2009年02月23日
京焼とリモージュ絵付けの「立雛」

フランスきっての磁器絵付けアーティスト、パトリック・オドヴァールが来日するたびに、有田、京都、瀬戸など日本の焼き物の地を案内した。
今回実現した、京焼八代清水六兵衞さんの香合をもとに、パトリック絵付けのコラボレーションによる限定40個のリモージュ・ボックス「立雛」。
八代清水六兵衞さん:
和の香合に洋の色絵磁器の愛らしい小箱。手のひらに載るほどの小さな形の中に美しさと楽しさがあふれています。
同じ形でも生地と絵付けの違いによって全く別の表情になるのも楽しみの一つです。
和陶器と洋磁器のコラボレーションが出来たことは、新しい試みとして、非常に楽しみにしています。
パトリック・オドヴァール:
京都を訪れた折りに拝見した、六兵衞窯の焼き物と先生の作品のすばらしさに感激しました。
今回、清水六兵衞さんにいただいた「おひな様」というテーマでリモージュボックスを作ることができたことは、たいへん意義深く、光栄なことです。
陶器アーティストである先生のデザインを、セラミスト(磁器作家)としてリモージュ磁器に実現したことは、「京焼」と「リモージュ磁器」という二つの違った焼き物の文化を結びつけ、互いに響き合うための橋をかけることだと思います。この作品に、そのような意義を感じています。


リモージュ・ボックス
リモージュ・ボックス ブログ
六兵衞窯
2 23, 2009 10.美術工芸 | 固定リンク
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老母作雛人形


同じく老母新作の木目込み雛人形2点。
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老母作「雛の客」


2月25日(水)から3月2日(月)まで、鎌倉ギャラリー(鎌倉市小町2-15-10)での雛人形展に出品する老母作のテラコッタ人形。
雛祭りに招かれた男の子、だそう。
子どもの頃を思い起こしてみるが、どうも雛祭りに招かれた記憶はない。
2 23, 2009 10.美術工芸 | 固定リンク
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2009年02月16日
老母のパステル画

老母が品川で同窓会があるので行ってもいい、と聞く。
行ってもいい、などと聞くのは、脚がめっきり衰えて、電車の乗り降り、駅の階段やエスカレーターがとてもおぼつかなく、もう一人で東京など行ってはだめ、と私が言ってあるため。
東京府立第二女子高等学校の同級生を描いた老母のパステル画。
2 16, 2009 10.美術工芸 | 固定リンク
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2009年01月28日
「久留和」のガラス細工

三浦・秋谷の ガラス細工の店「久留和」で求めたピアス。
大胡直人さんという人の作品。
金箔をガラスで包みこんででいて美しい。
鎌倉大塔宮前にも店舗。
1 28, 2009 06.私の好きな鎌倉の店・その他, 10.美術工芸, 17.衣・ファッション, 25.My Partner | 固定リンク
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2009年01月09日
フリー・ガザ・キャンペーン チャリティ絵はがき

イスラエル軍によるガザ空爆・地上軍侵攻によるパレスチナ人犠牲者は1月8日までに約760人、うち子供が257人と3分の1に上ると国連事務次長が述べた。
土井幸美さん(すぺーす・どい主宰)が、ガザのアトファルナ聾学校でボランティアをしていた時、美術の授業で「ナクバ」(1948年イスラエル「建国」によりパレスチナ人が難民化させられた「大惨事」)の絵を描くことになった。
これを描いた少女ファティマ(聾者)は、描いたものの「家族が散り散りになるなんて二度とイヤ!」「こんな絵は嫌ね、いらないわ」と破ってゴミ箱に捨ててしまった。
捨てられた絵を土井さんは拾いあげ、くっつけてもらってきた。
2001年、ファティマが中学生のとき。
今、彼女はその聾学校の幼稚部の先生になっている。
ファティマ、そしてガザの子どもたちを想いながら土井さんがその絵をもとに作ったアピールカード(企画:土井幸美 制作:ハルオン楽舎)

Free Gaza ! Free Palestine ! (作画:だるま森 制作:ハルオン楽舎)

セカイジュウノコドモタチガ ゲンキデカケマワレルヒヲユメミテ(作画:だるま森 制作:ハルオン楽舎)
3枚組絵はがきの売り上げの50%が「土井敏邦パレスチナ記録の会」を通してガザ地区のNGOへ直接寄付される。
1 9, 2009 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2008年12月23日
乾敏夫さんの馬の絵

乾さんは太平洋戦争中、南方戦線に駆り出され、騎兵連隊に配属されて、軍馬と生死を共にする生活を送った。
敗戦間際、軍令で無意味に屠殺された200頭の馬のことが忘れられず、復員後ひたすら馬の絵を描き続ける。
毎朝、新聞紙を大量に広げ、3000頭の馬を描いていた乾さんも、聞く所では87歳の今ほとんど寝たきりにならているという。
「田舎家を守る会」の解散の集いで、絵を求める。
補給物資や野戦砲を引き、あるいは銃剣を携えた将校を乗せるのではなく、花の咲き乱れる草原で若い娘が楽しげに馬と戯れる姿を、戦時中、山河泥濘のなか辛苦を共にしている馬たちのそばで、乾さんの頭にはイメージがよぎっていたたのかもしれない。
過去記事:
乾敏夫さんの奔馬の絵
12 23, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年12月21日
お守りの網


昼下がりの麻心(鎌倉長谷)。
コロンビアで先住民の工芸品店をやっていたダリさんが作った「お守り」の網。
北米先住民にも同じようなものがあるらしい。
12 21, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年12月01日
老母とMic


来年の干支の丑(牛)の人形が好評でまた作っている老母とそばでまどろむMic。
12 1, 2008 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2008年11月25日
EUROPEANA しばしおあずけ



ルーブルをはじめとする多数のミュージアム、図書館、文化施設などの協力のもとに集めた古今のヨーロッパ文化資産(フィルム素材、写真、絵画、音声、地図、手稿、書籍、新聞、記録文献等、現在200万点にのぼる)をウェブで閲覧できる壮大なサイト「EUROPEANA」が20日オープンで楽しみにしていた。
しかしなかなかうまく繋がらないと思っていたら、1時間に1,000万を超えるアクセスのためサーバーがダウンしたとのこと。12月中旬には再開する予定。
EUROPEANAトップページでデモビデオとPowerPointダウロードで片鱗を見ることができる。
11 25, 2008 09.ネットワーク・コミュニケーション, 10.美術工芸, 12.写真・映像・映画・演劇, 13.音楽の楽しみ | 固定リンク
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2008年10月29日
高味弘子「ほほえみの」人形展

老母の近作テラコッタや木目込み人形を集めて、パステル画を習っている大野画伯や倶楽部「道」の人たちの協力で、人形展が開かれる。
11月8日(水)〜14日(金)AM10〜PM5
大野アトリエ
鎌倉市由比ガ浜2--8-7-2
Tel: 0467-24-0327
昨年のほほえみの人形展
ほほえみの人形展2
10 29, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年10月04日
御霊神社の面掛行列人形

鎌倉坂ノ下の御霊(ごりょう)神社は頼朝の幕府開府より1世紀ほど前、平安後期には創立されたという。
当時の関東は、大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉のいわゆる関東平氏五家が割拠しており、当初はその五家の先祖を祀る「五霊」神社として建てられ、その後「御霊」に変わり、もっとも武勇の誉れ高い鎌倉権五郎景政を祀るものとなった。
そのため俗に「権五郎神社」「権五郎さん」と呼ばれる。
鳥居の目の前を江ノ電が通り過ぎる。


老母の新作、御霊神社「面掛行列」の人形。
奉納されて、社務所に飾られている。
これらの面の起源は古く、古代インドで創作された「伎楽」と呼ばれる仮面劇の面が元になっているという。
インドから東南アジア、シルクロード、南シナ、朝鮮を経て奈良時代にもたらされ、仏教布教のために盛んに上演された。
経路からして、面にはさまざまな民族の風貌が残されている。
一番面から十番面まであり、「爺」「鬼」「異形」「鼻長」「烏天狗」「翁」「火吹男(ひょっとこ)」「福禄(ふくろく)」「阿亀(おかめ)」「女(とりあげ)」。
御霊神社の、南極星の化身で頭が長く長寿・家禄永遠を司る「福禄寿」が鎌倉・江ノ島七福神のひとつとされる。
老母の過去作「面掛行列人形」
10 4, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年10月01日
Hole(穴)の美

卒業制作中間発表の作品。
刺してあける穴、抜いてあける穴の可能性と造形美を試みるもののなかのひとつ。
グラナダ、アルハンブラ宮殿の装飾、チュニスのカルタゴ、古代ローマのタイル紋様の美に通じる。
10 1, 2008 07.デザインの世界, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年09月18日
老母の新作テラコッタ

老母は来週84歳になるのだが、まだ創作意欲はいろいろあるようだ。
新作テラコッタ人形。
なにか展覧会にでも出すの?と聞くと、ううん、いつも買ってくれている「遠いところにいる」お友達に贈るの。
ひょっとして「遠いところ」って比喩的に言ってるんじゃないだろうな。
『出来たぁ/画家』『セロ弾きのゴーシュ』

『おいしいよ/パン屋さん』『収穫/お百姓さん』

『もう一廻り/サラリーマン』『赤い靴の子』
老母は大正13(1924)年生まれなので、サラリーマンといっても、向田邦子『父の詫び状』や昭和20年代黒澤、小津映画に出てきそうな昭和レトロの趣き。
9 18, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年08月10日
Asia ビーチコーミング作品展(8/8〜13)

鎌倉を中心にビーチコーミングで集めたもので創作された飾りや照明。
飯田幸子さん「海音工房」作。
材木座のビーチカフェ「Asia」で13日まで展示。




ビーチコーミングの過去記事
ビーチコーミング学1
ビーチコーミング学2
ビーチコーミング学3
ビーチコーミング学4
8 10, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年08月08日
『山河風光』(五十嵐威暢・作ー札幌市JRタワー)



札幌駅JRタワー展望室に昇ったのは札幌の東京と変わらないビルだらけの風景を眺めるためではなく、五十嵐威暢先生の『山河風光』(2003)と名付けられた壁面作品を実際に目にし、触ってみたかったからだ。
高さ3メートル、幅約12メートルにわたり、T38(展望室・高さ160m)の西側壁面にしつらえられた(観光客はみなエレベーターを降りると外の景観に目を奪われてなかなか気付かないが)テラコッタの作品は、太古からの自然の営みのなかの多様さと雄大さと暖かさとが見事に表現されていて感動する。
そっと指でなぞってみると、テラコッタの自然なぬくもりと、まだ文字を持たなかった時代の人々の表現に通じるものが伝わってくるような気がする。
8 8, 2008 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2008年07月25日
絵と詩のコラボレーションライブ「ふりつもる線/言葉」at 由比ガ浜


絵と詩の朗読によるライブパフォーマンス(7月20日「ジャック&豆の木」鎌倉由比ガ浜)。
ミョウガパーティーで知り合った高橋利哉さんの自作詩の朗読に合わせ、京都の忠田愛さんが絵を描く。
元々はジャコメッティが好きということからブログで知り合ったそう。
高橋さんが女声もほしいというので友人の舞台俳優・近藤佑子ちゃんを紹介し参加してもらう。
Partnerもスタッフとして手伝う。



語られ、流れ、ふりつもる言葉にあわせ、墨絵が描かれる。

カオリン(磁土)を麻のキャンバスに塗り、マスキングテープを貼った上からバーナーで焼く。

最後の詩は観客も参加して。

『10分間』という10枚の絵。
高橋さんのちょっとした言葉、たとえばこれは「どこまでが夜」に合わせ、1分、2分〜10分で描かれたもの。

左から、忠田愛さん、高橋利哉さん、フルートの古楽器トラヴェルソのyukiyukiさん、近藤佑子ちゃん。

打ち上げの「ラ・ジュルネ」で。
私は仕事で一杯だけ。
忠田愛ブログ「ふりつもる線」
高橋利哉ブログ「O, Sancta simplicitas!」
近藤佑子ブログ「3歩あるいて5歩さがる」
7 25, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年04月28日
「アドリアン・デュブーシェ国立博物館(Musée National Adri en Dubouché)」


リモージュの「アドリアン・デュブーシェ国立博物館(Musée National Adri en Dubouché)」で、古い「リモージュ・ボックス(Limoges Box)」を数十点撮影させてもらう。
友人の美術工芸史家の池田まゆみさんが原稿を準備しているリモージュ・ボックスの本のためのもの。
ヨーロッパの磁器博物館はずいぶん観たが、世界中の磁器に関してここほど集め、かつ歴史的系統的に展示しているところはない。
だから磁器工芸に関して研究したかったら、まずここを観るのが一番いい。
ルーブルやドレスデンのツヴィンガー宮殿にはたしかに最高のものが集められているが、やはり奢侈にまかせたものが多く、またヨーロッパ各地の産地の美術館はその地のものが中心。

前庭に咲く、花びらの先が尖った日本ではあまり見ないチューリップが美しい。
4 28, 2008 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2008年04月08日
世界のチベット人のために-老母作佛像

全世界のチベット人とその文化と人権と自由を願って。
それは言うまでもなく同時にわれわれのためでもある。
4 8, 2008 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2008年04月06日
お疲れパトリック

