秋葉原で卒業制作選抜作品展(3/1〜3/7)

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の卒業制作のなかから選抜された作品が展示されます。
今年は秋葉原のアートスペース「3331 Arts Chiyoda」で。
上野毛デザイン展に来られなかった方もぜひご覧お越しください。
2 26, 2010 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の卒業制作のなかから選抜された作品が展示されます。
今年は秋葉原のアートスペース「3331 Arts Chiyoda」で。
上野毛デザイン展に来られなかった方もぜひご覧お越しください。
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10月14日(水)に多摩美上野毛キャンパス講堂で公開特別講演会を行います。
「世界のあちこちの"痛み"に芸術の種を蒔く」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
講演:エクトル・シエラ 司会進行:高味壽雄
日時:10月14日(水)
時間:18:00〜21:10
場所:多摩美術大学上野毛キャンパス講堂
(一般にも公開・予約不要・入場無料)
アクセスマップ
友人のエクトル・シエラ(1964年コロンビア生まれ)を招いてのもの。
コロンビアは太平洋とカリブに面し、資源も生物も豊かで、人々は陽気で素朴であたたか、楽天的だ。しかし同時に別名「ロコンビア」と呼ばれる。"Loco" はスペイン語で"クレイジー”という意味だ。首都ボゴダでは毎日30人が殺される。第二次大戦後もずっと内戦が続き、また麻薬カルテルが裏の社会を支配する。
映画を志したが奨学金のある高等教育の場はなく、彼は条件のよかった旧ソ連のキエフ大学に留学。鬼才と呼ばれたセルゲイ・パラジャーノフ監督に師事し、また多民族、宗教がおりなす現場を見、パラジャーノフの反骨と美への洞察を学ぶ。
在学中から世界のあちこちを旅し、日本にも来て気に入り、1994年から日本を拠点とする。
彼を決定的に変えたのは、日本大学大学院での卒業制作に、当時緊迫しつつあったコソヴォの撮影をテーマに選んだことだった。セルビア人とアルバニア人の殺し合い、NATO軍の空爆も経験し、どうしてもなにかをせざるをえないと考える。
ひとりの若い外国人アーティストの手で戦争を止めさせることなどできない。
薬や食料などは公的な機関やさまざまな団体が援助している。
しかし心のケアまでは手がまわらないだろう。とりわけ心に深い傷を受けた子どもたちに対して。
子どもたちとのアートの実践を通して癒しや精神の浄化や希望につなげられないだろうか。彼は日本に戻ってからNGO『国境なきアーティスト(Artists Without Borders)』を創って活動を始める。
コソヴォ、東ティモール、カフカス、アフガニスタン、そして9.11後のニューヨーク等々を訪れ、それぞれの地での子どもたちに絵や折り紙などのワークショップを行い、日本の子どもたちたちには想像もできないこれらの子どもたちの作品との交流活動を行う。
初めは太陽を黒いクレヨンで塗りつぶす子、「私の町」と言うタイトルで撃ち合う人々を描く子、かつてあっただろう家は薄く描かれ、地には死者が並べられている絵。
一方で「美」という漢字と意味を教わり、じょじょに美しく明るい絵を描くようになる子。
そして、過酷な環境にありながらも、作った折り紙をかざす子どもたちの、日本の子どもにはめったに見られなくなった生き生きとした目に魅せられる…。
10 10, 2009 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
写真家・土門拳(1909-90)の初めての写真集とよばれるものの復刊(講談社)。
土門は横浜の高校卒業後、倉庫人夫をしたり住み込み書生をしたり夜学に通ったり農民運動に加わったりと24歳まで青春の彷徨を続ける。
写真館の門下生となるが決まり切った撮影に飽きたらず、1935(昭和10)年、26歳のとき、名取洋之助が主宰する「日本工房」を訪ね採用される。
日本工房は対外グラフ誌『NIPPON』を中心に制作していた。
ここで図案家(デザイナー)であった熊田五郎(のちの画家・千佳慕)と意気投合し、早稲田の学生アルバム委員の、ありきたりなものは作りたくないという意向も受け、いつもダメ出しされ泣かされていた師の名取がベルリンオリンピックのため長期外遊していた間に、熊田がやっちゃえ、これを拳ちゃんの最初の写真集にしよう、といって作られたのが土門拳28歳のときのこのアルバム。
撮影はすべて「ライカIII型」で行われた(レンズはエルマア5cm、ズマアル5cm、ヘクトオル7.3cm、エルマア3.5cm、エルマア13.5cmの5種)
元のものの奥付には、制作:日本工房、編輯・撮影:土門拳、装幀・構成:熊田五郎、マネージメント:信田富夫とある。
戦後、熊田は熊田千佳慕として画家になり、『昆虫記』等をあらわして先月没した。信田富夫はライトパブリシテイを起こす。
このアルバムは今見ても卒業アルバムあるいは写真集として秀逸であり、関係ない人が見ても楽しい。
教授陣はさすがに重厚な表情だが、いわゆる肖像画のようではない。詰め襟、学帽の学生たちがキャンパスや街を颯爽と闊歩し、また学業にはげむ姿、街に繰り出しての愉しみ、撞球(ビリヤード)、麻雀、スポーツの躍動、由比ガ浜でのスナップ、下宿での語らい、弦楽五重奏を奏でる姿、なにかお金持ちの学生の書斎の電蓄でベエトーヴェンに聴き入る学生たち…
1ページ1枚を基本としてホワイトスペースをバランスよくとった熊田のシンプルなレイアウトも好ましい。
新宿「碇萬年」の云わずと知れた呑んべえグループ、とある。
早稲田「山書店」(左)、早稲田「丸善」(右)
キャプションに「読書 坂井君」(左)「論文 内野君」(右)
「この二頁は学生生活の中心課題であるべき "学問する" と云うことの集中的場面として特に両君に撮らせて戴いたものである。そして両君を選んだことについては何人も異議のないところと信ずる」
坂井君とは矢内原忠雄遺稿集を編纂し、またベトナム戦争初期にこれは反共の戦いではなく、帝国主義に対する民族解放闘争だと喝破したジャーナリストでもあった坂井基始良(きしろう)。
内野君は、内野茂樹(1911-63)。アメリカ新聞史、マスコミ論を研究し、早稲田に新聞学科ができると教授として教鞭をとった。
このアルバムが作られた1937(昭和12)年は、7月7日、日本軍が盧溝橋事件をでっちあげ、中国への全面侵略戦争を始めた年でもあった。
9 6, 2009 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
熊田千佳慕(くまだ ちかぼ )さんが13日に亡くなられた。享年98。
白寿を祝う「プチファーブル・熊田千佳慕展」が12日から始まったところだった(松屋銀座で24日まで)。
戦前は師事した山名文夫とともに名取洋之助の「日本工房」で雑誌『NIPPON』のグラフィックデザインに携わり、土門拳と組んでレイアウトを行う、日本のデザイン界のさきがけのひとりでもあった。
1945年5月の横浜大空襲で被災。戦後は山名からもらった「6Bの鉛筆」と縁の下で拾った絵の具で描画を始め、虫や草木の細密画の挿絵、絵本画家に転身する。
代表作『ファーブル昆虫記の虫たち』は1998年に4冊刊行され2008年に5冊目が出た。続刊はもう出ないのだろうか。
構想からまる5年かけて1996年に出版された絵本『みつばちマーヤの冒険』より ー
私は幼少の頃、詩人であった長兄精華によって、早くから小さな生きものの世界が、やさしくうたうような文章で書かれているこの物語を知り、いつの日か、この世界を絵に描きたいという念願が芽生えました。
…
(1989年、小学館前社長から、まとまった作品がほしいとの要望を受け)
ためらうことなく「マーヤ」という言葉がでてしまいました。
このチャンスは私にとっては最後のことで、文字どおり "一期一会" の心境でした。もう二度とないと思うと、慎重さが倍加して筆がはかどりませんでした。そのうえ、70代に見えなかったことが、80代になって見えてくる始末です。
目はますます冴えてくるし、したがって、技のほうもさらに細かくなるという状態でしたが、構想の起点から5年の長い歳月を経過してようやくまとまりました。
登場してくる虫たちそれぞれに、その時点での思いがこめられています。
私の長い生涯で出会った虫たち、もうこれが最後の出会いかも知れない、と思うと何ともやりきれないさびしい気持ちに落ち込み、あるときは筆を数日間おいてしまったこともありました。
…マーヤとともにこの長い旅路をたどるうち、ようやくゴールがかすかに見えてきたのです。
昨1995年の6月、"秋深き頃、終結の時がくるように" との神の啓示のようなものがあり、突然、人が変わったように筆が進みだし、今までに経験したことのない状態になりました。
老いも歳のことも意識しなくなり、ただひたすら筆が進みました。昨夏の連日の猛暑も苦にならず、朝のくるのが待ちどおしく、まったく信じられないような状態になりました。死にもの狂いという悲壮感はなく、ただ楽しく筆が進みました。奇蹟という言葉がゆるされれば、まさに奇蹟でした。この間、5画面を完成したのです。
私は素晴らしい画家になることより、花や虫の言葉がわかる画家になりたかったのです。
合掌。
8 20, 2009 07.デザインの世界, 10.美術工芸 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
北海道滝川市、太郎吉蔵での第3回デザイン会議。
ディレクション(フーデリコ)奥村文絵さん、ドリンク(バー・ブラジル)佐藤栄市郎さんによるウェルカムドリンク。
道産スイカを絞ったジュースとウォッカのソルティドッグがすばらしく旨い。
他にも菜の花蜂蜜で作ったレモネード。美瑛の汲みたて湧き水。
テーマは「デザイナーの新しい役割」。
昨年の「ローカルとデザイン」をふまえ、ローカルとグローバルにおけるデザイン、デザイナーの新しい役割についてがかなり中心となったが、やや噛み合わず感が残る。
もともとなんらかの「解決策」を出すための会議ではないとはいえ、会議の基本方針のひとつである「パネリストが自分自身のために本音で議論する」こと自体をどう「リ・デザイン」したらいいか、皆で考えたい。
8 10, 2009 07.デザインの世界, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今日(23日)行われるコンサート「KAISEI PLAYBACK 2009」の会場で配るリーフレット(A4二つ折り)をデザイン制作し、自宅のプリンターで、今午前2時過ぎだが、200部(表裏400通し)刷っている最中。
右、表紙の下の赤線が引いてある1960年から1966年は、私たちが開成学園(中学・高校)に在籍していた年代。
過去記事:
43年ぶりの競演(2009/05/21)
5 23, 2009 07.デザインの世界, 13.音楽の楽しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『おやじがきー絶滅危惧種中年男性図鑑』(内澤旬子/にんげん社)より。
内澤さんのイラストはたぶん雑誌『本とコンピュータ』に連載され、のちに『印刷に恋して』(松田哲夫/晶文社)にまとめられたもので初めて見たと思う。
その後『「本」に恋して』(松田哲夫/晶文社)、『センセイの書斎―イラストルポ「本」のある仕事場』(幻戯書房)、そして同じくイラスト・ルポ『世界屠畜紀行』(解放出版社)などを読んできた。
どれも対象への好奇心と理解して少しでも伝えたいという気持ち、観察に支えられた優しいイラストレーションとルポでとても好きだ。
『おやじがき』のあとがきによると、おやじを描き始めたのは1999年だそう。まだ三十代前半で、おやじの気分など想像もつかなかった。「相方を喜ばせるため」街でみかけたおやじをチラシの裏などに描きなぐっていたのが始まり。
イラストレーターになってから、自主的に何かを描く暇も機会もない。しかし自分は本当のところ何が描きたいのか悩み、「ならばいかに商品として通用するイラストを描くか」を追求していたときに、一方で、なんにも考えずになぐり描いていたおやじ画をまとめてみたら「なんだか愛しかったのです」。
コピーの手製本がコミケで売れ、出版社から本にしたいと話があり、さらに一年半かけて「おやじを渉猟」して作られた(奥付を見ると、編集は「南陀楼綾繁」とあって「なんだろうあやしげ」と読みがふってある)。
辛酸なめ子さん(漫画家・コラムニスト)によるオビの文句からー
「一秒の出会いが一生になる。そんな存在感あふれるおやじが満載です」
「男は枯れるのではなく、煮詰まってゆく……」
「オバハン」も描いてもらいたいが、こちらは少しも絶滅危惧種ではないからなぁ。
5 15, 2009 07.デザインの世界, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
5 5, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
白線のギャラリーに展示されていた白線のロゴも制作した長井健太郎さんの世界地図による十二支。
縮尺比は同じまま、配置や角度を変えて制作。
長井さんには同じように世界地図を使ってドクロを描いた「WAR SKULL」という作品もありTシャツになっている。
Japanese Designers Project Tshirts Store
グラフレックス ディレクションズ
4 20, 2009 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『ミケランジェロの暗号(原題:THE SISTINE SECRETS)』(ベンジャミン・ブレック&ロイ・トリナー著・飯泉恵美子訳・早川書房)。
バティカン・システィーナ礼拝堂には一昨年訪れ、ミケランジェロの天井画に感動した(先日、ショウちゃんがうぃ〜と見上げたかどうかは知らない)。
小説や映画『ダ・ヴィンチ・コード』で、レオナルド・ダ・ヴィンチがいかに宗教的異端であったかが有名になったが、レオナルドの宿敵といっていいほどのライバル、ミケランジェロもまた当時の正統カトリックからすれば、異端思想の持ち主であり、バティカン・システィーナ礼拝堂の有名な天井画にはさまざまなその暗喩的メッセージが残されている、という本。
が、ここでは内容ではなく、本のカバーの話。
A5判(148×210mm)の普通の単行本なのだが、良くみると、カバーが3段になっている。帯と見えたものも帯ではない。
カバーを外して、4回折りになっているのを拡げると、60cm角大になり、天井画の写真が現れる。
装丁:山田英春、とある。
2 25, 2009 07.デザインの世界, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
写真は『BLACK PANTHER - The Revolutionary Art of EMORY DOUGLAS』より
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。…万物は言によって成った。成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった。言のうちに命があった。」(ヨハネ福音書)
ことばの重要性
「デザイン学科に入ってくる若い人のなかで、ことばと文字の表現の重要性に気づいている人は少ない、というかほとんどいないね。」
ー 具体的にどんなことでしょう?
「高校の美術部や美大向け予備校では、どうしても色彩構成とかイラストレーションとかデッサンが中心になり、グラフィックデザインやビジュアルデザインのなかでは、ほんの少しの例外を除いて、ことばと文字表現(タイポグラフィ)がいかに死活的な役割を果たしているかは学ばない。」
「ロートレックの絵が、文字情報を含むことによって、それまでの絵画ではなく近代のデザインポスターになったことの歴史的意義やデザイン史的意味はちゃんと教えて欲しいね。」
ー ふむふむ。
「だから私がずっと新入生向けに受け持っている、今は《イメージと文字》と呼んでいる授業ではそのことを少しでも分かってほしいというのがかなり中心。
ポスター一枚にしても、ビジュアル、グラフィック面で九十パーセント成功していても、ことばと文字・タイポグラフィが適切でなければデザイン的に失敗なのだということを徹底的に指摘する。」
ー ああ、確かに美大に来る前に石膏とか静物デッサンを山ほどやってきた学生はいても、そういう文字の扱い方には慣れていないかもしれませんね。
「しかし、タイポグラフィ以前の《ことば》の問題は、単にことばについてのセンスやボキャブラリーというレベルの話ではなく、テーマについての思考、考察がどこまで深く届いているか、に関わるのでもっと難しい。」
「単に気の利いたキャッチフレーズを思いつくというような問題ではなく、対象やコンセプトとの関係に基づいた言語的営為だからね。」
ー 視覚化だけじゃなく言語化も必要なんですね。
「《ことばでのプレゼンテーション》を重視する向きも、あれこれ能書きを言わず制作物で勝負すべきという向きもあるよね。」
ー はい。
「それは場合によるだろうけれど、私は、一流のデザイナー、クリエイターは、自分の制作作品を、必要であればきちんとことばで説明、プレゼンテーションでき、また他の人の作品もことばで批評することができる、ということの方に組するね。」
ー 私はあまりイメージを言葉にするのは得意ではないですが、本当に理解するということは言葉にして言えることなのだと聞いたことがあります。
「そこで述べられるのは《好き》とか《嫌い》とかいうレベルの話ではなく、またビジュアル的・イメージ的な話だけではなく、ことば(われわれの多くの場合日本語)で考え抜いているからそれが可能だろうと思う。 」
ー インプットした情報を言葉にせよイメージにせよ、アウトプットするという行為自体、デザインなのかもしれませんね。そうおっしゃっている高味先生の言葉には説得力があります。私も精進します(笑)
ありがとうざいました。
2 20, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『本と活字の歴史事典』(印刷史研究会編・柏書房)より
Adana-21J
「デザイン学科にAdana-21J という小型活版印刷機と活字を導入して、ワークショップや私の《イメージと文字》授業に組み入れている。」
ー はい。ワークショップには私も参加させていただきました。
「このコンピュータ時代になぜそういうことをするのか?」
ー なぜでしょう?
「別に印刷関係に限らず、どんな技術体系だって歴史的な工夫の積み重ねや発明・発見や人々の了解の上に今の技術があるわけ。当然だよね。コンピュータの最先端ソフトウェアは先達たちの、まあいわばアナログ時代のノウハウの蓄積、工夫の結晶を取り入れてできている。」
ー そうですね。
「現在のソフトウェアはそれらの積み重ねられた熟練やセオリーのノウハウをバーチャルにコンピュータ上に実現しているもの。」
「しかしそうしたノウハウが産み出された、あるいは工夫のプロセスを知らないままその《果実》だけを無自覚に利用するとどういうことになるか?」
「Illustrator であれInDesign であれ、ほとんどデフォルトでそれなりの文書表現を作ってくれてしまう。それでできたものを、タイポグラフィの観点から、あるいは編集レイアウトデザイン的な観点からクリティークしろといったら、学生たちはたぶん意見を述べる上でほとんど何も持ち合わせる根拠も経験も知見もないだろうね。」
ー はい。今の便利な環境下で育ってきた人達は普通知らないですよね。
「ソフトウェアが初期的に最適として作ってくれてしまっていることにそもそも気づかない。それではだめだと思う。」
ー 知る機会があればいいとは思うんですけど…。
「昔の、活字活版時代のことをすべて後追い経験する必要はもちろんない。《身体性の回復》とか《アナログの復権》とかの流行を追う(というか創る)、今これが新しい、が売りのデザイン雑誌的キャッチフレーズに追随する必要もない。」
ー 今の人達も単に懐古趣味とか奇をてらった発想とか、そういう解釈はたぶんイヤでしょうね。
「活字組版・活版印刷そのものは産業的にはもう過去のものであるのは確か。」
「美術工芸品的に一部生き残り良質な小品を残す路もあり、その路に進む人が出ることを否定はしないしおおいにやってほしい。」
ー そういう考え方や生き方も立派だと思います。
「けれど、活字をひとつずつ拾い(ここでは日本語で使用する文字に対する知識、知見が問われる)、並べ、印刷上には現れないような字間、行間を整え、版面を作り、コンピュータ画面上のプリントボタンをクリックすればプリンターから出力されてくるのとは違う、自分自身による印圧調整や紙への力加減等を実際に自覚的に経験するかどうかは、その後のさまざまなことに対する傾注力、注意力、観察力、そして思考力に決定的な違いをもたらすだろうと思う。」
ー そうですね、どんなキッカケにせよ体験的に得ることは大きいかもしれません。
「そして、まだAdana-21J のような形でその一端を経験できる環境があるならば、できるかぎり多くのこれからのデザイナーの卵たちに経験し、感じ、考えてもらう機会にしたい、というのが私の考え。 」
