2008年08月27日

昭和7年の世田ヶ谷へ『マイナス・ゼロ』(広瀬正)

私はSF(サイエンス・フィクション)のあまり良い読者ではないが、それでも若い頃からずいぶんと読んではきている。
しかし、沖縄で暮らしていた頃に発表された広瀬正(1924〜72)の1970年から71年の一連の作品『マイナス・ゼロ』『ツィス』等は抜け落ちており、今回復刊されて初めて読み、瞠目した。

広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫・復刊)

タイムマシン、タイムトラベルものはH.G.ウェルズ以来たくさんあり、「親殺しのパラドックス」(過去に戻って、自分が生まれる前の親を殺してしまったら自分はどうなる?)や「パラレルワールド」(今現実だと思っている世界とは分岐した別の世界が並行して存在する)など、相対性原理等学術的な問題もからんでつきつめると頭が混乱してくるのだが、『マイナス・ゼロ』はタイムトラベルの「ズレ」が生み出すドラマを実に巧みに表現していて秀逸。たしかに「日本人によって書かれたタイムトラベル小説の最高傑作」(啓文社コア福山西店・三島さん)」

昭和20(1945)年、昭和38(1963)年、昭和7(1932)年が交錯する。

藤田敏八(『八月の濡れた砂』/1971等)はこの作品を映画化しようと企画したが、小説で活写されている昭和7(1932)年の銀座を再現するには、今の『Always 三丁目の夕日』(監督・山崎貴)で駆使されたようなCGやVFX(ビジュアルイフェクツ)技術の無い時代、コスト的にとても無理であり断念せざるをえなかったという。
今だったらできるのでは?どうよ、山崎貴さん。


この小説で面白いのは昭和7(1932)年の東京、世田谷梅ヶ丘という設定。
この年、旧東京市(現都心)の人口を周辺郡部の人口が上回り、合併して大東京市(人口500万)が誕生する。

しかし同書の中で引用されている当時の『アサヒグラフ』によれば、「東京市」に組み込まれたその頃の世田ヶ谷はこんな具合。
私の勤める多摩美世田ヶ谷上野毛キャンパスができるのもまだこれから3年後。

「野原がある、畠がある、田もあれば、林もある。これから市内という以上、もちろん人家も、町もあるにはある。ただ、撒きちらしたように点在する住宅であり、電車の沿線に細長くならんでいる町だ。
駒沢、世田ヶ谷両町に玉川、松沢両村が一緒になって出来たこの区は、11.734.698坪という膨大な面積。その中で元から町の形態を具えていたのは、わずかに玉川電車線路を中心とする世田ヶ谷町だけで、その他は、小田急、京王電車、目蒲電鉄二子玉川大井町線の駅々を中心に出来上がった新市街、新住宅地だ。

要するにこの世田谷区は今のところ田園が主であり、都市は従である。田園都市!そうそうこの田園都市という名称は何と、この区にぴったりとあてはまるではないか。従って、世田ヶ谷町の一部を除くほかは、すべてこの区に住む人々は田園の憂鬱と田園の喜びを味わっているといって間違いない。
ともあれこの区は、従来の市内という観念からは遙かに遠い区、したがってこの区に住むマダム連が、これまで口にしていた”一寸東京まで買い物に”という言葉を忘れるまでには相当の月日を要するであろう」

8 27, 2008 14.読書三昧, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月08日

札幌駅「星時計」

7年ぶりの札幌駅はすっかり変わり複合商業施設の集積となっている。

五十嵐威暢先生のデザインによるJR駅の星時計。

天空の星は(地球から見れば)北極星を中心に逆時計回りで24時間まわっている。

8 8, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月15日

黄緑色の意思表示

観光客が行き交う由比ガ浜通りのアジサイの鉢植えを付けた街灯、店々に黒ではなく鮮やかな黄緑色の布がさまざまな形で巻き付けられている。

それってどうなの鎌倉-2 商店街に斎場で記した葬儀場建設反対の意思表示。

6 15, 2008 06.私の好きな鎌倉の風景, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月23日

