もちろんEOS1DsMarkIIがベストなのだがそんな金は無い。中級一眼レフデジカメは撮像素子が小さく焦点距離が1.3〜1.6倍になり中望遠寄りになってしまうので、広角を主に使う私は敬遠していたのだが、35mm換算で16〜35mmのこのレンズが出たのでこれしかないという感じ。
ポイントで、同じくキヤノンのPowerShotS70を入手。普段持ち歩けるコンパクトサイズだが710万画素あり、しかも普通のデジカメが35〜38mmくらいからなのにこれは28mmという広角なのでいい。

PowerBookG4はできればG5の発売まで使いまわしたかったけれどしかたがない。
植物状態の旧PBからFireWireでなんとかデータは吸い上げる。
サラのPowerBookに向かうと、なにか新しい人生が始まったようーって、おいおいそんなこと言っていいのか。

11 30, 2004 23.日々のなかで | | コメント(1) | トラックバック(0)

2004年11月20日

無力感を超えてー『デモクラシーの冒険』(姜尚中、テッサ・モーリス-スズキ)

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デモクラシーの「空洞化」はあまりに眼を覆うばかりの惨状なので、ブッシュの「中東にデモクラシーをもたらす」とかコイズミの口の端にのぼる「民主主義」を見聞きすると、もうこの言葉はお前たちが好きなように使え、私たちは新しいことばと概念を作り出す、とでも言いたくなるが、姜尚中とテッサ・モーリス-スズキの対談をまとめた『デモクラシーの冒険』(集英社新書)は、なんとか踏みとどまってこの内実を奪い返し発展させるほかない、という勇気を与えてくれる。

テッサ・モーリス-スズキはオーストラリア国立大学で教えているが、若い世代の政治的無力感をひしひしと感じている。アメリカのイラク侵略の後、彼らのなかでは「自分たちが暮らしているこの世界をより良い方向に変えていくことは、もはやできないのではなかろうか」というニヒリズムが支配している。
しかし問題を立て直してみよう、と彼女は言う。「あなたは、自分たちが暮らしているこの世界をより良い方向に変えていくことが可能だとしたら、そうすることを選びますか」

姜氏との対話は、この問いを出発点に、冷戦構造崩壊後、自由が勝利したと言われるのに逆に自由な選択肢がなくなってきた状況、グローバル権力の生成から今日まで、デモクラシーのブラックボックスとしての「政党」の問題、世論と台頭するポピュリズム、直接民主主義と間接民主主義、デモクラシーの試金石としての「外国人」、等デモクラシーを歴史的、世界的、多角的に捉え返し、今「暮らし」のなかで私たちが何ができるのか、を示唆している。

「想像力を奪うものへの抵抗」「グローバル権力と内なる無力感への抵抗」への二人のさしあたっての提言が上にあげた「みんなでつくるデモクラシー・マニフェスト」。
6〜9が空白なのは読者に自由に埋めてほしいため。
そしてこの10項目にとどまらず100項目にも200項目にもなってくれることを願っている。

私も考えたい。皆さんも考えませんか?

11 20, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(3)

2004年11月16日

まだら紫の深海魚-Purple America

地図によって統計数値を比較する図のことを「統計地図(カルトグラム/cartogram)」という。
統計地図は、統計と地図とそのデザイン表現によってさまざまなものができ、ビジュアル的にものごとの理解を深めることもできるが、意図的にミスリーディングさせることも可能だ。

アメリカの大統領選結果を示すAのような図を私たちは新聞やTVで何度も見せられた。これだけ見るとアメリカは圧倒的に赤(共和党ブッシュ)を支持していて青(民主党ケリー)は北東部と西海岸をわずか獲得したのに過ぎないように思ってしまう。
しかし実際は1億1500万票のうちブッシュが獲得したのは51%であり、ケリーとの差は350万票にすぎなかった(これも特にオレゴンとフロリダでまったく怪しいのだが)。

[A図]
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[B図]
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統計のどの要素に着目して選択するかでまず異なる。A図は各州で勝ったのはどちらかという要素を通常の地勢的な地図に表現したものだ。
ところが、面積的には広大に見える赤の州は北東部や西海岸に比べて人口はずっと少ない。選挙に土地の広さは関係ないので、面積的な要素を捨てて人口に応じた形で表現するとどうなるか、ミシガン大学の人たちが試みたのがB図。
たとえば北東部のロード・アイランド州は西部のワイオミング州の2倍になる(面積はワイオミングの方がロード・アイランドの60倍)。全体としてほぼ赤と青が拮抗しているようになる。

