2008年12月29日

ガザへの空爆と第三次インティファーダ(民衆蜂起)


リウスのパレスチナ問題入門ーさまよえるユダヤ人から血まよえるユダヤ人へ』(RIUS/山崎カヲル訳/第三書館)より

占領ノートーユダヤ人が見たパレスチナの生活』(エリック・アザン著/益岡賢=訳/現代企画室)を読み始めているとき、イスラエルのガザへの空爆攻撃のニュースに接する。

イラク、アフガニスタンに加え、「イスラム原理主義過激派」とアメリカとそれに追従するマスメディアが決めつけるハマスが提唱する「第三次インティファーダ(抵抗運動)」に対して「テロとの戦争」という位置づけをするならば、オバマは泥沼にはまるだろう。


占領ノートーユダヤ人が見たパレスチナの生活』(エリック・アザン著/益岡賢=訳/現代企画室)より


リウスのパレスチナ問題入門ーさまよえるユダヤ人から血まよえるユダヤ人へ』よりイギリスの思想家バートランド・ラッセルのことば


パレスチナ情報センター
パレスチナの平和を考える会

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2008年11月27日

『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(町山智浩/文藝春秋)

カリフォルニアに1996年以来住むコラムニスト、映画評論家の町山智浩さんのアメリカ観察はとてもおもしろく、アメリカ日記も愛読している。

『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(町山智浩/文藝春秋)は、「普通の」アメリカ人の大半が、自分の街やせいぜい州(日本の”道州制”などとはちがい”State”だから本来ひとつの”国家”ではある)程度の範囲のことにしか興味関心がなく、世界はおろか自分の国(the United States of America)のことですらほとんど知らないこと、それはどうしてなのか、その結果どういう国になっているのか、それでも希望はあるのか、という根本的な問題を具体的なニュースや筆者自身の経験から描き出している。

別にユーモラスに書こうとしているわけではないのだが、日本のTVのバラエティやクイズ番組のおバカキャラなど目じゃない、あまりに私たちの常識とはかけ離れている普通のアメリカ人の無知と「知ろうとしない」姿に、いたるところで思わず笑ってしまい、また怖くもなる。

タイトルの『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』は別に冗談ではなく、権威あるナショナルジオグラフィック協会(月刊誌『ナショナルジオグラフィック』で有名)が18〜24歳のアメリカ人に対して行った調査(2006)によるもの。
「覇権国家アメリカ」の、まあ今では危うくなっているにしても、その次代を担う彼ら彼女らの半数がニューヨーク州がどこにあるかさえ示せなかった。

アメリカ以外の海外についてはもっとひどい。
世界地図をみても、自分たちが戦争をしかけ占領しているイラクを63%は分からない。オバマが「主戦場」と唱えているアフガニスタンにいたっては88%が知らない。
TV番組では、「悪の枢軸」のひとつとされるイランはどこですかと街頭インタビューされて、紳士が地図で指差すのはオーストラリア。

”アメリカが外国に戦争をしかけるのは地理の勉強をするため”というジョークがあるのもうなずける。
「パスポートを持っているアメリカ人は国民の2割にすぎない。他の8割は外国に関心がない。彼らが外国の土を踏むのは、銃を持って攻め込む時だけだ」

筆者は、アメリカ人の三分の一を占めるキリスト教福音派(「聖書以外を信じるな」「進化論は悪魔の嘘」「中絶は殺人」「ゲイは地獄に行く」などがスローガン)の狂信的かつ反知性的な姿とそれによる教育、これを大きな支持基盤とし、大企業、富裕層、ハゲタカ金融資本を優遇野放しにし、デタラメな戦争をしかけたネオコン、軍産複合体とその操り人形ブッシュと腐った政治、これとつるみ、嘘とデマゴギーをまき散らすメディアの姿を活写する。

この国に希望はあるのか?
ないわけじゃないという。
なぜなら「どこの国よりも激しく、その血を入れ替え続けているからだ」。

「カミさんの会社の同僚のホーム・パーティーに行けば、韓国、インド、ロシア、フィリピン、ドイツ、ブラジル……。世界じゅうの家庭料理が持ち寄られ、いろんな訛りの英語が飛び交う。…
最先端のビジネスの職場はどこもこんな風にマルチ・ナショナルでマルチ・エスニックだ。
一生に一度も外国に行かず、外国について何も知らず、聖書以外の価値を否定する”ブッシュ的”なアメリカ人たちのいっぽうで、こんな虹色のアメリカもある」

「ウチのご近所さんや娘の学校の友達の親たちは、イラン、クウェート、アフガニスタン、中国、台湾、モンゴル、チベット、韓国、インド、パキスタン、バングラデッシュ、ラオス、ベトナム、タイ、インドネシア、メキシコ、エルサルバドル、グアテマラ、ロシア、ウクライナの人たちだ。母国同士が対立していても、ここではみな隣人で、結婚したりもする。世界各国の事情は遠い外国のことではなく、常にご近所の問題として感じられる。
ここに住むことは”世界”に住むことだ。だから、もうしばらくここにいようと思う」

オバマの勝利は、この虹色のアメリカの勝利でもある。

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2008年11月21日

iPhone x BUSINESS PERFECT BIBLE』(田中裕子/翔泳社)

iPhoneのガイドブックは何冊か買ってみてきたが、どうにも内容が薄く不満だった。

今月出た『iPhone x BUSINESS PERFECT BIBLE』(田中裕子/翔泳社)は「デキるビジネスマンは使い方が違う」などという気恥ずかしいマーケティング的惹句は無視するとして、iPhoneに関する素晴らしいガイド。

私もテクニカルライティングはずいぶんしてきたので、筆者が単なる仕事として書いているのではなく、自分が使っていわば愛しているツールと環境と可能性について少しでも多くの人に分かりやすく知らせたい、伝えたい、つまり書きたいと思って書いているのがよくわかる。

たくさんの発見や使いこなしのヒントが載っていてうれしい。

11 21, 2008 09.ネットワーク・コミュニケーション, 14.読書三昧, 34. iPhoneの愉しみ | | トラックバック(0)

2008年11月16日

iPhoneでの読書のかたちのひとつ

iPhone用アプリ「Classics」をダウンロードしてみる。
『不思議の国のアリス』『野性の呼び声』『ロビンソン・クルーソー』『ジャングルブック』『海底2万マイル』など定番の古典が書棚に並ぶ(英文)。

『不思議の国のアリス』。
スクリーンの右側をタップするとページがめくられるアニメーションとともに次のページ表示になる。
左側をタップすれば、前のページへ。

ページがめくられるアニメーションギミックは今では別に驚くようなものではない。

注目すべきは、画面幅約50mm、行長約43mmという制約の中で、ここでは専門用語でいろいろ説明はしないが、とても読みやすいタイポグラフィー処理がされていることだ。

下は書棚から探し出して比べてみた "Lewis Carroll The Complete, Fully Illustrated Works" の同じページ。


過去記事:
「文庫リーダー・soRa」/ iPhone

11 16, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | トラックバック(0)

2008年11月13日

「文庫リーダー・soRa」/ iPhone

著作権の切れた、あるいは自主・自発的にフリーにした作家の著作をボランティアが入力しネット上でテキストが自由に読めるよう提供してきている「青空文庫」の一部をダウンロードして、縦書き表示で読めるiPhone用「文庫リーダー・soRa」。

iPhoneのスクリーンでもとても読みやすい。
左側をタップすれば次ページへ。

しかし、これは、明治以来親しんできた明朝体にすべきではないか。

作家別検索「は」行と樋口一葉作品の一覧の一部。
小林多喜二『蟹工船』の冒頭と途中。

現在はまだ30作家、1000作品だが、どんどん増やしてほしい。
出先で万一手持ちの本がなくとも、活字に飢えることがなくなる。


青空文庫

過去記事:
『蟹工船』(小林多喜二)

11 13, 2008 14.読書三昧, 34. iPhoneの愉しみ | | トラックバック(0)

2008年11月05日

「好戦の共和国」は変わるか?

