2010年08月31日

智と情の匠の対談ー『ぼくは こう生きている 君はどうか』(鶴見俊輔・重松清 /潮出版社)

戦後日本の思想家で最も畏敬するひとり、鶴見俊輔(1922=大正11年生まれ)の本があいついで出版されてうれしい。

鶴見さんが戦後発刊した『思想の科学』は1960年代の中学時代から読んでいた。
1965年のベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の活動開始時は、間近で話を聞くこともできた。

ここ1年ほどに出版され、目の長患いでほとんど「積ん読」状態のものをちょっと確認してみると、『不逞老人』『言い残しておくこと』 『ぼくはこう生きている 君はどうか』『戦後日本の思想』 『教育再定義への試み』 『思い出袋』『思想の折り返し点で』『新しい風土記へ』 …。

最近顕著な、出版社が著者が「旬」のうちに売れるだけ売っておこうなどと量産する類いのものではない。


鶴見さんから私たちが学ぶこと、受け継ぐべきことはあまりに広く深い。
何をきっかけに若い人たちにそれを伝えたらいいだろうかと考えて、作家・重松清との対談をまとめた『ぼくは こう生きている 君はどうか』(潮出版社/2010)をまず読んでほしいと思った。

重松清(1963=昭和38年生まれ)は『ナイフ』『エイジ』『きよしこ』など高度成長期以降の子供や親子、学校、コミュニティーなどの変化をずっと題材として小説を書き、またTVのルポなどでもさまざまな人や土地に踏み込んでいく実践のなかで学ぶ人でもある。
こちらももちろん読んでほしい。

鶴見さんはテーマに関連するような重松清の小説を読み込み、そこから「教育」「家族」「友情」「老い」「師弟」などについて、自分の人生の経験と思考を平易なことばで語る。

重松清が「はじめに」で記す。

鶴見さんはやはり博覧強記のひとで、並はずれた記憶力の持ち主だった。だが、それ以上に、表情が豊かなひとだった。クリクリッとした目が、じつによく動く。話に熱が入れば机に身を乗り出して、怖いぐらいの迫力でつたない聞き手をじっと見据える。一方、僕がなにかを話しだすと、その目は少年のような好奇心でキラキラと輝く。かと思えば、はじけるような笑い声とともに、まなざしは一転、優しいおじいちゃんのそれになる……。

「知識を授けられた」のではなく「智恵を分け与えていただいた」


書名は対談のなかからとられている。

重松:僕は自分の小説は読者自身の思い出がよみがえるための「呼び水」だといっているんです。
鶴見:それは私の手法と通い合うところがあるんですよ。というのは「自分はこういうふうに生きている」「きみはどうか」ーそれが私にとっての哲学なんです
  

8 31, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年08月29日

広告チラシや雑誌は戦争にどれだけ奉仕したかー『神国日本のトンデモ決戦生活』(早川タダノリ/合同出版)

アジア・太平洋戦争に向けて、あらゆるメディア表現は「国家総動員」「翼賛」体制への隷従を強いられ、潔しとしないものは沈黙するか投獄されるしかなかった。
そして「銃後」は「思想戦」の戦場となる。

これらについて若い人たちに参考になるようなものは少しずつ触れていきたいと考えているのだが、今月出た『神国日本のトンデモ決戦生活ー広告チラシや雑誌は戦争にどれだけ奉仕したか』(早川タダノリ/合同出版)がとてもおもしろく、きっかけになると思うので先に紹介する。

この本がまず興味を引くのは、このテーマに関する文献ががほとんどすべてメディア史やデザイン史、日本近現代史の専門研究者によるものであるのに対し、奥付けを見ると1974(昭和49)年生まれ、三十代のフリー編集者・DTPオペレーターであること。
氏の「虚構の皇国」というサイトを見ると、ブラジル生まれ東京在住の日系4世。曽祖父は広島から開拓移民として移住し、日本敗戦直後は「勝ち組」に属して暴れ回ったという。
「現在Adbe奴隷」と記されているのは「InDesign」でのDTPワークに従事しているからなのだろう。

2000年頃から、「支那事変」から「大東亜戦争」期の雑誌、広告チラシなどの収集と研究を始め、当時それらが浸透させようとしていた大日本帝国臣民にふさわしい意識、感性、道徳、思想の一端を「標本化」することを目的にこの本はまとめられている。
「大東亜戦争」の総動員体制が引き起こした「クダラナイこと・知っていても役に立たないこと・人類の運命にとってはどうでもいいことを厳選して収集」したと「はじめに」で述べる。

それらは今の眼から見れば実に「トンデモ」なものばかりに映り、彼も嗤い、読む私たちも嗤うのだが、重要なのは、我々はそれほど単純にそれらを「嗤う」位置に現在いるわけではないこと、やがて近い将来訪れるかもしれない「ディストピア(ユートピアの対極である暗黒郷)」を浮かび上がらせるためのリアリティの断片群として彼は提示していること

  

いわゆる婦人雑誌を扱ったところはとりわけ興味を引く。
敗色濃厚になるにつれメーターの針が振り切れんばかりにボルテージが上がる。
「台所戦争に勝利せよ!」「台所を要塞化せよ」ときて、女学生時代の幅の狭くなった古いブラウスに別布を足しただけなのだがなぜか「決戦型ブラウス」と名付けられたものが奨励される(「勝負服」などというのはここらあたりに淵源を持っているのか?)。
『主婦之友』の昭和19年5月号からの特集は「勝つための戦争生活」「敵前生活」「突撃生活」「勝利の体当たり生活」「勝利の頑張り生活」と意味不明なタイトルが続き、敗戦間際には「一億特攻の生活」「勝利の特攻生活」などともうほとんどヤケクソ状態になる。
本文記事の「火無しコンロの作り方」などという実用記事の上には「アメリカ人をぶち殺せ」「一人十殺米鬼を屠れ」「ぶっつけろ一億の肉弾!」などのスローガンが入る。
占領軍が来る前に新聞社が写真を処分したように、出版社も在庫はおそらく大慌てで処分した。

丸善が創業間もない1885(明治18〕年に造り始めたものを沿革とし、現在でも万年筆用インキの定番である丸善アテナインキの『学生の科学』(誠文堂新光社)への広告(そういえば小中学生時代『子供の科学』というこの後身にあたる雑誌を愛読した)。戦争勃発直後に連続して掲載。
あまりにあけすけな帝国主義便乗に呆れるが、これも「誰か」が創っているー当時の「図案家(グラフィックデザイナー・イラストレーター)」「文案家(コピーライター)」「写植オペレーターあるいは活版清刷制作者」「版下制作者(フィニッシャー)」などなど…。


私が教えている大学でデザインの力を身に付け巣立っていく若い世代が、こんなにあからさまには事態がわからないようになっている時代のなかで、本質的にはこれと変わりない戦争美化や国家主義、新植民地主義的プロパガンダ制作を、無自覚にあるいはやむをえずやることになる可能性を否定する自信は私にはまだない。

そうならないよう傾注し続けるのみ。
   

8 29, 2010 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年08月15日

そして私たちもそれぞれの責任について考えるようになりますー『夢の痂(かさぶた)』(井上ひさし)

戦後、1946(昭和21)年年頭に神格否定のいわゆる「人間宣言」を発した後、昭和天皇は全国を「巡幸」した。

井上ひさし夢の痂(かさぶた)』(集英社/2006年初演)は、昭和天皇の宿泊先となった宿一家の人びとのあたふたぶりに託して、天皇と、そして庶民ひとりひとりの戦争責任を問う。

宿の主人は予行演習をすると言い出し、自ら天皇役になりきる。
ところが恋人を戦争で失った長女が突然進み出て「天皇」に申し述べる。 


天子さまがご責任をお取りあそばしたならば
その下の者も
そのまた下の者も
そのまたまた下の者も
そしてわたしたちも
それぞれの責任について考えるようになります

「すまぬ」と仰せ出された御一言が
これからの国民の心を貫く
太い“芯棒”になるのでございます

ご決意を

御一言を!


1975(昭和50)年、昭和天皇は初めて訪米し、帰国後の記者会見で「いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか」という質問にこう答えた。

そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えできかねます
  

8 15, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年07月27日

「反社会勢力」?

相撲界の暴力団がらみ野球賭博問題を契機に、突然「反社会勢力」という言葉がマスコミを通じて氾濫している。TVで「識者」がしたり顔で使っていたりする。

「反社会」とはどういうことを意味して使っているのか?

イコール「暴力団」であるのならばなぜ直接「暴力団」と言わないのか? いわゆる「指定暴力団」に該当しない「勢力」がからんだ場合に備えているのか?

「社会にとってよくない」という意味なら、強欲ハゲタカファンドも貧困層を食い物にする悪徳ビジネスも金権政治屋たちも「反社会勢力」だろう。

今の社会のあり方に反対したり異議を申し立てたりする運動・組織体は「反社会勢力」なのか?
そうではないというならなぜ「反社会」などという中国国営通信なみの言葉を使うのか?

誰がどこでなぜこんなことばを使うことを決めたのか、責任者をはっきりさせてほしい。
マスコミはなぜ無批判に追随して垂れ流しているのか、あるいは積極的に敷延させようとしているのかきちんと説明する義務がある。


日本という「異物排除」社会、そしてある種のことば(たとえば「大麻」)を聞くとすぐ「思考停止」状態に陥る社会を象徴する新しいことば。


写真は、もともと隣家から「侵入」し、今ではほどよく塀の目隠しと目の保養と防風になっている庭の竹。
  

7 27, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年06月21日

パリ、カフェ・ド・フローラで

パリ、サン・ジェルマン・デ・プレ(Saint-Germain-des-Prés)の「カフェ・ド・フローラ(Café de Flore)」で。

サルトルやボーヴォワールも朝食はここでとり、友人たちと談論したところ。

であるせいもあるかもしれないが、クロワッサンをかじり、あたりを眺めながら、今回のWIF2010の課題にもあった「Presence」という言葉のことを考えていた。
サルトル『存在と無( L'Etre et le néant)』(1943年)の「Etre」でもある。

フランス語の「présence」も英語の「presence」もごく普通の日常語だ。
そしてそれがそのまま抽象的な思考論理の文脈のなかにも使われる。

しかし日本語でそれらに対応することばは、明治の時代「存在」として翻訳、造語された。
一般庶民の日常の生活に根ざしたことばとはかけ離れていた。

以来、私たちはこの乖離のくびきをずっとひきずった「近代日本語」を基礎として欧米の知とむきあい思考せざるをえなかった。

「止揚」とか「疎外」とか訳された、普通の人がまず使わないような「哲学用語」を学生時代得々としてふりまわしていたが、実はドイツ語でも英語でもフランス語でも日常語、あるいはそれに発したことばであることをずっと後になって知ることになる。

6 21, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年05月18日

映画『Helvetica(ヘルベチカ)』ーひとつの書体をめぐって

活字をめぐるさまざまなデザイン的営為のことを「Typography(タイポグラフィ)」というのだが、美大のデザイン学科に入学してくる学生も、デッサンや色彩や平面構成の勉強はしていても、文字に関してはあまり、というかほとんど知らないことが多い。

しかしデザインのなかでは文字は死活的な役割を果たす。
タイポグラフィに興味関心を持たせ、重要さに気付かせるために、ドキュメンタリー映画『Helvetica(ヘルベチカ)』(監督:ゲイリー・ハストウィット /英)を新入生たちに観せて話す。
「ヘルベチカ」という欧文書体のことを知っているか観せる前に聞くと各クラスとも数名のみ。

ひとつの「書体(Typeface)」をテーマに据えた映画というのは、たぶん他にはないと思う("Universe"という書体を制作したフルティガーの映像はあるがこれは彼の業績の紹介がメインの限定的な映画)。

ラテン語で「スイス書体」という意味の "Helvetica" という一書体がなぜ映画のテーマとなりえたか。
1957年にスイスの活字鋳造所で生み出されたこの書体は、瞬く間に世界中に広まり、街中も新聞雑誌広告もこの書体で埋まった。
ヨーロッパも日本も第二次世界大戦の傷がようやく癒え、一人勝ちのアメリカは「アメリカンドリーム」を謳歌していた。

グラフィックデザインの歴史では1960年を中心とする「モダンデザイン」の最盛期にかかるところで、ビクトリア朝的装飾性や古めかしい書体から、シンプルで明瞭で合理的でニュートラルな書体が求められていた。
ヘルベチカという書体はそうした要求に応えるべくして出てきた完璧なバランスと美しさを持ったタイプフェイスだった。

映画は、街に「ユビキタス=それがなんであるかを意識させず、いつでもどこでも誰でも見ている」としてあまねく「偏在」するヘルベチカの表情を撮り、この書体に関するさまざまな世代のデザイナーや批評家のインタビューやその作品で編集構成されている。

モダン・デザインの長老マッシモ・ヴィネリは、NY地下鉄路線図や駅のサイン、AmericanAirlineのロゴにこれ以外にはないと使い、書体デザイナー、マシュー・カーターはヘルベチカを「改良」することなどできないと言う(事実ヘルベチカは半世紀にわたって変わっていない。書体に関する著作権法は1973年に施行されたが、ほんの少し変更を加えたヘルベチカもどきはたくさん出た。Macにはデフォルトで正規のヘルベチカが入っているが、Windowsに搭載されているArialはそのクローン)。

より若い世代になると、あまりのヘルベチカの氾濫に、ヘルベチカ以外のサンセリフ書体を使えと言われてデザイナー生活を始めたものもいる。
逆にオランダ・ロッテルダム出身のデザイナーは街中から地図、電話帳、切手に至るまでヘルベチカに囲まれて育った。「Mother Tongue(母語)のようなもの」。

しかし、どれだけ「究極の書体」と呼ばれ、完璧なバランスと美しさを兼ね備えた「ニュートラル(中立)」に見える書体といえどもその「歴史性」からは逃れられない。

60年代、政府や大企業はこぞって社名ロゴタイプやブランド表記をヘルベチカに変えた。
権威的、威圧的な印象をなくし、モダンで有能で機能的、理知的、親しみやすい外観に変貌したのだ(たとえ実態は暴力と差別、強欲と収奪を秘めていたとしても)。

街中の清潔で整頓されたヘルベチカサインは、心配はない、迷うことはない、君は現代社会の一員なのだ、何も問題などはない、とひそかに魔法をかける。

しかし60年代は、同時にベトナム戦争の激化とそれに対する抗議、公民権運動、ブラックパワー、カウンターカルチャー、世界的な異議申し立ての時代でもあった。

タイプデザイナー、エリック・シュピーカーマンはヘルベチカを過去形で語り、ファシズムの臭いを嗅ぎつけている。
「すべての者が同じヘルメットを被っているかのような印象、個性・個人主義の発動を抑える傾向」。

大企業のための視覚言語文化とカウンターカルチャーのただ中でデザインを始め、後者の立場に組したポーラ・シェアにとって、ベトナム戦争に加担した大企業がこぞって受け入れたヘルベチカを使うのはあの戦争に賛同すること、「打倒あるのみ」。
「今のイラク戦争は?」
彼女は笑って言う。
「同じよ、ヘルベチカ。まだ同じ時代だもの」。

ひとつの書体をめぐって論点とドラマはつきない。

5 18, 2010 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年05月01日

活版凸凹フェスタ2010(5/2〜5/5・日展会館)

朗文堂アダナ・プレス倶楽部が主催する活字・活版印刷に関わる作品や催しが集まる「活版凸凹フェスタ2010」が開催される。
今年で3回目。活字、活版印刷への関心の高まりで出展者も年々増えている。

私のところのデザイン学科卒業生、山﨑祐三子さんや唐仁原多里さんの作品も出展。


会期:2010年5月2日(日)〜5日(水)
時間:10時〜5時(最終日4時まで)
会場:日展会館2F イベントスペース
   東京都台東区上野桜木2-4-1(JR鴬谷駅北口から徒歩5分)

活版凸凹フェスタ2010

5 1, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年04月29日

"Loopy" 日本を席捲

Washington Post のコラムニスト、Al Kamenの "In The Loop" というコラムで書いた一部が引き起こしている騒ぎは、ことばとコミュニケーション、外国語と日本語の相互理解、またマスコミによる「洗脳」、ミスリーディングや、最近ではTwitterなどで(意図的であれ無自覚的であれ)あっという間に増幅される大衆的な感情醸成(容易に扇動や特定の対象への”バッシング”になる)等の問題に関心を持っているものとして見過ごせない。

彼は、4月14日付(ネット版)の "Among leaders at summit, Hu's first(サミットのリーダーたちのなかで胡錦涛が第一)"と題するコラムで、鳩山首相は「核サミット」での「"the biggest loser"(最大の敗者)」であり、"hapless(不運な)" 人で、何人かのオバマ政権当局者の意見によると、increasingly(ますます、いっそう)"loopy" だ、と書いた。

まず問題は "loopy" ということばの意味。

「Longman 現代英英辞典」には、「crazy or strange」、
「Cambridge Dictionary」では「strange, unusual or silly」、
「ランダムハウス英和大辞典第2版」には、「輪(loop)の多い」というもともとの意の他に俗語として、「常軌を逸した、変わった、頭がおかしい」、「(酔って)正体のない、ぼうっとしている、ふらふらの」、
「ジーニアス英和大辞典」にも俗語として、「狂気の、ばかな」、
と載っている。

日本のマスコミは、この意味の「馬鹿な、愚かな」とアメリカの新聞が言っていると煽り、鳩山自身もワシントン・ポスト紙がいうようにたしかに私は愚かかもしれませんが、などと言わなくてもいいことを言い、「常軌を逸した、変わった」あたりは当たらずとも遠からずなので、大多数は納得し、ネットで「ルーピー夫妻」などというTシャツやグッズを売り出すものも出てきた。

それ以前というレベルの問題は、「鳩山は、ますますloopyだ」と言ったのは、オバマ政権の当局者であり、このコラムニストはそれを紹介しただけという事実をそもそも鳩山や官房長官でさえ認識していないこと。
元記事を確認もせず、「米有力紙が”鳩山首相は”最大の敗北者”、"愚か”と報道」などという日本のマスメディアの報道を鵜呑みにしている「愚かしさ」。
「不快感」を表明するならオバマ政権にするべきなのだ。

Al Kamen は、4月28日付の「 'Loopy' takes Japan by storm ("Loopy"という言葉が日本を席捲)」で、"Loopy"が、語釈は疑わしいが日本の新語になりつつある騒ぎについて書き、その中で、過日、言語学者である山田正義・島根大学名誉教授からメールをもらったことに触れている。

山田教授は、日本のマスメディアは "loopy"にふたつの異なった訳をあてており、ひとつはstupidにあたる「愚かな」、もうひとつはcrazyにあたる「狂った」。アメリカのスラング辞典には「stupid(愚かな)、silly(馬鹿な)、eccentric(一風変わった、常軌を逸した)」とあるが、これでは自分にも学生たちにも助けにならない。あなたは正確にはどのような意味で使ったのか?と聞いてきた。

Al Kamenは山田教授への返信でいう。

”loopy"はまずもって "in the loop" の対極的意味
(※高味訳注:彼のコラム欄の名称ー「天声人語」にあたるようなー自体が "in the loop” )

At the outset, we must emphasize that "loopy" is the exact polar opposite of "in the loop," which means plugged in or very well informed about things, especially the internal decision-making at the top levels of organizations.

"in the loop" とは、組織の中枢にきちんと位置しており、十分に情報や内部的意思決定に携わっていること

だからその対極である "loopy" を「愚かな」とか「馬鹿な」とか訳すのは意味を掴んでいない。

After discussion with several experts -- actually, reporter colleagues who sit within a 30-foot radius -- the consensus is that the term essentially refers to someone oddly detached from reality.