[C図]
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[D図]
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各州の勝ちではなくさらに細かい行政(選挙)単位である郡(カウンティ)レベルで示すとC図になり、それを同じように人口比で変形するとD図になる。

[E図]
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[F図]
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勝ちだけではなく負けた側の票も反映するとどうなるかをプリンストン大学のRobert J.Vanderbel氏が試みている。これも郡レベルで、得票率を元に赤から青のグラデーションで表現したのがE図。圧倒的な赤というのではなく紫のアメリカ(Purple America)になる。
それを同じく人口をもとに表わすとF図。
今回の米大統領選は、この紫まだらの深海魚のような図が一番内実を表わしているのかもしれない(ただしそれも選挙をめぐるたくさんあるファクターの中から地域人口と得票率だけを表現していることには注意)。

[G図]
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また、夜のアメリカの衛星写真G図を見ると、どこに人々が多く住んでいるかが見て取れるが、明るいところをE図と比べると青みが強いところとほぼ重なることがわかり、アメリカの分裂は都市と地方・農村の対立の要素があることもはっきりする。

上記の図は下記2サイトから
Maps and cartograms of the 2004 US presidential election results
Election 2004 Results
なお、赤と青では人間の目には赤の方に注目し膨張して見えるバイアスがかかるので、フィルターでモノクロ化してみた試み
How different is the blue from the red from the purple?
また下記では前回(2000年)との比較をGIFアニメで見られる
TwoMaps

11 16, 2004 07.デザインの世界 | | コメント(3) | トラックバック(0)

2004年11月15日

ネットは新聞・TVを殺すのかーそう、殺すだろう(今のままであれば)

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大新聞やTV局は、取材し、「ウラ」を取り、経験を積んだデスクがチェックし、紙面に取り上げるかどうかとその際の重要度配分(TVであれば放送優先順や時間)を決めた上で一般大衆に発信する。したがってなにが信頼できる事実で価値のある情報かということを決めるのは自分たちである、と日本のマスコミの人たちは長らく思ってきたし、普通の人々も新聞やTVがあれだけ大きく報道するのだから大変なことなのだろう(これだけ小さい扱いなのだからたいした問題ではないのだろう)などと思って(思わされて)きた。

しかし一方で、NHKが行う世論調査では「マスコミの伝えることはほぼ事実のとおりである」の問いに対して「はい」と答えたのはわずか29%「いいえ」が54%だ(これは2000年の話で年々悪くなっている)。

53の項目をもとに審査される「国境なき記者団」の2004年度世界各国(地域)「報道の自由度ランキング」で、日本は「先進国」中最低の42位だった。

イラクで今何が起こっているか(ここのところは特にファルージャについて)知りたいとずっと模索してきたが、その際日本の新聞、TVは私にとって情報的にほとんど価値がなかった。
そこで流されるのはブッシュやラムズフェルドや報道官や現地の米軍指揮官やらのPR言辞と映像か、「embed(埋め込まれた)」従軍記者の記事や映像(それでもクラスター爆弾と思われるものの爆発映像や「アドレナリンが高まる一方だ。楽しいぜ」などという米兵の姿を見られたくらいの収穫はあったが)か、他国の報道機関の記事や映像の引き写しか、「Sound Bite(政治家の演説に使用される記憶されやすい短い文句)」以下の小泉の意味論理不明のワンフレーズか、通り一遍のコメントであり、そんなことはネットでざっと見ればとっくにわかっていることばかりなのだ。

私が知る手段だったのは、周囲で爆音が響くなか、発電機があと数分で切れるという状況で発信しているバグダードのリバーベンドや、ライードや、ラフール・マハジャンのブログであり、またそれらを夜通し必死で翻訳しアップしているボランティアの翻訳者たちのブログであり、それらにどんどんリンクを貼っている人たちのブログであり、またその中でリンクされているさまざまなサイトだ。

ファルージャでなにが起こったかは、マスコミによってではなく、これらの人々によって人々の真実が人々に伝わるだろう。

11 15, 2004 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(3) | トラックバック(9)

2004年11月14日

Sorry Everybody(世界のみんなにごめんなさい)

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「UCSD(カリフォルニア州立大学サン・ディエゴ校)の76%からほんとうにごめんなさい!」
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「親愛なる49%の人たち、よくやったよ…いずれにしても世界のなかではわれわれが多数派さ/ベネズエラから平和と愛を込めて!」

