9/5 銭湯LIVE@八幡湯(世田ヶ谷区太子堂)
9 4, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
進学相談会では、合格入学者の入試参考作品も展示してある。
しかしどうも見ていると応募希望者たちは、設問をほとんどろくに読まず、作品ばかり見ている。
相談会でいつも言っているのだが、私たちは、設問をある意図のもとに出しており、それぞれの受験者がそれをどう捉え考え応え、造形表現しているかをまず第一に見ているのだ。
そのことを抜きに合格者の作品だけ見ていても、表面的な造形美や見かけの新奇さなどの「この程度ならいいのだろう」ということしか目に入ってこない。
これまでの入試参考作品集には「出題の意図と評価のポイント」が書かれているからそれをしっかり読んで理解してほしい。
24日(日)も10時から4時まで開催
8 23, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
札幌から福岡まで開催されてきた最後、東京での進学相談会が多摩美術大学上野毛キャンパスで行われます。
日時:8月23日(土)24日(日)
10時〜4時
場所:多摩美術大学上野毛キャンパス
(東急大井町線上野毛駅徒歩3分)
専任教員による進学相談、入試合格作品の展示などの他、デザイン学科では、学生作品の展示、コンピュータを使ったグラフィック、活字組版活版印刷のちょっとしたワークショップなどを企画しています。
ぜひお越しください。
8 21, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
28日(月)29日(火)と多摩美上野毛デザイン学科、夜のオープンキャンパス。
いつも学科会議を行う部屋があやしい?指名サロンに。
専任教員による進学相談ももちろん別室で行っているのだが、これは卒業生や在学生が企画した、卒業生、在校生による相談コーナー。
このリーフも彼らが企画制作したもの。
活字組版・活版印刷ワークショップもやっている。
学生の優秀作品展示や各分野2年生、3年生(29日PM6〜7)のプレゼンテーションも。
佐藤直樹准教授とゲストによるトークショー。
今晩は、クリエイティブスタジオ「ANSWR」、デザイン集団「ADAPTER」の針谷建二郎さんと。
29日(火)はグラフィックデザイナー・佐藤卓さんと(PM7:30〜9:00)。
7 28, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
28日(月)29日(火)と多摩美術大学造形表現学部デザイン学科(世田谷上野毛キャンパス)のオープンキャンパス。
進学希望者向けのものだが、在校生、卒業生、教職員が入り交じったさまざまなプログラムが組まれています。
どうぞお立ち寄りください。
PM5:30開場・PM9:10まで。
7 28, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『雄大昆虫記 ぼくのアシナガバチ研究所日記』(中川雄大・くもん出版)は、長野県白馬村に住む少年が、身近なアシナガバチを小学4年から6年まで観察や実験を重ねた日記や絵、写真をまとめたもの。
北アルプス・白馬岳の麓、白馬村は自然がいっぱいだ。
雄大少年も大の虫好き。
2年生のときには「キアゲハの観察記録」で賞を取っている。
4年生になったとき、新しく赴任してきた先生はそれを知り、「雄大くん、コンクールを目標にがんばりますか? いちばんのごほうびに、海外旅行に行かせてくれるコンクールもありますよ」と勧める。
「昆虫が教えてくれる不思議な世界。そして観察をするとコンクールが待っている! そのダブルの魅力はぼくの心を動かした」
そして家に巣をつくるアシナガバチの観察を始める。
小学4年生のときの「ぼくとバーラの物語」の章。
八重桜が満開の頃、巣を作った「ヤエラ」ちゃんの、幼虫がまだ入っている巣が強風で落ちてしまった。ヤエラはもう諦めて戻ってこない。
