2008年11月09日

ジーンズのポケットの中の手紙

スーパーでも大規模衣料品店でもブランドショップでもいい、安いだとか気に入ったとか一本のジーンズを買って家に帰り、ポケットのなかに一通の手紙が入っているのを見つけたらどうだろうか。

このジーンズを作った中国の工場のまだ童顔の16歳の少女からの手紙。

それはたとえば無農薬有機栽培にこだわり、丹誠込めて私たち夫婦がこの野菜をつくりました、という生産者のネーム入りカードとはまったく異なる背景を持っている。

この少女は、過酷な労働の実情を訴えたいわけではない。
いやもちろん訴えられれば訴えたいがそんなことはできない(今の中国で労働組合の結成や運動は認められていない)。
それ以上に少女は純粋に知りたいのだ。

「オービットがファスナーを付け、私ジャスミンが糸を切りました。これをはくあなたはどんな人なのでしょうか?
もしよかったら手紙をください。
中国広東省○○市○○工場気付ジャスミン・リー」

自分たちが毎日作っているジーンズが見も知らず知識もない外国に運ばれ、こんな巨大なXLサイズを買ってはく人と生活と人生をまったく想像できない。だからこそ知りたいしコミュニケートしたいのだ。

少女はこの夢を同僚に語るが、そんなことをしたらバイヤーにすぐ見つかって即クビだよと諭される。


『女工哀歌(エレジー)』(原題:China Blue/監督:ミカ・X・ペレド/2005)を渋谷イメージ・フォーラムで最終日に観る。

ミカ・X・ペレドはスイス生まれ、イスラエル育ち、様々な職業を経た後ドキュメンタリー映画作家となる。
観ていないが前作で『Store Wars: When Wal-Mart Comes to Town』(2001)を作り、世界最大のスーパー「ウォルマート」(売上高は世界20位以内の国家GDPに匹敵する)が地方都市に進出することで生まれる葛藤を描いた。

その後「ウォルマート」のような小売り企業がどうやって安い商品を作っているのかを探り、中国のジーンズ縫製工場をテーマに選ぶ。

この撮影が、「児童労働」「労働搾取工場(Sweatshop)」といっていい実態を知られる事を恐れる中国政府当局、作らせている「ウォルマート」のようなグローバル企業、現地工場のいずれからもの拒否、妨害にあい至難の極みだったことは想像に難くない。
結果としてこれだけの密着したドキュメンタリー映画が完成したことが奇跡に思われる。

当初撮っていた主人公に据えた少女の映像は中国当局にフィルムを没収され、少女もおびえ、別の設定にして撮り直さざるをえなかった。
再度据え直した主人公ジャスミン・リーも後半では接触を断たれ、彼女の発言は吹き替えで作られたという。


水牛が田を耕し、アヒルや豚を飼ってなんとか生活している四川省の農民に二人目の娘を上級学校に入れさせる資力はない。
16歳のジャスミン・リーは広東省の工場の募集広告を頼りに、ショルダーバックとポリバケツに身の回りのものを詰め、汽車で2日間をかけ工場にたどり着き門をたたく。こちらで募集していませんか。
1億数千万ともいわれる農村から都会への「農工」の一員。

ジーンズ縫製工程の細かく残った余り糸を切りはらう仕事。
工場内の4階建て寄宿舎。一部屋に12名が2段ベッドで寝起きする。
作業開始朝8時、終わりは…納期によってわからない。
私語が禁じられている職場でかすかにかわすことばは例えば「今日やっておかないと、明日はもっときついよ」。
「午前3時」の灯りが付いた仕事場。交代の夜勤者ではない。朝から働き詰めなのだ。
わずかな休憩時間にジーンズの山のなかに倒れ込む少女たち。

過酷な残業と度重なる給料の遅配、恣意的な理由をつけた理不尽な罰金天引きなどにとうとう少女たちは罷業におよぶ。
経営者に詰め寄る先頭にたっていたのはわずか14歳の子だった(中国では表向き15歳以下の雇用を禁じているが、偽造IDは簡単に手に入り、経営者も黙認する)。

少女たちの月給(払われれば)は約3,000円からよくて7,800円ほど(歩合給)。
食費、寄宿費、罰金その他良く分からない費目でも引かれ、故郷への仕送りもままならない。

15〜16名ほどでつくるジーンズ1本あたり、彼女たちが受け取る賃金はあわせて約100円。
1人あたりでは約8円弱。

コンテナに積まれ、たとえばLAのウォルマートで開梱され無造作に「Sale」の貼紙がされるとき20〜40ドル(2,000円〜4,000円)となる。

早期退職を防ぐため、初めの月の給料は留め置かれる。
正月の帰省の交通費もないため寄宿舎でじっと涙をこらえるジャスミンの姿が哀しい。
束の間、街に出かけ、友達と一緒に故郷に送るためのポラロイド写真を40円ほどで。
安っぽい中国庭園の絵の背景で同じく安っぽい赤いチャイナドレスの貸し着姿。
カメラがダウンすると足元はすりきれたスニーカー…。


ミカ・X・ペレドは当然このような市場至上主義とグローバリゼーションが生み出しているひずみに憤っている。
しかしそれを声高に映像のなかで主張しようとはしない。

それは、毎日、自分のこと、まわりのこと、そして師について修行を積み両親をいじめる悪い役人をこらしめる弟子の夢想のお話を日記に記し続けるジャスミンの姿と、世界を知りたい、つながりたいという彼女のイマジネーションを通して、静かに圧倒的に伝わってくる。