「勝てば官軍」でアメリカはブッシュの天下のように見えるが「Half of America(アメリカの半分の人々)」はブッシュに反対する票を投じた。
これらの人々の残念さ、悔しさ、あきらめず次を目指す気持ちなどを、画像とメッセージ(手書きメッセージを持って撮影したものでもいいし、コンピュータで加工したものでもいい)で発信するSorry Everybodyサイトがネットならではの試みですばらしい。

開設者は、インターネットはさまざまな文化や国々の人々のあいだのコミュニケーションを容易にするものと一般に考えられているが、それは自動的に自然に達成されるわけではない、「誰かが熱心に手がけなければ」それは実現しない、と言う。
このサイトの目的は、政府がやっていることに反対しているアメリカ人たちがいることを世界の人々に知ってもらうこと。
「ごめんなさい」が解決になるなどとは思っていないし、これは自発的なもので強制するようなことでもない。ただし「謝る」ことは弱さではなく、勇気と力のサインなのだ。ここからなにか始まるかもしれないではないか。

「世界」に向かって「Sorry」を表明するという基本コンセプトをはっきりさせたために、このサイトへの投稿は、ケリーの選挙事務所のボランティアが仲間内で残念がっている、というのとはまったく違う拡がりを持っている。
アメリカ人の投稿者たちは「Dear World(世界の親愛なる人々へ)」「Sorry for the rest of us(われわれ以外の人たちにごめんなさい)」という視点で自分の気持ちを表しており、これらに対して文字通り世界中から「あなた方のお詫びを受け入れる」「われわれもアメリカの半分が違う考えであることは理解している」「次はがんばれ」などの画像メッセージが投稿されている。

もうひとつは画像メッセージという条件にしたために、とてもリアルで親しみやすいコミュニケーションの場になっていることだ。
640x640pixel以内、75Kb以内の画像データを投稿する、という条件で、ギャラリーにはすでに3000枚以上の画像メッセージがアップされどんどん増えている。
本当にすまなそうな顔、人生を感じさせる顔、怒っている顔、白人も黒人もアジア系もいろいろいる。ヨーロッパのゲイからの激励もある。たどたどしい日本語で(表記は多少間違っているが)謝っている人たちもいる。生活がわかるような背景・シチュエイションも見て取れる。デザインアイディア的に優れたものもある。

「Dear World(世界の親愛なる人々へ)」という心の持ちようや「The Rest of Us(われわれ以外の人たち)」への想像力が確実に閉ざされつつあるなかで、これらの人々の写真とメッセージに、アメリカも世界もふつう考えているよりずっと多様であり、悲観することはないのだという元気とイマジネーションをもらおう。

11 14, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(3) | トラックバック(1)

2004年11月12日

ファルージャへの「キルロイ参上」再び

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※第一次湾岸戦争(1991)時のクウェートでの米軍キャノン砲に記された「Kilroy Was Here」

青山南『ネットと戦争ー9.11からのアメリカ文化』(岩波新書)に、ファルージャでの「キルロイ参上」について書いてある。

米軍によって女性、老人、子どもなど700名が虐殺された2004年4月、米軍に攻撃されたファルージャのある小学校を映したTVニュースのことだ。教室の黒板に米兵が残した落書きがある。「We Love(Loveの部分は実際はハートマーク)Pork」(われわれは豚肉が好きだ)。むろん豚肉を食べないイスラム教徒へのいやがらせだ。そしてその横に「つるつる頭の、やたら鼻の長い、いかにものんきそうな顔をした男が、塀の向こうから、のぞきこむようにしてこっちをながめている」絵。下に「Kilroy Was Here」(キルロイはここに来たぞ)。

で、キルロイとはなにものなのか?
アイルランドの代表的な劇作家にトマス・キルロイという人がいるのでたぶんアイルランド系であることは分かる。

このキルロイは実は第二次世界大戦に遡る諸説紛々の「民間伝承」「伝説」の存在なのだ。
主な説は、大戦時キルロイは軍艦を最終点検する係だった、というもの。船のあちこち点検を終わるとかれは「キルロイ参上」とチョークで書いていった。戦場におもむく兵士たちは、意味はわからなかったがこのサインが気に入り、行く先々で自分が来た証拠として冗談半分に記すようになった。まもなくそれは一番乗りの印ともなり己の勇敢さを自慢するものとして使われるようになった。

Styxというミュージックグループが「Kilroy Was Here」というアルバムを出している。「ドモアリガト、Mr.ロボット」という歌が入っている。
第二次大戦のイタリア戦線を舞台にしたジョセフ・ヘラーの小説『キャッチ-22』にもキルロイはたくさん出てくる。
アシモフのSF『地球は空き地でいっぱい』にはかなりリアルな存在として登場する。
トマス・ピンチョン『V.』にも。

ファルージャを蹂躙している米軍兵士は「アドレナリンが高まる一方だ、楽しいぜ」(TVニュースで放映された)などと言いながらあちこちに「Kilroy Was Here」と再び記しているのだろうか。

11 12, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(1)

2004年11月11日

ファルージャでの「殺戮率」は?