バラのそばに巣を作ったので「バーラ」と名付けた女王蜂の巣にこの落ちた巣を瞬間接着剤でくっつけてみる。
バーラは最初の3分くらいは怒っているよう。
「けれどバーラはすぐにヤエラの巣に移って、部屋の中の幼虫のようすを見てまわっていた。そして午後までには、落ちたときにつぶれた部屋の入り口の部分が、きれいになおしてあった」
「バーラは、自分の巣とヤエラの巣と、二つ分の子どもたちを育てなければいけないので、仕事のしすぎでイライラしている」
観察と発見、疑問と仮説、そしてまた新しい発見へ。
真夏日、働き蜂たちがみな草むらへ飛んでいくので何だろうと見ていると、蜂たちは草の上にたまった水玉を飲んでいる。
けれど飲んでいるわけではなかった。
巣に戻ると水玉を吐き出し、巣のなかがびしょ濡れになるほど皆で何十回となく繰り返し、羽をふるわせて風を送る。
炎天下の巣を冷やしているのだ。
コアシナガバチは何を好むのだろうと、蜂蜜、ストロベリー、メロンなどを巣の前に並べてみる。
蜂蜜だろうと予想していたら、なんと醤油が一番人気なのだった。
三年間にもわたる毎日の観察と実験と記録は、対象に対する愛情や情熱、熱中(「そしてぼくはハチに熱中した」)がなければできることではない。
同時に、自然を観察することは自然の摂理を学ぶことでもある。
バーラが死ぬ日がくる。
「8月19日 悲しい出来事
春から一生けんめい巣作りをして、二つの巣の子どもを育てたバーラ女王が今朝、巣から下に落ちてしまった。かた方のはねは半分ちぎれて、もうかた方のはねはちぢれている。そのうえ、じまんの長い足がもげてしまって、歩くことも飛ぶこともできなくなってしまった。…」
「8月20日 忘れないよ、バーラ
午後、バーラが死んだ。バーラは巣から落ちてから、二日間ぼくのために生きてくれた。…大きな二つの丸い複眼に見つめられると、胸の中がぎゅっとなる。ときどきピクンピクンと触覚を動かして、ぼくに話しかけてくれたみたいだ。
バーラの巣には新しい女王が生まれたけれど、ぼくは今までずっとバーラがしてきたことを知っている。ヤエラの子どもたちを育ててくれたバーラ、本当にありがとう」
「ぼくはバーラと一緒にヤエラの巣の子どもたちを育てた気持ちになっていた。ひどいケガを負い、苦しそうなバーラを見たときには、胸がつまるような思いで悲しかった。そして秋の終わりごろ、スズメバチに巣を襲われて散り散りになっていくハチたちの生活から、自然のきびしさを学んだ」
卒業制作や課題に悩んでいる私のところの学生たちに読ませたい。
7 7, 2008 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
安野光雅、大岡信、谷川俊太郎、松居直が編集にあたった『にほんご』(福音館書店)という名著がある。
1979年に刊行され、何度も手元からなくし、今持っているのは2007年3月の第49刷。
小学校で初めて学ぶ言葉の教科書の試案として編まれたが、これまでの国語教科書にはない特長がある。
谷川俊太郎が代表してあとがきに書いてあることをまとめると、
1.
文部省学習指導要領にとらわれない小学校一年生のための国語教科書を想定したものであり、現代日本の学校教育制度、教科書をなかだちとする教師と生徒の関係を無条件では前提としていない。
2.
「読み」「書く」よりも「話す」「聞く」ことを先行させている。
まだ読み書きがよくできない子どもでも、すでにかなり複雑な言語経験は持っているからだ。
3.
言語を知識としてではなく「自分と他人との間の関係をつくる行動のひとつ」としてとらえていること。
「ことばは口先だけのものでも、文字づらだけのものでもなく、全身心をあげてかかわるものだ」ということを知ってほしいこと。
4.
「ことばには心だけではなく、それと切り離せぬものとして体、つまり文体と呼ばれるものがある」ということを暗誦を想定した文例で示すこと。
5.
