« 『戦没画学生人名録』(編・戦没画学生慰霊美術館「無言館」) | トップページ | 地図と歩くおもしろさ-信州真田-2 »

2004年09月29日

地図を読むおもしろさ-信州真田-1

040929sanadamap

※地図はクリックすると拡大表示されます

若い頃から地図が大好きだ。手元に読む本(私は「重度活字中毒者」)がなくとも、なにかの地図が1枚あれば飽きない。
地図は単なる現在地や目的地にたどり着くためのガイドとしてだけではなく、歴史や政治・社会・文化の諸相が見え「世界観」が含まれている。
地図は「縮小」されるため、必ず選択・省略(それともかかわるが「記号化」)および強調という「編集」が加わる。
どんないい加減な観光地図からも、あるいは客観的にデータ化されたと見える2万5000分の1地形図にも、意識的に見ればそれらを読み取ることができるから面白いのだ。

地図といっても実にさまざまなものがある。
駅前の案内図、会社や店の所在を示す地図から区分地図帳、日本・世界地図帳、観光案内地図など私たちは毎日「地図」とつきあっている。
便宜的に目的で分けると「一般図」(日本では国土地理院2万5000分の1地形図や地勢図など)と都市図、道路地図、鉄道路線図、観光地図などの「主題図」の2つに分かれる。私たちが日常見る地図のほとんどは「主題図」だ。
作成方法によって分けると、現地での実際の測量・航空写真測量による「実測図」(2万5000分の1地形図)と、さまざまな資料、統計などをもとに作られる「編集図」の2つで、これも私たちが日常見る地図のほとんどは「編集図」だ。
体裁から分けると1枚ものが「マップ」、本に装幀された地図帳が「アトラス」。
「縮尺」による違いもある。
ただしこれらは紙媒体に限った話で「スクロール」すれば連続してみることができ、縮尺も替えられるデジタル地図(カーナビも含む)はではなんと呼ぶか。

私も参加している「田舎家を守る会」や長野県上田市を中心とする活性化を進めているNPO法人ルーバンデザイン研究所主宰の牧谷孝則さん(私の大学デザイン学科でも教えている)が主催するセミナーに行った。
3年ぶりに見る上田駅前はすっかり再整備され、駅前ビルにはコンパクトだがすばらしい図書館やインターネット環境、セミナールームなどを備えた「上田情報ライブラリー」ができている(ロゴデザインやライブラリーの色彩計画は牧谷さんが担当)。

セミナーの趣旨は、菅平の四阿山を源とし、真田から上田を流れ千曲川に合流する「神川(かんがわ)」沿いの地域を、対応する地図(2万5000分の1)をまず見て、その読み方(「読図」という)を学び、それぞれ問題意識を育んだ上で、地図を見ながら現地を歩く、というものだ。

講師は「田舎家を守る会」の当初の目的であった秋田・六郷の古民家の当主(残念ながら立派な蔵をもったこの家は維持できず取り壊された)であり、立正大学地球環境科学部でも教えている地域活性プランナー・寺田明司さん。

若い頃登山が趣味だったので2万5000分の1地形図の見方は充分わかっていると思っていたが、それはやはり山登りに関することに偏っていた。登山道や傾斜・崩落の地形をはじめ、植生、樹相、植生界、沢筋などはよく見ていたが「人里」についてはあまり関心がなく、山裾にきて展開する「河岸段丘」や「扇状地」の地形図からの判別、それによる集落の作られ方や土地利用についての読図など改めて学んだことがたくさんあった。
また私は車を運転しないので気に留めていなかったが、軽しか通れない道から1車線、2車線、4車線が2万5000分の1地形図で区別して記載されていることを初めて知った。

あらためて地図はおもしろい。

9 29, 2004 07.デザインの世界, 22.旅先で |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://radical-imagination.net/mt/mt-tb.cgi/2010

この記事へのトラックバック一覧です 地図を読むおもしろさ-信州真田-1:

» 雨竜地域 農地基盤図作成業務 別冊 社内報
国土交通省 札幌開発建設部発注の標記に関する業務は昨日、電子入札が行われ 開札の結果、当社が落札しました。 本年6月に受注した「雨竜川中央地区 空中写真撮影業務」で撮影した写真をもとにするもので 当社としてはその関連性から是非とも欲しかった業務です。指名された10社のなかには有力 企業が多数入っており、当社の積算で太刀打ちできるか心配しておりましたが、無事の落札で 嬉しい限りです。 契約書類の関係で今朝、営業課長とともに札幌開発建設部の担当部局へ伺いました。 他社と違って開発OBを...

2005年11月09日 10:33

コメント

蘊蓄、という言葉が、近頃は安っぽく使われている気がして不愉快なので、使いたくないのですが・・・という前置きで・・・高味さんの地図に関する蘊蓄にうなってしまいました。
人間は日常、国土地理院の地図に表示されているような視点から世界を眺めているわけではないのに、なぜか「宇宙人のように」無限遠の天空からズームインするような視点も好むのですね。

荘子の「逍遥遊篇」冒頭にある大鵬のまなざし「その遥かなる高みにひろがる天の蒼々たるは、そのまことの色なるか、その遠くして きわまるところなきがためか。その九万里の上よりして下を視るも、またかくのごとく蒼々たらんのみ」を連想しました。

近代自然科学のパラダイムを批判することが、まだまだ安直に流行っているような気がします。幾何学的空間認識は「まちがっている」というほうが当世ハヤリなのかもしれませんが、人間のスケールを超越した世界に夢を託した科学者(魔術師?)をバカにするには、自分も覚悟が必要でしょうに。
デカルトも、ニユートンもゲーテも怒ってるでしょ、天国があるとすれば。

私も地図が大好きです。
疲れているのに眠れない夜は地図を眺めて遊びます。

そして、高味さんがおっしゃるように、やはり自分の身体感覚とすりあわせ、練り合わせてこそ地図好きの醍醐味が深まるように思うのです。

小笠原 | 2004年09月30日 01:44

コメントを書く