フランス、リモージュ磁器の絵付けアーティスト、パトリック・オドゥヴァールが、銀座和光、京都高島屋の実演を終えて、帰国前、銀座で慰労の宴。
私はフランス語がろくに話せず、パトリックは英語もおぼつかないのだが、6年のつきあいのなか、池田まゆみさん(右から3人目)や鵜飼敦子さん(左から2人目)などが通訳してくれるおかげで、深く精神的に結び合っている。
来週「ウェブデザイン国際フェスティバル(WIF2008)」のためフランス・リモージュに行くのでまたすぐ会える。
4 6, 2008 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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老母作テラコッタ人形


「雪合戦」「花火」「祭りの日」
08 現代テラコッタ人形展(銀座松坂屋別館4F画廊)に出品している(8日まで)。
4 6, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年04月02日
パトリックと銀座で

友人のフランス・リモージュの「絵付けの魔術師」パトリック・オドゥヴァールが先週来日。
銀座和光、京都高島屋と実演をしていたのだが、忙しくてなかなか会えなかった。
銀座教文館での「リモージュボックス・ソサエティ」で。

参加者へのプレゼントボックスに、名入れと即興のイラスト絵付け。

銀座和光実演(B1)
4月3日(木)〜5日(土)
11時・2時・4時
※パトリック・オドゥヴァールに関しては、カテゴリー「美術工芸」のなかにたくさん記事があります。
「サイト内検索」ー「パトリック」でもご覧になれます。
※リモージュ・ボックス
4 2, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年03月06日
描く気分


携帯で写真を撮ったりする人はもちろんたくさんいるが、由比ガ浜で絵を描いている人をみるのは稀だ。
とても気分よさそうなのでのぞかせてもらい、こちらもいい気持ちになる。
3 6, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年03月01日
菅野博子さんのイラスト個展(3月5日まで・表参道)


デザイン学科卒業生の菅野博子さんのイラスト個展。
一昨年、故郷の福島いわき市に戻り、近くの「小浜」(勝手にオバマ応援をやっている福井県小浜市ではなく、小さな漁港と夏は海水浴場になる美しい浜が拡がる)に小屋を借り、絵を描き続けた。
今回の個展のタイトルはその小屋の住所で「渚44番地」。
もとからの素朴であたたかい画風が、海辺で育てる野菜やウニ、あわび、タコなどが獲れる漁船や里山や海を鎮める神社などの風景と土地の人々にとても溶け合っていて、ああ、今の東京などへの未練は一切捨て、ここで風景と人々と生活を描き続けて欲しいと思う。
菅野博子個展「渚44番地」
2月29日(金)〜3月5日(水)
11:00〜19:00(最終日〜17:00まで)
HBギャラリー
渋谷区神宮前4-5-4 原宿エノモトビル1F
Tel: 03-5474-2325
3 1, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2008年02月22日
老母作ひな人形



老母(83歳)が木目込み雛人形を3組作った。
2月27日から3月3日まで鎌倉ギャラリー(鎌倉市小町2-15-10/0467-22-5131)で開かれる雛人形展に出品するそう。
これだけ細かい作業ができるのに食品の消費期限は読めない(読まない、あるいは読もうとしない)。
2 22, 2008 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年12月26日
宝ねずみ

老母も参加している混成合唱団「ムジカおさらぎ」の2008年カレンダーの表紙に、母作木目込みの「宝ねずみ」の写真が使われた。

12 26, 2007 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年12月14日
Daisy's Cafeー河野美雪さんの絵

Daisy's Cafe(鎌倉長谷)で鎌倉在住・河野美雪さんの楽しい絵が飾られている(2008年1月16日まで)。
額はイメージを友人に伝え、流木などをもとに作ってもらったもの。
追記:
KAOKAO PANDAサイト
ブログに私とMicの写真が掲載されている。
12 14, 2007 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年12月01日
Daisy's Cafe(鎌倉長谷)-10 福留鉄夫さんの「The Bank」の絵

行きつけのDaisy's Cafeで今日からイラストレーター福留鉄夫さんのイラストやワイヤーアートの展示。
なにか地元がらみのものもということで描かれたThe Bankの絵。
初対面の福留さんに聞くと、なんと私の写真にインスパイアーされて描いたとのこと。
なかなか嬉しい出会い。
12 1, 2007 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年11月21日
Daisy's Cafe(鎌倉長谷)-9 コナオさんの絵

葉山在住"konao"さんのDaisy's Cafe(鎌倉長谷)での個展(11/28まで)。
コナオさんと愛犬「花丸」くん。
ディズニーの『ファンタジア』を思い起こす、なにか音楽と動きと共にある夢の絵。
コナオさんのサイト
11 21, 2007 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年11月09日
木の帽子

木を素材とした工芸や日用品クラフトが大好きだ。
イングランド、コッツウォルズのなかでももっとも美しい村のひとつ、バーフォード(Burford)の木工クラフツマンの店「Burford Woodcraft」で求めた帽子のオブジェ。
くせの強い年輪、あちこちに瘤がある材から見事な手仕事で削りあげられ、見るたびに惚れ惚れする。
11 9, 2007 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2007年09月29日
琥珀のネックレス

娘が老母の人形展を見に来てくれる。
ネックレスは、ポーランドのクラクフで買った琥珀細工のもの。
地質時代の樹脂の化石である琥珀(Amber)はバルト海で良質のものが取れる。
9 29, 2007 10.美術工芸, 17.衣・ファッション | 固定リンク
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2007年09月23日
「ほほえみの人形展」始まる

老母の「ほほえみの人形展」が由比ガ浜・大野アトリエで始まる。
来てくれた叔母たちと。

今日は大野画伯が教えている生徒たちが人形をパステル画でスケッチ。

老母の誕生日祝いを兼ねてオープニングパーティー。
9 23, 2007 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2007年09月14日
老母の「ほほえみの人形展」(9/22〜30 鎌倉由比ガ浜)

老母は鎌倉扇ガ谷にある精神障害者のための地域作業所、倶楽部「道」というところで、私はよく知らないのだが何やらいろいろやっており、そこの仲間と一緒に旅行に連れて行ってもらったりしているのだが、そこでパステル画を習っている大野画伯のはからいで人形の個展をさせていただくことになった。
大野画伯は母の人形の特徴を「ほほえみ」ととらえ、「ほほえみの人形展」と名付けてくださった。
ご覧になって気に入っていただいた方にはご自分で値を付けていただき、もしお買い上げいただいたときはそのお金は倶楽部「道」に寄付します。
お近くにお立ち寄りの際はどうぞのぞいてみてください。
大野アトリエは江ノ電和田塚駅そばの池田整形外科向かいを少し入ったところです。
高味弘子「ほほえみの人形展」
9月22日(土)〜30日(日)
AM10〜12・PM1〜5(25日から28日までは午後のみ)
大野アトリエ
鎌倉市由比ガ浜2-8-7-2 1F
Tel: 0467-24-0327
倶楽部「道」の紹介記事
9 14, 2007 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2007年08月30日
ラングドックの駅舎アート


マルセイユからバルセロナへ遅延と乗り継ぎ不能で明け方まで12時間半の旅となった途中駅、たしかモンペリエ(Montpellier)とナルボンヌ(Narbonne)の間だと思う。すでに二人とも疲れ切っていて駅名も確認できなかった。
南仏ラングドック(Languedoc)の土地の人々や街の風景が針金細工で駅舎の壁に浮かして付けられ、暖かい照明で陰影を刻む。
8 30, 2007 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2007年08月23日
「私の望み」


老母作のテラコッタ人形。
8 23, 2007 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2007年08月22日
「ひいおばあちゃんの想い出」


老母作のテラコッタ人形「ひいおばあちゃんの想い出」シリーズ。


8 22, 2007 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2007年08月20日
「あやめを持つ娘」

老母作の木目込み人形。
ロンドンに今週帰るPartnerの従妹に贈る。
8 20, 2007 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2007年05月22日
リモージュ・エマイユの魚

フランス・リモージュ市のエマイユや磁器を扱う「Galerie du Canal」で購入した魚のエマイユ。
フランス語で「エマイユ(email、英語ではエナメル enamel)」は銅などの金属にガラス質の釉薬(ゆうやく/うわぐすり)を焼き付けて装飾する美術工芸。日本では仏教経典にいう7種の宝石から「七宝(しっぽう)」と呼ばれる。
起源は古代オリエントとされるが定かではない。
ヨーロッパではキリスト教の発展とともにさまざまな祭具、遺物箱、教典の表紙などの装飾に使われ、12〜13世紀にはもっとも盛んに造られた。
リモージュのエマイユ工人たちはリムーザン派と呼ばれ、その中心のひとつだった。
その伝統技術を受け継ぎ、形も色合いも美しく楽しく見事。
上野毛「ミキ」の開店十周年祝いにミキさんに贈る。
5 22, 2007 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年05月11日
ミュシャのステンドグラス(プラハ)


ヨーロッパのあちこちで様々なステンドグラスを見てきたなかでもっとも美しいもののひとつ。
プラハ城内、聖ヴィート大聖堂のミュシャ(Alfons Mucha 1860-1939/チェコ語読みではムハ)によるガラス絵。
ボヘミアにキリスト教を広めた聖キュリロスと聖メトディオスの生涯と布教活動を描いている。
5 11, 2007 10.美術工芸, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2007年04月16日
パトリック・オドゥヴァールと



友人のフランス・リモージュの磁器絵付けアーティスト、パトリック・オドゥヴァールが来日している。
銀座和光で実演、15日から17日までは新宿伊勢丹で。19日から21日までは再び銀座和光で。
泉の水が湧き出るような絵技は実際に見ないと信じられない。
4 16, 2007 10.美術工芸 | 固定リンク
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2007年04月11日
Partnerの似顔絵-完成画

写真はわかる。
写真に撮られ、その中に撮されているということは現代のリテラシーとしてすんなり受け入れられる。
では絵画(それがどのような種類のどのようなレベルのものであれ)に自分が描かれ、それが残されるということは、写真とはどう異なる意味を持つのだろうか。
君は永遠を得たいとは思わないか、とどこかの画家がモデルをくどくとき言ったような気もするが…。
Partnerによる記事はこちら
4 11, 2007 10.美術工芸, 25.My Partner, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2007年04月10日
Partnerの似顔絵



顔のだいたいの輪郭からまず描くのかと思っていた。
フィレンツェのウフィッツィ美術館中廊で。
しばしPartnerを観察した後、彼は瞳と眼から描き始める。
Partnerの眼は右目と左目が微妙に印象が違うのだが、それが見事に描き分けられる。
キャンバスに陽が差し込むので、私は破れたこうもり傘を差し掛ける役をおおせつかり描かれるプロセスを見ながら写真を撮る。
私とほぼ同じくらいな年代ではないかと思われる彼がどのような経験と経緯で今にいたったのか分からないが、できうればどこか酒場で一晩語りあかしたいと思わせるなにかがあった。
4 10, 2007 10.美術工芸, 25.My Partner, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク
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2006年10月25日
「手の遺跡」


パトリック・オドゥヴァールからもらった9cmほどのオブジェ。
リモージュの磁器であり、パトリックの特徴ある絵付けがなされているのは見て取れるのだが、何なのか説明されるまでわからなかった。
パトリックは18世紀から続く由緒ある工房でディレクターを務めていたのだが、この工房は2002年にひそやかに倒産した。
彼は倒産前の工房で、磁土材料をモールド(型)に流し込み型通り乾燥させるプロセスで職人たちが握りつぶし脇に捨て置いたいわゆる「オシャカ」の山の中から300点ほども集めて焼き、絵付けして「Le Silence(沈黙)」という展覧会を開いた。これはその時展示されたもののひとつ。
彼はこれらを「手の遺跡」だという。
ここで言う「手」は連綿と受け継がれてきた職人の技を生み出す「手」であり、それへのオマージュだ。
ぎゅっと握りつぶした職人の手の跡が、苦々しさと、より良いものへの希求を込めてそのまま残っている。
10 25, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年10月16日
パトリックのスケッチ帖



パトリックが持ち歩いている分厚いスケッチ帖。
花瓶、リモージュボックス、イヤリングの図柄デザインやアイディアスケッチ、メモなどがぎっしり。
10 16, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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パトリック・オドゥヴァールと

三越の「フランスフェア」での実演のために来日しているフランス・リモージュの絵付けアーティスト、パトリック・オドゥヴァール。日本橋三越本店でお客さまと。

プレゼントのための名入れ。美しいカリグラフィとちょっとしたフランスカントリーサイドの絵がリモージュボックスの内側にするすると描きこまれる。

仙台、日本橋本店と終わって日本橋「ざくろ」で打ち上げ(パトリックはまだ高松店での実演があるが)。
12月に写真左・池田まゆみさん(美術工芸史家)とともにリモージュを訪れる予定なので打ち合わせ。
10 16, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年10月10日
老母のテラコッタ人形新作


老母(82歳)の新作テラコッタ人形。
脈絡のなかなかつかめない話をまとめると、老人養護、障害者保護の施設で知り合ったボランティアであちこち慰問されている方を造形したという。
「ちょっと見ると魔女のような格好をしていてね……でもとってもいい方よ」
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2006年09月04日
「国境なきアーティストたち」(ギャラリーf分の1)