近くにいた色々な記者たちと議論した結果同意にいたったのは、この言葉は、本質的には、oddly detached from reality(奇妙に現実から離れた)というような人に使うということ。

________________________________________

「奇妙に現実から離れた」と「普通の人」や「世間の常識」から見なされる人は、「一風変わっている」「常軌を逸した」から果ては「馬鹿な」「愚かな」「狂った」人とされるだろう。

ことばの「本質的な」原義から派生した具体的な使用意味だけが普通は辞書に載る。
だから辞書で色々ある語義のうちどれかということを第一にしてことばを分かったつもりになってはならない、ということに関わるかなり深いことをこの人は言っているのだ。

日本のマスコミは彼があわてて真意はこうだと弁明したかのように報じているが、自分の都合のいいように勝手に解釈して浅薄に報道しておいて、相手のその後の言い分を言い訳であるかのように報じるのはいつものやり方。

もっとも、鳩山首相に関して言えば、これらを通じたすべての語義が当てはまりそうに思えるので問題が不明瞭になるのだが…。

4 29, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年04月23日

背後にあるデザインという営為

世界的な有名デザーナーたちのアイディア・スケッチ』(ティモシー・オドネル / グラフィック社)に出てくるNYのSam Potts / Sam Potts Inc.の作品例とアイディア・スケッチの一部。

Aixというレストラン・バーの看板サインのデザイン。
できあがったものをただ見ただけでは、なかなか洒落ていて、色使いも渋くていいね、くらいに感じたりするだけだろう。

しかし、その背後にどのような「デザインの営為」があるのだろうか。

新入生たちに「デザインするとはどういうことなのか」「どういうプロセスが必要なのか」を考えてもらうために例として使った。

レストラン・バーから依頼を受けたデザイナーは何をしなければならないか。

放っておくと、学生たちは自分の感性のおもむくままのビジュアルイメージで作ればいいのだと思ってしまう。
デザインは自分の個性や美的センスを発現する場だと思っている学生もいる。

そういうことではないのだ、と私が言っても権威がないから、恩師である五十嵐威暢先生のことばをお借りすれば、「デザイナーの役割はクライアントからの注文に対して、問題の本質を探し出し、最適解を提示すること」(『デザインすること 考えること』(五十嵐威暢 / 朝日出版社)。

さあ、では「問題の本質」とは何か、そしてどうやって「探し出す」か。
これが難しい。
本質とはなにか」ということは、古代ギリシャ以来の哲学的大問題でもあるのだ。

このことを私は学生たちにどうやって理解してもらうか、ずっと悩み考え試行し続けてきている。

井上ひさしさんのように「難しいことをやさしく」が、私にはまだできない。ましてその先の「やさしいことを深く」「深いことを愉快に」は遠い。

「問題の本質を探し出す」以下に関して、私が今ことばで説明できるようになったのはまだわずかに次のようなこと ー

1.
対象とするテーマ、モノ、コトの「本質」というのは、たとえば桃の果実の皮を剥き食べていったら種が残ったというような、いろいろ雑多なことを除いていったら固い核のように残る固定的な実体のようなモノではない

2.
「本質を探し出す」ということは、そのテーマ、モノ、コトが持っている、そして不断に変化しているさまざまな「関係」「コミュニケーション」のあり方を掴むこと。

このレストラン・バーの場合、
この店は料理や酒やインテリアや接客などどんな特長を持っているのだろうか。
オーナーはどんな考え、ポリシーを持っているのか。
シェフやバーテンダーはどんなことを考えているのか。
どのような店と客の歴史があったのか。
店はどのような街のどのような文化のなかにあるのか。
これからどうありたいと考えているのか。
等々、人と時間と空間のなかでの「関係」「コミュニケーション」の問題としてとらえていくこと

3.
そのような視点から、対象とするテーマ、モノ、コトについて、できるかぎり観察し、調べ、考えること。

店の人や客や隣人たちや通りすがりの観光客などさまざまな人の話を聞く、その店で色々な曜日、時間帯で過ごしてみる、街の変化のなかでどうだったかの資料を探して読む、それらを様々な角度から考える…。

4.
同じく五十嵐先生は、デザイナーにとって必要な三つのこととして「情熱」「挑戦」を前提として一番重要なコトとして「発見」を挙げている。

「最適解」を得るために、これらのなかから、どういうことに着目し、どういう角度、視点、アプローチから扱ったら、求められていることにとって最適かのなにかを「発見」すること

5.
これらの観察、調査、考察と並行して(行きつ戻りつしながら)ビジュアル・アイディアのスケッチを描き検討していくこと。


Sam Potts はおそらくこれらを踏まえて、ロゴタイプだけでも30通りのアイディアを練り、それらひとつずつについて12回は描き直し、最終的なひとつのカタチを創り出している。

4 23, 2010 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年04月12日

「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに書くこと」 ー 悼・井上ひさしさん

『ボローニャ紀行』(文藝春秋社)を読んでいる途中で、井上ひさしさんの訃報。享年75。

鎌倉にお住まいだったので、時々街でおみかけした。
裏駅のタクシー乗り場でお急ぎの様子だったので先を譲ったらとても丁寧にお礼のことばを述べられたこともあった。

1964年から69年のNHK『ひょっこりひょうたん島』は高校から大学の頃だが、時間帯が合って見られるときは、主題歌が聞こえてくるだけでけっこうわくわくした。

井上ひさしと作者を認識して読み始めたのは1976年の『新釈遠野物語』あたりからだったと思う。
その後とくに『私家版日本語文法』『ことばを読む』『本の枕草紙』『自家製文章読本』『日本語日記1-2』『本の運命』などなど日本語、ことばと本についてのものはすべて読んできた。

話し言葉は若い人を中心にいくらでも変化しグラグラするが、書き言葉がしっかりとしていればむやみに嘆く必要はない、という主張にはなるほどと思った。

扱っているテーマそのものは、戦争の理不尽さ、原爆の悲惨、国家の不条理、日本の文化のあり方などといった「重い」ものであり、「九条の会」などの反戦平和活動や、言論出版の自由についての敏感な発言を続けてきたが、小説や戯曲のなかでは、座右の銘通り、それらのテーマが普通の人々の生活やコミュニティの問題として「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに書くこと」に徹底していた。

そして、松本清張や司馬遼太郎と同じように、なにかのテーマに取り組むときはそれに関する膨大な資料を渉猟し読み尽くして構想を練った。有名な「遅筆」の一因でもある。

『本の運命』(文藝春秋社)に出てくるエピソード ー
『腹鼓記』(1985)を書くとき、神田の古本屋に頼んで、狸と狐の本を集めてもらう。
「狸の資料ありませんか、ついでに狐の資料、とにかく人を化かすものを全部お願いします」と小宮山書店や八木書店に頼むと、古本屋のネットワークを通じて神田中から本が集まってくる。狸の本場は四国の讃岐と和歌山などなので地誌のようなものもあり、平田篤胤という国学者が狸のことをよく書いているのでその全集もあり、狸を詠んだ和歌の歌仙あり、という具合。

スタジオジブリが『平成狸合戦ぽんぽこ』を作るとき、高畑勲監督が神田で狸の資料を探したが何もない。「みんな井上さんのところに行ってます」。
井上さんの13万冊にもなる蔵書は故郷、山形県川西町に寄贈され「遅筆堂文庫」として立派な図書館の中心となっているが、ジブリのスタッフたちは一週間泊まりがけで狸の資料をここで調べた。

ずいぶん以前、鎌倉でのなにかの講演で、
世界というのは、99%辛いこと悲しいことばかりですが、1%ぐらいは光明がある、と思っているからこそ人間は一生懸命生きているわけですよね
という趣旨のことばを聴いて共感したことをあらためて思い起こす。


合掌

4 12, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年03月02日

イスラームの名前

iPhoneのアプリ、「Islamic Names」「Muslim Names」より。


パレスティナ・ガザの病院で薬も無く息を引き取った3歳の「Mona(モナ)」の名は「願い・熱望」を意味する。
パキスタン西部でアメリカ軍の無人"偵察機"の爆撃で命を落とした「アブドル・アリム(Abdul Alim)」は「すべてを知っている僕(しもべ)」。
アフガニスタンで「誤爆」で死んだ5歳の「ハナン(Hanan)」は「慈悲」。
バグダードの爆弾で吹き飛ばされた「マハ(Maha)」は「大きな目」。
イラン反政府デモで投獄拷問されている「アリ(Ali)」は「高潔・高尚」。

どこにでもおり、どこででも殺されている「アルタフ(Altaf)」は、

More Gracious, More Delicate !
より尊厳に満ちた優美さと、他者への細やかな思い遣りを !

そして「アーズー(Arzu)」は、

Wish ! Hope ! Love !
願い、希望、そして愛 !


すべて親たちが子らに、幸あれと願いを込めて名付けた。

3 2, 2010 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年12月10日

曽祖父の句

白 雲 の 空 行 く 果 や 花 紅 葉

私の父方の曽祖父、高味友三郎の辞世の句。

友三郎は、芭蕉門下、美濃正風俳諧獅子門(美濃派)の第19世宗匠の俳人で出身にちなみ石田宗匠と呼ばれた。

芭蕉の没後、蕉門十哲と呼ばれる門人たちを中心にその俳諧の道が受け継がれる。
※参考:『芭蕉の門人』(堀切実 ・岩波新書)

主として、京、江戸などの都市で風雅をテーマとした都会派と、諸国を行脚して蕉風を伝え、身近な生活に根ざした素朴な句を旨とするローカル派に分かれた。

ローカル派では美濃出身の各務支考(かがみしこう)を祖とする一派がもっとも精力的で美濃派と呼ばれる。

友三郎は幕末、慶応3(1864)年に、木曽川と揖斐川、長良川が合流する洲にある美濃国中島郡石田村(現・岐阜県羽島市下中町石田)というところの農家の一人息子として生まれた。

ここは、私が小学生の頃、祖父に連れられて毎夏滞在し、木曽川で泳ぎ、堤の蛍やザリガニ、鮒釣りを楽しんだ。

友三郎は腕白小僧だったが、幼少時から書を好み、在の願照寺という寺の、東本願寺でも高名だった和尚に可愛いがわれ、漢書素読等を早くから学び、16歳で村の学校の塾頭を務める。

その後、鉄道技師としての仕事をしながら、近隣初めての青年団を組織したり、請われて村長を務めたり、俳諧、書画、篆刻、弓道、舞踊等に勤しんだようだ。

大正8(1919)年、美濃派第19世宗匠を継承(芭蕉を一世、支考を二世とする)。

昭和14(1939)年に没したから私は直接は知らない。
長い白顎髭に宗匠頭巾と杖、まるで芭蕉の旅姿のような写真がどこかに残っている。

12 10, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(2) | トラックバック(0)

2009年12月09日

やってらんない

デザインはすでに頭のなかで明解であり、一日で済むと思っていた印刷データ作成がもたれにもたれ、4日間も断続的な仮眠しかとれない状態が続いた。

もう半年になる角膜の患いはまだ治っておらず、これまでで最悪の状況に。
明日眼医者の診察予定なのだが、急にずいぶん悪化しましたね、といわれるのが目に浮かぶ。
あれ「目に浮かぶ」はこの場合おかしいな。「目に見えている」もか。

私は四六時中コンピュータに向かっているが、別に作業をしているわけではなく、考え、メモり、まとめ、文章を書いているので、目を酷使しているわけではない。

画面を注視するのは、瞬間的、短時間しかしておらず、指はそれとは関係なく自動的に動いているというのが普通。

私は若い頃から意識的に訓練してきたので、A4、1枚くらいの分量のテキストだったら、文章など追わず、2,3秒で内容、脈絡が「わかる」。
それだけで80字に要約せよといわれても、ぴったりの文字数ですぐ記せる。

「速読法」などというしゃらくさいものではない。
イメージ人間ではなく、文字ことば人間だから、画面を瞬間的に写真のように頭の中にコピーして理解しているわけではなく、3つから10くらいのキーワードとその文脈、論旨の脈絡・コンテクストを一瞥で読み取っている。

といっても、そのテーマに関して関心と知識、考えを持っていないとこういうことはできない。
なにか引っかかるものでもないかぎりそれ以上「読む」ということはない。
で、コンピュータ画面を見ているといってもふだんは目が疲れるというほどのことはない。

ところが印刷データの制作ということになると、ずっと注意を払って見ていないといけない。
ミスはもちろん、誤字脱字から組版、画像、ファイル処理、コンピュータが自動的に処理したものの補正とか色々あるので気は抜けない。

最近のMacOSやソフトバージョンアップは、より便利なよう快適なよう、と求めるあまり勝手なふるまいが多く、ふだんは気にならないが作業的なことに集中していると苛立つ。
ウインドウ内の表示位置を勝手に変えたり、ツールが切り替わったり、やたらメニューや吹き出しが出たり、ポインターをちょっと動かしただけでビットまで見えるところまで拡大などするなよ(やりたい人向けにはオプション設定にすればいいじゃないか)。

私のような人間は、ルーチンをなぞっているわけではまったくなく、ある目的意識(これはプロの将棋の指し手と同じで、その先何を意図しているかは多様に分かれる)を持って対しているのだ。

ある目的を持って操作する、そうしたらそれに対してコンピュータはきちんとシンプルに応えるだけでいい。

Apple、Macでさえ、ユーザーインターフェイスの基本を忘れた方向にどんどんいっている。

全部揃ったというのでうっかり安心していたら、たった400字ほどの訂正テキストを送ってくるのに、Excelデータが添付され、あろうことかこちらの知らないパスワードで保護されている。

はい、あたしゃ吠えましたよ、深夜の部屋で狼のように。
Micが驚いて飛び出してきたけれど。

おかげで、使う予定の期日に間にあるようには入稿できなくなった。
入稿間際のデスパレートな状況は数えきれないほど経験してきたが、こんなのは初めてだ。

こうした後味の悪いボランティア仕事はもうやらない。


写真は佐助の小道で。

紅 葉 に 白 壁 ま ぶ し 患 い 目
  

12 9, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 23.日々のなかで | | コメント(1) | トラックバック(0)

2009年10月12日

生まれる国を 選べない 死にたい国だけ 選びたい

エクトルは両親が病気で、この夏コロンビアに帰省(?)してきた。
私と会ったときコロンビアのお菓子を土産にくれた。
お菓子は食べず、麻心の真司さんとダリさんの娘、コロンビア育ちのルナちゃんにあげた。

彼の詩には、弱いもの、虐げられるものへの同情と共感が、いつもユーモアを込めて表現されているが、それとは別に(あるいは同時に)、母国と悲惨な世界を見、そして日本に住む「外国人」としての心のシリアスな葛藤の詩もある。


私は難民ではない
エクトル・シエラ


私は難民ではない
生まれた国は
私を待っていない

生まれる場所を
選べない
愛したい国があれば
許されない

私は難民ではない
生まれた国を
選んでいない

生まれた国を
愛した
母国の旗を
だっこした

三つの色は
誇らしかった
その気持ちは
無色になった

愛国心は
辛かった
世界をすべて
愛したかった

私は亡命者ではない
こころの難民は
存在しない?

外国人さん、
教えてください
国のことを
なつかしくない?

国にあった光り
なつかしい!
雲の形は
特に親しい

子どものとき
マンゴを食べたり
8月になったら
たこをあげたり

なつかしいことを
数え切れない
戻らないことだと
考えたくない

日曜日の朝に
ホットチョコレート
土曜日の夜に
踊りと デート

1年に2回
雨の季節
短いけど
8つの季節

決まった時間に
雨が降る
晴れの日は
日曜日に来る

外国人さん、
教えてください
国のことでは
何がきらい?

愛国主義で
育てられる
愛国主義者でないと
嫌われる

愛国心があふれる
かわいそうな祖国
愛国主義者どもは
一番残酷

「イエスみこころ聖心の国」だと
呼ばれている
神様は息子を
忘れている

生まれる国を
選べない
こころの移民は、
存在しない?

外国人さん、
教えてください
すんでいる国では
何がきらい?

自分になるのは
とても むずかしい
平和があっても
なぜか哀しい

国家は歴史の
偽造を許す
国家のためなのか
真実を隠す

すんでいる国では
何が素晴らしい?

安定していること
国家の暮らし

春になったら
お花見始まる
国は少しずつ
絵ハガキになる

子どもたちは
学校を掃除する
小学生は
国をつくる

親切な言葉
よく聞こえる
礼儀や感謝
大事にされる

生まれる国を
選べない
こころの亡命者は
存在しない?

住みたい国を
探してきた
住みたい地球だけ
見つけてきた

お墓があるかないか
気にしない
生きたことを
後悔したくない

生まれる国を
選べない
死にたい国だけ
選びたい

10 12, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

くらい たいようは かがやく ように せんそうの いろが なくなる ように

エクトル・シエラは日本語で詩や絵本の原文も書く。

すでに『なけない ちっちゃい かえる』(やまうちあずあき・絵 / すずき出版)、『だっこして』(村上康成・絵 / 佼成出版社)という絵本も出版されている。

10/14(水)の特別講演会では、彼の詩のいくつかも朗読する予定で、そのために作っているKeynoteのスライドのなかの一部。


「こどもの え」
エクトル・シエラ=作

こどもの え
みたこと ある?
なんか・・・みると
しあわせに なる

いろづかい じょうず
アーティストの ように
そうぞうりょく あふれ
てんさいの ように

たいようの たこあげ?
おもしろい ばめん!
うさぎに とどいた
ひかりの せん

ねこの なわとび?
とても かわいい!
こんな にじに
のって みたい〜

こんな えがおは
なかなか みない
いっしょう かけても
まね できない

しらないの?
この さくひん!
うみだしたのは
いろの しじん

あらっ!この えは なに?
いろが くらい〜!
・・・せんそうの こが
えがいた せかい

これは えんぴつ?
いやっ、ロケットの え
はなびと おもったら
ばくはつの え

ふつうの こ なら
あそびや どうぶつ
この えでは
きょうふが ふつう

えを かいて〜 かいて〜
「ぼく クレヨン ない!」
もって きたよ
あけて ごらん〜

へいわの くにから
もらって きた
たくましい きみに
もってきた

えを かいて〜 かいて〜
かんがえずに
こころの げんしょく
あらわれるように

クレヨン あげたら
"ありがとう" いわない
こどもは かんしゃの
ことば いらない

だって、その ほほえみ
だれも えがけない
その めが いったこと
わすれられない

えを ひとつ だけ
わたしに ちょうだい
へいわの ひとに
みて もらいたい

えを かいて〜 かいて〜
たくさん たくさん
すべての クレヨン
つかって ごらん〜

くらい たいようは
かがやく ように
せんそうの いろが
なくなる ように

うさぎと ねこも
きみと ともに
つぎの ことばが
いえる までに

こどもの え
みたこと ある?
なんか・・・みると
しあわせに なる

10 12, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 10.美術工芸, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年08月31日

四角の上に丸三つ

想田和弘監督の映画『精神』に出てくる精神科医、山本先生は訪問看護ヘルパーたち向けのセミナーでちょっとした課題を出す。

私の言うとおりに紙に描いてください。ただし質問は無しです。
四角を描き、その上に丸を三つバランスよく描いてください。

描いたものをたがいに見せ合ってみると、四角の上辺に丸を並べたもの、四角の中に丸を描いたもの等々実にバラバラだ。

「これが一方通行的なコミュニケーションが生み出す結果なのです。それを避けるにはできるだけ相手に質問してみることです」

「四角」といっても正方形も、長方形も、平行四辺形も、台形もある。「上に」というのはどういう意味か。丸もいろいろ、サイズの問題もある。


麻生が最後に頼らざるをえなかった「保守」の本質は、疑問、懐疑、批判の精神の欠如、あるいは封じ込められた状況。

課題解決が先にありき、ではなく、問題はなんなのか、課題としてどう設定するのが適切かを考えるのは、数学や哲学でもっとも基本とされるが、政治の世界でも同じ。

民主党のマニフェストが、農家補償にしても高速道路無料化にしても、目先のバラマキにしか見えないのは、その底から基本ポリシーが浮かび上がってこないのと、問題をさまざまな角度、視点、関係から検討し、課題を適切に立てて出した政策とはとても思えないから。

このマニフェストの達成を金科玉条としてこれからやってほしくはない。
社会のさまざまな層の人々や在野の専門家らと意見をかわすことを深め、課題と目標、解決プロセスを適切に立て直してもらいたい。

8 31, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年05月16日

人の名も目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり

卒業生のMixi日記で、名付けについての『徒然草』の段(第百十六段)が紹介されていたので、おおそういうところがたしかあったな、と岩波文庫版や講談社学術文庫版を引っぱり出して読む。

1330年代(鎌倉時代末期)に書かれたと推定されているから、もう700年近く前に、名付けに凝ってみたり、見慣れない文字を使う風潮があり、兼好は「いとむつかし」(いとわしい、うっとうしい、見苦しい)と批判している。

橋本治は平安時代の『枕草子』の原文を一字一句、助詞、助動詞にいたるまで逐語的に、現代日本の若い女の子の話し言葉に「訳す」という試み(『桃尻語訳枕草子』)をしたが、『徒然草』も(全段ではないが)『絵本徒然草』(絵・田中靖夫/河出文庫)として、訳と註を書いている。

清少納言の書きあらわしたことばは、いってみれば "完全な古文" "完璧な平安時代語" で、言葉自体は現代の言葉とはだいぶ異質だから分かりにくいけれど、言っている内容はとても分かりやすい。
しかし兼好の文章はそれより約三百年後の ”ちょっと崩れた平安時代語” で、現代の普通の書き言葉にかなり近いものがあり、そのままでけっこう読めてしまうところがあるが、だからといって内容が分かるかというとかなりあやしい、と彼はいう。

逐語訳ではなく、「分かった」ということの解体とその再構成。

「訳」もおもしろいが、「註」が兼好法師の思想、志向と現代とを結びつけ、かつ奔放に拡がって楽しい。

「名前なんぞというのは、シンプルにつけるもんよ。それでなけりゃ、つけられた方が迷惑しちまう。
そのシンプルに "広がり" なり "味" なり "古び" なりをつけて行くのが、そのつけられた側の役目というもんじゃもの。それをそうなる前から奪っちまったら、つけられた側の未来はないというようなもんじゃな。
ワシの書いたものによく出て来る "仁和寺" な。あの寺が出来たのが仁和二年という年じゃったから、それで仁和寺というだけじゃな。ただそれだけの話じゃ。それが立派な寺になるのは、その寺が立派だからじゃ。昭和寺だの平成寺だのというのがどこか薄っぺらだとしたら、それは名前のせいではないな。その寺の努力が足りんという、それだけの話じゃ。実質のない名前は、ただの笑いもんという、それだけの話じゃろが」


過去記事:
名前が読めない(2009/04/19)
「人名用漢字」(2004/07/23)

5 16, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年05月05日

活版凸凹フェスタ2009(11日まで)

昨年に続いて第2回となる活字組版・活版印刷に関わるフェスティバル。
さまざまな作品展示やミニワークショップ。

活版凸凹フェスタ2009(主催:朗文堂 アダナ・プレス倶楽部)

5 5, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年04月19日

名前が読めない

卒業生どうしカップルと生後一ヶ月の女の子。
もみじの若葉のような手と母似のぱっちりした目が可愛い。
「存」という字で「ある」ちゃん。
「存」という漢字には「ある」という読みがちゃんとあり、存在、生存、共存に通じていい名だ。


最近授業の出欠をとるとき、漢字だけ見ていたのでは読みや性別がわからない名前が多い。

今の私の授業クラスにも、たとえば「樹生」で「みのり」(男)、「思夢」で「ことむ」(女)など。
漢字で覚えると読みが思い出せず、読みから覚えると漢字が浮かばない。


週刊文春に「先生が名前を呼べない子供たち」という記事が出ていた。小中学校や小児科医などに取材している。

最近多くなった読めない名前の傾向はー

音の響きやイメージに無理に当て字をする。しかも元の漢字の音、訓の慣用とはかけ離れている。
「愛声」で「あのん」(女)、「心望音」で「みくり」(男)…。

育児情報誌「たまひよ」などが「国際的に通用するような名を」とか「できるだけ個性的で目立つ名を」などとあおる。

女子の名としてナベ、カマやスエ、トメ(これで子供は終わり)などが普通だった明治時代に、ドイツ留学帰りの森林太郎(鷗外)は娘に茉莉、息子に於菟や類など、マリー、オットー、ルイなどに通じる西洋風な名を付けた。
しかし、聖書に出てくる「ルカ」や「ノア」はむろん男子名だが、日本では女子名に使われ、女子名「ケイト」が男に使われたりする滅茶苦茶さで「国際的に通用」するか?
「天使」を「ミカエル」と読ませるのはあんまりだ(これじゃガブリエルという読みだってできる)。

万葉仮名風の一音一漢字のものも多い。
「樹里亜菜(ジュリアナ)」はお立ち台世代がママ? 「阿羅紫(あらし)」は元暴走族か格闘技好き系?