こういう事態を許しているのは誰に責任があるか?
儲かればいいというグローバル企業にあるだろう。きちんと取り組まない政府にもあるだろう、工場の経営者にもあるだろう。
しかし、最大の責任は、こういうことを知ろうという意思や意欲を持たず少しでも安いものやブランドものを追い求め、想像力を働かせない私たち自身にある。


今のところはないだろう。
しかし、買ってきたジーンズのポケットの中にあるかもしれない無数のジャスミンたちの手紙をイマジンし続けよう。


Sweatshop(スウェットショップ)についての過去記事:
「PLAY FAIR プレイフェア」(オックスファム・インターナショナル・オリンピックキャンペーン)

11 9, 2008 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年10月08日

悼・緒形拳さん

庭に繁茂しているシソが穂を出し花も付け始めた。
刈り込んで、穂ジソ酒に。

現代日本随一の名優、緒形拳さんの訃報に接し、この酒はじっくり漬け込んで、冥福を祈りながら飲むことにする。

合掌。

10 8, 2008 12.写真・映像・映画・演劇, 23.日々のなかで | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月27日

Asia(鎌倉材木座)で

材木座のビーチハウス「Asia(エイジア)」のマハロちゃんと。

浜太郎さんの写真が展示されている(31日まで)。


Asia

写真家が紹介する湘南鎌倉の写真と情報のサイト
e-kamakura

8 27, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年07月06日

『ウタマル Vol.1』(中目黒・楽屋)

友人の俳優、近藤佑子ちゃんがミュージカルで活躍する岡田誠さんと新しく始めたユニット『ウタマル Vol.1』。

佑子ちゃんは傷心を抱えて屋久島に行ったとき、屋久島の水はそこだけですべて循環しているという話しを聞いて感動する。

人も人生も、ハッピーなときもアンハッピーなときも、こころに染みてくる歌や音楽があり、まるで「まる」のようにぐるんぐるん回って元気を与えてくれる。
で「ウタマル」。

はじめ、本格的オペラ発声の岡田さんとポップス発声でソプラノ域の音程やや不安定な佑子ちゃんのミスマッチにちょっと不安、MCも少し浮き気味だったが、だんだん馴染んできて『東京ドドンパ娘』『青い山脈』『西銀座駅前』など戦後スタンダードが楽しい。

バックもいい。
バンマスのピアノ・森藤昌司さん、ととくに「シャミカツ」こと塚原勝利さんの三味線が印象的。

授業を手伝ってもらい一緒に仕事もしているデザイン学科の卒業生、斎藤慎次郎がVJをやっていたので驚く。


近藤佑子オフィシャルブログ 3歩あるいて5歩さがる

7 6, 2008 12.写真・映像・映画・演劇, 13.音楽の楽しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月21日

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる。

横で私が「日ー英ー西翻訳ソフト」を使って打ち込み、スペイン語での説明をリアルタイムで示す。

「これは50年前の東京」(Es hace 50 años Tokio)
「東京は今とはまったく違う」(Tokio es ahora totalmente diferente)
「彼女は田舎から働きに来た」(Vino a trabajar del país)
「彼女は仕事が期待と違うのでがっかりした」(Porque era diferente de la expectativa en trabajo, fue defraudada)
「売れない小説家」(El novelista que no es popular)
「ルナと同じ小学校5年生」(Un quinto alumno mismo como Luna)
「彼は、彼女は自動車修理が得意と思いこんだ」(Le convencieron que estaba buena en la reparación del coche)
「彼女は借金をかかえていて、元の踊り子に戻らねばならない」(Tiene una deuda y debe devolverse a una muchacha del baile original)

といった具合。

「ただいま」「お帰り」「やったぁ〜」などと繰り返している。

感想は、muy lindo(かわいい)、interesante(面白い)、gusto mucho(とっても好き)


庭の色づいたミニトマトやワイルドストロベリーを摘ませたり、シソ、レモンバーム、バジル、三ツ葉、アップルミント、ペパーミントなどの葉の香りをかがせたりした後、麻心に連れ帰る。

父親のシンさんに、面白かった、泣きそうになった、と報告している。


写真は、混み合う店で配膳や片付けを手伝うルナちゃん。


讃『ALLWAYS 三丁目の夕日』
『ALWAYS 続・三丁目の夕日

6 21, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月13日

『そのあとに』佐藤真紀子-卒業制作作品

新学期が始まり、新4年生も卒業制作開始モードに入った。

昨年度の「卒業制作優秀作品集」の担当教員コメントを書くために、佐藤真紀子さんの『そのあとに』を観なおす。


世界を見渡せば、むきだしの暴力や抑圧、そして環境、生活破壊が溢れている。

日本の若い世代も自分への自信もこれからの社会への希望も持てず閉塞と鬱屈に向かう。

「人」とのつながりを求め、そのなかでの「自分」を「検索」してみても「氏ね(死ね)。氏ね。氏ね。…………」の画面がスクロールする。

リストカットや戦争や日常を含む混沌としたイメージの積み重ねが今の日本の若い世代が置かれた心象風景を象徴する。

「私」を削除してもよろしいですか?
[はい][いいえ]

[はい]を押そうとするエンターキーに伸びる手を別の手がかろうじて抑える。

佐藤真紀子さんの卒制映像作品『そのあとに』は約5分間たらずのものだが、長い時間をかけて膨大な素材を撮影して編集し、全編を通して流れる同名の歌も自作自唱している。

他の大学の大学院心理教育相談室で働いていて向き合った人々との体験から考えたこともあるだろう。
3年生のとき、自分史と世界の同時代戦争史を結びつけてサイトを作ったことも基盤にあるだろう。