日本語を、世界にあるたくさんの言語のひとつとしてとらえること。
いわゆる共通語を基本とするが、地域語の持つ共通語にはない働きにも関心をうながすこと。
6,
日本語に関して、子どもたちに教え込む知識と総量があるとは想定しない。
母語である日本語を通して、子どもたちにことばと、ことばを通しての人間のあり方にめざめてほしい。
基本は教える者と教わる者との間の人間関係。
この「教科書」はもとより絶対的なものではなく、これをどう生かすかは個々の教師の工夫次第。
で、ルナちゃんの日本語レッスンのなかにこの本を使っての勉強を取り入れる。
まず、読み上げさせる。
ひらがなの字面をおってたどたどしく読み上げることはできる。
次に意味を理解させる(例によってスペイン語への翻訳ソフトも横で併用して見せる)。
私たちが日本語としての自然なイントネーションや区切りをつけて読んできかせる。
それにあわせてまた読んでもらう。
ノートにその通り書かせる。
というサイクルを基本としてときどき関連するような横道にそれる。
が、とっぱなでつまづいてしまった。
書いてある文章はこうだ。
ないたり ほえたり さえずったり、
こえをだす いきものは、
たくさんいるね。
けれど ことばを
はなすことの できるのは、
ひとだけだ。
最初の3行の意味を説明してもルナちゃんはなかなか理解できない。
日本の子どもだったら接続助詞「たり」は自分で使わなくとも「泣いたり笑ったり」「寝たり起きたり」などとしてすぐにわかる。
それは別としても、これをもし英語やスペイン語に翻訳するとしたら、構文の順はまったく異なってくる。
(世界には)声を出す生き物、(例えば)鳴く(猫とか山羊とか虫とか)、吠える(犬とか虎とか)、さえずる(鳥)ものはたくさんいる。
情報内容をプレーンに伝えようとすれば基本的にはこうなる。
(修辞的には他の順もいくらでもありうるだろう)。
私たちは日本語を頭から順に意味を分からせようとしてしまい、おそらくルナちゃんは、この文章の順番の関係がわからなくなってしまったのだ。
しばらくおいといて先へ進もうとすると彼女は釈然としない表情。
どうも納得できるまで理解しないと気が済まない性格なのかもしれない。
それはそれでとてもいい面なのだが、今の日本の学校の中では、どうしてそんなことも分からないの、と困ったちゃん扱いされるのがわかりきっているからちょっと気がかり。
何がどう分からなくて、どういう違った思考回路に入っているかをできるかぎり早く理解してあげること、の重要性にあらためて気が付かされる。
次の3行はまた別の意味で難題だ。
「文字」を使うことのできるのはヒトだけ、だったら分かる。
「ことば」を話すことができるのはヒトだけ?
犬だって犬語で話してるよ、人間のいうこといっぱい分かるし、ことばは違うけれど話してるよ、
とどうも10歳の頭の中で疑問がうずまいているらしい。
こういう子どもの疑問を決して切って捨ててはならない。
これは現代の言語学や生物学でもさまざまな学説がある、けっこう根源的(ラディカル)な疑問なのだ。
「ことば」をもし、他とのコミュニケーションをはかるために発声するものと広くとらえれば、犬も言葉を発している。
Micだって、食事前や親しい人が来たときの喜びのとき、散歩をねだるとき、八つ当たりしているとき、他の犬と遊びたい願望のとき、警戒威嚇のときでは同じ「ワン」でも全然違う。
人間は「言葉」を発声する音韻の複雑さやヒトが聞こえる音域に勝手に限定しているが、イルカや象のヒトになど聞こえない超音波や低周波での高度なコミュニケーションはどうなるのか?
象が2Kmも離れたはぐれた仲間と交信し、群に導くことができるような能力の前で、そんなに「ヒトのことば」は唯一の優越性を持っているのか?