オバマ勝利の報道に接しながら、『好戦の共和国 アメリカー戦争の記憶をたどる』(油井大三郎/岩波新書)を読んでいた。

アメリカはなぜ好戦的なのか、デモクラシーの先駆者を自負するのに……
という根本的な疑問を出発点とし、アメリカ現代史が専門の著者が、恩師・斎藤眞の「建国期をきちんと勉強しないとアメリカは分からない」という教えを思い起こし、植民地、独立戦争から9.11後の現在までの400年をわずか250ページほどの新書ながら総括していて示唆に富む。
アメリカはデモクラシーの先駆者を自負するがゆえに好戦的なのだ」という答えとの間の歴史の葛藤。

「Change !」「Yes, We Can ! 」のオバマも「対テロ戦争(War Against Terror)」というブッシュが敷いた問題構制は(選挙戦術上だけかどうかはまだ分からないが)継承している。

ついでながら日本の政治家やマスコミは、普通に訳せば「対テロ”戦争”」のはずなのに、「戦争」という言葉を意図的に避け「テロとの”戦い”」などと、あたかも「エイズとの戦い」「貧困との戦い」と同じような比喩的意味に薄めている。

インド洋給油などの民主党の暗黙の了解で進められている「テロとの戦いへの”協力”」は、これも普通に英語に訳せば「アメリカの対テロ戦争への”参戦”」以外のなにものでもない。もちろん「敵」とされている側はそうとらえている。日本国民に「参戦国」という意識はあるか

大義など崩壊して泥沼化し展望が見えないイラクから16ヶ月以内に撤退するというのは当然としても、「まだ勝利の可能性のある」アフガニスタンを「対テロ戦争」の「主戦場」ととらえ、部隊も増派して完遂するというオバマの公約が絶対に不可能なことを、アメリカ国民は、そして日本国民はまったく考えようとしていない。

11 5, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | トラックバック(0)

2008年11月02日

『まなづるとダァリヤ』(宮澤賢治)

深夜の庭に咲く白ダリア。


宮澤賢治に『まなづるとダァリヤ』という不思議な短編童話がある。

5年ほど前、デザイン学科の学生(沼田真央さん)が卒業制作としてこの作品を切り絵アニメーションにしようと試み(写真下)、私が担当指導した。

若い頃読んだ記憶がかすかにあったが、あらためて読み返してみると、なかなかに難解で、どこにポイントを置くか彼女も悩んだが私も指導に悩んだ。


丘のいただきにひときわ目立つ赤いダリアと侍女のような黄色いダリア2本。
赤いダリアは花の女王を目指し自らの美を誇り他からの賞賛を求めてやまない。
しかし栄華はつかの間で衰えが待っている。

「ほんたうを云って下さい。ほんたうを云って下さい。あなたがた私にかくしてゐるんでせう。黒いの。黒いの。」
「えゝ、黒いやうよ。だけどほんたうはよく見えませんわ。」

毎日のように飛び過ぎ、赤いダリアの求めにさしさわりない受け答えをしているまなづるは、しかしいつも沼のくらやみにつつましく咲いている一本の白いダリアにやさしく親身に挨拶し続ける。

「あっこれだ。これがおれたちの親方の紋だ。」
と黒い斑点のできた赤いダリアが人間にポキリと折られ連れ去られていく唐突な最後は今でもよくわからない。

「遠くからかすかに赤いダァリヤの声がしました。
その声もはるかにはるかに遠くなり、今は丘のふもとのやまならしの梢のさやぎにまぎれました。そして黄色なダァリヤの涙の中でギラギラの太陽はのぼりました。」


『連れて行かれたダァリヤ』という異稿が先立ってあり、2回改作され、昭和5(1930)年10月11日訂了とある(異稿『連れて行かれたダァリヤ』、訂了『まなづるとダァリヤ』とも『宮沢賢治全集7』/ちくま文庫所収)。

11 2, 2008 07.デザインの世界, 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | | トラックバック(0)

2008年09月02日

悼・伊藤和也さん(ペシャワール会日本人ワーカー)

2001年に鎌倉で中村哲医師の講演を聴いて感銘を受け、それ以来著書や関連書を読んできた。

アフガニスタンでペシャワール会の日本人ワーカー、伊藤和也さんが殺されてから、追悼の意を込め、またペシャワール会の活動の継続発展を願って、あらためて一連の著作を読み返している。

私たち日本人のほとんどはアフガニスタンのことを知らないし知ろうともしていない。

どこかインドの西あたりにあり、旧ソ連と戦争をしていたようだ。
そのあと狂信的なイスラム原理主義のタリバンが政権を握り、貴重な仏教遺跡を破壊したり、女性を抑圧した。
2001年9.11同時多発テロの後は、ウサーマ・ビン=ラーディンを匿うテロリストの温床となっていることが明らかになった。
アメリカの空爆などでタリバン政権は倒れ、民主化が始まったはず。
しかしその後タリバンが復活し、治安の悪化やテロの危険が増している。
テロを封じ込めるために日本としても協力しなければならない。

アメリカ政府と追随する日本政府の発表、それを垂れ流すマスコミを通じて、普通の日本人がイメージしているアフガニスタンはおおざっぱに言えばせいぜいこの程度のものだろう。

1984年、パキスタン北西辺境のペシャワールに赴任し、以来ほぼ四半世紀にわたって現地貧民やアフガン難民、そしてアフガニスタン国内にも診療所を拡げ、医療活動、井戸灌漑、農業振興に携わってきた中村哲医師が描き出すアフガニスタンと人々の状況はそのようなイメージからはほど遠い。

アフガニスタンの人々はもともと日本には親近感を抱いてきた。
古くは自らの脅威であったロシア帝国(北に国境を接している)を同じアジアの小国日本が日露戦争で打ち破ったこと。
そして、ヒロシマ、ナガサキは誰でも知っている。

しかし、湾岸戦争、アフガン空爆、イラク戦争、また今現在の米軍進駐を経て、アメリカに追従する日本の姿に人々は失望した、と中村医師はいう。
少しでもアフガンの人々のために、と思って活動している『丸腰のボランティア』日本人ワーカーでさえ、しょせん外国からの抑圧システムの一環でもあり、捕らえれば高い代償を得られると思われる存在になっている。