キャラクター、アニメ系も増えている。
「剣」で「ぶれいど」、「清文」で「セブン」、「宙夢」で「ラム」、「星鈴」で「きらり」、「美衣」で「ミニー」だそうで唖然とする。

ひらがな、カタカナの名は問題ない。
しかし、漢字がからんだとたんに無秩序になる。
人名に使える漢字は、たびたび問題になるが制限されている。しかし読み方に関する戸籍法の規定がないので、なんでもありになる状況なのだ。

なんでもありはいいだろう。しかし、名前は生涯にわたってその人に付いてまわる社会的なアイデンティファイの記し。
かわいい、個性的、目立てばいい、話の種になる、などと付けられた名前のおかげで、自己紹介するたびに説明責任を一生負わされる子どもの立場も考えた方がいい。

「英雄(ひいろ)」「強音(ふぉるて)」「美海(まりん)」「沙風(さあふぁ)」「強運(らっきぃ)」などという名をそのうち出欠でとらなくてはならないのか。

4 19, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年04月05日

普段と変わらない生活を?

きのうBSのNHKを付けていたら、「ヒショータイ」などという聞き慣れないことばが耳に入ってきて画面は見ていないので一瞬なんのことかわからない。

NHK政治部員というのが、政府も自治体も万全の体制をとっているので、国民の皆さんは平静を保ち普段と変わらない生活をしてほしい、などということを言っており、ちょっと唖然として仕事の手を止める。

この物言い、立ち位置はもう戦時中の国策報道、大本営発表の垂れ流しと本質的に同じではないか。

その後すぐに今度は「ゴタンチ」などとまた耳で聞いているだけではすぐには分からないことば(戦前からの流れを汲む軍隊用語だろう)を繰り返している(これは後になって探知ミスではなく、情報の確認、判断、伝達ミスとわかる)。

しかし政府や防衛省の失態などとあげつらって、もっとしっかりしろなどと言っているうちに、「ミサイル防衛網」だの海外派兵などがなし崩しに拡大し、国民は慣らされていく。

4 5, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年03月16日

「雑穀」考-2 「雑穀」という名

急性胃炎をきっかけにして、玄米と「雑穀」を主食とする食生活に切り替えた。

で、「雑穀」について少しずつ調べている。

現在の世界での主要な穀物は、麦(小麦、ライ麦、大麦)、稲、トウモロコシ。
しかし、ほとんどこれらのみに中心的に依存した食生活というのは、歴史的にみればごく最近になってのことにすぎず、人々はもっと多様な穀物を栽培し、利用した生活をおくってきた、と『雑穀のきた道ーユーラシア民族植物誌から』(NHKブックス)で阪本寧男氏は述べている。

日本で「雑穀」といわれるのはアワ、キビ、ヒエなどだが、ここでは名称の話。

「雑穀」という日本語の呼称はいつどのように生まれたのだろうか?
大槻文彦『言海』(明治22年刊・昭和6年628刷)には出てこない。
その後の農林関係お役所の分類用語か?

日本ではアワはアワであり、キビはキビ、ヒエはヒエ。
これらの総称は「五穀豊穣」の「穀物」ではあっても「雑穀」などという呼び方はもともとなかっただろう。

英語では、これらの「雑穀」を "millet"と総称する。
総称が先にありきで、アワは "foxtail millet"、キビは "common millet"、ヒエは "barnyard millet" と "millet" とそれを形容することばで名となる。

麦に関しては、日本では逆で、「麦」という総称があり、それを「小」麦、「大」麦、「ライ」麦などに分ける。
英語では、小麦は "wheat"、大麦は "barley"、ライ麦は "rye" とそれぞれ固有の名称がある。

「東アジアでは雑穀類がムギ類よりもその栽培の歴史が古く、逆にヨーロッパにおいては、ムギ類が雑穀類よりもその歴史が古く重要なものであったことを示唆する」(同上書)。

3 16, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年03月02日

Final Edition -ある新聞の終焉

アメリカの新聞はどこもネット時代の新聞離れと広告収入激減で存亡の危機にある。
全国紙「New York Times」をはじめ、「San Francisico Chronicle」のような地方名門紙も同様。

メディア・パブの記事で、アメリカ中部、コロラド州デンバーの150年の歴史を持つ老舗地元紙「Rocky Mountain News」の廃刊を知る。

このサイトの新聞廃刊をめぐる22分ほどのムービーが素晴らしい。
スタッフや愛読者の愛着と無念の想いが伝わってきて見ていて思わず涙した。

フランスでは学生に一年間無料で新聞を供与するなどしているようだが、私の教えている大学生をみても(まあ美大ということもあるが)、自腹で新聞を購読しているものなどほとんどいない。

日本の新聞も遠からず同じ運命にあるのだが、大新聞社首脳は「世界一の発行部数」などにあぐらをかき、たかをくくっていて、危機意識はたぶん薄い。

3 2, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年02月24日

「ショーン」という名から

『MILK(ミルク)』オフィシャルサイトより


米アカデミー賞主演男優賞に『Milk』のショーン・ペン(Sean Justin Penn)が選ばれたのを見ていて、「ショーン」という名前から思い起こしたこと。

彼の祖父母はリトアニア及びロシアからのユダヤ人、母はイタリア人及びアイルランド人の、父はスペイン人の血を引いているという。
まあ、アメリカ人といってもこの程度には複雑なハイブリッドがけっこう普通なのだ。


「ショーン(Sean)」はアイルランド系の名。
ショーン・コネリーももちろん。

イギリスでは「ジョン(John)」。
ジョン・ブル(John Bull)は雄牛のように頑固で無愛想なイギリス人のこと。

同じゲルマン系では、ドイツでは「ヨハネス(Johannes)」。
略称「ヨハン(Johann)」あるいは「ハンス(Hans)」。
ヨハン・シュトラウス。

ロシアでは「イワン(Ivan)」。イワン雷帝、イワンの馬鹿。
ハンスもイワンもドイツ系、ロシア系を指す代名詞になっている。

オランダ、ポーランド、チェコ、デンマークなどでは「ヤン(Jan)」。
ヤン・フェルメール、ヤン・チヒョルト。
新世界アメリカ・ニューイングランドに入植したオランダ人をイギリス人がからかって「ヤンキー(Yankee)」と呼んだのが、その後広がり、20世紀後半からは「Yankee Go Home !」と世界中から嫌われるアメリカ人全体の俗称になった。

ラテン系諸国にいくと、フランスでは「ジャン(Jean)」。ジャン・コクトー。
イタリアでは「ジョバンニ(Giovanni )」。ジョバンニ・ベリーニ。
ポルトガルでは「ジョアン(Joao)」。
スペイン(ラテン・アメリカスペイン語圏)では「ファン(Juan)」。ファン・ルルフォ。

コーランで預言者のひとりとされるのは「ヤフヤー(Yahya)」。


で、これらはすべて古代パレスチナ周辺の地の民の名「ヨハネ(Johannes)」が元になっている。

ヘブライ語で「神(エホバ=Jehovah)は慈悲に満ち恵み深い」というような意味。

イエスの洗礼者でもあり、十二使徒のひとりでもあり、「新約聖書」の「ヨハネ福音書」「ヨハネの手紙」「ヨハネの黙示録」(これらは同一のヨハネという人物によるものとは考えられていないが)があり、キリスト教のヨーロッパへの布教拡大とともに代表的な男子名となった。


世界はこのくらい名前でもつながっている。

2 24, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年02月20日

『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー6

写真は『BLACK PANTHER - The Revolutionary Art of EMORY DOUGLAS』より

「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。…万物は言によって成った。成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった。言のうちに命があった。」(ヨハネ福音書)


ことばの重要性

「デザイン学科に入ってくる若い人のなかで、ことばと文字の表現の重要性に気づいている人は少ない、というかほとんどいないね。」

ー 具体的にどんなことでしょう?

「高校の美術部や美大向け予備校では、どうしても色彩構成とかイラストレーションとかデッサンが中心になり、グラフィックデザインやビジュアルデザインのなかでは、ほんの少しの例外を除いて、ことばと文字表現(タイポグラフィ)がいかに死活的な役割を果たしているかは学ばない。」

「ロートレックの絵が、文字情報を含むことによって、それまでの絵画ではなく近代のデザインポスターになったことの歴史的意義やデザイン史的意味はちゃんと教えて欲しいね。」

ー ふむふむ。

「だから私がずっと新入生向けに受け持っている、今は《イメージと文字》と呼んでいる授業ではそのことを少しでも分かってほしいというのがかなり中心。
ポスター一枚にしても、ビジュアル、グラフィック面で九十パーセント成功していても、ことばと文字・タイポグラフィが適切でなければデザイン的に失敗なのだということを徹底的に指摘する。」

ー ああ、確かに美大に来る前に石膏とか静物デッサンを山ほどやってきた学生はいても、そういう文字の扱い方には慣れていないかもしれませんね。

「しかし、タイポグラフィ以前の《ことば》の問題は、単にことばについてのセンスやボキャブラリーというレベルの話ではなく、テーマについての思考、考察がどこまで深く届いているか、に関わるのでもっと難しい。」

「単に気の利いたキャッチフレーズを思いつくというような問題ではなく、対象やコンセプトとの関係に基づいた言語的営為だからね。」

ー 視覚化だけじゃなく言語化も必要なんですね。

「《ことばでのプレゼンテーション》を重視する向きも、あれこれ能書きを言わず制作物で勝負すべきという向きもあるよね。」

ー はい。

「それは場合によるだろうけれど、私は、一流のデザイナー、クリエイターは、自分の制作作品を、必要であればきちんとことばで説明、プレゼンテーションでき、また他の人の作品もことばで批評することができる、ということの方に組するね。」

ー 私はあまりイメージを言葉にするのは得意ではないですが、本当に理解するということは言葉にして言えることなのだと聞いたことがあります。

「そこで述べられるのは《好き》とか《嫌い》とかいうレベルの話ではなく、またビジュアル的・イメージ的な話だけではなく、ことば(われわれの多くの場合日本語)で考え抜いているからそれが可能だろうと思う。 」

ー インプットした情報を言葉にせよイメージにせよ、アウトプットするという行為自体、デザインなのかもしれませんね。そうおっしゃっている高味先生の言葉には説得力があります。私も精進します(笑)
ありがとうざいました。

2 20, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー5

『本と活字の歴史事典』(印刷史研究会編・柏書房)より


Adana-21J

「デザイン学科にAdana-21J という小型活版印刷機と活字を導入して、ワークショップや私の《イメージと文字》授業に組み入れている。」

ー はい。ワークショップには私も参加させていただきました。

「このコンピュータ時代になぜそういうことをするのか?」

ー なぜでしょう?

「別に印刷関係に限らず、どんな技術体系だって歴史的な工夫の積み重ねや発明・発見や人々の了解の上に今の技術があるわけ。当然だよね。コンピュータの最先端ソフトウェアは先達たちの、まあいわばアナログ時代のノウハウの蓄積、工夫の結晶を取り入れてできている。」

ー そうですね。

「現在のソフトウェアはそれらの積み重ねられた熟練やセオリーのノウハウをバーチャルにコンピュータ上に実現しているもの。」

「しかしそうしたノウハウが産み出された、あるいは工夫のプロセスを知らないままその《果実》だけを無自覚に利用するとどういうことになるか?」

「Illustrator であれInDesign であれ、ほとんどデフォルトでそれなりの文書表現を作ってくれてしまう。それでできたものを、タイポグラフィの観点から、あるいは編集レイアウトデザイン的な観点からクリティークしろといったら、学生たちはたぶん意見を述べる上でほとんど何も持ち合わせる根拠も経験も知見もないだろうね。」

ー はい。今の便利な環境下で育ってきた人達は普通知らないですよね。

「ソフトウェアが初期的に最適として作ってくれてしまっていることにそもそも気づかない。それではだめだと思う。」

ー 知る機会があればいいとは思うんですけど…。

「昔の、活字活版時代のことをすべて後追い経験する必要はもちろんない。《身体性の回復》とか《アナログの復権》とかの流行を追う(というか創る)、今これが新しい、が売りのデザイン雑誌的キャッチフレーズに追随する必要もない。」

ー 今の人達も単に懐古趣味とか奇をてらった発想とか、そういう解釈はたぶんイヤでしょうね。

「活字組版・活版印刷そのものは産業的にはもう過去のものであるのは確か。」
「美術工芸品的に一部生き残り良質な小品を残す路もあり、その路に進む人が出ることを否定はしないしおおいにやってほしい。」

ー そういう考え方や生き方も立派だと思います。

「けれど、活字をひとつずつ拾い(ここでは日本語で使用する文字に対する知識、知見が問われる)、並べ、印刷上には現れないような字間、行間を整え、版面を作り、コンピュータ画面上のプリントボタンをクリックすればプリンターから出力されてくるのとは違う、自分自身による印圧調整や紙への力加減等を実際に自覚的に経験するかどうかは、その後のさまざまなことに対する傾注力、注意力、観察力、そして思考力に決定的な違いをもたらすだろうと思う。」

ー そうですね、どんなキッカケにせよ体験的に得ることは大きいかもしれません。

「そして、まだAdana-21J のような形でその一端を経験できる環境があるならば、できるかぎり多くのこれからのデザイナーの卵たちに経験し、感じ、考えてもらう機会にしたい、というのが私の考え。 」

ー それこそ《環境》があるのなら、活用した方がいいですよね。私もAdana-21J に触れて良かったと思います。

2 20, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年02月19日

『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー4

ガリ版(謄写版)−2

「謄写版というのは印刷機、ヤスリ、原紙、鉄筆、インキ一式でも手で持ち運べる。コンピュータ機器のように電気がなければただの箱と違い、密林、砂漠、山奥のような所でも使える(現在でもアジア、アフリカなどで使われておりラオスなどでは《トーシャバン》で通用する)。
中国、台湾、日本など何千という漢字を扱う文字圏でも手描きだから自由。これってDTP(デスクトップ・パブリッシング)の元祖だよね。」

ー 確かに!

「別の面、産業・技術史的にみると、文字│印刷の世界も、産業資本主義、大量生産・大量消費の過程のなかで、徹底的に分業化、専門化されて、モノを作っている人間にとって全体像と制作プロセスと最終成果物は疎遠なものになってしまった。」

ー うーん。便利なような不便なような。

「デザイナーは《この部分ヤヤ詰め》などと指定すれば熟練写植オペレーターが調整し、写真全体にもっとコントラストをとかここもっと青くとかいえば、レタッチャー(私ももともとそのプロ)が手を加え、という具合だった。」

「DTP は、このプロセスで失われてしまったクリエイター(職人とかクラフツマンとかいってもいい)のトータリティ、ガリ版の持っていたトータリティの可能性を改めて新しい次元で取り戻し、再創出する環境であり機会だと私は思う。」

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『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー3

ガリ版(謄写版)−1

「《ガリ版》という製版・印刷システムを知ってる?」

ー いえ、呼称を聞いたことくらいしか無いです。

「今の学生の親世代でももう知らないかもしれないね。でもおバカな《ことえり》でもちゃんと変換するなぁ。」

ー 現役生の親世代は知らないかもですね。私の親は知っていたようですが(笑)…それは置いといて続けて下さい。

「私が好きな漫画家・高野文子の『美しき町』(『棒がいっぽん』マガジンハウス所収)に、昭和三十年代の郊外工場労働者が社宅でビラをガリ版で作る印象的な情景がある。」

「《ガリ版》は活字組版・活版印刷│写植・電算写植│コンピュータ組版(オフセット印刷)というメインの印刷史の流れのなかではほとんど出てこないけれど、印刷・情報メディア史のなかでとても重要な意義をもっていると思うし、私個人の文字、組版、印刷、編集デザインとの関わりのなかでも原点なんだ。
正式には謄写版印刷といってシルクスクリーンなどと同じ孔版印刷の仲間。
一時流行った年賀状の《プリントゴッコ》ははがきサイズの謄写版だよ。」

ー あ、プリントゴッコと聞けばグッと身近な感じがしますね。

「十九世紀末、あのトマス・エジソンが原型を発明し、日本の堀井新治郎という人が改良し、コピー機が出回る一九七〇年代くらいまでは、学校のテスト、副教材、お知らせ、役所の文書などをはじめ、けっこう最近までラジオやテレビ、芝居や映画の台本など幅広く使われた。」

ー そうだったんですか。

「溝が刻まれたヤスリの上に和紙に臘(ろう)などを塗った原紙を置き、鉄筆で文字を書く、というか刻む。この時《ガリガリ》という音がたつので通称《ガリ版》。」

ー ベタなネーミングですね(笑)。

「この作業を《ガリ切り》というんだけれど、小学生時代からやっていた私は若い頃この道のプロで、ずいぶん仕事や講習会の講師などもやったね。
ついでながら宮澤賢治も上京時、ガリ切りの仕事をしていた。」

ー 専門的な仕事だったんですね。

「ヤスリ盤には溝の角度や疎密にさまざまな種類があり、鉄筆の先も細かい文字用から広範囲のツブシ用までいろいろ。原紙も各種方眼目や原稿用紙目など用途によって使い分ける。」

ー 鉄筆ということは、手描きなんですね。

「で、小学生のころは勝手な字体やレイアウトで学級通信など作っていたけれど、中学時代になると大人の作った色々なものを見て、書体の違いやレイアウトということを意識し始めた。
バッテン型の溝のヤスリはフリーな書き文字体に適するが、水平垂直溝のものだとゴシック体が比較的楽に描ける。」

ー 楽って…手で描くのは大変そうですけども。

「見出し文字は本文とはまた別で、書体事典や書道事典を見ながら太明朝を描いたりした。
変わったところでは、宋朝体用の右肩上がり角度のついたヤスリと文字用の枠が縦長になっている原紙があって中学生の頃からけっこう好きで宋朝体で詩集など作っていた。

ガリ版は私にとって、現在につながるタイポグラフィへの関心の原点なのだけれど、一方で文章ライティングと編集デザインの原点でもあるんだ。」

ー ライティングとデザインが?