「教える」ということは、何か一方的に知識や考えを授ける、というようなものではまったくない。
教え、教わるものとの関係の中で、互いに何かを発見していき、互いに豊かになっていくプロセスであるだろう。
6 23, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる。
横で私が「日ー英ー西翻訳ソフト」を使って打ち込み、スペイン語での説明をリアルタイムで示す。
「これは50年前の東京」(Es hace 50 años Tokio)
「東京は今とはまったく違う」(Tokio es ahora totalmente diferente)
「彼女は田舎から働きに来た」(Vino a trabajar del país)
「彼女は仕事が期待と違うのでがっかりした」(Porque era diferente de la expectativa en trabajo, fue defraudada)
「売れない小説家」(El novelista que no es popular)
「ルナと同じ小学校5年生」(Un quinto alumno mismo como Luna)
「彼は、彼女は自動車修理が得意と思いこんだ」(Le convencieron que estaba buena en la reparación del coche)
「彼女は借金をかかえていて、元の踊り子に戻らねばならない」(Tiene una deuda y debe devolverse a una muchacha del baile original)
といった具合。
「ただいま」「お帰り」「やったぁ〜」などと繰り返している。
感想は、muy lindo(かわいい)、interesante(面白い)、gusto mucho(とっても好き)
庭の色づいたミニトマトやワイルドストロベリーを摘ませたり、シソ、レモンバーム、バジル、三ツ葉、アップルミント、ペパーミントなどの葉の香りをかがせたりした後、麻心に連れ帰る。
父親のシンさんに、面白かった、泣きそうになった、と報告している。
写真は、混み合う店で配膳や片付けを手伝うルナちゃん。
6 21, 2008 01.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ルナちゃんの日本語レッスンを始める。
きょうは初めてだから私の家やお互いに慣れ、彼女がどのくらい日本語を理解しはじめているか、どういうことに興味を持ち、意欲をもっているかを知る段階。
日本語とスペイン語が交互に出てくるCDをかけてみるが、日本語の表現がどうにも大人のもので10歳の少女のものではないのでやめる。
ひらがなは読めるがカタカナはまだまだ。
書く方もこれから。
五十音順はなんとかわかるので小学生向けの国語辞典の引き方も少し教える。
かなは基が漢字であるにせよ表音文字だから性格は理解できるが、表意文字である漢字は難しい。
一文字で意味を持ち、かつ複数漢字の組み合わせで多様な意味を表す言葉をなす。
さらに漢字一文字は漢語(「中国語」)では一音だが、日本で使われる漢字は複数の音と訓があることをアルファベット圏で育った子どもに分からせるのは少しずつしかできない。
旅の指さし会話帳を使ってもスペイン語の質問が分からないと、西ー英ー日の翻訳ソフトに彼女が打ち込み(キーボード操作はけっこうできる)それをみて答える。
「10歳の子どもは漢字を覚えなくてはなりませんか」と出てきた。
小学国語辞典の後ろに小学校で学年別に学習する漢字表があるのでそれを理解させる。
9月から5年生に編入するのでここまではと教える。
互いに、ふぅ。
6 18, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
コロンビアから先月やってきたばかりのルナちゃん(10歳)にPartnerと私が日本語を教えることになった。
ルナちゃんは9月から鎌倉の小学校に通う予定だが、スペイン語しかわからない。
こちらはスペイン語はほんのカタコト程度。
先日『旅の指さし会話帳 スペイン』をあげたらとても喜んでいたそう。
さて、どう教えていくか。
安野光雅『あいうえおの本』(福音館書店)、村上勉『あそぼうあそぼう あいうえお』(あかね書房)、五味太郎『ことばのえほん あいうえお』『かずのえほん 123』(絵本館)、『すてきなひらがな』『ステキナカタカナ』を本棚から引っ張り出して眺め、先月出た『素敵な漢字』(講談社インターナショナル)を購入。
どれも文字と言葉とそれを通した世界への想いがこめられた絵本作家の名作。
ルナちゃんにあげることにする。