「南米からの熱い風ー日本在住の中南米芸術家たちによる展覧会」の際、理人くんに続いてのプレゼンテーションを聴いていろいろ話しをし、知己となったエクトル・シエラ(Hector Sierra)さんによるミニ展覧会。
御茶ノ水「ギャラリーf分の1」(9月9日まで・03-3293-8756)
エクトル(写真中左)は1964年南米コロンビア生まれ。93年から東京在住。
映像制作を志すがコロンビアには適当な大学が無く、奨学制度のある旧ソ連ウクライナ共和国のキエフ大学映画監督学科に進む。キエフ大学は世界中(特に「第三世界」)からの留学生がたくさん集まっており、またグルジア生まれのアルメニア人で奇才・天才と呼ばれた映画監督セルゲイ・パラジャーノフ(1924-90 / 『火の馬』『ざくろの色』『スラム砦の伝説』『アシク・ケリブ』など)の助監督を務めたりすることで、異なる文化、民族、宗教の問題を体感する。
エクトルは日本を含むさまざまな国を旅するなかで日本に強く惹かれ、1993年奨学生として来日。九州芸術大学、そして日本大学芸術学部大学院で映像制作を研究。
修士作品として当時解体しつつあり緊張が高まっていたユーゴスラビア連邦・コソボの姿を自分の目で見、ドキュメンタリーを作りたいと考えてコソボに渡りNATO軍による空爆を体験するなかで、戦争に慣れてしまうことの恐ろしさ、そして「敵が誰か」ではなく「戦争そのもの」こそが最大の敵だと考えるようになる。
自分個人では戦争を止めさせるすべはない、けれどなにかをせずにはいられない。ベオグラードの友人たちからの悲鳴のようなメールや滞在した町が次々に破壊され人々が難民となっていく様をTVで見るなかで、エクトルはアーティストとしてできることを思案する。
食料や薬などの物資はいろいろな機関の援助があるだろう。しかし戦争によって打ちのめされた人々の心のケアには手がまわらない。特に心に深い傷を負った子どもたちに対しては。
戦災地や紛争地の子どもたちに芸術の種を蒔こう。心の傷をアートを通して浄化する機会を提供しよう。
こうしてエクトルが他のさまざまなアーティストの協力を得て1999年に作り国際的な活動を行っているのがNGO「国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)」
今回はコソボ、バーミヤン、NYグラウンドゼロなどでの子どもたちとのワークショップで描かれた絵と、十二支の動物たちが「グローバリゼーション」について議論するエクトル作のお話に、コロンビア出身で武蔵野美術大学大学院を出たラウラ・スタニョ(LAURA STAGNO)さんが描いた愉快な絵の数々を展示。
私が行った2日には、翻訳(『世界の<水>が支配される!—グローバル水企業(ウオーター・バロン)の恐るべき実態』)やグローバリゼーションと環境・持続社会についてのNGO、情報提供、市民教育で活躍している佐久間智子さん(写真中右)を迎えてトークショー。聴講者も熱心に発言。
【写真上】ロシア軍の侵略破壊から逃れてきたチェチェン難民の少年(12歳)が「雨のイメージ」として描いた自分の生まれ育ち今は廃墟と化したチェチェン首都グロズヌイ。エクトルは世界の子どもたちに日本の文化の紹介や子どもたちとの交流をはかることも進めている。「美」「和」などの漢字と意味を教えると子どもたちは喜んで絵に取り入れる(エクトルは「習字絵」と名付けている)。漢字の「雨」は大人気。
【写真中】エクトル・シエラ(左)と佐久間智子さん(右)
【写真下】聴講者も熱心に発言する
国境なきアーティストたち(Artists Without Borders)サイト
『国境なきアーティスト』(エクトル・シエラ 子どもの未来社 寺子屋新書)
『あの日のことをかきました—ニューヨークとアフガニスタン 絵でつたえる子どもたちの心 』(エクトル・シエラ 講談社)
9 4, 2006 10.美術工芸, 12.写真・映像・映画・演劇, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2006年08月13日
「南米からの熱い風ー日本在住の中南米芸術家たちによる展覧会」

横浜の神奈川県民ギャラリー(第2展示室)での「南米からの熱い風ー日本在住の中南米芸術家たちによる展覧会」(主催:国際交流ゆめプロジェクト)に。
増山理人くんによる、ニカラグァでのストリートチルドレンとの2年間の経験のスライドショー。


コロンビア出身で多摩美術大学大学院在籍中のエディソン・オソリオ・ザパタ eDISON OSORIO-ZAPATAさん(ガラス工芸)、ユアン・マニュエル・カストロ Juan Manuel Castroさん(情報デザイン)の作品(上の写真の右の映像)もある。
神奈川県民ホールギャラリー 第2展示室
今日13日(日)PM4まで
8 13, 2006 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2006年07月07日
「エミール・ガレとドーム兄弟」展 明日から
エルミタージュ美術館蔵「エミール・ガレとドーム兄弟」展が明日8日から(渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアム / 8月27日まで)。
友人の美術工芸史家・池田あゆみさんが監修している関係で、オープニングレセプションと一足早く内覧会へ。

19世紀末から20世紀初頭にかけ、アール・ヌーヴォーガラス工芸の粋の数々がフランスからロシア皇帝への外交上の贈り物として渡り、現在の国立エルミタージュ美術館の秘宝(ほとんど一般公開されない)となっている。
今回の展示はもちろん日本初公開のものばかり。
左側の巨大な書物は、1893年にロシア皇帝に献上された「ロレーヌの黄金の書」と呼ばれるもの。
右側のテーブルはそれを載せるためのもので、ガレのスケッチなどをもとにした見事な寄せ木細工。

ガレ「菊文花器」(1900年)。
型吹き、透明ガラスにオレンジ、茶、ベージュを重ねた四層被せガラス、エッチング、グラヴュール、艶消し仕上げ。

右は「湖水文花器」(1904年頃)。
型吹き、透明地に黄色、青、褐色を重ねた四層被せガラス、エッチング、部分的にグラヴュール。
また、ゆっくり見に行きたい。
7 7, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年06月21日
貝殻の美

人は一片の貝殻の美をなかなか超えられないだろう。
庭の大理石のテーブルに置いてみると不思議に響き合う。
6 21, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年06月17日
ジュブル(ヨーロッパ・バイソン)

「インテリア・ライフスタイル」の「チメルフ」ブースにポーランド大使館の人が訪れ、愛知万博ポーランド館のマスコットだったヨーロッパ・バイソン(ポーランド語で「ジュブル/Zubr」)の縫ぐるみを寄贈してくれる。
アルタミラ洞窟壁画に見られるようにバイソン(野牛)は氷河期を生き延び、ヨーロッパからシベリアにいたる森林地帯に広く生息し、人類にとって貴重な食肉と毛皮を供給した。
他の野生動物と同じく、19世紀以降の開発、乱獲の中で急速に数を減らし、第一次世界大戦時の兵士の食料確保が引き金となり、1921年に野生のヨーロッパ・バイソンは最後の1頭が姿を消した。
ポーランドではユネスコ世界文化・自然遺産にも指定されている「ビャオビェジャ原生林」でジュブルを飼育し絶滅から守っている。
なお、北アメリカのアメリカ・バイソンは森林ではなく草原に住みネイティブたちと永く共存していた。
19世紀初頭に数千万頭もいたがわずか80年ほどで500頭までに減少し、その後の保護策で今はようやく数万頭になっている。
19世紀アメリカ史はバイソンの殺戮史でもある。
6 17, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年06月14日
ポーランド磁器フィギァ「チメルフ」サイトをオープン

これまでいくつか紹介した、扱っているポーランドの磁器フィギァ「チメルフ」のウェブサイトをオープン。
販売は、和光銀座本店、三越日本橋本店、大丸心斎橋店、ザ・リッツカールトン大阪。
6 14, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年06月13日
パトリックがあなたの愛犬を絵付け

これまでたびたび紹介してきた友人であるフランス・リモージュ随一の絵付けアーティスト、パトリック・オドゥヴァール(アトリエ・チューリピエ)が、あなたの愛犬(愛猫)の写真をもとにリモージュのカップ&ソーサーに絵付けする! というサービスを始めることになった(納期は約3ヶ月)。
もちろんMicも描いてもらう。
●お問い合わせ
ヴェロニカ 青山ケンネル販売株式会社
渋谷区恵比寿南3-2-19下薗ビル
電話: 03-3713-0088
6 13, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年06月12日
トマシェフスキー『喝采するミューズ』



ルボミール・トマシェフスキー(Lubomir Tomaszewski)は、自らを「炎の芸術家」と呼び、83歳になる今もアセチレンバーナーを振り回し、赤銅と格闘している。
これはチア・ガールをモデルにしているのだが彼の心には現代のミューズを創り出したい欲求があったことを私は疑わない。
「インテリア ライフスタイル」チメルフブースに展示(高さ68cm)。
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2006年06月11日
トマシェフスキー『踏舞』



ルボミール・トマシェフスキー(Lubomir Tomaszewski-83)は1950〜60年代、ポーランド・チメルフ磁器工芸の代表的なデザイナー。
後アメリカに移住し、現在も旺盛な芸術活動を続けている。近年チメルフを訪れ、再びデザインを提供することになり新作も発表された。
今年からトマシェフスキー作品の日本での販売も行うことになる。
これは金属工芸の一品『踏舞』(高さ50cm)。
「インテリア ライフスタイル」チメルフブースに展示。
なぜか『モディリアーニ〜真実の愛』の一場面を想いだす。
6 11, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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「インテリア ライフスタイル」への出展

6月14日(水)から16日(金)まで東京ビッグサイトで開催されるインテリア関連の国際総合見本市「インテリア ライフスタイル」への出展準備に追われる。
今回で4度目となるフランスの磁器工芸「リモージュ・ボックス」の他に今年はポーランドの磁器フィギャ「チメルフ」もポーランド大使館の協力をえて初めて出展する。
リモージュ・ボックス(フランス・パビリオン)ブース番号:H-11
チメルフ磁器フィギャ (有)堂々 ブース番号:I-4
6 11, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月30日
母のテラコッタ人形「紫陽花」


6月の「あじさい」をテーマとした絵画、版画、創作人形、デコパージュ、刺繍等の鎌倉ギャラリーでの企画展に出品するために老母がこの間造ってきたテラコッタ人形。
8体の紫衣装が紫陽花の花を、緑衣装6体で葉を表現した(と言っている)。
5 30, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月12日
パトリックの小皿 for 上野毛「ミキ」



日本橋高島屋での制作実演の合間に、パトリックに上野毛「ミキ」9周年にプレゼントする小皿を絵付けしてもらう。
細かな絵柄を描いて電気炉で焼き、金彩をほどこしてまた焼き、「ミキさんのために、9周年記念、2006年5月8日」とフランス語の美しいカリグラフィで書き込んでもらってまた焼き、ようやく出来上がり。
5 12, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月07日
ルーマニアの刺繍ブラウス-2



「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(日本橋高島屋-8日まで)で購入したルーマニア刺繍のブラウスをPartnerが着て、ラダさんに挨拶。
試着は別にして買った服を着て会場に来た人は初めてだからラダさんもルーマニア・モガ陶器の人たちも喜ぶ。
右は滞日4年の通訳のルーマニア女性アリーナさん。昨日書いたように彼女が着ているものは30年前の母親のもの。
5 7, 2006 10.美術工芸, 17.衣・ファッション, 25.My Partner | 固定リンク
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2006年05月06日
ルーマニアの刺繍ブラウス-1



ルーマニアからきたエネ・ラダさん(「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」-日本橋高島屋)。
トランシルベニア山脈に近いブレアザ地方で、子どもの頃から母親に刺繍をはじめとする伝統民芸を教わり、刺繍職人に。その母親も母親から受け継いだのだろう。
生地は近隣農家の女性たちが農閑期にコットンを紡ぎ手織りしている。ガーゼのように柔らかな手触りで軽いが、とても丈夫。今の日本でこんな綿生地ができるのだろうか。
写真上奥の在日ルーマニア人通訳のアリーナさんが着ているのは30年前彼女の母親が着ていたものをもらったもの。白さは落ちているがやや生成りがかって風合いがすばらしい。
刺繍は幾何学模様が多く、小さな基本模様の列や対称配置が基本。色合いは隣のブースのハンガリー刺繍よりずっと控えめで落ち着いている。
魅せられてPartnerのために一着購入。
写真中は買ったものの背中にワンポイントの刺繍をしてくれているラダさん。
私と同じ歳。髪の毛同じだね、と自分の髪を指差すと通訳いらずで理解してにっこり。
5 6, 2006 10.美術工芸, 17.衣・ファッション | 固定リンク
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2006年05月05日
イタリアの革職人(「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」-日本橋高島屋)



ヨーロッパ各地からやってきた職人たちは皆いかにもマイスター(Meister)、アルチザン(Artisan)、アルティジアーノ(Artigiano)といったいい顔つきと雰囲気をしている。
ヴェネツィアから来た革職人、フランチェスコ・ミアット氏。
1945年生まれ。14歳からバッグ製造専門学校で学び、この道一筋。慎重に山羊革を裁断しフチの処理をすすめる。左の奥さんマレリーナさんが縫製やデザインをし、見事なオリジナルオーダーバッグが仕上がる。
5 5, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月04日
パトリックの水彩画