「なぜかというと、小学生時代の学級新聞でも中学生時代の自主制作物でも、企画、取材からライティング、編集、デザイン・レイアウト、見出し付けからちょっとしたイラスト、ガリ切り、印刷、配布ないし展示までひとりでやっているわけ。」

ー 一人で何役もこなしてたんですね。今ではデザイナーでさえ手描き文字を入れることは少ないのに。

「当時どんなに内容的表現的デザイン的に稚拙であれ、このトータリティを持ったプロセスを好きでやった、好きにやれた、あるいはそれを可能にしてくれたガリ版というメディア環境が今の私を形作っていると思う。」

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『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー2

読む、書く、伝えるの原体験

「私の場合、文字や言葉や印刷、メディアということへの関心をずっと持ち続けているということのバックグラウンドは、やはり子どもの頃から本や新聞を読むのが好き、日記や文章を書くのが好き、ガリ版(後述)で新聞やビラや小冊子を作るのが好きだったということだと思う。

昨年《ネットワーク》という授業の課題のなかでウェブに関する啓蒙的な(技術的なものではない) 新書本(『ウェブ時代をゆくーいかに働き、いかに学ぶか』梅田望夫/著 ちくま新書 )を一冊読ませたのだけれど、新書本を読むのは初めてで、電車の中で読んでいたらビジネスマンになったような気がした、という感想があり、いくら若い人の《活字離れ》が進んでいるとはいえ、ここまできているのかと愕然としたなぁ。

ふだん新聞も本もほとんど読まず、コミックとビジュアル的な雑誌とウェブくらいしか見ないという生活のなかから、文字のことをまともに学んでいこうというような志向や感性が出てくるだろうか?」

ー うーん。さすがにそれはキビシイ傾向かもしれません。

「出てくるとしても単にビジュアル的におもしろい文字使い程度ではないかな。」

ー …活字というよりはビジュアル要素として。

「もちろんきっかけとしてはそれでもいいのだけれど、新奇な使い捨てデザインにとどまらず、時代や文化と切り結ぶためには、始めに話したような視点や関係をちゃんと本を読んで調べたり、考えたり、分け入っていかなくては…。」

ー 興味の対象が無いとなかなか難しいですね。

「私は学生の頃、社会思想史を専門に学んでいたけれど、なにかひとつのテーマに取り組もうとしたら、そのテーマについての啓蒙書、専門書と周辺で関連することを扱った本を少なくとも本棚一段分くらいは読んで考察せよ、と言われたもの。
啓蒙新書本一冊読むのに十日間もかかるような、つまりまとまった文章を読む習慣を身につけていない今の学生に対してとてもこういうことは言えないね(笑)。」

ー ある意味情報が溢れすぎていて調査する必要性が無いのかもしれません。

「どこの大学でも、学生のレポートがウィキペディアの切り貼りだらけで、それを判定するための教員用ソフトがあるなどと冗談のような話があるね(笑)。」

ー ははは(笑)(まずいなー。私も引用することあったりして・汗)

「しかし本を読んで考える、さらにはその結果を文章にまとめるということと、ウェブで《情報を検索》して必要な《情報結果を得る》、それを切り貼りしてレポートを作るというのは、リテラシーや知的営為として全然違うことだよね。
《検索結果》は見えているけれど、それはあくまできっかけに過ぎないとはまったく思わず《思考》は停止している、あるいは発動されないまま。」

ー そうですね。頭の中でまとめる行為が抜け落ちているかもしれません。

「ちょっと脱線したけれど、文字をきっかけにタイポグラフィ、印刷デザインや情報メディアにつながって考えて行く場合も、ことば、言語、コミュニケーション・デザインに拡げていく場合も、やはり関連する書籍をきちんと読み、少しずつでいいから自分のなかで知見を関係付けていく努力が絶対に必要だと思う。」

ー はい。

「美大ではよく考えてばかりいないで手を動かせ、と言うけれど、私はそうは思わない。
《考えてばかり》というが、単に狭い自分のなかで悩んでいるだけで《ちゃんと考えていない》こと、《ちゃんと考える》ための素材、知見があまりに貧弱なことが問題。」

ー 確かに。自分の中に料理する素材がなければ作れないです。

「手を動かし、そのなかから発見していくことはもちろん重要だけれど、手だけ動かしていても拡がりや深まりの面で必ず行き詰まるよ。 」

ー 脳も体の一部ですし、体を動かすという意味では、自分の体を総合的に使わないとバランスが悪いかもしれませんね。

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『Type 文字をめぐって』(山崎祐三子・編)よりー1

2月15日に紹介したデザイン学科4年生、山崎祐三子さん制作『Type 文字をめぐって』所収の私の部分を6回に分けて掲載します(インタビューアーは山崎さん)。


ひとくちに文字といえども

ー高味先生は以前、印刷関係のお仕事のご経験があるとうかがっておりますが、何かその周辺で興味深いお話などありましたら教えて下さい。
文字、活字に関することなど何でもお話していただければと思います。

「文字・活字・タイポグラフィの話が中心になると思うけれど、これは実はとても多岐にわたるテーマだよね。」

ーそうですよね。

「ひとつの方向は、文字というものはもちろん言葉と切り離しては考えられないからさまざまな言語(日本語もそのひとつ)との関係、言語論や言語コミュニケーションの文化、歴史のなかでみていかなければならない。」

ーはい。

「もうひとつは、文字から印刷用の活字、組版、印刷へという道筋で、各種の印刷用活字、活字活版印刷、写植、コンピュータ組版、そして印刷だけではない、ウェブも含めた多様な情報メディアと技術史、コミュニケーション・デザインのなかで文字の問題をとらえていく方向。
どのような視点から考えようとしても、歴史、文化、世界、技術等々、文字通りタテ、ヨコ、ナナメの関係を見ていかねばならないね。」

ーはい、あまりにも複雑でつかみ所がないというか。

「文字というものに何かのきっかけで興味をもった若いひとや、デザインを志すなかで、文字の重要性に気がつき、勉強せねばと思っている学生たちにまず伝えたいのは、それだけ奥行きと拡がりをもった難しいテーマであること、けれど学べば学ぶほど自分にとっての新しい発見があり、実におもしろい取り組み甲斐のあるテーマであること。」

ーそう言っていただけると、あまり難しく考えなくてもいいのかな? と思えますね。

「文字やタイポグラフィに興味を持つ、というのはいろいろなきっかけやルートがあるだろうし、人それぞれでいいと思う。」
「さて、どれだけ話が拡がるか深まるかはわからないけれど、少しでも若い人のためのガイドやアドバイズになることを願いながら、私の経験に即して話してみるね。」

ーぜひお願いします!

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2009年02月15日

『Type 文字をめぐって』山崎祐三子

山崎祐三子さんが、卒業制作最終審査後に自主制作した、『Type 文字をめぐって』。

一ヶ月ほどの間に山崎さんがインタビューした松田行正、佐藤直樹、白井敬尚、千原航、山田和寛、各氏の文字に関わる発言が124ページの小冊子にまとめられている。

私も参画、インタビュー記事掲載。

一部¥500、ぜひお買い求めください(1-203)。

2 15, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年01月09日

われわれはまだ生きている。来るべきわれらの思考の誕生にふさわしいささやかなものだけを携えて。鳥となって、自分の無から存在を引っ摑む。

2002年4月、軍事封鎖されたパレスチナ自治区に食料運輸の許可を出すよう求めるデモで、イスラエル兵に対しVサインを長時間かかげて抗議するパレスチナ女性(写真:広河隆一)


パレスチナ生まれの代表的詩人、マフムード・ダルウィーシュ(Mahmud Darwish 1942〜)の詩、『壁に描く』(マフムード・ダルウィーシュ 訳:四方田犬彦 書肆山田)よりー


わたしはある日、なりたいものとなる。

わたしはある日、鳥となって、自分の無から存在を引っ摑む。

わたしはある日、なりたいものとなる。

わたしはある日、詩人となる。水はわが眼力しだいだ。
わたしの言語は隠喩となる。

わたしは語らない。場所を仄めかさない。
場所はわが罪、わがアリバイだ。
わたしはそこから来る。
わたしの「ここ」は足取りから想像力へと跳ぶ。
わたしとはわたしであったものだ。わたしがなるものだ。
膨張する無限の空間によって創造され、破壊され。


わたしはある日、なりたいものとなる。

わたしはある日、葡萄の樹となる。
これから先、夏はわたしを絞るがいい。
甘やかな場所のシャンデリアの下をゆく者は、わたしを呑むがいい。
わたしは伝言であり、それを運ぶ使者、
短い住所であり、音信である。

われらはある日、なりたいものとなる。

旅はまだ始まっていなかった、道は終わっていなかった。
賢者たちはまだ亡命の地に達していなかった。
亡命した男たちはまだ叡智に達していなかった。
花といえば、われらはアネモネしか知らない。
だから一番高い壁画へ行こう。

われらは剣とミズマールのうちに、無花果とサボテンの間に生まれた。
死はゆるやかにして明確だった。
死は河口を渡る者たちの休戦合意だった。
殺す者は殺される者に耳を傾けない。
殉教者は遺言を語らない。


『越境する世界文学』(河出書房新社・1992)より
ー「私たちのまわりで大地は狭まる」

最後の辺境も果てた後に私たちはどこに行けばいいのか、
最後の空も尽きた後に鳥たちはどこを飛べばよいのか。

1 9, 2009 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年12月06日

「オ"バ"マ」はなぜ「"オ"バマ」になっているのか?

林望先生の『日本語は死にかかっている』(NTT出版)は示唆に富み共感するところも多いのだが、そのなかに「下品なアクセント」という項があり、「近頃は、何でも尻上がりに発音する、いわゆるおっつけ型アクセントになっている」とある。

例として、昔は「ター」と言っていたのが「ギター」になり、「ラム」は「ドラム」、「ラマ」は「ドラマ」になりという具合。

アクセント、あるいはイントネーションは、どの言語でも時代のなかで変化していくことは林望先生ももちろん認めている。

しかし、ギターもドラムもドラマも今の方が元の英語のアクセントに近いという面もあり、『ギターを持った渡り鳥』(小林旭主演・1959)ではたしかに様にならないが、日本では昔はこうではなかった、正しくはこうだと若者に「ちゃんと言い続ける責務がある」というのは(あげた例がよくないせいなのかもしれないが)少し筋違いで林望先生と同世代の私からみても説得力がない。


で、その「尻上がりに発音する」「おっつけ型アクセント」の近頃の傾向に反する「バマ」はなんなのだろう。
アメリカのニュースの音声を聴いていれば「オバァマ」(低-高-低)であるのは明らかであるのに、日本のマスコミ(TV)ではなぜ「バマ」(高-中-低)になったのか。
便乗している「小浜市」とか「小浜温泉」とか言うときの「オバマ」(低-中-中)の方がまだ近い。

「低-高-低」が日本人には発音しにくい、などということはないだろう。
そもそも「日本」が、「ニン」であり、かすかではあれ「低-高-低(ないし中)」だ。「ホン」だったら「二本」になってしまう。

なぜオマがバマになったのか、そしてどうしてそのままになっているのか、TV業界の方、教えて。

12 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

『大辞林』/iPhone-物書堂さんへ再度エール

辞書、事典というのは必要に応じて何かを調べるためひもとくだけのものではない。
書籍版であればパラパラとめくりながら、ふと目をとめた項目を読み、関心のおもむくままに拾い読み、関連することをたどり、たまたま同じページにあったたために読んでしまって興味をおぼえるというような楽しさがある。

IPhone用辞書はかなり充実してきたのだが、ほとんどみな、何を検索するのかの画面になり、調べることが決まっている場合、データはその先に確かにつまっているのだろうが、こうした知的楽しみや拡がりへの配慮は決定的に欠けていた。

まあユーザーインターフェイスの設計段階で、辞書、事典というものを、あるいはもっと拡げていえば、書籍・文献というものを、コンピュータで「検索」して「結果」が出ればいい「情報処理のツール」「データベース」としてしか捉えていないからだ。

応援する物書堂さんが5日にリリースした『大辞林』はインデックスを「すべて」「五十音順」「人名」「地名」などからブラウズすることができ、辞書、事典の中をいわば「渉猟する楽しみ」への路を開いたことで画期的。

説明文中の関連する読みたい言葉を指でなぞればそこへジャンプする。
読みやすいヒラギノ明朝の縦組みでピンチ操作で拡大表示も可。


物書堂

過去記事:
アプリ満杯/iPhone
『デジタル大辞泉』と『広辞苑第六版』/ iPhone
物書堂(ものかきどう)さんへエール
手の平の外国語辞書/iPhone

12 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年12月03日

アプリ満杯/iPhone

iPhone用、研究社『新英和中辞典・新和英中辞典』がリリースされたのに続き、ひそかに応援している物書堂から『プチ・ロワイヤル仏和・和仏辞典』が出て嬉しい。
英仏・仏仏はいくつか入れてあるのだが、仏和・和仏は初めて。
本家『ロワイヤル』もそのうち是非。

はいいのだが、iPhoneは今のところ電話、メール、Safari、iPodの4つのデフォルトの他に16x9面=144個までしかアプリは入れられない(正確にはダウンロード時用に1個スペースが必要なようなので143個)。
メモリはあと5G程度あるのだがアプリ数はすでに満杯。
アップデートで増やせるようになるのだろうか?

iPhoneアプリは年内にも1万を超えそうで、何かを入れるたびに削らなくてはならない。
ITunes側でファイルとしては残せるとしても、同期が煩雑(”ひんぱん”ではなく”はんざつ”です)。


過去記事:
『デジタル大辞泉』と『広辞苑第六版』/ iPhone
物書堂(ものかきどう)さんへエール
手の平の外国語辞書/iPhone

12 3, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年11月24日

『デジタル大辞泉』と『広辞苑第六版』/ iPhone

言葉や事物についてきちんと調べたり考えたりしようとしたら、ネットでちょこっと検索して分かったつもりになってはならないし、また一冊の辞書にたよるということもありえない。

「権威ある」とされるものでも疑ってかかる必要があり、そもそも完璧な辞書などない。
だから複数の大辞典・事典は必ず常備せざるをえなかった。

この一週間で、iPhone / iPod touch用『デジタル大辞泉』と『広辞苑第六版』がリリース。

どちらも日本語辞典であり小百科事典でもある。

物書堂からは『大辞林』が発売予定で楽しみ。


過去記事:
物書堂(ものかきどう)さんへエール
手の平の外国語辞書/iPhone

11 24, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年11月21日

誤報のおわびの表現と校正・校閲

毎日新聞が11月19日朝刊で、元厚生事務次官宅が相次いで襲われたことに関して「ネットに犯行示唆?」という誤報を掲載した。
ネット上の「ウィキペディア」に犯行前に、暗殺という書き込みがあったというもの。

「ウィキペディア」の更新日時はデフォルトでは「協定世界時(UTC)」という時刻で表示される。
日本標準時(JST)はこの協定世界時より「9時間進んでいる」
で、「+0900(JST)」のように表記される。

ところが、毎日新聞のお詫びでも、それを報じた産経等のニュースでも「日本標準時よりも9時間遅い”協定世界時”で判断したのが間違い」と述べられている。
「遅い」という表現で、この誤報の原因が伝わるのだろうか?

そもそもの誤報を含め、一昔前の大新聞社だったら絶対チェックが入ったと思う。
あきらかに校正・校閲部門の弱体化が進んでいる。

外注・下請けにまかせている日本の新聞社のウェブサイトの校正・校閲のお粗末さはまた別に記す。


『週刊文春』11/20号のエッセイ「福岡ハカセのパラレルターンパラドックス」に『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一/講談社現代新書)の校正プロセスのエピソードが記され、ふだん普通の人は知るよしもない校正・校閲者の世界が活写されているので記しておく。

筆者が初めてニューヨークで研究生活を始めたとき、観光船に乗り次々と現れるマンハッタンの偉容をノルタルチックにふりかえる場面の文章。

ゲラ刷にバーンとマンハッタンの地図のコピーが貼られ、文中ふれたビルの位置がマークされている。
「見える順番が違います」という校正者のメモ。

新聞社、出版社の校正・校閲者というのは、単に表記上の間違いなどを見ているわけではない。
表には絶対に出てこないが、「広辞苑の間違いを見つけるのが無上のヨロコビ」だというような驚くべき博識な人たちであり、また「調べるすべ」を知っている人たちだ。

彼ら・彼女らを特徴づけているのはその視点である。さらにいえばその視点の深度にある。校正者さんは、執筆者のように自己陶酔していない。編集者のように社交的でもない。読者代表でありながら、ストーリーに没入することを自ら禁じ、かといって表層的な書き間違いや表記の不統一だけを探しているわけでもない。深すぎず・浅すぎず、一定の深度を保ちつつ、水中のタナをスキャンして魚を探る熟達の釣師のような存在なのだ。
書き手、編集者、校正者。この間のてまひまが活字というものを支えているのである。

11 21, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年11月19日

麻生首相と漢字テスト比べどう?-2

前回の麻生首相と漢字テスト比べどう?で出てきたものを含めて再度、麻生首相と漢字テスト比べ。

行きつけの上野毛「味喜」で、高卒、現専門学校生、22歳のフツーの女の子Aちゃんに聞いてみた。
9問中6問正解。

はい、上記で正しい読みはひとつもありません。

しかし「ふしゅう」という読みはすごいね。
「村山談話を踏襲(とうしゅう)」は歴代の首相や官房長官がくどいほど(無内容にだが)繰り返してきた言葉だよ。

「踏む(ふむ)」からきてるのか。
質問した社民党福島党首がこの答弁の意味を理解できかね(当たり前です)、「村山談話」は「腐臭」をはなっていると言っているのかとか頭の中で「?」が渦巻いたことが察しられる。

「ようさい」は「羊」が入っているからか。なにか漢字についての想像力が膨らむ。

「有」をすべて「ゆう」と読むと、「有事」「有識者」あたりはいいとして、これまで出てきていないが「希有(けう)」などは麻生的には当然「けゆう」とか「きゆう」となるんだろう。
「それは杞憂(きゆう)な例にすぎません」などと答弁されたら、ちょっと思考が止まる。
「天地有情(うじょう)」は「友情」となって、まったく違うストーリー展開になる。

物見遊山(ものみゆさん)は政治家やお役人の税金を使っての視察旅行のこと(違います)だが、「ものみゆうざん」といわれると、「美味しんぼ」の「海原雄山」のような重々しい趣きがあってよい。


しかし、国会の正式議事録には書記が苦労して推測したり元原稿と照らし合わせたりして正しく表記されているようです。


日本の未来はうぉぅうぉぅうぉぅうぉぅ…

11 19, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(2) | トラックバック(0)

2008年11月16日

iPhoneでの読書のかたちのひとつ

iPhone用アプリ「Classics」をダウンロードしてみる。
『不思議の国のアリス』『野性の呼び声』『ロビンソン・クルーソー』『ジャングルブック』『海底2万マイル』など定番の古典が書棚に並ぶ(英文)。

『不思議の国のアリス』。
スクリーンの右側をタップするとページがめくられるアニメーションとともに次のページ表示になる。
左側をタップすれば、前のページへ。

ページがめくられるアニメーションギミックは今では別に驚くようなものではない。

注目すべきは、画面幅約50mm、行長約43mmという制約の中で、ここでは専門用語でいろいろ説明はしないが、とても読みやすいタイポグラフィー処理がされていることだ。

下は書棚から探し出して比べてみた "Lewis Carroll The Complete, Fully Illustrated Works" の同じページ。


過去記事:
「文庫リーダー・soRa」/ iPhone

11 16, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年11月14日

麻生首相と漢字テスト比べどう?

電車の中の中学、高校受験向け塾の広告のようだが、以下の読みはどちらが正しいか?(夕刊フジ11/14等より)

「頻繁」=はんざつ or ひんぱん
「未曾有」=みぞゆう or みぞう(みぞーう)
「踏襲」=ふしゅう or とうしゅう
「詳細」=ようさい or しょうさい

前のものが麻生首相の読み。
いずれも公の場での発言。

後ろがもちろん正しい読み。


日中首脳の交流関係が「頻繁(ひんぱん)」なのかと「煩雑(はんざつ=込み入ってごたごたしている)」なのかではまったく意味が違うではないか(日中交流行事で両国首脳の関係についての発言)。

「みぞゆう」「ふしゅう」は国会での答弁。

「ふしゅう」は参議院本会議、予算委員会と日をおいて繰り返している。
侵略戦争と植民地支配を中国、アジアの人々に謝罪した村山富市首相談話を「ふしゅう」するというようではその精神を「踏襲(とうしゅう)」できっこない。

国会では、昔は「速記者」というのがいて、早稲田式とかいろいろあり若い頃興味を覚えたことがあるが、今は形式上書記はいるにしてもデジタル録音が元になるのだろう。

しかしそれを録音起こしする人はいるわけで、類推し、間違いはなかったことにして正しくみえる公式記録にしなければならない彼ら彼女らの当惑と苦労が思いやられる。


それにしてもこの歳になるまでこのお坊ちゃまに注意する者は誰もいなかったのか?