「今、私達が生きているこの世界はその『後』でしか知ることができない。だから、どうか消してしまわないで、その命」


後輩たち、今年度の卒業制作も、こうした全人的な経験、考察、制作実績にもとづいて取り組んでほしい。

4 13, 2008 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年03月15日

『TibetTibet チベットチベット』(監督・キム・スンヨン)

先月、麻心(鎌倉長谷)で常連たちと『TibetTibet(チベットチベット)』(監督キム・スンヨン/2005年リニューアル編集版)のDVDを観た。
監督のキム・スンヨン(金昇龍・日本名 金森太郎)さんも招いて話も聴いた。

死傷者数百名にのぼるだろうラサでの武力弾圧、インドでの亡命チベット人たちへの弾圧のニュースが続き、店にまだおいてあったDVDを借りてきて再び見る。

在日韓国人3世の彼は1998年、ビデオカメラを手にしてあてのない世界旅行へと下関港をあとにする。
「僕は世界を見てみたかった。はじめはそれだけだった…」

ところがモンゴルの遊牧民のゲルの中でダライ・ラマ14世の写真を見かけ(中国ではダライ・ラマ14世の写真や肖像画を持つことは禁じられている)、チベット人の自由と尊厳、歴史と文化のために亡命し静かに闘っている姿に関心を持つ。

日本人として育っても日本名と本名とを持つ在日コリアンだから持たざるをえない「国家」と「民族性」への複雑な想いとアイデンティティの不安がこの関心の底にあるだろう。

彼はダライ・ラマと多数の亡命チベット人が暮らす北インド・ダラムサラに向かう。

僧侶たちから1989年の大弾圧の様子をいろいろ聴き(まさに今行われているだろうことと同じ悲惨な実態)、この受難が今も続いていることを少しでも多くの人に伝えたいと思うようになる。

亡命政府に願い出て10日間のダライ・ラマへの密着取材を許される。
これまでの取材は「白人ばかり」だったが、日本から来たということで特別にとりはかられたという。

ここで描かれているダライ・ラマの姿と話はチベット仏教の指導者ということをこえて、自然体でユーモアもある本当の偉大な賢者として感動的だ。

「やるかやらないか迷った時はやってみるといい。こうすればこうなるかもしれないと思い描いた時点で、人はそのアイディアをすでにかなり実現しているのだ。やってみるといい結果につながることの方が多い。やってみて、間違いだと気付いたらその時点ですぐに止めればいい。やり始めたことだからとか見栄で続けていると当然悪い結果がやってくる」

その言葉に鼓舞されてこのドキュメンタリー・ロードムービー映画を完成することができたと彼は言う。


FREE TIBET !
チベットに自由を!


キム・スンヨンさんのサイト

TibetTibetーチベットチベットサイト
こちらでDVDを購入できます。


【チベット関連サイト】

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
(チベットの歴史から文化、ニュースまで詳細)

チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン(TSNJ)
(日本国内のチベット支援グループの連絡組織。3月8日にも在日チベット人と協同し新宿で抗議デモを行った)

I LOVE TIBET!
(チベットを愛する日本人ライター&エディターの個人サイト)

Tibet TV Online
(チベット亡命政府によるオンラインTVサイト)

チベット亡命政府オフィシャルサイト
(英語)

ダライ・ラマ法王庁オフィシャルサイト
(英語だがビデオも多数)

Free Tibet Campaign
(ロンドンに本部をおく自由チベットサイト)

Internatyonal Campaign for Tibet
(ワシントンに本部をおくチベット問題キャンペーンサイト)

Tibetan Centre for Human Rights and Democracy
(インドに拠点をおくNPOチベット人権民主化センター/英語・最新のニュース)

福島香織さんのページ
(産経新聞中国総局記者・福島香織さんのブログ。2002年から北京在住。この間のチベット情報のまとめなど詳しい)

3 15, 2008 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(4) | トラックバック(2)

2008年03月03日

『ヒトラーの贋札(にせさつ)』

若い頃から製版・印刷の世界に携わってきたので、紙幣の偽造がどれほど難しいことかはよく分かる。

試しに1万円札でも5千円札でも、あるいは海外旅行で使い残したユーロやドル札をじっくりと、できればルーペを使って見てほしい。
印刷の世界で紙幣の製版・印刷ほど技術的に高度なものはないのだ。

もし本当に見破られないほどの精巧な偽造しようとするなら、さまざまな難関をクリアしなくてはならない。
第一に用紙。第二に印刷のための製版。第三に印刷(透かしや使用インキを含む)。

ナチスドイツは第二次世界大戦直前から贋札により主敵国であるイギリス経済を混乱に陥れようと計画していた。1942年にはベルリン近郊ザクセンハウゼン強制収容所に極秘に贋札工房が造られ、アウシュビッツをはじめとする支配圏の強制収容所からユダヤ人製版・印刷技術者、贋札贋証明書造りのプロなどが移送され、英ポンド紙幣、のちにドル紙幣の偽造を計る。44年の時点で144名のユダヤ人技術者がこの作業に従事していたという。

従わなければ即銃殺、従えばナチスに資し同胞を窮地に陥れる。いずれにしても口封じに殺される運命。
同時にマイスター(職人)としての自らの技術の誇り。

彼らの作ったポンド紙幣はスイスのイングランド銀行でさえ贋札と見抜けなかった。

今年の米アカデミー賞外国語映画賞などを受賞した『ヒトラーの贋札』(監督・ステファン・ルツォヴィッキー)は、贋札づくりを強要されるユダヤ系ロシア人の国際的贋作師を中心に、このプロセスを三脚もクレーンも使わない手持ちカメラのドキュメンタリータッチで描く。