欧米諸都市と比べた東京在住者の環境問題意識と行動


博報堂生活総合研究所が、2008年3月、世界8都市(東京、ニューヨーク、トロント、ロンドン、フランクフルト、パリ、ミラノ、モスクワ)の生活者2,600 人に対して実施した環境意識のアンケート調査の結果がサイトに掲載されている。

博報堂生活総研・新着情報からPDFダウンロード

「自国は経済発展より環境保護に目を向けるべき」は8都市平均74.4%。
「自分には地球環境を守る責任がある」は8都市平均83.4%。
地球温暖化への危機感も80.9%.
地球環境の保護のために、あなた自身が多少の手間やコストをかけても貢献したいかどうかにも87.7%。
毎日の生活の中で、地球環境の保護につながる具体的な行動を実行しているかにも82.3%。

少なくとも世界の主要な大都市市民の意識が「経済成長・発展」より「環境優先」を、自分から貢献し行動することを当然とするようになっていることがはっきりしている。


ところが、よく内訳をみていくと、東京在住者は他の欧米諸都市と比べてかなり特異な傾向を持っていることがわかる。

地球温暖化進行への危機感はもっとも高い88.4%。
ただしこれは「やや」を含む数字で「危機を感じている」はパリ(57.3%)、フランクフルト(51.3%)などに比べるとずっと低い35.2%。

自国は経済発展より環境保護にもっと目を向けるべきは最高の90.2%。

自分には地球環境を守る責任があると思う87.4%。
ただしこれも「やや」を含んだ数字で「思う」はパリ(60.0%)、トロント(62.7%)などと比べるとずっと低い35.4%。

つまり、環境(問題)についての東京在住者の意識は他の諸都市とある程度遜色なく高い。

しかし、実際の行動に結びつく課題の理解と日常生活での実施となるととたんに軒並み最低レベルになる。

多少の手間やコストをかけても貢献したいか、への積極的なYesはパリ、ミラノ、トロントなどの半分の26.2%。
自分の日常生活が地球環境に与えている影響の理解は、どこも20〜40%だが東京はわずか8.6%。
地球温暖化防止のために自分がいつ、どこで、どのように行動すべきかを理解しているはダントツ最下位の8.2%。
「地球環境に配慮した行動」が日常的な習慣になっている、もダブルスコア以上の最下位、11.8%。
「地球環境に配慮した生活」が快適である、も同じくダブルスコア以上の最下位、10.2%。
そして「地球温暖化防止のために、現在の便利な生活を犠牲にしたくない」は「やや」も含めると41.6%で最高。


ここから見て取れるのは、問題があることはわかっており、それなりに危機感も持っている。
しかし、問題の知識、理解が足りないため、また現在の利便を犠牲にしたくはないという思いが強く、したがって日常生活のなかで具体的に「課題化」することができず、日常的な習慣化率もひじょうに低い東京在住者
の姿だ。

まさしくこれこそ取り組まなくてはならない「不都合な真実」。

5 23, 2008 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(1) | トラックバック(0)

2008年05月21日

石積みの表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-25)

石積みの表情(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-18)の12世紀の古い建物別景。
入り口の紋章は施療院を示すのか封建領主の家紋か。

5 21, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月20日

家造りの伝統(リムーザン讃歌 Homage to Limousin-24)

フランス・リモージュ(Limoges)の旧市街。
この地方独特の、一階は石造り、二階以上が木を組んだ漆喰造りの家々。

30年ほどで立て替えている今の日本とは違い、何世紀にもわたって住み続けていることの重み。

5 20, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月16日

120年前の関東地図

独立行政法人・農業環境技術研究所により、120年前の明治時代に作成された関東地方の「迅速地図」がネットで閲覧できるようになった。
歴史的農業環境閲覧システムサイト

「迅速測図」とは、明治初期から中期にかけて行われた簡便な測量法とそれにより作成された地図のこと。
主として土地利用がどうなっているかが中心とされ、田、畑、樹林、茅、荒地などに分類されている。
関東では平野部から房総半島を対象に、明治13(1880)年から明治19(1886)年にかけて作成された。