てゆ〜か、なんてえの、かなり大人になっても間違ったまま思い込んでる読み方ってなんとなくあるだろ。
しかしふつうはどっかで自分で気がつくよな。
あ、なんかマンガばっか読んでてもやっぱ駄目か。


過去記事:
「なんとなく」「なんてえの」「なんか」…

11 14, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年10月28日

物書堂(ものかきどう)さんへエール

日本で開発されたiPhoneアプリで、つまらないゲームを除いて現状使い物になるのは、唯一「ウィズダム英和・和英辞典」(あ、「ロングマン英和辞典」もあった)、これと同じく三省堂発行の「模範六法(平成20年版)」がリリースされ、私は法学徒でもなく、仕事や生活で即必要になるものでもないが、¥5,400は惜しくなく即ダウンロード購入した。

日本の法律の日本語としての文章の問題や大日本帝国憲法との断絶と連続性、英文との対比等々法律そのものへの関心はあるのだが、それを別にしても、これからの日本のモバイル・コンピューティングにとっての先駆者への敬意と期待を含めている。

で、上記ふたつを制作しているのが、「物書堂(ものかきどう)」というなにか古風な名の会社であることを知った。

リンクをたどると、昔懐かし「EgWord」「EgBridge」のエルゴソフトの開発者メンバーが、今年はじめ同社解散後起こした会社(代表・廣瀬則仁)だという。

「EgWord」等ずいぶん使ったが、コンピューティングの世界でははるか昔のようで記憶が定かでない。

「物書堂の社名は、いわゆる"物書き"の方々のためのソフトウェアを開発したいという思いから来ています。ストレスなくスムーズに動作するエディタやワードプロセッサを開発していきます。
最初はテキスト編集中心のワードプロセッサを発売する予定です。秋に発売できるように開発を進めています。」
とある。

いわゆる日本語のワープロマシンはもちろん、ワープロソフトは、エディトリアル・レイアウトソフト("PageMaker", "QuarkExpress", "InDesign"等)との競合のなかでむやみに多機能化しあいまいになり存在意義をなくした。

しかし、物書きにとって、エディトリアル的レイアウト以前(つまりその機能はいらない)の、元の文章原稿を書き、推敲し、仕上げるのに特化した最適なソフトウェアは今皆無なのだ。

未だにMicroSoft Wordなどという気持ち悪いソフトを標準として使っていて平気で送りつけてくるのは旧態依然とした企業だけ。

物書堂さん、期待し応援します。


物書堂サイト

10 28, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年10月23日

赤いセルロイド

iPhone用のアプリ『キク★英単語【初級】』(アルクの『キクタン【Basic】4000』を収録)を使ってみて実に懐かしかった。

中味は中学で習うレベルの基本英単語1120語を、発音、例文も含めていろいろな角度から復習できるもの。
「Advanced6000」や「Super12000」版が楽しみ。

懐かしかったのは、私自身が中高生のころ使ったかどうか記憶があいまいだが、参考書の暗記すべき答えの部分が赤字で印刷されており、赤いセルロイド板を載せるとその部分は見えないという、まあアナログな仕組みを再現しているところ。

十年くらい前までは中高生が電車のなかで使っていたような覚えがあるが、最近はもっぱらおしゃべりか化粧直しか携帯操作で、参考書を見ながら勉強する姿は絶滅危惧種となった。

10 23, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 33. iPhone/iPad の愉しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年10月17日

「なんとなく」「なんてえの」「なんか」…

武田泰淳の名著『政治家の文章』(1960/岩波新書)を読み返すまでもなく、戦前から戦後ある時期までの日本の政治家は、主義主張の違いはあれ、まがりなりにも「弁論」の伝統にのっとり、発することばと演説の文章には最大限配慮し、内実と格調を重んじていただろう。
だからこそ作家の「批評」の対象にもなりえた(最近の「首相」たちの文章は皆ゴーストライラーによるものだから、内容的な批判は別にして、文章的な批評の対象にはまったくならない)。

この間の日本の首相たちが発することばの「存在の耐えられない軽さ」はどうよ。

ワンフレーズで何か自信を持って断定しているようにみせ、内容は別にしてかっこいいなどと惑わせた小泉、まったくことばが空疎だった安倍、慇懃無礼の他人事ことばの福田、を経て今度は「なんとなく」「なんてえの」「なんか」とあいまい、非論理、逃げをうつ麻生ときた。

朝日新聞(10/16朝刊)「“何となく”口癖なんです」という記事。
首相就任から3週間での答弁や取材のなかで「なんとなく」「なんてえの」「なんか」がなんと80回を数えるという。

例をみると唖然とする。

ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんとの会話:
なんてえの、ますますこういったなんてえの、素粒子の理論とか…」
なんとなくなんとなく、勉強とか、なんとなく物理とか、なんとなく難しく考えないで、なんか夢を持ったり…」

同じく小林誠さんとの会話:
なんとなく若い人がちょっと夢がないような話が多いんですけれども、なんとなくこういった地道な研究を頂いた方がノーベル賞なんていうものになりますと、地道に研究した成果がなんとなく努力が実ったみたいな感じがして…」

就任から一夜明けて:
「改めてなんとなく付いてくる人も多いし、大変やなと改めて責任の重さみたいなものを強く感じた」
ここの「なんとなく付いてくる人も多い」は期せずして唯一適切な使い方に結果としてなっている。
しかし責任の重さ「みたいなもの」で馬脚をあらわす。なぜ「責任の重さを強く感じた」と断定できないのか。

地球温暖化問題に関連して:
「明らかに、なんとなく我々のまわりに大きな変化が起きている」
な〜に、これ。
「明らかにー起きている」のか?
「なんとなくー起きている」のか?

麻生は外務大臣を経験しているのだが、こういう余分を心得て省くお抱え専任の手練れ同時通訳者とともにでないととてもではないが外国には出られない。
もし、言葉通りに通訳するものしかいなかったら、somehow(どういうわけか、理由はわからないが)とかvaguely(漠然と)とかがそこらじゅうに入ってきて、聞いているものは何を言いたいのかまったくわからなくなるだろう。

以前書いた学生や若い世代の断定を避けることば状況(「みたいな」「とか」「かも」「かな」「語尾上げ?」)は政府や国会にまで蔓延している。

明確な政治理念を持っていないこと、責任回避への逃げの現われでもあるが、政治家に絶対的に必要な明晰明解な言語コミュニケーション能力にこれほどまでに致命的な欠陥を持った人を首相としている私たちの悲惨を想う。

10 17, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月25日

「砂に書いたラヴレター」

週刊文春8月28日号の愛読連載、小林信彦「本音を申せば」に、夏の終わりで思い出す歌のことがいろいろ書かれてある。

シナトラやサラ・ヴォーンが歌った「ニューヨークの秋」(ヴァーノン・デューク作詞作曲)。
ペギー・リーやパティ・ペイジが印象的なヴィットリオ・デ・シーカの名作『終着駅』(1953)のテーマ曲「ローマの秋」…等々。

そして日本では「砂に書いたラヴレター」として知られている歌。
もともとは1931年に作られたバラードだが、映画『バーナディーン』(1957)でパット・ブーンが歌いミリオンセラーになった。

パット・ブーンは、当時人気を二分したエルビス・プレスリーの、親たちが眉をひそめる「良くない音楽」とは対照的に、いかにもその頃のアメリカのTVホームドラマに出てくる行儀正しい中産階級好青年のようで、甘い歌声が魅力的だった。

で、「砂に書いたラヴレター」だが、原題は「Love Letters In The Sand」

訳詞も自分でやっていたディック・ミネ(1908~1991)は、戦前「恋の砂文字」として歌った。

戦後日本での邦題は「砂に書いたラヴレター」であり、最初のフレーズは「今日のようなあの日、ぼくたちは砂にラヴレターを書いたね」となっている。

しかしこれは誤訳だろうという。
砂の上に何通もラヴレターを書いているわけではない。

正しく訳せば「砂の上のLoveという文字たち(Letters)」

砂浜に「Love」という文字を描き、波がそれを洗い流し、また描き、また消され…という Lost Love の情景と心象を歌ったものなのだ。

8 25, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 13.音楽の楽しみ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月19日

『早刷り岩次郎』(山本一力/朝日新聞社)

幕末、安政2(1855)年の「安政大地震」によって、江戸の街はなぎ倒され、深川一帯も「町が平べったく」なる。

「大事な摺り物なら、釜田屋さんに頼むのが一番」といわれた「版木彫りと摺りを請け負う老舗」深川冬木町の釜田屋岩次郎は妻子も腕利きの職人たちも失った。

岩次郎は失意の中から、思案を重ね、翌年、生き残った番頭や職人頭たちを集めて宣言する。
「摺り注文を待つのではなく、みずからの力で摺る瓦版の版元になる」
今でいうなら印刷屋から新聞社になるというようなもの。

しかも今までにないような瓦版「早刷り」ーその日のうちにその日の出来事をまとめ、翌朝には摺り上げてあちこちで売り出す。
だれよりも早く、そして子細に正しく伝えること。
瓦版として前例のない桁違いの一日二千枚、それを毎日続ける。

ここから発行までの半年間、悪徳商売敵、貸し証文を買い取り佐渡の人足に売り飛ばす証文屋、悪評高い改悪金貨を瓦版を使ってイメージアップさせ出世をもくろむ旗本とそれとつるむ大店の主、等々さまざまなからまりがあるのだが、若い頃から取材・ライティング、編集デザイン、製版・印刷の世界に関わってきた私にはこの早摺りを実現するための手だてを考え作り上げていき、職人たちがそれに応えていくさまがたまらなくおもしろい。


まず「耳を澄まし、鼻を効かせて、四六時中おもしろい話しを拾って歩く」「耳鼻達(じびたつ)」と名付けた物書きたち。
集める記事は出来事だけではない。土地の名物や美味いものにも目を配る。
似顔や情景を描く絵描きも同行する。
取材・インタビュー記者とカメラマンだ。

この頃の江戸は、武家・僧侶が50万人、町人が58万人ほどで100万人を超える。
武家・僧侶は読み書きできるが、岩次郎は早刷りの上得意になるだろうなのは町人、それも店子ではなく日銭を稼ぐ職人や長屋の女房連中と見定めている。
彼ら、彼女らは読み書きに長けているとはいえない。
したがって次は読みやすくする工夫。絵や絵文字、ひらがなを多用する。

広目(広告)集めの者たちは大店、湯屋、料理屋等に散る。
1日2000部が10名に回し読みされたら2万の人に伝わる。
使っている土佐紙はものを包むのにも使え、開いたときにはまた広目効果がある。

耳鼻達が集めてきた原稿をまとめる。絵描きが挿絵を添える。
仕上がった原稿と絵は「枠切り」に回される。
暮れ六つ(午後6時)頃だ。

文字を読みやすくするために早刷りのサイズは従来より大判の菊判半切(はんせつ)四つ切り(318 x 234mm)。
下部の広目(広告)枠を除き、一段12文字30行が五段、すべてを文字だけで使えば一日分に使える文字数は1800字。

しかしすべてを文字に使えるわけではない、大見出し、小見出し、そして挿絵の分も必要だ。
それらを按配するのが「枠切り」職人の仕事。見出しも彼らが考える。今でいう整理や編集レイアウト。
真夜中を過ぎて「枠切り」が仕上がる。

岩次郎が赤摺り大見出しにチェックを入れる。先の早刷りで放火犯の似顔絵を載せ、それがもとで犯人が捕らえられたのだ。
「下手人にお縄が打たれた」
しばし思案し朱を入れる。
「下手人、御用だ」

「枠切り」職人が描いた「按配絵図」(レイアウト指定)にそって、本文文字を彫るのに長けた「段彫り」職人が版木を彫る。
絵や大見出しはまた別の彫り職人が担当する。

彫りから摺りへ夜鍋仕事が続く。

岩次郎は名刹本堂の大法会でも使わないほどの量の特注ろうそくを用意し、職人たちの手元は昼間と変わらぬほど明るい。
「ろうそく代がどれほど高額かは、職人たちのだれもが知っている。言葉ではなく、明るさで岩次郎は職人たちを励ました」

朝方摺り上がった早刷りを20名の売り屋たちが100枚ずつ持ち、四つ(午前10時)の販売開始に向けあちこちに散る。
待ちかねた人々の間であっという間に売り切れる。

どこそこの町で元気な双子が生まれた、こういうことは皆で祝おうじゃねぇか。
それなら弔いもあるぜ。
広目に特典を付けて持って行けばなにかいいことがあるようにすれば…。
アイディアが拡がる。

圧倒的な人気を誇るようになるが岩次郎は一人勝ちはよくないと考える。
せめてもう二つは競合相手があり、それぞれが個性的な紙面を作ればもっと活気が出る。


岩次郎だけでなく、まっとうな商人や職人たち、船頭などの器量と人格、矜持と気配りがすがすがしい。

8 19, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月16日

『コンビニのレジから見た日本人』(竹内稔/商業界)

「コンビニ(Convenient Store)」は日本全国に今や4万店超ある。
大量生産・輸入ー流通ー安価な販売、利便効率第一という現代日本社会の縮図。
人がある程度まとまって住んでいる地域で無いところなどないほど普及している。
こんな異常な国は世界で日本以外にはない。

著者は1968年生まれ。高校1年からスーパーで、大学に入ってコンビニでアルバイトを続け、コンビニ業界に深く興味を持ち、以降、一般従業員、店舗マネジャー、店長代行、オープニング店舗指導員、不振店再興指導などに携わり、現在は4店舗を経営している。

「私はコンビニの売場が好きだ」
著者は1日平均13時間働き、そのうちの半分は「レジ」に入り、1日1,000人のお客と応対する。

この本はしかしコンビニの業界本ではない。

コンビニは、日本人が最も緊張から解放されリラックスできる空間になっている。
職場や家庭、世間での煩わしいつきあいの気苦労から離れ、そこでは自由気ままに振る舞えるかのように思われ、だからこそここを通して現代の日本人の本音、本性が現れる。

コンビニのレジで、「毎日、人間の、日本人のシャワーでも浴びているような」20年以上にわたる経験と観察から、コンビニ自らがお客の「もっと便利に」という「わがまま」にひたすら応える形で成長してきた自戒をふまえた上で見えてくる「今の日本人は、明らかに失くしてはいけないことまで失くしつつある」状況に警鐘を鳴らし、真っ当な社会になんとかしたいという願いを込めた本なのだ。

第1話「日本人は『コンビニでは何をしてもいい』と思っている」から、店頭ゴミ箱の悲惨な状況、店舗にとってはもうメンテ負担が限界に達している公衆便所以下にしか思われていないトイレの汚しようの惨状、従業員を「人」とは思わず「声を出さない」日本人、すぐにキレ、ストレスを従業員に発散する人々、子どものような親に育てられ買い物のマナーも躾けもできていない子どもたち…。

現場を知らず、矛盾難題は個別店舗に押しつけ「善悪」ではなく「損得」勘定だけのフランチャイズ本部。

一方で「ワタシ、アイサツトカ、キライナンデス」という女性従業員。
「えぇー、廃棄(廃棄食品)食べられなかったら意味ないじゃないすか」という応募者。
商品を運んでも力加減の分からない若者たち…。


ほとんど末期的というしかない状況の中で、しかしコンビニを愛する著者は訴える。

「コンビニから日本を変えよう!」「コンビニから日本を良くしよう!」

政治家や有名人の発言より、日々の買い物での態度、習慣の方が人間のあり方に与える影響は大きく深いと著者は考える。

商人はお客に対する教育者でもある。
親と学校の先生以外に、子どもにあるべき買い物の態度を教えられるのは、商人しかいない。
その誇りを持ち、日々毅然として、お客のひどい態度を変えていく勇気を持たねばならない。

そのための具体的な第一歩はお客への声掛けの徹底。
「いらっしゃいませ」「こんにちは」
「ありがとうございました、またお越しください」
まったく当たり前のことだが、全国で80万名は優に超えるだろうコンビニ店員がこれを徹底したら何かが変わるだろう。


私たち利用者にとってはたった一言でいい、心のこもった「ありがとう」から始まる。

悪循環のなかのマニュアル通りの投げやりなバイト従業員の心の中の何かが溶け、私たちの心の中のこれでいいのかという何かが変わるかもしれないではないか。

8 16, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年08月14日

貫ぬく光(八木重吉)

写真は札幌・北大植物園の桂の葉。葉がハート型。


歳を重ねると、青春期に繰り返し読んだ詩をとつぜん想い出したりする。

友人が八木重吉の詩を引用していたので、高校生の頃よく読んでいた彼の詩を思い起こす。
その詩集はとっくに手元には無いが、たぶん緑色の函入りの『定本八木重吉詩集』(弥生書房/1958)だっただろうと思う。


貫ぬく 光

はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀しかつたのです

ひかりは
ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 息を あたへました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 祝福れ(いわわれ)ながら


『八木重吉全詩集1』(ちくま文庫)より


現在の東京都町田市1898年生まれ。キリスト教の洗礼を受けた後の詩作はわずか5年間。結核で1927年、29歳で夭逝。
故郷町田市に八木重吉記念館がある。

8 14, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 18.花・木・野菜・生きものたち, 22.旅先で | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年07月25日

絵と詩のコラボレーションライブ「ふりつもる線/言葉」at 由比ガ浜

絵と詩の朗読によるライブパフォーマンス(7月20日「ジャック&豆の木」鎌倉由比ガ浜)。

ミョウガパーティーで知り合った高橋利哉さんの自作詩の朗読に合わせ、京都の忠田愛さんが絵を描く。

元々はジャコメッティが好きということからブログで知り合ったそう。
高橋さんが女声もほしいというので友人の舞台俳優・近藤佑子ちゃんを紹介し参加してもらう。
Partnerもスタッフとして手伝う。

語られ、流れ、ふりつもる言葉にあわせ、墨絵が描かれる。

カオリン(磁土)を麻のキャンバスに塗り、マスキングテープを貼った上からバーナーで焼く。

最後の詩は観客も参加して。

『10分間』という10枚の絵。
高橋さんのちょっとした言葉、たとえばこれは「どこまでが夜」に合わせ、1分、2分〜10分で描かれたもの。

左から、忠田愛さん、高橋利哉さん、フルートの古楽器トラヴェルソのyukiyukiさん、近藤佑子ちゃん。

打ち上げの「ラ・ジュルネ」で。
私は仕事で一杯だけ。


忠田愛ブログ「ふりつもる線」
高橋利哉ブログ「O, Sancta simplicitas!」
近藤佑子ブログ「3歩あるいて5歩さがる」

7 25, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 10.美術工芸 | | コメント(4) | トラックバック(0)

2008年07月02日

ルナ&マルティン

「いつ?どこ?だれ?なに?なぜ?」など今日の日本語レッスンを終えてルナと由比ガ浜へ。

マミィがマルティンを遊ばせているのを見つけて。

7 2, 2008 01.私の好きな鎌倉の風景, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月23日

ルナちゃんに『にほんご』を使って教える

安野光雅、大岡信、谷川俊太郎、松居直が編集にあたった『にほんご』(福音館書店)という名著がある。
1979年に刊行され、何度も手元からなくし、今持っているのは2007年3月の第49刷。

小学校で初めて学ぶ言葉の教科書の試案として編まれたが、これまでの国語教科書にはない特長がある。

谷川俊太郎が代表してあとがきに書いてあることをまとめると、

1.
文部省学習指導要領にとらわれない小学校一年生のための国語教科書を想定したものであり、現代日本の学校教育制度、教科書をなかだちとする教師と生徒の関係を無条件では前提としていない。

2.
「読み」「書く」よりも「話す」「聞く」ことを先行させている。
まだ読み書きがよくできない子どもでも、すでにかなり複雑な言語経験は持っているからだ。

3.
言語を知識としてではなく「自分と他人との間の関係をつくる行動のひとつ」としてとらえていること。
「ことばは口先だけのものでも、文字づらだけのものでもなく、全身心をあげてかかわるものだ」ということを知ってほしいこと。

4.
「ことばには心だけではなく、それと切り離せぬものとして体、つまり文体と呼ばれるものがある」ということを暗誦を想定した文例で示すこと。

5.
日本語を、世界にあるたくさんの言語のひとつとしてとらえること。
いわゆる共通語を基本とするが、地域語の持つ共通語にはない働きにも関心をうながすこと。

6,
日本語に関して、子どもたちに教え込む知識と総量があるとは想定しない。
母語である日本語を通して、子どもたちにことばと、ことばを通しての人間のあり方にめざめてほしい。
基本は教える者と教わる者との間の人間関係。
この「教科書」はもとより絶対的なものではなく、これをどう生かすかは個々の教師の工夫次第。


で、ルナちゃんの日本語レッスンのなかにこの本を使っての勉強を取り入れる。

まず、読み上げさせる。
ひらがなの字面をおってたどたどしく読み上げることはできる。
次に意味を理解させる(例によってスペイン語への翻訳ソフトも横で併用して見せる)。
私たちが日本語としての自然なイントネーションや区切りをつけて読んできかせる。
それにあわせてまた読んでもらう。
ノートにその通り書かせる。
というサイクルを基本としてときどき関連するような横道にそれる。

が、とっぱなでつまづいてしまった。
書いてある文章はこうだ。

ないたり ほえたり さえずったり、
こえをだす いきものは、
たくさんいるね。
けれど ことばを
はなすことの できるのは、
ひとだけだ。

最初の3行の意味を説明してもルナちゃんはなかなか理解できない。
日本の子どもだったら接続助詞「たり」は自分で使わなくとも「泣いたり笑ったり」「寝たり起きたり」などとしてすぐにわかる。
それは別としても、これをもし英語やスペイン語に翻訳するとしたら、構文の順はまったく異なってくる。

(世界には)声を出す生き物、(例えば)鳴く(猫とか山羊とか虫とか)、吠える(犬とか虎とか)、さえずる(鳥)ものはたくさんいる。

情報内容をプレーンに伝えようとすれば基本的にはこうなる。
(修辞的には他の順もいくらでもありうるだろう)。

私たちは日本語を頭から順に意味を分からせようとしてしまい、おそらくルナちゃんは、この文章の順番の関係がわからなくなってしまったのだ。
しばらくおいといて先へ進もうとすると彼女は釈然としない表情。
どうも納得できるまで理解しないと気が済まない性格なのかもしれない。
それはそれでとてもいい面なのだが、今の日本の学校の中では、どうしてそんなことも分からないの、と困ったちゃん扱いされるのがわかりきっているからちょっと気がかり。

何がどう分からなくて、どういう違った思考回路に入っているかをできるかぎり早く理解してあげること、の重要性にあらためて気が付かされる。


次の3行はまた別の意味で難題だ。

「文字」を使うことのできるのはヒトだけ、だったら分かる。
「ことば」を話すことができるのはヒトだけ?