全編にわたるこれほどまでにすさまじい緊迫感、緊張感を感じた映画は、ざっと思い起こしても記憶に無い。

3 3, 2008 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年02月24日

『コールドケース(Cold Case)』

アメリカ自治領サイパンで「ロス疑惑」の三浦和義容疑者(アメリカにとっては1988年の逮捕状以来容疑者状態)がロス市警の指示で逮捕されたという報道に、WOWOWで放映されているアメリカのTVシリーズ『コールドケース(Cold Case)』を思い起こす。

アメリカでは各州とも殺人罪などの凶悪犯罪に原則として時効はない。

これは『CSI:科学捜査班』シリーズなどを手がけたジェリー・ブラッカイマーが2003年から作っているシリーズ。
フィラデルフィア市警殺人課のリリー・ラッシュ(キャスリン・モリス)を主人公に、時には1939年の事件にまでさかのぼる未解決の凶悪犯罪(通称「コールドケース」)の捜査と人間模様を濃密に描く。

徹底した時代考証をもとにした昔の事件当時のフラッシュ・バック映像が凝っている。画質や色調の処理、当時のコスチュームや風景、ノスタルジックな音楽の使い方、犯人等の若い頃と現在の顔の入れ替えなど素晴らしい。

おそらくはロス市警にもこうした捜査官たちがいるのだろう。

2 24, 2008 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年02月05日

「絵になる写真は絵にする」

Daisy's Cafe(鎌倉長谷)で八咲潮(やさきうしお)さんの個展「Brushics」(2月27日まで)。
窓ガラスの表示シールが木壁に映りこみ、陽の移りで変化して美しい。

八咲さんはもともとは広告関係のグラフィックデザイナーだった。
ところが、日本のファッションイラストレーションの草分け、長沢節(1917-99)のセツモードセミナーに入門したことがきっかけで、それまでのすべての創作をリセットし、ベーシックな水彩風景画と人物デッサンに明け暮れたという。

2003年に鎌倉に移住したのを契機に始めた鎌倉の風景画シリーズ「Brushics」。

ちょっと離れたところから見ると写真だと思う。
近寄ってよく見ると筆で描き込まれた絵。
一頃のスーパーリアリズムのイラストとも違う。

レンズで切り撮った画像イメージが、もし夢の中に出てきたらこうだろうという印象。

それぞれの場所のマップもついていて楽しい。

2 5, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年12月25日

クリスマス『賢者の贈り物』

BSで『賢者の贈り物』の人形劇を放映していた。

貧しい若夫婦のクリスマスプレゼントをめぐる哀しくしかし心暖まるものがたり。

妻は夫が祖父以来受け継いだ立派な金時計のためのプラチナの鎖を贈りたいと思っている。
夫は妻の長く美しい髪のための鼈甲の櫛を贈りたい。

しかし二人とも金はない。
妻は膝まで届く見事な長髪をかつら用に売り、夫は金時計を売って金を工面する。

プレゼントを交換しあったとき、それを用立てるはずのものはお互いすでに無かった。


『最後の一葉』とならぶオー・ヘンリー(1862-1910)の代表作。
二人はお互いのために愚かにも家にある最高の宝物をふたつとも無くしてしまった。
しかし世界中どこであってもこのような人たちが最高の賢者なのだ、とヘンリーは締めくくっている。

原題『The Gift of the Magi』の「Magi(メイジャイ)」は、イエスの誕生の際、贈り物をもってきた東方の三博士(マタイ伝)。


さまざまな文庫本等が出ているが、ネット上でも青空文庫で邦訳が、Project Gutenberg(プロジェクト・グーテンベルク)で英語原文がダウンロードできる。

12 25, 2007 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年11月30日

岩波窵寘文庫の復刻

子どもの頃、父や当時同居していた叔父の本箱にたくさんの「岩波窵寘(写真)文庫」があった。
64ページほどの背のない中綴じで、モノクロなのだが表紙左にポイント的に使われている赤帯が効果的な目印となっている。

写真家、名取洋之助(1910〜62)が編集に携わり、戦前ドイツで学んだ記録・報道写真や編集的コンテクストを持つ「組写真」の技法を取り入れることによるメッセージ性、伝達性を強めたつくりで、小学生のころ、難しい文章はわからなくとも、写真を見ているだけで知らない世界が拡がって楽しく、家にあるものにはすべて目を通した。

その後、中学高校の図書館で読んだものや、自分で買ったものを含めれば、1950(昭和25)年から58(昭和33)年まで刊行された286冊には、たぶんほとんどすべて触れていると思う。

今では一冊も手元にはなかったのだが、先頃、画家・作家の赤瀬川原平セレクション10冊が復刻出版されさっそく購入。

『汽車』『南氷洋の捕鯨』『蛔虫』『ソヴェト連邦』『馬』『戦争と日本人ーあるカメラマンの記録ー』『石炭』『一年生ーある小学教師の記録ー』『自動車の話』『日本ー1955年10月8日ー』。


何十年ぶりかの再会をじっくり楽しみたい。

あわせて『戦後腹ペコ時代のシャッター音ー岩波写真文庫再発見』(赤瀬川原平・岩波書店)も。

11 30, 2007 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年11月23日

『いのちの食べかた』を観る

私たちヒトは、すべて植物や動物という他の「いのち」を日々食べることによってしか生きていけない。

にもかかわらず、私たちはこれらの「いのち」が現在どのように育てられ、「収穫」「屠殺」「加工」され「食品」となってスーパーやコンビニの店頭に並ぶのかほとんど何も知らない。

