ある在日バングラデシュ人に起きたことーそしてこれから日本人に起ころうとしていること
すでにドイツで逮捕された(その後フランスに移送)「イスラム過激派幹部」とされるフランス国籍のリオネル・デュモン容疑者が日本に1年2ヶ月ほどの間に4回入国していたことが判明し、日本のマスコミで「アルカイダ幹部日本潜入」「日本にもテロの脅威現実化」としてトップニュースで大々的に報道されたのは5月のことだ(なおデュモンがアルカイダと関係があるかどうかは未だに定かでなく、またなんらかの「イスラム過激派」に属しているとしても幹部であるかは疑わしいという情報がいろいろあるがここでは主題でない)。
問題は、デュモンが日本で「接触をはかった」とされたモハメド・ヒムさん(33歳)をはじめとするバングラデシュ人5人、マリ、インド、フィリピン人各1人計8人の在日アジア人が逮捕されたことをめぐることだ。いずれも微罪相当のいわゆる「別件逮捕」である。
しかしマスコミは警察のリークに沿って「アルカイダ関係者」としてこぞって扱った。
ヒムさんのことを、産経新聞は「普段は家族と暮らし、感じのいい、まじめな青年として環境になじんでいるが、もう一方では、国際テロ組織の一員としての顔を持っていた」と断定的に記し(社説で!)、週刊誌は彼らの顔写真とビンラディンの写真を並べてみせた。
ヒムさんは秋葉原に事務所を開き、横須賀基地のフィリピン人労働者などを主な顧客とする国際電話プリペイドカード販売やマレーシアでの携帯販売を行っていた。
毎日新聞は「東京・秋葉原の電気街や、米軍横須賀基地のある神奈川県横須賀市などに国際テロ組織の影が忍び寄っていたことに、周辺の住民らは不安と戸惑いの表情を見せた」と根拠のない不安を自分で煽り、
読売新聞は社説で「米同時テロのように、数年かけて支援組織をつくり、綿密に役割分担し、完全に準備を整えてテロを実行するのが、アルカイダの手法である。何の意図もなく、わざわざ米軍基地の前に事務所を置くだろうか。米軍の情報収集や、米軍を狙ったテロの準備行動だった疑いもあるのではないか」と書き「ヒム容疑者マレーシアに数百万送金、現地で幹部と接触」などと一貫して容疑が深まりつつあるような報道を続けた。
しかし2ヶ月たっても警察・検察は「アルカイーダの関係者」であることを8人について誰ひとり立証できず釈放せざるをえなかった。皆無関係だったのだ。
マスコミは逮捕するときは大々的に扇情的に書き立て放映し(それは世界にも発信される)、後はどうか。
読売新聞は7月8日付「『アル・カイーダとの関連、断定できず』ヒム容疑者を略式起訴」といかにも証拠不十分なので不本意だがという意味を込めた小さな記事で終わらせたのだ(略式起訴というのは別件逮捕の微罪についてのいやがらせのようなものでテロともアルカイダともまったく関係ない)。五十嵐仁の転成仁語 7月29日の「読売新聞はどう責任をとるのか」参照。他の新聞も1段のベタ記事の扱い。TVではほとんど報道もされなかった。
バングラデシュ出身のヒムさんは、カナダに渡り、そこで日本人女性と結婚、95年に来日した。6歳の息子と2歳の娘は「日本人」だ。
時給700円のアルバイトから始め、在日9年間で年商12億円まで育て築きあげてきた事業と信用の一切を失った。
警察はヒムさんの顧客をしらみつぶしに回り、国際テロ支援の疑いがあると銀行口座を調べたてた。数百人にのぼるヒムさんの顧客は「連絡しないでくれ」と関係を絶った。アルカイダ関係者の「容疑」を受けて逮捕されたと「報道された」だけで、会社事務所は家主から追い立てをくらい、NTTコミュニケーションは結んだばかりの契約を破棄し、佐川急便は取引を断り、海外送金もできず、クレジットカードも解約された。事業を展開していたマレーシアにもビザがおりず行けない。ショックで病に倒れた母がいる故国バングラデシュではすでにアルカイダの刻印を押され、裕福な事業家のイメージが拡がったので帰れば殺されるか誘拐されるだろう。回収できない売掛金などで逆に2億円の借金を抱えることになってしまっている。
これは東京新聞8/27朝刊「こちら特報部」がいう「風評被害」などという生やさしい性格のものではなく「社会的抹殺」ではないか。
「対テロ戦争」のためと称するなら人権などいくらでも蹂躙できる「愛国者法(Patriot Act)」を制定し、連邦法を改悪し、少しでも「疑い」があればどんどん拘束するアメリカ社会(ついでながらアメリカの世論調査では4割もがその際拘束された人への拷問を認めている)の後を日本は急速に追っている。
マスコミは公安警察の思い通りの拡声装置に成り下がった。
人々は不安を煽られ、批判的な思考力を喪い、一層の警察・監視国家化を求める。そしてこんな「疑い」を万一にも自分がかけられないように、「異を唱えない」「普通」に徹し、異物は無視し、関わりあいになることは極力避け、できれば「誰か」に、つまり「強力なリーダー・権力」に排除してもらいたいと願う、という方向になだれをうっている。
産経新聞は先の社説で、さらに話を広げて「日本に滞在しているイスラム系外国人は9万人ともいわれ、人と金のネットワークが出来上がっている。彼らはこの基盤を利用しているのだ」と在日イスラムの社会そのものがテロの温床になっているかのような暴論を吐いた。
東京新聞によれば「アラビア語を学ぶ日本人の教え子らも、電車の中でアラビア語の本を開いただけで妙な視線にさらされるとこぼしている」「日本人の学生に対してですらこうなのだから、滞日外国人のイスラム教徒はさぞつらいだろう」と同志社大学神学部の四戸潤教授が述べている。「数年前まではあったイスラムを知ろうといった友好的な雰囲気が消え、イスラム教徒に対しては聞く耳を持たないという風潮を感じている」。
ヒムさんは自殺を決意し、荒川の橋から飛び降りようともしたが「晩ご飯何時に帰る?」と携帯にかけてきた6歳の息子の声でふみとどまる。「息子にはこんなことがない世の中になるよう将来弁護士になってもらいたい」というのが彼の願いだ。
ニュースサイト『日刊ベリタ』は過去の報道を自己批判してヒムさんに謝罪し、当該記事を削除して、『日刊ベリタ』ー「日本政府、メディアは私の名誉を回復して」 アルカイダ関与が疑われて拘留43日 バングラデシュ人が訴えを載せている。
Asia Letter: He isn't from Al Qaeda, but who would know? -Norimitsu Onishi IHT
8 28, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)