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米軍には「殺戮率(Kill Ratio)」という概念があり、常にカウントされているという。
「Ratio」というのは「比率」「割合」ということを意味することば。

使い始めたのは、ベトナム戦争当時の米国防長官マクナマラだ。
単純にいうと、米兵ひとりあたりが何人を殺しているか、という「効率」を表す。
米兵ひとりにかかる費用は○$である。これに対してベトナム兵(南ベトナム民族解放戦線・北ベトナム)は○$である。したがって米兵一人が戦死するまでにベトナム兵○人を殺せば「割にあう」というわけだ。

戦争による人命の殺戮を物品と同じように費用対効果のマーケティング的観点から評価し、これをできるかぎり「高利率」にしようとする、イラク侵略からグローバリゼーションにいたるこのようなアメリカ的価値観を全力で撃たねばならない。

ファルージャでの「殺戮率(Kill Ratio)」はいくつなのだ、ラムズフェルド!

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2004年11月10日

俯瞰写真とともにファルージャを想う

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※ファルージャ西部の俯瞰写真の一部(下記記事中にリンク・ダウンロード先があります)。左上の建物群が米軍がまず「制圧」した病院。ユーフラテス川にかかる2つの橋。右上が「武装勢力の拠点」とされるジョラン地区。クリックすると拡大表示

ファルージャ。
バグダードの西約60Km。ティグリス川とともに古代メソポタミア文明を育んだユーフラテス川の東に位置し、バグダードとヨルダンを結ぶ要路にあり、はるか古くから人が住んだ。乾燥地帯にあって潅漑設備を発達させた農業が中心の町だ。

人口は25万〜35万といわれる。
イメージするために同じ程度の人口の日本の町をあげる(以下35万から25万まで人口順)と、吹田・岡崎・郡山・高松・川越・高知・所沢・柏・富山・秋田・越谷・宮崎・那覇・青森・明石・福島・四日市・盛岡・大津・函館・春日井・前橋・市原・八尾・一宮・徳島・加古川・茨木・山形・平塚・下関・福井・寝屋川といったところ、東京でいえば、品川区・北区・中野区・新宿区・目黒区・豊島区あたりとだいたい同じくらいの規模だ。
これらの市や区の住民の女性・老人・こどもが短期間ですべて避難できるかどうか想像しよう。

いわゆる「スンニ・トライアングル」と呼ばれ、フセイン支配下では経済的に比較的優遇されてはいたらしいが、国際的な人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、フセイン政権崩壊の際にもフセインへの強い同情は見られず、インタビューに応じた住民の多くは自分たちが弾圧の犠牲者だったと感じており、アメリカのメディアが決めつけ日本のメディアが追従して報じるような「フセイン派の拠点」ではもともとない(『ファルージャ 2004年4月』/現代企画室刊)。
「イスラム過激派の拠点と化し」(読売新聞社説)たり、「悪の巣窟」(フジテレビ・木村太郎)となっている、というのは、もしもそれが事実だと仮定したとしてもアメリカの侵略と占領が自ずから引き起こした結果だ。
1991年の「第一次湾岸戦争」のときには、英軍のミサイルが人々で賑わう市場を直撃し200人が殺された。2003年4月には小学校を占拠した米軍への非武装の市民デモに発砲し15名を殺害。そして2004年4月の大虐殺(これらは抜粋しただけ)。
平和的で親切な市民が「レジスタンス」になるには不十分か?