これをGoogle Earthに取り込み(取り込み方法は上記サイトFAQ参照)、レイヤーの透明度を変えると、明治初・前期(まだ「大日本帝国憲法」さえ発布されていない)の土地と人々の住まいのありようから、現代の衛星写真にまでスライドして見ることができる。

「誤差は大きな所で150m程度ある」とされており、私の住んでいる鎌倉を見ても、確かに若宮大路が東に150m、由比ガ浜通りが南に70mほどズレている。

しかし、まあこの頃の鎌倉が、江戸後期に盛んになった江ノ島弁天詣でのついでに脚が伸ばされるようになったとはいえ、半農半漁の寒村だったことがよくわかる。

5 16, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年03月18日

Yahooの「昭和レトロ地図」

Yahooが始めた昭和レトロ地図というのが地図・航空写真マニアの私にはとてもおもしろい。

東京23区の昭和30(1955)年の地図と現在の地図、昭和33(1958)年の航空写真と現在の航空写真(すべて1枚のシームレスでスクロール表示可能)を切り替えて見ることができる。
※「Yahoo!プレミアム会員」(月額294円)への登録が必要。

敗戦から10年、戦後の焼け跡と混乱からなんとか立ち直った頃、無秩序でつまらない今の東京のもととなった高度成長にがむしゃらに突っ走り始める前の時代。

表示しているのは私が18歳まで生まれ育ち暮らした文京区西片町(現・文京区西片)。
今はもう小石川何丁目、本郷何丁目となってしまった八千代町、柳町、初音町、森川町、菊坂町、戸崎町、久堅町など、小学生だった私が日常的に歩き回っていた懐かしい町名と路地。

3 18, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年02月13日

ペルージャ(Perugia)雪景

イタリア中部ウンブリア地方の州都ペルージャ。
標高500mほどの山の上にあり古くウンブリ人が住んだ(彼らに関してはほとんど分かっていない)。
その後エトルリア人が紀元前5世紀頃城壁都市を築く。
彼らが築いた周囲3キロメートルほどの城壁は今も残されている。

毛利元郎さんの扉の絵はこの城壁に作られた門だ。


中心にあるクワットロ・ノヴェンブレ広場際のバルで一休みしていると、雪が降り始めた。

「イタリア中世のもっとも美しい噴水彫刻」といわれるフォンターナ・マッジョーレ(1278)に雪が降りかかる。
後ろにあるサン・ロレンツォ大聖堂はこの噴水より100年も後で建てられた。

古代、中世から現代の営みまでが溶け合った街並みを雪の中歩く。

エトルリア人が紀元前4〜5世紀築いた堅牢なアーチ石門(アルコ・ディ・アウグスト)。

彼らは前3世紀ローマに屈するが、ローマも城壁や石門は焼き尽くせず、その上にイオニア柱やアーチを付け加えた。

後にローマ帝国の巨大領土に広めたアーチ式建築(ローマはギリシャ文化から多くを学ぼうとしたが、ギリシャ人はこのアーチ式建築は知らなかった)はエトルリア征服から学んだもの。

2 13, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年01月07日

ナポリのゴミ

ナポリは私たちが訪れた昨年1月のときも、繁華街でさえ街中にあらゆるゴミが散らかっていた。

はじめはゴミ収集の雇用創出のためにわざと捨てているのかとさえ思ったが、そういう問題でも住民のモラルとかいう問題でもなく、市やこの地方のゴミ処理行政が破綻しているのだった。

今日の朝日新聞朝刊では、いっこうに収集に来ないことに怒った市民たちがゴミを積み重ね、火を放つ事件が多発し、新しく処理場を作ろうとした周辺住民も反対し、暴動寸前とさえいえる状況になっていることを報じている。

