琥珀のネックレス
9 29, 2007 10.美術工芸, 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
鎌倉六地蔵前にあるお洒落な帽子屋さん「十三画」で一目で気に入った麦わら帽。
実は麦わらではなくペーパー製。
6 17, 2007 05.私の好きな鎌倉の店・その他, 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ルーマニアからきたエネ・ラダさん(「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」-日本橋高島屋)。
トランシルベニア山脈に近いブレアザ地方で、子どもの頃から母親に刺繍をはじめとする伝統民芸を教わり、刺繍職人に。その母親も母親から受け継いだのだろう。
生地は近隣農家の女性たちが農閑期にコットンを紡ぎ手織りしている。ガーゼのように柔らかな手触りで軽いが、とても丈夫。今の日本でこんな綿生地ができるのだろうか。
写真上奥の在日ルーマニア人通訳のアリーナさんが着ているのは30年前彼女の母親が着ていたものをもらったもの。白さは落ちているがやや生成りがかって風合いがすばらしい。
刺繍は幾何学模様が多く、小さな基本模様の列や対称配置が基本。色合いは隣のブースのハンガリー刺繍よりずっと控えめで落ち着いている。
魅せられてPartnerのために一着購入。
写真中は買ったものの背中にワンポイントの刺繍をしてくれているラダさん。
私と同じ歳。髪の毛同じだね、と自分の髪を指差すと通訳いらずで理解してにっこり。
5 6, 2006 10.美術工芸, 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ディスプレイ用マヌカンからこのシャツを外して見せてもらっても、私にはこのシャツの構造と着方がよく理解できなかった。
単純化していうとバスト以下のボディのための円筒形部分があり、その両脇部から巾20数センチほどの「∩」となった帯が、あたかも首からかけるかのように付いている。しかしそれにしては長いし、マヌカンは首からは下げていなかった。
ポロ ラルフローレン鎌倉の私の女性ものアドバイザー埋橋ちゃんから着方を教えてもらって唖然とした。
着方を記すと、ボディのための円筒形部分をまずすっぽりかぶり、バスト位置を合わせる。
次に両脇から「∩」のようについている帯状の部分を一回クロスさせ、その上の部分に首を通す。こうすると、よくある首を巻いて胸で交差するような形になる。
ところがここからが手品のよう。
柔らかく伸縮性のある首に巻き付いていた帯を両肩から二の腕まで引き下げてしまうのだ。首の後ろで巻いているのではなく、肩(というより上腕部)で着ている感じになる。だから、ボディ部とこの帯で作った部分との間の背中は開いている。
写真はかなり肩で着ているが、マヌカンはもっと肩を出し完全に上腕部で着ていた。
気が付いたのだが、この「∩」の帯は「メビウスの輪」となってボディ部とつながっている。
19世紀ドイツの数学者メビウスが考えた「メビウスの輪(帯)」は帯(矩形)の短辺と短辺とを一度ねじって付けることによって「表裏のない曲面」という立体認識の新たな地平を切り拓いたものだ。
この「∩」の部分の布地は胸から肩にかけて「表となり裏となり」ドレープの陰影を作り出している。
「表裏のない布帯」として「メビウスの輪」をシャツに応用するというデザインをどういうアイディアとプロセスで考案したのだろう、聞いてみたい。
7 20, 2005 17.衣・ファッション, 25.My Partner | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)

http://so-net.image.goo.ne.jp/image.jsp?&MT=%A5%AC%A5%F3%A5%B8%A1%BC&type=RNWより
またお役人(今回は環境省)が造った妙な英語もどき「クールビズ」とかいうのが「下達」されているそうだ。「お上」がこんなことを言ったって、民間の会社では上着とネクタイは会社に用意し、しかるべき時は着用するように、とかなる。
それは別として、率先して範を示そうという閣僚や国会議員たちのなんともおさまりのつかず冴えない「クールビズ」姿(羽田のサファリもどきも笑止だったが)をTVで見ていて、田中優子さんが『きもの草子』(淡交社)のあとがきで最後に記した一節を思いだした(『きもの草子』については友人の編集者が記事を載せているので見てください)。
「私の『衣』の理想は、究極ともいえるガンジーの衣だ。ガンジーは弁護士時代に着ていたスーツを脱ぎ、運動家時代に着ていた衣装も脱ぎ、最後は自分で紡いで、手織機で織った一枚の白い綿布を巻いた。それが抵抗と思想の表明であった。思想と衣食住が一致する - とても難しいことだが、私はそれをめざしたい」
「衣」は見てくれを着飾る単なるファッションではなく、生き方も信条も品性も現れる。
それはたとえ「着の身着のまま」の状況でも最低限の矜恃として意識されるだろう。
閣僚や国会議員たちの「クールビズ」姿は、彼らの生き方も信条も品性もがいかに低レベルかがみられて興味深い。
6 20, 2005 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)

パートナーが着付けを友だちに習っている。着物は母親のもの。
これは「銀座結び」というのだそうだ。どこからそういう名が付いたのか。
胸の下で絞める紐が少しきつく苦しくて貧血みたいにクラクラしてきたよぉ、とか、暑くて苦しくてスポーツジムで一汗かいたような感じだったよ、とかいろいろ泣き言を言っている。
日本の女は厳しい世界を生きてきたのだ。
〔追記〕
教えてくれている人のコメントによると、「銀座結び」というのは、銀座の粋なおねーさん達が、名古屋帯を使って角出しを締めたいというと事からできたそうだ。
〔追記・本人による反省点〕
・襟の長襦袢と着物がそろってないといけない。(白い長襦袢が見えているのが×)
・腰紐が見えては行けないのに見えてしまっている
・結んだ帯がキレイに角が立ち整っていない
・袖の長襦袢が見え過ぎ
6 13, 2005 17.衣・ファッション, 25.My Partner | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
30歳を過ぎたころから(1970年代の後半)、服(バッグ、傘、靴、財布等の小物も含め)はすべてラルフ・ローレンのデザイン・プロデュースするポロ(Polo)のものを買うようになった。だからもう「ポロ歴」4半世紀を超える。
別にいわゆるブランド志向ではない(そんなことばは無かった)。品質が良く永持ちしてリーズナブルな価格でデザインが気に入るものを探していてポロに出会い、私にはフィットし、それらとともに年を重ね、それ以外を探して歩く時間も志向もなかったということにすぎない。
「永持ち」ということでちょっといえば、26年前くらいに買ったクルミボタン付きポロの編み上げのベストはまだ現役だ。
15年前に鎌倉に越してきて、本格的なラルフ・ローレンの店「ポロ ラルフ・ローレン鎌倉」(鎌倉雪ノ下・若宮大路沿い)があってとても助かった。
写真右『時計じかけのオレンジ』(1971)のマルコム・マクダウェル似の喜内(きない)さん(メンズ担当)はそれ以来のアドバイザー、私のすべてのサイズとその変化、各種好みを熟知している。左の埋橋(うずはし)さんはホーム・ファーニシング担当、『蒲田行進曲』(1982)の頃の松坂慶子を彷彿させるすばらしい美人。
※ポロ ラルフ・ローレン鎌倉のX'マスパーティー(3階の「リストランテ ジョージ&レイ(George & Ray)」)にて
12 3, 2004 05.私の好きな鎌倉の店・その他, 17.衣・ファッション | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)