伊藤和也さんの死に、アメリカのいいなりになっている日本政府の責任もあるのだ。


今回の伊藤さん殺害を受け、日本人ワーカーはすべて帰国させ、中村医師のみ残ってペシャワール会の活動を継続するという。


アフガニスタンの人々と、「誰もが行きたがらない所へ行き、誰もがやりたがらないことをする」ペシャワール会の活動を少しでも知るために、ぜひペシャワール会サイトを訪れ、またその中の書籍案内から1冊でもいい、まず読んでみてほしい。

『丸腰のボランティアーすべて現場から学んだ』(中村哲・編/ペシャワール会日本人ワーカー・著/石風社)には、今読み返してみると、たくさんの日本人ワーカーに混じって、伊藤和也さんの写真も、会報に寄せた文も掲載されている)

享年31。
合掌。

9 2, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | トラックバック(0)

2008年08月27日

昭和7年の世田ヶ谷へ『マイナス・ゼロ』(広瀬正)

私はSF(サイエンス・フィクション)のあまり良い読者ではないが、それでも若い頃からずいぶんと読んではきている。
しかし、沖縄で暮らしていた頃に発表された広瀬正(1924〜72)の1970年から71年の一連の作品『マイナス・ゼロ』『ツィス』等は抜け落ちており、今回復刊されて初めて読み、瞠目した。

広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫・復刊)

タイムマシン、タイムトラベルものはH.G.ウェルズ以来たくさんあり、「親殺しのパラドックス」(過去に戻って、自分が生まれる前の親を殺してしまったら自分はどうなる?)や「パラレルワールド」(今現実だと思っている世界とは分岐した別の世界が並行して存在する)など、相対性原理等学術的な問題もからんでつきつめると頭が混乱してくるのだが、『マイナス・ゼロ』はタイムトラベルの「ズレ」が生み出すドラマを実に巧みに表現していて秀逸。たしかに「日本人によって書かれたタイムトラベル小説の最高傑作」(啓文社コア福山西店・三島さん)」

昭和20(1945)年、昭和38(1963)年、昭和7(1932)年が交錯する。

藤田敏八(『八月の濡れた砂』/1971等)はこの作品を映画化しようと企画したが、小説で活写されている昭和7(1932)年の銀座を再現するには、今の『Always 三丁目の夕日』(監督・山崎貴)で駆使されたようなCGやVFX(ビジュアルイフェクツ)技術の無い時代、コスト的にとても無理であり断念せざるをえなかったという。
今だったらできるのでは?どうよ、山崎貴さん。


この小説で面白いのは昭和7(1932)年の東京、世田谷梅ヶ丘という設定。
この年、旧東京市(現都心)の人口を周辺郡部の人口が上回り、合併して大東京市(人口500万)が誕生する。

しかし同書の中で引用されている当時の『アサヒグラフ』によれば、「東京市」に組み込まれたその頃の世田ヶ谷はこんな具合。
私の勤める多摩美世田ヶ谷上野毛キャンパスができるのもまだこれから3年後。

「野原がある、畠がある、田もあれば、林もある。これから市内という以上、もちろん人家も、町もあるにはある。ただ、撒きちらしたように点在する住宅であり、電車の沿線に細長くならんでいる町だ。
駒沢、世田ヶ谷両町に玉川、松沢両村が一緒になって出来たこの区は、11.734.698坪という膨大な面積。その中で元から町の形態を具えていたのは、わずかに玉川電車線路を中心とする世田ヶ谷町だけで、その他は、小田急、京王電車、目蒲電鉄二子玉川大井町線の駅々を中心に出来上がった新市街、新住宅地だ。

要するにこの世田谷区は今のところ田園が主であり、都市は従である。田園都市!そうそうこの田園都市という名称は何と、この区にぴったりとあてはまるではないか。従って、世田ヶ谷町の一部を除くほかは、すべてこの区に住む人々は田園の憂鬱と田園の喜びを味わっているといって間違いない。
ともあれこの区は、従来の市内という観念からは遙かに遠い区、したがってこの区に住むマダム連が、これまで口にしていた”一寸東京まで買い物に”という言葉を忘れるまでには相当の月日を要するであろう」

8 27, 2008 14.読書三昧, 16.都市・住い・インテリア・暮らし | | トラックバック(0)

2008年08月19日

『早刷り岩次郎』(山本一力/朝日新聞社)

幕末、安政2(1855)年の「安政大地震」によって、江戸の街はなぎ倒され、深川一帯も「町が平べったく」なる。

「大事な摺り物なら、釜田屋さんに頼むのが一番」といわれた「版木彫りと摺りを請け負う老舗」深川冬木町の釜田屋岩次郎は妻子も腕利きの職人たちも失った。

岩次郎は失意の中から、思案を重ね、翌年、生き残った番頭や職人頭たちを集めて宣言する。
「摺り注文を待つのではなく、みずからの力で摺る瓦版の版元になる」
今でいうなら印刷屋から新聞社になるというようなもの。

しかも今までにないような瓦版「早刷り」ーその日のうちにその日の出来事をまとめ、翌朝には摺り上げてあちこちで売り出す。
だれよりも早く、そして子細に正しく伝えること。
瓦版として前例のない桁違いの一日二千枚、それを毎日続ける。

ここから発行までの半年間、悪徳商売敵、貸し証文を買い取り佐渡の人足に売り飛ばす証文屋、悪評高い改悪金貨を瓦版を使ってイメージアップさせ出世をもくろむ旗本とそれとつるむ大店の主、等々さまざまなからまりがあるのだが、若い頃から取材・ライティング、編集デザイン、製版・印刷の世界に関わってきた私にはこの早摺りを実現するための手だてを考え作り上げていき、職人たちがそれに応えていくさまがたまらなくおもしろい。


まず「耳を澄まし、鼻を効かせて、四六時中おもしろい話しを拾って歩く」「耳鼻達(じびたつ)」と名付けた物書きたち。
集める記事は出来事だけではない。土地の名物や美味いものにも目を配る。
似顔や情景を描く絵描きも同行する。
取材・インタビュー記者とカメラマンだ。

この頃の江戸は、武家・僧侶が50万人、町人が58万人ほどで100万人を超える。
武家・僧侶は読み書きできるが、岩次郎は早刷りの上得意になるだろうなのは町人、それも店子ではなく日銭を稼ぐ職人や長屋の女房連中と見定めている。
彼ら、彼女らは読み書きに長けているとはいえない。
したがって次は読みやすくする工夫。絵や絵文字、ひらがなを多用する。

広目(広告)集めの者たちは大店、湯屋、料理屋等に散る。
1日2000部が10名に回し読みされたら2万の人に伝わる。
使っている土佐紙はものを包むのにも使え、開いたときにはまた広目効果がある。

耳鼻達が集めてきた原稿をまとめる。絵描きが挿絵を添える。
仕上がった原稿と絵は「枠切り」に回される。
暮れ六つ(午後6時)頃だ。

文字を読みやすくするために早刷りのサイズは従来より大判の菊判半切(はんせつ)四つ切り(318 x 234mm)。
下部の広目(広告)枠を除き、一段12文字30行が五段、すべてを文字だけで使えば一日分に使える文字数は1800字。

