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2004年09月27日

『戦没画学生人名録』(編・戦没画学生慰霊美術館「無言館」)

040927gagakusei


東京美術学校(東京芸術大学の前身)、帝国美術学校(多摩美術大学および武蔵野美術大学の前身)、京都美術工芸学校(京都市立芸術大学の前身)、多摩帝国美術学校(世田谷区上野毛に創設された多摩美術大学の前身)などで絵を志し学んだ学生たちも、太平洋戦争中次々に応召され出征し戦死していった。

『戦没画学生人名録』は、戦没画学生慰霊美術館「無言館」(信州上田)の館主である窪島誠一郎さんと館のスタッフがこつこつと情報と作品を集め編んだ人名録(392名収録)だ。

どのページでもいい。たとえば大分県南海部郡上浦町出身「森崎勇」の項には、1941年(昭和16年)京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)での卒業制作の絵が掲載され、略歴が記される。同年卒業。42年応召。43年ビルマ(現・ミャンマー)インパール作戦の擁護で雲南省最西端ビルマとの国境に接する高地に出征。…1944年6月13日、怒江のちかくの上街の陣地において戦死。
同じ部隊の者が記す。「6月13日雨、雨に濡れそばっている陣地に、これでもか、これでもかというように情容赦もなく敵の砲弾が落下し交通壕をブチ壊し、掩体壕の土をブッ飛ばす。壕の痛みがひどくなった。この日の砲撃で森崎少尉が死んだ」(横田進著)

この本の21世紀版続編が編まれないようにすることは私(私たち)の絶対の責務だ。

9 27, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ |

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