ー それこそ《環境》があるのなら、活用した方がいいですよね。私もAdana-21J に触れて良かったと思います。
2 20, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ガリ版(謄写版)−2
「謄写版というのは印刷機、ヤスリ、原紙、鉄筆、インキ一式でも手で持ち運べる。コンピュータ機器のように電気がなければただの箱と違い、密林、砂漠、山奥のような所でも使える(現在でもアジア、アフリカなどで使われておりラオスなどでは《トーシャバン》で通用する)。
中国、台湾、日本など何千という漢字を扱う文字圏でも手描きだから自由。これってDTP(デスクトップ・パブリッシング)の元祖だよね。」
ー 確かに!
「別の面、産業・技術史的にみると、文字│印刷の世界も、産業資本主義、大量生産・大量消費の過程のなかで、徹底的に分業化、専門化されて、モノを作っている人間にとって全体像と制作プロセスと最終成果物は疎遠なものになってしまった。」
ー うーん。便利なような不便なような。
「デザイナーは《この部分ヤヤ詰め》などと指定すれば熟練写植オペレーターが調整し、写真全体にもっとコントラストをとかここもっと青くとかいえば、レタッチャー(私ももともとそのプロ)が手を加え、という具合だった。」
「DTP は、このプロセスで失われてしまったクリエイター(職人とかクラフツマンとかいってもいい)のトータリティ、ガリ版の持っていたトータリティの可能性を改めて新しい次元で取り戻し、再創出する環境であり機会だと私は思う。」
2 19, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ガリ版(謄写版)−1
「《ガリ版》という製版・印刷システムを知ってる?」
ー いえ、呼称を聞いたことくらいしか無いです。
「今の学生の親世代でももう知らないかもしれないね。でもおバカな《ことえり》でもちゃんと変換するなぁ。」
ー 現役生の親世代は知らないかもですね。私の親は知っていたようですが(笑)…それは置いといて続けて下さい。
「私が好きな漫画家・高野文子の『美しき町』(『棒がいっぽん』マガジンハウス所収)に、昭和三十年代の郊外工場労働者が社宅でビラをガリ版で作る印象的な情景がある。」
「《ガリ版》は活字組版・活版印刷│写植・電算写植│コンピュータ組版(オフセット印刷)というメインの印刷史の流れのなかではほとんど出てこないけれど、印刷・情報メディア史のなかでとても重要な意義をもっていると思うし、私個人の文字、組版、印刷、編集デザインとの関わりのなかでも原点なんだ。
正式には謄写版印刷といってシルクスクリーンなどと同じ孔版印刷の仲間。
一時流行った年賀状の《プリントゴッコ》ははがきサイズの謄写版だよ。」
ー あ、プリントゴッコと聞けばグッと身近な感じがしますね。
「十九世紀末、あのトマス・エジソンが原型を発明し、日本の堀井新治郎という人が改良し、コピー機が出回る一九七〇年代くらいまでは、学校のテスト、副教材、お知らせ、役所の文書などをはじめ、けっこう最近までラジオやテレビ、芝居や映画の台本など幅広く使われた。」
ー そうだったんですか。
「溝が刻まれたヤスリの上に和紙に臘(ろう)などを塗った原紙を置き、鉄筆で文字を書く、というか刻む。この時《ガリガリ》という音がたつので通称《ガリ版》。」
ー ベタなネーミングですね(笑)。
「この作業を《ガリ切り》というんだけれど、小学生時代からやっていた私は若い頃この道のプロで、ずいぶん仕事や講習会の講師などもやったね。
ついでながら宮澤賢治も上京時、ガリ切りの仕事をしていた。」
ー 専門的な仕事だったんですね。
「ヤスリ盤には溝の角度や疎密にさまざまな種類があり、鉄筆の先も細かい文字用から広範囲のツブシ用までいろいろ。原紙も各種方眼目や原稿用紙目など用途によって使い分ける。」
ー 鉄筆ということは、手描きなんですね。
「で、小学生のころは勝手な字体やレイアウトで学級通信など作っていたけれど、中学時代になると大人の作った色々なものを見て、書体の違いやレイアウトということを意識し始めた。
バッテン型の溝のヤスリはフリーな書き文字体に適するが、水平垂直溝のものだとゴシック体が比較的楽に描ける。」
ー 楽って…手で描くのは大変そうですけども。
「見出し文字は本文とはまた別で、書体事典や書道事典を見ながら太明朝を描いたりした。
変わったところでは、宋朝体用の右肩上がり角度のついたヤスリと文字用の枠が縦長になっている原紙があって中学生の頃からけっこう好きで宋朝体で詩集など作っていた。
ガリ版は私にとって、現在につながるタイポグラフィへの関心の原点なのだけれど、一方で文章ライティングと編集デザインの原点でもあるんだ。」
ー ライティングとデザインが?
「なぜかというと、小学生時代の学級新聞でも中学生時代の自主制作物でも、企画、取材からライティング、編集、デザイン・レイアウト、見出し付けからちょっとしたイラスト、ガリ切り、印刷、配布ないし展示までひとりでやっているわけ。」
ー 一人で何役もこなしてたんですね。今ではデザイナーでさえ手描き文字を入れることは少ないのに。
「当時どんなに内容的表現的デザイン的に稚拙であれ、このトータリティを持ったプロセスを好きでやった、好きにやれた、あるいはそれを可能にしてくれたガリ版というメディア環境が今の私を形作っていると思う。」
2 19, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
読む、書く、伝えるの原体験
「私の場合、文字や言葉や印刷、メディアということへの関心をずっと持ち続けているということのバックグラウンドは、やはり子どもの頃から本や新聞を読むのが好き、日記や文章を書くのが好き、ガリ版(後述)で新聞やビラや小冊子を作るのが好きだったということだと思う。
昨年《ネットワーク》という授業の課題のなかでウェブに関する啓蒙的な(技術的なものではない) 新書本(『ウェブ時代をゆくーいかに働き、いかに学ぶか』梅田望夫/著 ちくま新書 )を一冊読ませたのだけれど、新書本を読むのは初めてで、電車の中で読んでいたらビジネスマンになったような気がした、という感想があり、いくら若い人の《活字離れ》が進んでいるとはいえ、ここまできているのかと愕然としたなぁ。
ふだん新聞も本もほとんど読まず、コミックとビジュアル的な雑誌とウェブくらいしか見ないという生活のなかから、文字のことをまともに学んでいこうというような志向や感性が出てくるだろうか?」
ー うーん。さすがにそれはキビシイ傾向かもしれません。
「出てくるとしても単にビジュアル的におもしろい文字使い程度ではないかな。」
ー …活字というよりはビジュアル要素として。
「もちろんきっかけとしてはそれでもいいのだけれど、新奇な使い捨てデザインにとどまらず、時代や文化と切り結ぶためには、始めに話したような視点や関係をちゃんと本を読んで調べたり、考えたり、分け入っていかなくては…。」
ー 興味の対象が無いとなかなか難しいですね。
「私は学生の頃、社会思想史を専門に学んでいたけれど、なにかひとつのテーマに取り組もうとしたら、そのテーマについての啓蒙書、専門書と周辺で関連することを扱った本を少なくとも本棚一段分くらいは読んで考察せよ、と言われたもの。
啓蒙新書本一冊読むのに十日間もかかるような、つまりまとまった文章を読む習慣を身につけていない今の学生に対してとてもこういうことは言えないね(笑)。」
ー ある意味情報が溢れすぎていて調査する必要性が無いのかもしれません。
「どこの大学でも、学生のレポートがウィキペディアの切り貼りだらけで、それを判定するための教員用ソフトがあるなどと冗談のような話があるね(笑)。」
ー ははは(笑)(まずいなー。私も引用することあったりして・汗)
「しかし本を読んで考える、さらにはその結果を文章にまとめるということと、ウェブで《情報を検索》して必要な《情報結果を得る》、それを切り貼りしてレポートを作るというのは、リテラシーや知的営為として全然違うことだよね。
《検索結果》は見えているけれど、それはあくまできっかけに過ぎないとはまったく思わず《思考》は停止している、あるいは発動されないまま。」
ー そうですね。頭の中でまとめる行為が抜け落ちているかもしれません。
「ちょっと脱線したけれど、文字をきっかけにタイポグラフィ、印刷デザインや情報メディアにつながって考えて行く場合も、ことば、言語、コミュニケーション・デザインに拡げていく場合も、やはり関連する書籍をきちんと読み、少しずつでいいから自分のなかで知見を関係付けていく努力が絶対に必要だと思う。」
ー はい。
「美大ではよく考えてばかりいないで手を動かせ、と言うけれど、私はそうは思わない。
《考えてばかり》というが、単に狭い自分のなかで悩んでいるだけで《ちゃんと考えていない》こと、《ちゃんと考える》ための素材、知見があまりに貧弱なことが問題。」
ー 確かに。自分の中に料理する素材がなければ作れないです。
「手を動かし、そのなかから発見していくことはもちろん重要だけれど、手だけ動かしていても拡がりや深まりの面で必ず行き詰まるよ。 」
ー 脳も体の一部ですし、体を動かすという意味では、自分の体を総合的に使わないとバランスが悪いかもしれませんね。
2 19, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
2月15日に紹介したデザイン学科4年生、山崎祐三子さん制作『Type 文字をめぐって』所収の私の部分を6回に分けて掲載します(インタビューアーは山崎さん)。
ひとくちに文字といえども
ー高味先生は以前、印刷関係のお仕事のご経験があるとうかがっておりますが、何かその周辺で興味深いお話などありましたら教えて下さい。
文字、活字に関することなど何でもお話していただければと思います。
「文字・活字・タイポグラフィの話が中心になると思うけれど、これは実はとても多岐にわたるテーマだよね。」
ーそうですよね。
「ひとつの方向は、文字というものはもちろん言葉と切り離しては考えられないからさまざまな言語(日本語もそのひとつ)との関係、言語論や言語コミュニケーションの文化、歴史のなかでみていかなければならない。」
ーはい。
「もうひとつは、文字から印刷用の活字、組版、印刷へという道筋で、各種の印刷用活字、活字活版印刷、写植、コンピュータ組版、そして印刷だけではない、ウェブも含めた多様な情報メディアと技術史、コミュニケーション・デザインのなかで文字の問題をとらえていく方向。
どのような視点から考えようとしても、歴史、文化、世界、技術等々、文字通りタテ、ヨコ、ナナメの関係を見ていかねばならないね。」
ーはい、あまりにも複雑でつかみ所がないというか。
「文字というものに何かのきっかけで興味をもった若いひとや、デザインを志すなかで、文字の重要性に気がつき、勉強せねばと思っている学生たちにまず伝えたいのは、それだけ奥行きと拡がりをもった難しいテーマであること、けれど学べば学ぶほど自分にとっての新しい発見があり、実におもしろい取り組み甲斐のあるテーマであること。」
ーそう言っていただけると、あまり難しく考えなくてもいいのかな? と思えますね。
「文字やタイポグラフィに興味を持つ、というのはいろいろなきっかけやルートがあるだろうし、人それぞれでいいと思う。」
「さて、どれだけ話が拡がるか深まるかはわからないけれど、少しでも若い人のためのガイドやアドバイズになることを願いながら、私の経験に即して話してみるね。」
ーぜひお願いします!
2 19, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
デザイン学科本年度卒業制作の選抜展が、2月22日(日)から3月1日(日)まで「ゴタンダソニック」で開かれます。
2月13日〜15日の上野毛デザイン展を見逃された方も、選抜作品をもう一度じっくりご覧になりたい方もぜひお越しください。
2月22日(日)〜3月1日(日)AM11〜PM7(最終日〜PM5)
ゴタンダソニック
品川区西五反田3-8-3 町原ビル1F
JR五反田駅徒歩7分あるいは東急目黒戦不動前駅徒歩5分
2 18, 2009 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
「ショウちゃん、ゴックンしたの?」
「ううん、タローちゃん、ぼくゴックンしてないもん」
イラストはデザイン学科卒業生、照井正邦くん。
週刊朝日「山藤章二の似顔絵塾」にちょくちょく掲載(今日発売2/27号にも)。
過去記事:
照井正邦くんの似顔絵
2 17, 2009 07.デザインの世界, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
2 15, 2009 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
多摩美上野毛デザイン展が始まりました(15日まで)。
本年度の卒業制作が中心ですが、3年生の進級制作も展示されています。
紙・色見本帳を模した3年生作品のカタログ。
人材物色中の方々、ご覧になってぜひツバ付けてください。
2 14, 2009 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
多摩美上野毛デザイン学科卒業制作図録に求められて寄稿した卒業を迎える学生たちに贈ることば
1. 卒業生への言葉
あなた方が大学生活を過ごした2005年から2009年という時期は、おそらく後世からみて世界史的なターニングポイントとして位置づけられるでしょう。
自由競争と市場原理をグローバルに押し進めようとしたアメリカ主導の資本主義と新自由主義が音をたてて崩れつつあります。それに追従してきた日本も当然同じ危機に入りました。「格差社会」というような警鐘の段階を越え、「貧困」ということが日本でも現実の問題となっています。世界的にみれば、宗教や「民族」「地域」の対立はますます先鋭化し、温暖化をはじめとする地球環境は悪化するばかりです。
このような時代にデザインということに何ができるのか、大量生産・大量流通・大量消費に「寄り添うように」、あるいは東京という「中央」に集中して展開してきた日本のデザインはこれからこのままでいいのか、デザイナーはどのような視野と創造性、独創性、革新性を持たねばならないのか、真剣に考え続けてほしいと思います。
●学ぶ方法を学ぶ
デザイン学科であなた方が学んだことは、けっして技術や知識だけではないはずです。私が常に望んだことは、「学ぶ方法を学んでほしい」ということでした。学ぶ方法さえ自分で身につければ、社会のなかで、仕事をしながら、歳を重ねても、いくらでも学び続けることができます。
●自分が情熱をもって取り組めるコト、テーマを見つけ、とことんやってみる
あなた方は与えられた課題に取り組みモノを創り出すことはほぼできます。しかし自分で課題を見つけ、設定し、考察・企画し創造するという面ではまだまだ充分とはいえないでしょう。哲学でも数学でも、課題を解決する以前に、問題課題をいかに設定するかが一番重要なのです。デザインの世界でも同じことです。
今後の健康と健闘を祈ります。
2. あなたにとってエネルギーとは?~デザイン創作活動をする上で~
対象とするコト、モノ、ヒトを好きになること。解決の方向は対象自体の関係のなかにあります。それを発見すること。そして、どうしても好きになれなかったらやらないこと。
2 13, 2009 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
明日13日(金)から15日(日)まで多摩美上野毛デザイン展。
学生たちも最後の準備で慌ただしい。
来場者に進呈される豪華(?)フルカラー256ページの卒業制作図録。
卒業制作105名分の紹介、教職員からのことば、受講授業一覧(世の中年表付き)、この学校に入ってよかったですか?ーYes 91%などのアンケート集計。
14日(土)3時からの特別講演会では、ターセム監督、石岡瑛子衣装、世界遺産の数々を舞台にして話題の映画『The Fall(落下の王国)』の上映と佐藤直樹・寺井弘典対談があります(無料)。
専任教員による進学相談も(3日間とも1時〜5時)。
ぜひお越しください。
卒業生たちも来てね。
2 12, 2009 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
第2回企業ウェブ・グランプリ(Japan Web Grandprix)の部門別グランプリの発表とベスト・グランプリの選出が12月9日サントリーホールで行われた。
2008年度ベスト・グランプリに輝いたパイオニア株式会社の「Sound Lab.」サイト。
ガバナンス部門グランプリを受賞した「富士フィルムホールディングス・コーポレイトサイト」。
デザイン学科卒業生、山田和利くんが制作を手がけている。
「企業ウェブ・グランプリ」サイトのニュースに各賞は掲載。
12 11, 2008 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
秋から応募企業サイトの審査が進められ、9日3時から六本木サントリーホールで、12部門グランプリの発表とベスト・グランプリの選出、表彰式が行われる「第2回企業ウェブ・グランプリ」。
デザイン協力しているので、今年もパンフレット、ポスター、舞台まわり等をデザイン制作。
写真はA4パンフレットの表1-4。
今年のスペースデザイン卒業制作作品(福田治子)を使う。
ロゴタイプに使ったフォントは昨年度卒業生・山田和寛。
過去記事:
企業ウェブ・グランプリ
卒制作品をパンフに使う
12 9, 2008 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
卒業制作審査の最終日。
デジタルコミュニケーションデザインクラス。
ヘッドフォーンを着けてサウンドを聴きながら街を歩くときの、ちょっとした非日常感、違った風景の見え方をリズミカルに描くアニメーション。
わずか数ページしかないショートショート絵本たち。
扱う題材は「せん(線)」とか「むしたち」とかありふれたものなのだが、思わずくすりと笑ってしまう、対象に対する観察、考察とイメージ力を背後に持っている。
ポケットに入れたまま洗濯機で洗ってしまった名刺の束の不思議な形のおもしろさからヒントを得て、さまざまな紙製のもの、雑誌、本等々を洗濯、乾燥してみて、洗濯機に見立てた丸いテントにつるす。ぐるぐる廻って見る。
4回にわたって載せた作品はごく一部です。
来年2月に行われる「多摩美術大学上野毛デザイン展」でブラッシュアップされたものをご覧になれます。
12 5, 2008 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
深夜の庭に咲く白ダリア。
宮澤賢治に『まなづるとダァリヤ』という不思議な短編童話がある。
5年ほど前、デザイン学科の学生(沼田真央さん)が卒業制作としてこの作品を切り絵アニメーションにしようと試み(写真下)、私が担当指導した。
若い頃読んだ記憶がかすかにあったが、あらためて読み返してみると、なかなかに難解で、どこにポイントを置くか彼女も悩んだが私も指導に悩んだ。
丘のいただきにひときわ目立つ赤いダリアと侍女のような黄色いダリア2本。
赤いダリアは花の女王を目指し自らの美を誇り他からの賞賛を求めてやまない。
しかし栄華はつかの間で衰えが待っている。
「ほんたうを云って下さい。ほんたうを云って下さい。あなたがた私にかくしてゐるんでせう。黒いの。黒いの。」
「えゝ、黒いやうよ。だけどほんたうはよく見えませんわ。」
毎日のように飛び過ぎ、赤いダリアの求めにさしさわりない受け答えをしているまなづるは、しかしいつも沼のくらやみにつつましく咲いている一本の白いダリアにやさしく親身に挨拶し続ける。
「あっこれだ。これがおれたちの親方の紋だ。」
と黒い斑点のできた赤いダリアが人間にポキリと折られ連れ去られていく唐突な最後は今でもよくわからない。
「遠くからかすかに赤いダァリヤの声がしました。
その声もはるかにはるかに遠くなり、今は丘のふもとのやまならしの梢のさやぎにまぎれました。そして黄色なダァリヤの涙の中でギラギラの太陽はのぼりました。」
『連れて行かれたダァリヤ』という異稿が先立ってあり、2回改作され、昭和5(1930)年10月11日訂了とある(異稿『連れて行かれたダァリヤ』、訂了『まなづるとダァリヤ』とも『宮沢賢治全集7』/ちくま文庫所収)。
11 2, 2008 07.デザインの世界, 14.読書三昧, 18.花・木・野菜・生きものたち | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
デザイン学科の卒業生、照井正邦くんは在学中からイラストを描き続けてきた。
今週の週刊朝日(10/24号)の「山藤章二の似顔絵塾1346」に、彼が描いたサルバドール・ダリの似顔絵が掲載されている。ダリの代表作『記憶の残滓』を摸したもの。
何回か選ばれているはずだが右ページに掲載されるのは初めて。
ひたすら描き続けてほしい。
10 15, 2008 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ライターの炎を摸したiPhoneミニアプリはたくさんあるのだが9月15日にリリースされた「Sonic Lighter」(99セント=115円)が圧倒的におもしろい。