Raed in the Japanese Languageの9日にアップされた記事にある地図のDIGITALGLOBE社のサイトの左下「Media Gallery-Iraq」の中で「Al Fallujah(ファルージャ)」の俯瞰写真3枚をダウンロードすることができる。
Overviewを見ると、周りの町村を合併した日本の市とは違って、周囲の潅漑農地の中の密集住宅地であることがわかる。
Detail(2004年5月)は72dpiでドキュメントサイズ・127x105cmの大きなもので建物のひとつずつも判別できる。

米軍がまず「制圧」した病院がユーフラテス川西岸に見える。市内に通じる2つの橋。「武装勢力」の拠点とされる市北西部・Joran(ジョラン)地区。むろん4月の時と同じく発電所は真っ先に破壊されていて電気も水道もとまっている。市の北側に鉄道駅が見える。中心を東西に貫く幹線路。右下はこれから米軍が「制圧」をめざす公共施設地域だろう。

池澤夏樹さんは2002年秋「もしも戦争になった時、どういう人々の上に爆弾が降るのか、そこが知りたかった」とイラクを訪れさまざまな人々とふれあい暮らしを見る。「実に明るい人たちだ。しかもおそろしく親切」。
そして「小さな橋を渡った時、戦争というものの具体的なイメージがいきなり迫ってきた…近隣国にあるアメリカ軍基地の倉庫の中か洋上の空母の上に、この小さな橋の座標を記憶した巡航ミサイルが待機している。遠くない将来にそれが飛来して、青い空から一直線に落下し、爆発し、この橋を壊す。そういう情景がくっきりと浮かんだ。ぼくの目の前で橋は炎と砂塵と共に消滅してゆく」
「アメリカ側からこの戦争を見れば、ミサイルがヒットするのは建造物3347HGとか、橋梁4490BBとか、その種の抽象的な記号であって、ミリアムという名の母親ではない。だが、死ぬのは彼女なのだ。ミリアムとその三人の子供たちであり、彼女の従弟である若い兵士ユーセフであり、その父である農夫アブドゥルなのだ」『イラクの小さな橋を渡って』(池澤夏樹・文/本橋成一・写真ー光文社)

ファルージャに知人はいない。
しかし、この俯瞰写真図(ぜひダウンロードして見てください)を熟視し、この一軒一軒に暮らす人々のこと、この人たちが今受けている砲弾や銃撃やその後の「しらみつぶしの捜索」や「人が住めるところではなくなった」(今朝6時のNHKニュースのなかのファルージャの住民の声)様を少しは想像することはできる。
ブッシュやラムズフェルドやアラウィや、「成功させなきゃいけない」(「have to be successful」「strong support」として英語圏に打電された・むろんイラクの人々にも伝わるだろう)小泉の言辞とそれを垂れ流すマスメディアにではなく、私はこの想像力に立脚するしかない。

11 10, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(6)

2004年11月09日

ファルージャは泣いてくれることを期待などしていない ファルージャは強烈な悲鳴を必要としている すべての良心を叩き起こすための悲鳴を

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『ファルージャ 2004年4月』/現代企画室刊より、墓地と化したサッカー場

アメリカの後ろ盾がなければ一時たりともイラクに居場所などない傀儡「暫定」首相が「米軍に軍事作戦開始の許可」を「与え」(近代植民地の歴史でよくみられた笑止な構図)、ファルージャに対する総攻撃が始まった。

作家・吉村昭氏の『東京の戦争』(筑摩書房)に空襲の体験が記されている。
「私は、防空壕の中で耳を手でふさぎ突っ伏していたが、爆弾が頭上にせまってくる音は、貨物列車が機関車を先頭に落下してくるのに似たすさまじい大轟音で、体が瞬時に飛散するような激しい恐怖におそわれた。爆弾が落ちると、体は大きくはずんだ」

「(ファルージャから逃げてきたリバーベンドの遠い親戚)ウム・アフメドは少し私を見て、首を振った。"私たちは、先週、隣に住んでいたウム・ナジブと2人のお嬢さんを埋葬しました。寝ているときにミサイルが庭に落ちて家が破壊されたのです"」
「私たちは逃げなくてはならなかったのです。私には子どもたちといっしょにあそこにとどまることはできませんでした。」彼女は弁解するかのように言った。

『東京の戦争』に記されたエピソード。日暮里に焼夷弾がばらまかれた夜、避難する彼の後ろに寝巻姿の老女が這ってきているのを眼にする。引き返してかかえあげようとすると、
「老女は"残されまして、残されまして…"と、繰り返し言った。一見してその女性は体が衰弱し、床に臥していたにちがいなかった。残されましてというのは、家族に置き去りにされたことをしめしていた。品のいい老女で、うらみがましい表情はなく、おだやかな眼であった」