しかしすべてを文字に使えるわけではない、大見出し、小見出し、そして挿絵の分も必要だ。
それらを按配するのが「枠切り」職人の仕事。見出しも彼らが考える。今でいう整理や編集レイアウト。
真夜中を過ぎて「枠切り」が仕上がる。

岩次郎が赤摺り大見出しにチェックを入れる。先の早刷りで放火犯の似顔絵を載せ、それがもとで犯人が捕らえられたのだ。
「下手人にお縄が打たれた」
しばし思案し朱を入れる。
「下手人、御用だ」

「枠切り」職人が描いた「按配絵図」(レイアウト指定)にそって、本文文字を彫るのに長けた「段彫り」職人が版木を彫る。
絵や大見出しはまた別の彫り職人が担当する。

彫りから摺りへ夜鍋仕事が続く。

岩次郎は名刹本堂の大法会でも使わないほどの量の特注ろうそくを用意し、職人たちの手元は昼間と変わらぬほど明るい。
「ろうそく代がどれほど高額かは、職人たちのだれもが知っている。言葉ではなく、明るさで岩次郎は職人たちを励ました」

朝方摺り上がった早刷りを20名の売り屋たちが100枚ずつ持ち、四つ(午前10時)の販売開始に向けあちこちに散る。
待ちかねた人々の間であっという間に売り切れる。

どこそこの町で元気な双子が生まれた、こういうことは皆で祝おうじゃねぇか。
それなら弔いもあるぜ。
広目に特典を付けて持って行けばなにかいいことがあるようにすれば…。
アイディアが拡がる。

圧倒的な人気を誇るようになるが岩次郎は一人勝ちはよくないと考える。
せめてもう二つは競合相手があり、それぞれが個性的な紙面を作ればもっと活気が出る。


岩次郎だけでなく、まっとうな商人や職人たち、船頭などの器量と人格、矜持と気配りがすがすがしい。

8 19, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | トラックバック(0)

2008年08月16日

『コンビニのレジから見た日本人』(竹内稔/商業界)

「コンビニ(Convenient Store)」は日本全国に今や4万店超ある。
大量生産・輸入ー流通ー安価な販売、利便効率第一という現代日本社会の縮図。
人がある程度まとまって住んでいる地域で無いところなどないほど普及している。
こんな異常な国は世界で日本以外にはない。

著者は1968年生まれ。高校1年からスーパーで、大学に入ってコンビニでアルバイトを続け、コンビニ業界に深く興味を持ち、以降、一般従業員、店舗マネジャー、店長代行、オープニング店舗指導員、不振店再興指導などに携わり、現在は4店舗を経営している。

「私はコンビニの売場が好きだ」
著者は1日平均13時間働き、そのうちの半分は「レジ」に入り、1日1,000人のお客と応対する。

この本はしかしコンビニの業界本ではない。

コンビニは、日本人が最も緊張から解放されリラックスできる空間になっている。
職場や家庭、世間での煩わしいつきあいの気苦労から離れ、そこでは自由気ままに振る舞えるかのように思われ、だからこそここを通して現代の日本人の本音、本性が現れる。

コンビニのレジで、「毎日、人間の、日本人のシャワーでも浴びているような」20年以上にわたる経験と観察から、コンビニ自らがお客の「もっと便利に」という「わがまま」にひたすら応える形で成長してきた自戒をふまえた上で見えてくる「今の日本人は、明らかに失くしてはいけないことまで失くしつつある」状況に警鐘を鳴らし、真っ当な社会になんとかしたいという願いを込めた本なのだ。

第1話「日本人は『コンビニでは何をしてもいい』と思っている」から、店頭ゴミ箱の悲惨な状況、店舗にとってはもうメンテ負担が限界に達している公衆便所以下にしか思われていないトイレの汚しようの惨状、従業員を「人」とは思わず「声を出さない」日本人、すぐにキレ、ストレスを従業員に発散する人々、子どものような親に育てられ買い物のマナーも躾けもできていない子どもたち…。

現場を知らず、矛盾難題は個別店舗に押しつけ「善悪」ではなく「損得」勘定だけのフランチャイズ本部。

一方で「ワタシ、アイサツトカ、キライナンデス」という女性従業員。
「えぇー、廃棄(廃棄食品)食べられなかったら意味ないじゃないすか」という応募者。
商品を運んでも力加減の分からない若者たち…。


ほとんど末期的というしかない状況の中で、しかしコンビニを愛する著者は訴える。

「コンビニから日本を変えよう!」「コンビニから日本を良くしよう!」

政治家や有名人の発言より、日々の買い物での態度、習慣の方が人間のあり方に与える影響は大きく深いと著者は考える。

商人はお客に対する教育者でもある。
親と学校の先生以外に、子どもにあるべき買い物の態度を教えられるのは、商人しかいない。
その誇りを持ち、日々毅然として、お客のひどい態度を変えていく勇気を持たねばならない。

そのための具体的な第一歩はお客への声掛けの徹底。
「いらっしゃいませ」「こんにちは」
「ありがとうございました、またお越しください」
まったく当たり前のことだが、全国で80万名は優に超えるだろうコンビニ店員がこれを徹底したら何かが変わるだろう。


私たち利用者にとってはたった一言でいい、心のこもった「ありがとう」から始まる。

悪循環のなかのマニュアル通りの投げやりなバイト従業員の心の中の何かが溶け、私たちの心の中のこれでいいのかという何かが変わるかもしれないではないか。

8 16, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | トラックバック(0)

2008年08月02日

『海はゴミ箱じゃない!』(眞淳平/岩波ジュニア新書)

毎日のように由比ガ浜を歩いていて本当にゴミが多いと感じる。
海草に混じって、ポリ袋、空き缶、使い捨てライター、魚網、発泡スチロール容器…。
由比ガ浜は今「海水浴場」シーズンだから、毎日「回収」「清掃」され、それでも少ない方なのだ。
江ノ島の片瀬海岸東浜では海岸清掃用の特殊車両が毎日のように早朝活動している。


7月に刊行された『海はゴミ箱じゃない!』(眞淳平/岩波ジュニア新書)を読むと、日本中の海浜と海底がゴミ箱のようになっていることがわかる。

「世界自然遺産」に指定され国立公園特別自然保護地区として厳重な管理下にある北海道知床の海浜は、日本海の対馬海流に乗り、宗谷海峡を抜けて回り込み、親潮に押し流されて漂着した大量のゴミが堆積し、その上をヒグマが歩いている。

沖縄西表島の美しいマングローブの汽水域には満潮で押し上げられ引き潮でひっかかった発砲スチロールのフロートやペットボトルなどが散乱する。

閉鎖性の強い瀬戸内海は底引き網を上げるとゴミだらけ。

海浜の人工ゴミの8割は様々な流れに乗って漂着するもので、回収しても切りが無く、数十年前こんなことは想定されていない時代に作られた法律のもとで行政も効果的な手を打つすべも財源もない状況が続いている。

これらのゴミはどこから来るのか。
ほとんどが街から川へ流れ、海へ、そして打ち上げられるもの
なのだ。
川辺での不法投棄物が流されるというようなものもある。
山奥から発した川はすべて海に注がれる。
だから海に面しない内陸の街や人たちも無関係ではまったくない。