バーチャル・ライターとしては、フリントをこすると着火、例によってiPhoneを傾けると炎も傾き、タップにも反応する、スクリーンの端にかかるとチリチリと焦げる音がして煙が出、下から息を吹きかけると(マイクがひろって)火が消える、等のギミックとともに、他人のiPhoneのSonic lighterに火をつける(スピーカーを通じて)こともできる。ちょっとした聖火リレー。
パーティーやコンパの余興手品みたいだが、YouTubeにはあちこちで着火しあうさまが投稿されている。
しかしこのアプリの最大の特長はそういうところにはない。
地球のアイコンをタップすると地球の球体図(拡大縮小・回転可)が現れ、「days」「hours」「now」 別に火を灯している人のいる場所(GPS機能による)が示される(上右の青い輪が私)。
開発元Smule社サイトのMapでは「3日間」「24時間」「60分」となっているのでそれに対応しているはず(サイトのMapの方はGoogle Mapと連動して詳細まで拡大できる)。
この3日間を見る。
日本では北は旭川、根室、南は沖縄宮古島。
サイトの方でMapを拡大して見ると、鎌倉では私だけのよう。
GPSがちょっとずれて由比ガ浜の波打ち際に炎があがっている。
あ、大船駅と鎌倉女子大そばに灯った。
右の表はこの3日間の上位都市。
東京、横浜、パリ、LA、NY、SF、サンノゼ、ロンドン、マドリード、バルセロナ…。
3067などの数値の単位はキロジュール。
1ワットx1秒が1ジュールだから、たぶん一人が1秒灯すと1ジュールという計算だろう(infoに自分の積算ジュール値が表示される)。
え〜と、東京はこの3日間でのべ852時間灯されていたことになる(ユニーク人数が分かるともっとおもしろい)。
東アジアを見ると、ウラジオストック、ソウル、北京、上海、香港、マカオ、台北。
東南アジアでは、ハノイ、ダナン、ホーチミン、バンコック、クアラルンプール、シンガポール、ジャカルタ等。
西ヨーロッパやアメリカは山火事だらけのよう。
iPhoneの普及範囲とも重なり、世界経済の一面での縮図でもあるが、旅行・出張者や船員などが使っていることもあるだろう。
北極海のど真ん中にも灯りが見えた。
ロシアから中央アジアではシベリアのヤクーツク、ノヴォシビールスク、モンゴルのウランバートル、カザフスタンのアルマティなどがぽつんぽつんと。
アイスランドやアラスカの北端やアマゾンの奥地に灯ったりするが、まだ南極大陸の灯は見ない。
明るい欧米の大都市より、辺境の地に灯るとなにか嬉しい。
10 3, 2008 07.デザインの世界, 33. iPhoneの愉しみ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
デザイン学科に昨年末導入した活字と小型活版印刷機(Adana21J)を使っての「第1回 活字組版・活版印刷ワークショップ」。
インストラクターは朗文堂アダナ・プレス倶楽部の大石薫さん。
多摩美術大学上野毛デザイン学科は1989年の創設時以来、最新のコンピュータ環境を整え、デザイン教育と作品制作に活用してきている。
パソコンで文字の組版は簡単にでき、プリントボタンをクリックするだけでプリントできるデジタル時代になぜアナログの活字組版、活版印刷か。
活字活版印刷への単なるノスタルジーではない。
レイアウトソフトなどコンピュータのソフトウェアというのは活字組版以来の長いタイポグラフィの歴史のノウハウをバーチャルに実現しているもの。
そのバーチャルな世界に、タイポグラフィのことを知らない学生がいきなり入っていくと、ソフトウェアが自動的に作ってくれているということに気が付かないし、また善し悪しの判別力も身につかない。
かな漢字変換などではなく、活字という実体のあるものを、自分で探し出して指で拾い、手で組むことを通じて、文字とタイポグラフィ、その歴史に対する傾注力(アテンション)と審美性を判断する力は確実に違ってくる。
コンピュータは脳に直結するが、活字と印刷機などの道具を使っての手作業は身体を通じた想像力と審美力、つまり精神に通じるだろう。
活字を拾う「文選」作業。
漢字活字は伝統的な部首別ではなく一般的な音読み順に並べてあるのだが、探し出すには漢字に対する基本的な素養が問われる。
「ステッキ」と呼ばれるものに文字部分を一文字ずつ組んでいく「植字(しょくじ・ちょくじ)」プロセス。
一行を整え、行間を作るための作業も必要。
印刷機にかけるための版を作る「整版」。
印刷結果には表われないさまざまな込め物。
いよいよ印刷工程に入る。
一枚ずつ仕上がりを確かめながら。
レストランで食事すれば、食べて金を払って終わり。
しかし自宅で料理を作れば、食器や鍋などの後片付けを当然する。
版をばらし、活字を元の位置に戻し、印刷機をきれいに掃除して、はじめて次の作業に備えられる。
自分が使う道具を常に最良の状態に保つのは昔から手仕事、職人仕事の基本中の基本。
参加した学生たちの作品。
3 20, 2008 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
Daisy's Cafe(鎌倉長谷)で八咲潮(やさきうしお)さんの個展「Brushics」(2月27日まで)。
窓ガラスの表示シールが木壁に映りこみ、陽の移りで変化して美しい。
八咲さんはもともとは広告関係のグラフィックデザイナーだった。
ところが、日本のファッションイラストレーションの草分け、長沢節(1917-99)のセツモードセミナーに入門したことがきっかけで、それまでのすべての創作をリセットし、ベーシックな水彩風景画と人物デッサンに明け暮れたという。
2003年に鎌倉に移住したのを契機に始めた鎌倉の風景画シリーズ「Brushics」。
ちょっと離れたところから見ると写真だと思う。
近寄ってよく見ると筆で描き込まれた絵。
一頃のスーパーリアリズムのイラストとも違う。
レンズで切り撮った画像イメージが、もし夢の中に出てきたらこうだろうという印象。
それぞれの場所のマップもついていて楽しい。
2 5, 2008 02.私の好きな鎌倉の店・Cafe & Bar, 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
WIF2008(ウェブデザイン国際フェスティバル)国際予選の結果が見られるようになりました。
"L'eau, c'est la vie !"
"Water is Life !"
をテーマに、日本からの参加下記5チームが24時間で制作したウェブは以下:
1. RE:img
※これは未完成のため審査対象からは外されました
2. Team 203
4. Team Reverie
5. Team VZDN
これから国際審査員と日本側審査員による審査が始まり、30日に4月にフランス・リモージュ市で行われる日本ファイナリストチームが発表されます(国際的には全40チームが選出)。
1 21, 2008 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 32. WIF(Webdesign International Festival) 2008/2010 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
WIF2008(ウェブデザイン国際フェスティバル)の国際予選コンペの作業時間(24時間)も残り4時間ほどになった。
日本からの参加チームも眠気を振り払い懸命な仕事をしているだろう。
日本時間本日(19日)午後10時までにアップする予選参加チームのウェブサイトは以下の手順で見られます。
WIF2008オフィシャルサイトー「Competirion」ー「2008teams」
左下のチーム名別検索、国別検索で、チームをクリック、各チームに与えられたURLをクリック。
補)
21日午後3時現在、まだサーバーの整備が整わずエラー表示になります。
見られるようになったらお知らせいたします。
1 19, 2008 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 32. WIF(Webdesign International Festival) 2008/2010 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
私が日本国内オーガナイザーをしているWIF(Webdesign International Festival)2008のウェブデザイン国際コンペ予選が、諸般の事情で多摩美術大学上野毛キャンパスに集まっての日本国内予選としてではなくすべてオンライン参加で始まった。
フランス時間18日午後2時(日本時間午後10時)に発表された課題は以下。
これから19日午後10時までの24時間で制作しアップ。
"L'eau, c'est la vie !"
"Water is Life !"
をテーマにウェブサイトを作りなさい。
「水」こそが「生命」「生活」「人生」の源、といった意のテーマ。
付記で、
テクニカルな、またインタラクティブな観点から、エルゴノミックスとオリジナリティな観点から、またアクセスビリティおよびコンテンツの観点から審査されます。
サイトが作り出す感情や感動もまた選抜のための基準となります。
12月の日本でのアナウンスからほとんど日がなかったのだが、日本から6チームが予選参加(国際的には約230チーム参加)。
4月のフランス・リモージュ市でのファイナル(本選)には40チームが選ばれる。
日本からの参加チームサイトは国際審査員と日本側審査員とが共同で審査しファイナリストを選出する。
日本のベストワンチームは無料で招待され、私も国際審査員として参加する。
いいものができるとうれしい。
参加チームの健闘を祈ります。
1 18, 2008 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 32. WIF(Webdesign International Festival) 2008/2010 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
この間やっていた3年生のゼミ(ここでも「『不都合な真実』をデザインする」を共通テーマとしている)での北村みなみさんの作品。
彼女は「紙」に着目していたのだが、11月の上野毛芸術祭で、世田谷中から3日分の売れ残り新聞紙を集め教室に積み上げ展示した。
重量は2トンにもおよんだ。
いっぽうで彼女はとてもユニークなイラストを描き続けている。
そこで、古新聞にそれをプリントして絵本を作る、ということを試みた。
バックとなる新聞の紙面はひとつずつ異なるので、同じイラストを使ってプリントしてもそれぞれ一点モノの絵本となる。
作家の高橋源一郎氏は、バッハの音楽を流しながらスポーツ紙の風俗広告を、ジャズに乗せて会社四季報を朗読したりしているが、なにかそれに通じる面白さがある。
上はTV欄、下は株式欄にプリントされたもの。
妙にマッチしたり、対比になったり、あまりの違和感がおかしかったり…。
けばけばしい見出しのスポーツ新聞や夕刊紙、英字新聞などを使ってもおもしろいかも。
12 21, 2007 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン, 31. 「不都合な真実」をデザインする | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
昨年12月、フランスを訪れた際、磁器工芸品「リモージュ・ボックス」を日本へ輸入販売・紹介している関係で、リモージュ市を中心都市とするフランス中部リムーザン地方(フランスは96県に分かれ、いくつかの県が集まって22の地方を構成している)の地方長官を表敬訪問した。
その際、長官が、リムーザン地域は伝統的な磁器や食品産業に加えてIT関係に非常に力を注いでおり、こんなこと(Webdesign International Festival)もやっているが興味はあるか、というので、それが私の本来のメインテリトリーだと話が進み、以後先方の事情等で連絡が途絶えていたのだが、先日来日してフランス大使館でプレス発表をした国際広報担当のオード・ブーリアト(Aude Bourliataux)さんと話し、多摩美術大学造形表現学部デザイン学科が日本国内予選会場を提供することで協賛し、私が日本国内オーガナイザーとなることにした。
これだけのことは本当は少なくとも半年は準備期間がほしいのだが、国内予選までわずか1ヶ月。
どこまでできるか…。
A4の要旨フライヤーを制作。
PDFと印刷物で配布を始める。
興味のある方はメールしてください。
Webdesign International Festival 2008
(現在日本語化中)
12 17, 2007 07.デザインの世界, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 32. WIF(Webdesign International Festival) 2008/2010 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(1)
ソニー、マツダ、オムロン、松下電器など大手企業のウェブ関係者によるコンテスト第1回「企業ウェブ・グランプリ(Japan Web Granprix)」(12月17日に開催)のためのパンフレットをデザイン制作。
今年のデザイン学科卒業制作作品を使用。
ウェブ・ネットワークのつながりと拡がりのイメージ表現として、松本麻理子さんの細密な手描きイラストレーションを配し、ロゴタイプは格調と差別化をはかるため、山田和寛くん制作のフォント(欧文も)で組む。
12 14, 2007 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 09.ネットワーク・コミュニケーション, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
デザイン学科の受験生の面接や志望動機などでもっとも頻繁に出てくるクリエイターの名が佐藤可士和だ。
多摩美出身でもある。
美大生の頃、彼は、「アートディレクターは自分の”作品”をメディアや企業の広告枠に当てはめるもの」と考えていた。
しかし、広告会社に入ってみてそうではないことに気づく。
「広告はコミュニケーションデザインを行う仕事だというのは、学生時代の授業でもさんざん言われていたことでした。ですが、仕事の現場を体験してはじめて、身体で理解することができたのです」
こうした経験のなかで、「自分の思いこみ」「自分のエゴ」は振り払い、対象自体のなかに問題・課題の本質と解決の方向性を持った「ビジョン」を見い出していく、さらに言えば「相手のなかに必ず答えはある」かつ「自分のなかにも必ず答えはある」方法論を身につけていくのだ。
キリン極生、国立新美術館、ユニクロなどの実例に則し、これらのプロセスを分かりやすく説いている。
デザインを学ぶ学生はぜひ読んでほしい。
私が日頃学生に言っていることととても重なるのだが、私自身は仕事場をはじめとする整理がなかなか行き届かない。
10 6, 2007 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
上野毛オープンキャンパスでアーロン・マーカス氏の講演を聴く。といっても前半だけで後半は聴いていない。
「異文化コミュニケーション」うんぬんと題されていたが、けっきょくグローバル企業が異文化に入り込んでグローバリゼーションを貫徹するためにはこういう文化的背景を考慮してアピールしなければなりませんよ、ということをデザイン面からコンサルティングしていることのプレゼン。
ひらたく言えば、このボトルの形状や色のままではここには進出できませんよ、こういう歴史的社会的文化的背景を考えてここではこうしなさい。
さらに、いわゆる「ユーザビリティ(使い勝手)」という「フィジカルな(身体的な)」面だけでなく、「User-Experience Design(ユーザーの経験のデザイン)」という「スピリチュアルな」ことまでも考えなさい(そこまで影響・支配しなさい)。
異文化をできるかぎり理解するということは当然必要であり、その上で人々にアピールすることに資するのがデザインだ。
この人の華々しい業績から、狭い意味での「デザイン」面で学ぶことは多々あるだろう。
しかし「何を」「誰のために」アピールするのか?
私は微力ながらグローバル企業のためではない違う(反対な)方向に資することを目指します。
この問題の背景を考えるうえでのとりあえずの参考文献:
『グローバリゼーションとは何かー液状化する世界を読み解く』伊豫谷登士翁
『グローバリゼーション・スタディーズ 入門編』
『グローバリゼーション・新自由主義批判事典』
『グローバリゼーション(知の攻略 思想読本)』伊豫谷登士翁
『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』
『オルター・グローバリゼーション宣言ーもうひとつの世界は可能だ!もし…』スーザン・ジョージ
『グローバリゼーション・スタディーズ1 総力戦からグローバリゼーションへ』山之内靖・酒井直樹
『グローバリゼーション・スタディーズ2 グローバリゼーションの文化政治』テッサ・モーリス=スズキ他
『グローバリゼーションのなかのアジアーカルチュラル・スタディーズの現在』編集=伊豫谷登士翁・テッサ・モーリス=スズキ・酒井直樹
7 19, 2007 07.デザインの世界, 15.社会・政治・思想・歴史そして世界へ | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
日本語版『不都合な真実』(ランダムハウス講談社)を初めて手にしてパラパラめくってみたときほんとうに驚いた。
ここでは内容の話にではない。日本語の文字組版にだ。
今年の1月5日初版で、ヨーロッパから帰ってきて買った3月中旬にはすでに14刷となっていた。おそらく数十万部発行されているだろう書籍でこれほどひどい日本語組版を見たのはちょっと覚えがない。驚いたと書いたが、少しでも日本語の文字タイポグラフィに関わっている者として、そしてできるかぎり多くの人にこの本を読んでほしいと願っている者として、私は正直憤っている。で、あえて「弾劾」ということばを使う。
日本語版「PageMaker」が使われ出したもう15年ほども前の90年代初頭は、日本語組版ソフトの能力は低かったが、まだそれまでの写植技術の伝統はデザイナー、オペレーターの頭のなかにあり、見劣りがしないようにしよう、完成度を高めようとしたはずだった(もちろん短い文字数の段組み雑誌記事などで、行頭行末揃えと無理な自動禁則処理と和欧混植などによって、字間がスカスカの行と逆に妙に詰まった行が並んでいたりすることはあったが)。
英語の原本『An Inconvinient Truth』(Published by RODALE)を取り寄せて比べてみる。
受ける印象、内容に応じたタイポグラフィの差異は明らかだ。
ところがこれは同じデータ、おそらく「Quark Express」の英文レイアウトデータにそのまま翻訳和文を流し込み、日本語組版としてのデザイン調整をほとんど何も行っていないものだろう(推測するに同名映画の公開に間に合わせた「やっつけ仕事」であり、アートあるいはエディトリアルのディレクションはまったく介在していないといっていい)。
今やっている『イメージと文字』という新入生向けの授業で、学生たちに双方を見せ、両方の数ページ分のコピーを配り、受ける印象を記させ、日本語と英語のタイポグラフィの違いを自分で調べ考えさせているので、今の時点ではこれ以上はまだ書かないが、セッションが終わるまでの間にまたまとめて取り上げます。
5 1, 2007 07.デザインの世界, 08.ことばとコミュニケーション・文字・タイポグラフィ, 31. 「不都合な真実」をデザインする | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新学期が始まり、新入学生にとって初めての授業「デザイン概論」。
この授業は1年生を対象にデザイン学科の専任教員が持ち回りで担当するが、最初と最後は各専門分野の主任が合同で担当する。
来年度から正式に発足する「映像デザイン」専門分野を担当するので私も出講。
他の美大のように「○○デザイン」と受験・入学時から縦割りにはせず「デザイン学科」として受け入れ間口は広い。
2年次のなかばまで、さまざまなジャンル、分野の授業を選択し、それから専門分野を決める。
しかし大学の4年間というのは長いようで実は短い。
「教える」ということをずっと試行錯誤し続けてきたが、問題は知識や技能を教えるというところにはない。もちろんそれも含むが、知識や技能はその時代に応じて、重点や技術の発展によって変化する。「その時」必要なことを教えて「その時」の要請には応じられても「これから」に対応できる力には必ずしもならない。
私ができるのは「学び方」「学ぶ方法」と「何を学ぶべきか」を伝えることだと考えるようになった。
「学ぶ方法」さえ身につけてくれれば、学校に在籍していようが、卒業して社会に入ってからであろうがいくら歳をとろうが一生学び続けることはできる。
もうひとつ、教員の使命は、これまでの知見のなかから、学生の知らない、しかし知ってほしいさまざまな「世界」に引き合わせる媒介となること、きっかけを出来うる限り与えることだと思うようにもなった。
本であるかもしれない、どこかの場であるかも、人であるかも、一枚の絵であるかもしれない。