写真は夜のナポリの小路で。

1 7, 2008 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年10月30日

ソーラー脱臭剤

クリーニングを頼んでいる白洋舎から「ソーラーデオ」という太陽光脱臭剤を購入してあったので庭で陽に当てる。

東京大学先端科学技術研究センター橋本研究室で開発されたもので、陽に当てることで何回でも繰り返し使えるという。

臭いの吸着剤(活性炭・シリカゲル)が働き、冷蔵庫、クローゼット、ロッカー、靴箱などに。

脱臭だけでなくもっとさまざまな用途のものが手軽にソーラーでできるといい。

10 30, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年06月13日

それってどうなの鎌倉-5 踏切注意

近所の好きな散歩道の江の電踏切。車は通れない。
しかしこの「危険電車注意」「踏切注意」という看板はなんなのだろう。

遮断機も無い頃なら分からないでもない(この掲示の方が先にあったと思う)。
が、電車の運行に連動した「踏切注意」の表示付き自動遮断機がすでに設置され、警報が鳴り赤いランプがせわしく灯り制御された遮断機が十分な余裕をもって降りるのだ。

別に「醜い景観狩り」をするつもりはない。
字が汚いとかいう問題でもない。

日本ほど宣伝広告看板が国中に雑然とあふれかえっている国はたぶん他にないが、それを「アジア的混沌の美」とする人もいるだろう。その中で生まれ育ち、なんの違和感も抱かない人もいる。

しかしそれに加えて日本は「公共的」とされる警告・注意の類いの掲示看板が世界でも一番異様に多いのではないか。

おそらくは「公共的」なことに携わる人々の「責任を負いたくない」(注意・警告は一応きちんとしましたよ)姿勢と、「市井」の人々の「管理されたがり」な怠惰と幼稚化(なぜ注意してくれなかったんだ)がこの国では連動し加速しているのだろう。

踏切を渡るなどということはまさしく「自己責任」の問題だろうに。

6 13, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 28.それってどうなの鎌倉 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年06月08日

ゴミ箱

おそらく1960(昭和35)年ころのゴミ箱。

まだ高度成長の大量生産ー大量消費ー大量廃棄の時代の前、人々の出す生活ゴミは今よりずっとつつましやかだった。コンビニもレジ袋も存在しない。八百屋は野菜を古新聞でくるみ、客は買い物かごに入れた。生ゴミはバケツに入れたものをチリンチリンという合図で路に出て収集車に入れにいった。

1964(昭和39)年の東京オリンピックをひかえ、外国からの客に見苦しいゴミ箱と収集風景を見せたくない、と時の建設大臣の指示で「ゴミ箱追放運動」がおこされ、オリンピックが開かれる頃には都内ではほとんどなくなりポリ容器の時代になる。

鎌倉御成の路地で。

6 8, 2007 06.私の好きな鎌倉の風景, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年06月03日

チェコのオイルランプ

オイルランプが好きで少しずつ集めている。

プラハ王城の「黄金の小路」にある石鹸やろうそくを扱う店で買ったもの。
蕾や実、葉などが入っていて美しく楽しい。

6 3, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年06月01日

それってどうなの鎌倉-4 鎌倉駅の張り紙

日本の建築、スペース、サイン等にかかわるデザイナーは、自分が最適と考えて創った差し引きゼロのデザインのそばにベタベタと同じ情報が張り紙で重ねられるのにたぶんうんざりしているだろう。

JR鎌倉駅。
サインとして「江の電」に乗るためにはどの方向に行けばよいかはすでに明瞭に提示されてある。

極限にまで「文字を痛めつけた」ようなこの張り紙は文字を愛するものとしてまったく堪え難い。
文章的にも冗長で醜悪な張り紙にいったいどんな必要性があるのか。

もし西口を出て江の電乗車券売り場が「左手にある」ことの情報が不足しているのが最大の問題ならば、本来の表示を「江の電・改札を出て左手」とでも変えればいい。

もっとも、その方向の改札を出てちょっとあたりを見回せば左手にあることはすぐにわかることだ。

6 1, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 28.それってどうなの鎌倉 | | コメント(2) | トラックバック(0)