生きている牛や豚や鶏はもちろん知っている。
しかしそこからパッケージされた「牛ロース300g」や「豚バラ肉200g」などになるプロセスを、繰り返すがほとんど何も知らない。


オーストリアのニコラウス・ゲイハルター監督・撮影のドキュメンタリー『いのちの食べかた』(原題『Our Daily Bread』日々の糧)をイメージフォーラムシアター(渋谷)で観る。

ここで撮し出されているヨーロッパの大規模な農畜産漁業の姿には、明るい草原でのどかに草を喰む牛とか、丹誠こめて作った作物を純朴そうな農家の娘が嬉しげに収穫するなどという私たちがなんとなく希望的にイメージする牧歌的な光景など微塵もない。

たとえばフランスやイギリスの田舎あたりでは今でもよくあるだろう、週末の猟で仕留めた兎や鹿を庭でさばいて軒下につるし、裏庭で育てた野菜やハーブを採り、川や湖で釣った魚をおろし、来客のためにジビエ料理やシチューの準備をするなどという暮らしのあり方、作物を育て世話をする手間苦労と楽しみ、収穫の喜び、大地の恵みへの感謝の気持ち、あるいは家畜とともに暮らし、やがて手放したり殺したりするときの哀しみなどの人間的感情の一切入り込む隙間もない対極にある「生産性・経済性第一」の工業的光景がここには拡がる。


モノカルチャーの大量農作物育成と生産性第一のやり方は自然に反するために必ず無理を生じ、さまざまな農薬や化学肥料を必要とする。

種子を採るための広大なひまわり畑にぶ~んと複葉機が飛んでくる。こちらに向きを変えた瞬間、農薬(短期で種子を収穫できるようにするための枯凋剤)の猛烈な散布が始まり、カメラに向かって白粉が拡がり、観ているわれわれも全身にそれを浴びる。

防毒マスクを着けた完全装備のスタッフに半自動化された散布機で農薬を浴びせられるトマトたち。
巨大な温室のなかのパプリカは自然の土ではなくパッケージ化されたロックウールにコンピュータ制御された養液を注入されて実る。レール自走式の農薬散布と収穫。
まるで奴隷のように実って嬉しいだろうか、きみたち…。


見たこともないような機械やシステムが出てくる。

クワガタのような先端を持つマシンがアーモンド畑を進む。
なんのためになにをしようとするのか。
やがて太い幹を抱え込む。
次の数秒間、いや十数秒だろうか、強烈な振動が樹に加えられ、実がこぼれ落ちる。
電気ショックによる拷問のよう。
おもむろに後続のシャベルカーが現れ実を取り込む。

地上に降り立ったUFOが扉を開けるときのように、キーンという音とともに車から長いウィングが畑に全開する。
一斉に農薬散布。

ピッチングマシンのようなもので次々にベルトコンベアにほうり込まれるヒヨコたち。
雌牛が眼の前にいて発情しても実際の交配などさせず人工膣で精液を人工授精用に「横取り」される雄牛。
遡上してくる鮭の群れは網などでは採らない。巨大な真空ポンプでチューブに吸い上げられる。
職人が3枚におろすなどという悠長なことはしない。
ベルトコンベアに「セット」された鮭はマシンによって自動的に腹を割かれ、内蔵はチューブで瞬時に吸い取られ次の「工程」に送り込まれる。

映像は撮されている内容・意味と対照的にとてもアーティスティックで美しい。
ただしナレーションもテロップもBGMも一切ない。
すべて実音のみ。

機械に押しつけられる子豚の悲鳴、額に電撃ショックを与えられ崩れ落ちても心臓はまだ動いている今際の際(いまわのきわ)の牛の息吹き、逆さに吊された牛の血や胃液の流れ落ちる音、何万羽という鶏の鳴き声、さまざまな無機質で規則的なマシンやベルトコンベアの音、わずかに異国からの出稼ぎ労働者仲間の昼食時のアラビア語会話…。

コンベアで流れてくる臓物を淡々と処理する、あるいは豚の脚先を黙々と切り取るなどの作業をしていた女性が、サンドイッチのランチを孤独に無表情にあまり旨そうにではなく食べる姿が哀しい。


私たちが、日々恩恵を(やむを得ずではあれ)受けながら、目を逸らしている「食」の大元の現実がここにある。


「食とはいのちの矛盾を咀嚼することでもある。これは欧米も日本も変わらない。生きとし生けるものの業であるこの矛盾を、僕たちは整合化してはならない。矛盾は矛盾として受容せねばならない。端数を四捨五入してはならない。忘れないこと。意識におくこと。目をそむけないないこと。凝視すること。
そのためにこの映画はある」(森達也)


映画『いのちの食べかた』サイト

『いのちの食べかた』(森達也・理論社よりみちパンセ)の過去記事

11 23, 2007 12.写真・映像・映画・演劇, 19.食と農、健康と病, 31. 「不都合な真実」をデザインする | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年11月04日

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(監督・山崎貴)を観る。

前作『ALWAYS 三丁目の夕日』のときにも書いたが、原作者の西岸良平は私と同じ1947(昭和22)年生まれで、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の舞台である1959(昭和34)年春の東京で私も淳之介や一平と同じく小学6年生になった。