国内だけでなく、台湾、中国、韓国などからのものもたくさん。

遠い南の島から打ち寄せられたヤシの実に叙情を感じているような時代ではもうなく、危険なものも少なからずある。
集魚灯、蛍光灯、危険物が入ったポリタンク、注射器等々。
覚醒剤が残った注射器も見つかっている。
今年1月から3月にかけて、沖縄から北海道までの広範な海浜に、海苔養殖などで使用する硫酸、塩素系漂白剤など取り扱いが危険な薬剤が入った4万個にものぼるポリタンクが韓国から流れ着いた。
これらは善意の素人が安易に回収・廃棄できるものではない。

木の枝や海草類など自然に還るものはいい。
人工ゴミの中で一番やっかいで、由比ガ浜でも目立つのがプラスチックだ。

「国際海岸クリーンアップ(International Coastal Cleanup)」(ICC)が1990年に日本でも始められて以来2007年までのデータを総計すると、回収されたゴミの8割がプラスチックなのだ。

プラスチックは石油を原料として人工的に合成された高分子物質。
軽くて強い、腐ったり錆びたりしない、絶縁性に優れている、着色が容易、大量生産・加工が可能なため、20世紀最大の発明のひとつといわれ、『生きのびるためのデザイン』『地球のためのデザイン』などで知られるナチュラル・デザインのヴィクター・パパネックでさえ期待を寄せてしまった。

プラスチックといっても種類は多種。
レジ袋などに使われるポリエチレン(ポリ袋)、食品トレイなどのポリスチレン、カップ麺などの発泡ポリスチレン、ペットボトルなどのPET=ポリエチレン・テレフタレート、ダイオキシン問題で知られるようになった塩化ビニール等々。

現代の私たちの生活の中で、電化製品、日用品、食品容器、包装などから住宅建材、乗り物、産業用資材にいたるまで、プラスチックは広く奥深く入り込んでいる。

この半世紀でのプラスチック生産の急激な増加は驚異的だ。
   
1960年(日本) 55万t(世界全体)530万t
1980年(日本) 750万t (世界全体)6000万t
2007年(日本)1300万t (世界全体)2億万t

プラスチックは埋めても焼却しても自然には還元しない『人類が消えた世界』にも記されていたように何千万年かかけてプラスチックを自然元素に還元できる微生物が進化でもしない限り)。
これまでの通算で30億tを優に超えるプラスチックが生産され、海を含む地球環境にばらまかれている。
こうした生産ー消費ー廃棄の変化が「30年前には考えられなかった」ような大量な還元循環不可能なゴミを産みだしているのだ。

海へ流れ込んだプラスチックは生態系にも深刻な影響を与えている。

直接の場合もある。
ウミガメの胃の中から出てきたプラスチックゴミの集積、コアホウドリという海鳥のヒナ3羽の胃の中にあったプラスチック類の写真は衝撃的だ。

砕かれ微細となった無数のプラスチックは回収不可能であり、1000分の数ミリというプランクトンにも吸収されている。
プラスチックを吸収した植物プランクトンを動物プランクトンが食べ、小魚がそれを食べ、大型の魚や海洋性哺乳類や鳥が食べ、ヒトがそれらを食べる連鎖のなかで、排出されないプラスチックや、まだ判明していないものも含めてプラスチックに吸着した生殖不全を引き起こす環境ホルモンが濃縮される。

日本は国内ゴミにより自分で加害者であり被害者であり、海外からのゴミの被害者であるとともに、同時に海外への加害者でもあることも知らねばならない。

日本国内から海に押し出されたゴミは海流に乗り、はるかハワイ諸島のミッドウェー環礁などに流れ着く。
上に述べたアメリカの研究者から提供されたコアホウドリのヒナ3羽の胃の中からは、80個以上のプラスチックゴミが出てき、合成洗剤やマヨネーズのフタ、サインペンなど多くの日本製品が検出された。


羅臼沖海底のゴミの山、ペットボトルのフタを「宿」にするヤドカリ、河口のゴミのため遡上できないまま死んでいく鮭、ゴミを避けながら浜にあがり、月明かりではなく海沿い道路の自動販売機の明かりをめざしてしまうウミガメ、魚網がからみついたウミガメやアシカ、深海探査船「しんかい6500」が水深6270mで撮影した海底のマネキンの首の写真などをみながら、何を知り、何をすべきかを考えるためにー


JEAN/クリーンアップ全国事務局
散乱ゴミの調査・クリーンアップを通じて海や川の環境保全をおこなっている環境NGOサイト。
漂着ゴミに関する情報、全国200カ所以上で行われる国際海岸クリーンアップ(ICC)の案内やデータ、豊富なリンク。

かながわ海岸美化財団
サイト内の「ボランティア清掃カレンダー」というコーナーで、神奈川県内の海岸清掃活動を紹介。
また自分たちのグループで清掃しようとする際に、道具の貸し出し等サポートもしてくれる。


『海ゴミー拡大する地球環境汚染』(小島あずさ・眞淳平/中公新書)
『プラスチックの海ーおびやかされる海の生きものたち』(佐尾和子・丹後玲子・根本稔編/海洋工学研究所出版部)

8 2, 2008 14.読書三昧, 28.それってどうなの鎌倉, 31. 「不都合な真実」をデザインする | | コメント(1) | トラックバック(0)

2008年08月01日

野菜づくりの私の指南書

1990年頃、鎌倉・佐助の谷戸奥の古い貸家に住み、その上のもう人家もない尾根下に思いがけず広がっていた荒れ放題の空き地を見つけて、まあ勝手に「開墾」し、野菜とハーブを少しずつ試していたとき以来の最良の指南書が、この『新版 農薬を使わない野菜づくり』(徳野雅仁/宝島社)

それ以来、無くしたり買い直したりで、もう何冊か目になる。
(他にも同著者で『自然流家庭菜園のつくり方』/宝島社・『無農薬自然流野菜づくり』/ひかりのくに)等。

著者はもともとイラストレーターなので、発芽から成長、収穫までを実際のサイズでリアルに描いていて楽しい。


無肥料、無農薬、無耕転、そして「雑草」と共生させること、組み合わせた混作や輪作により、土壌は年々豊かになり、虫が多くいてもそれらを捕食する虫も多いので「虫害」は発生しない。

実際「開墾」をこの方法で始めて2年ほどで土はフカフカになり、長い棒を突きさすと、抵抗なく1m50cmほどは沈んだ。
植物の根やミミズや膨大な微生物たちが、自然に土を豊かなものに変えてくれているのだ。

こうした土の地下10cmほどのところには、ほんのスプーン小さじ1杯ほどの土に数億の微生物が含まれており、すべて他の世界と連関し、循環しあっている。

農薬、化学肥料、遺伝子操作等人間が創り出したものはこうした連関と循環を断ち切り、自然世界の一環でありながら目先の経済効率のためにそれらに頼っている人間たちのあさましく未来がない姿を浮き彫りにしている。