2007年05月29日

誕生日祝いで

若い女友だちたちの誕生日祝いに。
フォーシーズンズホテル丸の内6階のスイートルームで。
それぞれ美しく歳を重ねていくのをみるのは楽しい。

彼女たちのひとりが連れてきている生後2ヶ月のミューちゃん。ソファーの背の上で寝込む。
Micと一緒に猫を飼うのもいいね、などとPartnerと話すが、もちろん単にかわいいだけではすまない、実際にはたいへん。

窓からの東京駅越しの丸の内側を眺めるとあらためてその変貌ぶりにちょっと絶句する。
少年の頃、記念切手が発売されると並んで買いにいった中央郵便局がかろうじて昔の面影を残し、しかしもう諦めきって「はい、再開発をお待ちしています」といった風情。

5 29, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

それってどうなの鎌倉-3 駐車場ラッシュ

鎌倉の旧市街の道は車社会には対応していない。
「古都保存法」などにより、高度成長期の都内のような、都電を廃止し主要路を拡げてひたすら車優先にし、周囲はつまらない中層ビルの街並みと化すことを免れてきた。

しかしここ数年の駐車場化の波はすさまじい。
市内への車の乗り入れを抑制する方向で動くべきなのに、これだけ車の利用を促進・増大することがまかり通るのはなぜなのだろうか。

今日も新たにひとつ、由比ケ浜通り鎌倉長谷で。

5 29, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 28.それってどうなの鎌倉 | | コメント(3) | トラックバック(0)

2007年05月23日

それってどうなの上野毛

勤め先の大学のある世田谷上野毛には、ふだん江の電由比ケ浜ーJR鎌倉ー横浜ー東横線自由が丘ー大井町線上野毛と乗り継ぐ。

上野毛駅は来年にかけて駅舎立て替え(安藤忠雄が設計デザインするといわれている)と急行通過のための工事が進行中。
自由が丘からは乗って6分なのだが、斎藤美奈子『それってどうなの主義』(白水社)に読みふけっていて、停車して開いたドアの外の風景に一瞬ここはどこ?状態になり、16年通っている駅にあやうく降り損ねる。

「ここは上野毛駅前緑化地域です。自転車をとめないでください」と記されたコンクリート鉢が並び、つまらない園芸花が半分以上枯れた状態で放置されている。
な〜にが「駅前緑化地域」。自転車をとめさせないためだけの小役人的浅知恵。

大学に行く途中の環八沿い4軒ほどが取り壊され更地になった。
たしか画材屋も含まれていたはず。
昭和30年代を思い起こさせる残った家の横腹が現れる。

5 23, 2007 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年12月14日

From Europ with Love - ル・コルビジェ「サヴォワ邸」

パリ中心部から西へRER(郊外電車)で30分、ポワシー(Poissy)のル・コルビジェ「サヴォワ邸(Villa Savoye)」

もし私が建築デザイン志望の学生だったら、感動とともに、これ以上のものはできそうにない、と絶望におちいるかもしれない。

12 14, 2006 07.デザインの世界, 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年10月09日

地方のロードサイド風景

日本の地方を高速道路ではなく地方都市をつなぐ国道やバイパスを車で走っている(私は運転はしないのでいつも周りを見ている)と、ロードサイドの景観のあまりの醜悪さに暗澹たる気分になる。
物理的に荒廃しているわけでも環境衛生的に不潔なわけでもない。

しかし田んぼの中にも突然出現する大型ショッピングセンターや町そのものといっていいショッピングモール、ファミレス、安売り紳士服店、けばけばしいパチンコ店、家電量販店、カラオケボックス、中古車販売、無数のコンビニ……。しばらく走ればまたこのワンセットが次々に現れる。

遠景になにか特徴のある山並みでもあれば多少区別はつくが、北関東だろうと、上越だろうと、東海だろうと、ここ20年ほどで今ではまったく地域の風土の歴史や個性も矜恃も無い留めない画一化された風景となってしまった。