犬だって犬語で話してるよ、人間のいうこといっぱい分かるし、ことばは違うけれど話してるよ、
とどうも10歳の頭の中で疑問がうずまいているらしい。

こういう子どもの疑問を決して切って捨ててはならない。

これは現代の言語学や生物学でもさまざまな学説がある、けっこう根源的(ラディカル)な疑問なのだ。

「ことば」をもし、他とのコミュニケーションをはかるために発声するものと広くとらえれば、犬も言葉を発している。

Micだって、食事前や親しい人が来たときの喜びのとき、散歩をねだるとき、八つ当たりしているとき、他の犬と遊びたい願望のとき、警戒威嚇のときでは同じ「ワン」でも全然違う。

人間は「言葉」を発声する音韻の複雑さやヒトが聞こえる音域に勝手に限定しているが、イルカや象のヒトになど聞こえない超音波や低周波での高度なコミュニケーションはどうなるのか?

象が2Kmも離れたはぐれた仲間と交信し、群に導くことができるような能力の前で、そんなに「ヒトのことば」は唯一の優越性を持っているのか?


「教える」ということは、何か一方的に知識や考えを授ける、というようなものではまったくない。
教え、教わるものとの関係の中で、互いに何かを発見していき、互いに豊かになっていくプロセスであるだろう。

6 23, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月21日

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる

ルナちゃんに『ALWAYS 三丁目の夕日』を観せる。

横で私が「日ー英ー西翻訳ソフト」を使って打ち込み、スペイン語での説明をリアルタイムで示す。

「これは50年前の東京」(Es hace 50 años Tokio)
「東京は今とはまったく違う」(Tokio es ahora totalmente diferente)
「彼女は田舎から働きに来た」(Vino a trabajar del país)
「彼女は仕事が期待と違うのでがっかりした」(Porque era diferente de la expectativa en trabajo, fue defraudada)
「売れない小説家」(El novelista que no es popular)
「ルナと同じ小学校5年生」(Un quinto alumno mismo como Luna)
「彼は、彼女は自動車修理が得意と思いこんだ」(Le convencieron que estaba buena en la reparación del coche)
「彼女は借金をかかえていて、元の踊り子に戻らねばならない」(Tiene una deuda y debe devolverse a una muchacha del baile original)

といった具合。

「ただいま」「お帰り」「やったぁ〜」などと繰り返している。

感想は、muy lindo(かわいい)、interesante(面白い)、gusto mucho(とっても好き)


庭の色づいたミニトマトやワイルドストロベリーを摘ませたり、シソ、レモンバーム、バジル、三ツ葉、アップルミント、ペパーミントなどの葉の香りをかがせたりした後、麻心に連れ帰る。

父親のシンさんに、面白かった、泣きそうになった、と報告している。


写真は、混み合う店で配膳や片付けを手伝うルナちゃん。


讃『ALLWAYS 三丁目の夕日』
『ALWAYS 続・三丁目の夕日

6 21, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 12.写真・映像・映画・演劇 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月20日

マリー・アントワネットの処刑記事を読む

今月公開されたイギリスの代表的新聞社 "Times" の"Times archive" サイトは実にエキサイティング。
なにしろ1785年から1985年までのTimes紙2000万の記事、紙面が無料で(今のところ)読めるのだ、

1785年(18世紀末)! からだよ。

日本でいえば江戸時代後期、天明5年。将軍は家治の時代。
朝鮮,琉球,蝦夷,小笠原諸島を記述した林子平『三国通覧図説』が成った頃。

この年、イギリス産業革命のメルクマールとなったカートライトの「力織機」が発明された。
フランス革命、人権宣言はまだこの4年後だ。

歴史書からしか知ることができなかった、フランス革命も、ナポレオンの盛衰も、ラッダイト運動も、パリコンミューンも、その当時どう新聞記事として伝えられたかが見られる。

マリー・アントワネットがギロチンの露と消えたことを記した1793年10月23日の記事。

案内ツアーページ "Take our Interactive Tour"

アメリカの代表的新聞社 "New York Times" の
"TimesMachine"サイト
は、1851年から1922年までの紙面がPDF化され個々の記事にパーマリンクが貼られ、各種検索、テキストをコピーすることもできる。

こちらは同紙の宅配購読者にはすべて無料。その他はサンプルを見ることができる。
1916年4月16日付けのタイタニック号沈没ニュースの紙面。


いずれも新聞における情報編集、メディア史、紙面デザイン、タイポグラフィ、印刷史などの観点からも貴重。


将来的に通信・ネットワークに飲み込まれることを相変わらず理解できず、TVとの連携などで生き残ろうとあがく日本の大新聞社たち、考え直した方がいいよ。

という前に「新s(あらたにす)」なんてつまらないことをやっていないで、これに匹敵するくらいのことをしたらどうよ、世界一の発行部数だの良識の砦を誇る日本の新聞社。

6 20, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月18日

日本語レッスン初回

ルナちゃんの日本語レッスンを始める。

きょうは初めてだから私の家やお互いに慣れ、彼女がどのくらい日本語を理解しはじめているか、どういうことに興味を持ち、意欲をもっているかを知る段階。

日本語とスペイン語が交互に出てくるCDをかけてみるが、日本語の表現がどうにも大人のもので10歳の少女のものではないのでやめる。

ひらがなは読めるがカタカナはまだまだ。
書く方もこれから。
五十音順はなんとかわかるので小学生向けの国語辞典の引き方も少し教える。

かなは基が漢字であるにせよ表音文字だから性格は理解できるが、表意文字である漢字は難しい。
一文字で意味を持ち、かつ複数漢字の組み合わせで多様な意味を表す言葉をなす。
さらに漢字一文字は漢語(「中国語」)では一音だが、日本で使われる漢字は複数の音と訓があることをアルファベット圏で育った子どもに分からせるのは少しずつしかできない。

旅の指さし会話帳を使ってもスペイン語の質問が分からないと、西ー英ー日の翻訳ソフトに彼女が打ち込み(キーボード操作はけっこうできる)それをみて答える。

「10歳の子どもは漢字を覚えなくてはなりませんか」と出てきた。
小学国語辞典の後ろに小学校で学年別に学習する漢字表があるのでそれを理解させる。
9月から5年生に編入するのでここまではと教える。

互いに、ふぅ。

6 18, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年06月06日

スペイン語圏で育った少女に日本語をどう教えるか

コロンビアから先月やってきたばかりのルナちゃん(10歳)にPartnerと私が日本語を教えることになった。

ルナちゃんは9月から鎌倉の小学校に通う予定だが、スペイン語しかわからない。
こちらはスペイン語はほんのカタコト程度。

先日『旅の指さし会話帳 スペイン』をあげたらとても喜んでいたそう。

さて、どう教えていくか。

安野光雅『あいうえおの本』(福音館書店)、村上勉『あそぼうあそぼう あいうえお』(あかね書房)、五味太郎『ことばのえほん あいうえお』『かずのえほん 123』(絵本館)、『すてきなひらがな』『ステキナカタカナ』を本棚から引っ張り出して眺め、先月出た『素敵な漢字』(講談社インターナショナル)を購入。

どれも文字と言葉とそれを通した世界への想いがこめられた絵本作家の名作。

ルナちゃんにあげることにする。

6 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年05月02日

「活版凸凹フェスタ2008」(東京四谷)始まる

朗文堂アダナ・プレス倶楽部の主催で「活版凸凹フェスタ2008」が始まった。
さまざまな活字活版印刷の作品、活版活字関係の展示・販売、ワークショップ等。

これは女子美術大学短期大学部学生の作品。

個人作家、阿部真弓さんの作品とそれを刷った活字の版、金属・樹脂版の展示。

私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)はまだ始めたばかりなので「活字組版・活版印刷」のワークショップ、授業での講習参加者の感想をまとめて、4年生の山崎祐三子さんにポスターを作ってもらって展示。


2008年5月2日(金)〜12日(月)
AM11〜PM6
CCAAアートプラザ
東京都新宿区四谷4-20(東京メトロ丸ノ内線四谷三丁目・都営地下鉄新宿線曙橋)

朗文堂 アダナ・プレス倶楽部

5 2, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月06日

手と指の力を見直すー「第2回活字組版・活版印刷ワークショップ」

小学生のころから、故叔父(元慶應義塾大学教授)のタイプライターをさわらせてもらい、ほんのちょっとポチポチと紙に打っては喜んでいた。

キーボードのQWERTY配列は同じでも、タイプライターとコンピュータのキーは実はまるで別物だ。

タイプライターのキーは強く押せば、活字はインキリボンを強くたたき、紙に食い込み、インキはにじむ。弱すぎれば印字はかすれる。
コンピュータのキーは指の力が強かろうが弱かろうが関わりない単なる電子ボタンに過ぎない。

機材、道具を使い、自分の手、指の力加減が対象結果にどう関わるかの身体感覚をできるだけ基礎的な力にすることこそ、バーチャルなデジタル時代の基本だと思う。

コンピュータでの作業はひたすら脳に直結する。
道具と実体としての素材を使っての手作業は、コンピュータ上に置き換えてしまう以前の、精神、マインドと身体感覚全体の関係の回復、拡張につながるだろう。

デザイン学科第2回「活字組版・活版印刷ワークショップ」で。

デザイン学科に小型活版印刷機を導入(2007/12/11)

第1回「活字組版・活版印刷ワークショップ」(2008/3/19)

4 6, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年04月04日

@(アットマーク)?

はもともと商品の単価を表す商業記号
"5 pieces @$100"であれば単価100ドルのもの5個ということ。
だから昔からの欧文活版活字のフォントセットにも、また当然タイプライターのキーにもあった。


起源は古く諸説あるらしい。
ラテン語の前置詞"ad"の合字からとか、そこから派生した英語"at"、フランス語"à"、スペイン語・イタリア語"a"からとか。
古代ローマの商取引で使われるようになったのかも。
取引現場での筆記体が元になっているだろうことは確実に想像できる。


1990年代、電子メールが普及し、メールアドレスのユーザー名とドメイン名の区切りとして使われるようになって一般の人にも身近なものになった。

日本の出版印刷業界では@を欧米通り「アット」(一部職人ことばで「鳴門・なると」)」と呼んでいたのだが、コンピュータ業界では「アット記号」という意味で「アットマーク(At Mark)」という和製英語を作り、それが日本における一般的な呼び名になってしまった。

先日、新聞のコラムで、外国特派員が自分のメールアドレスを口頭で伝えたのが正確に伝わっていなかった経験が書かれていた。
@は英語圏では"at sign"ないし"commercial at"なのだが、呼ぶときは単に"at"
「アットマーク(at mark)」と日本式に伝えたら、聞いた人は"@mark"と打ち込んだためメールできなかったのだった。


英語のワード表記で、"a"の替わりにも使われる。
ノーラ・エフロン監督、メグ・ライアン、トム・ハンクスの『ユー・ガット・メール』(1998)のタイトルロゴは"You've got m@il"。
東野圭吾原作映画のタイトル『g@me』。


他にも所属、居住地、状態など。
田中@営業一課、渡辺@鎌倉、リカ@残業中などなど。
今時の女子高生などはどう使っているのか。
著作権表示記号©が「ちゃん」がわり(由加©によろしく〜)などと使われる時代だからなぁ。


ところで@はなかなかオーガニックな形をしていて、じっと見つめているといろいろな連想をさそう

あちこちの言語文化圏でさまざまな呼び方がされている。

カタツムリ(イタリア、ウクライナ、トルコなど)
象の鼻(スウェーデン、デンマークなど)
シナモンロール(スウェーデン)
猫の鳴き声ミャウ(フィンランド)
猿のしっぽ ゆれる猿(ドイツ、オランダ、ルーマニア、ポーランドなど)
ニシン巻き(チェコ)
アヒル(ギリシャ)
ねずみ(台湾)
子犬(ロシア)
サザエ(韓国)

よくもまあ、いろいろに見えるものだ。
上記のものは生物、オーガニック系だが、中国では、愛他(アイ・ター)=彼を愛す、なのだそう。


Micの寝姿二楽荘(鎌倉小町)の汁そばの芝海老見っけ。

4 4, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション | | コメント(2) | トラックバック(0)

2008年03月20日

第1回「活字組版・活版印刷ワークショップ」(3/19)

デザイン学科に昨年末導入した活字と小型活版印刷機(Adana21J)を使っての「第1回 活字組版・活版印刷ワークショップ」。
インストラクターは朗文堂アダナ・プレス倶楽部の大石薫さん。


多摩美術大学上野毛デザイン学科は1989年の創設時以来、最新のコンピュータ環境を整え、デザイン教育と作品制作に活用してきている。

パソコンで文字の組版は簡単にでき、プリントボタンをクリックするだけでプリントできるデジタル時代になぜアナログの活字組版、活版印刷か

活字活版印刷への単なるノスタルジーではない。

レイアウトソフトなどコンピュータのソフトウェアというのは活字組版以来の長いタイポグラフィの歴史のノウハウをバーチャルに実現しているもの。

そのバーチャルな世界に、タイポグラフィのことを知らない学生がいきなり入っていくと、ソフトウェアが自動的に作ってくれているということに気が付かないし、また善し悪しの判別力も身につかない。

かな漢字変換などではなく、活字という実体のあるものを、自分で探し出して指で拾い、手で組むことを通じて、文字とタイポグラフィ、その歴史に対する傾注力(アテンション)と審美性を判断する力は確実に違ってくる。

コンピュータは脳に直結するが、活字と印刷機などの道具を使っての手作業は身体を通じた想像力と審美力、つまり精神に通じるだろう。

活字を拾う「文選」作業。
漢字活字は伝統的な部首別ではなく一般的な音読み順に並べてあるのだが、探し出すには漢字に対する基本的な素養が問われる。

「ステッキ」と呼ばれるものに文字部分を一文字ずつ組んでいく「植字(しょくじ・ちょくじ)」プロセス。
一行を整え、行間を作るための作業も必要。

印刷機にかけるための版を作る「整版」。
印刷結果には表われないさまざまな込め物。

いよいよ印刷工程に入る。

一枚ずつ仕上がりを確かめながら。

レストランで食事すれば、食べて金を払って終わり。
しかし自宅で料理を作れば、食器や鍋などの後片付けを当然する。

版をばらし、活字を元の位置に戻し、印刷機をきれいに掃除して、はじめて次の作業に備えられる。

自分が使う道具を常に最良の状態に保つのは昔から手仕事、職人仕事の基本中の基本。

参加した学生たちの作品。


4月5日(土)
第2回「活字組版・活版印刷ワークショップ」(参加希望受付3/26まで)

3 20, 2008 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(2) | トラックバック(0)

「世界は語っている。あなたは聴いているか?」-Global Voicesサイト

TibetTibet チベットチベットの記事にトラックバックが付けられて、チラッと一度見に行ったGlobal Voicesサイト。

在日コリアンとチベット人に通底することを私が指摘していると紹介しリンクが貼られている。

その時は面白そうなサイトだと思ったがよく見る時間がなかった。

今日のasahi.com「コミミクチコミ」に「世界中のブログ翻訳プロジェクト進行中」としてこのサイトが紹介されている。

ハーバート大ロースクールのシンクタンクが運営し、2004年12月に発足したプロジェクト。
The world is talking. Are you listening?」とサブタイトルにあるように、世界の言語、地域のブログの内容を英語に翻訳して紹介している。
現在19名のエディター、約80名のボランティアが手伝う。

日本語のエディターは翻訳家の鴇田(ときた)花子さん(28)とカナダ人大学院生クリス・サルツバーグ(Chris Salzberg)さん(31)。

2007年4月から開始。
週に2本、話題になっていることについて書かれたブログの内容をまとめ、英語に翻訳して紹介。
また世界の言語から英語に訳されたものを日本語に翻訳して紹介することにも力を入れている。

鴇田さんは、日本のブログは数だけ多いがつまらない、という英語圏メディアの既成観念に対し、日本のブログには、自分の思想などについてしっかり書き込まれたものがたくさんあることを伝えたい、と言う。

サルツバーグさんは、大手メディアの報道は世界を分かりやすく伝えてくれる。だがブログの文章は世界がいかに複雑なのかを教えてくれる、と述べる。

そうまさしくその通り、チベットの人々や、「開戦5年目」(正しく言えばアメリカによる一方的な軍事侵略と占領5年目)を迎えたイラクの人々、ガザの人々、等々の苦しみと希望と心の襞(ひだ)は、マスメディアによってではなく、無数のブロガーたちによって世界に伝えられ、ネットワークしあうだろう

3 20, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2008年03月12日

第1回「活字組版・活版印刷ワークショップ」(3/19)

デザイン学科に新しく導入した小型活版印刷機(アダナ-21J)3台と活字を使った第1回ワークショップを3月19日(水)に工作室で行います。

朗文堂 アダナ・プレス倶楽部の大石さんと私がチューターとなります。

導入した活版印刷機については朗文堂 アダナ・プレス倶楽部サイトを参照。
樹脂版を造ってこれで印刷した今年の上野毛デザイン展のDMも「ギャラリー」コーナーに紹介されています。

参加希望者は高味にメールで申し込んでください。
卒業生も参加できます。

デザイン学科研究室・高味壽雄


期日:2008年3月19日(水)
時間:午後2〜6時
場所:1号館B1工作室
対象:学年問わず(卒業生も可)
参加:最多9名まで(※希望者が超過した場合は抽選。もれた人は次回以降優先します)
費用:無料

3 12, 2008 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年12月14日

卒制作品をパンフに使う

ソニー、マツダ、オムロン、松下電器など大手企業のウェブ関係者によるコンテスト第1回「企業ウェブ・グランプリ(Japan Web Granprix)」(12月17日に開催)のためのパンフレットをデザイン制作。

今年のデザイン学科卒業制作作品を使用。

ウェブ・ネットワークのつながりと拡がりのイメージ表現として、松本麻理子さんの細密な手描きイラストレーションを配し、ロゴタイプは格調と差別化をはかるため、山田和寛くん制作のフォント(欧文も)で組む。

12 14, 2007 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年12月11日

デザイン学科に小型活版印刷機を導入

上野毛デザイン学科に小型の活版印刷機(蝶番式プラテン小型活版印刷機「Adana-21J」)と活字を導入することにし、新宿の朗文堂/アダナ・プレス倶楽部に講習を受けにいく。

DTP(Desk Top Publishttp)などという言葉さえあまりに当たり前の環境になったためもう死語となり、デジタルが当然の前提である時代になぜアナログの活字活版印刷を学ばせたいのか。

IllustratorやInDesignで文字組みやフォントの選択などは自在にできる。
しかし、今の学生はタイポグラフィ・組版の積み重ねられてきたノウハウを搭載したソフトウェアがほとんど自動的に組んでくれていることに教えないかぎり気付かない。

グーテンベルグ以来、活字活版印刷は500年以上の歴史を持っており、デジタルの文字組版とデータによる印刷はそのバーチャルな具現であることを実感として体験させたい。

特に活字という実体を手で組んでいくというプロセスは、文字と組版に対するアテンション(傾注)力と審美力を身につける上でコンピュータ上でのトレーニングとはまったく異なる学習となる。
できることならコンピュータをさわらせる前にこれを学ばせた方がいいとさえ私は思う。

組んだ活字をハガキ大の枠内にしっかりと固定し、平滑になるよう軽くたたく。

回転するインキ・ディスクによく練ったインキを塗り、ローラーにむらなく付着させる。

版盤をセットし、紙を手前において印刷準備完了。
ハンドルを押し下げるとローラーが上昇して版にインキを付けてさらにインキ・ディスクまで達し、紙を置いた台が版盤に向かって、貝が閉じるように(蝶番式)向かう。
印刷のことを「Press」というが、まさしく版に紙がプレスされて刷り上がる。

左が、簡単なカタカナと数字の文章の縦書き、横書き。
コンピュータが自動的にやってくれている、縦書き、横書きの拗促音、句読点の違いや、縦組み中の半角数字(左右に4分の込めものをセットしなくてはならない)など、実際に手を動かして組んでみてわかるだろう。

試し刷りで、校正してみると、Toshioの「i」が抜けていた。
版を外してゆるめ、慎重に該当行の部分だけをステッキ(最初の写真)に戻し活字を追加してやり直す。

「T」と「o」の間は写植やコンピュータでは字間を詰められるが、活字ではそうはいかないから、本当はそれとバランスを合わせて他の活字間にスペースを入れなければならない。

右は印圧を調整中のもの。
手前が強すぎ、上が弱い。

スタンプ制作キットなどでイラストなどの樹脂板を作り、重ね刷りすることもできる。

版はハガキ大までだが、もっと大きな紙に部分部分刷ることも可能。
両面印刷して折って綴じれば小冊子も。
インキの色を替えて多色刷りも。
工夫次第でさまざまな可能性があり、来年の卒業制作で取り組む学生が出てくると嬉しい。

機器の清掃(これが実に重要)も終わって。

右から、元凸版印刷「印刷博物館」の印刷工房に携わり、現在「アダナ倶楽部」のインストラクションをしている大石薫さん。
デザイン学科プロダクトデザイン出身で工作室担当助手、小田倉綾香(愛称アヤカチ)。
活字のことも印刷のことも何も知らなかったのだが「子どものように楽しめた」そう。「。」が細くて綺麗なことに感動している。
左、組版の世界では著名な朗文堂社主、片塩二郎さん。

12 11, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年10月22日

ラップで中也

60年代前半、中学から高校のころ、詩をずいぶんと読み、また書きちらしていた。
中原中也ももちろん大好きだった。

まだニキビ面のガキなのに、

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
(山羊の歌・帰郷)

とか

私はその日人生に、
椅子を失くした。
(山羊の歌・港市の秋)

思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど
(在りし日の歌・頑是ない歌)