たとえほんの畳一畳ほどの土でも、ベランダのプランターでも、キッチンの窓辺でも、一日3時間ほどの日照でもいい。

これらの不断な自然の日々の営みを観察し、実感し、驚き、楽しみ、収穫し、味わい、感動し、学ぶことは必ずできるしやってみてほしい。

あなたの人生の転機になりうる。

8 1, 2008 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | トラックバック(0)

2008年07月07日

観察と発見、疑問と仮説、そしてまた新しい発見へー『雄大昆虫記 ぼくのアシナガバチ研究所日記』(中川雄大・くもん出版)

『雄大昆虫記 ぼくのアシナガバチ研究所日記』(中川雄大・くもん出版)は、長野県白馬村に住む少年が、身近なアシナガバチを小学4年から6年まで観察や実験を重ねた日記や絵、写真をまとめたもの。

北アルプス・白馬岳の麓、白馬村は自然がいっぱいだ。
雄大少年も大の虫好き。
2年生のときには「キアゲハの観察記録」で賞を取っている。

4年生になったとき、新しく赴任してきた先生はそれを知り、「雄大くん、コンクールを目標にがんばりますか? いちばんのごほうびに、海外旅行に行かせてくれるコンクールもありますよ」と勧める。

「昆虫が教えてくれる不思議な世界。そして観察をするとコンクールが待っている! そのダブルの魅力はぼくの心を動かした」
そして家に巣をつくるアシナガバチの観察を始める。


小学4年生のときの「ぼくとバーラの物語」の章。

八重桜が満開の頃、巣を作った「ヤエラ」ちゃんの、幼虫がまだ入っている巣が強風で落ちてしまった。ヤエラはもう諦めて戻ってこない。
バラのそばに巣を作ったので「バーラ」と名付けた女王蜂の巣にこの落ちた巣を瞬間接着剤でくっつけてみる。

バーラは最初の3分くらいは怒っているよう。
「けれどバーラはすぐにヤエラの巣に移って、部屋の中の幼虫のようすを見てまわっていた。そして午後までには、落ちたときにつぶれた部屋の入り口の部分が、きれいになおしてあった」
「バーラは、自分の巣とヤエラの巣と、二つ分の子どもたちを育てなければいけないので、仕事のしすぎでイライラしている」


観察と発見、疑問と仮説、そしてまた新しい発見へ。


真夏日、働き蜂たちがみな草むらへ飛んでいくので何だろうと見ていると、蜂たちは草の上にたまった水玉を飲んでいる。
けれど飲んでいるわけではなかった。
巣に戻ると水玉を吐き出し、巣のなかがびしょ濡れになるほど皆で何十回となく繰り返し、羽をふるわせて風を送る。
炎天下の巣を冷やしているのだ。

コアシナガバチは何を好むのだろうと、蜂蜜、ストロベリー、メロンなどを巣の前に並べてみる。
蜂蜜だろうと予想していたら、なんと醤油が一番人気なのだった。

三年間にもわたる毎日の観察と実験と記録は、対象に対する愛情や情熱、熱中(「そしてぼくはハチに熱中した」)がなければできることではない。
同時に、自然を観察することは自然の摂理を学ぶことでもある。

バーラが死ぬ日がくる。

「8月19日 悲しい出来事
春から一生けんめい巣作りをして、二つの巣の子どもを育てたバーラ女王が今朝、巣から下に落ちてしまった。かた方のはねは半分ちぎれて、もうかた方のはねはちぢれている。そのうえ、じまんの長い足がもげてしまって、歩くことも飛ぶこともできなくなってしまった。…」

「8月20日 忘れないよ、バーラ
午後、バーラが死んだ。バーラは巣から落ちてから、二日間ぼくのために生きてくれた。…大きな二つの丸い複眼に見つめられると、胸の中がぎゅっとなる。ときどきピクンピクンと触覚を動かして、ぼくに話しかけてくれたみたいだ。
バーラの巣には新しい女王が生まれたけれど、ぼくは今までずっとバーラがしてきたことを知っている。ヤエラの子どもたちを育ててくれたバーラ、本当にありがとう」


「ぼくはバーラと一緒にヤエラの巣の子どもたちを育てた気持ちになっていた。ひどいケガを負い、苦しそうなバーラを見たときには、胸がつまるような思いで悲しかった。そして秋の終わりごろ、スズメバチに巣を襲われて散り散りになっていくハチたちの生活から、自然のきびしさを学んだ」


卒業制作や課題に悩んでいる私のところの学生たちに読ませたい。

7 7, 2008 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | | トラックバック(0)

2008年06月29日

『深海のYrr(イール)』

人類は何億キロも先の木星に探査機を飛ばせるようになったが、わずか1万メートル(10キロ)ほどの深さの海の中のことを知らない。

海はたった100mから150mも潜れば、ヒトの目には漆黒の世界になる。

日本の誇る深海艇「しんかい」も深度1万メートル以上に達することができるが、単にあるスポットに降りることができるだけで、自由に動き回って探査することなどできない。

深海にはたいした生物はいない不毛な世界だとひと頃は考えられていた。
しかし、近年の研究では実に豊穣な太古からの生が息づいていることが少しずつ分かってきた。

魚やイルカなどに電子タグをつけて生態を把握することはある程度はできている。
しかし、そこらへんにいるクラゲでさえ、その真の生の実態はわかっていない。

人類は、ここ100年をみても、ありとあらゆるゴミを海に垂れ流し、PCBなどの有害物質を魚や鯨などに蓄積させ、核廃棄物を野放しで海中に放棄し、街から川へそして海へ分解不可能なプラスティックを流し込んできた。

海が、海の生きものたちが、ある日、ヒトに逆襲を始めたとしておかしいことがあるか?


中東の石油に依存したくないノルウェーの国営石油会社が大陸棚のメタン層を調査中、メタンを覆う氷層を食い破る新種のゴカイを発見する。氷層がもしなくなれば大陸棚は崩壊し、メタンガスの放出と壊滅的な津波とに帰結する。
記録映像に一瞬とらえられた巨大な発光生物。
カナダ、バンクーバーではホエールウォッチングの船にありえないことに鯨が襲いかかる。
南米、オーストラリアで、カツオノエボシ、ハブクラゲといった猛毒のクラゲがあちこちの海岸でヒトを集中的に刺し死に至らしめる。
無数の貝が船底にへばりつき座礁する船が続出する。
パリの三つ星レストランではシェフが市場で選び抜いたロブスターが爆発し、病原体が拡がる。

ばらばらな現象は、なにか海が、海の生物がある意思を持ってヒトに敵対してきているように見えてくる。


エイリアンが攻めてきて、大統領の決断と補佐する役回りが活躍して大団円というハリウッドのパニック映画を思い浮かべるかもしれない(現にすでにハリウッドで映画化が決まっているらしいが)。
常として原作と比べたらまったく期待できない。どうせすべて英語で通すだろうし。

原作の小説『深海のYrr(イール)』(フランク・シェッツィング/ハヤカワ文庫/原著2004年刊)は、その類のものではない。

1957年ドイツ・ケルン生まれの著者は大学でコミュニケーション学を専攻し、大手広告会社でクリエイターとして活躍した後、広告代理店と音楽プロダクションを設立、かたわら小説を書いている。

