アーニー・ディフランコの9.11
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私の好きなアメリカのシンガーソングライター、アーニー・ディフランコ(ani difranco)が、9.11後のアメリカを唄った「self evident(自明)」(アルバム「SO MUCH SHOUTING SO MUCH LAUGHTER」所収)がネットでも読んで聴ける。
「Righteious Babe Records」のなかのself evident
TUP(Transrators United for Peace=平和をめざす翻訳者たち)の池田真理さんが下記で日本語に訳している。
「アメリカ、インディーズの闘うヒロイン、アニ・ディフランコが歌う9月11日」
アーニー・ディフランコは1970年、ニューヨーク州バッファロー(エリー湖畔の商工業港湾都市・ナイアガラ観光の拠点でもある)に生まれ、9歳のころからギターを始め、14歳で曲を自作、バーやコーヒーハウスなどで歌う。15歳で家を出て自活。19歳のときには書いた持ち歌は100曲にのぼった。1990年、20歳のときニューヨークに移り最初の作品集のカセットを自作しつつライブ活動を行う。学生や若者たちに口コミで伝わり共感と支持を得ていく。
私にはフォークともファンクともジャズともクロスオーバーするアーニーの音楽を歴史的に位置づける力はない。
全部を聴いたわけでもなく詳細に検討したわけでもないが、彼女の唄はほとんどが「あなた」とのやりとりのスタイルをとる。そのなかで愛してはいながらの「あなた」への、「世界」への、今ある「自己」への違和感と決意が表明される。
世代は違うが、たとえば1968年に、カルチェラタンでバークレーでトーキョーで無数に繰り返された斜めに交差した恋人どうしの会話でもありうるかもしれないという想いがよぎる。
様々なプロモーターやメジャーレーベルも目を付けてアプローチしたが、アーニーは「自分のやりたいようにやる」という姿勢を貫き、全米各地を年200回に及ぶというロードを繰り返し、アルバム制作にも力を注ぐ。
今では「世界でもっとも成功したインディーズ・レーベル」と呼ばれ、「ニューズウィーク」誌の選ぶ「21世紀アメリカを動かす100人」のうちの1人に選ばれたほどだ。
しかし彼女はおそらくけっして「取り込まれない」だろう。
How can one talk on the role of politics in art
when art is activism
(もしアートが積極的な行動主義=現状改革への行動を意味するなら、アートにおける政治の役割=政治性をどのように語ることが可能だろうか)
とショートインタビューで述べている。彼女の中心的な関心はここにあるはずだ。
アーニー・ディフランコは、きわめて自覚的、思想的に「政治的」であり、「あなた」を撃つことによって権力を撃つ、「アメリカ帝国」にとって徹底して異物であり続けるだろう。
and, you know, they never really owned you
you just carried them around
and then one day you put'em down
and found your hands were free
(そうよ、彼らがあなたを思うようにしていたわけじゃない。あなたがやつらを連れ歩いていただけなのよ。ある日荷を下ろしてみたら、両手が自由に使えることにあなたは気付いたのよ)
ー"garden of simple"
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