「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(日本橋高島屋)での白地磁器への絵付け実演の合間に、紙に水彩で花の絵を描くパトリック。ふだんから絵付けの元デザインを考える上でよく描く。
こういうときの彼はとても楽しそうだ。いつも注文仕事に追われてやっているときよりも、遠く離れたところに来ていろいろなものを見、デザインのインスピレーションが湧くという。1枚描くのにほんの数分。なにか見本にしているわけではない。頭のなかにあるイメージを音楽を奏でるようにリズミカルに描く。

買い上げていただいたお客や見に来てくれた子どもたちへのちょっとしたプレゼント用。

パトリックが描くさまを食い入るように見ていた子どもたちに「はい、君へだよ」。
12歳と8歳の子にもう3週間も会っていない彼のまなざしがやさしい。
5 4, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月03日
「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(日本橋高島屋)



日本橋高島屋で今日から「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(8日まで)。
ビジネスパートナーが海外へ行っているので私がリモージュ・ボックス売り場の責任者。
ヨーロッパ各地のワイン、ビール、手作りパン、チョコレートなどの食料品や人形、装飾品などの工芸品の数々はもちろん興味深いが、なんといっても二十余名招聘した熟練職人たちの実演をいろいろ見られるのがとてもおもしろい。
フランスからはリモージュ・ボックスの絵付け第一人者パトリック・オードゥヴァールをはじめ史上最年少でフランス最優秀職人(MOF-Meilleur Ouvrier de France)となったパティシエ&ショコラティエのパスカル・カフェ、イル・ド・フランス最高パティシエ、ジェラール・ミュロ、ドイツからは伝統木工人形、ピューターオーナメンント、エンジェル人形、マンモスアイボリーのマイスターたち、チェコからエーゲルマンクリスタル、オランダからテディベア人形、スペインから象嵌細工師、イタリアからアンリ木彫り人形、クラシックジュエリの職人たち、アイルランドから磁器レース人形師、イギリスからボビンレース、ルーマニアからモグ陶器、刺繍職人…。
5 3, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年05月02日
明日から「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(日本橋高島屋)

明日5月3日(水)から8日(月)まで、日本橋高島屋の「ヨーロッパの工芸と食フェスティバル」(日本橋高島屋8F)でパトリックが制作実演するので搬入、準備。
明日から通訳など手伝ってくれる左、滞仏10年の高野ますみさん、右はリモージュ大学に95年から1年間留学していたことがある畔柳(くろやなぎ)奈緒さん。
5 2, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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リモージュ・ボックス・ソサエティ



大阪から戻り、東京都庭園美術館小ホールでの「第2回リモージュ・ボックス・ソサエティ」に直行。
美術工芸史家で(有)堂々の顧問でもある池田まゆみさんが磁器工芸の歴史をとても分かりやすくレクチャーし、パトリックが実物を見せながらリモージュ・ボックスの絵付けの妙を話す。
パトリックが描くのを実際に見ればよくわかるが、とても勢いがある。パッと花を散らすように描く。じっくり描こうとすると「絵が固くなる」と言う。
下は彼のデッサン帳から中の写真のもの。
使う色、たとえば一番上はマット調の24金、二番目はナポレオンが印に使ったことからエンペラーグリーンと呼ばれている緑、などを決め、順をおって描き焼成を繰り返す。
5 2, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年04月30日
猫フェスティバル(大阪梅田阪神百貨店)


大阪梅田阪神百貨店で開催されている「まるごと猫フェスティバル」(5月1日まで)。
猫に関するさまざまなグッズ、絵、写真等盛りだくさん。
展示しているリモージュボックスとチメルフの猫たち。
4 30, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年04月28日
パトリック、ゲストレクチャー in 京都



京都の女子大学で「生活美術」を教えている鵜飼敦子さんの授業でパトリック・オドゥヴァールがゲスト・レクチャー。
リモージュ・ボックスの複雑な工程やローマ以来の古い歴史を持つリモージュの街の紹介。精緻な実物も見せて学生たちも興味津々。
下は左から私のビジネスパートナーでリモージュ・ボックスやチメルフ磁器フィギィアの輸入販売・紹介をしている(有)堂々代表の稲富滋、パトリック、鵜飼敦子さん。
4 28, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2006年04月21日
「ノリタケの森」(名古屋則武新町)


名古屋駅の北側ほど近く則武の地、1904年創業、今では世界最大級の陶磁器製造会社となった現・ノリタケカンパニーリミテドの敷地に広がる「ノリタケの森」。
別に森ではなく広場とでもいえるようなエリアにクラフトセンター、ミュージアム、レストランなどが配されている。創業頃の煙突が移設され、レンガ造りの初期工場の建物は内部は最新のセラミックショールームに。
特にミュージアムでは戦前欧米で人気を呼び、現在ではコレクターズアイテムとなっている「オールドノリタケ」の数々を観ることができる。
アメリカで、食器として適さずと宣告され、あらためて10年の歳月を費やして輸出の突破口を拓いた初めてのディナーセット、アールデコの饗宴など興味はつきない。
が、工業的生産のため名は残さなかった絵付け画工たちの工夫と苦労は残された数々の画帳や製品からも分かるが、工芸作品的には私には少し辛い。欧米になんとか認められたいというすり寄ったいじましさがどうしてもにじみ出ているように感じられてしまう。
花文様などはロココ風以来のイミテーションだし、泰西名画風に風景を描いても、細部がなにかあいまいだったり、湖畔の樹がどことなく松のようだったり、逆に和風に徹しようとすると、西洋のオリエンタリズム嗜好が逆照射されるのか中国風が混じってきたり。
当時一世を風靡したアール・デコに今の時代それ以上の意義ある展開が可能ともまったく思えない。
工業生産品ー美術工芸ーアート&デザインの難しいバランスおよび世界的な交流・干渉・影響の問題は私にとってもずっと続く研究課題のひとつ。
4 21, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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瀬戸蔵ミュージアム(愛知県瀬戸市)


「せともの」というのは日本の陶磁器の代名詞のようになっている。明治以降、日常の飲食器として陶磁器製品が普及し、生産量においても随一だったためだ。
尾張の東部丘陵地帯は良質な陶土にめぐまれ、10世紀後半の平安時代には灰釉陶器が作られ始める。1223年、道元に従って宗に渡って学んだ19歳の陶工がのちに瀬戸の陶祖として祀られている加藤四郎左衛門景正(藤四郎)という。鎌倉時代にかけては当時の日本では唯一の施釉陶器「古瀬戸」が生産され全国に流通した。安土桃山の頃、一時美濃に窯場、陶工が流れ衰退したが、江戸後期、窯場の次男に生まれた加藤民吉が肥前で磁器製法を学び、瀬戸にもたらす。こちらは磁祖として祀られている。
瀬戸市の「瀬戸蔵ミュージアム」は、瀬戸焼きの歩みと製造のための道具、器具、材料、各年代の代表的な作品などをよく揃えて展示し、実に見応えがある。
染め付けの作品、技法や道具、工程を興味深そうに見つめるパトリック。
4 21, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2006年04月19日
瀬戸の採土場(愛知県瀬戸市)



瀬戸の北側に広がる採土場。広さは見ていても見当もつかない。
大型ダンプがひっきりなしに近くの製土工場へ陶磁器、ガラスの原材料となる珪砂、磁土を運ぶ。
部外者は入れないのだが、地元の中外陶園の方の紹介で見ることができた。
4 19, 2006 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2006年04月14日
ショパンと華

テレビ東京の「美の巨人たち」というアート・エンターテイメント番組の放送300回記念のコンサート(横浜みなとみらいホール)で。
フレデリク・フランチシェク・ショパン(1810〜49)は、フランス・ナンシーから出稼ぎにポーランドに来た父と、彼がフランス語を家庭教師として教えていた伯爵夫人家の遠縁の娘との間に生まれた。4歳からピアノの手ほどきを受け8歳ですでに公衆の前で演奏し、第二のモーツァルトとしてポーランド貴族にもてはやされる。
しかし当時のポーランドは、ロシア、オーストリア、プロイセンという帝国に分割される亡国の過程にあった。
1830年、20歳のショパンは、ワルシャワを立ち、ウィーンに行ったのちパリに向かう。以後、故国ポーランドに帰る機会はなかった。
ショパンの作ったものはほぼすべてピアノ曲だが、管弦楽を伴うピアノ協奏曲が2つ残されている。
この日、蔵島由貴が弾いた「ピアノ協奏曲第1番」は、1830年、ワルシャワを後にする告別演奏会でショパン自身によって初演された。
演奏された第二楽章ロマンツェについて、ショパンは「ロマン的で優雅な、部分的には哀愁的な性格を持つもので、たとえば明るい春の月夜に、過去の懐かしい想い出にふけるといった感じを表わす」と述べている。
写真は、演奏に合わせ、舞台上で華道家・假屋崎省吾が生けた華。
4 14, 2006 10.美術工芸, 13.音楽の楽しみ | 固定リンク
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2006年04月13日
パトリック来日

フランス・リモージュでアトリエ・チューリピエを主宰する絵付けアーティストであるパトリック・オドゥヴァールを招聘したので成田に出迎え。いつもながら成田は遠い。今回は約1ヶ月におよぶ滞在。
銀座和光で明日からの制作実演に備え、慎重に道具を準備するパトリック。以下予定。
4月13日〜15日 銀座和光
4月18日〜24日 名古屋三越
4月27日〜30日 心斎橋大丸
5月03日〜08日 日本橋高島屋
4 13, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年04月04日
母のテラコッタ人形


老母がこの間作っていたテラコッタ人形。上は「独唱」、下は「犬のオーケストラ」。
明日5日から11日まで行われる「現代テラコッタ人形展」(銀座松坂屋別館4F画廊)に出品する。
今年82歳。最近、道ばたでわけもなくころんだりして危なっかしいのだが、好きなことがやれるうちはまあいいだろう。
4 4, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年03月24日
ガラスの一輪挿し

Partnerはガラス工芸にも興味を持っていて、葉山のガラス工房の体験教室に行って試してきた。
酸素バーナーを使い耐熱ガラス(硼珪素ガラス)でグラスや花器などを作るバーナーブロウの作品やアクセサリーなどを作る教室。
ガラスパイプの一部をまわしながら熱し、赤くなった所を吹いて膨らます。
くびれの部分やボディの部分を焼き縮めガラスを厚くし強化、また吹いたりコテ等を使い形を整えて行く。
それがなかなか難しいらしい。左のものは先生の作ったもので見事な球形。
Partnerのもの右ふたつは、手で回しながら火を当てる際火のあて方が均等ではないためいびつな仕上がり。
まあ、それも愛嬌というか趣き。
3 24, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年03月06日
梅の花柄のリモージュ・ボックス

フランス・リモージュの絵付けの魔術師パトリック・オドゥヴァール(アトリエ・チューリピエ)が描いた梅の絵柄のリモージュ・ボックス。
商品ではなく昨年来日したとき作ってもらった一品もの。
昨春北の天満宮を案内したとき満開の梅の花に感銘を受けその印象を描いたという。
3 6, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年02月25日
おひなさま展(鎌倉ギャラリー)

鎌倉ギャラリーでの「おひなさま展」に展示されていた、ギャラリーオーナーが娘さんが生まれたときに購入したという見事な古今雛。真多呂作とある。

雛祭りを楽しむための小さな雛菓子やお弁当。

老母が出品している木目込みの横で。
おひなさま展
2月25日(土)〜3月3日(金) AM10:30〜PM5:00(最終日PM3まで)
於:鎌倉ギャラリー(入場無料)
鎌倉市小町2-15-10(二の鳥居過ぎ若宮大路右側)
0467-22-5131
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相良裕介 初個展(ギャラリー壹零参堂)


来月多摩美術大学造形表現学部造形学科を卒業する相良裕介くんの初個展にPartnerと。
昨秋の造形学科生によるグループ展でグランプリを受賞、副賞としてギャラリー壹零参堂(いわさどう)のご厚意で開催される。
24日オープニングパーティーで。指導された大津英敏先生や仲間の学生たち(なぜか樋口祐子先生の特英授業でPartnerと一緒だった者が多い)。


相良くんは油絵のクラスなのだが、日本画の岩絵の具や顔料なども研究し、樹脂加工も工夫して、とてもしっとりした独特な質感のものを描いている。
グランプリ受賞作「我々は何処から…何者なのか…何処へ行くのか?」の前で。

平面としての絵だけでなく立体も取り込んだものも作っていきたいという。
この14kgある立体画は今月初め、海を渡ってニューヨークでの交流展にも展示された。
若いアーティストの門出に乾杯!