かたわらといっても4年間をかけた最新の地球科学、生命科学・哲学に基づいた構成とストーリーテリングは素晴らしい。

6 29, 2008 14.読書三昧 | | トラックバック(0)

2008年06月13日

『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠/岩波新書)

アメリカの主導する「グローバリゼーション」と「新自由主義」は、属国日本では小泉の「構造改革」として、さまざまな「規制緩和」「民営化」があたかも政治経済を革新し、新しい活力を生み出すかのような幻想をまき散らして蔓延した。

19世紀末以来の資本主義が掲げる「自由主義」は経済的な市場原理とセットで社会的な公正、モラル、福祉保障などとまがりなりにも共にあった。

平等な機会などかなぐり捨て、公的責任の大幅な削減、市場競争原理、経済効率一辺倒の「新自由主義(構造改革)」が生み出した現在の結果は何か。

年金、医療などの社会保障費、法人税を軽減され地方地場のこれまでの取り分まで吸収した大企業は利益を上げているが、稼ぎ出したなかの労働分配率は著しく下がった。

専門分野に限定されていた「派遣法」が1999年に改悪され、2004年には製造業まで「規制緩和」された。
派遣・請負業があらゆる業種・職種に浸透し、労働雇用条件は不安定化、細切れ化、切り下げられ続けている。

1998年から2005年までのわずかな間に、正規従業員は450万人消え、非正規労働者が500万人増えた。
戦争や革命が起きたわけではない。国民が何かのかたちで「同意」したわけでもないうちに、今や日本の働き手の3人に1人はパート、アルバイト、契約社員、派遣社員などの「非正規」になってしまい、今後もその割合は増え続ける。

かつて「一億総中流」などといわれた「中流」はもちろん幻想で崩壊し、さまざまな生活面でのセイフティーネット(雇用・社会保障・公的扶助の三段構えで「有る」はずだった)が機能しなくなり、日本の相対的貧困度は先進国中アメリカについで一気に2位になった。
アメリカにならって「貧困ビジネス」が跋扈する。

「うっかり足を滑らせたら、どこにも引っかかることなく、最後まで滑り落ちてしまう『すべり台社会』化」『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』湯浅誠/岩波新書)が猛烈な勢いで進んでいる。

給与所得年収200万円以下の人は2006年に1000万人を超えた。
300万円以下では1740万人。
日本の労働者の3割近くにのぼる。

「勝ち組ー負け組」「希望格差社会」「下流社会」などの懸念、警鐘の段階を超え、「貧困」が日本社会の中でおそらく明治・大正以来あらためて真正面から直視せざるをえなくなっている。

これは為政者や経営層がいうような「自己責任」の問題では断じてなく「政治」「社会」の問題だ。

「自己責任論」は「他の選択肢を等しく選べたはず」ということを「前提」として成り立つ。しかし「貧困」とは「他の選択肢を等しくは選べない」からなるのだ。


反貧困「もやい」の活動をすすめている湯浅誠氏は『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』のなかで、貧困状態に至る背景として「五重の排除」があると述べている。

1. 教育課程からの排除
福沢諭吉以来、貧しくとも刻苦勉励すれば立身出世は可能と希望を持たされてきた。現在、親の貧困は子どもを教育の平等な出発点にはとても立たせられない。

2. 企業福祉からの排除
非正規雇用が典型だが、単に低賃金、不安定雇用というだけではなく、各種の社会保険に入れず(従って失業時の保障もなく、職業訓練も受けられない)、正社員が受けているさまざまな福祉からも無縁だ。
派遣社員は派遣先企業に対して労働者としての基本的権利さえ持てない。
彼らの労働費用は「人件費」ではなく「資材調達費」扱いであり不断の「在庫調整」の対象にすぎず、派遣会社の入札すら行われる。
派遣会社の借り上げアパートなどで暮らしていた場合、首を切られれば即路頭にまよわざるをえない。

3. 家族福祉からの排除
貧困は世代間に連鎖し、親や子どもに頼れない。

4. 公的福祉からの排除
生活保護制度は、「水際作戦」と呼ばれる追い返す技法ばかりが肥大し、本当に必要な人々に手を差し伸べていない。

5. 自分自身からの排除
1から4までの排除を受け続け、しかもそれが「あんたのせい」と「自己責任論」で片付けられ、さらにそれが本人まで内面化して「自分のせい」と考えるようになってしまうと、何のために働くのか、生きるのか。それに何の意味があるのか、どんな意義があるのか。そうした「あたりまえ」のことが見えなくなってしまう。

人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。ある相談者が言っていた。『死ねないから生きているにすぎない』と。周囲からの排除を受け続け、外堀を埋め尽くされた状態に続くのは、『世の中とは、誰も何もしてくれないものなのだ』『生きていても、どうせいいことは何一つない』という心理状態である。
期待や願望、それに向けた努力を挫かれ、どこにも誰にも受け入れられない経験を繰り返していれば、自分の腑甲斐なさと社会への憤怒が自らのうちに沈殿し、やがては暴発する。精神状態の破綻を避けようとすれば、その感情をコントロールしなければならず、そのためには周囲(社会)と折り合いをつけなければならない。しかし社会は自分を受け入れようとしないのだから、その折り合いのつけ方は一方的なものとなる。その結果が自殺であり、また何もかもを諦めた生を生きることだ。生きることと希望・願望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生きることが可能となるような状態。これを私は『自分自身からの排除』と名づけた


ここ5年間の日本の自殺者が16万人、
私が住んでいる鎌倉市の総住民ほどの数の人々が自ら命を絶つという社会が正常、健全であるはずがあるか?


写真は「反貧困ネットワーク」のシンボルキャラクター「ヒンキー」
ヒンキーはオバケだ。
なぜオバケかというと貧困は「ある」と「ない」の間にあるから。

貧困の最大の特徴は「見えない」こと、
そして貧困の最大の敵は「無関心」

貧困とは常に『再発見』されるべきものである」(『現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護』 岩田正美/ちくま新書)


NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい

反貧困ネットワーク

6 13, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(0)

2008年06月08日

今朝のおはよう-145 明日葉

2、3年前小鉢で購入して植えてあった明日葉(あしたば)が、今では1m50cmほどにがっしりと育った。一年中葉を繁らせ、採っても次の日にはまた若葉が出てくるのでこの名という。

商業用には主として八丈島で生産されている。

ビタミンA、カロチン、カリウムがとても多く、茹でてもビタミンなどがあまりなくならない。


小林カツ代の野菜料理ミニ事典』(小林カツ代&キッチンS/じゃこめてぃ出版)はおいしく旬の野菜を食べるためのちょっとしたポイントが丁寧に書かれていて大好きな料理書だ。

あした葉のところには「あした葉の磯炒め」と「あした葉のおひたし」が載っている。
「磯炒め」に惹かれて読むと、湯がきざっと強火で炒めたあと「火を止めて焼き海苔1枚をもみ入れ、全体にからむように混ぜ、お皿に盛る」とある。
なるほど、それだけで「磯」の香りと楽しめる。

6 8, 2008 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち, 19.食と農、健康と病 | | トラックバック(0)