そこから先はそれぞれの学生のいくらでも拡がりうる学生自身の可能性と自覚的な努力の問題だ。
4 13, 2007 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
12 14, 2006 07.デザインの世界, 16.都市・住い・インテリア・暮らし, 27.ヨーロッパ行・考 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
カメラの三脚はもっぱらジッツォ(Gitzo)を使ってきているのだが、一番小さいものでもヨーロッパ3ヶ月旅行にはきつい。
で、ライカ銀座店でTable Tripod(卓上三脚)とBall & Socket Head(雲台)をLEICA D-LUX3用に。
レンズまでの高さはわずか28cmだが自在に仰角を変えられるから卓上だけでなくどこでも使える。
夕食をとったレストランの秤で測ってもらうと三脚+雲台で340g。D-LUX3を載せて560g。
三脚と雲台とD-LUX3を一度締めてテーブルの上に置いてみて、まったくびくともしない安定感と美しいフォルム、質感にドイツ機械工業の精緻、精密、堅牢さを支えるマイスターたちの心意気が伝わってくるようで感動する。
11 11, 2006 07.デザインの世界, 12.写真・映像・映画・演劇 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今年3月に私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)を卒業した深田美千代さん(富士ゼロックス株式会社・HID開発部)が制作したマニュアル『ApeosPortとDocuCentre用 スキャンの本』が、「日本マニュアルコンテスト2006」(テクニカルコミュニケーター協会主催)で最高賞である「マニュアルオブザイヤー2006」を受賞した(「オフィス用機器部門部門最優秀賞も同時に受賞)。
私も昔、新規導入した機器の初心者オペレーター向け手順書や企画開発したソフトウェアシステムのマニュアルなどテクニカルライティングはさまざまやっていたので、この制作がいかにたいへんかは身にしみて知っている。
開発技術者の「設計仕様書」などをボンと渡されてユーザーマニュアルを作らねばならない(しかも販売開始ぎりぎりまで仕様変更が続いたりする)彼女のような立場ではその苦しさが倍加する。
深田さんは今の職場に勤めながら3年次編入でデザイン学科に入学し、私のゼミに参加した。彼女の明るく前向きな姿勢はとても好ましく、応援した。
卒業制作でも人と人のつながりをさがす「なまえのトリセツ」というユニークな作品を作り優秀賞に輝く。
卒業制作と平行して、仕事で作っていたのがこの「スキャンの本」。
A4で40ページほどなのだが、「取り扱い説明書」いわゆる「トリセツ」とは違い表紙タイトルの横に[特別編集]などとあって、なにかフリーペーパーのような親しみを感じさせる。
表紙右下のコピーが彼女のポリシーを宣言していていい。
「この本は、例えば『FTPやSMBプロトコルを使ってネットワーク上のサーバーやクライアントを直接指定し、スキャンデータを転送することが可能』と説明するところを、『スキャンした画像をPCのフォルダーに送れます』と書いています。どうぞよろしく」
深田さんは編入学での2年間を振り返って言う。
「すばらしい時間を過ごさせていただきました。あの2年間なくして、今の自分は絶対に存在しません。もし入学していなかったら…と思うと、恐ろしいです。多摩美に通えて、心から良かったと思います。」
卒業式の後、教員がそれぞれはなむけの言葉を述べるが、普通そんなことはすぐ忘れてしまう。
が、彼女は違う。
私が「学ぶ方法さえ身につければ、卒業後も、歳をとっても学び続けることはできる」という趣旨のことを話したのをきちんと覚えていてくれ、「目の前がパッと明るくなった気がし、心から救われたのです、あのとき。生涯忘れられない瞬間です」とメールしてくれた。
「日本のマニュアル界を変えてみせます」という深田美千代さんの心意気に拍手と応援を!
富士ゼロックス関連ページ
「スキャンの本」をクリック。このウェブページも彼女が制作。
10 13, 2006 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(7) | トラックバック(0)
以下は4月から5月にかけてやっていた新入生クラスの「画像と文字」授業のまとめと学生へのアドバイス。参考まで。
__________________________________________________________
授業のなかでは言い尽くせなかったことを含め、少し長くなりますがまとめとアドバイスを記しておきます(できればプリントして読んでください)。
●この授業で伝えたかったこと
この授業は「画像と文字」というタイトルでしたが、ここで私が皆さんに伝えたかった一番重要なことは、あなた方にとって入学後初めての授業であることを勘案し、「大学での学び方」と「デザインするということはどういうことなのか」ということの基本を少しでも理解してもらい、今後4年間学んでいく上で何が重要なポイントなのかの指針として生かしていってほしいということでした。
●大学での学び方ー「何を学ぶべきかを学ぶ」「学ぶ方法を学ぶ」
大学は教師が一方的に何かを教えるという場ではありません。また何かのテーマについてすべてを教えるような時間はありません。
「何を学ぶべきか」ということと「どのように学ぶべきか」ということは教えます。そこから先は学生の「主体的な学びの営為」の場なのです。
「どのように学ぶべきか」をつかみさえすれば、これから自分がやりたいと思っていることについて「何を学ぶべきか」はどんどん解ってきます。そして学ぶ方法さえ身につけていけば、卒業後も30代、40代になっても、また異なる分野に進んでも「学ぶ」ことはできるのです。
●「デザインする」ということープロセス
「デザイン」は単なる造形作業でもなければ、素材や色の見てくれをきれいに装うということでもありません。
デザインには「目的」があります。
何かの解決であることも、提案であることも、イメージやイマジネーションの喚起であることもあるでしょう。
いずれにしても、人々の共感を得、幸せや、心の豊かさや、生活への有意義さや、新しい発見や見方を提供し実現するものなのです。
したがって、デザインは「思いつき」や「感性のおもむくまま」に作られ、できるものではありません。
(「ひらめき」や「直感」はちょっと別の問題で、主として、豊かなデザイン経験やデザインアイディアの「引き出し」をたくさん持っている人にとっての「デキゴト」です)
デザインするということは、テーマをできるかぎり調べ観察し、ものごとの本質をつかみ、対象とする人々に的確にコミュニケートするためには何に着目して表現するかを考え、「発見」し、どのようなビジュアルと言葉でアピールするかを構想していくという、なによりも「考察」(調査を含む)や「プラニング」を前提として必要とする営為です。
「デザイン」ってこんなに考えなくちゃいけないものなのか、と思ったかもしれません。そう、「デザイン」はまずもって「考える」ことが必要とされるのです。
「テーマ設定」—「コンセプトメイキング」—「デザインコンセプト」—「デザインアイディア」—「ビジュアルアイディア・キャッチコピー」というステップ・プロセスを意識的に踏んでもらって、プラニング・コンセプトワークにかなりの時間配分をおいたのはこのことを理解してもらうためでした。
デザインのプロたちはこのプロセスを一気にやってしまったりします。しかしデザインの世界に踏み出したばかりのあなた方には一歩ずつやってもらいました。
●課題の趣旨
課題のテーマは「自分の好きでたまらないコト」「とても関心を持っているコト」「やっていると充実するコト」を、そのことの楽しさ、おもしろさ、充実感、それについての自分の想い、情熱を、他の人々に伝え、共感を得る、ということでした。
商品を売るための広告デザインなどでは、どうしても既存の商業的な表現にとらわれ、デザインの基本を学んでもらう上で幅が狭まってしまうこと、社会的なテーマでは知識と経験の少ない新入生には荷が重いこと、大学に入ってあらためて「自分」を再発見してもらいたいこと、自分が一番好きで関心を持っていることさえうまくデザイン表現できなかったら他人(クライアント)の要望など表現できるわけがないこと、などの理由からこうしています。
ただ、ここで注意してほしいのは、課題は、好きな「モノ」を表現するということではなく、「コト」のデザイン表現であり、その感動や想いや情熱を伝えるということでした。
「コト」というのは、静的・固定的な物(モノ・ブツ)自体ではなく、動的なダイナミックな「関係」であり「シチュエイション」であり「プロセス」であり「ストーリー」です。
モノ自体というものはありません。人間との関係のなかで「モノ」は意味を持ったものになります。また「本質」というのはたまねぎの皮をむいていくと最後にある芯のようなものではありません。
モノも本質も「関係の総体」なのです。
このことは、今後、モノ(プロダクト)のデザインや空間のデザインをやる場合にもきわめて重要なポイントです。
●「画像」について
自分で撮影した写真画像3点以上を使うという条件を付けました。
自分で撮影するという作業ではテーマに沿った「観察」と「発見」が必要です。
撮影自体や画像処理の技術よりそれが一番重要です。
それが根底にあって「発見」したことをどう撮影したらいいか、どうコンピュータ上で画像処理したらいいか、の技法的、技術的な学びへの欲求が生まれ、「学び」の根拠となるのです。それ抜きで撮影技術やPhotoshopの使い方を覚えたいなどというのは筋違いです。Photoshopのテクニックなどは、マニュアル本が山ほどあり、それを見ながらやれば誰だってできるようになります。
それだけの目的なら、あえて言えば、多摩美ではなく、専門学校かパソコン教室に行けばいいのです(たぶんテクニックはずっとうまく教えてくれます)。
かくかくしかじかの目的と必然性と表現のために、こういうデザインをしたい、そのためにPhotoshopではなにができるか、というアプローチなら分かります。そうではなく、漠然とPhotoshopを使いこなせるようになればデザインの力が上達するなどと考えるのはまったく間違いです。
私はそういうことにさして興味も無いし、割くべき時間もありません。したがって基礎的な使い方以上のことはあえてやりませんでした。
多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の授業としてもっと教えたいことがあったからです。
●ことばとタイポグラフィの重要性
作品を創るなかで、いかにことばと文字の表現(タイポグラフィ)が重要か、に気付いてくれたと思います。これは、おそらく色彩構成とかイラストやデッサンが中心になっていたこれまでの勉強ではあまり意識しなかったでしょう。
しかしグラフィックデザインはほんの少しの例外をのぞいてことばと文字表現を含んでいます。
ロートレックの絵も、文字情報を含むことによって絵画ではなくデザインポスターとなりました。
講評時に言ったように、皆さんの今回の作品も、ことばとタイポグラフィを改善すればずっと良くなるものばかりです。
グラフィック要素で90%成功していてもことばとタイポグラフィが適切でなければデザイン的に失敗なのです。
コピーとの関連で言えば、ことばについてのセンスを磨いてください。ボキャブラリーも増やしてください。
けれどこれは表面的なことではだめで、結局は思考・思想がどこまで深く届いているかに関わります。これにはいろいろな本をたくさん読むことが必要としか言えません。
一流のデザイナーは、自分の作品をきちんとことばで説明・プレゼンテーションでき、また他の人の作品をことばで批評することができます。
それは「好き」とか「嫌い」とかいうレベルの話ではありません。
なぜそういうことができるかというと、ビジュアル的・イメージ的にだけではなく、ことば(多くの場合日本語)で考え抜いているからです。
タイポグラフィについては、今後徹底的・自覚的に勉強してください。
グラフィック・エディトリアル・書籍装丁はもとより、他の分野のデザインでも死活的な役割と意味を持っています。
また英語を使えばかっこいいというような幼稚な考えは捨ててください。
それは端的に言って日本語と日本語タイポグラフィを磨いていく努力の放棄でもあります。
●客観的に見る力
何度も繰り返し言ったように、デザインの一番の大敵は「ひとりよがり」「自己満足」です。
対象とする人に、目的に沿って、伝えたいことが伝わって、はじめてデザインです。
「自分としてはこういうつもり」「自分が好きだから=伝わるはず」というオプティミズムをもっとも警戒する必要があります。
これを避けるには、自分のアイディアや作品を、対象と想定している受け手の人に見てもらい評価してもらうことをなにより勧めます。
子供が対象だったら子供たちに、若い独身女性が対象だったらそういう人に。
ちゃんと意図が伝わり、共感してもらえるか、常に「検証」しながら制作すること。
自分の主観的な意図と表現を、できる限り客観視することがデザインの重要な側面なのです。
●歴史に学ぶ
デザインの偉大な先駆者たちのオリジナリティに大いに学んでほしい。
そしてまねてみる(模倣する)トレーニングもしてみてください。
ただし、単にビジュアル的な「表現技法」を模倣するということではありません(それはそれで意味がありますが)。
先人たちは、ある与えられた社会状況や文化のなかで、対象とする人々と目的とに沿って、その表現を最適としたのです。
そのデザイン表現のアイディアプロセスをこそ学び模倣してみてほしいのです。
時代も人々もイメージやことばの持つ意味も変化している「今」においてはなにが適切か、ということを常に考えながら模倣する訓練をしてほしい。
もうひとつ別の意味で歴史に学んでほしいことを述べておきます。
第二次大戦中、日本(大日本帝国)は主として「大東亜共栄圏」向けに十数の言語版で「FRONT」(フロント=前線・戦線)という大判グラフィックの宣伝雑誌を発行していました。日本のグラフィックデザインや写真表現の錚々たる先達たちが参画しています。
大日本帝国陸海軍の威容を示すための「目を撃つ」ような写真表現とデザイン処理がなされました。
ロシアアヴァンギャルドに触発された、クローズアップの多用、誇張した遠近法、意味を誘導するレイアウト等は今見てもある種「あざやか」です(大きな図書館では復刻版をおいてあるのでぜひ一覧することを勧めます)。
数台の戦車や航空機をモンタージュ(もちろんアナログで)して、大戦車団、大航空機群に見せたり、はるかな落下傘兵群と近景の突撃兵を合成したり(当時そんな光景を撮影できる広角レンズはなかった)することが、彼らの高度な写真修整・デザイン技術でなされました。
今では、Photoshopでこのような作業はやろうと思えば簡単にできるでしょう。
私の切なる希望であり願いです。
あなた方がデザイン学科で学び身につけるデザインの力と技術を、戦争プロパガンダのためにだけは断じて使わないでほしい。
●類推力・応用力をつける
ひとつのことを学んだら、多面的に類推し、応用できるようにすることがなにより重要です。
コンピュータ自体やMacあるいはPhotoshopやIllustratorの初心者も、基本的な仕組みを理解した上で、いろいろ試してみて慣れてくれば、今回やったことが、他のソフトウェアを使っても応用がきくことがわかるでしょう。
類推力・応用力で世界は級数的に拡がります。
●自主的な、能動的な、開かれた姿勢を
大学では、言われたからやる、という受け身のスタンスではなにより自分にとって損です。
貪欲に学び、創ってください。まわりの学生と切磋琢磨してください。
上野毛デザイン学科の大きな特長として社会人学生がたくさんいます。
家族と高校と予備校しか知らない学生と、「社会」を少しでも経験し、目的意識・問題意識とを持った学生との交流は、他の大学には無い「るつぼ」としての意義とエネルギーを持つでしょう。
そして教員に「くらいついて」ください。
上野毛デザイン学科の教員は、専任であれ非常勤であれ、どんなに忙しい人でも、必ず応えてくれるでしょう。
また、今回の課題制作は基本的に個人作業でしたが、世の中の実際の仕事は、たくさんの人々との協同作業が普通です。
協同作業のためには、自分の作業の位置と範囲とタイミングをきちんと認識し、他の人とのコミュニケーションを円滑にできなくてはなりません。
閉じこもるのではなく、常に開かれた姿勢を持ってください。
●「創る」立場で、いろいろなものを見よう
身の回りにはたくさんのデザインがあふれています。
これらをただ漫然と見るのではなく、いいものはどこがいいのか、悪いものはどこが悪いのか、自分だったらどうするか、ということを常に考え感じる接し方をしてください。
特に、表面的なビジュアル面だけではなく、目的に対してどうデザイン表現しているか、それが対象とする人々に伝わり機能し解決になるだろうか、ということに注目して見てください。
こうした意識的な観察・考察の積み重ねがデザインの力を着実にアップさせます。
●スケジューリング・自己管理できる力
世の中の仕事は、締切り(Dead End)の連鎖で成り立っています。
デザインはスケジュールとの勝負でもあります。
PhotoshopやIllustratorに初めての人は、何がどこまでどのくらいでできるのかの判断がつかず、なかなか見通しが立たなかったかと思います。
しかしたとえそういう状況でも自分でスケジュールを立て、常に修正しながら、制作することが大事です。
そうした習慣の積み重ねがスケジューリング力・自己管理能力を高めるのです。
●プレゼンテーションのポイント(補)
デザイナー、クリエイターにとってプレゼンテーション能力がいかに重要か、おそらく皆さんは初めて経験し、理解しただろうと思います。
プレゼンテーションのポイントについてはこちらに一度まとめてあるので読んでほしいが、ちょっと補足しておきます。
楽しいことは楽しくプレゼンできるようになってください。自分が好きでたまらない、という気持ちが伝わるように。
適度なユーモアが含められるようになればもっといい(ダジャレで笑いを取るというような意味ではありません)。またプレゼンのときに言ったように落語の名人はおかしいことを述べるとき毛筋一本も自分ではおかしい表情はしません。
上質のユーモアは、自分と作品を客観視できる力と余裕から生まれます。
●自己評価できる力
これは客観視できる力とも言えます。
今回の作品はいろいろな人に評価してもらった後、しばらく「寝かせた」ことと思います。
上記のような努力を続けていれば、必ず創ったときとは違った目で評価し、気付くことがあり、これからに活かせる教訓を得ることができるでしょう。
●自己満足も大敵
今回、いいね、きれいだね、うまいね、等言われた人ほど気をつけてください。
私の好きな詩人・荒川洋治の詩の一節を贈ります。
「じょうずだった人が、へたになり、
でもそのあとに、といっても、ずいぶんあとよ……」
「ええ、ええ」
「そのへたになった人が、
また、じょうずに、なるのよ!」
●デザインする喜び
再度記しておきます。
デザインは調べたり考えたりスケッチしたりいろいろレイアウトしてみたり、とにかく試行錯誤の連続のプロセスです。
なんでこんなに考えたり悩んだりしなくてはならないんだろう、と思うかもしれません。
けれど、この過程でどれだけ努力するか、このプロセスをどれだけ自覚的に生きるか、がイマジネーションの力やクリエイティビティ、オリジナリティを鍛え拡げ豊かにするのです。
上野毛デザイン学科の4年間のなかで、与えられた課題をただこなす、というのではなく、デザインする喜びを、そして創ったことの達成感だけでなく、なによりそれが人々に伝わり共感してもらえるうれしさと充実感を少しでも味わってほしいと願っています。
●「明日の自分」に自信を持って
今はまだ経験も少なく、技術も未熟で自分に自信を持てないかもしれない、不出来さに落ち込むかもしれない。
しかし、明日なるだろうこれからの自分に自信を持ってやっていってほしい。
健康と健闘を祈ります。
9 7, 2006 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
私のところ(多摩美術大学造形表現学部デザイン学科)では2年後期から4つの専門デザイン分野(ビジュアル・デジタル・プロダクト・スペース)に分かれる。
教育環境からする人数的なバランスの問題があり、必ずしも第一希望通りにはいかない場合もある。そのためポートフォリオを提出させ、2年前期までの成績とともに審査して専門分野を決定する。
もちろん採点するだけが目的ではなく、専門分野へ進む上でこれまでの自分をまとめて振りかえさせるものでもあり、また今後の就職活動などのための予行演習でもある。
昨日は私の担当するデジタルコミュニケーションデザイン分野を第一志望とする35名分のポートフォリオ審査。
個々についてはここでは述べません。
簡単に私の審査基準を記します。参考にしてください。
●目的にあって作られているか
ポートフォリオはその目的によって作り方は異なる。
ある特定の企業、組織への就職活動やプロジェクトへの応募のためのものであればそれ用に即したものでなければならない。
今回のポートフォリオは、専門分野に進むにあたって、これまで何をどのように学び制作し、どのような問題意識で希望する専門分野に今後向き合おうとしているかが見てとれるものであることが第一。ただ単にあれこれやってきました、というのでは駄目なのだ。