相良裕介 初個展
2月24日(金)〜3月1日(水) AM10:30〜PM6:30(最終日PM4:00)
ギャラリー壹零参堂
鎌倉市御成町12-8 ノア鎌倉2F
(鎌倉駅西口・市役所方面すぐ右手のレンガ色のビル)
0467-24-5103
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2006年02月21日
母作のテラコッタ戌雛セット



この間老母が作っていたテラコッタの戌雛一式。
彩色もようやく終わり、知人に作ってもらっていたひな壇も出来上がってきて完成。
食品の賞味期限もよく読み取れないのに、細かい人形細工や彩色ができるのが不思議だ。
私はこういう変わり雛はあまり好きではないが、世の中にはいろいろな趣向を持つ人がいて、2年前の個展でも動物雛セットを買ってくださる人がいた。
25日から3月3日までの鎌倉ギャラリー「おひなさま展」に出品する。
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2006年02月19日
毛利元郎さんの扉の絵

アンセルモ(鎌倉七里ガ浜)で毛利元郎さんの絵に初めて出会った。
毛利さんの個展を何度も開いている「Gallery GAZEBO」の井上孝男さんがちょうどその日の朝持ってきて飾ったばかり。
扉を描いたちょっと暗く小さな絵に強く惹き付けられる。
イタリアの城塞都市の街へ入る扉を写生したようでもあり、なにかにもがき苦しみながら微かにほの見える希望に向かおうとしている心象の象徴のようでもある。
Partnerもとても気に入り、この「PORTA APRENDO 開かれる扉」(2003年)は彼女が購入した。
絵自体のサイズはわずか4cm×10.9cm。深く彫り込まれた暗褐色の地の木や、淡くゴールドに彩られた額装も自製。

Gallery GAZEBOの井上孝男さんが家を訪ねて来てくださる。
持ってこられた毛利元郎さんの「ALBERINO DI LIMONE レモンの木」(2005年)に一目惚れしてこれは私が購入。
毛利元郎さんは1963年生まれ。7歳の頃から安藤哲夫画伯に師事。88年東京造形大学造形学部美術科卒業。
92年から93年、1年6ヶ月イタリア中部ウンブリアのペルージャに滞在。
中田英寿がセリエAのペルージャへの移籍が決まり、日本人にもこの街が馴染み深くなるのはその後の98年のことだ。
城壁に囲まれた街とウンブリアの空気は彼にとってあまりに違和が強く、しばらくは絵が描けなかったという。
そうした日々の中で彼は「PORTA 扉」をテーマにするようになる。
井上さんの話では、はじめのうちはぴったりと閉ざされた陰鬱な扉ばかり描いていたのだが、徐々に扉が開かれ、中からと外からの光が混ざり合い、青空と尖塔も描きこまれるようになり、と変化してきた。
「ALBERINO DI LIMONE レモンの木」(絵のサイズは10cm×20cm)は「PORTA APRENDO 開かれる扉」同様シナ合板に布を貼ってキャンバスとし、油絵の具とテンペラで描かれている。
石職人、レンガ職人がひとつひとつ積み重ね固めていくように丁寧に描きこまれた石壁はすでに威圧的ではなく、かつて人々が創ったいとおしい存在になっている。明るい空と尖塔。内側に開かれた扉の中に誘うような光。そして暖かく迎えるかのように外に置かれた陽光を浴びるレモンの木の鉢。
「Gallery GAZEBO」で5月1日〜7日に個展
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2006年02月18日
米田民穂さんのワインボトル画

1962年青森十和田生まれの米田(まいた)民穂さんは、まあまるでボヘミアンの人生。
武蔵野美術大学油絵科に入学したのだが、ほとんど学校には行かず、たまたま知り合った詩人、高橋睦郎さんの書生のようになる。卒制再提出でなんとか卒業。スペイン留学を勧められスペイン・バルセロナに2年。その後パリに10年。98年帰国。
ラベルの文字が躍り出すかのような表現はワインを飲みながら描いているせいもあるよう。
アンセルモで後ろに写っているのは、その日の朝、「Gallery GAZEBO」の井上孝男さんが飾ったもの。
ワインバー、ビストロなどに実に合いそう。
2 18, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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井上孝男さんの「魔法のツエ」

藤沢鵠沼海岸駅前「Gallery GAZEBO」のオーナー、井上孝男さんの手描きオリジナルステッキ「魔法の杖」。
脚の悪い私の老母もそうだが、どうも「杖をつく」ということについては憂鬱なイメージがつきまとい、見栄もあって積極的につきたがらない。
井上さんは、杖を思い切りカラフル、あるいはお洒落にすることで気持ちを一新させて使ってもらいたいと願う。
「この杖を使用されますと必ず声を掛けられます。そして新しいお友達が増えます」
2 18, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年02月16日
母作の雛人形

母(81歳)の近作木目込み雛人形。
鎌倉ギャラリーでの「おひなさま展」に出品する。
おひなさまをテーマにした創作展で、色々な人による各種人形のほか、絵、ちりめん細工、ガラス工芸、刺繍、デコパージュなども。
おひなさま展
2月25日(土)〜3月3日(金) AM10:30〜PM5:00(最終日PM3まで)
於:鎌倉ギャラリー(入場無料)
鎌倉市小町2-15-10(二の鳥居過ぎ若宮大路右側)
0467-22-5131
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2006年01月08日
母作の市松

母作の木目込み市松人形。
まあ、81歳になっても何かものを作っているというのはいいことだろう。
1 8, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2006年01月07日
フクロウのリモージュボックス

フクロウは不思議な魅力を持った鳥だ。
なにしろ他の鳥類と違って目が顔の前面に付いているから立体視できている。ところが眼球は眼窩に固定されていて動かせない。そのかわり頸骨はほ乳類の倍もあるので、真後ろを向いたり自由に回転できる。
人間の100倍の目の感度を持つ夜の猛禽。
南極以外の全世界、森林から砂漠からツンドラまで分布しているため、古代より、不吉の象徴から森の賢者、守護神までさまざまな受け止められ方がされてきた。
で、フクロウの人形を集めている人は多い。死んだ父もそうだった。
アトリエ・デュ・チューリッピエールから届いたふくろうのリモージュボックス。
「せまりくる黄昏れをまって、はじめて飛び立つミネルヴァのフクロウ」(ヘーゲル『法哲学』序文)。
ミネルヴァはローマ神話の技芸・知恵の女神。
さまざまなことが起こってしまってからでないと叡智は顕現しない…
あるいは夜明けに向けて眠れる世界を覚醒すべく飛び立つのか…
1 7, 2006 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年12月29日
戌年ー母作「開運招福」

母(高味弘子)作の木目込みの犬。
12 29, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年12月28日
戌年ーチメルフ

こちらも扱っているポーランドの磁器チメルフの犬。
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戌年ーリモージュボックス

来年は戌年。
扱っているフランス・リモージュボックスの犬たち。
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2005年12月25日
中村千代子さんの布バッグ

上野毛の「ミキ」でいつもご一緒する中村千代子さん手作りの布バッグ。
古い上質の袴地に八掛の赤が美しい。
母へのクリスマスプレゼント。
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2005年12月20日
乾敏夫さんの「戌」の絵

「地図を読むおもしろさ」でも触れた「田舎家を守る会」の忘年会で祝ってもらい、馬の絵で有名な乾敏夫さんから来年の干支にちなんだ犬の絵をいただく。
乾さんは85歳になるがまだ達者に絵筆を握り、和太鼓奏者の中野島壱太郎さんと「共演」されたりしている。
奔放な筆使いはあいかわらずだが、これだけ色を使うのもめずらしい。
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2005年12月17日
リモージュ・ボックス at 布びじん展

器の店、御緩(OYURURI-世田谷区上野毛1丁目)で開かれていた「布びじん 中村千代子バッグ展」に一緒に展示されていた中村さん所有のリモージュ・ボックスのバック。
12 17, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年12月10日
リモージュボックス in 銀座



銀座和光ウィンドウディスプレイのなかのリモージュボックス(クリスマスボール)。
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チメルフ in 銀座


銀座和光インテリアショップに飾られているチメルフ(ポーランドの磁器フィギィア)の数々。
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五十嵐威暢展(ギャラリーなつか)

「五十嵐威暢シリーズ展ーデザインとアートの軌跡」のラストとなる『五十嵐威暢展』(銀座・ギャラリーなつか)。
L.A.からアトリエと居を移した三浦半島秋谷の山と海をモチーフにフィンランドの樺合板を自在に刻む。
光と観る角度で表情が異なり楽しく美しく暖かい。

ダ・ヴィンチ、あるいは五十嵐観音になってしまった五十嵐先生。

海をモチーフにした作品の前で。
12月22日(木)まで ※日曜休館
ギャラリーなつか(銀座5丁目・日産と松坂屋の途中のGINZA PLAZAビル8F)
五十嵐威暢シリーズ展公式サイト
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2005年11月24日
オレフォスのワイングラス

お世話になっている先生ご夫妻からお祝いにいただいたワイングラス。
北欧ガラスデザインを代表するスウェーデン・オレフォスのもの。
柄の中に素晴らしく美しいコバルトブルーが封じ込められており、光の加減でワインとともに複雑な表情をつくる。
11 24, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年11月06日
荒川由貴さんの絵ーG.A.T.E.Competition受賞作品展示会


多摩美術大学の学生とタカラ、ソニー・クリエイティブプロダクツなど協賛7社がビジネスに結びつく才能を見つけ出すことを目的として行われたG.A.T.E.Competitionで「アート&デザイン部門グランプリ」を受賞した荒川由貴さん(多摩美日本画卒・現大学院美術研究科日本画科)の絵がとても個性的でおもしろかった(銀座ソニービル・ソミドホールで)。
後輩の女性をずっと描いている。上左はその彼女が20歳のころ。まだ酒も飲めない。上右で梅酒の味を覚える。上中になると焼酎の一升瓶がどっかと座った膝横にある。
由貴さんの学部卒業制作である「最後の晩餐ー気の良い十三人の酔っぱらいー」になるともう飲み会の教祖。
朱を敷き、金箔を煙草の煙として配した色彩も見事。
毎日通学の電車・バス内、キャンパスなどで1枚5分から10分くらいで描いているという膨大なクロッキー集の一部を見せてもらったが、力強く人物の特徴をとらえていて素晴らしい。なにかできることがあったら応援します。
11 6, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年10月30日
『SAYURI』の着物たち



夜、京都の「YUYA」さんのギャラリーへ。
『SAYURI』のために貸し出されていた着物がずらっと展示されている。チャン・ツィイーが、コン・リーがこれらに手を通し演技した。
いずれも素材の絹はもちろん手織り、柄は手描きの大正から昭和初期の逸品。
ペインターであるレイモンドさんの眼が光る。
10 30, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年10月29日
久しぶりに大阪


フランス・リモージュから提携先のアトリエの友人と絵付けアーティストを呼んでフェアをやっているので、久しぶりに大阪。
レイモンド・ボヴァンさんは、リモージュのいくつもの名窯でマスター・ハンドペインターを歴任。現在はAtelier d'Art de Limoges(GR)社の専属契約デザイナー兼ペインターとして活躍している。
さらさらと描くカードも美しい。
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2005年10月27日
ハロウィーンのリモージュ・ボックス

取り扱っているリモージュ・ボックスからハロウィーン関係6点。
上「かぼちゃのランプ」ー目と口のくり抜きを磁器で行うのは職人芸。中は金色でろうそく。
中「ハロウィーンのお化けとかぼちゃ」ー留め金と中の絵は三日月とふくろう。
下「魔女」ー箒に乗って夜空を駆ける。留め金は牙を剥きだした狼。

上「笑うカボチャを抱えるミイラ」ー留め金は三日月とふくろう。中にこうもりの絵。
中「かぼちゃの馬車」−シンデレラの馬車は12時を過ぎてかばちゃに戻る。
下「ハロウィーン 墓石、どくろ、黒猫」ー墓石を中心に盛りだくさん。留め金と中はこうもり。
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2005年09月27日
チメルフの見返り美人猫

扱っているポーランドの磁器フィギィア・チメルフの「座る猫」(高さ16.5cm)
ミェチスワフ・ナルシェビッチ(M.Naruszewicz)の1956年の作品。
前脚をすっと立て後ろを振り返る、見返り美人猫。
眼はもう一方の眼に抜けて穿たれている。グレーの斑点のミニマムな色付け。
ミッドセンチュリーの優美な曲面デザインとバランスの妙。
猫好きな友人カップルの新生活を祝して贈る。
9 27, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月23日
リモージュのエマイユ(七宝焼き)


上はパトリックにプレゼントされた見事なエマイユの小皿と制作したアーティストのカード。
下はギャラリーのカード。
リモージュの磁器製造は250年を数えるが、エマイユ(email/英語ではエナメル/enamel)造りの歴史は1000年におよぶ。市のマークには赤い炎があしらわれており、エマイユと磁器を焼く炉の炎を表している。
ローマ、イエルサレムと並ぶキリスト教三大聖地のひとつスペインのサンティアゴへ向かう巡礼路(サンティアゴ・デ・コンポステラ)の要所でもあったリモージュのエマイユは、巡礼者の手でヨーロッパ中に拡がった。
日本でも平安時代からみられるが、幕末天保年間に尾張の梶常吉という人がオランダのエマイユを研究して発展させたという。七宝(しっぽう)焼きと呼ばれるのは仏典で七種の金属、宝石類を七宝と呼んだところから。
9 23, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月22日
パトリックのミニチュア・コーヒーカップ

パトリック・オドゥヴァール(アトリエ・チューリピエ)のミニチュア・コーヒーカップ。
カップの径は45mm。
上野毛「ミキ」の8周年に贈る。
内側に名入れと花をパトリックに描いてもらった。
9 22, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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パトリック・オドゥヴァール-日本橋三越



これまでに何度も紹介した友人、リモージュの「絵付けの魔術師」パトリック・オドゥヴァールが来日した。
日本橋三越本店(5F趣味雑貨倶楽部)で26日(月)まで制作実演している。
通りがかった興味津々だがとてもシャイな女の子のためにDMの裏に美しい花を描いている。
2分足らずでできあがった瀟洒な花の絵を貰った女の子が小さな声で、しかし本当に嬉しそうにありがとうと頭を下げた。
9 22, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月17日
八咲潮の鎌倉風景画 at Daisy's Cafe