少なくともみな無事でよかったわね、とリバーベンドの母がウム・アフメドに言うと彼女は突然号泣しはじめる。
ウムの夫は、モスクに協力して人々が避難するのを助けるため、まだ市内に留まったのだ。そしてウムの14歳の長男アフメドも、父が留まるなら離れない、と残ったのだ。

動くものはすべて射撃し破壊する、無人偵察機をはじめとする赤外線探査で体温やエンジン温(排気温)を感じればすぐに砲弾や爆弾が撃ち込まれる、昼はやり過ごし夜間暗視装置でレジスタンスを襲う、エレクトロニクスを駆使した米軍の最先端ハイテク市街戦は、一時的、地域的、軍事的には勝利するかもしれない。

しかし断言していい。「テロリストの掃討」を標榜してこのような暴虐をいくら繰り返してもイラクの人々の心は絶対につかめない。社会的・政治的・文化的・歴史的そして大局でみて軍事的にも敗北するだろう。

「イラクで不足していない僅かなもののひとつ、それが尊厳だ」
(ラフール・マハジャン『ファルージャ 2004年4月』/現代企画室刊

11 9, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(5)

2004年11月08日

ファルージャ再び

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※写真はファルージャ4月11日『ファルージャ 2004年4月』/現代企画室刊より

イラクでは「非常事態宣言」が出され、米軍によるファルージャへの全面攻撃が秒読みになっている(もちろん今現在も半径400メートル域をふっとばせる500ポンド爆弾が落とされている)。
〔追記〕8:35のバグダード・ロイター電は、未明の空爆に続いて激しい地上戦が始まったことを伝えている。

4月の攻撃では女性、老人、子供などが700名殺された。サッカー場は犠牲者を埋葬する墓地と化した。

今また虐殺が繰り返されるのだろうか。
そしてそれは報じられるだろうか。
日本のTVはイラク「暫定政府」の記者会見を簡単に垂れ流すだけだ。

以下は日本語で読めるサイト

Falluja, April 2004-the book
『ファルージャ 2004年4月』(現代企画室刊)を引き継ぐ形で、同書共訳者の益岡賢さん、いけだよしこさんがニュース等を翻訳紹介。

Raed in the Japanese Language
バグダードの建築家・NGO活動家ライード・ジャラール氏のブログ「Raed in the Middle」をいけだよしこさんが翻訳。

バグダードバーニング
バグダード在住リバーベンドのブログ。下記TUPの人たちが訳している

低気温のエクスタシーbyはなゆー
イラクの最新ニュースも追っている

REI SHIVA Iraq reports
フリージャーナリスト志葉玲さんのブログ

暗いニュースリンク
「政府があなたに熟考してほしくない由々しき情報」

weblogIRAQ
イラク情報リンクを共有するためのサイト。会員登録で投稿もできる。

森住卓ホームページ
『イラク 湾岸戦争の子どもたちー劣化ウラン弾は何をもたらしたか』などで知られる森住卓さんのサイト。

TUP速報
ボランティアの翻訳家たち(「平和をめざす翻訳者たち」)が戦争と平和に関するマスメディアが伝えない記事を手分けして翻訳している。以下はそのアンソロジー集。
『世界は変えられるーTUPが伝えるイラク戦争の「真実」と「非戦」』(七つ森書館)ーJCJ市民メディア賞受賞。
『世界は変えられる2ー戦争の被害者って?加害者って?』(七つ森書館)

11 8, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(1)

2004年11月06日

井上蒲鉾店(鎌倉由比ガ浜)-1

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小学生の頃、かまぼこ工場を見学したことがあった。見なければよかった、と思った。よくわからない魚の身が次々に釜に放り込まれ、よくわからない粉だの薬のようなものだのが次々にぶちこまれ、そのプロセスの猥雑さと出来上がりの白さがそぐわなかった。
原材料表示だとか安全性とか添加物とかに問題意識が高まるはるか以前の1958年(昭和33年)ころの話だ。
以来「練りもの」に関しては基本的に不信の眼で見るようになってしまった。
もしこのころソーセージ工場を見学していたらソーセージを敬遠するようになったかもしれない(ついでながら、よく食べた「魚肉ソーセージ」というのは、戦後かまぼこの製造技術を応用して魚や鯨のすり身をピンクに着色し、畜肉の香りを人工的に付けるという本来の「ソーセージ」とは縁もゆかりもない「魚肉練り製品」だ)。