安倍晋三は先週の国会で「ナショナリズム」についての見解を求められ「自分が生まれ育ち、慣れ親しんだ自然や祖先、家族、地域のコミュニティーへの帰属意識だ」などと答えていた。「近代国家」におけるナショナリズムをまったく理解していない、あるいは明治以降のナショナリズム形成の上でのこうしたすり替えを踏襲する人物を私たちはまた首相としていただく。
安倍のいうような牧歌的な「ふるさと」や「地域コミュニティー」を日本中で壊してきたのは君たちではないか。

90年代以降、グローバリゼーションによって「総フランチャイズド化」が世界的にも押し進められ、日本の地方は過疎山間部以外は「総郊外化」され「消費社会化」し「ファスト風土化」している。

若い世代がこれらの変化を所与の現実としてさして疑問も抱かず受けとめていることに胸が痛む。
大都市圏に現在住んでいる人間にとっても自分の住んでいるところだけでなく、地方地域を創り直すこと(単に「シャッター街」と化したかつての商業中心地を活性化させるというレベルではなく)を考えることはこれからの日本社会と生活にとって欠かせない。


調べ考えるきっかけとしてー

『儲かれば、それでいいのか—グローバリズムの本質と地域の力』(「環境・持続社会」研究センター発行・コモンズ販売)
『ファスト風土化する日本ー郊外化とその病理』(三浦展・洋泉社新書y)
『失われた景観ー戦後日本が築いたもの』(松原隆一郎・PHP新書)
『<景観>を再考する』(松原隆一郎他・青弓社)
『品格なくして地域なし』(晶文社)

10 9, 2006 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年05月31日

滝乃湯残影(鎌倉御成)

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鎌倉御成通りで昭和初期から75年営業してきた銭湯「滝乃湯」が3月に閉じ、解体が進められている。
古い風情のある昔ながらの銭湯で、店前の縁台にさまざまな人々が座り涼みながら談笑していた風景が懐かしい。

女湯の富士山、帆掛け船、松原のいわゆる「風呂やのペンキ絵」、左の男湯の絵は廃材の山で見えないがたしか桜。
洗い場のタイル絵。

下は昔の左官職人の仕事を思わせる壁の後と脱衣入れ。

なにか興行が終わり舞台道具を撤収しているようでもある。

5 31, 2006 06.私の好きな鎌倉の風景, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(1) | トラックバック(1)

2006年03月10日

老母用「簡単ケータイ」

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こちらは老母用に新たに家族割で購入した「簡単ケータイ」。
メール機能などは無くひたすら通話のみ。見にくい液晶画面もない。
通話ボタンと電話番号を押すだけ。
短縮もきっぱり3つ。3つあれば必要な世界へは通じる。

「自宅」「長男」などのシールが用意されているので設定して貼る。
「嫁」「婿」などというのもあるので笑ってしまう。

3 10, 2006 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年12月11日

わら灰

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藁(わら=主として稲藁)は縄文末期に稲作が受容されて以来、日本の生活文化の中心といってもよいほど日常生活のなかでさまざまに利用されてきた。
燃料、飼料、敷き藁、堆肥といった直接の使い方から、縄、筵(むしろ)、草鞋(わらじ)、俵、簑(みの)、雪沓、箒(ほうき)、土塀のツタ等々その拡がりはきりがない。

初めて見た「わら灰」。竹之家(鎌倉大町)で。
藁を中途まで燃やしたもの。火にかき寄せるとゆっくり燃え白灰になる。
火が「柔らかくなる」という。

12 11, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年12月02日

鎌倉の「塀・垣」-7

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ちょっとめずらしい、横組みに組んだ竹垣。
目隠し程度でいい場所は下が四つ目で緑がのぞく。

12 2, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年11月30日

鎌倉の「塀・垣」-6

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子どもの頃、おじいさんは山へ「シバカリに」というのがよく理解できなかった。絵本の絵もずいぶん適当だったように思う。

ひなびた柴垣。
路地に面してはおらず、もともとは屋敷があっただろう駐車場際なので家と家の境。

11 30, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年11月29日

鎌倉の「塀・垣」-5

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古くからのお屋敷が取りつぶされて更地になり、隣家との境のみごとな竹垣のみ残されていた。
針金などではなくきちんと棕櫚縄で締められている。