がむしゃらな高度成長に突っ走り始める直前、すでに「戦後は終わった」とはいえ、まだまだ貧しく生活はつつましく、また子ども心にも世の中の貧富の差は見えていた。

漱石が三四郎を書いた西片町(現・文京区西片)の高台の家の近くに住んでいたが、小石川の小学校(東京学芸大学附属竹早小学校)へ行く途中では、坂を下ると八千代町のごみごみした長屋が建ち並び、『太陽のない街』(徳永直)に描かれた白山下の労働者街が当時の面影をまだ残し、原っぱや防空壕の跡などがあちこちにあり、同じく西片に邸宅をかまえる企業の社長の息子と柳町の粗末な家に住むその社長の運転手の息子が同じクラスにいたりした。

たまの日曜日、おめかしして都電に乗り、日本橋三越の食堂でお子様ランチを食べるなどというのが最高の贅沢だった。

スタッフやキャストのほとんどがこの時代を実際には知らないようだが、エンディングで描かれているように、日本橋の川沿いには、今御茶ノ水の一角に名残をとどめているような民家とも事務所ともわからない木造の家が連なり、22番の都電が走る、まだ東京の空が広かった頃の夕景は私のデジャビューとして確かなリアリティと共にある。

キャストが皆いい。
淳之介(須賀健太)にまた、そして今回はなによりヒロミ(小雪)に泣かされる。

11 4, 2007 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年10月22日

ラップで中也

60年代前半、中学から高校のころ、詩をずいぶんと読み、また書きちらしていた。
中原中也ももちろん大好きだった。

まだニキビ面のガキなのに、

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
(山羊の歌・帰郷)

とか

私はその日人生に、
椅子を失くした。
(山羊の歌・港市の秋)

思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど
(在りし日の歌・頑是ない歌)

などと気だるくつぶやいて、数学の課題を解くのをあきらめ、教室の窓外を眺めたりしていた。


鎌倉文学館(長谷)前庭での「ルートカルチャー」の催し、作家の高橋源一郎とDJ・高木完による中原中也の詩の朗読ライブ。

普通に朗読するのもあるのだが、DJのリズムに乗せてラップにしてしまうものがなんといっても面白い。
今ではもうあまりに過剰でナイーブにみえる中也のロマンティシズムと叙情をいったん剥ぎ取って、しかしそれでも残る詩のことばとオーラルなリズムの楽しさと苦さ。


(以下ラップ調で)

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる……

(山羊の歌・汚れつちまつた悲しみに……)


幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

(山羊の歌・サーカス)


引用は大岡昇平編『中原中也詩集』(岩波文庫)


ROOT CULTURE FESTIVAL 2007 〜10/28

鎌倉文学館「企画展・中原中也 詩に生きて」 〜12/16

10 22, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年05月17日

カンヌの赤絨毯

1946年の第1回以来60回目になるカンヌ国際映画祭が開かれている。

かつて映画少年だった頃、アメリカのアカデミー賞などというハリウッドのお祭りは鼻でせせら笑い、カンヌのグランプリ(今はトロフィーの形にちなみ「パルム・ドール Palme d'Or 黄金の棕櫚の意と呼ばれる)を最高の指針として考え、その当時都内あちこちにあった名画座の上映予定広告に目をこらしていたものだった。

こうして、ナチスに対するレジスタンスを描いたルネ・クレマンの『鉄路の斗い』(46年第1回グランプリ)に始まり、キャロル・リード『第三の男』(49年第3回グランプリ)、フェデリコ・フェリーニ『甘い生活』(60年第13回パルム・ドール)、ルキノ・ヴィスコンティ『山猫』(63年第16回パルム・ドール)などの世界にわけいっていった。


ニュースでおなじみ、映画祭メインホールのあるパレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ(Palais des Festivals et des Congres)正面の赤絨毯で。

5 17, 2007 12.写真・映像・映画・演劇, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年05月01日

増山理人写真展「UN ABRAZO」(20日まで)

昨年11月から今年2月にかけ、再びニカラグアに渡り、首都マナグアに拡がるスラム路地裏の子供たちに会い、個人として活動してきた増山理人くんの報告と写真展が、鎌倉由比ガ浜の「ラ・ジュルネ」で開かれている(5月20日まで)。

今回のタイトルは、スペイン語で「抱擁」を意味する「UN ABRAZO(ウン・アブラッソ)」。

「人の抱擁から、社会の抱擁から見捨てられた子どもたち。’貧しさ’に傷つけられながらも毎日を懸命に生きる子どもたち。そんな子どもたちに出会ってきた。…人を抱きしめたときにつたわる’ぬくもり’ 人を抱きしめたときにつたわる’愛情’、そんなものしか彼らに与えることはできないが そんなことしか自分にはできないが そんな抱擁を彼らに贈りたい」


増山理人くんのブログ

La Journee(ラ・ジュルネ)
鎌倉市由比ガ浜3-9-47 Tel: 0467-23-6731

5 1, 2007 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年04月20日

映画『不都合な真実』とプレゼンテーション

アル・ゴアは2004年の大統領選で疑惑に満ちた集計判定によりブッシュに敗れる。
その失意の後、彼がしたのは、ずっと以前から取り組んでいる地球温暖化について警鐘を鳴らす米国内はもとより世界各地での講演行脚だった。

この講演をきいた映画プロデューサーたちが感銘を受け、講演ではせいぜい一回百名ほどの人にしか伝わらない、この問題がどれほど焦眉のものであるか、できるだけ多くの人に伝えられなくてはならないと考え、映画『不都合な真実』を作りあげる。