もちろん、ほんもので旨い蒲鉾や練り製品もあちこちにあったのだろう。
私は鎌倉の井上蒲鉾店のものを食べて、まあおおげさに言うなら練りものについてのトラウマを脱した。
井上蒲鉾店の「御蒲鉾」は関東、江戸時代からの蒸し蒲鉾。グチ(イシモチ)の上身のみを使っている。厚めに切り、山葵と生醤油で。
純正胡麻油での揚げ蒲鉾「小判揚げ」は暖めると風味が増す。
由比ガ浜通りに本店、鎌倉駅前若宮大路の角に販売店(ここは2階に茶寮もある)。

11 6, 2004 05.私の好きな鎌倉の店・その他 | | コメント(2) | トラックバック(0)

2004年11月05日

Coo's Cafe(鎌倉由比ガ浜)-1

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※写真はクリックすると拡大表示されます

犬を連れてちょっと立ち寄れる店は鎌倉にはいろいろある。
駅前まで行ったのでスターバックスに寄ろうかと思ったがテラス席はいっぱいだった。
そういえば、裏駅市役所前の漫画家・故横山隆一さん宅が更地になっていた(おとぎプロの白い建物はまだある)。工事予定によるとここもかなり広大なスターバックスになるらしい。

若宮大路の一の鳥居(大鳥居)から海方向へ100mくらいいったところの「Coo's Cafe」で遅いブランチ。
テラス席にはリードを繋ぐ金具があり、水も出してくれる。犬用クッキー¥100。
このあたりは舗道が十分広いので道行く人のじゃまにならない。
あまりねだるので、ポテトフライを一度口の中で油と塩分を取ってからやる。少しあげすぎたかもしれない。

11 5, 2004 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 24.犬と暮らす | | コメント(0) | トラックバック(0)

2004年11月03日

Four more years of Bush....NOOOOOO!!!

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「ブーンドックス(The Boondocks)」31 Oct 2004 より

バグダードバーニング by リバーベンド
Baghdad Burning by Riverbend

(以下、山口陽子さん訳)
そう、アメリカ人よ、あなた方が昨年私の国を占領してから、ホワイトハウスの主(ぬし)が誰かについて、私にはおおいに口出しする権利がある。リアリストの私は、劇的な変化や何かすごいことを期待する気になれない。だけど、アフガニスタンとイラクでの不当な戦争を容認することになるので、ブッシュの再選(あるいは「再任」と呼ぶべきかしら)を拒絶する。…ブッシュが再びホワイトハウスに納まれば、私たちがこの1年半舐め続けた恐怖と流血の辛酸がすべて是認されてしまうことになる。

あなた方アメリカ人にハッキリさせておく−彼には絶対に計画などない。私たちが生きているこの大混乱に対処する設計図などありえない。ブッシュがイラク復興計画をたてるのに、ずるがしこくもカオス理論をつかっているのでなければ。イラクにあるのは混乱だけ。そしてイラク人は、ワシントンにいる奴らは自分たちの行為が何を意味するか分かっていないのだと考えている。イラクにいる彼らの操り人形はもっとわかっちゃいない。今のイラクで行われているゲームの名は、剥きだしの侵略−イラク全土が抵抗を始めてからは、民心獲得作戦なんてもんじゃまったくなかった。ブッシュの計画は簡単にいってしまえばイラクで言うところの「A'athreh ib dafra」、おおまかに訳すと、“つまづいたらけっとばせ”。

戦争を始めるという決断を「強さ」と結びつける人たちがいる。いったいどれくらい強ければ、異国の地で何千もの同胞を死においやることができるのか?特に、自分は家で家族とぬくぬくと傍観しているというのに。どれくらい強ければ、弱い軍隊と生活も経済もがたがたの国に対して、最先端の軍事技術をもって町々を瓦礫にする爆撃の命令を下すことができるのか。強くならなくても、できる。狂えばいいのだ。

アメリカ人よ—あなたがたにとって今より悪い事態はありうるかしら?
イラク人にとって今より悪い事態はありうるかしら?
もちろんありうる。
想像すればわかること ブッシュがもう4年やる、と。

only imagine- four more years of Bush.