●条件を守っているか
デザインはすべて所定の条件のなかで行われる。
今回は指定のクリアフォルダ(A3サイズ12ポケット)、映像作品等のCD-ROM、DVD添付は認める、という条件。
この条件から外れるものは認められない。
また提出期限・時刻は夏休み前に提示してあるにもかかわらず35名中15名もがこれを守らなかった。自動的に所定の減点。コンペのプレゼンで遅刻したら問答無用で外される。
●構成・編集が考えられているか
これはデザイン以前の企画力の問題。
このポートフォリオの目的と条件に即して全体をどのように構成するか、配分、順序、重要度などを考え抜いた上で実際の制作に入らねば良いものはできない。
●レイアウト・デザイン・テキスト
文字通りデザイン力および文章力の問題。
A3サイズ、24ページまでの範囲でどうプリント物にまとめあげるか。見出しの付け方、文字組み(今回もほとんどのものが不適切)からグラフィックの扱い、画質から全体の整合性(統一感、場合によってはバラエティ)、分かりやすさ、適切かつ簡潔な文章…。
●訴求性・アピール力
これらを通しその人と能力、問題意識、これからへの意志と可能性がインパクトを持って見えてくるかどうか。
たとえ粗削りでデザイン的な洗練さに欠けていてもこのアピール力が「立ちのぼって」くるかどうかが最終的には一番重要。
ほとんどの学生が今回初めてポートフォリオを作っている。
上に記したようなことは前もって頭にだけ入っていてもだめで、とにかくひとわたり作った上で反省的に見直してみて初めて身についていくもの。今後に期待します。
9 6, 2006 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
これは由比ガ浜で拾ったものではなく、「以ず美」(鎌倉長谷)で食べたトコブシの殻。オウム貝類の対数螺旋は有名だが、このような二枚貝でもフィボナッチ数を包含している。
成長する段階(隣り合った等間隔の放射線に沿って測られる)に見事に、3,5,8,13,21。
『デザインの自然学ー自然・芸術・建築におけるプロポーション』(ジョージ・ドーチ/多木浩二訳/青土社)より。
6 26, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
先史のころ、人は自然の石、岩、樹木などのなかに自らと自らの姿に模した神をシンボルとして見いだし、それをまねることから呪術的な人形や豊穣・多産を祈る土偶、そして巨石建造物などを造り始めたのだろう。
原初の時代に想いを馳せたくなる石笛。
左目と口にあたるところに薄く写っているのはこの穴を穿った貝の殻。三つの穴はどれも約25mmの石を貫いている。裏側からLEDを発光させてみる。
こちらは輸入・販売しているポーランド磁器フィギア「チメルフ」の「ふくろう」。
1958年、H.オルトゥフェイン(H. Orswein)のデザイン。
6 26, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
対数螺旋は「等角螺旋」とも呼ばれる。17世紀、デカルトが名付けたという。「極」(「神の目」とも称される)からこの螺旋曲線上の任意の点に直線を引くと、どれもまったく同じ角度で曲線に交わる。
ハヤブサ(隼)は獲物の小動物に時速320Kmにも達するスピードで急降下して襲いかかるのだが、一直線の最短距離では飛ばない。実は対数螺旋のコースをたどるのだ。
アメリカの生物学者V.A.タッカーは、ハヤブサの目(もちろん頭の両側にある)は、その鋭い視力を生かすには頭の向きを左右のどちらかに40度そらさなければならないことに気付く。風洞実験でそのようにそらすと速度が大幅に落ちる事実を見いだした。
ハヤブサは、等角である対数螺旋の経路をたどることによって、ターゲットに頭をまっすぐ向けたまま視界に収めできるだけ早く到達できる。
『黄金比はすべてを美しくするか?—最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語』(マリオ・リヴィオ/早川書房)より。
イスラエルの宇宙物理学者、ハッブル宇宙望遠鏡プロジェクトの科学部門ヘッド。15年前「物理学における美学」という講義を準備するなかで「黄金比」に興味を持ち、徹底的に調べ俗説を排して検証した「黄金比(The Golden Ratio)」についてまず第一に読むべき本。
6 25, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』のメインテーマは「正統」となったローマ・カトリックに「異端」として圧殺され続け、しかし現代まで密かに引き継がれている初期キリスト教の多様さの存在(キリストはマグダラのマリアとの間に子をもうけ、その子孫もいるという主張を含め)なのだが、暗号の小道具として出てくる「フィボナッチ数列」「黄金比」「黄金矩形」などの話しも、デザイン・美術に関わるものとしてとてもおもしろい。
由比ガ浜ビーチコーミングでの貝殻。
貝殻の成長に合わせて「対数螺旋」が現われ、連続した各段階が、元のものより正方形ひとつ分だけ大きい「黄金矩形」(1:1.618…)を内包している。
下図のように等間隔の放射線分に分けると「フィボナッチ数列」(1,1,2,3,5,8,13,21,34…)の調和が、この貝殻の中に含まれている。
中・下図は『デザインの自然学ー自然・芸術・建築におけるプロポーション』(ジョージ・ドーチ/多木浩二訳/青土社)より。
6 24, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
『もののけ姫』のパンフレット、森に棲む精霊「コダマ」の絵に載せてみた別の石笛。
太古の時代、先人たちは海岸で貝が穴を穿った石を見つけて持ち帰り、吹いてみたのだろう。
『ビーチコーミング学』で池田等さんは、音を出して楽しむだけでなく「音霊(おとだま)」として宗教的な行事に使われたのかもしれない、と書いている。縄文遺跡からも出土している。
6 24, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
Partnerが由比ガ浜ビーチコーミング(『ビーチコーミング学』1〜4)で集めている「石笛」のひとつ。
ボーリングシェル(Boring Shell)と呼ばれるカモメガイの仲間が、石の中に棲むために自分の殻を振動させて穴を穿ったもの。
貝の寿命は知らないが気の遠くなるような振動数なのだろう。
6 22, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(1)
岐阜美濃の手漉き和紙は1300年の歴史を持つ。
大量生産大量消費の時代、もちろん手間と技術が必要な手漉き和紙はコスト高とされ、安価な機械製造品に押された。しかし紙繊維の性格と構造を知り尽くした職人が造り出す和紙の丈夫さと趣きは存在意義を失ってなどいない。
で、美濃手漉き和紙共同組合、美濃和紙ネットワーク21の協力と「つなぐ手プロジェクト」の主催で多摩美上野毛デザイン学科、昭和女子大生活科学部生活環境学科デザイングループの有志で、美濃和紙を使ってあかりを作る昨年行われたプロジェクトの作品展(AXISギャラリーアネックスできょう5月24日まで)
多摩美上野毛デザイン学科プロダクトクラス3年、東井一晃くんの「漉き紙」
美濃和紙は澄んだ水で生まれる。光、水、和紙をゆっくり揺らすことによって生じる光の揺らぎは和紙を漉くという行為の象徴でもある。
昭和女子大生活環境学科デザイングループ4年、数野夕葉さんの「和紙の形」
自然に作り出される和紙の張りのある柔らかさ。
多摩美上野毛デザイン学科プロダクトクラス4年、淀川寛子さんの「Pile」
和紙が堆積していくことによるおもしろさ。
デザイン学科卒業生で現副手の大平裕之くんの「Lampadina(ランパディーナ)」
イタリア語で「小さな電球」の意。
ぼこっとした和紙の感触。
プロダクトデザイナーで多摩美デザイン学科非常勤講師、梶本博司さんの「Krone」
シェードは一枚の手漉き和紙でつながっていて、クローネ部分は調節できる。
元多摩美デザイン学科非常勤講師で現昭和女子大助教授の桃園靖子さんによる「ゆらり -Yurari-」
和紙は静かに優しく言の葉を織り、明かりを灯すと語り出す。風と光と水の力を感じながら線が面を素直に創造し和紙のまま形となる。
5 24, 2006 07.デザインの世界, 11.教育と学びのデザイン | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
十余年前の教え子菅野博子さんの個展を最終日中野で。
今回はクレヨンとクレパスのみの作品。身近な人や猫などを描く。
多摩美入学以来13年いた東京を5月末に引き払い故郷いわきに戻る。小名浜港のそば、いわき泉に住む予定。
「魚がおいしいですよ。ウニは6月から8月が旬。東京から2時間、ぜひ来てくださ〜い」
5 8, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
PowerBookを四六時中持ち歩き、移動中の連絡・やりとりもエアエッジでパソコンメールを使っている私の生活の中で携帯(ケータイ)の占める割合は非常に小さい。ケータイで文章を打ち込みたくもないから携帯メールも使わない。それに自宅のマンションの室内では繋がらない。そもそもこちらの都合を考えないでかかってくる電話というメディアがあまり好きではない。まあ外では、あれば多少便利というくらいの存在。
2年以上使っていた「INFOBAR」のバッテリーが半日と保たなくなり機種変更で「neon」に。
同じ深澤直人さんのデザイン。
表面に時刻や着信時には登録アドレスの名前がLEDで赤いネオンのように表示される。遊びでアニメーションや季節に合わせたメッセージも。142種類の絵柄があるという。
3 9, 2006 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
9月からやっていたというのにまたまたぎりぎりの観覧になってしまった。土曜の午後でチケットを買うのに40分待ちの行列(明日27日は最終日かつ日曜なのでもっと混むかも。行かれる方はご注意)。
イサムノグチ庭園美術館(香川県牟礼町)に行かねば見られなかった高さ3.6m、重さ17トンにもおよぶ花崗岩の彫刻「エナジー・ヴォイド(Energy Void)」(1971-72)はもちろん必見。
どれもすばらしいが、個人的には第二次大戦中の1943年に作られたセメントによる「この責め苦しめられた地球」と玄武岩による彫刻「エイジ」(1981)に特に感銘を受けた。
11 26, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
「小泉誠展 Ku Ra Si Go To」(ギャラリー間)は9月15日からやっていたというのに、ようやく最終日に駆け込んだ。
私の自宅での生活は小泉誠さんデザインの家具に依っている。
古材とスチールで作られたダイニングテーブルにPowerBookをひろげて仕事をする(もちろん食事も)。囲炉裏の煤に長年まぶされた古民家の梁材は眼にもやさしく触っても味わい深い。とてもシンプルな桜材のチェアの形や風合いも好きだ。同じく古材を軸にしているソファはほどよい固さでくつろげる(もっともそこで一番長くくつろいでいるのはMicだが)。古材・有孔合板・新材を組み合わせてあるキャビネットはアンプ類を収納し50インチディスプレイをバランスよく載せている。
その他スタッキングできるカップやマグ、木のコースター、箸置きなどの小物類…
だからこの展覧会「Ku Ra Si Go To」=「暮らし+仕事+コト」は私自身のことでもあり、シンプルで優しく、しかし背後では徹底して設計しぬかれた作品と展示空間をとても気持ちよく楽しめた。
11 15, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
ずっと色えんぴつを使ったイラストを描き続けている河合ひとみさんの四季シリーズ、『はるいろ』『なついろ』『あきいろ』『ふゆいろ』(マール社)はとても美しい。
とりわけ『あきいろー秋の色えんぴつ』は日本の四季のなかで一番自然の色彩が豊かだろう季節を色えんぴつならではの繊細な質感と色彩でとらえて魅力的。
どんぐりやむかごや紅葉などの「秋の落とし物」、くちなし(写真左)や薔薇の実や山帰来の実(写真右)などの「枝と実」、ききょう、りんどうなどの「秋の花」、唐辛子、ローリエなどの「スパイス」等々。
完成画とともに、使っているポリクロモス(ファーバーカステル)の色番や描くポイントが示され、順をおったテクニックページも豊富。
10 17, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
レイモンド・ローウィ(1893-1986)はラッキーストライクのパッケージデザインからペンシルヴァニア鉄道の大陸横断列車まで幅広い分野にかかわり、20世紀デザインの楽観的未来像を流線型(ストリームライン)デザインで表現し『口紅から機関車まで』という有名な書を著した。
ルイジ・コラーニ(1928- )のデザインの領域を同じように言うならば「エステピン(毛抜き)からスペースシャトルまで」ということになるだろうか。
ローウィは完璧に機能主義の結果として流線型を取り入れたが、コラーニの有機的デザインは、たしかにパリ大学でハイドロダイナミクスを学んだ上での空気力学や流体力学の知見をもとにしていて、有機体からの単純な造形的発想ではないが、なにかちょっと「ぶっ飛んだ」ものを感じる。
「ルイジ・コラーニ/バック・イン・ジャパン展」(京都工芸繊維大学美術工芸資料館ー9月19日まで)に展示されているものも、「スタディ」「プロトタイプ」「モックアップ」「スケッチ」がほとんどで実際に製品化されたものは少ない。
でもそれはいい。1000人を載せる鮫のようなフォルムの旅客機などはモックアップを見るだけでわくわくする。胎児のスケッチは、ここから何が産まれるだろうかと思わせる。
モダンデザインを越えるオーガニックデザインをあらゆる対象に極限まで試しているという功績はまずもってコラーニにあるだろう。
9 10, 2005 07.デザインの世界, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
中央のくびれた容器に砂を入れ、上から下への砂の移動によって時間を計る砂時計というのは8世紀には作られたともいわれるが起源ははっきりしていない。砂は大きさが揃い滑らかで湿り気がないことが必要。黒大理石の微細な粒を葡萄酒で煮ては干すことを繰り返して作る、という14世紀の記録があるそうだ。
砂時計は決めた一定の時間を限定して示すので17世紀頃まで教会の説教の際などに使われたという。
3分とか5分とかいう尺度の「時間」ではなく、現代のわれわれの知見・情報やアートを砂時計で表現するとどうなるか、が西村さんたちの「砂時計I〜VII」。
究極はVIIの砂の入っていない、つまり測りようのない砂時計。
測られて生きる必要はない、のだ。
8 18, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
宇都宮からレンタカーで益子へ。1時間もかからない。
私のところ(多摩美上野毛デザイン学科)の非常勤講師もされている西村佳哲さんと西村たりほさんの「リビングワールドの仕事展『窓』」が益子で開催(8月25日まで)されているのでそれを見がてら、焼きものは好きなので益子を見ておきたい。以降の益子行記事は時系列ランダム。
写真上は「STARNET ZONE」前庭での『窓』の展示のひとつ「風灯:Solar」。
風に応じて光が灯るという4年前にプロトタイプが発表されたものの2ndバージョン。ひとつずつの風灯に太陽光パネルが埋め込まれ昼間は充電する。暗くなってくると検知した風に応じてLEDの光が灯る。
まあ仕組みはともかく、太陽と風と灯りという私たちにとって当たり前すぎてふだんとくに考えもしないことをこういうカタチで闇の中(写真は夜10時ころ。真っ暗なところから西村さんがこんばんわというので驚いてしまう)で向き合うことで大いに感じ取りたい。
写真は5秒間露光したのだが、ひとつひとつが太陽と風による個性を持っているよう。
背景の高く細い樹の上の方にも植木職人の手によって風灯がいくつも付けられている。
写真下はSTARNET ARKのカフェテリア「YUSEI」の天井明かり取りにつるしてある風灯(まだ予約も受付中。1個1万円だったかな)。
8 16, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
新刊書店業界が苦しんでいるのに比べると古本屋の方はさまざまなニューウェイブも出てきて元気なようだ。古本のオンラインショッピングが飛躍的に拡大したことで販売・流通の可能性が拡がり、老舗の二代目、三代目も旧態依然のやり方を改革し始めたこと。また個性的な品揃えや斬新な店構えや意外なロケーションや古本販売以外のプロデュースなどが「トレンディ」(死語か?)として取り上げられたりしている。
先日書いた古本をめぐる「勝負」(『古本買い十八番勝負』)に続いて(といってもこちらの方が発行は少し早いが)今度は「道場」(『古本道場』角田光代・岡崎武志╱ポプラ社)。
『対岸の彼女』(直木賞)『まどろむ夜のUFO』(野間文芸新人賞)などの作家・角田光代が、『古本病のかかり方』『古本でお散歩』『古本生活読本』など古本と古本屋に造詣が深い岡崎武志道場主の指南のもと古本道にわけいるという趣向。
児童書を中心とする出版社ポプラ社のウェブマガジン企画として04年4月から05年3月まで掲載されたものがもとだ。
ウェブマガジンのこういう記事の集積から書籍へという流れは、ブログ記事を出版するのに比べてとても自然な感じがする。
ブログの場合、紙に印刷され本になったたとたんに何かライブ感、共時感が失われ、またモニターで読んでいた文章から受けるリズムとの違和を生じさせてしまう。
それはともかく、まずは古本道心得、同感。若い人に知ってほしい。
●其の一 わたしはわたしの風邪をひく
他人や古書業界のではなく、あくまで自分自身の価値基準を第一に置くべし。
●其の二 古本屋と新刊書店は別業種
おんなじ本屋じゃん?ー違う。新刊書店に置かれている本はほとんどが売れなければ返品可能な委託品。対するに古本屋の本はすべて身銭を切って仕入れた店主の所有物。扱いのマナーに気を付けよ。
●其の三 買いたいと思ったときに本はなし
いずれ、後で、で後悔したことは私も数え切れない。
●其の四 古本ファッション
これもマナー。濡れ傘、大きな硬いバッグなど本を傷めるおそれのあるものは持ち込まない。
●其の五 万札は避けよ、小銭を用意
コンビニ、ファミレスならいいだろう。街の古本屋で100円の古本に万札を出したりするな。売る側、買う側の本来のコミュニケーション、気遣いのあり方の問題。
さて、道場主が古本道初心者・角田光代に与える試練の指令が以下。
1. まずは王道の神保町で、子ども時代に愛読した本を探せ!
2. 古本屋の未来形、代官山、渋谷で本の見せ方を学べ!
3. まさかの東京駅・銀座で古本屋を味わい尽くせ!
4. 早稲田古本街で青春時代の本を探せ!
5. オシャレな町・青山と日本随一の高級住宅地・田園調布で昭和初年の本を探せ!
6. いま一番元気のいい西荻窪で均一棚を狙え!
7. ちょっと遠出した鎌倉で、地元作家の本を探せ!
指令にはそれぞれ現在の古本屋と古本を探す上でのさまざまなノウハウ、コツを習得し、またその街の人々の歴史と生活にいかに結びついているかを発見する狙いが隠され、角田光代もよく応える。
角田のレポートと岡崎の講評というスタイルも楽しい。
昭和初期の文学本の雰囲気を感じさせる表紙のタイトル文字や写真の扱いがいいな、と思って装幀者の名前を見たら、私のところの卒業生のセキユリヲだった。なかなかうれしい。
7 21, 2005 07.デザインの世界, 14.読書三昧 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
愛用しているケメックス(CHEMEX)のコーヒーメーカー。
フラスコと漏斗を一体化させた実験器具のようなデザイン。くびれた部分は木で覆われており持っても熱さを伝えない。革ひもがまかれていてすべるのを防いでいる。適正量を示す小さな突起もある。
専用のフィルターは大きな半月形に小さな半月形が付いたような形で、半分に折り小さな方を折りこんだ後もう一度二つ折りにして拡げる。普通のフィルターより紙を潤沢に使うことになり、渋みの原因となる酸味と脂肪分を適度に取り除く、らしい。
これを考案して売り出したピーター・シュラムボーム(Schlumbohm)という人はドイツの化学者で、面倒くさがりの実験室の仲間たちはもともとフラスコをコーヒーメーカーとして使っていたそうだ。アメリカに移住後1941年特許を取り、売り出して大成功する。同年MOMAのパーマネントコレクションに選定。
日本の民芸運動の始祖である柳宗悦は、戦後まもなくの頃チャールズ・イームズ邸を訪れ、このケメックスでコーヒーをふるまわれて注目し(このときイームズ夫妻が砂糖入れとして実験用の蒸発皿を使っていることにも驚いている)、買い求めて持ち帰った。息子の柳宗理に受け継がれ愛用されているという。
6 18, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(6) | トラックバック(1)