11 29, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

鎌倉の「塀・垣」-4

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ブロックで埋められている上部がかつてはどうだったのか。
この門の役割はわからないが、現在はブロックでふさがれ「トマソン」化している。

石垣については「ものと人間の文化史58」の『石垣普請』(北垣聰一郎╱法政大学出版局)が詳しい。

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2005年11月28日

鎌倉の「塀・垣」-3

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築地(ついじ)。
泥土を土手のように築いた垣の上を瓦や板で葺いた土塀。
法隆寺に鎌倉中期のものとされる最古のものがある。
古では官職についている人にのみ許され、壁面に引いた定規筋の数で格式を表した。京都御所、本願寺、東京の護国寺などの塀に、5本(最高位)の定規筋をみることができる。

写真は吉屋信子記念館(鎌倉長谷)の築地塀。
土は白ではなくほのかな桜色。木目を生かした焼き板がはめ込まれ、さらに竹垣がほどこされている。

11 28, 2005 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | コメント(0) | トラックバック(0)

鎌倉の「塀・垣」-2

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小路の板塀。
進入を防ぐというような意味合いはあまりなく景観的な目的の方が強いのだろう。
視覚的な外部との遮蔽が主たる目的なのだろうが、通風性はある。
しかし、通りから一本入り、また横に入った小路で「遮断」の必要はどのように生まれ、どのように結果しているのだろうか。

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2005年11月27日

鎌倉の「塀・垣」-1

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「塀」や「垣」というのは歴史的、思想的、デザイン的に考えて面白い対象だ。
「境界」というものを人間はどうとらえ、どうカタチにしてきたか。

鎌倉の街にはさまざまな塀や垣がある。少し意識して見ていきたいと思う。

鎌倉には竹垣がよく合う。小津安二郎の映画でもおなじみだ。
竹垣にも有名な桂離宮の桂垣をはじめ、四つ目垣、白竹菱垣などさまざまなデザイン、構築法があるがこれはいわゆる「建仁寺垣」。

建仁寺は、宋で禅を学んだ栄西(えいさい)が、鎌倉時代の建仁2年(1202)、京都に建立した臨済宗建仁寺派の大本山。日本では最古の禅寺。ここの竹垣を本歌とする代表的な垣根。
柱、胴縁竹、押縁竹に割竹を竪子として隙間なくくりつける。
遮断性が高い。

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2005年07月16日

ダ・ヴィンチのシステム手帳

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上の写真は手帳が欲しいという息子の19歳の誕生日プレゼント。
生後6ヶ月ほどの仔牛の皮(カーフスキン)を使ったバイブルサイズのシステム手帳。タンニンなめしされ、動物脂などで表面仕上げされていて、肌触り、風合いがいい。ステッチもしっかり職人仕事だ。ペンホルダーが太さに応じて変えられるのもなかなか。

「能率手帳」以降のシステム手帳の時代、Filofax、Sazaby、Ashfordなどそれなりに愛着を持って使ったが、PowerBookを四六時中持ち歩くようになってからは手帳というものをまったく使わなくなってしまった。
メモは時によって有効だし必要なのだがシステム手帳を使うほどではない。

下の写真は引き出しにしまってあった使い込んだAshfordのシステム手帳。かさばらず重宝し、それなりの歴史の想い出がある。

息子は何を刻むのか。

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2005年07月08日

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今の東京からは考えられないだろうが、私が子どもの1955年(昭和30年)頃の東京では普通の家で鶏がけっこう飼われていた。

私が育った山の手の本郷西片の父方の家でも7、8羽はいて、毎朝卵を産んだ。こうすると卵がうまくなるのだというので貝殻を砕いて餌にまぜるのをけっこうやった。
もちろん明け方ざわめきだし「コケコッコー」と激しく鳴くのだが、隣近所の誰ひとりうるさいなどとは言わなかった。

以降50年、東京は人々が住むのにより幸せな街になったのか?

※写真は母が作った木目込みの鶏(巾12cm)

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2005年05月20日