2008年05月31日

『蟹工船』(小林多喜二)

「かにこーせん」と聞いて「カニ光線」が頭によぎったり、船の上でカニシャブが食えるの、とか思い浮かべたりの世代にガチガチのプロレタリア文学『蟹工船』(1929/小林多喜二)が読まれているらしい。
今年になっての増刷が20万部を越えるという。

毎日新聞が今年1月9日に掲載した作家の高橋源一郎、雨宮処凛の「現在のワーキングプアは『蟹工船』の世界に通じる」という発言がある対談がきっかけ。
東京上野の書店員がこれを読み、文庫本を平積みにしたところ数十冊売れ、他の書店にも拡がった。
いいね、こういう書店員がいる本屋はつぶれない。


中学、高校生の頃、「日本近代文学」の陰々滅々とした「私小説」の系統に飽きると「プロレタリア文学」を読み漁った。

佐多稲子『キャラメル工場から』、葉山嘉樹『淫売婦』『セメント樽の中の手紙』『海に生くる人々』、宮本百合子『貧しき人々の群』、中野重治『芸術に関する走り書的覚え書』『鉄の話』『村の家』『空想家とシナリオ』『歌のわかれ』…。

小学校の頃の通い道にあった共同印刷の争議を題材にした徳永直『太陽のない街』は繰り返し読んだ。
彼ら彼女らがかつて住んでいた街を毎日歩いていたせいもある。私の印刷への関心はこの頃共同印刷の下請け工場の様子を下校時に毎日眺めていたことにも起因する。

『蟹工船』(小林多喜二)も何度も読んだ。

「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」
という書き出しは有名だが、
「カムサツカの海は、よくも来やがった、と待ちかまえていたように見えた。ガツ、ガツに飢えている獅子のように、えどなみかヽてきた。船はまるで兎より、もっと弱々しかった」
という描写が私は好きだ。


『蟹工船』発表4年後の1933(昭和8)年、小林多喜二は特高に逮捕され、築地警察署署内での苛烈な拷問でその日のうちに殺された。

5 31, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | トラックバック(0)

2008年05月24日

ブルックリン・ブリッジ125周年と『人類が消えた世界』(アラン・ワイズマン/早川書房)

マンハッタン南端とブルックリンを結ぶブルックリン橋(Brooklyn Bridge)は鋼鉄ワイヤーを使った世界初の吊り橋でとても美しい。
1883年に完成し、今日5月24日に開通した(125周年)ということで、NYでは3日間にわたってさまざまな記念行事をしているという。

が、TVのニュースでもちらとやっているとき私が読んでいたのは邦訳が刊行されたばかりの『人類が消えた世界』(アラン・ワイズマン/鬼澤忍訳/早川書房)であり、200〜300年後の無惨に崩壊していくブルックリン・ブリッジのイラストだった。

ブルックリン・ブリッジは風洞実験もコンピュータ構造計算もなかった時代、当時の基準の6倍もの強度で作られた。
設計当時(日本で言えば明治初期)、まだ馬車とガス灯の時代であり、その後一日数十万台もの自動車が通ることになろうなど誰も想像すらできない。

けれども、NYの橋の管理者は言う。
「この手の橋は必要以上に頑丈にできているので、行き来する車など象に乗った蟻のようなものです」
「私たちは先祖が残してくれた過剰設備で食いつないでいるのです」(同書より)。

しかし、チェック、管理、メンテナンスできる人間がもしいなくなったとしたら、NYの冬の寒暖による縮小時の目地へのゴミ、膨張時のきしみ、塗装はげとサビ、などによって、本来はあと1000年は保つだろうブルックリン・ブリッジも200〜300年先にはイーストリバーに飲み込まれるだろうという図なのだ。

『人類が消えた世界』は、危機をあおりたてるような類のものでも、あるいは時系列を追ったSF仕立てのものでもない。
学者はもちろん現場の技術者や管理者からアマゾンの農民、アフリカの狩猟民などへの国際的な取材、現代科学の最新の知見に基づいて書かれている。

ある日忽然と人類が姿を消したとしたら(ただし世界的な絶滅戦争や、他の生物を道連れにしてではなく、今あるものはそのまま残したままで)という仮定を立てることによって、人類が築いてきた文明とはいったい何なのか、これまでこの地球生態系のなかでどういう歴史的経路をたどってきて現在があるのか、そしてとりわけ現代が創り出してき残されるものはその後の地球環境にとってどういう意味と影響を与えるのか、ということを鮮やかに照射して実にスリリング。

5 24, 2008 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | トラックバック(0)

2008年04月04日

『本の本』(斎藤美奈子・筑摩書房)

斎藤美奈子さんは1994年『妊娠小説』でデビューしたのだが、その当時はほとんど知らなかった。
2002年の『文章読本さん江』に瞠目し、以来著書はすべて読んでいる。

私が読むべくもないジャンルの本を含め、読書やさまざまな社会の動向や見方について彼女の言説に共感するところは大きい。

こんど出版された『本の本』(筑摩書房)は、1994年から2007年までの書評集。
これまでのものも書評といえば書評なのだが、実はどれも一定の企図にもとづいた企画もの。

では「いわゆる書評」「純粋な書評」とはなにか?。

第一に「書評」は、読者のためにその商品(本)の情報を提供するもの。
第二に「書評」は、しかし単なる商品情報ではない。署名原稿である以上は、書き手の評価や価値判断が求められる。

「あとがき」で斎藤さんは言う。

「読むのは天国、書くのは地獄。場合によっては、読むのも地獄、書くのも地獄」
にもかかわらず書評を書き続けるのは「書評には書評の社会的な使命があるから」

もしも書評という制度がなかったら、テレビ番組の視聴率と同じで、本の価値は売れた/売れないという数字でしかはかれなくなってしまいます。他品種少量生産を原則とする書籍という商品にとっては”量”を示す売れ部数より、”質”をはかる書評のほうがはるかに重要なのです

「本を読む行為は基本的に孤独です。しかし、そこに一編の書評が加わると、世界は何倍にも膨らみます。同じ本を読んだはずだのに、あまりの受け取り方のちがいに驚いたり、その本の新しい価値を発見したり、ときには書評のおかげではじめて意味がわかったり」

「もしこういってよければ、書評は”読書を立体的にする”のです」


700ページ超、厚さ5センチの本を今読む時間はない。
「ご使用上の注意点」として「大部の著ゆえ、一気読みは健康を害するおそれがございます。くれぐれも読みすぎにはご注意ください」とある。

しかしこの本は内容別の構成をみて読んでも、書名や著作者名の索引から探しても、適当に開いて読んでもいいのだ(一編一編は適度に短いから、失礼ながらトイレ本としても最適)。

徹夜仕事に疲れてぱらりと開く。

大好きな『エイジ』(重松清)だ。

「…このへんの呼吸、現役の中学生なら、みんなきっとわかるはずだ。でも、大人はわかんないみたい。いままで出ているこの本の書評は、悪いけど、どれもマト外してるもん。みんなこれを”14歳問題”の小説だと決めつけている。それじゃ、逆だっちゅーの。だって『エイジ』が発信しているメッセージは、14歳とか少年と