Micと深夜のDaysy's Cafe。
鎌倉の風景写真が並べられている、と思ってよく見たら写真ではなくイラスト画だった。
八咲潮さんという人の作品。
見慣れた風景がファインダーを通して絵になったよう。
9 17, 2005 01.私の好きな鎌倉の風景, 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月13日
バカラのファッショングラス

上野毛「ミキ」のミキさんからの誕生日プレゼント。例年は1個だが今年はペアで。
9 13, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月11日
トマシェフスキのチメルフ新作

扱っているポーランドの磁器フィギィア・チメルフの代表的デザイナーであるトマシェフスキの新作。
トマシェフスキはすでに86歳になるが、アメリカ・コネチカットに在住して創作活動をしている。
大胆な女性像の大作など近いうちに詳しく紹介します。
※写真は「三越 秋の逸品会」(ホテルニューオータニ)で
9 11, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年09月07日
京都行-9 YUYAアトリエ

YUYA COLLECTIONで紹介した永幡雄哉さんのアトリエ&ギャラリー「YUYA」(壬生相合町)にうかがう。
ギャラリーに並んでいるのは夏物で、これから秋物と取り替えるそうだ。この裏は広い倉庫になっており数万点の着物が収納されている。
いずれも大正から昭和初期の絹麻綿などの素材生産加工、織物工芸、熟練した手織りの職人技など日本の着物の質があらゆる意味で一番高かった時代のものだ。
YUYAのアトリエではこれらの着物のままはもちろん、雄哉さんのパートナーであるスウェーデン出身のマーゴーさんを中心にジャケットやワンピース等に仕立て直し実に魅力的な服に生き返らせている。
12月に日米同時公開の『SAYURI(原題『The Memories of Geisha』』(スティーブン・スピルバーグ総指揮、初作の『シカゴ』でアカデミー賞を取った ロブ・マーシャル監督の第2作、主演のさゆりにチャン・ツィイー他、渡辺謙、役所広司、工藤夕貴、桃井かおり、コン・リー等)。
原作はアーサー・ゴールデンのベストセラー小説「さゆり(Memoirs of a Geisha)」(1997)。
舞台は1920年代(大正後期から昭和初期)の京都(がモデル)とあって、ハリウッドから衣装担当がYUYAさんを訪れ多数のキモノを選んで借りていった。
映像美の点からなかなか楽しみな映画。


9 7, 2005 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2005年08月31日
母のテラコッタ人形



9月で81歳になる母は昭和40年代に鹿児島寿蔵氏にテラコッタを習った。
鹿児島寿蔵(1898-1982)は福岡高等小学校卒業頃から正岡子規の作品に親しみ、島木赤彦、土屋文明らに師事。岡田三郎助の本郷洋画研究所入所の翌年に「甲成会」を結成、人形製作の芸術運動を起す。紙塑人形作家でありまた歌人でもある。戦後2人目の人間国宝。
母は以来時にテラコッタ人形を作り、寿蔵氏の娘さんが主催する展覧会にも出品を続け、また鎌倉の身障者の会で教えたりしている。
上:「鹿児島先生」 中:「童舞(わらべまい)」 下:額「藤娘」
8 31, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年08月28日
銀座和光ショーウィンドウのリモージュ・ボックス


銀座和光のショーウィンドウ。
ヴァイオリンとケース、洋梨などのリモージュ・ボックスがアクセントとして効果的に使われている。
Shoplimoges
8 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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銀座和光ショーウィンドウのチメルフ


銀座地下道の銀座和光のショーウィンドウ。
扱っているポーランドの磁器フィギア「チメルフ」が他の商品を引き立てている。
写真上の「マンモス」、下の「髪を洗う女」はチメルフの代表的デザイナー、トマシェフスキー(L.Tomaszewski)が1959年にデザインしたもの。
8 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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リモージュ・ボックス2005クリスマス

扱っているフランスのリモージュ・ボックスの2005クリスマス新作。
日本橋三越本店で「こだわりのアイテムフェア」(7F催事場・9月4日まで)に出品(5F趣味雑貨倶楽部には常設)。
8 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年08月23日
益子行-7 阿久津雅士氏の皿

濵田庄司と親交のあった先代が町内で初めて益子焼き専門店として1952(昭和27)年に開いた「民芸店ましこ」で、気に入ったパン皿と小皿を購入。
若主人の同級生でまだ30歳の陶芸家・阿久津雅士氏の作だった。
9月25日まで「益子陶芸美術館」のミニギャラリーで「阿久津雅士展」が見られる。
翌日見たが、さまざまな試行錯誤の中に品位のある力強さを感じた。今後も見続けていきたい。
8 23, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年08月18日
益子行-4 バーナード・リーチの珈琲テーブル&チェア

上台(うえんだい)の縁側に置いてあるバーナード・リーチ(1887-1979)作の珈琲テーブル&チェア。なんの仕上げもなされていないような素朴さと素材感とここでお茶をする幸せなイメージ。
香港生まれ、日本育ちのリーチは、若き濵田庄司をイギリスに伴い、民藝運動が国際的な拡がりのなかにあることを照射し続けた。
8 18, 2005 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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益子行-3 「上台(うえんだい)」

前記「上台(うえんだい)」の見事な木組み。
柳宗悦、河井寬次郎らと民藝運動を主導した濱田庄司は陶芸だけでなく住まいなど生活全般の「用と美」に目配りを怠らなかった。隣村の名主宅を買い取り移築(なにか気が遠くなる作業だ)してまでこの素晴らしい茅葺きの民家にこだわった。大勢の客がひっきりなしに訪れたという。
晩年はこの建物の永久保存のために法人化をはかり、死の前年1977年には益子参考館の一部として一般に公開した。
しかし維持するのは大変なようで、邸内には「茅葺基金」のお願いの札と募金箱が置いてある。
8 18, 2005 10.美術工芸, 22.旅先で | 固定リンク
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2005年07月05日
ノン、元気で!

3年間私のところで教務副手を勤めた安田望さん(ノンちゃん)が6月で退職した。
副手はデザイン学科卒業生がなることが多いのだが、彼女は武蔵美の日本画科卒で学内事情はまったく知らなかったがよくがんばってくれた。
サンバが趣味(というか本格的)で浅草サンバカーニバルでは所属チームが準優勝したこともある(今年は8月27日)。
彼女のイメージによく合っているので、取り扱っているポーランドの磁器フィギア「チメルフ(CMIELOW)」のトマシェフスキ(Tomaszewski)が1961年にデザインした女性の人形を送別に贈る。
7 5, 2005 10.美術工芸, 23.日々のなかで | 固定リンク
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2005年06月28日
ドイツの黒人人形

戦後のドイツは復興のための労働力を補うために、アフリカの旧植民地をはじめ広く移民、出稼ぎを受け入れてきた。現統一ドイツの人口は今約8200万だが、そのうちの800万が「外国人」(うち400万がトルコ系)だ。日本にその割合を当てはめると、東京の人口くらいの割合の「外国人」がいることになる。
高校の同窓会で、ドイツからおもちゃを買い付け、幼稚園や保育園に卸している同級生と話した。
ドイツ(北ヨーロッパ)は中世の頃からおもちゃや人形の製造が盛んで、エストニアには「犬にはソーセージ、こどもにはおもちゃ」という諺があるとか。
で、ニュルンベルク(南部バイエルン第2の都市・ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』・デューラーの生地・戦後の「ニュルンベルク裁判」等で有名)で毎年開かれる「おもちゃメッセ」に彼が行ったときの見聞。
ニュルンベルクの地下鉄に乗ってみると、乗客の1/3は黒人、アジア系なのだそうだ。
メッセの人形のブースにも、黒人の人形、茶褐色で目も黒い人形がかなりの割合で当然のように展示されている。
人形は、憧れや愛玩だけでなく自分の分身でもあるだろう。
黒人やアジア、日本の幼い少女がブロンドで碧い目の人形しか選択できず、あてがわれることがいいとはあまり思えない(売上げ至上主義の日本の人形メーカーがこうしたことをきちんと考えているともまったく思えないが)。
写真はサンプルとして見せてくれたドイツの人形。まぶたは開き閉じする。
6 28, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年04月21日
三越イタリアフェアに出品


ナポリ出身でニューヨークで活躍するアーティスト、マッシモ・ストリーノの手になる独創的なカレイドスコープ(万華鏡)と、「トスカーナの風を感じる」と言われるジョゼッペ・アルマーニ工房によるハンドメイドフィギァを輸入し、19日からの日本橋三越本館5階趣味雑貨倶楽部「イタリアフェア」に出品している。
常設のリモージュ・ボックスも新作新着のラインナップに一新。
25日(月)まで。
4 21, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年03月30日
ルネ・ラリック展

※「立像(シュザンヌ)」(1925)。ガラスの厚みに応じて白濁の具合が変化するオパルセント・ガラスの特性を生かしている。
きょうから4月11日まで、ルネ・ラリック展が日本橋高島屋で開かれる。
私は月初めに京都に行ったときに既に一度観た。
ラリック(1860〜1945)はとても興味深い経歴のアーティストでありデザイナーだ。近代の資本主義社会と産業化のなかにおける工芸、デザインのあり方、人々にとっての意味や意義をとらえ返す上で、アート&クラフツの挫折の後の時代をはるかに長い射程で生き抜いた。建築、彫刻、絵画などの「大芸術」に比してマイナーにとらえられていた工芸が芸術の名に値することを実証し、後に産業(量産)と融合することを目指した。
19世紀末、アール・ヌーボー華やかなりし頃、宝石の価値の高さを誇示する旧来の宝石細工ではなく、遠近法、色彩法、彫刻技法などの美術の手法を大胆に駆使し、自然界の生き物や妖精、女神、牧神たちなど独自のイマジネーションの世界を七宝細工で表現する。エミール・ガレに「現代宝飾工芸の創始者」と言わしめ、1900年のパリ万博では「ラリックの陳列こそがフランスの勝利を表している」と評された。
名声の絶頂で、すでに50歳になってから、彼はガラス工芸に本格的に転身する。
あらゆる素材を試し、色遣いを研究し、また逆に無色透明さの美を光と影だけで表現する。
アール・デコ期以降の産業化における問題は、もっと違うジャンルのモダン・デザインとの関係や比較の問題としても調べてみたい。
友人の美術工芸史家で日本におけるラリック研究の第一人者である池田まゆみさんが、この展覧会(池田さんが監修)の図録も兼ねた『ルネ・ラリック 光への軌跡』(平凡社)を刊行した。たくさんの写真と歴史的な流れが分かりやすい構成、詳細な解説がすばらしい。
今月は19日に「箱根ラリック美術館」(仙石原)もオープンしている。
3 30, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年03月03日
「絵付けの魔術師」が銀座和光で実演

提携先のリモージュの友人、パトリック・オドゥヴァール氏が3度目の来日。
パトリックについては「絵付けの魔術師」パトリック・オドゥヴァールで以前書いたように18世紀からの伝統を受け継ぎながら、しかも現代的インスピレーション力に優れた素晴らしいアーティストだ。
銀座和光(B1F)で3月3日、4日、5日、7日と絵付けの実演をする。
写真は今回のフェアのために特別に創ってきたもののうちのひとつ。繊細でかわいらしくかつ豪華。
Shoplimoges
3 3, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年02月17日
「Pin-Up-Girl.com(ピンナップガール・ドットコム)」オープン

フランスの磁器工芸品「リモージュ・ボックス」、ポーランドの磁器フィギア「チメルフ」に加えて、オランダのフィギアの輸入販売を始めており(「オランダの”ピンナップ・ガールズ」フィギア-2004.10.8参照)、ウェブ通販のサイト「Pin-Up-Girl.com(ピンナップガール・ドットコム)」をオープンした。さっそく注文が入っている。
「ピンナップ」は文字通り、壁にピンで留めておきたくなるようなセクシーな女性の印刷物のことで、アメリカにおける1920年代の写真印刷技術の高度化と普及、大衆社会の到来とともに拡がり、30年代の雑誌ブームに乗り、40年代には世界中に散らばる若い兵士たちの友となった。今では高級誌として知られる『Esquire(エスクァイア)』も第二次大戦下には毎号ピンナップを掲載して飛躍的に部数を伸ばした。50年代朝鮮戦争下では『Playboy』を始めとするメンズマガジンが黄金時代を誇り、ジェーン・マンスフィールド、ジェーン・ラッセル、マリリン・モンローが人気を獲得したのもピンナップからだった。
『プレイボーイ』誌が自社の予約購読担当オフィスレディの日常とプライベートを掲載して「Playmate」というシステムを始め、爆発的に部数を上げたのは1955年のことだ。
それまではピンナップのモデルになるのはプロのモデル・女優やその予備軍に限られていた。ヒュー・ヘフナーは、そこらへんに普通にいる「うぶ」で愛くるしく健康的でヌード写真を撮られるのは初めてというような秘書や銀行員やスチュワーデスなどを起用し、読者に彼女たちが別世界の住人ではなく「プレイメイト(遊び友達)」になる可能性もあるかのようなファンタジーを提供して成功した。
ピンナップガール・ドットコムで扱っているフィギアは2シリーズあるが、そのひとつの「The Girl Next Door」(隣のお姉さんですね)はこのあたりをモデルに作られている。
独立記念日パレードのバトンガール、西部の牧場の娘、行きつけの病院の看護婦、いかにもいそうなガスステーションガール…。
もうひとつのシリーズ「Pin-up & Design」は1962年スペイン生まれのアニメーター、Stephan Saint Emett氏のアニメーション作品(近くDVDで送ってもらうことになっている)に登場するキャラクターをデザインしたハンドペイントフィギアだ。すべて50〜70年代デザイナーズ・チェアに座っている。
全14点ともウェブ上で360度回して見ることができる。
2 17, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2005年01月07日
大庭明子さんの「ねこかるた」