6 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
4月からやっていたデザイン学科新入生向けの授業「イメージと文字」クロージング(まだ「まとめ」と感想のアップ、お互いのコメント等残っているが)。
先週の試作プレゼンテーション・講評に続き、最終作品の発表、講評。
この授業では活字組版・活版印刷も授業に取り入れ、日本経済新聞6月3日夕刊文化面でも紹介された。
また、4年前からブログを活用しネットで公開している授業でもある。
6 4, 2008 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
朗文堂アダナ・プレス倶楽部の主催で「活版凸凹フェスタ2008」が始まった。
さまざまな活字活版印刷の作品、活版活字関係の展示・販売、ワークショップ等。
これは女子美術大学短期大学部学生の作品。
個人作家、阿部真弓さんの作品とそれを刷った活字の版、金属・樹脂版の展示。
私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)はまだ始めたばかりなので「活字組版・活版印刷」のワークショップ、授業での講習参加者の感想をまとめて、4年生の山崎祐三子さんにポスターを作ってもらって展示。
2008年5月2日(金)〜12日(月)
AM11〜PM6
CCAAアートプラザ
東京都新宿区四谷4-20(東京メトロ丸ノ内線四谷三丁目・都営地下鉄新宿線曙橋)
5 2, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
滞仏中もネットにつながる時は、今やっている「イメージと文字」という新入生向け授業のブログで課題を出し、学生たちの進捗状況をチェックしていた。
4年前から私の授業はすべてブログを援用して行っているのだが、海外からは初めて。
5 1, 2008 09.ネットワーク・コミュニケーション, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期の授業開始。
新入生対象の「イメージと文字」。
とっぱなの授業をやった後、今日渡仏するので、5回ほどはフランスから遠隔授業。
2004年以来、私の授業はすべてブログを活用し、ウェブ上でオープンに行っています。
学生の進捗具合も含めすべてウェブ上でみることができます。
よろしければおつきあいください。
ここでの成果は「不都合な真実をデザインする」A2ポスターを作ることもさることながら、授業・学生ブログ全体を通してのコミュニケーションの発展・拡張・充実に主眼があるのです。
今日から一歩一歩ステップを踏んでいきます。
ですので学生のブログにもお気軽にコメントを。
4 15, 2008 09.ネットワーク・コミュニケーション, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期が始まり、新4年生も卒業制作開始モードに入った。
昨年度の「卒業制作優秀作品集」の担当教員コメントを書くために、佐藤真紀子さんの『そのあとに』を観なおす。
世界を見渡せば、むきだしの暴力や抑圧、そして環境、生活破壊が溢れている。
日本の若い世代も自分への自信もこれからの社会への希望も持てず閉塞と鬱屈に向かう。
「人」とのつながりを求め、そのなかでの「自分」を「検索」してみても「氏ね(死ね)。氏ね。氏ね。…………」の画面がスクロールする。
リストカットや戦争や日常を含む混沌としたイメージの積み重ねが今の日本の若い世代が置かれた心象風景を象徴する。
「私」を削除してもよろしいですか?
[はい][いいえ]
[はい]を押そうとするエンターキーに伸びる手を別の手がかろうじて抑える。
佐藤真紀子さんの卒制映像作品『そのあとに』は約5分間たらずのものだが、長い時間をかけて膨大な素材を撮影して編集し、全編を通して流れる同名の歌も自作自唱している。
他の大学の大学院心理教育相談室で働いていて向き合った人々との体験から考えたこともあるだろう。
3年生のとき、自分史と世界の同時代戦争史を結びつけてサイトを作ったことも基盤にあるだろう。
「今、私達が生きているこの世界はその『後』でしか知ることができない。だから、どうか消してしまわないで、その命」
後輩たち、今年度の卒業制作も、こうした全人的な経験、考察、制作実績にもとづいて取り組んでほしい。
4 13, 2008 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
小学生のころから、故叔父(元慶應義塾大学教授)のタイプライターをさわらせてもらい、ほんのちょっとポチポチと紙に打っては喜んでいた。