などと気だるくつぶやいて、数学の課題を解くのをあきらめ、教室の窓外を眺めたりしていた。


鎌倉文学館(長谷)前庭での「ルートカルチャー」の催し、作家の高橋源一郎とDJ・高木完による中原中也の詩の朗読ライブ。

普通に朗読するのもあるのだが、DJのリズムに乗せてラップにしてしまうものがなんといっても面白い。
今ではもうあまりに過剰でナイーブにみえる中也のロマンティシズムと叙情をいったん剥ぎ取って、しかしそれでも残る詩のことばとオーラルなリズムの楽しさと苦さ。


(以下ラップ調で)

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる……

(山羊の歌・汚れつちまつた悲しみに……)


幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

(山羊の歌・サーカス)


引用は大岡昇平編『中原中也詩集』(岩波文庫)


ROOT CULTURE FESTIVAL 2007 〜10/28

鎌倉文学館「企画展・中原中也 詩に生きて」 〜12/16

10 22, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年07月10日

「許可のない車輌乗り入れ 罰則があります」

それってどうなの鎌倉-6 乗入禁止表示の「許可のない車輌乗り入れ 罰則があります」という腰砕けのような文章を書いたお役人か組合の人は、これは法律的ないし法令的、少なくとも公的なものだからそのように書かねばと無意識のうちに思っていたのだろう。

日本の近代的な法律、「公的」な文体を最初に決定づけたのは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法だった。

「大日本帝国万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一条)
「天皇神聖ニシテ侵スヘカラス」(第三条)
「日本臣民タルノ要件法律の定ムル所ニ依ル(第一八条)
「帝国議会貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス(第三三条)

各条文のほとんどはいずれも「〜」で始まる。

柳父章『近代日本語の思想』(法政大学出版局)によれば、このような文章はそれまでの日本語の歴史上かつてなかった。今の私たちはかなり慣れてしまっているが、当時の日本人にとってこれは「異常な」文体だった。

この文体は、実は翻訳が元になって出現している。

明治政府は憲法制定にあたり、プロイセンの憲法学説を拠り所にし、お抱えドイツ人学者の作った試案の翻訳を常に参照していた。ヨーロッパの言語においては、名詞を中心とする「主語」がまず文頭にきて述語を支配する。しかしそれまでの日本語にこのような「主語」ー「述語」関係というものはなかった。

「こういう西洋文をモデルとして憲法の文章を書き始めた憲法起草者たちは、大事な言葉を名詞で表現し、それを文の先頭にもってくるという文をつくらねばならない、と思ったに違いない。それは、日本文にとって、かつてないほどのことだった。
そのときに、『〜』という文体が要請されたのである」(同上書)

以降、「〜」は法律文、あるいは民間でも威儀を正したような文章、また難解な学術書でも定型となり、戦後の日本国憲法以下、そこらへんのつまらない公園の禁止事項表示にも受け継がれている。

7 10, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年07月06日

それってどうなの鎌倉-6 乗入禁止表示

由比ガ浜に新しく立てられた毒々しい色合いの標識。

「車輌乗入禁止」はわかる。しかし「許可のない車輌乗り入れは罰則があります」って日本語の文章としての体をなしてないよ。

コミュニケーション・デザインとして失格。

「許可なく車輌を乗り入れることを禁じます。○○条令第××項」
「許可なく車輌を乗り入れた場合には罰則が適用されます。○○条令第××項」
「車輌の乗り入れには○○の許可が必要です。連絡先○○」
等々いくらでもすっきり表示できるだろうに。


「海の家」の組合が「茶亭組合」という名であることは初めて知った。ふ〜ん「茶亭」ね…。

7 6, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 28.それってどうなの鎌倉 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年05月01日

弾劾:『不都合な真実』日本語版のタイポグラフィ

日本語版『不都合な真実』(ランダムハウス講談社)を初めて手にしてパラパラめくってみたときほんとうに驚いた。

ここでは内容の話にではない。日本語の文字組版にだ。

今年の1月5日初版で、ヨーロッパから帰ってきて買った3月中旬にはすでに14刷となっていた。おそらく数十万部発行されているだろう書籍でこれほどひどい日本語組版を見たのはちょっと覚えがない。驚いたと書いたが、少しでも日本語の文字タイポグラフィに関わっている者として、そしてできるかぎり多くの人にこの本を読んでほしいと願っている者として、私は正直憤っている。で、あえて「弾劾」ということばを使う。

日本語版「PageMaker」が使われ出したもう15年ほども前の90年代初頭は、日本語組版ソフトの能力は低かったが、まだそれまでの写植技術の伝統はデザイナー、オペレーターの頭のなかにあり、見劣りがしないようにしよう、完成度を高めようとしたはずだった(もちろん短い文字数の段組み雑誌記事などで、行頭行末揃えと無理な自動禁則処理と和欧混植などによって、字間がスカスカの行と逆に妙に詰まった行が並んでいたりすることはあったが)。

英語の原本『An Inconvinient Truth』(Published by RODALE)を取り寄せて比べてみる。

受ける印象、内容に応じたタイポグラフィの差異は明らかだ。

ところがこれは同じデータ、おそらく「Quark Express」の英文レイアウトデータにそのまま翻訳和文を流し込み、日本語組版としてのデザイン調整をほとんど何も行っていないものだろう(推測するに同名映画の公開に間に合わせた「やっつけ仕事」であり、アートあるいはエディトリアルのディレクションはまったく介在していないといっていい)。

今やっている『イメージと文字』という新入生向けの授業で、学生たちに双方を見せ、両方の数ページ分のコピーを配り、受ける印象を記させ、日本語と英語のタイポグラフィの違いを自分で調べ考えさせているので、今の時点ではこれ以上はまだ書かないが、セッションが終わるまでの間にまたまとめて取り上げます。

5 1, 2007 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 31. 「不都合な真実」をデザインする | | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年03月15日

旅の読書『西欧言語の歴史』

長旅に重い本はもちろん持って行きたくない。
しかし昨秋翻訳が出た『西欧言語の歴史』(アンリエット・ヴァルテール/平野和彦訳/藤原書店)だけは600ページほどの大著なのだがずっと持ち歩いた。

「西欧」と邦題につけられているが原タイトルは "L'aventure des Langues en Occitent" であり、扱っている言語も狭い意味での西ヨーロッパではなくヨーロッパ全体にわたる。

今回の旅行はヴァチカン市国も含めれば西欧・南欧・中欧・北アフリカ14ヶ国にわたり言語もさまざまだ。

あちこち移動するたびに、そこで話されている言語についての章を読んでいた。

日本人はフランスはフランス語、イタリアはイタリア語、ドイツはドイツ語などと無意識にのっぺり「国」と結びつけてしまうが、いうまでもなく現在の政治的国境範囲と人々に使われている言語は一致しないし、「国語」などという日本的なイデオロギーは存在しない。そんな単純に考えていたらスイスはスイス語、オーストリアはオーストリア語などというおかしなことになってしまう。

それぞれの国の公の議会や役所や文書で使用される「公用語」ということにしても、例えばベルギーではオランダ語、フランス語、ドイツ語と3つあり、ルクセンブルクの公用語はフランス語とルクセンブルク語の2つだが、多くの国民はドイツ語を日常的に話している。スペインのカタルーニャ語、バスク語、英国のウェールズ語のように「地方公用語」というものもある。

ヴァルテールはそのような区分からではなく、7000年の昔、黒海の深奥から移動を始めた騎馬民族が数千年をかけて大草原から大西洋、地中海にいたるヨーロッパ全土に移動し、先住者たちとの接触のなかでいかに多様な分岐を生み出してきたか、そしてそれにもかかわらず「インド・ヨーロッパ(印欧)語」という共通の起源を持つものであること(例外としてハンガリー語はウラル語族、バスク語は印欧語ではないことは明確だが起源は不明)、スラブ系(ロシア語、ポーランド語等)・ゲルマン系(英語、ドイツ語、オランダ語等)・ラテン系(フランス語、スペイン語、イタリア語等)とまったく違うようにみえても互いに影響しあって現在の言語状況があること、ある地域地方の言語にすぎなかったものが近代史のなかでどのように特権的な地位を占めるようになったのか等々を実にわかりやすく説く。


写真はスペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラの宿、Hotel "Reyes Catolicos"(カトリック両王のホテル)内サロンの見事な木彫り丸テーブルで。
1499年巡礼者のための宿泊施設兼病院として建てられたものが現在パラドール(スペイン国営の宿泊施設)となっている。

3 15, 2007 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 14.読書三昧, 27.ヨーロッパ行・考 | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年12月02日

『かなり気がかりな日本語』(野口恵子)-3

私にも「かなり気がかり」なのが、学生たちの言い回しの婉曲的な表現とコミュニケーション姿勢が増えていることだ。

クーラーを切っていたら教室が暑くなる。学生が発するのは、この本にもあげられているようにたとえば
「暑いかもしれない」
「暑いっす、たまんないっす」
「俺的には若干暑かったりするかも、みたいな」

断定的な物言いはしない、強い自己主張や異論と受け取られるような言い方も避ける。
末尾に「なんちゃって」を付けて冗談めかしてぼかすのがはやった頃からこの傾向はますます強まったように思う。

批判や間違いの指摘もできるだけ回避しやむをえない場合でも人前では言わず遠回しに察してもらうようにする。
使役形「〜させる」は嫌い「〜てもらう」を好む。

著者はこれは彼らが自分たちにもそうしてほしかった、そうしてほしいという願望だろうという。
「学生たちは遠慮がちにものを言い、まわりに気をつかう。まわりに対しても、同じようにふるまってほしいと望んでいる。動詞の使い方から見えてくる大学生は、よく言えば優しく、悪く言えばひよわだ。」

与えられたことやルールに疑問をさしはさまないよう、異をとなえないようずっとしつけられ、他を傷つけないよう、そのかわり他からも同じ姿勢を求め自分も傷つかないようにする。感情的な反発や気まずさが生じる危険があるなら避ける。

日本語コミュニケーションの豊穣さはどんどん萎え縮小していく。

12 2, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(2) | トラックバック(0)

『かなり気がかりな日本語』(野口恵子)-2

コミュニケーションは口頭であろうと文章を通じてであろうとしぐさであろうとモノを媒介としてであろうと、複数の存在の間の関係であり、伝達や意思の疎通・共有であり、理解・交流の深化なのだからインターアクション(相互作用)なしのコミュニケーションというのは原義的にありえない。

著者が「やまびこ挨拶」と呼ぶような相手からのリアクションを求めない一方的なコミュニケーション・メッセージが都会では氾濫するようになった。自動販売機・券売機、改札、ATMなどの機械はもちろん、店員たちはいっせいに「いらっしゃいませ」「こんにちは」「ありがとうございました」などというが客は誰も「こんにちは」などと応えはしないし、そんな「挨拶関係」をもう不思議にも思わない。
これらにあるのは、必要と思われるメッセージはたしかに発しましたよ、礼儀にかなった(と思われる)決められたことは守っていますよ、という意味合いだけだ。

様々な社会的立場の人やコミュニティや年配者とほとんど話す機会も必要性もなく生活が成り立ち、きちんと文になっていない言い回しばかりで仲間内で話し、あるいは誰とも話すことのない一日を送るときもあり、携帯メールで「文字列」は打ち込んでいるがおしゃべりの延長であって「文章」を書いているわけではない、若い人たちが増えたって当たり前だろう。

日本語は「察し」の文化だと長い間思われていた。けれどこの「察し」は話者間の相互作用、協力、コラボレーションで作り上げられ成り立ってきたものだ。学生たちと接していると「察してほしい」という気持ちだけは強いが、相互で作り上げるという言語的なコミュニケーション努力はほとんどしないのが現状だ。

若い人が一方的に悪いわけではむろんないし、突然降ってわいたわけではない。
「誰かが種をまいて水をやって育てたのだ」。
著者が言うように「いまどきの大学生」を取り巻く日本語の環境は「いまどきの大人」たちが作ってきた結果だ。

12 2, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(2)

『かなり気がかりな日本語』(野口恵子)-1

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おかしな日本語の言い回しを憂えたり茶化したりする本は最近たくさん出されているが、『かなり気がかりな日本語』(野口恵子╱集英社新書)は単なる「ことばの乱れ」というような観点だけからではなく、日本語による「コミュニケーション環境」の貧困化・狭量化・不全を問題にしている。

類書と異なるこの本の特長とおもしろさは、なにより著者が三つの大学で、外国人学生対象の日本語・日本事情、文学部の日本人学生に対する日本語教育概論、そして日本人学生に初級フランス語を教えるという教育現場を持ちそのなかでさまざまな観察、経験をし考察、提言しているからだ。

たとえば日本人学生に「外国人に敬語を教えるための会話文を作成する」という課題を出す。尊敬語と謙譲語を中心にした色々な場面における回答例を著者はもちろん想定している。

ところが大多数の学生の書いてきた会話文は、ほとんどがファストフード店、ファミレス、居酒屋、コンビニのレジといった接客場面での店員と客のやりとりなのだ。学生たちが「敬語を使った会話」と聞いてまっさきに思い浮かべ、最も親しんでいる、そしてほぼ唯一の敬語使用の場が「おタバコのほう、お吸いになりますか?」「こちらレモン・ティーになります」「1万円からお預かりします」「お先に大きいほう7000円になります」「お持ち帰りでよろしかったでしょうか?」等の奇妙な接客マニュアル語の世界…。

そしてこれらに対しても「お客さんに失礼のない言い方だと思う」「決まりだから」として疑問を持ったり、誰かにぶつけたり、調べようとしたりはしない。

学生たちの「敬語体験」はもう家庭でも学校でも地域でも読書でも希薄化しておりチェーン店サービス業の現場が中心なのだ。教員への「タメ口」も当たり前になった。
「コミュニケーション・ルールを知らない」者が増えたのか、それとも「ルールが確実に変化している」と考えた方がいいのか。おそらく両方が錯綜して進行しているのだろう。

12 2, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年07月23日

露伴と文(あや)とことば

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※1910(明治43)年。露伴44歳、文6歳 向島蝸牛庵

露伴の文(あや)に対する躾けには厳しさのなかにユーモアがある。広く思いやるなかでの優しさであるのだろう。

幸田文のさまざまな随筆のなかで記されるこの父娘のやりとりのなかで、ことばに関することが私はことのほか好きだ。

露伴邸には様々な客が訪れる。文は小学校にも行かぬうちから客の取り次ぎ役を命じられる。まっさきに「はい」「いいえ」がしっかりできなくちゃだめだ。短くものを言え。長いと間違っちゃうから。
むろん、はい、いいえだけで用件が処理できるわけがない。少々お待ち下さい、と書斎に急ぎ「あのォ」となる。露伴がビシリと言う。それは要らない、用だけ言え。おまえの話しは長くていけないから短くしろ。なんでもピタリと一言で意志が通じるようにしろ。
「甘ったれた口をきくな」と言われたので「あのォ」は甘ったれることなんだと文は子ども心に刻みつける。

慶応生まれ、江戸武家の家系の露伴は「です」も気に入らない。「です」などというのは田舎上がりの下級武士が「でぇーす」と伸ばして使った品の悪い言葉だ(※現代に復活しているのは笑ってしまうが)。したがって「おります」「ございます」(※山の手言葉として揶揄的にあげられる「ざあます」などはもってのほか)。

文のことは「おまえ」とも「あやこ」とも呼ぶが、小言、説教その他特別なことを言うときは「おまえさんは」となる。自分のことは「おれ」「わたし」「わたくし」「あたし」などなど変幻自在。

「すんません」はもちろん「すいません」もだめ。「すみません」の「み」の字はそこになくちゃいけない。

「文子ッ」と呼ばれたら「はいッ」と答える。「文子ォーッ」と言われたら「はァーイ」でいいんだ。

長じて19の花盛り、たった一度代を払って買ってくれた格子の八丈。精一杯気どってみせてはみても「折角のこしらえもせりふづけがいけない、もちっときりきりしゃべってもらいたい。ああですこうですいやだわよじゃ著物(※着物)が泣く」。

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2005年03月17日

「信じられない」から「ありえない」へ

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仕事がら若い学生とよく話すので、彼らのことばの使い方に敏感になる。
「やばい」ということばが肯定的に使われるようになったのにもずいぶん前に気づいた。

最近は「ありえない」の氾濫だ。
単位不足の掲示を見ても「ありえね〜」。雪が降っても「ありえないよね」。付き合っているカレシが本当は30代だったと聞いても「ありえない」。

「ありえない」はむろん現実の客観的可能性の描写のときに使われることばだが、今の使い方は「現実を目の前にして」それを認めない、認めたくない、現実と切り結ばずただ自分的世界を保とうとする、という心情の吐露と仲間意識・共感の希求に使われている。
ひと頃の「ウッソ〜」「信じらんな〜い」に取って代わったようだ。

秋月高太郎は『ありえない日本語』(ちくま新書)で、「信じられない」というとらえ方にとっては、信じられないが現実世界はこうだ、という方向で自己の認識も世界も変更可能だったが、「ありえない」という話し手にとっては、自分の情報世界を保持し、それと合わない現実世界の方を切り捨てるという方向性を持つ、と述べている。「現実にはこうだけれど、わたし的にこうだ」。

「信じられない」から「ありえない」への変遷は、若い人をとりまく日本社会の閉塞状況の深まりにおそらく対応している。

3 17, 2005 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(4) | トラックバック(2)

2005年02月04日

日本語の辞書には言葉の歴史がない

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私が関心を持っていることのひとつに、今私たちが普通に使っている言葉・語彙(特に抽象的なことば)—「自由」「民主主義」「人権」「美術」他なんでもいい—が、いつ誰によって作られどのように使われてきたのか、ということがある。

明治の近代化時代は徹底した翻訳主義だった。つまり、今のように欧米の言語をカタカナ表記でそのまま移入するなどということはせず、漢語化を手法とした日本語を造語した。先にあげた「自由」も「美術」もそうだ。今わたしたちが特に抽象的なことばを使って何かを考えたり書いたりするときには、この時代に造語されたことばをたくさん使わざるをえない。

加藤周一『日本語を考える』(かもがわブックレット34╱かもがわ出版)を読んでいたら、「日本語の字引には歴史がない」ということが出てきた。
まったくそうなのだ。日本語の辞書には言葉の歴史がない。ある言葉を引いても、こういう意味1,2,3…とは載っているが、いつ頃から使われ、いつそういう意味になり、どのように使われたのか、ということはまったくといっていいほど解らない。古典の用例が載っていることはもちろんある。しかしそれ以前にも用例があるのかないのか、それ以後にも同様な用例があるのか、などとなると不明だ。

英語のオックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリ(OEDと呼ばれる)などでは、この言葉が文献に見られる最初の用例は○○年の○○で、17世紀まではかくかくの意味だ。18世紀ではしかじかの意味も加わり、20世紀になると少し忘れられてあんまり使われなくなった、などときちんと「言葉の歴史」が書かれている。

加藤の『日本語を考える』はもう15年も前の講演記録だが、日本語の辞書界はいっこうにこういう期待に応えてくれない。

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2004年10月22日

「おしずかに」「おもうわよ」ー悼・川崎洋さん

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詩人の川崎洋さんが10月21日亡くなった。73歳。
私にとって若い頃からことばの持つ根源的な力と優しさを教えてくれた人だった。

あちこちから「さよなら」を言おう。
※以下の別れのことばは『ことばの力ーしゃべる・聞く・伝える』(川崎洋/岩波ジュニア新書)より

東北からは
「んでぁまず」「ひまだれかけすた」「おみょーにず」「ほんじゃらまだなえ」「おやすみなんしょ」
関東からは
「ごめんない」「ごめんなすって」「さいなあ」「ごめんなんしょ」
信越からは
「ごめんなせぇー」「やすまっしぇー」「ごめんなさんし」
東海からは
「おじゃまさん」「さいなら」「きーつけてかえってな」「あばえ」「あばえなあ」
近畿からは
「おしまいやす」「さいなら」
中国からは
「さえなら」「やすんなはえませ」「ごめんさぇー」「しつれーします」「おじゃまじゃったのー」「またきんさいよ」「まーきをつけておかえりさんせーよ」
四国からは
「もうかいるぜ」「おやすみなはんせ」「ごめんなして」「ちようなら」「いにましょわい」「ほんならまた」「しっけい」
九州からは
「これは」「おそーまでおせわしございましつろ」「そいじゃー」「おせわゃーなってのまい」「やすまんの」「ごぶれいします」「さよなり」「ちいない」「だれやみないよ」「さいなー」
奄美からは
「いきょーろい」
沖縄からは
「あんせー」「いかびらうー」

そして川崎さんが「とくに気持ちを打たれた別れのことば」ふたつを静かにつぶやきたい。

「おしずかに」(盛岡・京都・昔の東京でも聞かれた)
「おもうわよ」(港の堤防で沖へ去っていく艀に向かって中年の婦人が叫んだことばを青ヶ島で教員を務めた人が記したものから)

10 22, 2004 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(1) | トラックバック(0)

2004年09月18日

松山巖『建築はほほえむ』と活版活字印刷

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友人の編集者に教えられて松山巖『建築はほほえむー目地 継ぎ目 小さき場』を入手して読んだ。