友人の版画家・大庭明子さんが自作の「ねこかるた」を持ってきてくれた。
大庭さんのものは大好きでリビングに3枚飾っているが、最近のものはとみにポップ感に溢れたものになってきている。
右から「あこーでおん猫」「せんすい猫」「しびれ猫」「ん猫」。
この他「えくれあ猫」「おかりな猫」「きんがん猫」「るーずそっくす猫」等々あやしくおかしな猫が全46枚。
1月10日まで鎌倉大町のGENBAGEN(ゲンバゲン)で「KARUTA展のポスター展」というのをやっており、そこで見られる。
1 7, 2005 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年12月20日
乾敏夫さんの奔馬の絵

馬の画家として有名な乾敏夫さんは1921年生まれだからもう83歳になる。
田舎家を守る会では何度も乾さんを招いているので私もその描くさまを観てきた。
この日も馬、鶏、海老、鯛などを色紙に十数枚ほどあっという間に描き上げ、参加者のオークション(というほどではないが)にかけられた。
私も運良く1枚入手できた。乾さんお得意の奔馬の絵だ。
たけしやタモリなどの番組に出演したこともあり、佐渡・鬼太鼓座の大太鼓に馬を描く様が放映されたこともあるので見た人も多いだろう。
実際に見ないと信じられないのだが、この絵は10秒(10分ではない)ほどで描かれている。
乾さんは太平洋戦争中、南方戦線に駆り出され、正式にはなんというのか知らないが「騎兵隊」に配属され馬と生死を共にする生活をした。
敗戦間際、まったく人間の都合で無意味に屠殺された200頭の馬のことが忘れられず、復員後ひたすら馬の絵を描き続ける。
83歳になっても毎朝、新聞紙を大量に広げ、3000頭の馬を描く。
繰り返すが毎朝3000頭を描く!
「手」を衰えさせないためという。
12 20, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年12月15日
「絵付けの魔術師」パトリック・オドゥヴァール


フランス・リモージュの提携先であり友人であるパトリック・オドゥヴァール(Patrick Audevard / L'Atelier du Tulipierを主宰)を私たちは「絵付けの魔術師」と呼んでいるが、彼の絵付けの様はおおむね以下の通りだ。
対象となる素材(すでに白い素焼きに釉薬をかけ高温焼成された白磁器)をチラと見る。
必要な色の上絵の具をガラス上で調合する。
最適な筆を選び素晴らしい速さで描き始める。
さらに別の色の絵の具を調合する。筆先はときどき作業用白衣の袖でしごいて整える。
たまに一瞬手を止めて全体を眺めることもあるがそれも「眺めて確認している」というほど長くはないし、なにか迷いが生じてそうしているようにも見えない。
文字通り「見る見るうちに」なにもなくただ光沢を放っていた白磁器上に見事な装飾文様や動植物が現出するのだ。
先月の日本橋三越本店「フランス・フェア」では彼の実演のたびにたくさんの人が集まって見つめ感嘆の声を上げた。「あまり簡単に描いていると思われても困るからスピードは落としているんだけれどね」と笑っていた。
その後一緒に行った、佐賀有田、伊万里大川内山の窯元めぐりで彼はとても興奮して楽しそうだった。淵源をたどればリモージュ磁器の祖とも言えるのだ(12.1記「リモージュと有田・伊万里」)。
大川内山の「太一郎窯」でご主人の好意でパトリックが「藍鍋島」の絵付けを試みた。ふだん描かない素焼きへの下絵付けだし、筆も色材も違う。
しかしここでも彼はまったく迷わない。ほんの少し筆を確かめたあとは、流れるような筆使いで描いていく(この写真に写っている作品はすべて筆は1本、色材は濃淡2種しか使っていない)。
ついでにこちらの皿にも、どうせならこのカップにも、と勧められても、困る風は微塵もなく(というより喜々として)、山水画風、ナマズ文様、豪華な花模様の皿と、マグカップ(写真上)がものの20分ほどの間に描き出された。

写真上は焼き上がってパトリックが私にと贈ってくれたマグ。
どこか和風の暖かい文様に、取っ手にはリモージュ風蔓草文様が入っていてとても気に入っている。
12 15, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年12月01日
リモージュと有田・伊万里

※リモージュの採石場とそっくりだ!とフランスの友人たちは感嘆した。有田泉山の採磁場蹟。
福岡へは、フランスの磁器工芸品「リモージュ・ボックス」を輸入販売している会社(私も役員)の社長(といっても中学高校の同級の気の置けない友人)と、提携先であるリモージュの2つのアトリエのフランスの友人2人と行った。
1日余裕があったので、佐賀の有田と伊万里をめぐる。
有田へはハウステンボス行きの特急で博多駅から1時間20分ほどで行くことができる。
有田はもちろん有田焼という日本で初めての磁器を産み出し有名な産地になっているところだ。
「やきもの」はとても奥が深い。
人類が誕生して長い年月の後、粘土をこね焼くことによって土器を作り出し(ちなみに植木鉢、赤レンガは土器)、より高温で焼き釉薬(うわぐすり)を施すことで陶器を作った。土器と陶器は素材が土だが、その後に作られるようになった磁器(ご飯茶碗など)は原材料は土ではなく石(鉱物)だ。カオリンと呼ばれる中心素材の名はもっとも早く磁器作りを始めた景徳鎮近郊の山地「高嶺=Kaoling」からきている。
フランス・パリ南西400Kmの人口17万の町リモージュと有田がどんな関係があるか。
とてもおおざっぱに言えば以下の通りだ。
中国の景徳鎮などを中心とする磁器生産技術が朝鮮半島に伝わり特に朝鮮半島南西部で盛んになった。
「学者、技術者、農民などで役に立ちそうな者をできるだけ連行せよ」という豊臣秀吉の朝鮮侵略(1592・1597=「文禄・慶長の役」=韓国では「壬辰倭乱」)で、たくさんの陶工が特に肥前(佐賀と長崎の一部)鍋島藩軍によって拉致され、有田などの山中に囲われた(北朝鮮の「拉致」などとは桁違いにスケールが違う)。
この朝鮮人陶工が有田泉山に磁器原材料の鉱脈を発見し、有田焼の基を作る(17世紀初頭)。
当時ヨーロッパでは、磁器はできず、白い地のガラスのように繊細な磁器は王侯・貴族の垂涎の的だったが、明が清に圧迫されて景徳鎮からの輸出が細くなると、有田焼が伊万里津港を輸出元にオランダ商人の手でヨーロッパに渡り「伊万里」として彼らの「磁器の間」を飾った。柿右衛門の赤絵などの「デザイン」は一気に広まった。
ヨーロッパの王侯貴族はやっきになって磁器原料を探させたが、マイセン(旧東ドイツ)でカオリンが発見され、ヨーロッパ製磁器が作られたのは有田・伊万里に遅れること100年、18世紀初頭。リモージュ郊外のサン・ティリエ・ラ・ペルシュでカオリン鉱脈が発見されたのは1768年のことだ。彼らの手本の代表は有田・伊万里だった。
もちろんこれらの流れは一方向的なものではない。オランダ商人はヨーロッパ王侯・貴族の好み・要求を伊万里・有田に伝え、窯元と職人たちはそれに応えたし、それとは別に朝鮮経由だけではなく、直接中国の動向も伝わっていた。
めぐりめぐって世界は連関しあっている。
ここでも「日本独自の伝統」などという言説は成り立たない。
12 1, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年10月08日
オランダの「ピンナップ・ガールズ」フィギア

※写真はクリックすると拡大表示されます。左から「Sweet Loraine」「Trigger Trudy」「Babbling Betty」
フランスの磁器工芸品「リモージュ・ボックス」、ポーランドの磁器フィギア「チメルフ」に続いて、オランダの「ピンナップ・ガールズ」フィギアの輸入販売を始めた。
ピンナップというのは壁にピンで留める絵や写真という意味で1940年代〜50年代のアメリカで特に盛んだった。
20世紀アメリカの絶頂期であり、若くはつらつとしたアメリカ女性のセクシーな姿態を描いた絵や写真は男性にとってのドリームでもあった。
The Great American Pin-Up
などの本や
The Pin-up Page, 1940's and 50's Pinup girls, including Vargas, Gil Elvgren, Peter Driben, Edward Runci, Marilyn Monroe, Betty Page, Earl Moran
などのサイトで見ることができる。
『新編ピンナップ・エイジ』伊藤俊治(ちくま学芸文庫)は、このピンナップを総合的・歴史的にとらえ返していて詳しい。
オランダのピンナップ・ガールズはこれらをモデルに樹脂で作られ彩色されている。左のもので高さ約20cm。
上野毛の行きつけの店「ミキ」の常連が上の3つをご祝儀で買ってくれ、店に飾ってある。
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2004年10月01日
戦没画学生慰霊美術館「無言館」(信州上田)

※写真はクリックすると拡大表示されます。
「無言館」前にある「記憶のパレット」。画学生たちが学ぶ教室風景が描かれ、収蔵した戦没画学生の名が記され「私たちの芸術と私たちの銃の前にあったすべての芸術のために」と刻まれている。
人は運命を限られたときどうするだろうか。
絵を志した人間は、愛するものを力の限り描くのだろう。
「あと5分、あと10分、この絵を描かせてください」
1942年(昭和17年)。外では出征兵士を送る会が盛大にひらかれ、沿道には村人たちが振る日の丸の小旗が揺れる。
鹿児島県種子島出身、東京美術学校(東京芸術大学の前身)油画科を41年(昭和16年)繰り上げ卒業(繰り上げ卒業というのは徴兵のためむりやり早く卒業させるもの)した日高安典は、入隊までの残された最後の最後の時間まで恋人の姿を描き続けた。「自分は必ず生きて帰ってこの絵の続きを描くから」と愛しい人に言い残して出征した日高は、満州を経て南方に転属、45年(昭和20年)フィリピン・ルソン島で戦死する。享年27。
「お腹の赤はあばれるだろう。俺にかはつて親孝行と赤を大事にそだてるのとを引き受けてくれ」と中国華北から軍事郵便で書き送った中村萬平は1941年東京美術学校を首席で卒業、応召前に在学中に結婚したモデルの霜子さんを描いた。出征後に子が生まれるが妻は肥立ちが悪く他界する。「昨夜兵舎の窓にのぼった満月がことのほか白くかがやいているようにみえました。それは、今までみたどの月よりも心にしみわたるうつくしい光の月でした。あれは霜子が天に召されたことを知らせる満月だったのですね」と書いた手紙が両親に届く。43年(昭和18年)蒙古の野戦病院で戦病死。享年26。
「続き」が描かれることの無かった日高安典「裸婦」も中村萬平「霜子」も美術的な完成度とか巧拙とか絵の傷みとかを越えて心を打つ。残された、限られた時間のなかでの、彼らの絵を描くということに対する喜び、ひたむきさと、対象への愛の深さが、静かにそして圧倒的に伝わってくるのだ。
長野県上田市の西南郊外に拡がる塩田平の南、山王山(さんのうやま)の上にあるこの小さな美術館にはこれらの絵が数々の遺品と共に展示されている。
アートやデザインを志す若い人々は必ず訪れてほしいと願う。
〔参考書〕
この美術館をもともと発案した画家・野見山暁治氏の著作『遺された画集—戦没画学生を訪ねる旅』 (平凡社ライブラリーoffシリーズ)『四百字のデッサン』 (河出文庫)など
作品収集・整理をし無言館建設にあたった無言館館主・信濃デッサン館館主窪島誠一郎氏の著作『「無言館」ものがたり』(講談社)『無言館ノオト—戦没画学生へのレクイエム』(集英社新書)『「無言館」の坂道』(平凡社)『信州の美術館めぐり』(とんぼの本)など
10 1, 2004 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2004年09月24日
「香合の美」展(宇都宮美術館)