『PLAYBOY』(日本版・7月号╱集英社)に創刊30周年記念として「PB日本版創刊号ミニチュア復刻版」というのが付いているので思わず買ってしまった。
本来は240ページあるのだが広告も含め140ページを抜粋。折り込みヌードもちゃんと入っている。キヤノンF1やサンスイのアンプなど懐かしい商品の広告などもある。約13x10cmに縮小してあるのだが文字は充分読める。
1975年5月21日の発売。
前月、サイゴンが陥落しアメリカは建国以来初めて戦争に敗北したことを認めざるをえなかった(ベトナム戦争)。
発売日当日、3時間ほどであらゆる本屋で延べ45万8千部が売り切れ、予約客の手に渡らず増刷したという伝説となっている。
当時まだ20代の私は、カラー写真製版の徒弟修行中で、会社が神田駿河台下の本屋街のそばだったので、抜け出して入手した。
「全ページオールカラー」の大判グラビア雑誌は当時なかったと思う。
初代のアートディレクターは田名網敬一氏。
使う写植フォントも、主流の写研・石井細明朝ではなく、モリサワのリュウミンで活字書体らしい力強さを出した。タイトルなどはもちろんバラ打ちを手作業の切り貼りで詰め、見やすさと緊張感を出す。
誌面の流れもダイナミックだった。テキスト記事を読んだ後めくると、見開き大の大胆なスーパーリアリズムのイラストレーション(もちろんコンピュータ以前)が目に飛び込んできたり、続きが何ページへとなっていたり、ふっとカートゥーンページがはさまれていたり、ワクワク感に満ちていた。
雑誌のインタビュー記事などはせいぜい4ページくらいというのが常識だったころ、20ページにのぼる突っ込んだインタビューを載せて「ロングインタビュー」という概念を作った。
もちろんプレイメイトたちのヌードグラビアも売りなのだが、それは実際はごく一部だ。彼女たちの写真は適度にソフトフォーカスでフォトジェニックで明るくまぶしく美しかった。
ノーマン・メイラーがアリとフォアマンの世紀の一戦をザイールに取材した『ザ・ファイト』を生島治郎が、ジョン・コリアの短編を池澤夏樹が訳し、吉行淳之介が短編を寄せる。
いい意味でもやゆす意味でもハイブラウな雑誌だった。
6 7, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(1)
桜が散っても街に花はいっぱい。花屋の店先も日ごとに華やぎを増す。
モデルさんだろう外人女性が思いっきり春らしいかっこうでさっそうと行く。
で、今やっている「画像」の授業の画像合成のサンプルとしてタイトルバナーにしてみた。
4 22, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
車は持たず(車社会に批判的でもあり)、ましてスーパーカーになんの縁も関心も無いのだが、昨晩のNHKハイビジョン特集「デザインルームの6ヶ月—イタリア・スーパーカー誕生」はデザイン・プロジェクトの記録としてとても面白かった。うちの学生たちにも見せてやりたい。
世界最高のカーデザイン会社、トリノのピニンファリーナ社のチーフ・クリエイティブ・ディレクターであるケン奥山(奥山清行)氏とそのデザインチームが、今年3月のジュネーブモーターショーに向けて、これまでに無い斬新なスーパーカーを企画、デザインし、発表するまでの6ヶ月間のドキュメンタリーだ。
ケン奥山氏は1959年生まれ、LAのArt Center College of Designでカーデザインを学んだ後、GM、ポルシェを経てピニンファリーナに移る。
この時は1名の募集に対して世界中から500名の錚々たるデザイナーが応募したという。
奥山氏が提出したポートフォリオが映されたが、そこには車のデザイン画はいっさい無い。すべて彼が考え出したアニメやSFの独創的なキャラクタースケッチばかり。副社長がこのオリジナリティを認め他の役員の反対を押し切って奥山氏を採用した。ピニンファリーナのような会社になると、そこそこの才能などいらない、誰も考えないようなことを切り拓ける人がほしい、ということなのだろう。
奥山氏はその後多くの有名なデザインを手がける。2000年のフェラーリRossoは車に疎い私でも知っている。
一時母校Art Centerの工業デザイン学部長になっていたが、昨年ピニンファリーナに復帰した。
奥山氏は選りすぐりの4名のデザイナーに命じる。向こう3年のうちに発売されるようなどんな車にも似ていないもの、10年後にも夢を与え続けるような車を考えろ。基本コンセプトは車の重心を低くタイヤを目一杯大きく見せること。
たくさんのスケッチを元に検討ミーティングが繰り返される。前が何かにぶつかったみたいで洗練されてない、単なる彫刻で動感が無い、寂しげだ、魚みたいで自動車らしくない…。デザイナーたちの渾身のアイディアも容赦なく切り捨てられ描き直しが続く。
自分が感動して作らねば人に感動を与えることなんてできないぞ。
NHKは4名のデザイナーそれぞれをすべて撮っていたのだろう。でないと、これだけは採用の可能性は無いともっともスケッチを酷評され、君には可能性があるとは言われながらも悩んだジェイソンの姿がみごとに描かれているはずがない。最終的に奥山氏の強い薦めでジェイソンが描き直したデザインが採用される。
ここからのモックアップによる評価とブラッシュアップのプロセスも興味深い。
発泡スチロールで原寸大で作られた模型は広い場所で徹底的に検証される。
スケッチや3D画像では気づかなかった欠点や改良点が指摘される。
デザイナーの意を受けて、モックアップを最終完成型に仕上げる職人たちのことをイタリアでは「モデリスタ」と呼ぶはずだ。一人前になるために最低10年の修行を要する。コンピュータも電動工具も使わない。すべて手作業で削り、付け加え、また削り、磨き上げる。
ジェイソンは最後に数ミリの差を迷う。奥山氏は妥協を許さない。自信を持て、これでいいんだ。
下が75回目となるジュネーブモーターショー2005で発表されたその「バードケージ75」。最も美しい車に与えられる賞を獲得した。
4 1, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(54) | トラックバック(6)
小泉誠さんのデザインするものは家具やプロダクトのどれも技巧の粋がこらされているのだが、それをことさらに感じさせず、スッとシンプルで、それでいてとても暖かい。木も喜んでいるようだ。
写真は木の香立て。右から神代スギ、メープル、欅、モンキー、タガヤ。
3 13, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
昨日引いたアラン・ケイのインタビューのなかで、サンフランシスコのエクスプロラトリウムが1969年にオープンしたとき、たったひとつのアイデア(概念)を教えるために500の展示物が並べられたという話が出てくる。「どの展示物も、普段こうだと思っている物事が突然違って見えるように設計」されていた。
飛行機の格納庫ほどもあるエクスプロラトリウム(直訳すると「探検館」)には一度に2000人の子どもが入れ、それぞれがそれぞれの興味と関心のもとに目をキラキラさせながら触り体験し、お気に入りを見つけただろう。
そして、世界は同じではないこと、いろいろな角度、視点から見るべきこと、さまざまなアプローチがあることを自然に学んだに違いない。
私たちはあるテーマ、概念、物事を500とは言わない、5でも10でもの観点から見ているだろうか。見るよう努力をしているだろうか。
エクスプロラトリウムは、いわゆる体験型ミュージアムの先駆けでその後世界中のミュージアムに影響を与えている。
サイトもシンプルで楽しく、かつ膨大な画像データも備えていて見応えがある。ショップも充実。
exploratorium
the museum of science, art and human perception
2 25, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
増田真樹さんの『Maskinのデジタル最前線』—「アラン・ケイのインタビュー」で『ewoman』のインタビュー記事があることを知り読みにいく。
アラン・ケイ(1940-)といっても今の若い人は知らないかもしれないが、文字通り「パーソナルコンピュータの父」だ。40年近くも前の1960年代後半、ほとんどの人が「パーソナルな」コンピュータなど夢想もしなかった頃、樹の下で少女がノートのようなコンピュータで自由に絵を描いたり、日記を付けたり、文章を読んだり、プログラミングする「ダイナブック」(今の東芝製ノートパソコンなどではない)の概念を構想し、その後伝説となったゼロックスのパロアルト研究所でAltoとして実際に試作した。今私たちが当たり前のように使っているビットマップディスプレイ、マウス、グラフィカルインターフェイス、インターネットの原型などはここから生まれた。それらはアップルのLisaに受け継がれ、Macintoshを誕生させた。WindowsはもちろんMacOSをその後まねしたもの。
このインタビューで佐々木かをりさんはあえて技術の話にもっていかず、アラン・ケイの奥深い教育哲学を引き出していて感動的だ。
「ダイナブック」のコンセプトから分かるように、彼は始めから子どもたちが使えることを想定してすべてを考えていた。「目的」を持ちそれを解決するためのビジネスの「道具」としてコンピュータを考える「大人たち」には期待していないのだ。
だから彼のメインの関心は大人たちより自由な発想ができる子どもたちへの教育であり、また発展途上国でも製造でき普通に買うことができるようなまったく斬新なコンピュータのアイデアと実現への努力である。
「よく”コンピュータによるカリキュラム”という表現をする人がいますが、私はいいフレーズだと思いません。それは、”紙によるカリキュラム”と言っているのと同じです。カリキュラムというのは、本来、学習する人のアイデアや心理を構築する環境のことであって、それが紙かコンピュータかは関係がないのです」
「毎年、私は”他にすべきことがあるのではないか”と考えてみるんです。でも、この仕事よりもっと大事なことを思いつくことができません。子どもたちが私たちよりもさらにうまく物事を追求するようになる手助けをすることです」
「コンピュータ革命は、子どもたちがみな自分のコンピュータを持てるようになって、いつでも学んだアイデアや考えているアイデアを探求できなければ、完全とは言えません」
「私は、アーティストというのは人を愛するのと同様にアイデアを愛することができる人々だと思います。これは、子供たちが文明の作り手になるのを助けるというアイデアです。次世代の子供たちが文明を改良していくのを助けるという活動でもあります。こうした考えに、私自身ワクワクしているんですよ」
彼がもともと開発したオブジェクト指向言語「Smalltalk-80」をもとに作り直した「Squeak(スクイーク)」の素晴らしさと可能性に遅まきながら気づいたがまた改めて書きます。私のところ(美大のデザイン学科)で学生たちにぜひ使わせたい。
2 24, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック(1)

