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2004年07月19日

桜蔭「女」vs. 開成「男」?

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AERAはふだんは買わないが、上記のタイトルがトップ記事(カテゴリー「人生」)として出ていたので思わずコンビニで買ってしまった(私も開成中学・高校出身で、在学中には桜蔭に通う”ガールフレンド”が一時いたこともある。卒業ははるか38年前のことだが)。

桜蔭と開成の92年卒業生各21名(73年度生まれ・現30-31歳・21名というのは両校とも同学年の1割以下の数)からアンケートを回収し、そこをたどって市場調査会社の起業女性、アメリカに留学を決めた女性弁護士、英会話スクール起業者、区議会議員など(まあいわゆる「勝ち組」なんでしょうね)を適当に紹介しながら、当時は「常識でしばられていた」「等質は適応力を欠く」などこれも適当に問題点をあげながら、けっきょく両校の卒業生は「資格職種や研究職が目立つ。年収は600万〜800万が最多。結婚率も公私の満足度も高く”高め安定”の生活がのぞく」と「分析」し、「成績の良い子が両校に集中し、東大に進み、また成績の良い子が集中。純化、均質化が進む循環」を少し嘆くようなポーズをとる(どこの「国」だってエリート校はそういうものだ)。

「卒業13年目アンケートで浮かぶキーワード」というのがサブタイトルだが、そもそもなにがキーワードなのか(小見出しはまったくキーワードとなっていない)、それがわれわれにとって、またこれからの社会にとってどういう意味を持つのかさっぱり分からない。
この記事はいったい誰に向けてのなんのための記事なんだ?

ジャーナリズムは、エリート・勝ち組意識をくすぐる、あるいはあこがれさせる、日本社会のなんの問題点もえぐらないこんな愚にも付かない記事(トップ記事!)の制作に精力を注ぐ前に、たとえば「言ってもしかたない」「どうせそんなことを言っても努力しろと言われるだけ」ということを繰り返し経験させられることを通じての「偏差値の低い者から”言葉を奪う”社会」『<対話>のない社会—思いやりと優しさが圧殺するもの』(中島義道/PHP親書)についてじっくり調査分析報道すべきではないのか。

7 19, 2004 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ |

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コメント

自分が類型に属することを無理矢理確認して、無理矢理安心する、そういう類型が存在する。

MT | 2004年07月21日 09:41

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