キーボードのQWERTY配列は同じでも、タイプライターとコンピュータのキーは実はまるで別物だ。
タイプライターのキーは強く押せば、活字はインキリボンを強くたたき、紙に食い込み、インキはにじむ。弱すぎれば印字はかすれる。
コンピュータのキーは指の力が強かろうが弱かろうが関わりない単なる電子ボタンに過ぎない。
機材、道具を使い、自分の手、指の力加減が対象結果にどう関わるかの身体感覚をできるだけ基礎的な力にすることこそ、バーチャルなデジタル時代の基本だと思う。
コンピュータでの作業はひたすら脳に直結する。
道具と実体としての素材を使っての手作業は、コンピュータ上に置き換えてしまう以前の、精神、マインドと身体感覚全体の関係の回復、拡張につながるだろう。
デザイン学科第2回「活字組版・活版印刷ワークショップ」で。
デザイン学科に小型活版印刷機を導入(2007/12/11)
4 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
学生たちが鎌倉に遊びに来る。
夕方の由比ガ浜をMicと散歩。
4月から4年生(Partnerも)なので必然的に卒業制作の話になり、参考になるものをいろいろ見せたり囲炉裏を囲んで相談にのる。
3 22, 2008 11.教育と学びのデザイン, 23.日々のなかで | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
デザイン学科に昨年末導入した活字と小型活版印刷機(Adana21J)を使っての「第1回 活字組版・活版印刷ワークショップ」。
インストラクターは朗文堂アダナ・プレス倶楽部の大石薫さん。
多摩美術大学上野毛デザイン学科は1989年の創設時以来、最新のコンピュータ環境を整え、デザイン教育と作品制作に活用してきている。
パソコンで文字の組版は簡単にでき、プリントボタンをクリックするだけでプリントできるデジタル時代になぜアナログの活字組版、活版印刷か。
活字活版印刷への単なるノスタルジーではない。
レイアウトソフトなどコンピュータのソフトウェアというのは活字組版以来の長いタイポグラフィの歴史のノウハウをバーチャルに実現しているもの。
そのバーチャルな世界に、タイポグラフィのことを知らない学生がいきなり入っていくと、ソフトウェアが自動的に作ってくれているということに気が付かないし、また善し悪しの判別力も身につかない。
かな漢字変換などではなく、活字という実体のあるものを、自分で探し出して指で拾い、手で組むことを通じて、文字とタイポグラフィ、その歴史に対する傾注力(アテンション)と審美性を判断する力は確実に違ってくる。
コンピュータは脳に直結するが、活字と印刷機などの道具を使っての手作業は身体を通じた想像力と審美力、つまり精神に通じるだろう。
活字を拾う「文選」作業。
漢字活字は伝統的な部首別ではなく一般的な音読み順に並べてあるのだが、探し出すには漢字に対する基本的な素養が問われる。
「ステッキ」と呼ばれるものに文字部分を一文字ずつ組んでいく「植字(しょくじ・ちょくじ)」プロセス。
一行を整え、行間を作るための作業も必要。
印刷機にかけるための版を作る「整版」。
印刷結果には表われないさまざまな込め物。
いよいよ印刷工程に入る。
一枚ずつ仕上がりを確かめながら。
レストランで食事すれば、食べて金を払って終わり。
しかし自宅で料理を作れば、食器や鍋などの後片付けを当然する。
版をばらし、活字を元の位置に戻し、印刷機をきれいに掃除して、はじめて次の作業に備えられる。
自分が使う道具を常に最良の状態に保つのは昔から手仕事、職人仕事の基本中の基本。
参加した学生たちの作品。
3 20, 2008 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
デザイン学科に新しく導入した小型活版印刷機(アダナ-21J)3台と活字を使った第1回ワークショップを3月19日(水)に工作室で行います。
朗文堂 アダナ・プレス倶楽部の大石さんと私がチューターとなります。
導入した活版印刷機については朗文堂 アダナ・プレス倶楽部サイトを参照。
樹脂版を造ってこれで印刷した今年の上野毛デザイン展のDMも「ギャラリー」コーナーに紹介されています。
参加希望者は高味にメールで申し込んでください。
卒業生も参加できます。
期日:2008年3月19日(水)
時間:午後2〜6時
場所:1号館B1工作室
対象:学年問わず(卒業生も可)
参加:最多9名まで(※希望者が超過した場合は抽選。もれた人は次回以降優先します)
費用:無料
3 12, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)