※写真は「香合の美」展絵はがきより。クリックすると拡大表示されます
「香合の美」展(宇都宮美術館ー9/26まで)はとても興味深かった。
私が関係している会社の顧問で美術工芸史家の池田まゆみさんと一緒なので色々みどころや歴史的背景なども聞かせてもらいながらなのでなおさらだ。
「香合(こうごう)」というのは茶器のひとつで香を入れる小さな蓋付きの器だ。さまざまな形と意匠、デザインのものが作られてきた。
今回の展示は江戸末期のものが多いが、桃山時代の織部、志野もある。手におさまる小さな世界は趣味的愛玩的要素があるので、茶道具としての実用性をこえて収集の対象となり愛でられてきた。
このあたり、ルイ王朝のころ嗅ぎ煙草やピルを入れていたリモージュ・ボックスが多様化して趣味収集のものになってきたこととだぶっておもしろい。なかには開閉のための金具と留め金を付ければそのままリモージュ・ボックスとしてもいいようなものもある。
19世紀末以降のフランスでもしかしたら本当に影響を与えたかもしれない。というのもここで展示されているのは1890年から1900年にかけて、ジョルジュ・クレマンソー(のちのフランス首相)が大量に集めたものの一部(570点)であり、クレマンソーはクロード・モネをはじめとする芸術家・アルチザンたちと密接な交流を持っていたからだ。リモージュの職人が目にしたこともあるかも、と想像すると楽しい。
形のモチーフは多彩だ。十二支や七福神、鶴、亀、牛、猿、鴨、雁、雀などの動物、茄子、筍、栗、松かさ(松ぼっくり)、フキノトウ、椿などの植物、セミなどもある。もちろん抽象的な形そのものを工夫したものも多い。
このコレクションは陶磁器で占められている(香合にはこの他にも漆器、木地、貝、金属、竹、果実を加工したものなどあるそうだ)が、その窯場は信楽、美濃、九谷、備前、楽をはじめ48カ所にものぼる。日本の焼きものの縮図を見ているようだ。
11月にフェアのため来日するリモージュの友人たちのために2冊よぶんに図録を買う。
残念なことに写真と画像処理・印刷の品質がよくない。
私もリモージュ・ボックスの撮影の経験からして570点の小物をそれぞれの特徴を活かしつつ、かつ写真的バランスよく撮ることの難しさとレイアウトから印刷製本までの労力・経費についてはよく分かる。頒価2300円は地味な展覧会図録としてはぎりぎりなのだろう。1976年にこのコレクションがモントリオール美術館で発見された当時の記録写真が元になっているのかもしれない(この3000点もの香合の「クレマンソー・コレクション」が19世紀末明治日本からパリに渡り、カナダのモントリオールで「再発見」され、今私たちが目にすることができた経緯はとても面白いのでまた別に記す)。
9 24, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年09月21日
ヒットラーと「退廃美術展」

※写真はクリックすると拡大表示されます。
1937年ミュンヘンの「退廃美術展」の再現CG映像。NHKハイビジョンスペシャル「パウル・クレー/烙印を押された画家」より
1995年に神奈川県立近代美術館(鎌倉雪ノ下)で「芸術の危機/ヒットラーと退廃美術展」を見た。期間の終わりに近く図録が売り切れていたのは本当に残念だった。当時、躁病というやっかいな病からようやく回復した私には「退廃美術」の数々が実に心に染み入るように感じられたのだ。
仕事をしながらNHKハイビジョンスペシャル「パウル・クレー/烙印を押された画家」をつけていたら、1937年にミュンヘンの考古学研究所で開かれた元祖の「退廃美術展」が出てき、その展示をCGで復元した様子も映された。見た覚えのある数々の絵画や彫刻がそこにあった。
1933年政権を握ったヒットラー・ナチスは芸術・文化を自己の政策の中でひじょうに重要に位置づけた。それは博覧会から党大会、オリンピック、都市計画にいたる国家計画の一環だった。学生団体はすでにナチスが支配し、ベルリン大学前のオペラ座広場に盛大に薪を燃やし、「非ドイツ的・退廃的文献」、マルクスはもちろん、フロイト、ケストナー、レマルクなど2万冊の本を「焚書」した。記しておきたいのはこのときナチ学生同盟のたいまつ行列の先頭に立っていたのは新設された政治教育学講座の教授だということだ。
若い人のために注釈しておくと、レイ・ブラッドベリの傑作『華氏451度』(フランソワ・トリュフォにより映画化もされた)は「本のページに火がつき燃え上がる温度」であり、この歴史的事件をモチーフにしている。
いうまでもなくマイケル・ムーアの『華氏911』(自由が燃え上がる温度)はこれをもじったものだ。
「非ドイツ的」教授の追放、図書館からの文献一掃が進められた。
ユダヤ系であるメンデルスゾーン、ハイネなどはドイツの歴史には存在しないことになった。
ゲッペルスのもとに全国文化院が組織され、あらゆる文化・出版業界がそれに登録しなければ創作も営業もできないことになった。ユダヤ人、反ナチの文化人、芸術家は制作禁止を申し渡される。クレーを始めとする気鋭のアーティストたちはバウハウスなどの大学、美術学校を追われ亡命を余儀なくされ、エルンスト・キルヒナーは自分の作品を燃やし自ら命を断つ。
アーリア人種の優位を誇る美術が推奨され、モダニズムー特に表現主義、ダダイズム、未来派は徹底的に弾圧され、抽象絵画はわけの分からないもの、パウル・クレーの「幼稚な絵」は精神病者の絵にも劣るもの、斬新な宗教画は神を冒涜するもの、戦争の悲惨を描くものは国威発揚と士気に反するもの、ヌードや風俗画はドイツ女性を侮辱するもの、ユダヤ人の描いたものは認められないとされ、全国の美術館から2万点が没収された(展覧会後、軍費調達のため海外でオークションにかけられ、それ以外はおそらく焼かれ、ナチス崩壊後も1万点は行方不明となる)。
「退廃美術展」はこのなかから約120のアーティストの650点ほどの作品を集め、恣意的なテーマ別にまとめられ、プロパガンダと揶揄の言葉と文字通り「退廃」の「烙印」とともに展示された。パウル・クレー、カンディンスキー、ゴッホ、シャガール、オットー・ディックスなど錚々たるメンバーの作品群だ。近くに完成したばかりの「ドイツ芸術の家」では公募でドイツ美術の模範とされた「大ドイツ美術展」が平行して開かれた。
ドイツのある大学で今1年間に渡り「退廃美術」に関するゼミナールが行われており、数十名の学生が熱心に討論している姿が印象的だった。ある女子学生が言う。「悲しいことに70年後の今も同じようなことがあります。退廃美術という考え方もナチスも消えてはいません」。
日本で過去の歴史に対しこれだけ真摯に向き合っているか?
9 21, 2004 10.美術工芸, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク
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2004年09月20日
御霊神社(権五郎神社)の「面掛け行列」(鎌倉坂ノ下)

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鎌倉坂ノ下の山裾にひっそりと霊気をたたえた小さな神社がある。御霊(ごりょう)神社、あるいは「権五郎(ごんごろう)神社」、古くからの地元の人は「権五郎さん」と呼ぶ。
鳥居のすぐ前を江ノ電が走る。
『吾妻鏡』の文治元年(1186年)の条にも出てくる古社だ。祭られている鎌倉権五郎景正は平安末期の武将で源義家に仕え剛勇をもって知られた。
ここには江戸時代から庶民に親しまれてきた七福神のひとつ「福禄寿」(智恵の神)の面があり、9月18日の例祭には県無形文化財に指定されている「面掛け行列」が行われる。
異形の面とくくり袴の男8名と天女、妊婦の10名が町内を練り歩く。
神社のすぐ前にしばらく住んでいた母が、この人形をテラコッタで作った。神社の人に見せたところ気に入られて買い入れてくれ、昨秋の個展での展示の後奉納された。写真はその一部。
9 20, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年09月14日
イェンドラシャクのチメルフ磁器フィギィア「キジ」

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チメルフのもう一人のデザイナーはヘンリック・イェンドラシャク(H.Jedrasiak)。鳥や魚、亀やヒヒ、ヌーなどの他、スーダンの女性など人物も制作した。写真の「キジ」(1959年/11.5x21.5cm)はため息が出るほど美しいフォルムだ。赤のアクセントも素晴らしい。
9 14, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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山崎杉夫さんの「えほん・鎌倉探偵」

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鎌倉市役所向かいの「鎌倉ワイン館」は、デイリーワインからちょっと高級なものまで品揃えが豊富で重宝する。
ここには「Gallery Private」という小さなギャラリースペースがあって、半月交替でなにかやっている。
きょうは鎌倉大船在住のイラストレーター山崎杉夫さんの、「えほん・鎌倉探偵ー大仏様の恋の行方の巻」の原画展示(といっても出版の予定があるわけではない)というのをやっていた。大仏様にある日プレゼントが届き、不思議に思ったお坊さんが、裏通りのカレー屋のコックに探偵を頼む、さて…、という話で大胆な版画調、民話風のイラストが楽しい。
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2004年09月11日
オルトゥフェインのチメルフ磁器フィギィア「ペンギン」

※写真はクリックすると拡大表示されます
これもわたしが好きなチメルフのもの。デザインはハンナ・オルトゥフェイン(H.Orthwein)。
「ペンギン」1958年/小(10x6.5cm)/中(16x11cm)/大(19x12cm)
他にネズミ、カエル、キリンなどを作っているが、他のデザイナーに比べて模様の色づけが凝っていて独特なのと子ども好きする、しかし洗練された愛嬌がある。
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2004年09月10日
ナルシェビッチのチメルフ磁器フィギィア「孔雀」

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チメルフの黄金時代を担ったのは昨日紹介したトマシェフスキの他に数名のデザイナーがいるが、ミェチスワフ・ナルシェビッチ(M.Naruszewicz)もそのひとりだ。主として動物をデザインした。
そのなかのひとつ「孔雀」/13x18cm/1965年。
実際に動物園などで見るとかなりごてごてした生き物の姿がバランスを保ったまま、ほとんど極限までミニマライズされている。アルタミラの洞窟壁画にも通じるものがあるかもしれない。さすがに孔雀相手ではそうせざるをえなかったか、最小限のモノトーンが多いチメルフ磁器フィギィアのなかではめずらしく色彩感に富んだ絵付けだ。
9 10, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年09月09日
トマシェフスキのチメルフ磁器フィギィア「リラックス」

※写真はクリックすると拡大表示されます
7月10日の記事で触れたように、ポーランドの磁器フィギィア「チメルフ(CMIMELOW)」の輸入販売を進めている。なんとか今月中にウェブサイトもアップさせたい。「ミッドセンチュリーデザイン」としてのチメルフは1955年から65年が黄金時代だが、その代表的なデザイナーが、ルボミル・トマシェフスキだ。
写真はトマシェフスキ1965年制作の「リラックス(10x18.5cm)」。
私が今タイトルバナーに使っている写真の女性の感じとなんとなく似ているのがおもしろい。
先頃チメルフを訪れた私の友人(輸入販売会社代表)が、たまたまアメリカから来ていたトマシェフスキに会うことができた。素晴らしいことにまだ現役でがんばっているという。
Lubomir Tomaszewski
サイトに載っている彫刻はぜひ実物を見てみたい。
9 9, 2004 10.美術工芸 | 固定リンク
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2004年07月10日
ポーランドの磁器フィギィア「チメルフ」

※写真はクリックすると拡大表示されます
友人と、ポーランドの磁器フィギィア「チメルフ」の輸入販売を始めている。
昨日は一日、ウェブやプリント物に使うための撮影をやった。およそ100点、900ショット。
「チメルフ」は、ポーランドの南東にある町で、18世紀末から磁器生産が始まっている。1950年代後半から60年代前半にかけて、気鋭のデザイナーたちによって、斬新なデザインの磁器フィギィアがここで創られた。
不幸にして1964年、工房は火事で焼失し、制作は途切れ、作品は散逸し、忘れられた。
1996年、新しく工場を買い取ったアダム・スパワ氏は、当時の原型やオリジナルモデルを発見し、以降復刻を始めた。当時と同じ技法を忠実に受け継いでいる熟練職人たちによってひとつずつ手作りされている。全部を復元するにはあと20年はかかるだろうという。
動物、女性などが主なテーマになっている。
一瞬の動き、表情、らしさ(本質)を、オーガニックな流れるような曲線・曲面で切り取り、デフォルメし、ミニマムな絵付けで仕上げた作品の数々は、ミッドセンチュリーデザインの「モダン」の限界を超えて魅力的だ。
(写真は作品No.115 「Panther(豹)」 65x215mm)
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2004年07月05日
菊地眞さんの風鈴

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由比ガ浜通りの鎚起銅(金・銀・錫)器の店、鎌倉清雅堂は、私の好きな店で改めて紹介したいが、先週通りかかると、男の人が店の横で銅管を細工して風鈴を創っていた。
音色は澄んで深みがある。
見事なのでひとつ買い求めた。
きのう贈答用に2つ買い増し、あらためて話を聞いた。
菊池眞さん。
東京学芸大を出て教員をしていたが、その間も金属工芸をやっていた。富山の地場企業で修行したりし、今は鎌倉今泉に住んで好きな道を進んでいる。鎌倉でこのようなものが置けるのは清雅堂なので、土日にやらせてもらっているという。
将来は金剛仏の工芸品を創りたい。
買い求めたのは風鈴。先週と合わせて3つ。
2つは緑青仕立て。
銅管を打って型どり、表面を細かく荒らす。酢に半日ほど漬け、その後塩化アンモニウムを薄めたものを塗っては乾かし、という工程を30回ほど繰り返す。晴れた湿度の高い日がいい。が、ちょっとの天候の差で緑青の出具合、色合いは微妙に異なってくる。少しの時間差でひとつとして同じものはできない(写真右は緑青のうちのひとつ)。
なおこの緑青は無害だ。
もうひとつは竹いぶし。銅の風鈴を竹で焼く。およそ100℃前後で、銅は金色になる。取り出し加減が難しい。
私が購入したのは、少し遅すぎたというが、別に金色でなくとも素晴らしい風合いだ。
わずか5cmほどのものだが、じっと見ていると、大伽藍の由緒ある鐘楼のように見えてくる。
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