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どなたか「four more years」と「another four years」のニュアンスの違いを教えていただけませんか。

11 3, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

米大統領選開票速報サイト

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米メディアサイトのなかでは、ABCNewsとCNNが日本のTV(ABCをほぼ同時中継しているBS1)よりはるかに早く集計結果を報じている。
NewYorkTimesはまったく遅い。
ABCは自動リフレッシュ、地図の各州へのマウスオーバーで結果表示。
CNNは各州の分析が見やすい。
ABC Presidential Race Real-time vote result
CNN.com Election Results

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マイケル・ムーアの最後の呼びかけ

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マイケル・ムーア(MICAELMOORE.COM)が米大統領選直前の11月1日「my final words」を「One Day Left」と題して呼びかけている。

「まっとうな保守派と回復しつつある共和党支持者たちへ」ではブッシュがいかに惨めな失敗者であり「保守」とはかけ離れたものであるかを綴り、
「左派の友人たちへ」では、たしかにケリーは君達の求めているすべてを体現してはいない(それは僕にとっても同じだ)。しかしブッシュによって「上院でもっとも"リベラル"」と呼ばれるケリーはよりイラク撤兵ができる可能性を持っているだろう。
「ネーダー(ラルフ・ネーダー)投票予定者へ」では、ブッシュをホワイトハウスから引きずり出すための最後の共闘を。
「Non-Swing States(非接戦州)の人々へ」では、単に選挙に勝つだけではなく、圧倒的な支持票を(30州以上といわれる非接戦州でも)獲得することが、これから4年間の委譲される権限に必要なのだと訴え、
「無投票の人へ」では、およそ50%のアメリカの人々が投票していない。それはそれらの人々がもっとも力を持っていることじゃないか。今回だけは投票すると僕に約束してほしい。
「始めて投票する人たちへ」では、投票する上でトラブルがあった場合へのガイドを記し、
「アフリカン・アメリカンの人々へ」では、前回のフロリダのような不正が行われないよう、数千のボランティアの弁護士たちが監視に向かう。僕自身、フロリダとオハイオにはプロもアマも含めて1200名の撮影隊を送り込む。少しでも不正犯罪が行われたなら、われわれの記録は世界に放映されるだろう。クリーブランドでは共和党に金で買われたごろつきどもがアフリカン・アメリカンの投票を妨害しようと卑劣な活動をしている。投票をやめないでほしい。僕と仲間たちはあなたたちのためにそこに行き戦いあななたちを守る。
「ジョージ.Wへ」"You're fired"の2ワードほどおそろしいものはないだろうね。まあ故郷で映画でも楽しんでくれ。
「ジョン・ケリーへ」君が就任したって僕らはどこにもいかないよ。君の手を握って君が誠実でありつづけることを見ているよ。裏切るな(もちろんそう信じてるとも)。アメリカ以外の世界のためにも。

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2004年11月01日

毘沙門(鎌倉長谷)-1

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鎌倉大仏の裏手は両側が山となっていて長谷大谷戸(おおやと)と呼ばれる閑静な住宅街だ。30年ほど鎌倉裏駅近くで営業してきた和牛ステーキ・しゃぶしゃぶ専門店『毘沙門』が昨年1月からこの奥にある自宅を改装して夫婦でやっている。
普通の住宅だから知り合いの家を訪ねるように玄関でチャイムを鳴らし、靴を脱いでスリッパをはき、20名ほど席のあるリビングに通される。一角が仕切られて調理場にされており、ご主人が鉄板に向かう。谷戸の緑が庭になっている。
仕入れる牛肉は価格を一定に抑えるために相場によって替わる。米沢牛、仙台牛、熊本黒毛和牛など。
きょうのサーロインは宮崎黒毛和牛。上質の脂がしたたっている柔らかい切り身を、からし醤油かポン酢に付け、ご飯、味噌汁と和風に食する。

ところで、BSEを契機に昨年成立した「牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報管理および伝達に関する特別措置法)」は、まず生産〜屠畜段階で施行されていたが、今年の12月1日から流通〜販売段階にも施行される。
販売店はもちろんだが「特定料理提供業者」(焼肉・しゃぶしゃぶ・すき焼き・ステーキを扱う飲食店)にも適用される。
これらの店では店舗の見やすい場所に、その日提供している料理に使っている牛肉の個体識別番号またはロット番号を表示しなければならない。
牛の個体識別情報検索サービスサイトにアクセスして、たとえばご主人から教わった10桁の番号を入力してみると、この日食べたステーキ肉は平成14年3月12日生まれの黒毛和種の去勢雄、宮崎県児湯郡川南町の荒瀬義晴さんによって飼育されたもので、今年9月17日に都農町のミヤチク都農工場に搬入、同日屠畜されたものであることが分かる。

携帯にも対応するようになると、焼肉を食べながら客が個体識別番号を入力して確認するなどという光景がみられるようになるのかな。

11 1, 2004 02.私の好きな鎌倉の店・和食 & 居酒屋 | | コメント(0) | トラックバック(0)