3月の卒業式でデザイン学科の山中玄三郎先生が教授代表として祝辞を述べられ、そのなかで3回も観られたこの映画のことを中心に話されたことをきっかけに、学科の教員たちで話し合い、デザイン学科をあげて、できることからこのテーマに取り組もうということになった。

ポスターもあるだろう、ウェブはもちろん、ダイアグラムやさまざまなインフォグラフィックスもありうる。アニメーションや映像、新しいプロダクトや空間の提案でもいい。卒業制作でもこのテーマに取り組む学生が出てきてほしい。

私の4月からの授業『イメージと文字』はその第一弾。

この映画はデザインを志す学生すべてに観てほしい。
内容はもちろんなのだが、現在までにゆうに1,000回を越える講演のなかで練り上げられたゴアのスライドショー(といってもアニメーションや映像を含む)プレゼンテーションが素晴らしく、プレゼンテーションとはどうあるべきかの絶好のサンプルとなっている。

4 20, 2007 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇, 31. 「不都合な真実」をデザインする | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年11月11日

ライカの卓上三脚

カメラの三脚はもっぱらジッツォ(Gitzo)を使ってきているのだが、一番小さいものでもヨーロッパ3ヶ月旅行にはきつい。

で、ライカ銀座店でTable Tripod(卓上三脚)とBall & Socket Head(雲台)をLEICA D-LUX3用に。

レンズまでの高さはわずか28cmだが自在に仰角を変えられるから卓上だけでなくどこでも使える。
夕食をとったレストランの秤で測ってもらうと三脚+雲台で340g。D-LUX3を載せて560g。

三脚と雲台とD-LUX3を一度締めてテーブルの上に置いてみて、まったくびくともしない安定感と美しいフォルム、質感にドイツ機械工業の精緻、精密、堅牢さを支えるマイスターたちの心意気が伝わってくるようで感動する。

11 11, 2006 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年11月08日

LEICA D-LUX 3

12月から約3ヶ月ヨーロッパに行く。

問題はカメラ。
撮影旅行ではないが写真画像ももちろん資料として重要。
移動が多いので普段使っているCANON DIGITAL EOS 5DとEF交換レンズ群は重さとカサからしてあきらめる。

で、先月発売されたコンパクトデジカメ「LEICA(ライカ) D-LUX 3」を購入。
有効1020万画素、RAWで撮れる。
レンズはデジタル用Valio-Elmarit、35mm換算で28mm〜112mm、F2.8〜4.9。アスペクト比16:9で撮影できる。
SDカード、バッテリー込みでもわずか217g。

11 8, 2006 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年10月24日

『テルマ&ルイーズ』

何度も観ている『テルマ&ルイーズ』(1991年/監督リドリー・スコット)をWOWOWでやっていたので観てしまう。

アーカンソーの田舎町のウェイトレス、ルイーズが上司の空いているコティジに二日間息抜きに行くつもりで親友の主婦テルマを誘い車の旅に出る。
テルマは酒場で知り合った男に駐車場でレイプされそうになるが、おそらくは過去にレイプされた経験のあるルイーズは謝ろうとしない男をどうにも許せず射殺してしまう。
言い逃れはできないと観念した二人は中南部の広漠とした道をメキシコを目指し逃避行を始める。

事情はたぶんわかっていながら二人をかばう酒場の女の柔らかい啖呵がいい。
あまりうまくいっていないが危機に金を持ってかけつけたルイーズの恋人が、二度と会えないだろうことは察しながら「じゃ、またな」と別れを告げるシーンもいい。

指名手配されどんどん泥沼のような抜き差しならない状況になっていくにもかかわらず、逆に二人が生き生きと解放感を得ていくプロセスを演ずるスーザン・サランドンとジーナ・デイビスが素晴らしい。

自由に生きることの初めての実感。
囚われの身になるくらいならこの自由のなかで死ぬ。

「たとえどうなろうとこの旅は最高よ」
「悔いはないわ」「前向きな人ね」ー


大峡谷に全速で突っ込み飛翔していくラストシーンは心に焼き付く。

10 24, 2006 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(5) | トラックバック(0)

2006年10月05日

『Maria Full of Grace』(『そして、ひと粒のひかり』)

南米コロンビア出身の友人エクトル・シエラによれば、コロンビアは自然に恵まれた美しい国で、資源も豊か、多様な生物にあふれ、人々は素朴であたたか、陽気で楽天的。

一方でコロンビアは第二次大戦後から長く「内戦状態」といっていい状況にあり、政府軍、地方有力者が囲う民兵、左翼ゲリラなどの抗争がずっと続いている。
人口1000万の首都ボゴダでは毎晩30名が殺され、数十人が暴徒に襲われ、約100人が強盗に遭う。年間の誘拐は2000件、テロ攻撃は850件。
コロンビア人は母国を皮肉って「ロコンビア」と呼ぶ。「Loco」はスペイン語で「クレイジー」の意。
この映画もコロンビアではほとんど撮れなかった。

そしてさらに「麻薬民主主義社会(Narcodemocracy)」と呼ばれるほど麻薬カルテルが強大な力を政界にまで及ぼしている。

『そして、ひと粒のひかり』(原題『Maria Full of Grace』)-米&コロンビア/監督-ジョシュア・マーストン/2004

コロンビアの地方の町で薔薇のトゲ取りで一家の生計をしょっていた17歳の娘が、尊厳も品位(Grace)もない扱いの仕事と自分に依存する家族にどうにも我慢ができなくなる。
特に愛してもいなかった男との子を宿しながら、首都ボゴダに行き、5000ドルという(コロンビアでは家も買えるだろう)報酬につられ(「つられ」というのは正確ではない、彼女は自覚的に選択している)、麻薬の運び屋を引き受け、ヘロインを詰めた親指大ほどのゴム袋を62個も飲み込んでニューヨークに飛びたつ。