松山巖さんの本は『乱歩と東京』『世紀末の一年ー1900年ジャパン』などを読んで感銘を受けていた。
この本は、高校生や大学で初めて建築を学ぶ人たちに向けて書かれたという。
平易でしかし根元的なことばの数々が感動的だ。
「もし建築たちに意志があるなら、建築たちは樹のように生きたいと希っているのではないだろうか。」
「ル・コルビュジェの語る”第二の目的”を住まいに作り出すだろう。森のような静謐と陽気、秩序と多様を併せ持つ街をつくり出すだろう。ひとつの建築が目覚めたとき、街全体も甦るだろう。そうでなければ、コンピューターという道具の扱い方を誤っている。」
若い人に広く読まれてほしいが内容についてはまた別の機会に記したい。

小さな版型のわずか100ページちょっとの本だ。
しかし、この本は、書かれている文章、テクストあるいはメッセージ(「情報」という日本語の概念はあまりに矮小で貧困だ)を伝えようということと、この本を購入して、手元に置き、手に取ってめくる、本というモノとして手触りとして実感するという「身体的な」要素を分かちがたく結びつけるための実に綿密なプラニングにもとづいて造られていることが見て取れる。

「建物にもし、いいものとわるいものがあるとすれば、いいものとは長いあいだ、人々に使われた建物である。なぜならそのような建物は、時代の変化に耐え、激しい風雨にも耐え、なにより多くの人々に愛され、使われてきたからである」
この考えを若い人々に伝える上で、この本は、グーテンベルク以来500年、日本では明治以降の書物の印刷形式でありながら、90年代に消え去ったはずだった「活版活字印刷」で造られているのだ。
小さな町工場(失礼!文選・植字・印刷された株式会社眞珠社)に拍手!
(今の電算写植やDTPではありえない、植字工が間違えて一文字横倒しになっていることについてはDays of Books, Films & Jazz 「懐かしい誤植」参照。

今の若い世代は、活版活字印刷の本をほとんど読んだり見たことがないだろう。
この本のカバーと本文の文字を指で撫でてみて欲しい。インキが盛り上がっている。オフセット印刷の平板で無機質な水っぽさとは明らかに異なる存在感と活字の主張がある。
「小さな場と細部について熟考したときに、新鮮な建築はつくられるだろう」というコンテンツを本というカタチでコミュニケートする上で活版活字印刷は必然的に選択されデザインされたのだ。

本というメディアで人に伝えたいこと、受け取って欲しいことは、単に「情報」内容だけではないことをあらためて考えさせられる。

そして、ならば私が今中心的に関わっているインターネットというコミュニケーション環境と「本」「書物」とはどういう関係にあるのか、インターネットでの発信に「身体的」コミュニケーションの可能性はあるのか、ということを考えざるをえない。

また活版活字印刷という技術体系と「文化」は、効率化とコンピュータ化のなかで本当に滅びなければならなかったのだろうか、別のオルターナティブな道があったのではないか、という根本的な疑問も私にはある。

「ブック・ナビ」の書評

『書物についてーその形而下学と形而上学』清水徹/岩波書店
『活字礼讃 全』活字文化社
『本と活字の歴史事典』印刷史研究会編/柏書房
『印刷はどこへ行くのか』中西秀彦/晶文社
『活字が消えた日ーコンピュータと印刷』中西秀彦/晶文社
『印刷に恋して』松田哲夫/晶文社

9 18, 2004 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(3) | トラックバック(1)

2004年07月23日

「人名用漢字」

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法務大臣の諮問機関が「人名用漢字」を追加する案を出し「広く国民の皆様からの御意見を募集」したところ、計1308通の意見が寄せられ、「名前にふさわしくない」と一部削除を求める意見が「729通も」あり、諮問機関はそれを受けて数十字を削除する方針だ、という新聞記事が出ていた。
「日本国民」は1億2千万人いる。729通「も」というのはいったいなにを根拠にした表現だ?。
法務省のサイトではメールでも意見を受け付けていた。これくらいの数なら私ひとりでもメールできる。

もともとこの「見直し案」は「使用頻度や平易さだけを基準として」機械的に抽出した漢字で「人名としてのふさわしさ」などという判断は初めからしていないものであることを表明していた。
繰り返すが「人名として使え」などとはいささかも言っていない。

敗戦後の1946年(昭和21年)、日本政府は「当用漢字」というものを定めた(のちに「常用漢字」)。この頃の「国語」政策の基本は、漢字はいずれ全廃させるが、一気にそうするわけにもいかないので「当」面、使「用」してよい「漢字」の範囲をお上が定める、ということである。
その後、当用漢字では名付ける(戸籍として受け付けられる)上であまりに少なすぎるということで「人名用漢字」というものが追加された。
この際はおそらく「人名としてふさわしいかどうか」という判断基準を働かせていただろう。
今回の見直し案は、もうその判断はしません(放棄します)という表明でもある。
戦後の日本国家の「国語」政策破綻のひとつの顕れとみることもできる。

にもかかわらず「国民」は「支配されたがる」。
こんな漢字(糞・屍・呪・癌・姦・淫・怨・妾・娼…)は国家(たかが法務省だが)が定める「人名用漢字」からは削除してほしいとお上に「要望」するのだ(それが「国民の権利」であり「民主主義」だと思っている)。
削除を求める「国民の意見」の内容は「縁起が悪い」「不潔」「卑猥」「否定的」「非常識」「公序良俗に反する」「子どもの不利益、社会的混乱をもたらす」等々だという。

世界では、魔物や災い病いなどを遠ざけることを願って、「糞まみれ」「森の魔物」「名無し」「誰でもない」などという意味の名を付けることはいくらでもある。

「日本国民」の差別・異物排除意識、異常な「清潔」指向、対話をしない対立回避、言葉狩りによる現実の隠蔽等々の性向が如実に表われている。

国家が個人の名前に指図する、というのは近代「国民国家」としてはフランスが始めたことだろう。
1804年の「ナポレオン法典」で「氏」の創設を定めただけでなく、約500の名をあげ、それ以外を原則として付けてはいけないということにした(今手元に無いが「新スタンダード仏和辞典」の巻末付録にその一覧表が載っていた)。

革命当時「フランス」とされる「領土」に住む人々の半分は「フランス語」を解さなかった。
中央集権「国民国家」は「国民」がさまざまな方言やエスニック言語を捨て、国家が定めた言語に同化させることを強制する。そして、広範に通用する(有用である)ということと言語としての優劣などは無関係であるにもかかわらず、発達した文明の言語と遅れた未開の言語という観念とセットにしてそれを押しつけた。
同時に「そうした良い言語で付けられた名前こそ良い名前である」という基準を設けた。
数百万のイスラム教徒、60万のユダヤ人等々を「国民」として抱える現在のフランスでどれほどこれが踏襲され、どれほど緩和されているのかどなたかご存知だったらご教示いただきたい。

フランスをまねて近代化をはかった国々は、しかし個人の名まではそれほど規制はしなかったところが多い。
産まれてきた子にできるだけ独自な固有な名を自由に付けたいと願う親の希望は一般的には強いだろう(世界にはそうでない場合もあるが)。
しかし、たとえばアメリカへの移民たちは、入国管理官によって、かなり恣意的に固有の名を英語表記の名に改変された。
住まねばならない社会に受け入れられるために改名した人々は世界の歴史のなかで枚挙にいとまない。

子の「名付け」においても人々はそれほど「自由」にふるまってはいない。
なにかにあやかったり、記念したり、流行に左右されたり、暗黙の社会的圧力を避けたりする。

日本でも古代では漢風の名にあこがれ、明治近代では、茉莉(まり)杏奴(あんぬ)路易(るい)などというヨーロッパの名を洋行紳士が好んで子女に付けた。昭和になれば「和」を取り入れ、戦時中は軍国主義にちなみ、戦後は人気タレントやスポーツ選手にあやかる。

たとえそうであっても、国家が子の名付けを管理・差配する、などということには徹底的に抵抗しなければならない。

「中国」の「内モンゴル」地帯では「経済発展」のなかでモンゴル人は従来の遊牧生活を破壊されて貧民化しつつある。子どもたちはモンゴル語を学ぶことをやめ、漢語の生活に乗り換えていく。
ある人が産まれてきた息子に「ボール」と名を付けた。モンゴル語で「奴隷」という意味だ。この父親は、息子に、お前が成人する頃には、われわれの言葉を捨て漢族の奴隷になるのだ、と怒りを込めてこの名を贈ったのだそうだ。だがこの名は「中国」では立派な漢字で表記されるのでモンゴル語を知らない者にはその意味は悟られない。

「奴隷」くんはもはやみじめな子ではない。それどころか逆に奴隷の名をひっさげながら、奴隷状態と闘うべく運命づけられた英雄的な息子へと祝福されたのである(田中克彦「名前と人間」岩波新書)。

7 23, 2004 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(1) | トラックバック(0)

2004年07月14日

「外国語」とコミュニケーション(おまけ)

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「外国人」とのコミュニケーションに関して、実にファニーなエピソードを紹介しよう。
当時なにかの雑誌で読んだが手元には残っていないので、「ナショナリズムの克服」の森巣博氏の記述をもとに再現する。

2000年7月、「先進国サミット」が沖縄名護の万国津梁館で開かれ、当時の森喜朗日本国総理大臣が、クリントン米大統領と会ったときのことだ。

森の英語力は知らない。一応早稲田大学を出ているのだが、どうやって入学できたのかも問題視されたことのある人物である。同じ年の5月に「日本の国、まさに天皇を中心にしている神の国であるぞということを、国民の皆さんにしっかりと承知をしていただく」とスピーチして批判を受けた。ちなみに「蚤の心臓、鮫の脳みそ」とも評されていた。蚤も鮫も怒るだろう。

緊密な関係を誇る日米同盟の首脳どうしとはいえ、初めて会うときは「やあやあ」「初めまして」程度の挨拶をかわしてTVカメラ用に握手し、それがニュース映像として繰り返し垂れ流されるわけだから、通訳が横にべったりはりついていたりしたら「親密度」の演出・PRにとって都合が悪い。
で、秘書官あたりが森に、挨拶のことばなどは決まり文句だから、相手(クリントン)がしゃべることが分からなくともこのように応対すればよろしいのです、と小知恵を付ける。

森が呼びかける。
「ミスター・プレジデント、ハウ・アー・ユー?」
ところが「How」の発音がお粗末なため、クリントンには「Who are you?」(お前は誰だ?)と聞こえたらしい。
欧米の政治家は概して日本の政治家よりずっとユーモア感覚と言語能力を持っている。
「I'm fine thank you, and you?」というかわりにクリントンは答えた。

「I'm Hilary's husband」(私はヒラリーの夫である)

森は秘書官から教え込まれた通り、すかさず相づちを打った。
「Me too!」(私もだ!)

ブッシュの地元テキサスの酒場で同じことを言ったら即座に殴り倒されるか、下手をすると撃ち殺されるだろう。

上記のエピソードは日本の大新聞、TVではいっさい報道されなかったが、英語圏のメディアでは流され、おそらく世界中の失笑、嘲笑を浴びた(こういうときのために「国辱」などという言葉が造られたのではないですかね)。
当時の安倍晋三官房副長官はやっきになって否定したが、そのマジさかげんが逆にこの挿話の真実味を感じさせた。

森の英語力を嗤っているのではない。
コミュニケートしようとする意志の欠如が問題なのだ。

その後の通訳を介しての「首脳会談」が「対話」(dialogue)や「討論」(discussion)となった可能性は限りなく小さい。

7 14, 2004 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | | コメント(1) | トラックバック(0)

括弧付きにせざるをえない理由

ちょっと注釈しておきます。
私の書く文章には括弧(「」)が多い。
単に強調するためのものもあるが、大部分の括弧付きのことば・概念・国名等は、すべて「疑念」を付けているのです。
「国家」「国民」「国語」はもちろん「民族」「人種」や「進歩」「進化」「文明」「文化」「伝統」、「日本固有の」「日本人」、「中国」「中国語」等々。

これらの概念・観念・ことばが、いかに植民地主義的・帝国主義的近代西欧が差別・抑圧を背景として産み出したものであるか、またそれを「日本」で縮小再生産されたものであるか、世界的な思想潮流をみれば、60年代以降徹底的に批判され解体されています。
日本の大部分の人々はこれらの思想的営為をまったくといってよいほど知らされず、夜郎自大な風潮のもとで21世紀に入ってしまいました。
これらの概念やことばを、日本の世の中の今の「常識」通りに、無条件で使うことなどはとてもできない。
それで、説明不足は重々承知しながら、私の文章中では括弧付きで使っているのです。

「中国」「中国語」はちょっと違う問題なので、これも別の機会に述べますが、結論だけいうと、「中国」とか「中国語」というものは”無い”。日本人が勝手に想定し、そう名付けて呼んでいるだけのもの。
もっともアメリカ人も「Chinese」という言語があると単純に思ったので、以前ちょっと触れたApple社のMacOS「Chinese Talk」などという命名がなされたわけですが。

時間がないので、少しずつになりますが記していきます。興味がある方はどうぞおつきあいください。

7 14, 2004 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | | コメント(0) | トラックバック(0)

「外国語」とコミュニケーション

私の大学で、来年度から「外国語」が「必修」から「選択」に変わることになりそうだ。
別に「外国語」を軽視しているわけではない。単にカリキュラム上の問題だ。
志のある学生はそんなことに関係なく必要な研鑽をつめばいい。
ついでながら「外国語」は「外国・語」だろうか、「外・国語」だろうか?

言語の異なる人々とコミュニケートする、ということは、知っている単語や言い回しの知識の量などが一番の問題ではない。
伝えてコミュニケートしたい「内容」を自分が持っているかどうか、そして相手が言っていることの「内容」が理解できる力があるかどうか、が最大の問題だ。
それがあれば、伝えたいことを伝えあうのはカタコトのつなぎ合わせだろうとできる。難しい概念であろうと、プレーンな言い回しで通じる。ビジュアルやボディランゲージで補うのもいいだろう。

グローバリゼーション(端的にいえばアメリカによる世界支配化)の流れのなかで、英語(米語)は世界標準とされている。
ハリウッドは、シチュエイションが北京であろうと、南米チリであろうと、ナチスドイツ下の収容所であろうと、占領下ポーランドであろうと、古代ローマ帝国であろうと、中世ジャンヌ・ダルクであろうと、すべて英語(米語)で通し平然としている(「英語帝国主義」)。
幕末・明治初頭の「サムライ」が、知るはずもない English を重々しくあやつり、おお日本人にも気骨があったぞ、などと「プチ・ナショナリズム」をくすぐってヒットしたのも最近のことだ。
私たちも、すぐ隣の「韓国」や「中国」の人とコミュニケートする上でも、現状では英語(米語)にかなり頼らざるをえない。

では英語(米語)ができるようになればいいのか。
むろんできるにこしたことはない。

しかしこれは例が適切かどうかわからないが、PhotoshopやIllustratorなどが使いこなせるようになればデザインの力が増すと思いこむのと同じような勘違いの面があるだろう。

「外国語」と「日本語」のことばは一対一では対応しない。
コミュニケーションはあくまで内容であり、それが背景となる「文化」の違いによって「ことば」の意味は微妙にずれるから、それをそれぞれが意識化し、問題点を発見し、理解しあうプロセスでもあるだろう。

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2004年07月11日

「国」という文字

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朝日新聞の「天声人語」が、ジェンキンスさんにからめて「国の壁」について触れ、今守るべき「玉」(貴重な財産の代名詞)はなにか、きょう「選挙」の日はそれを示す機会でもある、と述べている。

「国」という文字は和製漢字で「國」の草書体から造られたようだ。
康煕字典には、口の中に「王」という文字がある。文字通り、王を城壁で守るという意だ。
元になった「國」の中にある「或」は、土地の境界線である「一」と武器である「戈(ほこ)」から成る。

以下、白川静「常用字解」(平凡社)を参考。

もともと「或」だけで「國」の意味だったが、後に「或」が「或いは」のように用いられるようになり、混同を避けるため「口」を加えて「國」とし、武装した国の都を指すようになった。7世紀唐代の女帝則天武后は「或」が限定的な意味を持っていることを不満とし、あらゆる方向を意味する「八方」を入れて新たに「圀」の字を造らせた。徳川光圀(水戸黄門)にこの字を見ることができる。

略字の「国」の中にある「玉」は「玉座」として使われるように、貴重な財産一般などではなくまずもって権力者の象徴である。

境界(国境)を引き、武装して支配者を守る、ということに徹したこの文字とこれが意味する概念、および派生して明治近代日本で造られたことばと概念は、私がもっとも嫌うものであり、今後とも最大の批判対象のひとつとする。

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2004年07月09日

「国字」(和製漢字)

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私の大学に「哘」というめずらしい苗字の副手がいる。「さそう」と読む。
別の副手が、かな漢字変換でこの字が出てこなくて、彼に他の読み方(音)はないのかと聞いていた。

この字は「中国」から伝わった「漢字」(漢音とか呉音とかとの「音」と、日本でそれを読み替えた「訓」を普通持つ)ではなく、日本で作られた「漢字もどき」で、音はなくこの読みしかない。

こういう和製漢字がいつ頃から作られ、それが「国字」などと呼ばれるようになったかははっきりしない。
手元にある「国字の字典」(飛田良文監修/菅原義三編・東京堂出版)によれば、江戸中期の新井白石は「同文通考」で81字を「国字」として、江戸後期の伴直方「国字考」では126字をあげているという。

平成2年(1990年)初版発行のこの「国字の字典」には1551字が収録されている。
これを見ると、私たちがふだん良く使うものもけっこうある。

「畑」「畠」「働く」「匂う」「辻」「込む」「躾(しつけ)」「峠」「雫(しずく)」「凪(なぎ)」「噺(はなし)」「栃」「枠」「榊(さかき)」「樫」「鰯(いわし)」「鰹(かつお)」「癌」等々。
「吋(インチ)」「呎(フィート)」などは江戸末期から明治以降の造字だろう。

造字法は、大部分が意味を組み合わせたもの(会意)だ。
山の上と下との分岐だから「峠」、神前に供える木だから「榊(さかき)」、はなしはだいたい新しいから口編に新で「噺」、堅い木だから「樫」等々。
「麿(まろ)」などという「麻(ま)」と「呂(ろ)」の音を組み合わせたものもある。
元の漢字をくずしたり、省略したりしたものもたくさんある。
また訓だけかというとそうではなく、例えば「働」は「はたらく」とも「どう」とも読み、普通の漢字と変わらないように見えるし、「鋲(びょう)」などは音のみとも言える。

武田鉄矢が教師役で出てくる深夜TV番組で、新しい漢字を作らせるコーナーがあったが、アイディアとしてはまあ似たようなものだ。

もっともこんなものにずっと先行して、リョービの「ナウ」シリーズを制作した水井正さんの「おもしろ漢字大図鑑」(朗文堂)や私のところの非常勤講師でもある伊藤勝一さんの「漢字の感字」(朗文堂)など、クリエイターたちは漢字の造字力、イメージ造形力に着目していろいろな可能性を試みてきている。

「中国」にはないような「日本特有の文化を示すため」(こういう観念とそういう言い回しをする人を私はまったく信用しないが)に作られた、というがそう簡単ではない。無いと思って作ったら、清の「康煕字典」には同じ漢字があったのが後で分かる、とか複雑だ。

そもそも、もともとの漢字(正字ともいう)と違うと言えば、戦後日本の文字改革やJISで制定されたものなどのかなりの漢字は正字とは異なり、作られた和製漢字とも言えるのだ。たださらに言うと「正字」というのも絶対的な基準ではなく、もともと「異体字」がいろいろあって、そのなかのひとつを時の権力がこれが「正字」だと御用学者を使って権威付けただけにすぎない。

ついでに思い出したが、日本語について一知半解のApple社が80年代の後半に作ったMac用の初めての日本語OSは「Kanji Talk」と名付けられた。一方で「中国語」OSはたしか「Chinese Talk」だったと思う。
どちらも言語と文字に対する浅薄な理解による。

で、「哘(さそう)」に戻ると、「国字の字典」によれば、青森県上北郡天間林村哘、というのがもとで、このあたりは幅の狭い麻布を良く作り、地元では「細布」の字をあてて「さおふ」と呼んだ。それが「さそう」と転じて地名になった、という説があり、また口編に行く、だから「あべ」(東北地方でかなり広範に使われる「行こう」という「誘う」表現)から来た、という説も載っている。
哘くんは札幌の生まれ育ちだが、曾祖母はこのあたりの出身らしい。

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2004年06月17日

初老とは何歳のことか

あと3ヶ月ほどで57歳になる。なかなか身体の無理もきかなくなってきた。ときどき調子悪くなる。
もう「初老」といってもいいかな、と思い手元の辞書を調べてみた。

もともとは「初老」とは40歳の異称(「新編大言海」はこの意だけ掲載)なのだそうだ。当然これは「かぞえ」だから、満39歳で人は「初老」と言われたことになる。

1981年発行の「角川類語新辞典」では、「現在は50歳ごろをいう」とあり、
1996年発行の「新明解国語辞典第4版」では「現在は普通に60歳前後を指す」
となっていて、平均寿命や定年の延びとともに(?)高齢化してきている。

「老い」に対する社会的な見方・考え方と言葉の意味・使われ方の変遷などの面から、なかなか興味深い。

言葉に厳しかった向田邦子さんがこの「初老」という表現だけは杜撰に乱用したことについて、高島俊男氏が「メルヘン誕生ー向田邦子をさがして」(いそっぷ社)の中でとてもおもしろい1章を書いているが、今それについて記している時間はないのでまた別の機会に。

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