たくさんの方々のご来場ほんとうにありがとうございました。
日頃、課題作品を作れば終わりとなりがちな学生たちも、デザインは対象とする人々に伝わってはじめてデザインなのだという基本をあらためて実感した3日間だったと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
















2 14, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

多摩美上野毛デザイン展(デザイン学科卒制・3年修了作品展)は初日、2日目と終え、きょう13日が最終日だ。
いろいろなお客さんが来校される。産学協同プロジェクトに関係する企業の方が遠いところをこられたりする。求人のお話を持ってきてくださるデザイン会社の方もいる。学生たちの友人、知人、家族。久しぶりの卒業生や昔の副手たちの顔もある。社会人入試に合格したばかりの新入学予定者が熱心に2日間見に来ている。デザイン学科では3月に一般入試があるのだが高校生らしい若い人々もいる。
このデザイン展は大学の公式行事で補助金も出、教員も多少のアドバイスやコーディネイトはするが、運営はほぼいっさい学生たち自身が行う。
4年生の卒業制作作品、3年生の進級制作作品が、約230名分、31にのぼる大小の教室、コンピュータルーム、スタジオに展示されている。
作品はグラフィックからウェブ、インタラクティブ、映像、家具などのプロダクト、インスタレーション、空間設計等々、多岐にわたる。
ぱっと見てよく分かる作品もあれば、じっくり向き合わないとおもしろさが伝わらないものもあり、一通り見るだけでも容易ではない。
しかし、たとえ十分に見て回れなくとも、デザイン表現を通して何かを伝えたいという学生たちの熱意と息吹は確実に感じてもらえるだろう。
最終日13日(日) AM10〜PM5:30
多摩美術大学造形表現学部デザイン学科
多摩美上野毛デザイン展









2 13, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック(0)

2月11日(金)〜13日(日)に私が教えている多摩美術大学造形表現学部デザイン学科の卒業制作展(3年生の作品も展示される)である「多摩美上野毛デザイン展」が開かれる。
学生たちは今その準備で血眼だ。
私のところ(デザイン学科)の特徴のひとつは、名前の通り間口が広いことだ。他の美大はもっと細分化というか限定された分野ごとに募集している。
2年の後期に専門分野を選択する。それまでは授業を自由に選べる(人数的な調整はあるが)。やりたいフィールドがはっきりしている人はそのことに関係ある授業をとればいいし、逆に自分の知らない経験していないジャンルに接して裾野を拡げるという方向もある。
だから専門分野を選ぶとき、入学時の志望と異なってくることはいくらでもある。
デザインということがいかに幅広く深いものかがだんだん分かってくるからだ。
2年の後期からビジュアル、デジタル、プロダクト、スペースの4つの専門分野に分かれて学ぶ。
卒業要件は普通の大学なら「卒業論文」や「卒業研究」だが、ここでは「卒業制作」だ。「デザイン作品」を作らねばならない。基礎、専門と学びトレーニングした上で、社会的になにか貢献する(かもしれない)提案をなんらかのカタチとして提示するのだ。
117名の苦闘(苦悩?)の成果をぜひ見てやって欲しい。
2 9, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
自転車を新調した。
昨春に買ったシヴォレーの20インチ折り畳み(一度も折り畳んだことは無いが)は、とても気に入っていたのだが、海の傍に越したら7ヶ月ほどでサビだらけになり、ついには後輪のギアが取れてしまった。修理に出す気力も萎えてしまったので、同僚の先生に錆びにくい自転車は何がいいだろうかと相談したら、加藤晴之さんに話をつないでくれたのだ。
加藤さんはお目にかかったこともあるが、ソニーのモニターディスプレイ(プロフィール)をデザインしたり、蕎麦打ちを修行して出前蕎麦打ちをしたり、紙筒・段ボールスピーカーなどを作ったり、ジプリの森美術館シアターの音響を手がけたり、と実に多彩なことをされている方で、手練れの自転車乗りでもあり、自転車もデザインしているのだ。
で、その同僚の先生ともども同時購入したのが加藤さんが基本デザインしたこれ。
20インチ。できうるかぎりの部品に錆びにくいステンレスを使っている。前後のバスケットは感動的だ。荷物が本当にいっぱい積める。しかも低重心かつロングホイールなのでたくさん積んでもまったく安定している。
今まで5段変速でほとんどトップギアで走ってきたので、ノーギアでギアでいえば1段から2段ほどの軽い感じのこの自転車は脚の回転がたくさん必要だが運動にはいい。多少の登り坂はらくらく。
長距離ロードには向かないしスピードは出ないが鎌倉の街中で乗るには実に楽しい。鎌倉農協連や丸七への買い出しも心おきなく。これはもうママチャリの極致。
写真では黒く見えるがフレームの色はダークグリーン。
1 26, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック(0)
地図も航空写真も大好きなのだが、航空・衛星写真のデジタル画像は、専門の会社のところを調べるとこれまでかなり高価だった。
またMacユーザーである私にとってWindows用の地図ソフトのラインナップはうらやましいかぎりだった(「カシミール3D」だけのためにWindowsマシンを買おうかとさえ思っている)。
アルプス社から出た「ProAtlas航空写真X」は、ようやくMacOSX用のものでうれしい。
政令指定都市(札幌・仙台・さいたま・千葉・東京・川崎・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・広島・北九州・福岡)は小縮尺(4000分の1)の航空・衛星写真が見られ、一軒ずつ見分けられる。都心部はさらに2000分の1でも見られる。
それ以外の地域も10万分の1の写真がカバーされている。
デジタルならではのおもしろさは、通常の地図と0%から100%まで切り替えることができることだ。地形との関係がとてもよく分かる。
また、住所検索、距離の測定や出発地点・経由地点・目的地点の各種ルートや時間検索(車・自転車・徒歩)、ネットと連動しての各種ジャンル情報の表示も可能だ。
これがわずか8000円ほどで入手できるのはすばらしい。
1 4, 2005 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)