揺れ動く手持ち撮影を徹底しドキュメンタリーフィルムの味わいを通した脚本・監督のジョシュア・マーストンと凛とした(Full of Grace)主演のカタリーナ・サンディノ・モレノ(米アカデミー賞主演女優賞ノミネート他受賞多数)が素晴らしい。

『Collins Cobuild English Dictionary』の「Grace」の項、1と2。
1. If someone moves with grace, they move in a smooth, controled, and attractive way.
2. If someone behaves with grace, they behave in a pleasant, polite, and dignified way, even when they upset or being treated unfairly.

10 5, 2006 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年09月14日

増山理人写真展「CORAZON」at 上野毛キャンパス

増山理人写真展「CORAZON」(中米ニクアグラ、スラムの子どもたちと過ごした2年間の記録)を今日14日から21日まで、多摩美上野毛キャンパスの学食前で開催します。
14〜22時 / 17-18日は休み

20日(水)には公開特別講演会も行われます。
18〜21時 / 上野毛キャンパス講堂

いずれも一般の方のご来場、聴講は自由です。どうぞお越しください。

以前の記事をどうぞ。
6月8日の記事
7月2日の記事
7月3日の記事

9 14, 2006 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年09月04日

「国境なきアーティストたち」(ギャラリーf分の1)

「南米からの熱い風ー日本在住の中南米芸術家たちによる展覧会」の際、理人くんに続いてのプレゼンテーションを聴いていろいろ話しをし、知己となったエクトル・シエラ(Hector Sierra)さんによるミニ展覧会。
御茶ノ水「ギャラリーf分の1」(9月9日まで・03-3293-8756)

エクトル(写真中左)は1964年南米コロンビア生まれ。93年から東京在住。

映像制作を志すがコロンビアには適当な大学が無く、奨学制度のある旧ソ連ウクライナ共和国のキエフ大学映画監督学科に進む。キエフ大学は世界中(特に「第三世界」)からの留学生がたくさん集まっており、またグルジア生まれのアルメニア人で奇才・天才と呼ばれた映画監督セルゲイ・パラジャーノフ(1924-90 / 『火の馬』『ざくろの色』『スラム砦の伝説』『アシク・ケリブ』など)の助監督を務めたりすることで、異なる文化、民族、宗教の問題を体感する。

エクトルは日本を含むさまざまな国を旅するなかで日本に強く惹かれ、1993年奨学生として来日。九州芸術大学、そして日本大学芸術学部大学院で映像制作を研究。

修士作品として当時解体しつつあり緊張が高まっていたユーゴスラビア連邦・コソボの姿を自分の目で見、ドキュメンタリーを作りたいと考えてコソボに渡りNATO軍による空爆を体験するなかで、戦争に慣れてしまうことの恐ろしさ、そして「敵が誰か」ではなく「戦争そのもの」こそが最大の敵だと考えるようになる。

自分個人では戦争を止めさせるすべはない、けれどなにかをせずにはいられない。ベオグラードの友人たちからの悲鳴のようなメールや滞在した町が次々に破壊され人々が難民となっていく様をTVで見るなかで、エクトルはアーティストとしてできることを思案する。

食料や薬などの物資はいろいろな機関の援助があるだろう。しかし戦争によって打ちのめされた人々の心のケアには手がまわらない。特に心に深い傷を負った子どもたちに対しては。
戦災地や紛争地の子どもたちに芸術の種を蒔こう。心の傷をアートを通して浄化する機会を提供しよう。

こうしてエクトルが他のさまざまなアーティストの協力を得て1999年に作り国際的な活動を行っているのがNGO「国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)」

今回はコソボ、バーミヤン、NYグラウンドゼロなどでの子どもたちとのワークショップで描かれた絵と、十二支の動物たちが「グローバリゼーション」について議論するエクトル作のお話に、コロンビア出身で武蔵野美術大学大学院を出たラウラ・スタニョ(LAURA STAGNO)さんが描いた愉快な絵の数々を展示。

私が行った2日には、翻訳(『世界の<水>が支配される!—グローバル水企業(ウオーター・バロン)の恐るべき実態』)やグローバリゼーションと環境・持続社会についてのNGO、情報提供、市民教育で活躍している佐久間智子さん(写真中右)を迎えてトークショー。聴講者も熱心に発言。

【写真上】ロシア軍の侵略破壊から逃れてきたチェチェン難民の少年(12歳)が「雨のイメージ」として描いた自分の生まれ育ち今は廃墟と化したチェチェン首都グロズヌイ。エクトルは世界の子どもたちに日本の文化の紹介や子どもたちとの交流をはかることも進めている。「美」「和」などの漢字と意味を教えると子どもたちは喜んで絵に取り入れる(エクトルは「習字絵」と名付けている)。漢字の「雨」は大人気。
【写真中】エクトル・シエラ(左)と佐久間智子さん(右)
【写真下】聴講者も熱心に発言する

国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)サイト
『国境なきアーティスト』(エクトル・シエラ 子どもの未来社 寺子屋新書)
『あの日のことをかきました—ニューヨークとアフガニスタン 絵でつたえる子どもたちの心 』(エクトル・シエラ 講談社)

9 4, 2006 10.美術工芸, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年09月03日

「世界の戦場から」写真展