26日インドネシア・スマトラ島沖で発生したマグニチュード9.0という地震による津波は、ジェット旅客機に匹敵する平均時速700Kmという猛スピードでインド洋に拡がり沿岸を襲ったという。
つくばの産業技術総合研究所のサイトで、このシミュレーション解析と、赤が押し波、青が引き波で表わされた津波がインド洋湾岸に拡がるさまがアニメーションGIFで見られる。
もともと大仏殿内にあった鎌倉長谷の大仏が最終的に露座になったのは1498年の大津波によってだった。
私が住む由比ガ浜海岸から100mほどの1階などひとたまりもないだろう。
CODE(海外災害援助市民センター、Citizens towards Overseas Disaster Emergency)
スマトラ地震救援情報ブログ
12 27, 2004 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(3)
地図によって統計数値を比較する図のことを「統計地図(カルトグラム/cartogram)」という。
統計地図は、統計と地図とそのデザイン表現によってさまざまなものができ、ビジュアル的にものごとの理解を深めることもできるが、意図的にミスリーディングさせることも可能だ。
アメリカの大統領選結果を示すAのような図を私たちは新聞やTVで何度も見せられた。これだけ見るとアメリカは圧倒的に赤(共和党ブッシュ)を支持していて青(民主党ケリー)は北東部と西海岸をわずか獲得したのに過ぎないように思ってしまう。
しかし実際は1億1500万票のうちブッシュが獲得したのは51%であり、ケリーとの差は350万票にすぎなかった(これも特にオレゴンとフロリダでまったく怪しいのだが)。
[A図]

[B図]

統計のどの要素に着目して選択するかでまず異なる。A図は各州で勝ったのはどちらかという要素を通常の地勢的な地図に表現したものだ。
ところが、面積的には広大に見える赤の州は北東部や西海岸に比べて人口はずっと少ない。選挙に土地の広さは関係ないので、面積的な要素を捨てて人口に応じた形で表現するとどうなるか、ミシガン大学の人たちが試みたのがB図。
たとえば北東部のロード・アイランド州は西部のワイオミング州の2倍になる(面積はワイオミングの方がロード・アイランドの60倍)。全体としてほぼ赤と青が拮抗しているようになる。
[C図]

[D図]

各州の勝ちではなくさらに細かい行政(選挙)単位である郡(カウンティ)レベルで示すとC図になり、それを同じように人口比で変形するとD図になる。
[E図]

[F図]

勝ちだけではなく負けた側の票も反映するとどうなるかをプリンストン大学のRobert J.Vanderbel氏が試みている。これも郡レベルで、得票率を元に赤から青のグラデーションで表現したのがE図。圧倒的な赤というのではなく紫のアメリカ(Purple America)になる。
それを同じく人口をもとに表わすとF図。
今回の米大統領選は、この紫まだらの深海魚のような図が一番内実を表わしているのかもしれない(ただしそれも選挙をめぐるたくさんあるファクターの中から地域人口と得票率だけを表現していることには注意)。
[G図]

また、夜のアメリカの衛星写真G図を見ると、どこに人々が多く住んでいるかが見て取れるが、明るいところをE図と比べると青みが強いところとほぼ重なることがわかり、アメリカの分裂は都市と地方・農村の対立の要素があることもはっきりする。
上記の図は下記2サイトから
Maps and cartograms of the 2004 US presidential election results
Election 2004 Results
なお、赤と青では人間の目には赤の方に注目し膨張して見えるバイアスがかかるので、フィルターでモノクロ化してみた試み
How different is the blue from the red from the purple?
また下記では前回(2000年)との比較をGIFアニメで見られる
TwoMaps
11 16, 2004 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(3) | トラックバック(0)
※写真はクリックすると拡大表示されます
昼食後、真田町(上田の北北東)に移動。2万5000分の1地形図を見ながら「神川(かんがわ)」沿いの集落を約10Km歩く。
「○」印の町役場が出発点だ。15名ほど。
向かいの「文」印が中学校であることを確認する。小中学校は「文」で高校になると「文」が○で囲まれる。よく間違えて「文」という地図記号が書かれているところに学校があるように思ってしまうがそうではない。これはそこにある建物がなんであるかを示す「建物記号」であって、建物自体は「■」(もちろん細長いこともある)で表わされる。
縮尺が2万5000分の1だから、地図上の1cmが現地の250mだ。
約750mくらいで横尾の集落と神社があることの見当を付けて歩き始める。正面に山塊の外れに少し離れて小山になった部分が見える。ここら辺にはあちこちに城趾があるがここも「横尾城趾」だ。山城として防御と眺望に優れている地形であるかが分かる。
横尾には鎌倉・室町時代に市が置かれたそうで「市神」様の石碑がある。集落を貫く道は狭いがかつては主要な往来道であったようだ。鳥居の記号は横尾神社。入母屋(いりもや)造りの上にさらに「破風(はぶ)」という三角の出っ張りがあるめずらしい造り。
この日歩いた集落には必ずそれぞれ神社があった。牧谷さんによれば、ヨーロッパのキリスト教圏の町や村では中心に必ず教会があるが、日本の神社は集落のはずれのやや高いところに作られる。そこから村人を見守り、年に一度「神輿」に載って村内に出向くのだ。
集落から外れた山裾に古い寺がある。曹洞宗の信綱寺。寺自体は山門からはるか上にある。
開けているところに出ると、ここが河岸段丘であることがはっきり見て取れる。段丘の境が石垣で固められている。牧谷さんの見立てでは、横長の石が自然に組まれているのは江戸時代に遡るかなり古いもの、ランダムなのは新しい時代のものであるようだ。
コンクリートの「水路」などではない「小川」がところどころ古い石積みで守られながら流れ、野の花が水面に触れあうようにかぶさっている。赤とんぼが群舞し前を歩く人の帽子に長い間留まっていた。コスモスが咲き乱れ、東京では終わりにちかい木槿(むくげ)が今が盛りで蕾もたくさん付けている。
昭和30年代までこのあたりでは養蚕が盛んだった。二階建ての二階が蚕部屋で、屋根に「気抜き」という換気のための出っ張りを作る独特の造りだ。「越し屋根」と呼ばれ、すでに養蚕を止めた後建てられた住宅にも形をとどめている。倉の上にやはり換気のために間を少し空けたように屋根を付ける「置き屋根」という様式のものも数多く残っている。
戸沢という集落から真田へ渡る「長生橋」から見る神川は日本中の川に加えられている「護岸」加工とは無縁の自然の景観そのままだ。
地図にはないが石舟集落に至る田を突っ切る道ができている。
ここから見る風景は実に美しい。
収穫を待つ黄金色の稲穂、刈り田と点々と円錐形にまとめられた稲わら。その先に低く神川が流れ、向かいの戸沢集落がたたずむ。先に述べた「越し屋根」「置き屋根」が見える。右の方に鎮守の戸澤神社。一段高まったところに代々の墓地がある。杉一色に戦後塗りつぶされた山林と違い、樹相は豊かで立派な赤松もたくさんある。
私の好きな写真集、前田真三『田舎』(神無書房)に出てきそうだ。
田の端に墓がまとまってある。かろうじて「寛永」などと読める。
上田と菅平を結ぶ国道(昔は鉄道が通っていた)に出ると「農林産物直売所」がある。朝から2時までなのですでに閉まっているが、きのこ類はたしかに「林産物」なのだなとなにか納得する。
しばらく下り神川の向かい、東太郎山の山塊東端にへばりつくように集まった畑山(行政区としてはすでに上田市)という集落を見、伊勢山に出る。山には砥石城趾、米山城趾がある。
いくつかある地図上で海抜700メートルはある崩落の跡からは、太古ここが海であったことを示す化石が見つかっているそうだ。
路のところどころに、石仏、道祖神、庚申塚、馬頭観音の石碑がある。伊勢山にはゆうに3メートルはある庚申塚があった。
「穀蔵(こくぞう)」という古民家を改装してパンを作っている店で解散。週3日しか販売していないここの自家製パンは翌朝食べたが実に旨かった。
神川の渓谷沿いにひっそりとある「千古温泉」で疲れを癒す。
9 29, 2004 07.デザインの世界, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
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若い頃から地図が大好きだ。手元に読む本(私は「重度活字中毒者」)がなくとも、なにかの地図が1枚あれば飽きない。
地図は単なる現在地や目的地にたどり着くためのガイドとしてだけではなく、歴史や政治・社会・文化の諸相が見え「世界観」が含まれている。
地図は「縮小」されるため、必ず選択・省略(それともかかわるが「記号化」)および強調という「編集」が加わる。
どんないい加減な観光地図からも、あるいは客観的にデータ化されたと見える2万5000分の1地形図にも、意識的に見ればそれらを読み取ることができるから面白いのだ。
地図といっても実にさまざまなものがある。
駅前の案内図、会社や店の所在を示す地図から区分地図帳、日本・世界地図帳、観光案内地図など私たちは毎日「地図」とつきあっている。
便宜的に目的で分けると「一般図」(日本では国土地理院2万5000分の1地形図や地勢図など)と都市図、道路地図、鉄道路線図、観光地図などの「主題図」の2つに分かれる。私たちが日常見る地図のほとんどは「主題図」だ。
作成方法によって分けると、現地での実際の測量・航空写真測量による「実測図」(2万5000分の1地形図)と、さまざまな資料、統計などをもとに作られる「編集図」の2つで、これも私たちが日常見る地図のほとんどは「編集図」だ。
体裁から分けると1枚ものが「マップ」、本に装幀された地図帳が「アトラス」。
「縮尺」による違いもある。
ただしこれらは紙媒体に限った話で「スクロール」すれば連続してみることができ、縮尺も替えられるデジタル地図(カーナビも含む)はではなんと呼ぶか。
私も参加している「田舎家を守る会」や長野県上田市を中心とする活性化を進めているNPO法人ルーバンデザイン研究所主宰の牧谷孝則さん(私の大学デザイン学科でも教えている)が主催するセミナーに行った。
3年ぶりに見る上田駅前はすっかり再整備され、駅前ビルにはコンパクトだがすばらしい図書館やインターネット環境、セミナールームなどを備えた「上田情報ライブラリー」ができている(ロゴデザインやライブラリーの色彩計画は牧谷さんが担当)。
セミナーの趣旨は、菅平の四阿山を源とし、真田から上田を流れ千曲川に合流する「神川(かんがわ)」沿いの地域を、対応する地図(2万5000分の1)をまず見て、その読み方(「読図」という)を学び、それぞれ問題意識を育んだ上で、地図を見ながら現地を歩く、というものだ。
講師は「田舎家を守る会」の当初の目的であった秋田・六郷の古民家の当主(残念ながら立派な蔵をもったこの家は維持できず取り壊された)であり、立正大学地球環境科学部でも教えている地域活性プランナー・寺田明司さん。
若い頃登山が趣味だったので2万5000分の1地形図の見方は充分わかっていると思っていたが、それはやはり山登りに関することに偏っていた。登山道や傾斜・崩落の地形をはじめ、植生、樹相、植生界、沢筋などはよく見ていたが「人里」についてはあまり関心がなく、山裾にきて展開する「河岸段丘」や「扇状地」の地形図からの判別、それによる集落の作られ方や土地利用についての読図など改めて学んだことがたくさんあった。
また私は車を運転しないので気に留めていなかったが、軽しか通れない道から1車線、2車線、4車線が2万5000分の1地形図で区別して記載されていることを初めて知った。
あらためて地図はおもしろい。
9 29, 2004 07.デザインの世界, 22.旅先で | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(1)
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菅野博子はとても暖かく親しみやすいイラストを描く。
サンケイリビングの園児とママの情報誌「あんふぁん」にはもう3年も「よむはなし」のイラストを描いている。文庫本のカバーや単行本のカバーのイラストもいくつか担当した。
けれどイラストだけではなかなか食べていけない。
どこでどういう考えが彼女のなかでまとまったのかあらためて聞いていないが、日本では薬剤師が不足しており、これを副業とするならやっていけるのではないかと彼女は考え、北里大学薬学部に入学し、今春めでたく卒業した。
これは実は3つ目の卒業なのだ。この個展後は来春の薬剤師試験に備えるという。
私はそんなにつきあいが広い方では無いので、日本で4年制大学を3つ卒業した人を寡聞にして知らない。
福島いわき市の出身で、山梨の都留文科大学で教職資格を取得する。福島で小学校教諭を6年間務めるなかで絵がおもしろくなる。あらためて私の勤める多摩美術大学上野毛のデザイン学科(当時美術学部二部)に入り、昔風にいうなら「首席」で卒業した。卒業制作の「いたずら子象」はマクロメディアのディレクターというソフトで作ったインタラクティブなアニメーションで、当時アプリケーションの「痕跡」を見せないこれだけ完成度の高い、かつ楽しい作品はなかったのではないか。
その後彼女はアナログの描画に戻る。
それはそれでいいのだが今でもパソコンを持っておらずネットもメールもままならないので私は責め続けている。
9 23, 2004 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)
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きのう6月23日から明日25日まで東京ビッグサイトで開催されている「インテリア・ライフスタイル」展に、昨年に続いてリモージュ・ボックスを出展(東4ホールE-06)しているので、おとといの晩は販促物のプリントに追われ、徹夜明けで昨日届けてきた。
「インテリア・ライフスタイル」には、実にさまざまなまだ紹介されていないものが展示されていて、見出すときりがない。バイヤー向けのものだが一般客も多い。
リモージュボックスを展示するためのドールハウスの制作やブース作りなどで、いつも手伝ってもらっている、Ranch Box(多摩美デザイン学科の卒業生である滝波智津子さんと中西仁史くんがやっているデザインスタディオ)が、ミラノ・サローネ・サテリテに出品した照明スタンド「DOROTHY」が、ジャパンデザインネットのブースに展示してあって、初めて実物を見た。
LEDが回転することによって光の軌跡が生まれ、それがシェードになっている。
色合いを変えれば無限のバリエーションができる。
残念ながら明るいところでの展示だったが、暗いところだったらさぞきれいだろう。
6 25, 2004 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)
母のために買った CDウォークマン(D-EJ700)が届いた。
CDウォークマン(類似の商品を含む)について実は私はよく知らないし、あまり関心が無かった。
移動しながら、あるいはどこでも好きな場所で音楽を聴くという志向性がないからだろう。
移動(私は車の運転をしないので電車の中)するときは、読書かノートパソコンでの作業と決まっている。
音楽は生演奏(演奏会・ライブ)か、好きな時に家のAV装置で聴くという「古い」スタイルから抜けられない。
それは別として、この届いたCDウォークマンを見ると良くできた製品だ。これだけのものがわずか8000円ほどで買えるというのは、日本経済の歴史的成果でもある。
「プロジェクトX」的な初代から改良に次ぐ改良が重ねられたのだろう。
しかし今後の課題としては、たぶん「ユニバーサルデザイン」に関わることだ。
老母にそのまま渡しても、まず確実に使うことはできない。
私にしても、マニュアル的図解を読んでも充電池の入れ方にしばらくとまどった(「電池ぶたを開ける」という説明と図が整合していない)。
また、本体とリモコンのインターフェイスは、目の悪い私の老母にとっては表記がほとんど読み取れず「やさしく」ない。
そもそもなんですべてが英語表記なのだ(これは輸出仕様ではない)。
老母に対しては「とにかくここを押せばいいから」としか私は言いようがないと思う。
表面的に「スタイリッシュ」にすればいい、ということではないはずだ。
大正生まれの人にイヤホンの「R」「L」を改めて説明しなければならないことをデザイナーは考えに入れているか。
これは若い人向けの製品ですから、というならそれでもいい。
しかしそれは自ら可能性を閉ざすことだし、その意味で「デザインする」ことの放棄だろう。
6 17, 2004 07.デザインの世界 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック(0)